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生彩放つ無神世界  作者: 美緑
〜第九章〜強化訓練
95/96

焼かれ、爛れて、魔に染まる

❅*┈┈┈┈••⋆̩*☂︎*̣̩︎︎*.⋆̩*⋆̩☂︎*̣̩︎︎*.••┈┈┈┈*❅

《永護視点》



夕方から夜にかけて、

翠山では治安を保つ為、守護団が警備活動を行っている。

組織の名は――"裏葉柳守護団"。


人に危害を及ぼす悪妖怪や悪鬼から翠山の民を守り、

時には罪を犯した悪漢どもを討伐する組織だ。

裏葉柳守護団は、あくまで

"翠山を守護する為"だけに機能しており、

帝国軍とは直接の関係を持たない。


しかし、その戦力は決して低くはない。


翠山は魔界に一番近い場所故、

危険で凶暴な魔物も多い…。

だからそれらに対抗する為、

腕の立つ者は自然と集まってくる。

それなりの実力者が、ここには揃っているのだ。


裏葉柳の団長として、翠山の治安を維持する。

それが俺の仕事だ。




••⋆̩*☂︎*̣̩︎︎*.⋆̩*⋆̩☂︎*̣̩︎︎*.••




「なぁ、聞いたか? 昨晩、また火災があったらしいぜ」

「もちろん知ってるさ。

火災に巻き込まれた奴らの皮膚が爛れるっていう……

あの悲惨な連続事件だろ?」


昼下がりの四山核心邸。

その庭先で、裏葉柳守護団の団員数名が、

周囲にも聞こえる声量で会話をしていた。


「怖ぇよな……。

俺、もうただの火にすら近づけねぇよ」

「分かる……。

火傷どころか、肌が爛れるなんてよ……」

「考えたくねぇ……。

あ、そういえば昨日さ、

事件現場の後処理を手伝ったんだけどよ、

なんか変な臭いがしたんだよな……。

あと、そこで妙な絵を見つけて――

朱い兎の……」


「……何の話をしている?」


話に夢中になっていた彼らへ声を掛けると、

団員達は慌ててこちらに体を向け、会釈をした。


「あ!永護さん!お疲れ様です」

「団長!お疲れ様です!」

「最近、物騒な事件が続いてるじゃないですか。

その話ですよ」


「物騒な事件……?」


俺は首を傾げ、小さく呟く。

翠山では、表立って騒がれないだけで、

意外と物騒な事件は多い。


草木が生い茂るこの緑の大要塞は、

人目を簡単に遮る。

悪事を働いても目立ちにくく、

犯罪者にとっては格好の隠れ家にもなり得る。

だからただ「物騒な事件」と言われただけでは、

どの件を指しているのか分からなかった。


「そりゃもちろん、例の連続火災事件ですよ」

「あぁ……あの件か。

確かに物騒だな。山里の中で火災とは」


連続火災事件。

その言葉で、ようやく記憶が繋がる。

同一犯の仕業と思われる火災が、

ここ最近、立て続けに起きている。


「ですよねぇ……。

俺達が毎晩見回りしてるってのに、

未だに犯人を見つけられないなんて、

不思議な話ですよ」

「もしかして……

守護団の中に犯人がいたりして……」

「おい、やめろよ。

それは流石にシャレにならん」


団員達は冗談めかして言いながらも、

どこか本気で怯えた様子を見せていた。

俺は、その言葉を聞いて、

腰に差した刀へと視線を落とし……


「……もし、守護団の中に犯人がいたら……

俺は、そいつを斬り殺す」


そう言って、

鞘からわずかに刀を抜く。


「ちょ、団長!やだなぁ!

こいつの冗談っすよ!冗談!」

「そうそう!

そんな外道、この団にいるわけないですって!」

「こいつらは知らねぇけど、

俺は違います」


『ッおいぃ!!』


俺とて、

団員達を疑っているわけではない。

だが、もし本当に裏切り者がいるのなら――

その時は、冗談では済まさない。


「あ〜……でも、

もしそんな奴が本当にいたら、

永護さんが斬る前に、

俺が一発ぶん殴っていいですか?

