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生彩放つ無神世界  作者: 美緑
〜第九章〜強化訓練
91/105

聖獣の友

✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿


日が沈みかけ、

辺りが夕焼け色のセピアに包まれ始めた頃――

私達が辿り着いたのは、

日の聖獣フェニシアの祠だった。


翠山に来ると、

私はほぼ毎回ここに足を運んでいる。

理由は勿論、あの聖獣に謝罪をする為だ。


だが、聖獣フェニシアは非常に神出鬼没で、

なかなか姿を現さない。

実際私はフェニシアを驚かせてしまったあの日から、

一度も……会う事さえできていない。


今日はリハイトもいるので、

私の謝罪の言葉をより事細かに伝えるチャンスなのだが……

果たして居るのだろうか……。

いや、居てほしい……。お願いだから居てくれ。

ほんと、そろそろ心折れちゃう。


私は亀裂が入る寸前の心を押さえながら、

恐る恐る祠の中を覗いた。








『──ピギィーッ!!』


……居た。





「……。」


……え、見間違いかな?

普通にいるんだけど?え?……え?



「…なんで居るの???」


居てほしいとは思っていた。……いたけども、

なんで今日はこんなにあっさり?

え、見間違い?会えな過ぎて遂に幻覚見えちゃった?


あまりにも自然に、

祠の中でちょこんと座っている聖獣を前に、

今までの苦労と比べ物にならないほど

直ぐフェニシアが見つかったせいか、

私は、目の前の事実を受け入れるのに時間がかかった。



……いや、

ここまで来ると一周まわって冷静になる。

良かった。うん。

やっと会えた。ようやく謝れる。

うん…よか…………。

……。


「ッごめんなさぁーーい!!!ッッッ!」


前言撤回。

全然、冷静じゃなかった。


頭の中は絶賛大混乱。

兎に角「謝らなきゃ!」という思考だけが暴走して、

気付いたら、思い切り大声で叫んでいた。

このポンコツが。


声を出してから、

私は激しく後悔した。


だって、私がここに来た理由は――

あの日、フェニシアを驚かせてしまったからなのだ。

内気で、怖がりな聖獣に謝りに来たのに、

その謝罪でまた驚かせてしまったら……

本末転倒もいいところじゃないか。



「ど、どうしよう……ごめ……

ごめんなさいフェニシア、私……」


慌てて混乱しながらも、

私は、もう一度謝ろうと口を開く。

……もしも、さっきの大声で怯えさせてしまっていたら……。

そんな不安を抱えたまま、

また恐る恐る、祠の中を覗いた。



……すると。


『ピギー……』


こちらを……私を、じっと見つめる

フェニシアの大きな瞳と、目が合った。



「フェニシア……」


その瞳は、穏やかで、温かくて。

怯えているようには、見えなかった。

……怖がらせて、ない?

