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生彩放つ無神世界  作者: 美緑
〜第十章〜禁色彩禍の画罪
98/105

店主の行方

❅*┈┈┈┈••⋆̩*☂︎*̣̩︎︎*.⋆̩*⋆̩☂︎*̣̩︎︎*.••┈┈┈┈*❅

〈永護視点〉



「朱い兎の絵……?」


姉上と火災に巻き込まれた、その次の日。

俺達は破天兄上と雅火兄上に、火災事件の現場報告と、調査で得た情報の共有を行っていた。

昨夜、現場で拾い上げた本古代朱の絵を差し出すと、

破天兄上は少し眉を上げ、不思議そうにそれを眺めた。


「はい……。

昨夜の火災現場で拾ったものです。

どうやら他の火災現場でも、同じ物が見つかっているようで……」


俺はそう言って頷き、

別の現場で回収された兎の絵も取り出す。

すると──

「これは恐らく、全て手描きです」

……と、

俺の隣にいた姉上が静かに告げた。


「印刷物であれば形の狂いはない筈ですし、

このように……

絵の具の粉が落ちる事もありませんから」


姉上はそう言って、朱い絵の具が付着している部分を指で擦る。

すると、はらり、はらりと粉が舞い落ちた。

姉上はそれを吸い込まぬよう、服の袖で口元を覆う。

……手袋越しとはいえ、今回の事件で使われた毒性のある物質に、姉上が触れるのは正直気が気ではない。

だが、触れるだけなら問題はないと事前に説明を受けていた事を思い出し、俺は黙って耐えた。


「ふむ……わざわざ同じもん、

何枚も描いとるんか」


「……何の為でしょうか」


破天兄上と雅火兄上は、俺達の報告を聞いた後、

改めて絵に視線を落とす。

一枚一枚をよく見れば、確かに僅かな形のズレがあり、

線の太さや塗りムラも激しい。

……だが、それ以上の事は分からない。


「……理由はどうであれ、

これが犯人特定の証拠になるかもしれません。

団員の中にも、この絵を見つけた者が何名かいます。

その者達に、回収を急がせましょう」


そう提案しながら、俺は昨夜回収した以外の紙を纏めた。

……今は、あまりにも情報が少なすぎる。

これでは考察のしようがない。


「そうですね……。

とにかく、証拠品になりそうな物は全て集めましょう」


なかなか進まない調査に、思わず大きな溜め息を吐くと、

雅火兄上は静かに頷いてくださった。



「……んで、結局。

今回の被害者……“プリスナ”は、行方不明のままか」


話題は自然と、画材屋の店主──プリスナさんの行方へ移った。

昨日は結局……

放火魔も、店主本人も見つけ出す事が出来ていない。


「……その件なのですが、

一つ、気になる点がありまして……」


破天兄上が報告書に目を落とし、

眉間に皺を寄せる。

その横で、姉上はどこか言いづらそうに眉を下げた。


「……聞かせてみぃ」

「……何があったのですか?」


二人の視線を受け、

姉上は一度息を整えてから口を開いた。


「実は……

店主さんのお店にあった絵の具が、

全て”毒性の高い物”に変わっていたのです」


「ッ?!」


思わず、声が漏れた。

昨夜…あの店の棚には、

数え切れないほどの絵の具が並んでいた。

種類も、決して少なくはなかった筈だ。

それが……全て、毒性の高い物だったなど。


「変わってた、っちゅう事は……

元は違ったんやな?」


恐怖で身震いする俺をよそに、

破天兄上は冷静に問いかける。


「はい……。

昨日見た絵の具は、

どれも普段あのお店では扱われていない種類ばかりで……。

今回使われたのは“本古代朱”ですが、

商品棚には他にも、毒性を持つ絵の具が数多く並んでいました」


姉上は言葉を選ぶように、一つ一つ思い出す。


「……今振り返れば、あれら全て……

事件に関係のある絵の具だったのかもしれません」


姉上の身体が、小さく震えた。

火傷に留まらず、爛れる皮膚。

抜け落ちる髪、病に倒れた画材屋達。

これまでの火災事件の被害を思い返せば……無理もない。


「……どんな絵の具やった?」


破天兄上は、姉上の背に手を添えながら問いかける。


「……私が見たのは、本古代朱と雌黄、

花緑青…パリスグリーン。