正直ムカつくんで」

「おい馬鹿お前、黙ってろ」


「……許す」

『えぇ?!』


今は、団員全員を信じよう。


だが……

彼らの言う通り、確かに妙だ。


守護団は毎晩のように見回りをしている。

それにも関わらず、

不審者の目撃情報は一切ない。


「……。」


これは――

他の事件よりも優先して、

早急に解決すべき案件かもしれない。




••⋆̩*☂︎*̣̩︎︎*.⋆̩*⋆̩☂︎*̣̩︎︎*.••




「ほーん……あの火災の話か」

「はい。最近、守護団の者達の間で

広まっておりまして……。

見回りの回数も増やしているのですが、

今のところ犯人に関する

目撃情報は一切掴めておりません……」


俺はあの後、すぐに破天兄上のもとへ向かい、

連続火災事件について報告した。

執務室には相変わらず書類の山。

兄上はその中央で、額を押さえながら溜息をつく。


「民の為にも……

はよう、何とかせんとな……」


他にも仕事を抱えている中で、

余計な負担をかけてしまっている。

そう思うと胸が痛んだ。


それでも――

この件は、どうしても自分だけでは解決出来そうもないので、助言だけでも賜りたかった。



「う〜ん……。

守護団でも犯人見つけるんは厳しいか……」


兄上は腕を組み、しばらく考え込む。

そして小さな呻き声を上げてから、

ふと顔を上げて、こちらを見た。


「ぅーん"ァ"〜………せや!

ほんならしゃあないッ!

今夜は翠嵐にも見回り行ってもらおか」

「ッ?!

い、いえ! そんな!!

姉上の手を煩わせるわけには!」


思わず椅子を蹴るようにして立ち上がり、

俺は勢いよく首を横に振った。


姉上は帝国の英雄だ。ただでさえ多忙な身……。

それに今回の事件は、翠山内の問題とはいえ、

姉上の領地外で起きている。

そんなものまで――

背負わせるわけにはいかない。


「ワイも行きたいんやけどな、

他の件で手ぇ離せんくてなぁ……

あ、ほな雅火にも行ってもらおか?」

「兄上……」


姉上でなくとも、

破天兄上でも雅火兄上でも同じだ。

これ以上、兄上や姉上に面倒をかけたくはない。

負担を増やしたくない。

……そう思ってしまうのは、おかしいのだろうか。


「ええねん、ええねん。

ワイも雅火も翠嵐もな、

永護にもっと甘えてほしいねん」


兄上は、困ったように笑って続ける。


「自分らの可愛い弟に頼られて、

嫌なわけあれへんやろ?」


……あぁ、駄目だ。


どう足掻いても、兄上の調子に乗せられて、

結局俺は折れてしまう。

……いつもそうだ。

こうして甘やかされてしまうと……

あぁ、やっぱり駄目だ。断れない。


「……そ、そこまで

言っていただけるのであれば……

姉上に、頼んできます」

「ええ子やな〜。

ほな、よろしく永護」


「……お任せを」


こうして、

俺は姉上の力を借りる事になった。



非常に申し訳が立たない……不甲斐ない。

そう思いながらも、

破天兄上と既に約束してしまった故、

姉上に頼らざるを得ない……。



「……すみません、姉上」


何度も心の中でそう唱えながら、

俺は姉上の住まう塔へと足を向けた。




••⋆̩*☂︎*̣̩︎︎*.⋆̩*⋆̩☂︎*̣̩︎︎*.••






あっという間に日が落ち、

今日もまた世界に夕闇が広がっていく。


夜の闇に侵食された翠山は、

昼間よりもさらに濃度の高い妖力に満ち、

俺達鬼族や妖族にとっては、

より活動しやすい環境へと変わる。


だが――

夜の闇に潜むのは、

決して良い事ばかりではない。


昼には姿を潜めていた悪妖怪や悪鬼達が、

溢れ出す妖力に呼応するように、

再び活発に蠢き出すのだから。


 

