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生彩放つ無神世界  作者: 美緑
〜第九章〜強化訓練
93/96

罪なき手に、救いの味を

「あれ? アルテ?」


朝食を終えて食堂を出た私は、午後の準備をする為に、もう一度翠竜塔へ戻って来た。

――のだが、廊下を曲がった先で、

先程慌ただしく本邸を去って行ったはずのアルテと、ばったり出くわした。


「あ、探偵さん……」


私に気付いたアルテは、私の名前を呼んでから、少し困ったように視線を逸らした。

彼女の視線の先には、とある部屋の扉がある。

けれど、ノックするでもなく、入るでもなく……ただ、その前で立ち止まっていた。


「どうしたの? なにか……あった?」


私は、アルテが扉を前に足を止めている理由が、部屋の中にあるのだろうと察しつつ、声を掛ける。

すると彼女は、

少し間を置いてから、小さく頷いた。


「えぇ……実は、その……

今、和茶さんがいらしてて……」

「え! 和茶さんが!? なんで!?」


その名前を聞いた瞬間、私は思わず声を上げてしまった。

まさか、部屋の中にいたのが和茶さんだったとは……!

思わず扉の方を見てしまう。

……でも、どうして彼女がここに?


「実は、例の事件の件で……

色々ありまして……」


私が首を傾げると、

アルテは言葉を選ぶように視線を伏せ、

今回の件について――少しだけ、詳しく教えてくれた。




……………………………………………………


芸術心祭の騒動が終わった後――

アルテは、和茶さんの料理に毒を混入させた“正犯”を突き止め、速やかにその身柄を確保したそうだ。


この人物が、昨日アルテが言っていた例の容疑者……。

本人はすでに罪を認めているらしいが、

まだ決定的な証拠が足りず……

扱いとしては「容疑者」のままなのだという。



「ッこんのクソガキ!!

ウチ、まだ許してにゃーからな?!」


正犯――ここでは仮に、正犯君と呼ぶ事にしよう。

その正犯君の取り調べに、

和茶さんがどうしても立ち会いたいと言い出したらしく……

アルテは“当事者”として彼女の参加を認めたそうだ。

案の定……和茶さんは、大変御立腹だったそうで……


「ッ、いッて……」

「て、亭主さん! 落ち着いて下さい!」


正犯君は容赦無く、

彼女に殴ら……ぶっさらわれたそうだ。


「ッたく……おみゃー分かってないずら?

下手したら大勢の人が、えらい目にあってたに?」

「……分かってるよ。反省してる」


意外にも、正犯君は反抗しなかったそうだ。

和茶さんに対しても、アルテの指示に対しても、

抵抗らしい抵抗は見せず……ただ、俯いて話を聞いていたという。


「ッいいかクソガキ!?

世の中、ごめんなさいして

許してもらえる事ばっかりじゃねーんだにッ!!

人の命に関わる事は、特に!!」

「……すみません……でした」


和茶さんに叱責され、正犯君は深く頭を下げたそうだ。

その様子を見て、

ようやく和茶さんも一度腰を下ろし、

話を聞く姿勢になったのだとか。


「……ウチに恨み持ってんなら

ウチだけに迷惑かければよかったずら?

なんで、バカ沢山人のいる祭りで

そげなこたぁ、しただよ?」


自分が何かしら恨みや妬みを買っていた――

そう考えて、和茶さんは正犯君に理由を尋ねたらしい。

……だが、ここで思いもよらない事実が明らかになる。


「アンタの料理は、帝国一美味いから……

このままだと、この山の飲食店は

全部潰れるって……。

俺の父ちゃんの店も潰れるんだって……

そう言われて……だから……」

「ッ?!」

「誰が……誰が、そったら事、

おみゃーに言っただ?」


なんと――

正犯君は、何者かによって悪質な“囁き”を吹き込まれていたのだ。

この発言で、

アルテも和茶さんも、初めて“別の影”の存在を意識したという。


「知らない人だった……

背が高い……女の人」

「せぇの高え……おなご……?」


正犯君は、その人物とは面識がなく、

本当に“知らない相手”だったと主張したそうだ。


「……貴方は何故、

面識の無いその方の言葉を

真に受けてしまったのです?

