✼♡竜傾慕♡✼
2025年お疲れ様でした!
明けましておめでとう御座います!!
本年も宜しくお願いします!
今回のお話は恋愛要素が強めなので、
苦手な方はご注意くださいませ✼♡✼
結局あの後、
私はコンドに腕時計の説明をする事ができないまま……
疾風の堅守隊の訓練時間になってしまった。
「今日は、守護魔法の強化訓練をします」
アルテが訓練内容の説明を始めると、
隊員達は一斉に背筋を伸ばし、
やる気に満ちた表情を浮かべる。
……その中でも、
ひときわ目を輝かせている者がいた。
アルテのすぐ傍に立つ、”小柄な少女”だ。
エポレット付きの軍服を着ているところを見ると、
恐らくは隊長格なのだろうが……
失礼ながら、その愛らしい容姿からは、
強さや威厳といったものはあまり感じられない。
少女は山藍摺色の髪を揺らしながら、
さらに一歩アルテに近づき、勢いよく声を上げた。
「おぉ!いいですね!!
疾風の堅守部隊にふさわしい訓練ですね!
ではでは、一体どんな内容なのでしょうか?」
可愛らしく首を傾げて見上げる少女に、
アルテは穏やかな微笑みを返しながら口を開き……
「難しい事はしませんよ。
ただ、ひたすら私の攻撃から身を守るだけです。
……ね?簡単でしょう?」
……そう、言い切った。
途端に、少女含めた隊員全員の顔から
色が抜け落ちていく……。
「……ハハッ…」
それを見て、
私も思わず顔を引きつらせてしまう。
いくら戦闘が不得手だと言われるアルテでも、
彼女は紛れもなく英雄だ。
特務部隊が戦闘慣れした精鋭揃いだとしても、
英雄からの攻撃を受けて、
そう簡単に守り切れるはずがない……。
「え、えっと……それは……
どのくらいの時間、
耐え抜けばいいのでしょうか?」
「そうですね……」
冷や汗を滲ませながらの二度目の質問に、
アルテは少し悩むような仕草を見せ……
再び口を開いた。
「今からお昼まで、というのは如何でしょう?」
「え、正気ですか!?」
少女は思わず声を上げる。
するとアルテは困ったように眉を下げ、
隊員達を見渡しながら続けた。
「あら……この部隊は確か、
我が部隊の中でも最も優秀な
“第一小隊”だった気がするのですが……
……まぁ、難しそうなら仕方ありませんね。
すみません、私が期待しすぎたようです。
では、訓練内容を今からでも考え直し――」
「ッ、いえ!できます!
朝飯前ですよ!
あ、貴方達もそうでしょう?!」
しかし、アルテが言い終える前に、
少女は慌てて遮った。
そして周囲の隊員達へ、
同意を求めるように声を張り上げる。
「も、勿論です!」
「異議なし!!」
「やってみせます!!」
「しゅ、守護魔法だーいすきー!!」
次々と上がる必死な声……。
よく見れば、隊員達は皆、明らかに焦った様子で……
中には涙目になっている者までいる。
……え、なんで?
「皆……急にどうしたの?」
突然やる気を出した……というより、
どこか覚悟を決め、
観念し始めた隊員達が不思議で、
私は近くにいた隊員に声をかけた。
すると返ってきたのは、
なんともまぁ……反応に困る返答だった。
「魔物とひたすら戦う魔獣隊と
合同訓練になるより、全然マシなんですよ!!」
「あの部隊、全員怖いんです!」
「狂人……いえ、戦闘狂の集まりです!!」
「あそこ相手に訓練するくらいなら、
翠嵐様にボッコボコにされる方が……
一億倍……いえ、一兆……一京倍マシです!!」
「そんなに?」
魔獣隊のあまりの評価と言われように、
思わず聞き返してしまったが……
「……。」
冠雪の魔獣隊が
戦闘狂の集団である事は……否定できない。
そんなこんなで
隊員達が力いっぱい頷くのを見ていると、
アルテのどこか嬉しそうな声が響いた。
「あら、良かった。
それなら問題ありませんね。
では、すぐに訓練を始めましょう。
今回は罠や仕掛けもありますので、
十分に注意してくださいね」
『は、はい……(泣)』
こうして――
疾風の堅守隊第一小隊とアルテによる、
守護魔法強化訓練が幕を開けた。
✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿
「観察力が足りていませんよ。
敵の攻撃や動きを、もっとよく見てください。
怖くても――目を逸らさないで!」
「はいッ!」
アルテによる強化訓練は、翠山の中で行われていた。
リハイトが創った転移装置が本格的に運用されるようになったおかげで、
これだけの人数でも翠山への移動は実に容易だった。
……そういえば。
私が持っているこの腕時計も、
私とコンドを二人同時に訓練所へ転移させていた。
構造は分からないけれど、
もしかしたら……リハイトの転移装置と、
どこか似た仕組みをしているのかもしれない。
そんな事を考えながら、
私はそっと時計をポケットにしまう。
……だが、思考に耽る間もなく、
視界の端では、隊員達が次々と
魔力切れを起こして倒れていっていた。
「貴方は、もっと想像力を鍛えなさい。
常に相手の行動を予測して動くのです」
「し、承知しました!!」
アルテは攻撃の手を緩める事なく、
一人一人に的確な指摘を投げかけていく。
「前だけに守りを固めないで。
横や後ろからの奇襲にも警戒しなさい。
油断すれば、怪我では済みませんよ!」
「気をつけます!」
隊員達は必死に返事をしながら、注意された点を意識し、
試行錯誤を重ねて身を守り続けていた。
「敵が必ず一体とは限りません。
周囲への警戒を怠らない!
