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生彩放つ無神世界  作者: 美緑
〜第九章〜強化訓練
90/105

朱殷の秘石

堅守隊の訓練が終わり、

本部に戻って第一小隊と解散した後……

私は、アルテの執務室にお邪魔していた。


翠山へは三人で向かう予定のため、

リハイトの業務が終わるまで、

ここで彼を待つ事にしたのだ。


英雄の執務室は、"よほどの事がない限り"他の隊員が立ち入る事はない。


だからそのおかげで、

私達は上司と部下ではなく、ただの友達として、

穏やかな午後のティータイムを楽しんでいた。




……いやぁ、友達とはいえ

二人きりでお茶会なんてしていたら、

アリステアに嫉妬されちゃうなぁ。

そんな呑気な事を考えながら、

私はアルテが用意してくれた翠山のお菓子を一つ、

口に運ぶ。



「おいっしいッ!!流石翠山!

食べ物に関しては絶対、帝国一だね!」


一口食べただけで頬が落ちそうになるほどの美味しさに、

思わず感嘆の声が漏れる。


翠山は帝国の中でも群を抜いて食文化が発展している土地で、何を食べてもハズレがない。

それを分かっていても、なお

想像を遥かに超えてくるこの美味しさ……天晴れだ。


そんなふうに私が感動していると、

アルテは湯気の立つカップにお茶を注ぎながら、

ふと思い出したように教えてくれた。


「恐れ入ります。

探偵さんが喜んでくださって良かったです。

実はその茶菓子、亭主さ……

和茶さんが作ったものなんですよ」


「え! 和茶さんが!?」


その名前を聞いて、私は思わず目を丸くした。

あの事件が起きてから、和茶さんに会う機会はなく、

事件もまだ解決していなかったから、

ずっと気がかりだったのだ。


けれど――

どうやら、お菓子を作れるだけの心の余裕はあるらしい。

……よかった。



「えぇ。実は、あの事件の容疑者……

いえ、実行犯と思われる人物が見つかりまして……」


驚く私に、アルテは静かに事件調査の進展――

容疑者の確保が完了した事を告げた。


「えぇ!? って事は、事件解決したの?!」


私が大きく目を見開くのも無理はない。

私が帝国に来てから起こった大きな事件は、

これまで一度も完全に解決した事がなかったし、

ここまで調査が進んだ例もほとんどなかったからだ。



「それは……どうでしょう。

まだ証拠が不十分でして。

それに、彼が本当に犯人かどうかも……」


アルテはそう言って、少し悩ましげに眉を下げる。

今捕らえられている人物が真犯人だと断言できるだけの、

決定的な証拠が揃っていない――

彼女はそう感じているようだった。


「でも、良かったよ。

事件、解決に近づいてるんだね」


「えぇ、そうですね」


他の事件同様に、まだ解決するまでには時間がかかりそうだと思いながらも、私は調査の進展を喜んだ。


「次に和茶さんに会ったら、

もっとたくさん、いろんな美味しいもの

食べさせてもらおーっと!」


「ふふっ……。あ、探偵さん。

お茶のおかわりはいかがですか?

