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生彩放つ無神世界  作者: 美緑
〜第九章〜強化訓練
94/96

能ある鷹は臆病者?


午後、私はコンド率いる残炎の封魔隊の訓練に参加していた。

因みに、今日は遂に強化訓練の最終日だ。

この期間が終われば、軍で行えるのはいつも通りの演習や任務だけになる。


年に一度だけ与えられる、貴重な強化訓練。

レベルを大きく引き上げられる特別な時間が、もうすぐ終わってしまうと思うと……少し寂しくなった。



残炎の封魔隊の訓練内容は、

彼らが日頃行っているという結界付近のパトロールだった。

今日は、封魔隊の隊員と、他の部隊から参加している隊員が二人一組でペアを組み、巡回に出るらしい。


一人ずつ配られた色付きの羽。

その色が同じ者同士でペアを組むという仕組みだ。

……まぁ、要するにくじ引き方式である。

ちなみに、私に配られた羽は“青色”だった。


「僕のペアは、お前で合ってるよね?」


そう声を掛けてきたのは、

私と同じ青色の羽を手にした少年だった。


「え? あ、うん、多分……そうかな?

えっと、今日はよろしくね。

私の事は“探偵”って呼んで」


私は軽く頷いてそう答える。

どうやら、今日の私の相棒は彼らしい。


「うん、よろしく〜。

僕はティティア。

残炎の封魔隊の隊員だよ」


“ティティア”と名乗る彼は、とても人懐っこそうな青年だった。

クールグレイの髪の隙間から覗く瞳は、羽の色と同じ――

澄んだ青色をしている。



✿ ✿ ✿ ✿



「探偵はさ、帝国を覆ってる大結界の内側、

ギリギリの辺境地まで行った事ある?」


パトロール先へ向かう途中、

ティティアは何気ない調子でそう問いかけてきた。


「う〜ん……結界ギリギリの辺境地までは、

行った事ないかな……」

(瘴廃国なら行った事あるケド……)


心の中の言葉は飲み込んで、私は素直に答える。

辺境地に向かうのは、今日が本当に初めてだ。


「あの辺ね、結界の外にいる瘴廃国のおっかない魔物とか、

変異した魔物がいっぱい見えるんだよ」


のほほ〜んとした様子で、

さらっととんでもない事を教えてくれるティティア。

私は思わず……恐る恐る問い返してしまった。


「その魔物って……

結界の中に入ってきたりするの?」

「うん。

英雄様達が創った“破瘴の結界”は、

名前の通り瘴気を侵入させない為の結界だからね〜。

防げるのは瘴気だけ。

魔物は、普通に入って来ちゃうんだよ」


最悪だ……。


「えっと……て事は、

外にいる魔物に気付かれたら……」

「勿論、僕達を襲ってくるよ。

ヤダよね〜、怖いよね〜」

「うわぁ……」


どうやら私達は、かなり危険な場所へ向かっているらしい。

うぅ……おっかない。


「でもさ、強い魔物が知らない内に侵入してたら大変でしょ?

だから僕達が、ちゃーんとパトロールしないといけないんだ〜。

手遅れになる前にね!」


……まぁ、確かに。ティティアの言う通りだ。

それに今回は、訓練兼パトロール任務なのだから、

多少の危険は覚悟しなければならない。


「うん……頑張ろう!

一般の人が襲われたら大変だもんね」


私は気合いを入れ直し、足を進めた。

変異種の名前を聞いて怖がっている場合じゃないぞ!

しっかりしろ、私!



