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生彩放つ無神世界  作者: 美緑
〜第十章〜禁色彩禍の画罪
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護られる覚悟


訓練で疲れきった身体を休める為、眠りについた私が辿り着くのは――いつもの夢。

そして、

そこにいるのはタルタニュクス様……のはずだった。


「探偵」

「ッえ、うわぁ?!コンド?!

さっきぶり?!……だよね?」

「うん、さっきぶり。

今日はティティアと一緒に

頑張ってくれて、ありがとう」


名前を呼ばれて目を開けると、

そこに立っていたのはタルタニュクス様ではなく、コンドだった。

どうしてコンドが此処に……?

思わず目を瞬きさせながらも、私は彼の言葉に返事を返す。


「いや…私は何も……。

魔物の群れを倒したのはティティアだよ。

…私、あの人に

氷漬けにされてただけだし……」


……後半は思い出したら、ちょっとムカついてきた。

まぁ助けてもらったから文句言いづらいけど。

そんな事を考えながら首を横に振ると、

何故かコンドも、同じように首を横に振っていた。


「訓練の時…彼、

全然手伝ってくれなかったでしょ?」


そして、彼はそんな事を言った。

私は、その言葉に目を見開く。


「え、なんで知ってるの?!

私チクってないのに!」


あの場にコンドはいなかったし、訓練の成果報告の時も、私はティティアのおサボりをコンドに伝えていないはずだ。

それなのに、どうして……。

困惑する私に、コンドは少し気まずそうな表情を浮かべて、打ち明けてくれた。


「探偵には悪いんだけど、

実はね……僕、ティティアと探偵の事

わざとペアになるように仕組んだんだ」

「えぇ?!そうだったの?!

……でもなんで?」


完全にランダムだと思っていたペア決めに、そんな細工がされていたなんて。

驚きと一緒に、私は理由を求めて首を傾げる。


「探偵の実力を見定める為…かな」

「私の……実力?」


首を傾げたままの私を見て、

コンドは続けた。


「探偵は三年後に邪神が襲撃してくる事、

もう知ってるよね?」

「あ、うん…。

アロマルム様から直接聞いたよ」


“邪神”という言葉に、胸の奥がひゅっと縮む。

一瞬、身体が強ばるのを感じながらも、私はそのまま頷いた。


「……僕達は今、

邪神との決戦で”共に戦う仲間”を、

優秀な隊員達の中から選出しているんだ」

「優秀な隊員から?」

「うん。

邪神は未知の敵だからね……。

きっと僕達は死闘を演じる事になる。

その時、戦えない隊員達は連れて行けないから」


そう言って、コンドは私を見た。

眉を下げたその表情は――とても申し訳なさそうで。


「もし…今回の訓練で探偵が、

彼に……ティティアに、

"一人で戦えない"と判断されたら……。

君を邪神との戦いに

参加させないつもりだったんだ。

……試すような事して、ごめんね」


彼は、そう言って頭を下げた。

その言葉に、私は慌てて首を横に振る。


「ううん。皆は……コンドは、

私の事心配してくれてたんでしょ?

ありがとう!嬉しいよ!」


謝られるような事じゃない。

皆が、私の為に考えてくれた結果なんだから。


「探偵……」

「それに!寧ろコンドから

認めてもらえて良かった!

私も皆と一緒に、戦っていいんだよね?」


私はコンドの手を取って、改めて確かめる。

自分も、邪神との戦いに立っていいのかどうか。

すると彼は、

私の手をしっかりと握り返し、

力強く……首を縦に振った。


「探偵……君の力を僕達に貸してほしい。

共に見届けよう。

……この星の勝利を!」

「ッうん!!」


その言葉が嬉しくて、私は勢いよく頷いた。

これまでずっと、皆の力になりたくて頑張ってきた。

そして今、ようやく――

皆を支える側に立てるチャンスを掴めた。

守られるまま、弱いままでは何も出来ない。

やっぱり私は、皆と一緒に闘いたい。




「……探偵と話し合う場を

設けてくださり、ありがとうございます。

…タルタニュクス様」

『いや……礼を言われる程の事はしていない』


「タルタニュクス様!」


コンドに頼ってもらえたのが嬉しくて、つい浮かれていると――

いつの間にか、

私達のすぐ傍にタルタニュクス様が現れていた。


「ねぇねぇ!