私はその様子に、ようやく強張っていた身体を解く。

そして、改めて――


「あの日、勝手に宝珠を取って……

驚かせて、ごめんなさい……」


頭を下げて謝った。

聖獣に私の言葉は通じない。

それは分かっているけれど、

それでも、先ずは自分の言葉で

きちんと謝っておきたかった。



『ピギーイィ……ピギ』


しばらくそのまま頭を下げていると、

頭上から、小さな鳴き声が聞こえてきた。


『ピィ……ピギ……ピギー』


それはまるで――

「顔を上げて」と、促しているかのような……

優しい声だった。



「……顔、上げろよ。探偵」


鳴き声が聞こえても尚、私が顔を上げられないでいると、

隣からリハイトの声がかかる。

同時に、後ろにいたアルテが、そっと背中をつついてきた。



「う、うん……」


フェニシアと、二人に促されて――

私はようやく顔を上げる。

すると、興味深そうに私を見つめるフェニシアの瞳が、

さっきよりもずっと近くにあった。

……ちょっと、びっくりした。


観察するように見つめてくるフェニシアを、

私も思わず見つめ返してしまう。

すると、お互い微動だにしない私達の間に

リハイトが入ってきて……程なくして

彼の手が、フェニシアの身体に触れた。



「初めましてだな、日の聖獣。

俺はリハイト。

お前達と、会話できる者だ」


そう言って、彼は自然に

フェニシアへ語りかけ始めた。


「今日はこいつ……探偵……

まあ、分からないと思うが。

とにかく、こいつがお前に

謝りたい事があるらしくてな。

俺は通訳としてついてきたんだ。

いきなりで悪い……。でも良ければ、

こいつの話を聞いてやってくれないか?」


リハイトの声を聞いて、

フェニシアは静かにその場に座り込んだ。

……どうやら、話を聞いてくれるらしい。

良かった。


やがて、リハイトの話を聞き終えたフェニシアは、

何かを伝えるように――

『ピギー! ピギー!』

と、独特な鳴き声を上げ始めた。





❅*┈✼••┈┈┈┈••⋆͛ ✼ ⋆͛••┈┈┈┈••✼┈*❅

《リハイト視点》







『コノ子、アノ日の事、

気にしてクレテタのねぇ……

アテシ、優シイ子は好キよん』


俺は探偵の謝罪の言葉をフェニシアに伝え、

その返事を探偵へ伝える通訳として、

フェニシアの身体にそっと手を置いている。

……のだが。



「……癖のある話し方だな」


フェニシアの話し方は、

予想の斜め上をいく口調だった。

いや、見た目もなかなか派手だし、

これはこれで合っているのかもしれないが……

とにかく、かなり個性的だ。



「あの日は驚かせてごめんなさい……!

私、ちゃんと謝りたくて……」


もちろん探偵にはフェニシアの声は聞こえていない。

だから、さっきからずっと、普通に謝り続けている。

――こいつがフェニシアの声を直接聞けてたら、

絶対笑うだろうな。……なんて、

そんな余計な事を考えつつ、

俺は探偵の言葉を、そのままフェニシアへ伝えた。


すると、フェニシアは

ぱちりと大きく目を見開き、少し驚いたように声を上げる。


『ンッまァ!!