「絶好調だね、永護」


悪妖怪を討ち、

その死骸の山を片付けていると、

姉上がその山に視線を向けてそう言った。

だが、俺は静かに首を横に振る。


「いえ……そんな事は……。

俺の調子がいいというより、

普段より悪妖怪の数が明らかに多いだけです」

「……確かに。

この辺りも、危険な生き物が増えてきたね」


姉上の言葉に、俺は小さく頷いた。

ここ最近、翠山に出没する"悪妖怪"、"悪鬼"、そして"魔物"の数は、確実に増えているように思うのだ。

民から届く被害の報告も、後を絶たない。


「はい……不気味です。

どうか姉上もお気を付けください。

悪妖怪だけでなく、

“変異種”と呼ばれる魔の物も

多く目撃されています」

「えぇ……。

気を引き締めないとね」


そう言って、姉上は前を見据えた。

俺達はその日の討伐数を報告書にまとめ終えると、

いよいよ連続火災事件の調査と見回りに取り掛かった。



 

「あ、そういえば……

火災の件なんだけど」


山中の民家群へ向かう途中、

姉上がふと思い出したように口を開く。


「日が落ちる前に、

私も少し調べてみたの」


……やはり。

お忙しい身であるにもかかわらず、

既に動いてくださっていたらしい。


「……最近ね、ご高齢の民達が、

原因不明の体調不良で倒れる事が多いそうなの」

「体調不良……ですか?」


初めて耳にする話に、

俺は思わず首を傾げた。


「えぇ。

発熱、嘔吐、下痢……

症状が酷い人は、髪が抜け落ちていた……。

……でも、これで終わりじゃない」


姉上はそう言って、

ほんの少し視線を伏せた。

……嫌な予感がする。

俺は無意識に背筋を正した。


「もっと酷いのは、

“健康被害”を引き起こしてしまった人達。

主に肺の障害、それから腎臓障害……」


一瞬、言葉が途切れる。


「……そして、

ショック症状で

命を落とした例もあるわ」


……息が詰まった。

想像していた以上に、

この事件は民達を追い詰めている。

どうして、

もっと早く気付けなかったのか。


――いや。

本当は、理由など分かっている。


"翠山では、物騒な事件が多い"。

その言葉に甘えて、

俺は無意識のうちに一つ一つの事件を

“まとめて”扱ってしまっていた。

だから、

それぞれの重大さを見落とした。


今日だって――

団員達の話を聞かなければ、

兄上へ報告する事すらしなかっただろう。


……何が団長だ。

あまりにも酷い怠惰ではないか。

自分の役目も、

まともに果たせないのか、俺は……。




「永護」

「ッ……すみません」


自分の情けなさに押し潰されそうになっていたところを、

姉上の静かな声が制した。

……竜の眼が、俺を真っ直ぐに視ている。


「事の重大さに早く気付けなかったのは、

四山領主である私達も同じよ。

永護だけの責任じゃない」


そう言って、姉上は一度言葉を区切る。


「……それに永護は、この事件以外にも

沢山の問題に対応してくれてるでしょう?