「……そうだね!」


少し遅れて聞こえてきたティティアの返事を背中で受け止めながら、私は無意識のうちに歩く速度を、ほんの少しだけ速めていた。




✿ ✿ ✿ ✿




「うわぁ…!これが破瘴の結界…

初めてこんな近くで見た…」


思わず声が漏れた。

目の前には、空気そのものが歪んでいるかのような巨大な膜。

淡く揺らめく結界の表面には、

目に見えないはずの魔力の流れが、確かな“圧”となって伝わってくる。


「帝国全体を覆ってる大結界だからね〜

普通に生活してたら

なかなか間近で見る事ないよ」


私達は結界と瘴廃国の境界線――

帝国の最果てとも言える辺境地に辿り着いていた。


結界のすぐ向こう側には、

濁った大地と瘴気に満ちた世界が広がっている。

結界に込められた魔力に意識を向けると、すぐに分かった。

触れれば即座に弾かれるほどの密度。

そして、その中に――

複数の魔力が複雑に絡み合っているのを。


「皆……

こんなに凄い結界張りながら戦ってるのか……。

ペナルティ大きすぎる」


私は結界に注がれている魔力量を感じ取り、息を呑んだ。

これほどの結界を維持しながら、なお前線に立ち続けている英雄達。

その凄さと同時に、

背負っている負担の重さが嫌でも伝わってくる。


「だよね〜。

……せめて僕達の魔力でも

結界維持できたら良かったのに」


ティティアは小さく頷きながら、結界を見つめていた。

その横顔には、

ほんの少し沈んだ色が混じっている。


確かに、結界維持だけでも手伝えれば、

英雄達の負担はかなり減るはずだ。

……でも現実は違う。

この結界は、術者本人の魔力でなければ成り立たない。

どれほど魔力を注いでも、

他の者では“維持”できないのだ。



「ねぇ…ティティアはどうして

帝国軍に入ったの?」


結界を見つめる彼の背中から、微かに漂う悲しげな気配。

それに気付いて、私は思わず問いかけていた。

彼は――もしかすると、

帝国内でも数少ない“英雄達の味方”なのかもしれない。

そんな直感が、

胸の奥で静かに芽生えていたから。


「え……あ〜…それはね〜…」


ティティアは一瞬、目を見開いた。

けれどすぐに視線を逸らし、曖昧に声を伸ばす。

そして、


「……秘密!」

「え〜…」


あっさりと、はぐらかされた。

気になったのに、残念だ。


「それより探偵、

パトロールに集中しないと!」

「あ、そうだね、気をつけないと!」


そうだった……。

ここは瘴廃国に最も近い辺境地。

魔物も変異種も、決して珍しくない場所だ。

ティティアに指摘され、気を引き締め直す。


……しかし、その直後だった。

彼が次に発した言葉で、私は混乱させられた。


「そういえばコンド様が言ってたよ、

お前強いんだよね?

僕、魔物怖いから守って〜!

頼りにしてるよ探偵!」


……何を言っているんだろう、この人は。


「は?…な、何言ってんの?!

なんの為のペアだと思って…」

「大丈夫、大丈夫!

僕らのパトロールする地域は

変異種も少ないし、弱い魔物ばっかりだから!」


一体何を根拠に言ってるんだ。

どこからその自信が湧いてくるのか、是非とも教えてほしい。

無責任な「大丈夫」ほど信用ならないものはないのだ。


「そういう問題じゃないぃぃぃッ!!!」


……その後のパトロールは、まさに散々だった。


ティティアは宣言通り、

魔物を見つけるたびに私の背後に回り……

あるいは信じられない速度で距離を取って逃げ回る。

討伐は全て、私任せ。


……この人……本当に、なんで軍に入ったの…。


魔物を斬り伏せながら、

私は何度目かの疑問を心の中で呟く。

途中からは、怒りを通り越して呆れと諦めが勝っていた。


「ちょっとティティア…

ちゃんと戦ってよ……お願いだから」

「ごめんって〜。

でもやっぱり魔物怖いんだよ〜

僕戦うの嫌いだし〜」


意味が分からない。

私だって怖いわコノヤロウ。

それでも戦ってるんだぞコンチキショー。


「ならなんで軍人に…

しかも特務部隊にいるの?」

「それは……。

さっき秘密だって言ったじゃん」


ダメだ、これは。


「…あ〜もう!もういいよ!わかった!

仕方ないから後にいて!

私が戦うよ!戦えばいいんでしょー?!」


私は完全に諦めた。

ティティアは頼れない。

なら、最後まで一人で戦うしかないじゃないか。ふざけんな。


「わ〜!探偵かっこいい〜頑張って〜」

「ッはぁ〜!ムッッッかつく!!」


私はティティアへの怒りを、そのまま魔物に叩きつけた。

おかげで戦闘は驚くほどスピーディーに終わったが――

その代償として、私の魔力は見事に空っぽになってしまった。




✿ ✿ ✿ ✿



「もう…もうムリ。疲れた…本当に……ムリ」


その場に立ったまま、私は力なくそう零した。

名ばかりのペア――

ティティアがほとんど戦ってくれなかったせいで、

本来の仕事量の倍は動き回った気がする。


「おつかれ〜。

はい、魔力回復ポーション!僕の余ってるからあげる」

「そりゃ余ってるでしょ!