まさか……本当に彼女の料理で、

お父様のお店の経営に影響が出ていたのですか?」


アルテがそう問いかけると、

正犯君は勢いよく首を横に振り……

言葉を絞り出すように、こう答えた。


「違う……父ちゃんの店は、

問題なんて一つも……。

それに俺……俺だって……

信じてなかった……。

でも、突然……

目の前が真っ暗になって……

それで……よく、分からないけど……

その人の言葉が、頭に……響いて……

響き、続けて……

それで……気付いたら……

俺、樒を……手に持ってて……」


話を聞いたアルテは、その場で――

“ある、恐ろしい可能性”に気付いたのだという。



「……これは……

厄介な事になりましたね」

「翠嵐様?

なんか……知っとる事でも?」


和茶さんにそう尋ねられて、アルテは――

自分が気付いた“可能性”について、静かに説明したそうだ。

……それは、禁忌の術について。


「……禁忌を侵す術の中に、

“陰負の心術”というものがあります。

それは人の心の奥にある"負の感情"を瞬時に膨張させ、

一定時間……対象者の思考を不安定にしてしまう術です」


アルテは、その術が悪用された事件を、

これまでにも何度か見てきたという。


「術者が対象者を利用し、

犯罪行為に手を染めさせる事もあります。

恐らく今回も……」

「ッ性が腐ったわりゃあもんめ!」


和茶さんは、その説明を聞いて――

本来、なんの罪も無かった少年が巻き込まれた可能性に気付いたのだろう。

その場にいない“真犯人”へ向けて、怒りを露わにしたそうだ。


そして……唐突に、声色を変えた。


「おいクソガ……いや、わっぱ!」

「は、はい……」

「ウチの料理、食え!」

「はい……は?……え?」

「食え!!」

「い、いただきます……」


正犯君――いや、その少年に、

和茶さんは自分の手料理を食べさせたのだとか。


「ウチの料理めちゃくちゃにしたのは

確かに、おみゃーだに。

……でもな、おみゃーも被害者同然ずら。

ちゃんと話も聞かんで、

怒っちゃって……すまなんだ、ねぇ……」


そう言って、和茶さんは頭を下げたという。

自分の料理を食べさせたのは、

謝罪の気持ちと……

巻き込まれてしまった少年への慰め、だったのだろう。



「俺……アンタの料理、好きなんだ……」


料理を口にした少年は、そう言って――

堪えていたものが決壊したように、泣いてしまったそうだ。


「相手が子どもなら、子どもの口に合う味付けを。

大人には……大人が好む味付けを。

アンタは真剣に客と向き合ってて、

どの料理も……ちゃんと相手の事考えて作ってる。

尊敬してるんだ……。なのに俺……

アンタの料理……台無しにしちゃって……

もう……どうしたらいいか、分かんなくて……ッ」


彼は和茶さんを恨んでいた訳でも、妬んでいた訳でもない。

ただ純粋に――

腕のいい料理人を尊敬していただけだった。

それなのに。

悪意ある“誰か”が、その想いを踏みにじったのだ。


……こんなの、

子供の不安を煽り、無理やり悪事に手を染めさせた真犯人が悪いに決まっている。



「……おみゃー、ウチの弟子にすっか」

「……え?」

「気に入ったもんで。弟子にしちゃる」


泣きじゃくる少年に向かって、

和茶さんはそう提案したらしい。


「で、でも俺……

アンタの料理、めちゃくちゃに……」


困惑するのも無理はない。


「ありゃ、おみゃーの意思じゃ無い。

……そうずら?」

「……うん」


和茶さんは、ゆっくりと少年を説得し……

彼を弟子にする事を、本気で決めたようだ。


「なら、ええに。

これからは食材と料理に、

もっと有難み感じりゃ……

それで、ええ」

「和茶さん……ッ

はい……」


「にゃふふん!

おみゃー、バカ素直でええ子じゃん!