どこから、どんな攻撃が来ても
即座に対応できるように!」
「ッはいぃぃ!!」
訓練の中で得た学びを活かし、
隊員達の立ち回りは徐々に洗練されてきた。
……が、それでも、
アルテの攻撃が緩む事はない。
そして――
「……全員。
防げなければ”命は無い”と思って、
もっと全力で自分の身を守りなさい!」
その言葉と同時に、
アルテの詠唱が始まった。
『吹き止む事無き矢風――
恣意的な矢は私を扶助し、
あらゆる匪軍を剿滅する。
第七詠唱……矢の雨“飆風弾幕”』
翠羽の鳴き声と共に、詠唱は風に乗って響き渡り、
空中に複数の魔法陣が展開される。
けど……この魔法は、幸いにも見覚えがあった。
私は咄嗟に、近くの隊員達へ向けて叫ぶ。
「この魔法……ッ!皆、頭上注意!!」
魔法の矢が私達を射抜く前に、
守護魔法でバリアを張る事には成功した。
……しかし、安心したのも束の間――
矢の雨が止み、守護魔法を解いたその瞬間、
アルテはすでに次の詠唱へと移っていた。
『風は気まぐれ、自由奔放――
目で追う事も叶わぬ無形。
第四詠唱……不可測な風“散発煙嵐”』
……そして、
次の魔法は私も初見だった。
「んげッ?!な、何これ?!」
見た事の無い魔法に警戒していると、
その警戒も虚しく……
瞬く間に、私達はアルテの魔法による靄に包まれてしまった。
視界からの情報を遮断されて、
私も隊員達も困惑する。
これでは音や感覚で攻撃を予測するしかない……。
「ど、どうしよう……」
「何も見えない……」
「翠嵐様は、どこだ?!」
見渡しても、そこにあるのは白く揺らめく靄だけ。
飛んでくる魔法はおろか、
術者であるアルテの姿すら捉えられない。
「ッうわ?!」
「ぎゃあ?!」
「いッたぁ?!」
「え、後ろ?!」
「次は……上から?!」
どこから攻撃が来るのか分からず、隊員達の混乱は増すばかりだ。
それでも、アルテの攻撃は容赦なく続く。
「守護魔法が揺らいでいますよ。
魔力を消耗しすぎです。調整は迅速に。
敵は待ってくれないのだから!」
……厳しいが、正論だ。
実戦なら、敵はもっと容赦なく
殺意をもって襲いかかってくるだろう。
「ッう……もう……限界」
「全身が痛い……疲れた……」
「魔力、切れた……」
動きが鈍り、攻撃を受け続けて倒れる者。
魔力切れでその場に崩れ落ちる者。
脱落者は増え、全体に疲労の色が濃くなっていく。
それでもアルテは、なお声を張った。
「貴方達集中なさい!
戦場では、どれほど疲弊していても
動き続けなければならないのですよ!」
「ひえぇ……」
「これ以上は勘弁してくださいぃ……」
「翠嵐様……すみませ……も、もう無理、です……」
……さすがは”一番の生徒”。
彼女の厳しさは、レイン並だ。
脱落者は後を絶たない。
……正直に言って、私自身も、
長時間の訓練でかなり疲れてきていた。
それでも……ッ!