アテシこそ、ゴメンなさいなのよん……。

ソウイエバ……少し前に、

アノ王子サマも此処に来テクレタのよん……。

言葉は分からなかったケド……

キット、謝ってクレテタのねん……』


……あの王子、というのはコンドの事だろう。

確かに、あいつならフェニシアを探し出すのも難しくない。

だが、それなら探偵も一緒に連れてきてやれば良かったんじゃないか、とも思う。


……まぁ、忙しいやつだからな。

単純に、探偵と時間を合わせて外出するのが難しかっただけだろう。

最近は次期皇帝としての帝位継承やら、

諸々の案件やらで、更に多忙を極めているらしい。

……次に会ったら、

少しは労ってやるのも悪くないか。


そんな事を考えながら、

俺は変わらず通訳を続けた。




✼••⋆͛ ✼ ⋆͛••✼




探偵の謝罪は、フェニシアがすんなり許した為、

意外にもすんなり終わった。


そして今は──


「実はね、聞きたい事があって……

宝珠の事なんだけど……いいかな?」


コンドの宝珠を盗んだ犯人について知る為、

俺達はフェニシアの知っている情報を聞き出していた。


『アテシ……イツモ、コノ山を徘徊シテルの。

アノ日もね、イツモみたいに散歩

シテタのよん……』


フェニシアは、こちらの質問に素直に答えてくれる。

話し方が独特なせいで多少聞き取りづらいところもあるが……

今は贅沢を言っている場合じゃない。俺は黙って耳を傾けた。


『ソシタラね、コノ山に居ナイ筈の

冷の聖獣が、突然空から降ッテ来タのよん』


冷の聖獣ジーギス……。

それはカッドレグルントの聖獣だ。

俺は、フェニシアの話を聞いて驚愕した。


ジーギスは連れ去られた後、

無惨にも犯人に殺されたのだとばかり思っていた。

まさか、死ぬ前に誘拐犯の元から逃げ出していたなんて……

想像すらしていなかった。



『カレ、トッテモボロボロだったわん……。

アテシ心配で……カレの傍に行ッタの。

……ソノ時、モウ既に

殆ど動けなくなってたのよん』


次の聖獣へ力を継承した事で、全ての力が消えたジーギスは、

用済みだと言わんばかりに、その亡骸を放置されたのだという。

だが……

殺された理由は、それだけじゃなかった。



『カレは消滅スル前に、アテシに

コノ宝珠は大事なモノだから

守ってホシイってオ願イしてきたわん……。

アテシだって、コレデモ聖獣……。

英雄や宝珠の事、

ソレがドレダケ大切な存在なのかは

チャント分かってイルのよん』


──コンドの宝珠を、

犯人から奪い返したから……だったのだ。

ジーギスは、己と同じ聖獣であるフェニシアに、

盗まれた宝珠を託してくれていた。


……どうやら、

転んでもただでは起きない聖獣だったらしい。

俺はフェニシアの話を聞きながら、

冷たくも優しい、あの聖獣の姿を思い返していた。



『──我の腹など、切り裂いて構わない……。

我が死ねば、雪は溶ける……』


……あの日も、そうだった。

気絶する寸前まで、

あいつは自分よりも町の事を案じていた。

弱っているにも関わらず、

命を賭して宝珠を守り抜いた、誇り高き聖獣──ジーギス。


「……どいつもこいつも。

英雄でもないくせに……。

自分の事、優先してろよ……」


悔しい。

守ってやれなかった。

俺は……

魔物や魔獣、聖獣、神獣の力を借りるだけで、

いつだって、助けてやれない。


その事実が……

今日はいつにも増して、酷く胸を締め付けた。



『カレがコノ山を去った後ね……

スグに怪シイ奴等が、宝珠を奪イに来タのよん……』


フェニシアは、静かに話を続ける。


『だからアノ日ね、

アテシ、イツモ以上に逃げ回ってて……

ソレでアナタ達の事、

蹴飛ばしそうにナッテ……

本当にゴメンなさいなのよん』


そしてあの日、

コンドと探偵に怯えていた理由を語った。


フェニシアは人見知りで内気な聖獣だと聞いていたが……

どうやら、二人の存在そのものに驚いたわけではなかったらしい。

犯人──

怪しい奴等から必死で逃げ続けていたからこそ、

警戒心が極限まで高まり、結果として二人が、

フェニシアを驚かせてしまった……という事らしい。


それを聞いた探偵は、

だからさっきは驚かなかったのか、と納得した様子だった。

確かに……

あの馬鹿デカ声量謝罪は、なかなか耳にきた。

フェニシアも驚きはしたと思う。俺も鼓膜が破れそうだったし。





『……アテシ、これからはイツでも此処にイルから、

また遊びに来テもイイわよん』


一通り話終えると、

フェニシアは探偵を見て、そう言った。

すると探偵は嬉しそうに表情を緩めた…が、

直ぐに首を傾げた。


「フェニシアは神出鬼没の聖獣でしょ?

これから、本当にずっと此処にいるの?

……なんで、いきなり……」


それを伝えると、フェニシアは遠くを見つめた。

何かを慈しむような、

穏やかな気配を滲ませながら、ゆっくりと答える。


『だってコレカラは、

翠雨の分まで頑張らないとイケナイでしょん。

アテシは、アノ子が大切にしてたコノ山が、

トッテモ大好キなのよん……。

友達の大切なモノを護りたい……。

タダ、それダケ……なのよん』


翠雨様はフェニシアの友人だと、

探偵から聞いている。


孫であるアルテも……なぜか本人からではなく、

探偵経由で知ったらしい。

本人に聞くと、

単純にこの辺りは自分の管理する領地では無いので、

管轄外だから……だとか。そもそも聖獣の存在自体、

カッドレグルントの件で知っただとか……

そこまで深い理由では無かった。




『アナタ達も、

アテシの友達になってクレると、嬉シイわん』


フェニシアは、探偵、アルテ、

そして俺へと、順に視線を向ける。


『言葉が通じなくたって、

オ互イの心が通じ合っていれば大丈夫なのよん……。

……アテシと翠雨だって、

最後までオ話はできなかったものん』


俺は、それを聞いて素直に感心した。

翠雨様は竜族では無いので、

アルテの竜眼のような力は持っていない筈だ。

にも関わらず、意思疎通ができていたとは……。

友情も、極めれば不思議な力になり得るのかもしれない。



『アテシは、スゴイ加護とか

付けてあげられないけどねん……

困ッタ時は、全力で力になるわん』


そう言って、フェニシアはもう一度だけ俺達を一瞥し、

そのまま静かに祠の中へと戻っていった。



……日の聖獣フェニシア。


どうやら俺達は、

個性的で、頼りになる──

新たな仲間……いや、友人を得たらしい。






✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿

《探偵視点》





フェニシアに謝罪し、晴れて友達になった後……。

私は、アルテが管理する翠竜塔(?)という場所に居た。


翠山はとても広く、入り組んでいる。

私はまだ土地勘も掴めていないし、

山の中には名前の難しい屋敷や塔が山ほどあるので、

頑張って覚えようとしても、

すぐに頭の中がこんがらがってしまう。


……まぁ兎に角!