アンタ戦ってないんだから!減ってたらビックリだよ!!」


私は差し出されたポーションを睨みつけながらも、

一応、「ありがと」とだけ言って受け取った。

そしてそのまま、勢いよく飲み干す。


「魔力回復しても疲労とれない……」


冗談抜きで疲れ度MAXだ。

足に力が入らず、私はその場に座り込んでしまう。


「安心して!

魔物の素材は僕が全部運ぶからさ!」

「ふんッ!

それぐらいやってもらわないと困るよ」

「怒ってる〜」

「あったりまえでしょッ!!」


隣にしゃがみ込んできたティティアに、

思わず悪態をついてしまう。

でもこれくらいは許されていいはずだ。

仕事しろ、お前も軍人だろ。


「困ったな〜。

どうしたら機嫌直してくれる〜?」


しばらく頬を膨らませて拗ねていると、

ティティアは私の顔を覗き込むようにして、間延びした声で聞いてきた。


「……甘いもの食べたい」

「食いしん坊だ!」

「怒るよ?」

「ごめん」


あれだけの目に遭わされたのに、

甘いもの一つで機嫌を直そうとしている私の優しさに、

どうしてこの人は気付かないのだろう???


「でも良かった!

僕、甘い物なら持ってるよ!」

「え?」


そう言って、

ティティアは私の手に何かを持たせた。


ふわりと甘い香りが鼻に届き、思わず目を瞬く。

……だって、

訓練任務中に甘いものなんて

用意できると思っていなかったから。


「……これは?」


正直、半分冗談で言った「甘いもの」を、

こんなにあっさり渡されるとは思わなかった。

なんで甘いもの持ち歩いてんだ、この人。


「ワッフル!

オヤツにしようと思って、今日の朝焼いてきたんだ〜!

でもこれは全部お前にあげるよ」


私が訝しげにティティアを見ると、

彼は亜空間魔法で甘いものが詰まった箱を取り出し、

なんと、それを丸ごと私に差し出した。


「え、全部?

でもそしたら、ティティアのオヤツが……」

「いつでも作れるから大丈夫だよ!

それに、お前が頑張って戦ってくれたから……

一応、お礼のつもりでもあるんだ」


……え、それってまさか、

最初からペアになる人に魔物を倒させるつもりで用意してたんじゃ――

とは思ったけれど、それは聞かないでおいた。

もう、なんだか色々どうでも良くなった。


「……半分こしよ」

「え?でもお礼なのに……」


私はワッフルの箱を少しだけティティアの方へ押し返し、

一つ取り出して彼の手に持たせた。


「一緒に食べた方が美味しいもん!…ね?」


それに、

一人じゃこんな量、食べきれない。



「……やっぱり探偵は優しいな〜!」


ティティアはそう言って、へらりと笑った。

その笑顔は――

男の子である彼には少し失礼かもしれないけれど、

とても可愛かった。


「ティティアは弱虫〜」

「えー酷いよー!

僕は探偵の事褒めたのにー!」


「だって事実じゃん……」


じゃあ、なんと言えばいいのか。

不満そうに眉を下げるティティアを見て、私は少しだけ言葉に詰まった。

あれだけ見事な逃げ足を見せられてしまえば、

どうしても真っ先に浮かぶ感想はそれになってしまう。



「……でも、

ティティアはいい人だと思うよ」


私は少し間を置いてから……今度は真剣に、彼を褒めた。


「は?おれ…僕が、いい人?」


すると――

意外にも、ティティアは目を見開いて固まった。

どうやら驚いているようだ。


「……ずっと逃げてただけなのに?」


あ、自覚はあったんだ。

……と思ったのは心の中に仕舞っておく。


「うん、だって……

ティティア、わざと魔物の気を引いて

人里から離れる方に逃げてたでしょ?」

「え…」


私は訓練中に感じた違和感――

そして、確信に変わった気付きについて、

確かめるように言葉を重ねた。


「初めは気のせいだと思ってたけど

魔物に追いかけられる度、

町とか集落が無い方に逃げてたからさ」

「……たまたまだよ」


いや、違う。

ティティアはただ“戦えない隊員”なんかじゃない。

彼は、自分がどこへ逃げればいいのかを分かっていた。

どう動けば、人里に被害が出ないのか――

それを瞬時に判断できる才能を、持っている。


「偶然の動きじゃないでしょ、アレは。

ティティアは凄いよ。

地図見なくても帝国の地形とか、

全部把握してるんだね」

「……。」


ティティアは、完全に私から顔を逸らしてしまった。


ははーん……さては照れてるな、コイツ。

その反応が可笑しくて、私は思わず小さく笑ってしまう。




……しかし。

そんな穏やかな時間は、突然終わりを告げた。


──ギイ"ィィィア"ァ"ァ"ッ!!