それから、絵の具になる前の原石……

鶏冠石や石綿鉱物が仮晶化したものもありました」


自身の腕を抱き、

姉上は震えを抑えながら答えた。


「あの鮮やかな絵の具……

全部、毒性のある物だったのですね……」


俺も思わず、唖然と呟く。

あの時、陳列棚を見て感じた本能的な恐怖は……

あの空間が無数の毒物に囲まれていたから、なのだろうか。


「えぇ。でも……前にも言った通り、

どんなに毒性が高くとも、

絵の具として正しく使えば、

どれも優れた画材でしかないの」


そう言って、姉上は視線を落とした。

本来なら、素晴らしい作品の一部になれた筈の画材。

それが“人を苦しめる為”に使われた現実が、彼女を深く傷つけている。


「翠嵐、その絵の具には、

どんな毒が含まれとるんや?」

「人体には……どのような影響が?」


兄上達は、姉上を気遣いながら静かに尋ねた。

被害者達の治療は始まっているが、

詳細な報告はまだ届いていない。


「……含まれる毒には、いくつも種類があります。

主に、吸入・摂取・接触する事によって人体に影響が出ます」


姉上はそう前置きし、説明を続けた。


「昨夜の火災で使用された本古代朱には、

“硫化水銀”が含まれていました。

これは加熱されると有毒な水銀蒸気を放出し、

水銀中毒を引き起こします。

神経系、腎臓、消化器系にも影響が及びます」


……昨夜の俺達は、紙一重だった。

もし、あの場に姉上がいなければ──

そう考え、背筋が冷たくなる。

無知は罪だ。

護衛である以上、知らなかったでは済まされない。


「他の絵の具には、ヒ素、ヒ素硫黄、

それから石綿…アスベストが含まれています」


姉上の説明は続く。


「粉末状の顔料が空気中に舞うと、

口や鼻から吸い込んでしまい、

肺に沈着して……長期間、組織を傷つけ、

最終的にはがんを引き起こします」


「ヒ素とアスベスト……厄介やな」


兄上がそう呟き、頭を抱えた。

今挙げられた症状は、これまでの被害者達と一致している。

つまり──

毒性の高い絵の具が、事件に使われた可能性は極めて高い。


「プリスナさんは……

事件に巻き込まれたか、あるいは……」


雅火兄上の言葉に、その場が静まり返る。

……言葉にせずとも、

全員が同じ最悪の可能性を思い描いていた。

店主プリスナさんが、事件に

“加害者側”として関わっているのではないか。と。



「……兎に角、今は事件解決に専念やな」

「えぇ。

犯人を捕らえられれば、

プリスナさんの居場所も分かるかもしれません」


兄上達はそう言って、この話題を区切った。

決定的な証拠が無い今、安直にプリスナさんを疑うべきではない。



「……破天兄さん。

私達は今夜の内に、犯人を確保するつもりです。

その為、人員の動員を要請します」


姉上の言葉に、

破天兄上は少し目を細めた。


「それは、もちろんええけど……

翠嵐、永護。

調査中に危険を感じたら、必ずワイに報告せぇ」

「……昨夜は、随分

無茶をしたようですね?」


雅火兄上の声は穏やかだが、視線は鋭い。


「すみません……」

「も、申し訳ございません……」


俺達は揃って頭を下げる。


「引き際は、見誤らないでくださいね?」

「もし二人になんかあったら……

ワイ、犯人の事、赦せんわぁ」


『ッはい!!』


そうして、兄上達の黒い笑顔と、増していく圧に見送られるように……

姉上と俺は屋敷の外へ出た。





••⋆̩*☂︎*̣̩︎︎*.⋆̩*⋆̩☂︎*̣̩︎︎*.••




「永護、今日は朝から動こう。

やらないといけない事が沢山あるから」


本邸を出るなり、

姉上はそう言って足早に歩き出した。


「えぇ、そうですね」


俺も一歩遅れてその背を追う。

そして――


「あぁ……良かった。

丁度、助っ人も到着したようです」


顔を上げた先に、見知った人影を見つけ、

胸の奥がふっと緩んだ。



「助っ人……?」


姉上は不思議そうに首を傾げて俺を見る。

だが、その視線はすぐに、

彼女の名を呼ぶ声に引き寄せられた。


「アルテ〜!!

さっきは夢で軽く話聞いただけだったけど、

ちゃんと火災事件の報告書、見てきたよ!