外はすっかり暗くなってしまったので、

私とリハイトは、塔みたいな形の屋敷に泊めてもらう事になった。


転移装置を使えばすぐ帰れるのだが……

今日は疲れていたし、

何より私は転移装置での移動が嫌い……というか、苦手だ。

リハイトも同じ理由で、

「普通に疲れたから泊まる」と言っていた。


そんなこんなで……

私は今、翠竜塔の敷地内を探索していた。

アルテの領地に来たのは、実は今日が初めてだ。


以前、芸術心祭の食材集めで散策したのは、

翠山で一番大きな中央の山──

翠雨様が治めていた山域だった。

やよゐさんに会った場所も、

フェニシアの祠も、あの山域にある。


ちなみに今日の午前中、

疾風の堅守隊の訓練が行われていたのは、

アルテの治めるこの山域だった。


ここは中央の山と違って、食べ物よりも、

絵の具や画材、その素材になる資源が豊富な場所らしい。

自然も豊かで……実に、アルテに合っている環境だと思う。




「ん〜!空気美味し〜!

……気がする!心做しか!」


私は外の空気を思いきり吸い込んで、ぐーっと伸びをした。

翠竜塔の中はアルテに一通り案内してもらったし、

次は夜の山村でも散策しようかと思って、

大きな庭園の中を歩く。


そして、山村へ続く階段を降りようとした──その時。



「……っ、え……?」


そこで誰かに、ぶつかった。


私は反射的に一歩下がり、相手との距離を取る。

山村へ続く階段とはいえ、この先はアルテの屋敷の敷地内だ。

用もない関係者以外の立ち入りは、

基本的に許されていない。



「……あなた、誰?」


目の前の人物は、見た事がなかった。

お世辞にも、服装にお金をかけているようには見えないし……

どうやら屋敷の使用人や関係者でも無さそうだ。


黒い髪に、深く暗い藍色の瞳は、

夜闇によく溶け込んでいて……夜が、よく似合う人だと思った。

綺麗で、思わず見入ってしまいそうになる。

……けど。

この人、不審部外者だ。

私は警戒して、臨戦態勢を取った。


しかし──


「あぁ、驚かせて悪い。

でも怪しい輩じゃないから、見逃してくれないか?」


相手は緊張感の欠片もなく、

まるで友達に話しかけるような口調でそう言った。

思わず訝しげな視線を送ってしまった私は悪くないと思う。

だってこの人、ものすんごく怪しいもん。


「……充分怪しいし。

怪しい人は、だいたいそう言うよ」


私は彼の様子をよく観察して、しょっ引くかどうか判断する。

……怪しいけど、害意と敵意は無さそう……。

でも、かと言って、

此処に迷い込んだ訳でも無い感じなんだよなぁ……。

なんて言うか、意図的に此処へ来たみたいな……?



「まぁ……いいよ、わかった」


「ははっ、ありがとう。

ここで出会ったのが、

お嬢さんみたいな優しい人で良かったよ」


私は結局、この怪しい人を見逃す事にした。

よく考えたら、私に誰かを連行する権限なんて無いし、

見た目だけで人を判断するのも良くない。

それに、もし手に負えなかったらアルテや永護を呼べばいい。

なんなら、今日はリハイトだっている。

こちらの手札はいっぱいだ。

どうだ!悪さできるならしてみろってんだ。



「……こんな所で、何してたの?」


まだ警戒心を解いた訳じゃないぞ。分かってんのかー?

という意味を込めて、私は相手を睨みつける。

彼が此処に立ち入ろうとした理由が分からない以上、

私は此処を動く訳にはいかない。

見逃すとは言ったが、敷地内に入れる許可はしていないのだから。

勝手に入られたら困る。


「いやぁ、ちょっと上司から探し物を頼まれてね……」


「ふぅん。

……で、探し物は見つけられたの?」


曖昧な返答しか返さない彼を信用しきれなくて、

私の視線は無意識に鋭くなってしまう。


「あぁ!俺は仕事の出来るやつだからな」


しかし、彼は私の(怖くしてるつもりの)視線に反応する事も無く……

飄々とした態度で、答え続ける。



「……はぁ」


私はもう諦めた。

こういうタイプの人は苦手だ。

腹の探り合いというか……

裏で常に何考えてるのかわかんない人の相手は、単純に疲れる。



「そう……なら早く帰った方がいいんじゃない?