コンドが此処にいるって事は、もしかして……?」


その姿を目にして、

私は思わずそんな事を聞いてしまう。

コンドがこの夢の場所に来たのは、今日が初めてだったから。


『うむ。この者の過去も、

お前に見せなくてはならないからな』


私の問いに、タルタニュクス様は静かに頷いた。

これで、英雄の中で此処に来た事がないのはリハイトだけになる。

アルテの過去は観たけれど、

彼本人と夢で会った事は一度もない。

まぁ、リハイトの事だから、面倒くさくて来てないだけだと思う。

……多分。


「本当はずっと前から、この方…

タルタニュクス様に呼ばれてたんだ。

でもその……。

最近色々あったから

心の整理に時間がかかって……」


私がいつものように、少し失礼な事を考えていると、

コンドは気まずそうに、そう話した。

その様子を見て、私は一つ、どうしても気になっていた事を聞く。


「ねぇ、コンド…。

アルテと……ちゃんと話せた?」


それは、アルテとの事。

彼の代償の代理人であるアルテと、

それを知らなかったコンド……。

複雑に絡まった二人の関係は、邪神復活が迫る今、

いつまでも目を逸らしていられる問題じゃない。


「……うん。

今日の午後……強化訓練の現場監督を中隊長達に任せて、

アルテと直接、話してきた」


私の問いに、

コンドは力強く頷いた。


「……僕もいい加減、覚悟を決めたよ。

皇帝になるには、“護られる覚悟”もいるって、

リーに…従叔父さんに教えてもらったから」


そう言うと、コンドは一度言葉を切り、

大きく息を吸い込んだ。

そして――


「だから……もう僕はこれ以上、

この事で嘆くのはやめる。

勿論、悲しいし、何も出来ないのは悔しいけど…。

僕は一人でも、ちゃんと前へ進めるように、強くなるよ。

……前皇帝のようにね」


強く、固めた決意。

その言葉一つ一つが、胸に深く響いた。


「コンド……」


彼の、どこか寂しそうな笑顔を見て、

私は思わず目が潤んでしまう。

どうして彼等が、こんな思いをしなければならないのか。

どうして、幸せになる事を許されないのか。

悲しさと悔しさが、次々と心を満たしていった。


「それになんだか……

僕の生命に、“護る価値がある”って、

そう思ってくれる素晴らしい仲間達が、

自分の傍にいてくれてるんだって……。

……そう考えると、嬉しくもあるんだ」


私が泣きそうになっているのを見て、

コンドはそう言い、

さらに眩しい笑顔を浮かべた。


「僕達が英雄である以上…代償は消せない。

でも、僕にも、

皆の為にできる事が一つある」


覚悟を決めた彼の姿は凛々しく、

私の目には、少し神々しくさえ映った。


「皆の期待に応える事……。

それが、彼等の為に、

僕ができる最大の恩返しだ」


その言葉を聞いた瞬間、

私の涙腺は、ついに崩壊してしまった。


「ッコ、コンドォ……

立派…立派だよぉ……」


感情が溢れて、

私は大きな声で嗚咽する。


「た、探偵、泣かないで……。

はいこれ、ハンカチ」

「ッうぅ……。

こんな綺麗なの、使えないよォ」


今の私の顔は、

差し出されたハンカチが

ぐしょぐしょになってしまうほど、

涙と鼻水で酷い事になっているはずだ。


「はい、鼻かんで」

「ッうべぇ!?