「あら、流石ですね、探偵さん!」
私は飛行魔法を発動させ、
靄のかかっていない上空へ一気に飛び上がると、
そのままアルテへ魔法攻撃を放った。
だが彼女はそれを容易く守護魔法で防ぎ、
即座に──私の攻撃量を上回る魔法を撃ち返してくる。
「ッ?! うわぁ?!」
あまりにも速い反撃に、
私は思わず体勢を崩してしまった。
上空に出た事で視界は格段に開けたが……
それは、アルテも同じ。
靄の外へ出た瞬間、
私は“見つけやすい標的”になってしまったのだ。
私は次々と飛んでくる魔法を必死に回避しながら、
靄のかかっていない地上を探す。
……だが。
「ッ靄が……山を包んでる?!」
目に映った光景に、思わず声が漏れた。
魔法の靄は、
翠山の大半を覆い尽くしていたのだ。
これでは、地上に降りても
まともに戦えない……。
「敵にとって有利な地形で戦う時――
貴方は、どうしますか?」
いつの間に回り込んだのか、
アルテの声が背後から降ってくる。
それは、まるで試すような問いかけだった。
「……。」
こんな靄の中でも、翠山の四山領主であるアルテなら
問題なく戦えるだろう。
……だが、私は違う。
土地勘の無い傾斜地、草木が生い茂る山中――
正面から戦えば、不利は明白。
……普通にやったら、勝てない。
「ッそんな時は……
自分が有利になるように、
地形を変える!!」
私はそう答えると、ホノを喚び出し、
即座に詠唱へ入った。
『古代魔法行使!
生きとし生けるもの全てを愛する
母なる大地よ!
今こそ、私を支え給え!
悠久なる大地は、我が知己朋友!
古代呪文、第二十詠唱――
グラディオル・インテッラ』
ホノは詠唱に呼応するように地上へ急降下し、
比較的靄の薄い地点に次々と魔法陣を展開していく。
障害となり得る木々や岩は、その場から押し流され、
歪な斜面は瞬く間に均されていった。
私は、山中に即席の広場のような空間が生まれたのを確認し、地上へ降り立つ。
視界は未だに曇ってる……
だけど――
これで、地に足をつけて戦える。
「さぁ、カモン! アルテ!」
上空でこちらを見下ろしていた彼女へ声を投げかけると、
返ってきたのは心底楽しそうな声だった。
「ッ……いいですね!
土魔法を活用した臨機応変な対応。
……実に、素晴らしいです!」
称賛の言葉と共に、アルテの魔力がさらに高まっていく。
しかし……
「“攻撃を防ぐ”という
本来の目的を忘れていなければ、完璧でした」
「あ……」
私の足が触れた場所には
丁度、罠が仕掛けられていたようで……
微かな違和感を覚えた時には――
既に、遅かった。
「うぐうぅッ……悔しいぃ!」
気づいた時には、身体は完全に捕縛されていた。
どうやら、
魔法で無理やり地形を変形させた事で、
本来ここには無いはずの罠を踏み抜いてしまったらしい……。
……訓練内容通り、
”攻撃を受けない事”を最優先にして、
もっと慎重に動いていたら……。
周囲への警戒を怠らず、魔力探知をしていれば……
もう少し、粘れたかもしれない。
「……不覚……」
私は自力で抜け出す事もできず、その場に膝をついた。
するとアルテが近づいてきて、
手際よく罠を解除しながら、
私に魔力回復ポーションを差し出してくれる。
「探偵さんは本当に凄いですね。
殆どの攻撃を防げていましたよ。
長時間の訓練でしたし、疲れたでしょう?
貴方は早めに休憩していてください」
そう言って、
彼女は私の手を取って立ち上がらせてくれた。
最後まで粘れなかったのは悔しい。
けれど……
やっぱりアルテに褒められるのは、素直に嬉しい。
「うん……確かに、
魔力も体力もかなり削られてるみたい。
ありがと、アルテ!
ちょっと休ませてもらうね」
私はそう言って、
ポーションを一気に飲み干した。
瞬く間に魔力が体内を満たし、力が戻ってくるのを感じる。
――やっぱり、
魔力が枯渇した後に飲むポーションほど美味しいものはない。
休憩する為、
私は自分で作り出した広場の隅へ、ホノと共に移動した。
……訓練が終わったら、
ここはちゃんと元の地形に戻さないと。
そんな事を考えながら、
私は戦場に残るアルテの姿を見つめる。
時間的に、
訓練はあともう少し続きそうだ。
残っている隊員はかなり少ないが……
それでも――
まだ、根を上げていない隊員もいる。
「では……そろそろ、参りますよ!!」
その中でも飛び抜けて目を引くのは……、
朝、アルテのすぐ傍にいた小柄な少女だった。
『魔力吐露!さぁ、おいでなさい!