ウチの事は“料理長”って呼んでくんにゃ!」

「ッはい!……料理長!」


こうして――

事件に加担してしまった正犯君は、

自らの意思ではなく、完全に操られて犯罪行為を強いられていた為、

現在は軍の監視こそ付いているものの……

“被害者”として保護されている、らしい。

……良かった。




「結局……調査は難航していて、

まだ真犯人を見つけられていないんです。

……いないんですが……」

「……?」


事件の説明を終えたアルテは、

先程から気にしている様子だった部屋へ、

再び視線を向けて小さく溜息を吐いた。


その歯切れの悪い言い方が気になって、

私は続きを促すように耳を傾ける。


「実は今回の事件調査、

私が担当したんです。

……それで、どうしても、

そのお礼がしたいと、亭主さ――」

「そうだに!!

是非この家で、お食事を作らせてほしいって頼んだんだに!!」

「うわぁ?!和茶さん?!」


……途中で、勢いよく乱入してきたのは和茶さんだった。

そしてちゃっかり自分で説明してくれた。

これはどうもご丁寧に……。


「元気しとった?探偵!」

「あ、はい!

和茶さんも元気そうで嬉しいです!」


挨拶を交わしながら、私はアルテがずっと見つめていた部屋へと視線を移す。

……やっぱり、扉は開いたままだ。

そこはどうやら客室だったらしく、

先程まで中にいたのは――言うまでもなく、和茶さんだろう。


「事件を解決できていないのに、

こんなにも素晴らしい報酬を受け取るなんて……

どうしても、申し訳が立たないです」


アルテはそう言って、困ったように眉を下げる。


「そんなん、気にしにゃーでください!!

ウチ、ずっと前から小夜家の子供達に

バカうみゃー料理、たんと作ってあげたいって思っとったんだに!」


どうやらアルテは、

“事件が完全に解決していない”という一点が引っかかって、

どうしてもこの申し出を受け取り辛いらしい。


「ですが……お店の方は?

最近、新しいお店を開店されたばかりですよね?」

「問題にゃーよ!

きっと今頃、ウチのかわいい弟子が頑張っとるら!」


しかし和茶さんは、一歩も引く気配がない。

……なるほど。

アルテがさっきから悩んでいたのは、これだ。

私は苦笑しながら、そっとアルテに声を掛けた。


「アルテ……和茶さん、やる気満々みたいだし、

申し出、受けちゃえば?」


――多分、このまま断っても押し負けるよ?

もちろん、アルテが。

そう言外に伝えると、アルテは小さく呻いてから、


「……うぅ。

分かりました……」

「にゃは!」


ついに了承した。

途端に、和茶さんの表情がぱっと明るくなる。


「では、亭主さん……。

貴方のお気持ち、

有難く受け取らせて頂きますね。

……お世話になります」

「お任せあれッ!

子供達が喜ぶ、うみゃー料理!毎日作るにー!!」


和茶さんは両拳をぐっと握り、

気合い十分といった様子で、その場で軽く跳ねた。


「私も、また和茶さんの料理、食べたいな〜!」

「確か探偵は、翠嵐様の友達ずら?

遊びに来た時は、絶対食べてけ!」

「うん!!」


この先、

この屋敷で食事をする機会が、きっと増える。

そう思うと、少し先の未来が楽しみになって、私は自然と笑っていた。


――もっと美味しくなった食事で、

子供達の笑顔も、

きっと……もっと、もっと増えるだろう。





✧︎✧✦┈┈┈┈.✦·········✦.┈┈┈┈✦✧︎✧

《アルテ視点》




「……お弟子さんの様子は、いかがですか?」


探偵さんが客室を出て行き、亭主さんと二人きりになってから――

私は静かに、そう問いかけた。

亭主さんは私の言葉に、大きく、はっきりと頷いて応えてくれる。


「翠嵐様のおかげで、

最近は問題なく料理できてますに!

まだ完治……とまではいかんですけど」


その言葉を聞いて、胸の奥が少しだけ軽くなる。

あの術が禁忌とされる、もう一つの理由。

それは――術を掛けられた者の心に、深い後遺症を残す可能性がある事だ。


「回復の兆しが見えて……本当に良かった。

お弟子さんの傷心治療、

もう少し続けてみましょう」


私は彼の治療依頼を、亭主さんから正式に受けている。

治療を始めて、もうすぐ一ヶ月。

彼の心に刻まれた傷を、ほんの少しでも癒せているのなら……それだけで、救われる。


「有難いです!