私以外の人に見つかったら、流石に怒られるよ。

本邸じゃないけど、ここだって小夜公爵家のお屋敷だもん。

……馬鹿でも、人の敷地に勝手に

入っちゃ駄目だって分かるよ」


私は溜息混じりにそう言った。

後半本音が漏れてしまったのには目をつぶってほしい。

だって、これは庶民も貴族も関係ない一般常識だ。

人として最低限のルールマナー。

お願いだからそれぐらい守れ……って説教してやりたい。


「あぁ、そうだな。

俺も、そろそろ帰るつもりだったんだ」


私の言葉に、頷いてから彼はそう言った。

ふむ……。

どうやら最後の言葉は気にしていないらしい。図太いな。



「……とは言っても、

不法侵入を見逃してくれた恩人に、

名乗りもせず帰るのは失礼だよな。

俺は“マイユス”。よろしく」


彼…マイユスは、なんの前触れも無く、いきなり……

それでいて極自然な流れで、自分の名前を名乗ってきた。

急な名乗りに慌てたのは私だ。

相手が不審人物でも、

礼儀を欠くのは些か気が引ける。


「え?あ、よろしく……?

えっと、私は──」

「いや、名乗らなくていいよ」


釣られるようにして、私も口を開いたのだが……

それは彼によって遮られた。


こ、このッ!人が折角、自己紹介しようとしてたのに!

思わずムッと顔を顰めた私を見て、

マイユスと名乗った少年は……何故か、笑顔を向けてきた。

……何なんだ本当に。



「ははッ、悪い悪い。

怒らせたかった訳じゃないんだよ。

ただ、俺は名前を覚えてもらう程の価値がある奴じゃないからな。

それに……もう此処に来る事もないだろうし」


「それは助かる。

友達の家に二回も不法侵入してほしくないもん」


謎の少年マイユスは、よく笑う。

ソレが心からの笑いなのかはよく分からないけれど……

兎に角、常時表情笑顔みたいな感じだ。

ただでさえ掴みどころがなくて関わりにくいのに、

表情まで読み取りにくいとなると……もう、参ってしまう。疲れる。



「そうだな。

もうしないよ、約束だ」


彼はそう言うと、私に向かって

自分の小指を差し出してきた。

……約束に指切りって、友達でもないのに……。

本当に何なんだこの人。


私は差し出された小指を訝しげに見つめて……

仕方ないから、指切りしてあげた。

……別にやってみたかった訳じゃない。

やらなきゃ可哀想だと思っただけだ。




「……って、あれ?

……貴方の耳、妖族でも鬼族でもないね。

この山の人じゃないの?」


指切りをする為にマイユスへ近づいた私は、

そこでようやく気が付いた。

彼の耳は、この山で見慣れたどの種族のものとも違っていた。


「あぁ、俺は魔族だからな」


私の指摘に、マイユスは隠す事無く自分の種族を明かす。

長い垂れ耳は、魔族の容姿の中でも最大の特徴だ。

私はその耳に視線を落としたまま、

ふと思いついた疑問を口にする。



「……って事は、もしかして

魔界に詳しかったりする?」


するとマイユスは、何故かここで初めて……

“笑顔以外”の表情を見せた。


目を見開いて……すごく驚いた顔をしている。


「……お嬢さん。

お前、まさか……魔界に行くのか?」


「え、よく分かったね?

魔界の……魔王城に行くんだ。

だから私、あの国の事が知りたいの」


別に隠す事では無いので、私も彼の質問に答えた。

──何の為に行くのか、までは言わなかったけれど。



「行った事が無いにしても、

隣国なのに……何も知らないの?」


「うん……」


「……そうか……

やっぱり……」


何が”やっぱり”なのか

私にはさっぱり分からないが、マイユスは何故か……

とても難しい表情で考え込んでしまった。

……しかしそれも一瞬の事、


「あぁ、ごめん……。

魔界の事について、だったな?

勿論何でも教えてあげよう。

……俺の知ってる事ならね」


そう言って、彼は再び”常時表情笑顔”を発動させて、

感情の読めない顔を向けてきた。



「なら……貴方は、

魔界で一番恐れられている

“魔女”って、知ってる?」


──ピシッ。


そんな音が、

目の前で鳴った……気がする。


私の質問で、マイユスの表情がまた変わった。

……というより固まった。

よく見ると彼の笑顔が引き攣っている。



「魔女……“ドミシオン”の事か。

……勿論、知ってるよ」


それでも、マイユスは話してくれた。

笑っているのに、

どこか複雑そうな表情で──魔女の事を。



「彼女は誰よりも優れた存在になる事が夢で、

自分の望みの為なら、喩えどんな犠牲を出してでも

突き進むような……正真正銘の、ろくでなし。

……そして、己の子供さえ、純粋に愛せない悪魔だ」


「……随分、詳しいんだね」


苦しそうな気配を感じながらも、

私は遮らず最後まで聞いた。



「……そうかな?