……汚しちゃった…ごめんンンンッ」

「気にしないでいいよ」


断ったはずなのに、

コンドは問答無用で、

私の涙と鼻水を拭き取ってしまった。

情けないし、申し訳なさ過ぎる……。


「……ありがとうね、探偵」


汚してしまったハンカチを見て焦っていると、

コンドは突然そう言って、穏やかに笑った。


「え……何が?」


このタイミングでお礼を言われる理由が分からず、

私は首を傾げる。

むしろ、お礼を言うのは私の方なのに……。


「何でも…かな?」

「何でも……かぁ…」


なんだそれ、と思いつつ、

私は中身のない返事を返した。


「うん。何でも、ありがとう」

「う〜ん…。

何でも、どういたしまして?」


私達は、よく分からないやり取りをして――

そして、自然と笑い合った。


結局、彼が何を思って

私にお礼を言ったのかは分からなかったけれど、

理由なんて、どうでもいいと思えた。

コンドや、皆が笑顔でいてくれるなら。

それだけで、十分だ。




✿ ✿ ✿ ✿



「遅れてすみません…

少々、立て込んでしまいまして……」


その声とほぼ同時に、

アルテが夢の中へと飛び込んできた。

いつもより肩の力が抜けていて、明らかに疲れている様子だ。

心配になるけれど――それでも、

ちゃんと来てくれた事が嬉しかった。


「待ってたよ、アルテ!!」

「お疲れ様、アルテ。

確か火災事件の調査をしてたんだよね?

大丈夫だった……?」


私とコンドは揃ってアルテに駆け寄り、それぞれ声を掛ける。

するとアルテは、私が差し出した手をぎゅっと握り返しながら、コンドの問いに答えた。


「はい。

幸い、今夜は被害者も出ていませんので、ご心配なく……。

……ただ、今回の事件は

他の事件と関連している可能性が高いと判断しました。

後ほど、博士にも報告書を送りますね」

「そうだったんだ……。

つまり、破壊者が……うん。ありがとう、アルテ」


コンドは“破壊者”という単語を口にした瞬間、

ほんの一瞬だけ表情を曇らせた。

アルテの言う“他の事件”――

それらはどれも、破壊者によって引き起こされた可能性が高いものだ。


……帝国のあちこちで事件を起こすなんて。

破壊者の目的は、本当に邪神復活だけじゃないのかな…?

国中を混乱させる為?

邪神に対抗できる戦力や、皆の協調性を崩す為?