色々な茶葉を取り揃えていますので、

遠慮なくお好きなものを選んでくださいね」


「わはぁ〜幸せ」


今の私にできる事は、

この帝国の平和と治安を少しでも守るため、

帝国軍人として強くなる事。


考えるのは得意だけれど、

証拠集めや決定打を見つけるのは正直苦手だ。

……ここは調査員の人達に任せる他ないかな。


そんな事を考えながら、

私はアルテが淹れてくれたお茶を、

ゆっくりと飲み干した。




✿ ✿ ✿ ✿




数分後――


やけに騒々しい足音が、

まっすぐアルテの執務室へと近づいてきた。


突然の物音に驚いた私は、

反射的に椅子の背へ身を隠してしまう。

一度隠れてしまった手前、

今さら出ていくのも気まずくて……

そのまま息を潜め、

こっそり様子を窺う事にした。



「ッ、翠嵐様!!」


「あら、貴方でしたか……どうされました?」


ノックもなく勢いよく開かれた扉に対しても、

アルテはまったく動じる様子を見せず、

静かに視線を向ける。


彼女は手にしていたカップをそっと机に置くと、

マナーも遠慮もかなぐり捨てて飛び込んできた部下から、差し出された資料を受け取った。



「魔族が密売していた

危険薬物の回収、無事に終了しました!!」


アルテが資料に目を通し始めると、

柳色の髪を盛大に跳ねさせた隊員が、

よく通る声でそう報告する。


内容を聞く限り、

どうやらこれは私の知らない案件らしい。

……でも、危険薬物って。

結構ヤバいものが帝国に蔓延ってたのか。


危険薬物とかいう物騒で得体の知れない単語に私が震えていると、

アルテの、どこか安堵したような声が耳に届いた。


「……よく頑張ってくださいました。

ありがとうございます」


どうやら、私が心配するまでもなく、

その危険薬物はすべて回収・処分されたらしい。

よかったよかった。



「立て続けで申し訳ないのですが、

貴方にもう一つお願いしたい件が……」


アルテは報告書と資料に手早くサインを入れ、

それを部下に返す。

そのまま何かを頼んでいるようだったけれど……

残念ながら、物陰にいる私には

詳しい内容までは聞こえなかった。


もちろん気にはなったので、

部下が部屋を出ていった後、

アルテに直接尋ねてみたのだが――


「……私の杞憂かもしれませんので、

今は気にしないでください。

探偵さんを混乱させてしまったら、

申し訳ないですし……」


そう言って、やんわりとかわされてしまった。

でも、「今は」という言葉が引っかかる。

もしアルテの杞憂で終わらなかった時は……

その時は、私にも教えてくれるのかもしれない。

私はそう思う事にして、話題を変えた。



「……アルテって、

魔族が関わってても意外と冷静だよね」


「……え?」


それは先ほど感じた、素直な感想。

アルテは少し意外そうに首を傾げる。

私は彼女の手をそっと取ったまま、

なぜか視線だけは合わせられず、静かに言葉を続けた。


「……アルテはさ。

親族とはいえ“魔族”に妹ちゃんを攫われて、

そのうえ呪いまでかけられて……

それでも……魔族を恨んだりしないの?」


最後の方は、

ほとんど消え入りそうな声だった。

それでも、私は言い切ってしまう。


そっと視線を上げてアルテの表情を窺うと、

彼女は一瞬だけ目を見開き――

けれどすぐに、

いつもの曖昧で柔らかな笑みを浮かべた。



「……ありませんよ。

私が魔族を恨んだ事なんて……一度も」


そのときのアルテの感情は、

正直うまく読み取れなかった。



「……。」


……けれど、

その瞳の奥には珍しく――

静かで、温かな光が射していた。






✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿





「あれ?やよゐさん?!」


私達が再び翠山に戻ってきたのは、

空が橙色に染まり始める夕方だった。


今度はリハイトも一緒で、

三人並んで山道を歩いていたのだが――

その途中、見覚えのある姿を見つけて、

私は思わず声を上げた。



「久しいの、探偵。待っておったぞ」


そう応じたのは、

翠山に住む仙人の"やよゐ"さんだ。

宝珠やフェニシア、そして試練の件で、

彼女には本当にお世話になった。


理由は分からないけれど、

「待っていた」と言われると、なんだか胸がくすぐったい。

純粋に、また会えたのが嬉しかった。



「お久しぶりです!」


私はそう挨拶しながら、

自然と彼女の傍へ駆け寄る。

すると、やよゐさんは

少しだけ呆れたような顔をして、私を見下ろした。



「……妾相手に、畏まらなくても良いと

言ったであろう」


その言葉に、私は「あっ」と思い出す。

そういえば、前にそんな事を言われた気がする……。


「そうだった……えへへ。

久しぶりで、つい」


照れ笑いで誤魔化すと、

やよゐさんは小さく息を吐いて苦笑した。

そして今度は、

リハイトの方へ視線を向ける。



「リハイトも、久しく姿を見なかったが、

英雄業に追われておるのか?」


「まあな」


「ふむ……

変わり無いようで安心した」


……え?

なんでそんなに自然な会話を?