ウチの大事な弟子を、

どうか……宜しくお願いしますに!」

「はい。必ず、完治させてみせます」


私はそう答えて頷き……そして、

次に伝えなければならない事を思い出し、ゆっくりと口を開いた。


「亭主さん……。

実は、事件の件でご報告が……」


その瞬間、亭主さんの表情が、はっきりと引き締まる。

私はそれを確認してから、言葉を続けた。


「この事件の犯人……

一人では無いかもしれません」

「にゃ?!

にゃんですと?!」


驚いた亭主さんは、思わず一歩飛び退いた。

私は一度目を閉じ、これまでの事件を頭の中で辿る。


「この半年間……

幾つかの大きな事件が、連続して起きています。

そして、それら全てに……

ある共通点がありました」

「共通点……?」


亭主さんは首を傾げ、

続きを促す。


「……どの事件現場にも、

人魚族の魔力痕跡が残っていたんです。

そして、お弟子さんに術をかけた犯人も……

恐らく、人魚族かと……」

「そりゃまた……。

人魚の魔力痕跡が見つかった、って事ずら?」


亭主さんの問いに、私は静かに頷く。


「はい……。

それも、夥しい数の魔力痕が」

「ひぃッ?!」


彼の身体には、一人分どころか――

三人以上の魔力が残っていた。

しかも、一度きりではない。

複数の人魚が、何度も、何重にも術を重ねたかのような……

酷く、濃い痕跡だった。


「実は……既に、

犯人の目星は付いています」

「ッなら、直ぐにでも!」


今にも飛び出して行きそうな亭主さんを、

私は首を横に振って制した。


「犯人の身柄を確保する為の証拠が……

まだ、不充分なんです」


本当は、私だって――

今すぐにでも事件を解決したい。

誰も、これ以上傷つかないように。


けれど……それは、まだ許されない。


「翠嵐様……」


私達は英雄である前に、軍人だ。

帝国の決まりには、逆らえない。


「すみません、亭主さん……。

あと、もう少し……

どうか、私達に時間をください」


私は深く、頭を下げた。

事件から、もうすぐ一ヶ月。

こんなにも時間を掛けて、

まだ一つも完全には解決できていない。


怒られても……責められても、仕方がない。

英雄ならば……

このくらい、何とかできなければ――


「ッ、謝らんで下さい……!」


不意に、顔を上げさせられた。


「ウチと、ウチの弟子を苦しめたわぁりゃもんの

足取りを掴めただけでも……大ッ収穫ですに!

だって、きっとウチだけじゃ、どうにもならんかった……」

「亭主さん……?」


『──謝らないで』

そう言われて……一瞬、理解が追いつかず、

私は間の抜けた表情のまま固まってしまう。


その時、不意に――探偵さんの顔が浮かんだ。

彼女にも、何度も言われた言葉だ。


――謝らないで。


『英雄だから出来て当たり前』

そんな言葉を、私はずっと浴び続けてきた。

けれど……

『謝らなくていい』と、

そう言って許してくれる人も、確かにここにいる。


その事実に気付いて、胸の奥が、じんと熱くなり……

私は泣きそうになった。



「ウチは、翠嵐様を信じとります。

だから時間なんて、

いくらゃーでも差し上げますに!」

「……お任せを。

必ず、事件を解決してみせます」


――そうだ。

私は、やっと思い出した。


英雄だから戦うのではない。

人を守れるから英雄なのでもない。

私は……

私の大切な人を、護りたくて。

だから、自ら“望んで”英雄になった。


英雄になったからといって、私自身が変わる訳ではない。

良くも、悪くも……私は私。

出来ない事が多いのも、当たり前。

結局、“英雄”とはただの称号に過ぎない。

英雄の紋章を有して、

化け物のような力を使えても……

私はまだ、未熟な子どもなのだ。



それでも――

長年、そう扱われてきた影響は消えてくれない。

不甲斐なさに胸が痛み、

もっと強くならなければと、焦ってしまう。


……でも。

英雄である事に、後悔はない。

定められていた運命とはいえ、

最終的に選んだのは――私自身だから。


けれど……どうしても、

私は……私を……


「そうだ、翠嵐様!