……何にせよ、彼等が良くない事を企んでいるのは間違いない。


私は大きく息を吐いた。

私の知っている情報は、あまりにも少ない。

今ここで考え込んでも、答えは出ないだろう。

なら――今は、

やりたい事、やっておきたい事を優先しよう。


「ねぇ…タルタニュクス様。

コンドの過去を観る前に、

二人に私の事、話してもいいかな?」


“自分”の記憶が、少しずつ戻りつつある事。

それを、今この場で話そうと決めた。

アルテとコンドに伝えておけば、他の英雄達にも事情が共有されるだろう。

今は、きっといい機会だ。


『うむ……。

それについては、

お前の口から話した方が良いだろう』


静かに私達を見守っていたタルタニュクス様は、一度大きく頷いて、そう言ってくれた。


「コンド、アルテ……。

私ね、話しておきたい事があるの」


許可を得てから、私はそう切り出す。


「あ、その時計……」

「探偵さんをこの帝国に

飛ばしてくれた時計ですね」


ポケットから、あの不思議な腕時計を取り出して二人に見せると、

コンドは目を丸くし、アルテはどこか懐かしそうにそれを見つめた。


「君の事を、瘴廃国から救ってくれたのは、

その時計だったんだ……」


コンドは恐る恐るといった様子で、腕時計に触れながらそう言う。

この時計が不思議な力を発動させた時、

何の説明もできないまま、彼を盛大に巻き込んでしまった事を思い出す。

胸の奥が、きゅっと苦しくなった。


「アルテ以外には、ちゃんと見せた事なかったんだよね……。

ごめん……。

本当は、もっと早く説明できたら良かったんだけど…」


申し訳なさでいっぱいになりながら謝ると、

コンドは安堵したような表情で私を見て、首を横に振った。


「ううん。

危険な物じゃないならいいんだ。

あの時は焦ったけど、

探偵の身が心配だっただけだから」

「うぅ……ごめん」


優しすぎるその言葉が、余計に胸に刺さる。

私はますます、居た堪れない気持ちになってしまった。


「……私ね、

ちょっと特殊な存在みたい」


気持ちを切り替えるように、

私は一度深呼吸してから口を開いた。

夢の中に居られる時間は限られている。

この機会を、無駄にはできない。


「特殊な存在……ですか?」

「うん。

私の記憶について……なんだけど…」


不思議そうに首を傾げるアルテに頷き返し、

私は“私”の記憶について、少しずつ説明を始めた。




✿ ✿ ✿ ✿




「……って事で、ちょっと

ややこしいかもしれないんだけど、

“私”と今の私は違う存在で、

本来の“私”の身体はもう……

この世界に存在してないんだ……。

死んじゃった時の記憶は

……まだ思い出せてないんだけどね」


“今ここに存在している自分”と、

“失くした記憶を持つ本来の自分”。

――それぞれが別の人格である、という

自分の身に起こっているややこしい現象を説明すると、

二人は意外なほど、すんなりとそれを受け入れてくれた。


「今まで大変だったね、探偵……」

「そんな事情があっただなんて……」


……あっれぇ?

もう少し疑うとか、驚くとか……

そう言う反応されると思ってたんだけど……。

今の説明だけで納得してくれるんだ……。


二人があまりにもスムーズに話を飲み込んでくれたので、

私は逆に不安になった。

この子達、素直…純粋過ぎる……。

詐欺とか引っかかりそう……。

これは私が唖然としてしまったのも仕方ない……よね?


「そんな簡単に信じてくれるんだ……」


驚きと戸惑いが混ざった声でそう言うと、

アルテとコンドは、揃って優しい笑顔を向けてくれた。


「いつも素直な言葉をかけてくれる

貴方を疑うなんて……できません。

それに、どちらの貴方も

私達にとっては大切な友達であり、仲間ですから」

「そうだよ。

違う人格の記憶が戻ったって、探偵は探偵でしょ?」


「アルテ……コンド……」


二人の言葉と、迷いのない信頼に、

胸の奥がじんわりと温かくなる。

どんな“私”であろうと、

皆が友達だと思ってくれるのなら――

記憶の事で悩む必要なんて、

最初から無かったのかもしれない。



『エタ―……

この者の身体は、

確かにもうこの星に存在していない。

そして、今のエタ……の身体は

私が────して―――た物……

……と言っても、恐らく……

お前達には、まだ余の声が届いておらぬだろう。

……今の余に話せる事は少ない』


感極まりそうになるのを必死で堪えながら、

私は二人に抱きついた。

その背後で、タルタニュクス様は

どこか歯切れの悪い声音で、そう告げる。


「……タルタニュクス様。

貴方が探偵の味方であり、

僕達の力になってくれている事は把握しています。

……ですが、やはり僕達は、貴方の事を知らな過ぎる」


そう切り出したのは、コンドだった。


「……貴方を蝕む呪いは、現時点で

どこまで解呪されているのですか?」


続けて、アルテも質問を投げかける。

竜眼で心を視る事が出来ない以上、

直接言葉にしてもらわなければ、分からない事ばかりなのだ。


『余には……

自分の言葉が、お前達に

どれだけ伝わっているのかが分からぬ。

そして、お前達が余の言葉の何を聞き取れていないのかも……

……分からぬのだ』


タルタニュクス様は、

どこか悔しさを滲ませた口調でそう答えた。

……でも。

分からないなら、試してみればいい。


「じゃあさ、タルタニュクス様!

私達に色々話してみてよ!

意外と、伝えられる事、増えてるかもよ?」


分からないからと諦めて、

行動しなければ、何も変わらない。

そう思った私は、タルタニュクス様に提案してみた。

題して、『タルタニュクス様の沢山お喋り大作戦!』

名前がダサ…安直なのは、ご愛嬌。


「いい考えだね、探偵!

タルタニュクス様、

その呪いの解呪方法などは無いのでしょうか?