私は二人のやり取りを見て、目を瞬かせた。


だって……


「え?!リハイト、やよゐさんに

会った事あったの?!」


二人が知り合いだと

思っていなかったから。


コンドは私と祠探しに来た時、

やよゐさんと初対面だったのに、

どうしてリハイトは彼女と面識があるのか……

と尋ねれば、彼は簡潔にその訳を教えてくれた。



「コンドは皇族だからな……。

今でこそ護衛や監視が減って帝国中を駆け回ってるが、

前はほら……ユーゴさんだっていたし、

英雄業以外で自由に外出する事も出来ない立場だったんだよ。

それに比べて俺は、昔も今も行動範囲が広くて自由が利く。

元々翠山には来る事も多かったし……

仙人に会う機会も、何度かあった」


……なるほど。

そういう事か。

私は納得して頷きながら、

ふと前から気になっていた事を思い出し、

今度はやよゐさんに問いかけた。



「そういえば、前は聞いてなかったけど……

”仙人”って、具体的にどんな存在なの?」


仙人……。

それが普通の人間と違う存在だという事は、

何となく分かる。

……わかるけれど、定義が曖昧だ。

だから本人に聞いてみたかった。


そもそもこれまで

やよゐさんと関わる機会はあまり無かったので、

私が彼女について知らない事ばかりなのは当たり前なのだが。



「……仙人とは、

神と人の狭間にある存在じゃ」


やよゐさんは、少しだけ視線を遠くへやりながら、

静かに語り始める。


「妾は人としてこの世界に生まれたが、

親に捨てられ、人になり損ない、

神にまうけられ……

人にも、神にもあらぬ者となった」


その声は淡々としていて、

けれど長い時間の重みが滲んでいた。



「親代わりである神に忠義を誓った妾は、

神の補佐役を務める事にした。

英雄を神の御前まで導き、

英雄の偉業を(さまた)ぐ者の縁を切る者……。

それが妾。

お主等の味方である、仙人の一人じゃ」


……そういえば。

前に会った時も「縁切り仙人」だって言ってたな。

縁を切る、って……そういう意味だったんだ。

私は、以前彼女から聞いた話を思い出して、

少しだけ彼女の輪郭を理解した。



「……頼もしい……」


彼女は紛れもなく英雄の味方だ。

そう思うと、もっと彼女について知りたくなったし、

もっと彼女と親しくなりたいと思った。


――しかし、

私がやよゐさんへ親愛を込めた視線を送っている最中……


「加護神に近い存在なら、

宝珠の事も教えてくれて良かったのにな」


その空気を遠慮なく壊したのは、

リハイトだった。


彼の言葉に、

やよゐさんは溜息混じりに返す。


「よも、英雄であるお主が

宝珠の存在を知らぬとは思わなかったのじゃ」


「私も……師匠や博士が

加護の宝珠を知らないなんて……

気付きませんでした」


アルテも困ったように眉を下げる。

二人に挟まれて、リハイトは肩を落とした。


「本当に……

どうして俺達だけ……」


「で、でも!

お二人の宝珠が無事で本当に良かったです!

巫女ちゃんの宝珠と合わせて、

今揃っているのは三つ……。

……後は、先生と私の宝珠だけですね!」


「……あぁ。英雄力を覚醒できる日は、

そう遠くないかもしれないな」


頭が痛そうに表情を歪めていたリハイトだったが、

アルテの言葉を聞いて多少は落ち着いたのか、

軽く相槌を打つとそう言った。


この短期間に五つ中三つの宝珠が揃った事を考えれば確かに、

全部揃えるのも難しく無いのかもしれない。

……まぁ問題があるとすれば、

あと二つの宝珠の在処が分からない事かな。

そう考えて私も溜息を吐きたくなったが、

気落ちしたくないのでやめておいた。



というか、それよりも……。


何故やよゐさんは私達に会った時

「待っておったぞ」なんて言ったのか……

それの方が気になったので、

私は彼女にその理由を尋ねてみる。



「……そういえば。

どうしてやよゐさんは、私達の事

こんな所で待ってたの?」


すると、

やよゐさんは小さく頷き、答えてくれた。


「うむ……お主らが、

“朱殷の秘石”について知りたがっておると聞いてな。

永い時を生きる妾の知識、多少は活かせるじゃろう」


「え!それって、もしかして!