コレ、食べてください!」

「え……食べ……?

でも私、先程……

朝食をいただいたばかりなので……」


考え込んでいると、

亭主さんが何かを私の手に乗せてくれたようだ。

朝食でお腹は膨れているので、今はあまり食べられない……そう思って、手の平を見ると─ ─


「甘味は、別腹……だら?」


……そこには、

小さなお饅頭が一つ、ちょこんと乗っていた。

あまりにも可愛らしくて、

私は思わず、ふっと笑ってしまう。


「……ふふ。そうですね。

ありがとうございます、亭主さん」


お饅頭の甘さは、

亭主さんの優しさそのもののように、

じんわりと、私の心を癒してくれた。

……どうやら私は、

思っていた以上に疲れていたらしい。


「探偵にも、やらにゃーと

怒られそうなんで……

後で、ちゃんと食べさせますに」


亭主さんはそう言って、お饅頭を二つ手に取り、

悪戯っぽく笑っていた。





·̩͙꒰ঌ୨__.・*’’┈┈·········┈┈’’*・.__୧໒꒱·̩

《コンド視点》




「随分早かったね……。

あぁもしかして、もう犯人を見つけちゃった?

……コンド」


鮮やかなバーミリオンの髪がふわりと揺れ、

若草色の瞳が、まっすぐに僕を見つめた。


「いえ……残念ながら、まだです。

すみません、従叔父さん」

「そう。残念、残念」


リータクト・アラエル・クトール・エデンカル。

僕の従叔父であり――前皇帝陛下。

彼は、この国を誰よりも愛し、誰よりもこの国に尽くした。

その名は歴史に刻まれ、

英雄として語り継がれている。


僕は幼い頃から、彼を尊敬していた。

そして今もなお……

彼のような皇帝になりたいと、

夢を見ずにはいられない。



「今日は……聞きたい事があって来たんだ。

……リー兄」


生前の彼との日々を思い返しながら、

僕はそう呼んだ。

すると従叔父さん――リー兄は、

少しだけ目を見開き、驚いたような顔をした。


「おや……懐かしい。

小さい頃は、そう呼んでくれてたよね」

「す、すみません!