もし分かれば、

貴方の呪いを解けるかもしれません」


コンドはすぐに賛同してくれた。

アルテも、小さく頷いている。


『ふむ……試してみるか』


タルタニュクス様は、

私達三人の顔をじっくりと見渡した後、

そう言って――

私達の提案を、受け入れてくれた。


「よし!じゃあ先ずは、

呪いについて話してみてよ!」


私はさっそく、タルタニュクス様に話題を振った。

すると彼女は、私達三人の中心へと静かに移動し――

語り始める。


……彼女の身を、

長い間蝕み続けてきた”呪い”について。


『……“失語の呪い”。

それは遥か昔……

破壊者が、余に掛けた呪いの名だ。

破壊者は邪神を信仰する者……。

故に、星と英雄を見守る

余の存在が、邪魔だったのだろう……。

余はこの呪いを受け、

破壊者達への対抗策として

“加護神”という神を──した。

加護神は、英雄に試練を与え、知恵と力を身につけさせ、

邪神と戦う為の情報や助言を授ける事ができる存在。

……その筈だった。

しかし、破壊者は、

加護神にも……失語の呪いを掛けてしまったのだ。

それは、余に掛けられた呪いより

幾分か効果は薄いようであったが……

それでも、加護神達を苦しめた』


そこまで語ると、

タルタニュクス様は私達三人の表情を確かめるように、

ゆっくりと視線を巡らせた。


「……え、今、結構聞き取れたよ?」


私は思わず、そう口にする。

ほとんどの内容が、ちゃんと理解できていた。


「聞こえないのは、一部分だけだったね」

「呪いが、解けかけているのでしょうか?」


どうやらコンドとアルテにも、

タルタニュクス様の言葉は

しっかり届いていたらしい。


『驚いた……。

今の話を、聞き取れたとは……』


一番驚いていたのは、

タルタニュクス様本人だった。


「ねぇタルタニュクス様!!

解呪方法!解呪方法も話してみて!!」


これなら――

呪いを解く手掛かりも聞けるかもしれない。

期待と勢いのまま声を上げると、

タルタニュクス様は少し戸惑った様子で、

それでも口を開いた。


『この呪いの解呪方法は……

余を”信仰する信者”が現れる事……。

なのだが……。

お前達、聞き取れたか?』

「聞こえた……聞こえたよ!!

解呪方法!ちゃんと聞き取れた!!」


やっぱり、呪いは確実に緩和されている。

今回は、聞こえない部分すら無かった。


「……ですが、信仰するといっても……

貴方の存在が曖昧なままでは、難しいですね」


アルテはそう言って、難しい顔をする。

タルタニュクス様も、静かに頷いた。


『……信仰とは、

その全てを信じ、心から縋り、祈らねばならぬもの。

だが……

お前達の知る余の存在は、名前程度であろう』


なるほど……。

確かに、“信仰”や“信者”というのは簡単じゃない。

人は、存在が曖昧なものを

心から信じたり、頼ったりはできない。

むしろ、不確かで得体の知れないものを恐れる生き物だ。


私や英雄の皆のように、

ある程度タルタニュクス様の事を知っている存在なら、

多少の期待はできるかもしれないけど……

それでも、“信仰”と呼べるほどではない。


「でも……じゃあ、どうして、

タルタニュクス様の失語の呪い、ちょっと解けかけてるの?」


「もしかしたらだけど……

探偵の記憶が少し戻った事と、何か関係があるのかもしれないね」


不思議に思って首を傾げると、

コンドがそう指摘した。

するとタルタニュクス様は、

その言葉を肯定するように続ける。


『確かに……それが、最も大きな理由であろう。

……だが、しかし……

お前達英雄の信頼が、

余に向けられつつある事も、深く関係している』

「信頼か……なるほど」


コンドは納得したように頷いた。

否定しないという事は――

自分達が、確かに

タルタニュクス様を信頼していると

認めているからなのだろう。


「ならば……更に交流を深めるべきかと。

これからは是非、今まで以上に

私達の夢にも、いらしてください」


アルテはそう言って、

タルタニュクス様の手を取った。

すると、握られた自分の手をしばらく見つめてから、

タルタニュクス様は答える。


『……では、そうするとしよう』

「そうだね!