私達のために、わざわざ……?!」


朱殷の秘石。

それは多分、アルテがいつも身に着けている、

あの朱殷色のブローチの事だ。

しかし思わず飛び跳ねる私に、

リハイトが肩を竦める。


「俺達のためっていうより、アルテのためだろ。

仙人はコイツに、めっぽう甘いからな。

コイツのためなら、基本何でもするぞ」


……え、なにそれ。

飛び出てきたのは私の知らない、興味深すぎる情報。

真偽を確かめるように二人を見ると、

先に答えたのはアルテだった。



「やよゐ姉さんは、私が小さい頃から

ずっと面倒を見てくれて……

私にとって、姉同然の……

とても大切な存在なんです」


「そうだったの?!

そんなの初耳なんだけど!」


思わずまた声を上げる私。

二人がそんなに親しいだなんて全く知らなかった……。

フェニシアの祠に案内してくれた時にでも言ってくれたら、

もっと早く仲良くなれてたのに……。

そんな不満を視線に込めると、

やよゐさんは肩を竦めた。


「……翠嵐との関係性など、

問われた覚えは無いのじゃが」


「……あ、そういうとこ

アルテにそっくりかも」


聞かれなければ語らない。

自分からは言わない。

……そのスタイルは確かにアルテそっくり……いや、

やよゐさんがお姉さんならアルテが彼女に似たのか?

変なところが似ちゃったんだなぁ、と呆れはしてしまうが――

それでも微笑ましいと思える二人に、

私は思わず頬を緩めた。



……さて。

やよゐさんについては、まだまだ聞きたい事が山ほどある。

けれど今は――

朱殷の秘石(?)の話を聞くのが先だ。

私はそう気持ちを切り替え、

談笑がひと段落したところで、やよゐさんに向き直った。



「じゃあ、やよゐさん!