やっぱり不敬ですよね……!戻します!」


指摘されて、急に恥ずかしくなり、

僕は慌てて謝った。


“小さい頃”――

それは文字通り、僕がまだ幼かった頃の事だ。

当時の僕は、遠慮も知らずに

リー兄、リー兄と、彼の名を呼び続けていた。

その度に、彼は僕の頭を撫でてくれた。

その温かくて、優しい手が……

僕は大好きだった。


大戦争で彼が亡くなる前の帝国は、

皇位継承の争いも、内戦もなく……

今より、ずっと平和だった。


「も〜、別にいいって。

僕は……そっちの方が好きだし」


気が付くと、

謝る僕の頭に、彼の手が乗っていた。

昔と何一つ変わらない、

温かくて、優しい手。

僕は潤みそうになる瞳を誤魔化しながら、

意を決して問いかける。


「……それなら、いいんだけど。

……リー兄は、さ……

仲間や友人が、命を掛けて、

なにか……とても恐ろしい物から、

自分を守ってくれていたと知った時……

……どうしてた?」


それは――

今、僕が一番悩んでいる事だった。


「コンド……もしかしてそれ、

他の英雄達が、君の代償や……秘密を

どうにかしようとしてる件に関係ある?」


……どうやら、

リー兄にはお見通しだったらしい。

かなり直球な言葉に、

僕は苦笑しながら頷く。


「うん……その事、です……」


本気で悩んでいたから、

隠す事も出来なかった。

暫くの沈黙の後――

リー兄は、真剣な声で答えてくれた。


「……当時の僕なら、

きっと……受け入れたよ」


その言葉は、

皇帝という立場にあった彼だからこそ、

胸に重く響いた。


「自分は皇帝だったからね。

誰よりも重い命を抱えている僕が、

自分のエゴで、

仲間を困らせる訳にはいかない。

“国”を背負うには……

そういう覚悟が、いるのさ」


誰よりも多くの命を背負い、

国を背負う存在。

皇帝とは――

国そのものなのだ。


……今、僕が目指しているのは、

そういう存在なのだと、

改めて実感し……

背筋が、竦みそうになった。


大切な人達を盾にしてまで、自分が生き残る――

そんな事が、果たして……

僕に出来るのだろうか。


「まぁ……実際、僕には、

そんな仲間も友も……いなかったけれど」

「リー兄……」


その一言で、

僕は彼の悲惨な最期を思い出してしまう。

国の為、民の為に尽くした彼は――

誰かに救いを求める事も出来ず、

たった一人で戦い……

民達は、そんな彼を見殺しにした。


「……安心したよ」


リー兄は、穏やかに続けた。


「僕と違って、コンドには仲間も、友もいる。

君の強みはね……

多くの、頼れる仲間を

自然と集められる才能と魅力だよ。

それは……僕には出来なかった事だ」


そう言って、彼は笑った。

完璧で、最強の皇帝と称えられた彼でさえ――

きっと、一人ではどうにもならない試練に、

何度も行く手を阻まれていたのだろう。


「……自分の周りに人がいる事。

それが当たり前じゃないって事を忘れなければ……

それで、いいと思うよ」

「……はい。

大切にします」


彼と違って、

僕には仲間がいる。

リー兄は、それが僕の強みだと。

決して失ってはいけないものだと、教えてくれた。


自分の為に力を尽くしてくれる仲間達――

その想いに、応える為に。

……僕が出来る事は、

ただ一つ。

彼等の期待に、

真正面から、応える事だけだ。



「それで? 次は?」


考え込んでいた僕を、

リー兄は思考の波から引き上げるように声を掛けてきた。

その一言で、はっとする。

――そうだ。僕は、まだ彼に聞きたい事があった。


「僕達が宝珠を全部集めたら……

あとは試練に合格するだけで、邪神への対策は終わりなの?」


今、集まっている宝珠は三つ。

残りは、あと二つ。

それが揃えば、全員が加護神を解放し、

試練を受ける資格を得られるはずだ。


「あ〜……それなんだけど……」


リー兄は、少し歯切れの悪い声を出してから、

言葉を選ぶように続けた。


「実はね。宝珠以外にも、

邪神を倒す為に必要な物があるんだ」

「……必要な物?」


やはり、宝珠だけでは足りないらしい。

胸の奥が、ひやりと冷える。


「邪神だって、腐っても神だからね。

普通なら……人が敵う相手じゃない。

でも、それを可能に出来るのが――」


彼は、一度言葉を区切り、静かに告げた。


「かつて創造神が創り出したとされる

“神装”と、“神殺しの武器”だ」


神装。

神殺しの武器。

初めて耳にする名に、

僕は思わず首を傾げてしまう。


「……それは、どこにあるの?」

「……それは、まだ秘密にしておこう」


リー兄は、少しだけ悪戯っぽく笑った。


「英雄力の覚醒が出来たら、

その時に教えてあげるよ」


……どうやら、

そこから先へ進む為には、

僕に課された試練――

あの事件を解決しなければならないらしい。


英雄力の覚醒を終えた後……。

それまでは、

どれほど望んでも、道は開かれないのだろう。