魔族なら魔女の事ぐらい皆知ってるさ。

奴は少し前まで王座に就いていたし、

今だって現魔王の母という立場から、

意のままに魔界を操っているからな。

……俺が特別、奴に詳しいわけじゃない」


そう言い切る彼の顔は、

やっぱり何かを含んでいる。



「……君は、魔女が嫌いなの?」


彼の表情を見ていると、何故だろう……落ち着かない。

そんな顔しないで……って、言いたくなる。



「それは……どうだろうな。

今となっては、もうよく分からない」


「……?それ、どういう……」


言葉を続けようとした瞬間、頭の中に奇妙な感覚が残った。

魔女……ドミシオンの話題になる度に、

歪んでいくマイユスの仮面。


それ……それを、私は知っている。

マイユスとは初対面のはずなのに……

”マイユス”なんて名前、聞いた事がないのに……

でも、私は君を……”貴方を知っている”。


だって、貴方のその表情を、何度も……!

私は……見た事が……ッ!


「──なぁ、それより。

他にも聞きたい事があるなら、

どんどん聞いておきな?

……もう会う事も無いだろうからさ」


「え、あ……

あぁうん、わ、わかった。

ちょっと質問考えるから、待ってて……」


彼の声で、

私は我に返った。


……なに?

今のは……なんだったの?


自分の記憶のはずなのに、

身体に異物でも入り込んでくるような感覚に包まれた。

まるで……

私の中に、違う”私”が入ってくる……みたいな。


「……。」

……もしかして、この人は──

マイユスは、“私”を知っている?

それとも、

“私”が彼を知って……?



「いくらでも待つさ。

……お前の力になれるなら」


その言葉すらも、

“私”は知っていると、頭の奥で囁いていた。

──聞いたのはこれが初めてではないのだと、

頭の中で、"私"が囁いていた。




✿ ✿ ✿ ✿





「さてと、すっかり話し込んじまったな…。

上司に怒られるから、この辺で失礼するよ」


その言葉を聞いた瞬間、

私ははっと現実に引き戻された。


失くした記憶の断片を、

突然見つけたせいだろうか……。

あの後の私は、ずっと上の空だった。


正直に言えば、

マイユスが話してくれた情報の殆どを、

きちんと頭に入れられていなかったと思う。


それでも――

長い時間、情報収集に付き合ってくれたマイユスには感謝している。

少しでも魔界の情報を得られて良かった。……うん。




「君が……これから、

何処に行くのかは知らないけど……気を付けてね」


「!…ははっ……。

ありがとう……お嬢さんもな」


「うん」


……良かった。

ちゃんと、自然に話せている……はず。


気付けば私は、

信じられないほどマイユスに親しみを覚えていた。

今日が初対面のはずなのに。

まるで、昔から知っている人みたいに。


……きっと彼は、

"私"と深く関わりのあった人物なのだと思う。


まぁ……それなら何故、

マイユスは私を見ても、特別なんの反応しないのか……。

それだけは、不思議だけど……。



「……。」


「……マイユス?」


不意に、マイユスが足を止め、

私の顔を覗き込んできた。

……いや、

これは顔と言うより……。


「やっぱり……綺麗な瞳をしているな」


「え……」


頬に、そっと温もりが触れる。

彼の手だった。



「……あぁごめん。

いきなり触って悪かった」


小さな声でそう言ったマイユスは、

すぐに我に返ったように手を離す。


「それじゃあ……俺は、行くよ」


「え?あ、うん……」


私の返事を待つ事もなく、

彼は背を向けた。


夜の色を纏うその姿は、

歩き出したと思った次の瞬間には、闇に溶けていく。



「……。」


目を凝らしても……もう、どこにも見えなかった。





「──また……会いたいな」


ぽつり、と。

無意識に零れた自分の声に、私ははっとする。



「……私……今、何言って…」


そして混乱した。

胸の奥がざわついて、思考が追いつかない。



「なんで……」


その違和感の正体に、気付いてしまった。



「なんなの……この気持ち……」



私は――

「嘘でしょ……」


彼に……

マイユスに、恋をしているのだと。




……これは、探偵の気持ち?


それとも……"私"?