お話、聞かせて!」


少し身を乗り出してお願いすると、

やよゐさんは穏やかに頷く。


「そうじゃな……では先ず。

朱殷の秘石を持っていた、

翠嵐の”恩人”について語るとしよう」


そう前置きしてから、

やよゐさんは静かに語り始めた。


「翠嵐に秘石を贈った恩人……。

妾は、彼の者の名を知らぬ。

其れは翠嵐本人もじゃ。

彼の者は秘密主義でな……。

自らの事を頑なに語らぬ者じゃったからの」


遠い記憶を辿るように、

やよゐさんは視線を落としながら続ける。


「彼の者は、今の翠嵐やリハイトと

歳の近き……いや、ようせずは

同い年の童であったのかもしれぬ。

黒髪の、美しい青年じゃった」


その声が、少しだけ沈む。


「翠山が魔王によって襲撃された

十年前の、かの日……。

妹と共に拐かされかけし翠嵐を、

彼の者は守ってくれたのじゃ」


詳しい話は翠嵐本人に聞くとよいだろう、

とやよゐさんが締めくくる。

つられるようにアルテへ目を向けると、

彼女は小さく頷き、静かに言葉を紡いだ。



「……はい。

彼は身を呈して、

ドミシオン様や、幼いシュウから

私を守ってくれました」


朱殷色のブローチを、

まるで壊れ物を扱うかのように……

両手で大切そうに包み込む。

その仕草だけで――

彼女にとって、その恩人が

どれほど大きな存在だったのかが、痛いほど伝わってきた。



「その日より、彼の者は

妹を失った翠嵐に寄り添い、

日ごろ日ごろと、その心を支え続けた。

されど……」


やよゐさんは、そこで一度言葉を切る。

そしてアルテの胸元……

朱殷のブローチへと、視線を移した。



「……ある日の事じゃ。

彼の者は突然、己の在るべき場所へ

戻らねばならぬと言い出してな。

翠嵐と別るる前に、

秘石をこの子に贈ったのじゃ」


血よりも赤く、深く――

静かな熱を宿した宝石。


「これの名は“朱殷の秘石”。

竜の力を抑え、竜眼のしるしを阻害する……。

殊更なる力を秘めし石じゃ。

かつて竜族が司りし、秘宝の一つでな」


「このブローチに、そんな力が?!」


思わず声が裏返る。

ただの装飾品じゃないとは思っていたけれど……

まさか”竜族の秘宝”だなんて……。

予想の斜め上すぎて、頭が追いつかない。


私が目を見開いたまま固まっていると、

やよゐさんは淡々と、話を締めるように……


「何故、彼の者が

このような秘宝を持っておったのか……

それは妾にも分からぬ。

されど……これは紛れもなく、本物じゃ」


そう言い切り、

これ以上語る事はないとばかりに口を閉ざした。



「本物という事は……」


「偽物もある……あ、そういえばさ。

魔王シュウも、アルテと同じ

朱殷色のブローチ着けてたよね?

それが偽物……?」


ここまでの話を振り返ると、自然と考察が始まる。

アルテの秘石が本物なら、

魔王のそれは偽物でなければ辻褄が合わない。

私の問いに、

アルテは一度頷いてから答えた。



「恐らく、あれは

ドミシオン様が創った物でしょう」


「作った……?

現魔王の母……魔界の魔女がか?」


すぐさま反応したのはリハイトだった。

正直、私も同じ気持ちだ。

ドミシオン自らが、わざわざブローチを作る――

どうにも想像がつかず、首を傾げてしまう。

そんな私達に、アルテは丁寧に説明してくれた。



「彼女の異能力は“複製”です。

竜族が減少し、一族内での管理が

難しくなった朱殷の秘石は、

魔族に引き渡されたと……翠雨様から聞きました。

きっと彼女は、魔王城で管理されていた物を

複製していたのでしょう……」


彼女はそこまで言うと、

少し考え込むように間を置いてから、続ける。


「思い返せば、十年前のあの日……。

幼いシュウは、朱殷の秘宝……

……恐らく複製品を、

既に身に着けていた気がします」


記憶が曖昧で確証はありませんが、と付け足すアルテ。

今の話を聞いて、私はさらに首を傾げた。


「魔王城にあった物……。

それも本物を持ってるなんて……。

その人、魔界のすっごい高貴な人だったのかな?」


「そう……ですね……」


一番あり得そうな推測を口にしたはずなのに、

彼女の反応は歯切れが悪い。


「魔王城には常時結界が張られているので、

部外者では立ち入る事さえ難しいかと……」


アルテ……?

もしかして、何か……知ってる?

アルテの反応が不自然なのは今に始まった事じゃないけど、

何か、引っかかる。



「……ひとつ、いいか?」


私が首を傾げていると、

そう切り出したのはリハイトだった。

彼は彼で気になる事でもあったのだろうかと

視線を向ければ、リハイトはアルテの胸元――

朱殷の秘石を指差す。


「お前のそれが本物なら、

何故俺は、”あの時”