「さぁ。まだ話があるなら聞くよ〜。

僕は暇だからね」


手をひらひらと振りながら、

相変わらず軽い調子で笑うリー兄。

その姿に少しだけ救われながら、

僕は懐から、とある物を取り出した。


「……次が最後だよ、リー兄。

まずは、これを読んで欲しい」


そう言って、

彼の手にそっと渡す。


「……父上の日記か」


リー兄は、その表紙を見て、

すぐに気付いたようだった。


それは――

大叔父さんの日記。

過去に残された言葉と、後悔が眠る記録。


———————————————————————


……聖獣を狙っている者が現れた。

固く閉ざされていたはずの祠の扉が開かれ、

それと同時に、聖獣の様子がおかしくなった。

聖獣は本来、この町を瘴気から守る聖なる獣だ。

それにもかかわらず、最近は瘴気を祓うはずの聖力を扱えなくなっている。

きっと、あの怪しいヤツの仕業に違いない。


――――――――――


聖獣が、町に雪を降らせるようになってしまった……。

このままでは、いつかこの町は雪に埋もれてしまうかもしれない。

もし、聖獣がこのまま狂った状態から戻らないのなら――

やむを得ない。

私が、この手で聖獣を倒そう。

コンドには、こんな事をさせられない。

あの子はいずれ、この町を……そして帝国を治める、立派な皇帝になる。

だが今はまだ、その重責を背負うだけの覚悟が足りない。

あの子が、自ら皇帝になる道を選んだ時。

その時にこそ、この町を本格的にあの子に託すつもりだ。

そして同時に、この町の――

“町長の本当の役割”を話そうと思う。

「聖獣を手懐け、この町を瘴気から守る事」

それが、町長の役目だ。

聖獣は、英雄達が創り上げた結界と同じ

“破瘴の結界”を生み出す事ができる。

だがその規模は、せいぜいこの町を覆う程度。

帝国全土を覆う、英雄達の大結界には及ばない。


それでも……

もしも、もし英雄の身に何かあった時。

この町だけでも結界を張る事が出来れば、

被害は、きっと幾らか抑えられるはずだ。

邪神討伐の為には、備えは多い方がいい。

コンドの為に、新しい聖獣を探す事も検討する。


――――――――――


コンドが、仲間と共に聖獣の狂化を抑えた。

聖獣は正気を取り戻し、

町を包んでいた豪雪は止んだ。

あの子は……

私が守らずとも、ここまで強くなっていた。

……いや、違うな。

私が、見てやらなかっただけだろう。

あの子はもう、一人でもやっていける。

過保護になるのは、もうやめよう。

私が傍にいなくとも、あの子はもう大丈夫だ。

私はすぐにこの町を出て、

聖獣を狂わせた者を突き止める事にする。

コンドに危害を加える輩は、

一人でも多く消さなければならない。


今、一番怪しいのは――奴だ。

コンドが次期皇帝候補に選ばれた時から、

しつこく私に絡んできた彼奴……。

いつか、直接

コンドに手を出してくるかもしれない……。

そうなる前に、

“海中王都”に乗り込み、

あの性悪人魚を懲らしめなければ……。


———————————————————————



「……既に、犯人の見当はついてるんだ」

「ふぅん……それで?」


リー兄が日記を読み終え、静かにそれを閉じたのを確認してから、僕は口を開いた。

興味を示すようにこちらを見るリー兄に、僕は問いを返す。


「リー兄は、どう思う?」

「ん? どう思うって……?」

「犯人の事……

貴方は、知ってるでしょう?」


そう……。

大叔父さんを殺し、

これまでの全ての事件を引き起こした犯人は、

リー兄が――生前、確かに関わった事のある人物だ。


「……人を殺めるような奴だとは、思ってなかった。

そんな度胸も……奴には無いと思ってたよ」


リー兄は、静かな微笑みを浮かべてそう言った。

その声は穏やかで、けれどどこか冷えている。


「でも、そうだね……

正直、父上を殺されて……

少なからず、怒っているよ」


リー兄は普段、人を「奴」だなんて呼ばない。

けれど今、二度も……犯人をそう呼んだ。

だからこれは、本当に――

心の底から、怒っているのだ。


「事件……絶対に解決するよ」


僕はリー兄の手を取って、

そう約束した。


「そうしてもらわないと困るな~。

試験、合格させてあげられないよ」


リー兄はいつも通り、ヘラりとした表情でそう言うと、

また僕の頭を撫でてくれた。


「……少し、時間が掛かるかも」


犯人は分かっている。

けれど、証拠も準備も足りない。

だからまだ動けない。

正直……事件解決が、どれだけ先になるのかも分からない。


「ゆっくりでいいよ。

……懲らしめておいで」


僕の焦りを汲み取ったのだろう。

リー兄は僕の背を軽く叩き、神殿の出口まで導いてくれた。


「勿論」


僕はリー兄の言葉に頷き、

神殿を出て駆け出した。


――奴に、

これ以上悲惨な事件を起こさせない為に。

その為に、

僕に何ができるのかを考えながら。

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