負担をかけさせちゃって……

無理をさせて、ごめんね」

「ですが……」


なおも自責の念が胸を締め付ける。

そのまま顔を上げると――

姉上は何の前触れもなく、

俺を優しく抱き寄せた。


「永護は、ちゃんと自分の仕事を全うしてるよ」


背中に回された腕の温もりが、

じんわりと身体に広がる。


「毎日たくさんの悪妖怪を倒して、

民達を守ってくれてるから……

私達も、安心して仕事ができる」


胸元に額が触れるほどの距離で、

姉上の声が静かに続く。


「……この山は広いから。

破天兄さんと雅火と私だけでは、

どうしても……

見落としてしまう場所があるの」


一瞬、

微かな間が空いた。


「翠雨様がいない今は、特に……」


その腕の中から離れたくなくて、

俺は何も言えず、

ただ姉上の声に耳を傾けた。


「でもね。貴方達が……

裏葉柳守護団が、この山を守る手伝いを

してくれるから……」


腕の力が、少しだけ強くなる。


「より視野を広げて、

より細かい部分まで、

この山を見渡す事ができるの」


……本当に。

俺は役に立てているのだろうか。

兄上達や、姉上の役に。


言葉を聞いても、

不安は消えなかった。

無意識のうちに、

俺は姉上の背に強く手を回していた。


あぁ――そういえば。

小さな頃も、

兄上達や姉上に、

よくこうして慰めてもらったな……。

俺は……

もしかしたら、あの頃から

何一つ成長していないのかもしれない。


「ねぇ、永護……」


姉上の声が、

そんな暗い思考を優しく引き戻す。


「貴方がどれだけ成長しても、

喩え私達より身体が大きくなっても……

貴方はずっと、私達の可愛い弟なんだよ」


あぁ……困った。

……そんなに甘やかさないでほしい。


兄上達も、姉上も、本当に狡い。

親に捨てられた孤児が、

こんなにも温かくて優しい愛情を注がれたら……

自立できなくなるに決まっているのに。


「人の上に立つ立場にいる以上、

この先も、自分を責めたくなる事が

あるかもしれない……。

失敗する事だって、

一度や二度どころじゃなくて……

数え切れないくらい、重ねてしまう事もあると思う」


姉上は、静かに言葉を紡ぐ。


「でも、お願い……永護。

私達には、貴方の力が必要なの。

辛い時は……

私達に、目一杯甘えていいから……」


そして、少しだけ声を落とした。


「だから、どうか……お願い。

これからも、貴方の力を貸して」


……姉上に、

ここまで言わせてしまうなんて。

俺は本当に、酷い弟だ。


それでも――

こんな俺でもいいと、

この人達が頼ってくれるのなら。

……もうこれ以上、

その期待を裏切りたくはない。


「……取り乱してしまい、申し訳ありません」


俺はそっと姉上の手を取り、

視線を上げる。


「俺に……出来る事があるなら、

この先……幾らでも、協力させていただきます」


静かに、確かに。

俺は誓った。

もう二度と、

情けない失態を繰り返さないように――

胸の奥で気持ちを切り替え、

前を向いた。






「……そういえば」


抱擁の余韻がまだ胸に残ったまま、

俺は小さく咳払いをしてから口を開いた。


「連続火災事件で被害に遭った方々の名簿を

持ってきました。

少しでも役立つと良いのですが……」


慚愧に堪えない思いのまま、

すっかり姉上にあやされてしまった俺は、

無理やり気持ちを切り替え、

事件調査の為に集めた資料と、

火災事件の被害者名簿を取り出した。


「……え……」


名簿を受け取った姉上は、

その一行目を見た瞬間――

ぴたりと動きを止めた。


「……この人達……」


指先が、名簿の紙を僅かに強く掴む。


「……お知り合いですか?」


まさか、その中に

親しい人物でもいたのだろうか。

そう思って尋ねると、

姉上は小さく首を横に振った。

そして――

静かに名簿を俺へ返しながら、

こう教えてくれた。


「……この名簿に載っている人達、

全員“画材職人”よ。

それも……”絵の具専門”の職人さん」

「……絵の具、専門……?」


その言葉を聞いた瞬間、ようやく俺も理解した。

姉上の力を注ぐ芸術は、

“絵を描く事”。

画材屋で絵の具を買う事も多く、

直接の関わりがなくとも、

職人達の名前に見覚えがあったのだろう。


「…絵の具……体調不良……火災……ッ!」


姉上の表情が、一気に変わる。


「姉上?

何か、分かったのですか?」


姉上は突然、

山中の民家群へ向かっていた足を止め、

進行方向とはまったく別の方角へ、鋭く視線を向けた。

俺も思わず、その先を追うが――

そこには、まだ何も見えない。


「次の……被害者が絞り込めたの」


そう言って、

姉上は俺の手を強く引いた。


「ついてきて、永護ッ!」


次の被害者――

その言葉が意味するものを理解して、

背筋が凍る。


「……今夜も、火災が?!」


俺の問いに、

姉上はただ、小さく頷いただけだった。


……考える暇は、無い。

今は、彼女の背を追うしかない。


俺は全速力で、

姉上の後を追った。


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