お前の思考を視る事ができた?」


“あの時”。……それはきっと、

アロマルム様の力で、二人の能力が入れ替わった時の事だ。


確かに……それは私も気になっていた。

だって、魔王シュウのブローチは偽物……

複製品の筈なのに、アルテの竜眼を阻害したのだ。

なら尚更、本物がその力を発揮しないなんておかしい……。

私とリハイトは、示し合わせたように

アルテのブローチを凝視する。



「あ、えーと……確か、それは……」


するとアルテは、二人分の視線圧から逃れるように、

半歩だけ下がって答えた。


「実はこの秘石……

竜眼の効果を阻害するかどうかは、

自分で調節できるそうなんです。

竜の力は……常に、

抑えられているはずなんですけど……」


そう言い終えると、

彼女はやよゐさんへ確認するように視線を送る。

どうやら、アルテも

朱殷の秘宝についての説明は最近聞いたばかりのようだ。

やよゐさんが肯定するように頷いたのを見て、

私達はようやく視線を外した。



「……なら、お前の恩人は

お前の竜の力……その暴走を抑えるために、

その秘石を渡したのかもしれないな」


納得がいったのか、

リハイトは秘石へ向けていた視線を、アルテに向けてそう言った。

彼の言葉に彼女も静かに頷く。


「そうかもしれません……。

これを渡された時、

肌身離さず持ち歩くようにと、

彼には執拗いくらい念を押されました。

それに……

これを着けるようになってから、

力の暴走が起きにくくなったのは、事実です」


――となると。

アルテの恩人は、竜の力について

相当詳しかったのかもしれない。

そう考えたところで、不意に素朴な疑問が浮かんだ。



「……手離したら、どうなるの?」


竜の力を抑えられるメリットがあるとしても、

お風呂や就寝中も持ち歩かなければならないとしたら……

あまりにも不便すぎる。と、思ったのだ。


すると、恐らく

アルテは竜眼を使ったのだろう……。

私の考えていた事も含めて、丁寧に答えてくれた。



「短時間なら問題ないと思います。

お風呂の時は、さすがに持っていられませんし……。

寝る時は心配なので、手で握ったりしていますが……

でも……そうですね。

長時間手放すとなると……

竜族の姿になってしまうかもしれません」


「竜族の……姿?」


しかし、ここで新たな気になるワードが出てきた。

……はて?竜族の姿って?

私が不思議そうに首を傾げると、リハイトが簡潔に教えてくれた。



「探偵は見た事ないのか?

こいつは竜族と妖族のハーフだが、

竜族の血が若干濃い。

だから本来の姿は、竜族寄りなんだ。

簡単に言うと……角、耳、尻尾が生える」


「角、耳、尻尾?!」


私はそれを聞いて飛び跳ねる。本日三回目だ。

主に最後の三単語に反応した私は、

アルテの手をぎゅっと握り、目を輝かせる。



「アルテ!!」


「あ、はい……。

聞かなくても何となく察してしまいましたが……

一応聞きますね。

……どうされました?」


居心地が悪そうな表情のアルテに、

私は即答する。


「竜族の姿!見せて!!」


「ええと……また今度で」

やんわり断るアルテ。


「今がいい!!」

それでもめげない私。



「……探偵さんって、

たまに強引ですよね……。

そういうところ、嫌いではないですけど」


――結果。

アルテは根負けした。

私は高鳴る胸を押さえもせずにブローチを受け取ると、

彼女が変身してくれるのを待った。



「お前ほんと押しに弱いよな。

とりあえずモフらせろ」

「妾も撫でたくこそ思ふるぞよ」

「撫でる〜!!」


「ッ、もう!皆さん!!」



悪ノリなのか本気なのか分からないリハイトとやよゐさんも参戦したので、今の構図は完全に三対一だ。

顔を真っ赤にして照れ困るアルテを見て、

私達は揃って笑い合った。



✿ ✿ ✿ ✿




「わぁッ!!

ほんとに角、耳、尻尾!

生えてる〜!!動いてる〜!!」


あの後、アルテはちゃんと――

本当にちゃんと、竜族の姿を見せてくれた。

……いや、これが“本来の姿”なのだとしたら、

正しくは「変身してくれた」じゃなくて、

「変身を解いてくれた」と言うべきなのかもしれない。

まあ、それでも。

常にあの姿のアルテを見てきた私からすれば、

やっぱりこっちが“変身後”だ。



「あ、あの……この姿の時は、

無闇矢鱈に頭を撫でさせちゃダメって

先生に言われてるので……

……お手柔らかにお願いしますね」


そう前置きしながらも、

アルテはどこか諦めたような声色だ。


「ふ、ふわあぁぁ!!

やっぱり竜のアルテって、ふわふわ……」


思わず頬が緩む。


「えぇ……?そうでしょうか……」

「うん!!」


即答だった。

竜族姿のアルテは、妖族姿の時よりも、

明らかに毛の質が柔らかい。

……気のせいなんかじゃない。これは断言できる。

それに、目立つ角と耳と尻尾以外にも――

髪に紛れるように生えた、触覚のような二本の長毛。

そして背中で控えめに、でも確かに動いている羽……。

私は竜族を見た事がない。

だからこそ、その一つひとつが新鮮で、目が離せなかった。


心ゆくまで彼女を撫で回したあと、

律儀に順番待ちをしている二人と交代し、

私はアルテに向き直る。



「たくさん撫でさせてくれたのは、

もちろん嬉しい!……けどね」


少しだけ真面目な声になって、続ける。


「私が何より嬉しいのは、

また少し、アルテの事を詳しくなれた事!