不穏な音――

いや、声が聞こえた。


……近い。


すぐ近くで、

何かが……鳴いている。


ただ事じゃない。

そう思って私が立ち上がるのと同時に、ティティアも立ち上がった。

そして、どちらともなく――

私達は声の聞こえる方へと駆け出した。



✿ ✿ ✿ ✿




声を頼りに私達が辿り着いたのは、

名前も知らない小さな人里だった。


「ッ…な、何あれ?!」


私は、その光景を目にした瞬間、言葉を失った。

不快な鳴き声の正体――それは魔物だった。

……しかも、一匹や二匹ではない。

……群れだ。

魔物の群れが、人里を襲っている。


「あ〜…あれは多分、どっかのバカが

魔物を刺激したみたいだね。

あの魔物達、すごく怒ってるよ」


同じものを見ているはずなのに、

隣のティティアは、驚くほど落ち着いた声でそう言った。


「どうしよう……この辺の魔物、

そこまで凶暴じゃないけど

変異種も混じってるし危険だよ!

助けないと……でも、あの数じゃ……」


魔力は回復したばかりだから、魔法は撃てる。

魔物自体も小型――

数匹なら倒せるかもしれない。

でも、群れ全部を相手にするとなると……

どう考えても勝ち目がない。

それに、今の私は体力が限界に近い。

戦い続けるなんて、無理だ。


ホノに伝言を頼む?

……ダメだ、それだと私が魔法を使えなくなる。

じゃあ通信機で――


「はぁ……

俺、戦うの好きじゃないんだけどな…」


とにかく本部に連絡しなきゃ。

そう思って通信機を取り出した、その時――

ティティアが、一歩……前へ出た。


「え、ティティア?!

何してるの?!危ないよ!!

早く他の隊員に報告して援護してもら…」

「それじゃ、間に合わないよ」

「でも…!」


彼が何をしようとしているのか分からず、

私は言葉に詰まる。


確かに、今から連絡しても、王都から辺境地までは遠すぎる。

到着まで、どれだけ時間がかかるか分からない……。

それでも、他に方法なんて――


「ねぇ、探偵。

敵の弱点、分かるんだよね?

アイツらの弱点、教えて?」


迫り来る魔物達に頭が追いつかないまま、

ティティアは私の顔を覗き込んで、そんな事を聞いてきた。


「え、…わかった……

ちょっと待ってて」


理由は分からない。

でも、私は彼の言葉に従い、魔物達の弱点を視た。


「氷と植物……みたい」

「へぇ…」


短い相槌と共に、

ティティアは魔法の武器を取り出した。


「やっぱり僕、

こういうとこに運、全振りしてるのかな〜」

「ティティア?!」


人里へ向かって走り出す彼の背中を見て、

私はようやく理解した。


――この人、一人で戦うつもりなんだ。と。


「お前はここにいてね」

「ッ無茶だよティティア!戻って!

魔物怖いんでしょ?!

お願い……無理しないでいいからッ!」


今日一日、

魔物を怖がって逃げ回る彼を、嫌というほど見てきた。

だから、無理をして武器を取ったとしか思えなくて――

止めようとした。

追いかけて、しがみついてでも……。


「なッ……なにこれ?!」


でも、足が動いてくれない。

視線を落として、私は息を呑んだ。

私の足は何故か……凍っていた。

魔法で、凍らされていたのだ。


「ッ動けなぁい!!」


思いっきり足を動かそうとしても、

引き抜こうとしても、

氷は固くて、ビクともしない。

いつの間にこんな事に……。

それに、どうして……?誰がやったの?


頭をフル回転させて、私は一瞬前を思い返す。

そして、すぐに思い当たった。


『──お前はここにいてね』


「は…?