••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••







夜闇の中で、

夜色を纏う少年が一人――

足を引き摺りながら、歩いていた。




「ッ……?! くッ……

もう、こんな所にまで……」


彼は、夜闇に潜む闇を引き連れたまま、

ただひたすらに魔の世界へと向かう。

逃げるように、

しかし背を向ける事も出来ずに。



「……ッぐぁ……いッ……」


だが、彼の引き連れる闇は、

彼を苦しめ痛め続け……身体を容赦なく蝕んでいく。

その数も重さも、増していくばかりだ。




「……はッ……ハハ……。

これだけやっても、俺に出来るのは

せいぜい応急処置だけか……」


乾いた笑いが、闇に溶ける。


「はぁ……。

そろそろ、おねんねしなよ。

……”邪神”さん」


そう呟いて、

少年は自分の身体へと視線を落とした。


ところどころ崩れ、今にも壊れそうなその姿は、

誰が見ても、彼の身体が「普通ではない」と分かるほどに、

ズタズタで、ボロボロで……無残だった。


それでも彼は、自嘲にも似た笑みを浮かべ、

ふらつく足で、再び……前へ進む。




「この身体は……

あと、どれだけもつかな」


魔界への”転移ゲートを創る”と、

少年は静かにそう呟いた。


そして――

瞳を閉じると、

そのまま闇の向こうへと身を委ねる。




ゲートの光が消え、

夜だけが、何事もなかったかのように残った。






・♠ ┈┈┈┈.♤·········♤.┈┈┈┈♠・↝

《シュウ視点》



魔界は、いつだって陰鬱な空気が立ち込めていて

本当に嫌になる。

おまけに規則や身分制度は無駄に厳しく、

息が詰まるほど窮屈だ。


この国に、

心から安らげる場所など、何処にも無い。


外に出れば身体を蝕む瘴気と凶悪な魔物達が御出迎え。

かと言って、城に居れば監視の目に持て成される。

……ああ全く、なんて素晴らしい待遇だろうか。

虫熟しに害虫ばら蒔いてやりたい。



僕は、魔界を統べる王――とは名ばかりの、

毒親に振り回されるただの子供だ。

誰もが恐れる魔女ドミシオンの子供。

彼女の人形で、駒で、都合のいい存在。


……それでも、魔界の王は僕だ。

だから国の仕事も、結局は僕がやらなければならない。

書類の山に溺れながら、ただ黙々とペンを走らせる。

仕事は嫌いだが、仕事中だけは監視の者も

この部屋に入ってこない。


仕事の邪魔だから奴らを書斎には入れないでほしい、と母に頼んだ判断は正解だった。

束の間の平穏……。

頭も手も休まらないが、贅沢は言えない。




「シュウ、監視の目が無い内に

少し報告しときたい事が……」


……チッ。

思わず舌打ちしそうになり、唇を引き結ぶ。

書き物をしていた手を止め、視線だけを横にやった。


仮にもこの国の王である僕の執務中、

平然と部屋に踏み込んでくる不届き者なんて一人しかいない。

夜色の髪が視界に入った瞬間、苛立ちが一気に燃え上がった。



「……マイユス。

今、虫の居所が悪いから後にしてくれる?」


「え? お前の虫、居所いいときあるのか?」


「ハハハッ! ほんッと喧しいね君。

……黙ってて」


”マイユス”・サタン。

彼は僕直属の配下だ。

……たった一人の。



「そんな事言わずに聞いてくれよ」


図太くて無神経……

飄々として掴みどころの無いやつだが、

仕事は出来るので側近にしている。

僕の所有物や配下には必ず母の手が加わるのだが、

彼は……何故か唯一、

母に干渉されない逸材だった。



「……君はいつも鬱陶しいけど、

今日はいつにも増して機嫌がいいみたいだね」


書類から目を離さないまま、

僕は渋々マイユスの会話に応じる。


「まぁな……。

もう永遠に会えないと思ってた存在に

逢えたから……かもな」


「は? 何それ?」


突然意味のわからない事を言われて、僕は眉を潜めた。

するとその途端、

マイユスはうっとうしい笑みを浮かべて口を開く。


「……いんや? なんでもないさ。

青二才には分からない事だよ」



……捻り潰してやろうかな。


今の発言はシンプルに、頭にきた。

僕がせっかく話を聞いてやっているのに

何なんだ此奴は毎回毎回……。



「僕に呆気なく封印されるような弱者が、

よくそんな生意気な事言えるよね。

その態度見てると、腹の虫が治まらないよ」


「おぉ、それは大変だ!