また、アルテの新しい一面を知れた事だよ!」


これだけは、

ちゃんと伝えたかった。



「だからさ……ありがと!」


そう言って、

私は笑顔を向ける。


すると――竜族姿のアルテは、

少し遅れて、ようやく。照れたように……でも、確かに。

柔らかく笑ってくれた。





✿ ✿ ✿ ✿




朱殷の秘宝についての話を聞き終え、

私達はやよゐさんに改めて礼を言ってから別れた。


今日はこの後、

もう一つ向かわなければならない場所がある。

そういう訳で、

私達はそのまま翠山のさらに奥へと足を進めていた。


木々の間を縫うように続く細い山道。

足元には落ち葉が積もり、歩くたびにかすかな音を立てる。

そんな道中で――

ふいに、アルテが足を緩め、

私とリハイトに向けて口を開いた。



「お二人に、もう一つ……

話しておきたい事があるんです」


どこか改まったその声音に、

私もリハイトも自然と足を止め、彼女の方を見る。


「……(かい)様の事です」


アルテは一度小さく息を整えてから、

はっきりと告げた。



「……誰だそれは?」

「晦……様?」


その名に、私達は揃って首を傾げた。

だって聞き覚えがなかったから。


そんな私達の反応を見て、

アルテは少し困ったように……

けれどどこか柔らかく笑い、話を続ける。



「“晦”というのは、ドミシオン様の本名……。

翠雨様が、彼女に名付けた名前です」


その一言で、

私達はようやく、晦が何者なのかを知った。



「なるほど……。

ドミシオンなんて名前、小夜家の者に

付けられるものとしては不自然だと

思ってはいたが……」


リハイトは腕を組み、難しい顔でそう呟く。

その様子を見て、アルテは静かに頷いた。



「彼女は、小夜家との縁を切るために

その名を捨てたそうです。

そして今の名は、

自分から名乗り出したと……そう、聞いています」


そこまで語ったアルテの表情は、とても静かで……

そして、どこか寂しげだった。

話している内容が“魔界の魔女”についてだという事を、

うっかり忘れてしまいそうになるほどに――

その気配は、慈しみで満ちていて……。



「……どうして、その話を

私達に聞かせたかったの?」


私は少し間を置いてから、そう尋ねた。

彼女が、ドミシオンの名前……

”本名”を語ったその訳が知りたかったから。


私とリハイトが揃って彼女を見ると、

アルテは一度目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。



「名前は……

生まれてから、一番初めに授かる贈り物……」


「……え?」


思わず聞き返した私に、

アルテは苦笑しながら続ける。



「どんな名前でも、名付けた人が

想いを込めれば……

それは、何物にも代え難い宝物になります。

私は……“ドミシオンという魔女”ではなく、

小夜家に生まれた、一人の少女――

”晦”様の名を……

お二人に、知って欲しいと思ったのです」


そう言い切った後、

アルテは少しだけ照れたように微笑んだ。


「……長々とすみません。

理由は、それだけなんです」


そう言って、

彼女は再び歩き出そうとする。



「……ううん。

聞けて良かったよ」


私は慌ててアルテの前に回り込み、その手を取った。

リハイトも黙って頷き、視線を向ける。



「私……ドミシオンじゃなくて、

“晦”の事を、ちゃんと知りたいと思った!

もっと聞いてもいい?」


「どうして晦が、魔界の魔女なんてものに

なったのかも気になるしな」



”小夜晦”――

私達の知らない、小夜家の少女。


彼女はどんな子だったのか。

何故、魔女にならなければならなかったのか。

今は敵であっても。

かつて、悪ではなかった一人の少女の事を――

私は、知りたいと思った。



「……お二人共、ありがとうございます」


アルテは、晦に興味を示す私達を見て、

とても優しい笑顔を浮かべる。


それは心から嬉しそうで、

どこか救われたような――

そんな笑顔だった。

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