まさか……あの一瞬で?!」


理解が追いつかず、

私はただ視線を動かす事しか出来なかった。



──クックック…。


ッ誰だ笑ってるのは!

私は泣きたい…。


キュックックック……。


笑うなって言って…キュックック……???


てっきり足を凍らされて動けない私の事を

誰かが笑っていると思ったのだが……

笑い声にしては、やけに動物の鳴き声みたいだ。


──キュックック!


違和感を感じて首を傾げると、突然……

足元からアライグマの精霊が顔を覗かせた。



「え……なんでここに精霊が……」


呆然と見ていると、

アライグマは私の足元の氷をさらに厚くしてから、

人里の方へ走り去っていった。



「……動けない」


……。

………。

……ッいや、何してくれてんの?!?!


アライグマは、足元どころか腰の辺りまで

ご丁寧に凍らせてくれたようだ…。

これではもう上半身しか動かせない。

完全に足止めされてしまった。


ッ、どんな扱いだコレは……ッティティア!!!


私は必死に人里の方へ視線を向け、彼の姿を探した。

あのアライグマは、きっと……

いや、間違いなく――彼の精霊だ。

それ以外、考えられない。





✿ ✿ ✿ ✿





「いた……本当に魔物と戦ってる…」


動かせるのは視線だけ。

それでも、私は何とかティティアの姿を捉える事ができた。


……信じられない。

彼は、ついさっきまで魔物を怖がって逃げ回っていたはずなのに――

今はそれが嘘だったかのように、次々と魔物を倒している。



『──魔力運用……。

出現せよ、氷と植物の精霊“リッデル”!

我らが力、主の為に!

天使の冷冷たる視線は魔を捉え、

チリも残さず悪を祓い、消し飛ばす。

第三詠唱……フェルプレッテレン』


彼の魔法だろうか。

人里を覆うほどの吹雪が発生し、魔物達を呑み込んでいく。

急激な冷気に晒され、魔物達の動きは目に見えて鈍くなっていた。


「ッ?!す、すご……」


思わず漏れた呟きに、私はすぐ我に返る。

……感心してる場合じゃない。

どうせ動けないなら、

動けないなりにできる事をしなきゃ!


「……ホノッ!!」

『プキュー!!』


私はホノに伝言を託し、コンドの元へ向かわせた。

通信機では本部にしか連絡できない。

でもホノなら、この状況を直接コンドに伝えられる。

その間私は魔法を使えないけど、

どうせ動けないのだから関係ない。



『──我が槍は正義の象徴…。

天空を汚す魔を貫き、

大地に冷涼な花弁を散らす華。

第五詠唱……ジルヴァラブルーム』


そうして、私が氷から抜け出すのを諦めかけていると……

いつの間にか、

人里を襲っていた魔物の鳴き声が途絶えていた。


程なくして……

まるで、危機が去った事を知らせるかのように、

空から青色の綺麗な花弁が舞い落ちてくる。


人里の方へ視線を向けると、

あれだけいた魔物は半分以上が倒され、

残りは結界の外へ逃げ帰っていた。



「……ティティア、魔物と戦えるじゃん」

「確かに魔物が怖いとは言ったけど、

戦えないとは言ってないでしょ?」


いつの間にか戻ってきたティティアに、

私は思い切り不満を込めた視線を向ける。


「戦えるなら、なんで……

どうして実力、隠してたの?」

「なんでだと思う?」

「……。」


……答えてくれてもいいじゃん。


質問をさらりと躱され、視線に込めた不満が深まる。

そんな私を見てか、ティティアは苦笑した。

そして……


「……まぁ僕だけじゃなくて、

誰しも、自分の守りたいものがあれば闘えるものだよ。

相手が魔物でも……人でもね」


そう言ってから、

ようやく私の足元を解放してくれた。


「……ティティアは何者なの?」

「え?」


私は彼の武器を見つめたまま問いかける。


「そんなに強いんだもん…。

ただの隊員じゃなくて、隊長格でしょ?」


小型ばかりとはいえ、

あれだけの魔物を一人で倒すなんて、特務隊員でも難しい。

……隊長格レベルでなければ。


「あぁ~…。

まぁ……一応、そうだね…」

「……一応?」


曖昧な返事に首を傾げると、

ティティアは視線を逸らして、ようやく口を開いた。


「半分以上コネだよ、コネ。

僕の実力なんてまだまだ……。

探偵は他の部隊で見てきたでしょ?