私も強化訓練でちょっと強くなったし、

この調査、手伝わせて!

犯人は私がボコボコにぶん殴る!」


「探偵さん!?」


人影の一人――

探偵さんが、勢いよく手を振っていた。


「俺はグリフィスに俺の分の仕事を押し付けてきた。

暇になったから手伝う」


もう一人は、リハイトさんだ。


「師匠……!

……って、有難いですけど、

それ……いいんですか?」


姉上は嬉しそうに二人を見た後、

リハイトさんの言葉を聞いて、少しだけ不安そうに眉を下げる。


「いいだろ、多分」

「どんまいグリフィスさん……」


探偵さんも、仕事を押し付けられたらしい“グリフィスさん”に同情していた。

俺は、その人に関わった事は無いが……二人に倣って、心の中で合掌しておく。

……頑張ってください、グリフィスさん。




「……でも、どうして御二人が?」


ひとしきり会話が落ち着いたところで、姉上は再び首を傾げた。

確かに、探偵さんもリハイトさんも翠山とは縁が薄い故、

この手の事件調査に関わる事は、ほとんど無いはずだ。

しかし……


「俺が頼んだのです」


……今回は、ただの火災事件ではない。

被害は大きく、調査も難航している。


「永護が?」


姉上は驚いたように目を見開いた。


「俺だけでは……力不足ですから」

「そんな事ないって言ったのに……」


――この事件は、危険だ。

実際昨夜、姉上も、俺も…被害に巻き込まれた。

そして俺は……護衛でありながら、姉上を護れなかった。


「……いいえ。

今回の調査は危険です。

護衛として腑甲斐無い事を言いますが、

俺だけでは姉上を護れない」


だからこそ、姉上の親しい友人である探偵さん。

そして、英雄である姉上の頼もしい仲間――リハイトさんに。

早朝、式神を使って救援を要請したのだ。


「任せてよ永護!

私、二人の為に全力で戦うから!!」

「主に似て、自責の念に潰されるなよ」


「……本当にありがとうございます。

探偵さん、リハイトさん」


急な呼び出しにも関わらず駆けつけてくれた二人には、感謝しかない。

……改めて思う。

姉上は、本当に素晴らしい人脈をお持ちだ。



「それで……私達は何すればいい?」


俺が一人で胸を熱くしていると、探偵さんが首を傾げて姉上を見た。

すると姉上は、すっと背筋を伸ばし、

表情を真剣なものへ切り替える。


「……私達は今夜、放火魔を捕まえるつもりです。

ですから、探偵さん達には

その為の”下準備”を手伝ってほしいです」

「下準備……?」


「はい。

犯人をおびき寄せる準備です」


その言葉に、探偵さんとリハイトさんは一瞬目を見開き――

すぐに、迷いのない頷きを返してくれた。


犯人確保。

それは、非常に危険を伴う任務だ。

だからこそ姉上は、兄上に戦闘に特化した人員の動員を要請した。

……被害を、少しでも減らす為に。


「民家群の中には、

使われていない小屋が何軒もあります。

今回はその中の一つを改装し、

偽の画材屋を用意したいのですが……」


俺はそこで一度言葉を切り、

リハイトさんを見る。


「……俺だけでは不安なので、

リハイトさんには改装作業を

手伝っていただきたいです」


彼は、帝国でも指折りの錬金術師であり、

物作りの天才だ。

正直……彼がいれば、俺の出番など無いかもしれない。

それでも、翠山を守護する立場として、

出来る事は全力でやりたい。

その想いを込めて深く頭を下げると……


「わかった。任せろ」

リハイトさんは力強く頷いてくれた。

……心強い。



「探偵さんには、偽の情報を告知してほしいです。

もうすぐ、新しい画材屋が開店する……と」

「なるほどね!

民達が噂してくれたら、犯人の耳にも届くかも!

よぉしッ!!アルテ任せて!