“皆でタルタニュクス様と仲良くなろう大作戦”!

決行しようよ!!」


私は、二人の後ろから元気よく賛同する。

するとタルタニュクス様は、

私を見て、こんな事を言った。


『……では、エタン──……

今後は、私が夢に干渉する度、

寝不足だと嘆くのはやめてほしい』

「む……。

まだその事、気にしてたのか……」


最近は、文句言ってなかったのに……。


「だって、あの頃のタルタニュクス様、

まともに姿も見えてなかったし、

得体が知れなかったんだもん!

……でも、それも呪いのせいだよね。

……ごめん」


膨れかけた私は、

彼女のこれまでの苦労と、今も続く呪いを思い出して……素直に謝った。


『……いや。

余の力不足だ。気に病むな』


そう言って、

タルタニュクス様は

ゆっくりと首を横に振る。

でも――

本当に悪いのは、彼女ではない。

呪いを掛けた、破壊者だ。


「私、ちゃんと全部思い出すから……

だから……もっと仲良くなろうね!

タルタニュクス様!!」


悔しくても、

今すぐ破壊者を懲らしめる事は出来ない。

なら私は――

タルタニュクス様の為に、

一日でも早く、呪いを解こう。


『うむ……そうだな』


私や英雄の皆、

そして、この星を

ずっと見守ってくれていた

優しい、優しいタルタニュクス様。

貴方の正体は、まだ分からないけれど。

私達が、必ず呪いを解くから……。

だからどうか、これからも傍にいてください。

そう願いながら、

私はタルタニュクス様に抱きついた。


まだ思い出せない事ばかりだけど、

彼女の懐かしい香りと温もりに――

私の記憶を塞ぐモヤが、

大きく、揺らいだ。



✿ ✿ ✿ ✿




……その後、

私達はタルタニュクス様と、

取り留めもない話をいくつも交わした。

穏やかな時間の中で、少しずつ……

けれど確かに、分かった事がある。


彼女は人ではない。

仙人でもない。

そして──私の意識が無い時に限り、

この身体を操る事ができる存在だという事。

これについてはリハイトから事前に聞かされてはいた。

だから頭では理解していた……つもりだった。

それでも、実際に本人の口から語られると、

胸の奥が小さくざわつく。


内戦があった、あの夜。

私が完全に意識を失っていた間、

彼女は一度だけ、この身体を借りたらしい。

……それ以降、私の身体を操らなかった理由は、

単純にエネルギー不足。

常に実体を持たない存在が、急に「身体」という器を扱わなければならなくなったのなら──相当な負担なのだろう。

妙に納得してしまって、私は小さく息を吐いた。



『……もうすぐ夜が明ける。

今日は、もう目覚めた方が良いだろう』


その言葉で、私達ははっと我に返った。

タルタニュクス様との会話に夢中になり、

本来の目的をすっかり忘れていた事に気付く。


「あ……コンドの過去、観れなかった……」


夜明けが近い以上、これ以上夢に留まるのは難しい。

今日は諦めるしかなさそうだ。

肩を落とした私の背に、そっと温もりが触れた。


「探偵、これからは僕も……

もっと、この場所に来るよ。

だから……もう少し、待っててくれる?」


コンドはそう言って、静かに約束してくれる。

その声音は、逃げ道を作らない真っ直ぐさを帯びていた。


「うん!もちろん!!

……まぁ、今日は私の事ちゃんと話せたし、

タルタニュクス様のお話も沢山聞けて……良かった!」


目的は果たせなかった。

でも、それを補って余りある収穫があったのも事実だ。

彼がまたここへ来てくれるのなら、過去を覗く機会はいくらでもある。

それに今日は──

タルタニュクス様について、新しい事をたくさん知れた。



「それじゃあ、タルタニュクス様。

またね!」


私達はそれぞれに挨拶を交わし、

夢から覚め、現実へと戻っていった。

名残惜しさを残したまま、意識がゆっくりと浮上していく。

……けれど、不思議と不安は無かった。


きっと、また会える。

そんな確信だけが、胸の奥に静かに残っていた。


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