強い隊長達を」


……何言ってるんだこの人。

本日何度目か分からない感想が、また頭をよぎる。

あれだけの実力があって、

どうしてそこまで卑下できるのか……理解できないよ。


謙虚は美徳でもあるけど、

いき過ぎるとただの嫌味にしか聞こえない。


「……そんな事言ったら私だって、

コネみたいなもんだよ!」

「え、お前も……?」


ティティア程実力のある隊員が、

”半分以上コネ”で隊長格になったというならば、

私なんてコネのカタマリのようなものだ。


「私はレインに魔法教わったからね…!

そのおかげで今魔物と戦えてるし、

隊長格にもなれた」


どうだ、私の方がズルいだろう。

威張るところじゃないと分かっていながら、私は胸を張った。

上には上が、下には下がいると思い知ったかコノヤロウ。


「……お前なら、

実力だけでも大隊長になれるかもな」

「え、それは……

ちょっとまだ荷が重いかも」


あれ……?というか、なんで私の方が強いみたいな話になってるんだ。

どう考えてもティティアの方が強いのに。

彼の言葉に私が困惑していると――


「……あははッ!」

「え、なに…」


突然笑い出したティティアに驚き、

私は半歩下がる。


「いや、僕と同じ考えだと思って」

「ティティアと?」

「うん。正直僕も荷が重いんだ

……”次期大隊長”に任命されて」

「だ?!大隊長?!」


その言葉で、私は思い出した。

確かこの部隊の”前大隊長”は、二年前に殉職していて……

それから今までずっと、大隊長の席は空いたままだと……コンドから聞いた。


「……今はまだ、

その階級の重みは背負えない」

「次期大隊長……って事は、ティティアは……」


「うん。僕は残炎の封魔隊“中隊長”。

ティティア・ジェラール。

……改めてよろしくね、探偵」


中隊長"とは、

小隊長と大隊長の間に位置する、目立たないけど重要な階級だ。

大隊長の補佐として、部隊を支える存在。

つまり彼等は部隊内で、トップスリー、フォー、ファイブ……くらいの実力を持っているのだ。


「こ…こちらこそ……」


通りでお強い訳ですね……。

私はまたとんでもない人とペアを組んでいたらしい。

でもまさかあんな態度見てたら中隊長だとは思わないじゃん!

……思えないよね??



「お前は不思議な子だね…。

僕、今までこんなに自信を持って

自分の階級を明かせた事ないよ」


私が一人で大混乱していると、

そう言って、ティティアはまた笑った。

その笑顔は、今日見た中で一番生き生きしていて――

やっぱり、可愛らしかった。


「私は特別何もしてないよ…。

でも、ティティアはもっと自分に自信持っていいと思う。

私、もしティティアが

もう大隊長だったとしても驚かないよ!

だってこの目で見たもん!

ティティアが戦ってるところ!

すっごく強かった!かっこ良かった!」

「ねぇ、探偵……ちょっと、ストップ」


私がティティアの事を褒めると、何故か止められた。

……なんだよ正直に褒めてんのに。


不満げに見上げると、

ティティアは顔を逸らしてしまう。

そして……


「賞賛してくれるのは嬉しいんだけどさ……

語彙力、もう少し何とかならない?」


――お前の言葉選びはダイレクト過ぎて、照れる……。

と言って、彼は耳まで赤くしていた。



……やっぱりこの人可愛いや。



✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿



私達はあの後、

辺境地にコンドが来るまで待機していた。


ティティアの言った通り……今回の騒動の原因は、

あの人里の子ども達が魔物の赤ちゃんに石を投げ、

傷つけてしまった事だったらしい。

事情を聞くと、魔物側に少し同情してしまいそうになる。

けれど私達は人であり、軍人だ。

――民を害するものは、倒さなければならない。


……因みに、本部への報告はコンドが一人で持ち帰ってしまった為、

私達はそのまま帰っていいと指示を受けた。

 