なら頑張って、その虫を止めていてくれ」


僕の配下になる以前……

マイユスは元々、魔界を徘徊する悪魔だった。

それも人々を襲う類の、傍迷惑極まりない悪魔。


生きるには過酷過ぎる国だと云われる魔界にも、

ある程度の治安と民の安全を守る為の兵隊や騎士がいる。

だがマイユスは、そいつらでは手に負えない化け物だった。

そのせいで僕が直接悪魔退治なんてふざけた事させられて……

それで……よく分からないけど、

結果、何故か僕に負けた彼が城までついて来て、配下になった。



「あれ……なんだい君。

今日は随分と見窄らしいじゃないか。

情けないね」


マイユスのくだらない挑発を流しながら

書類の束を整理していると、

ふと彼のズタボロな衣服が目に入ってきた。

城の者とは思えないほど汚れ、よく見れば本人も満身創痍だ。


「あ〜……まぁ、色々あってな……」


「ふ〜ん?」


しかしマイユスはそれについて特に話す事は無いようだ。

なら別にどうでもいいので、僕の興味も薄れてしまった。





「……それで?

結局、僕に何を伝えようとしてたの?」


区切りのいいところまで書類仕事が終わってから、

僕はマイユスに先の話の続きを促した。

すると彼は、「忘れてた」とでも言い出しそうな……

なんともふざけた表情を向けてきた。


「あぁ!お前が不機嫌なせいで

本題忘れる所だった!」


「……早くしてくれる?」


君は、僕を苛立たせる余計な一言言わないと死ぬのかな?

……と、割と真面目に考えながら、彼を見た。



「はいはい……。

あー……実はな……」


なんだか話しづらそうな表情をするマイユスに、

僕は首を傾げる。

いつになれば本題を聞けるのだろうと

焦れったくなったが……大人しく彼の言葉を待った。


──しかし次の瞬間、

マイユスの口から出た言葉に、僕は冷静さを欠く事になる。



「……“古代双竜の伝承”が綴られた

秘宝の石版を見つけ――」

「ッ?!は、な?! 君ッ……!

そんな大事な事、喧嘩売ってないで

早急に伝えなよ!」


彼が取り出した石版を見た瞬間、反射的に奪い取った。

背後で大量の書類が散らばる音がしたが、構っていられない。


「お前が後にしろって……」

「ッどう考えても、僕の機嫌なんかより

こっちの方が優先事項でしょ!」


「……そ、それはそうだな」


僕の勢いと圧にマイユスが竦んでいる気がするが、

そんな事はどうでもいい。

最優先事項は手の中にあるコレだ。


僕の人生すべてを賭して果たすべき事。

やり遂げなければならない事。

遥か昔、ただ一つ交わした約束の為に――。



「悪いけど、席を外してくれる?

……少なくとも二日は、

この部屋に誰も近寄らせないで」


僕はマイユスを部屋の外へ押し出して命令した。

応えは応諾しか許さない。


「は? いやでも、お前ドミシオンは――」

「何度も言わせないでくれる?

誰も近寄らせるな、死んでも止めろ」


困惑するマイユスに有無を言わせず、

部屋の扉を閉める。



「まったく……。魔王様は無茶言うねぇ」


扉の外から聞こえたマイユスの声は、

心做しか嬉しそうに聞こえた……が、気のせいだろう。




「……これが、僕からの最後の命令だよ。

だから我慢してほしいな」


「……わかったよ。仰せのままに」


返事を確認してから、部屋の奥へ進む。

床に散らばる書類など、もう視界に入らない。

石版に魔力を込めると、古代文字が浮かび上がった。



「あぁ……」

――本物の石版だ。


僕は石版の文字を解読しながら、

魔界で共に暮らす事の出来ない家族……

難儀な力を持った従妹を思い浮かべて、その名を呼ぶ。



「翠嵐……。

ようやく……ようやく見つけたよ。

君の力を知る術を」


小夜翠嵐。

僕は彼女の宿敵であり、

彼女の妹を攫った、仇同然の存在。

いつか彼女に討たれるその時まで――

僕は母の目を盗み、自分の罪を償う。


竜の力を知り、正しい使い方を教え、

母に勝たせる事。

それが、僕に出来る最初で最後のサポートだ。



「僕は死んでも、

"君"との約束だけは守ってみせる。

喩え君が覚えていなくても構わない。

待っていて……“クエレブレ”」




遠い遠い……

気の遠くなる程、昔の記憶。

それだけは、何があっても手放せない。


僕の最愛……。

……共に闇を駆けた、唯一の家族。



どうか今度こそ、幸せにおなりよ。


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