今日一日で翠山中に偽情報流すから!!」


「そ、そこまでは大丈夫です」


張り切る探偵さんに、姉上は慌てて釘を刺す。

この画材屋は、今日一日限りの偽装開店。

広まりすぎるのも、問題だ。


「火災被害にあった人達の共通点は、

この山出身の民ではない事、

そして画材屋の店主である事……。

なので今回は、私が素性を隠し、

画材屋に変装して、犯人が来るのを待ちます」


作戦の説明を終えた後、

姉上は放火魔確保の詳細を語る。


「日が沈んだ後、店の周囲には

小夜家直属の妖術師と武士……

戦闘と警護に特化した兵を配置します。

俺達は外で待機し、

犯人が現れ次第、確保に回ります」


俺も続けて補足する。


「ふむ……。

アルテはこの中で一番画材に詳しいし、

もし本物の客が来ても対応できるな」


リハイトさんは顎に手を当て、

少し考えてから頷いた。


「よし……その作戦で問題無い。

早速、作業に入るぞ」

「了解!りょうかーいっ!!」


一番元気な返事をしたのは探偵さんだった。


「覚悟しろ放火魔ー!

絶対捕まえてやる!!」


その声を合図に、俺達は動き出す。

探偵さんは宣伝役へ。

俺とリハイトさんは改装作業へ。

姉上は画材の収集へ。


……それぞれの役割を胸に刻み、

俺達は散っていった。




••⋆̩*☂︎*̣̩︎︎*.⋆̩*⋆̩☂︎*̣̩︎︎*.••





「流石はリハイトさんです!

まだ午前中なのに、

もう改装作業が完了しました!」


空き小屋の改装は、僅か数時間で終わった。

想像していたより遥かに早い。

思わずそう口にすると、

リハイトさんは肩を竦めつつも、どこか満足げな表情で答える。


「ゼロから建てたわけじゃないからな。

それに、この小屋は元がいい。

弄る所が少なくて、楽だった」


確かにその通りだ。

改装と言っても、やっていた事の大半は掃除だった気がする。

劣化していた箇所を取り替え、埃を払い、床と壁を磨いただけ。

それなのに、清潔になっただけで、見違えるほど印象が変わっていた。

そんな完成した小屋を二人で見渡していると──。


「二人共お疲れ様!

画材、用意してきましたよ」


扉が開き、荷台を押して姉上が入ってくる。

……いや、正確には、画材の山が先に目に入った。

一瞬、どこから声がしたのか分からなかったほどだ。


「……凄い量だな。

どこから用意したんだ?」

「これ……以前、姉上の部屋で見た事があります。

確か、天然の希少な絵の具ですよね?」


俺とリハイトさんは、次々と画材に視線を落とし、思わず目を丸くする。

量もそうだが、何より一つ一つの質が高い。


「実は、いつもお世話になっている画材屋さんが、

余っている画材を沢山分けてくれまして……。

もしこの画材達が売れたら、

売上は全部その画材屋さんに渡す予定です」


俺達の反応を見て、姉上は少し照れたように笑った。

なるほど……。

だから姉上の部屋で見覚えのある物ばかりなのか。

これだけ質の良い画材があれば、客を満足させるには十分すぎる。


「では、私はこのままお店に残って開店準備をしますね!

昼間にちゃんと営業していれば、犯人も騙される筈です!」


そう言うや否や、

姉上は張り切って商品を並べ始めた。


「……真似事の店とは思えないな」


リハイトさんが呆れ半分に呟く。

その間にも、姉上の風魔法による陳列は進み……、

あっという間に、本物と見紛う画材屋が出来上がっていった。


「姉上が楽しそうで、嬉しいです」


苦笑するリハイトさんの横で、

生き生きと準備を進める姉上の背中を見ながら、

俺は心の中で笑んだ。

……これが事件調査でなければ、

もっと素直に微笑ましい光景だったのだが。




「それじゃ、こっちはお前に任せる。

俺達は探偵の告知活動手伝ってくるよ」

「姉上、頑張ってくださいね!」


「はい!お任せを!」


画材屋の制服に身を包んだ姉上に見送られ、

俺とリハイトさんは店を後にした。


姉上や兄上達、

そして屋敷で待つ兄弟姉妹達の為にも──

必ず、犯人を捕まえなければならない。




有毒性をもつ顔料には、さまざまな種類があります。


本古代朱 ▶︎ 硫化水銀

雌黄 ▶︎ 硫化ヒ素

鶏冠石 ▶︎ 硫化ヒ素

(※一部の緑色顔料にはヒ素を含むものがあります)


などなど……

これらの顔料は、正しい知識と取り扱いが不可欠です。

充分に注意し、画材として正しく使用しましょう。

そうすればきっと、どんな色も

皆さまの芸術活動を豊かに彩ってくれるはずです!

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