「……あ、新入り……じゃなくて、第一小隊長。

訓練終わったんだな」


そうは言われたものの……

レインには今回の件を自分の口から直接報告しておきたくて、

私は一旦本部へ戻ってきた。

のだが……

賢部隊の棟で最初に会ったのは、先輩だった。


「ねぇ先輩……。

やっぱりその呼び方やめない?長いよ……」


私が小隊長になってからというもの、

先輩は私を階級名で呼ぶようになった。

毎回毎回こんな長ったらしい呼び方をされると、

正直ちょっと面倒くさい。

けれど先輩は、当然のような顔で言う。


「仕方ないだろ。

お前の名前、知らないんだから」


……いや、私もアンタの名前知らないよ。

そろそろ本気で教えてくれ。


私は思わず溜息を吐き、額を押さえた。

すると――

「探偵でいいじゃん」……と、

私の代わりに先輩へ返事を返す声が、後ろから聞こえてきた。


「う〜ん……。

確かにそれもあり、だけ……ど……」


そして何故か、

先輩は、その声を聞いた瞬間――

いや、正確には声の主を見た瞬間、ぴたりと固まって絶句していた。


「……?」


突然動かなくなった先輩が気になり、私は声をかけてみる。

……大丈夫だろうか?


「どうしたの、先輩?」

「……。」


声をかけても全く動かないので、

そろそろ心配になってきた。

しかし、私がその肩をつつくと――


「ッ、ティ、ティティア中隊長?!?」

「え…」


先輩は勢いよく後退し、壁に激突した。

……痛そう。


「大変失礼致しました!!

自分は魔源月の賢部隊、第二小隊・小隊長ですッ!!」


激突の痛みなど気にする様子もなく、

先輩は私の後ろに立っていたティティアへと、完璧すぎる敬礼を決めた。


て、……あれ?

先輩、ティティアの顔を見ただけでこの反応……。

って事は、もしかしてティティアって、かなり有名な人?

私は自分の世間知らず度を、改めて実感した。


因みに、ティティアはレインへの報告について来てくれていたので、ずっと私の後ろにいたのだ。

 

「あ、うん……知ってるよ。

お前も強いって、コンド様から聞いてる」


先輩の勢いに、ティティアも若干引き気味だ。


「コ、コンド様が……そんな事を……」


……そして先輩は。


「先輩?!」


ティティアの言葉を聞いた瞬間――

ついに、崩れ落ちた。


「……光栄すぎて、死ぬ」

「あらら〜」

「先輩ぃぃぃ!!」


結局その後、

先輩を医務室に運ぶ羽目になり、

レインへの報告は遅れ……

家に帰る頃には、すっかり夜になってしまった。


……お大事に、先輩。






.﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏.・❅*໒꒱⡱

《ティティア視点》




これは僕の……いや、俺の姉の話。


ユース・ジェラール。

俺の姉は、残炎の封魔隊の――”前大隊長”だった。


 

「ちょっと、ねーちゃん!」


「ん? どしたのティティア〜」

「洗濯物! 今日、雨降るって

俺ちゃんと言ったよね?」

「あれま? そうだった?

いっけね!忘れてた〜……」


性格は、優しいけど……ちょっと抜けてて。

戦闘以外では、本当に頼りにならない人。


「そうだった?じゃないよ!」

「ごめんごめん!

お姉ちゃん、うっかりしてた!」


生活面では特にポンコツで、

家事はほとんど俺がやってた。


「俺、あの服気に入ってたのに……」

「ごめんよ〜……。

新しいの買ってあげるから、許して?」


でも、ポンコツなりにちゃんと頑張ってたし、

うっかり失敗した時は、毎回一生懸命詫びようとしてくれた。


「……別に買わなくたっていいよ。

あれと同じの、もう売ってないし」

「ん〜、じゃあお姉ちゃんが

そっくりな服、作ってあげる!」

「……好きにして」


十年前の大戦争で……

俺達の両親は死んでしまったから、

俺達は、ずっと二人きりで暮らしてきた。

長い間そうやって一緒に生活できていたし、

姉と俺は……それなりに、仲が良かったと思う。


「うん! 今日帰ったらすぐ作るから!

期待してくれていいよ〜?」

「うん。期待しないで待っとく」

「え〜、期待しててよ〜」


姉との会話は、いつも中身が薄くて。

……それでも、楽しかった。


家族と過ごす時間は、魔法みたいだと思う。

どんなに些細な事でも嬉しくて、心が穏やかになって……

ああ、こういうのが幸せなんだって、自然と思えた。



 

「ッ、ジェラール大隊長!!」

「……どしたの。そんな慌てて」


だから……

それが失われた時、俺はどうなってしまうんだろうって。

ずっと、心のどこかで怖がっていた。


「大変です……ま、魔物が……」

「担当区域で、変異種の魔物が

一般市民を襲って……!」


姉は大隊長だ。

当然、危険な任務も数え切れないほど受けていた。


「ねーちゃん……」


英雄様の力を借りなくても、自分の力で戦える姉を誇らしく思う一方で……

俺は、ずっと不安だった。


「……ティティア。

私、帰るの遅くなるかも。

ちょっと先、帰ってて」


当時の俺は、中隊長どころか隊長格ですらなかった。

だから、危険な任務から外される事も多かった。


「は? 何言ってんの?

俺も行くに決まって――」

「帰りなさい」

「ッ……?!」


「……帰ってて」


……姉に置いていかれる事には、

最後まで慣れる事ができなかった。



「……怪我して帰ってきたら、

俺……怒るからね」

「うん。気を付ける」


「……待ってるから」

「うん」























「……。」



……あの日は、雨が降っていた。

冷たい、冷たい雨の降る夜。


姉は遂に、

任務先から帰って来られなくなってしまった。


魔物に……殺されて。

身体を……引き裂かれて。

バラバラになって……。


……家に帰ってきた姉の身体は、

ほとんど……原形を留めていなかった。


「怪我して帰ってきたら……怒るって、

……俺、ちゃんと言ったよね?

……ほんと、ねーちゃんって

ポンコツだよね……なんで、いつもこうなの」


何を言っても、声を掛けても……。

当然、返事は返ってこない。

濡れた空気だけが、やけに重く胸に残った。



……この日から、

家族と過ごす時間は、消えてしまった。





.﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏.・❅*໒꒱⡱




「急に呼び出してごめんね」

「いえ……それで、お話とは……?」


姉の葬儀が終わった後、

俺はコンド様の執務室に招かれた。

英雄様であるコンド様が、

俺なんかに用があるはずない――

この時の俺は、そう思っていた。



「実は……ティティアに、

大隊長を任せたいと思っているんだ」

「……は? 俺に、ですか?」


それは信じられない言葉だった。

仮にこの時、俺が既に中隊長だったなら、

まだ理解できたかもしれない。

……でも当時の俺は、ただの特務隊員。

それも、姉の背を追って軍に入っただけの人間だった。


「君は実力もあるし、

なによりユースも――」

「ッ、俺は……いえ、僕は、

姉のように強くはありません……。

貴方の期待に応える事も、貴方を守る事も……

果たして僕に出来るかどうか……」


困惑したし、

たとえコンド様の願いでも、

すぐに首を縦には振れなかった。



「……ユースが、君を指名したんだ」

「え……」


でも、その一言で、断る事も出来なくなった。

姉が……自分を指名したと聞いて、

一瞬意味がわからなかった。


「自分が、もし、いなくなったら……

大隊長には君を選びたいって。

……だから声を掛けたんだ。

彼女の言葉を、君に伝えておきたくて」

「そんな……」

「もちろん、無理にとは言わないよ。

辛いなら、軍を抜けてもいい。

……僕は、君の意思を無視したくないから」


コンド様は、姉の最期の願いを受け止め、

それを俺に託してくれた。

……これを、コネと呼ばずして、

なんと呼ぶのだろう。


「俺は……」


それでも――

俺は、選んだ。


「……僕は、姉の遺志を継ぎます。

ですがコンド様、僕に少し……

時間をいただけないでしょうか。

大隊長になる実力がつくまでは、

姉が担っていたその大役を……。

今の僕では、きっと背負いきれませんから」


コネでもなんでも構わなかった。

姉の望みを叶えたかったし、

姉の期待に、応えたかった。


「……うん、待っているよ。

ありがとう、ティティア」

「いえ……こちらこそ、

本当に……ありがとうございます、コンド様」




 

俺は今でも、家族を奪った魔物が怖い。

……それでも、守りたいものがあって、

戦う理由があるから――進んで来られた。


隊員から……小隊長に。

小隊長から……中隊長へ。


姉の背に、あとどれくらいで追いつけるのかは分からない。

それでも俺は……僕は、

これからも、姉の遺志を手放すつもりはない。



それに――

あんなポンコツに負けているなんて、

単純に気に食わないから。

あわよくば追い抜いてやりたいと、最近は思ってたりする。




……ねぇ、探偵。

これは、ねーちゃんに秘密だよ?



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