光と氷の精霊――“ラブニ”!
貴方は私、“アリステア”と共に、
愛しき方を庇護する為にあれ!
暖かく氷上を照らす陽の光よ!
迷える私の愛し人を導いて!
第二詠唱――メルト・ラバー!!』
詠唱と共に現れたのは、大きな"シロクマ"の精霊だった。
暖かな陽光を纏ったその姿は、
山の中を駆け巡り――
「靄が晴れたぞ!!」
「見えるようになった!」
「流石、アリステア様!」
あれほど広範囲に広がっていた靄は、
精霊の放つ光と熱によって急速に消え去り……
視界を取り戻した隊員達から歓声が上がる。
「……凄い……」
あっという間に靄を消してみせた少女の魔法に、
私は感心して呟く。
そもそも私の得意魔法属性では靄を晴らす事は出来ないけれど、
きっとあの子と同じ属性を持っていたとしても、
靄を"全て消す"なんて芸当……
とても真似出来ないと思うから。
「さぁ!ここまで耐え抜いたのです!
貴方達も、最後までついてきなさい!」
シロクマが戻ってくると、
少女は残っている数人の隊員達に声をかけ、奮起させる。
残念ながら全員……とはいかなかったが、
隊員達が最後まで奮闘する姿には、胸が熱くなった。
✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿
「探偵さん、お疲れ様です」
「あ! アルテ! ありがと!
……あぁ……やっぱ最後まで残れなくて、
悔しかったなぁ……」
訓練が終わり、まだ魔力の余熱が肌に残る中、
私はホノと一緒に崩れた地形を元に戻していた。
そこへ、いつの間にか隣に並ぶようにアルテが現れ、
自然な仕草で作業に加わってくれる。
正直に言えば、本来の正しい地形はかなり曖昧だった。
私は内心申し訳なさを感じつつも、
アルテが指差す位置や、示す方向に従って、
退かした木や岩、歪んだ地面を一つずつ復元していく。
「そんな事ありませんよ。
探偵さんは本当に凄かったです!」
「えぇ……そうかな……。
でも、完璧じゃなかったでしょ?」
訓練中も、訓練後も。
手放しで私を褒めてくれるアルテの言葉に、
照れながらもつい謙遜してしまう。
「大丈夫です。誰だって、初めから
完璧になんて出来ませんよ。
先生から聞いているでしょう?
私も、最初は基礎魔法すら
満足に扱えなかったんですから」
アルテはそう言って、少しだけ懐かしそうに微笑んだ。
自分の過去を引き合いに出して、
私を慰めてくれているのが伝わってくる。
「そっか……うん、そうだよね!
じゃあ私、アルテから
“完璧”って褒めてもらえるように、
もっと頑張らないと!」
「ふふっ……楽しみにしていますよ」
二人で顔を見合わせて笑う。
そんな和やかな会話を続けているうちに、
翠山の地形はいつの間にか、すっかり元の姿を取り戻していた。
✿ ✿ ✿ ✿
「アルテ様ー!!」
復元作業を終え、
アルテと並んで転移装置の方へ歩いていると、
前方からやけに勢いのある声が飛んできた。
この後は一旦帝国軍本部へ帰還し、点呼をしてから解散する予定なのだ。
進行方向から駆けてくる人影。
近づくにつれて、その輪郭がはっきりしていく……。
よく見れば、
今朝からずっと気になっていた、隊長格の少女だ。
彼女はアルテの名を呼びながら、
目を輝かせてこちらへ駆け寄ってくる。
えっと、確か……アリ……アリス?
何ちゃんだっけ?
詠唱中に一度だけ聞いた名前を思い出そうとしながら、
私は彼女の様子を観察する。
「あら、姫様。どうされました?」
「どうされました?……じゃありませんよ!
今日も今日とて、訓練内容がハード過ぎます!
もう魔力、残ってません!!」
ようやく私達の前に辿り着いた少女は、
私達の前でぴたりと止まり、息を切らしながら抗議する。
……のだけれど。
「すっごく疲れました!」
頬をぷくっと膨らませて怒る姿は、
どう見ても可愛らしく……
残念ながら、威圧感というものが微塵もない。
当の本人であるアルテも、微笑みながら、
「あらまぁ……」と、
いつも通りの曖昧なリアクションを返すだけだった。
「ですが姫様、今回も最後まで
耐え抜かれていたではありませんか。
とても、かっこよかったですよ」
アルテはそう言って、
ポコポコと怒る少女と目線を合わせるよう、少しだけ腰を落とす。
すると少女は、一瞬で機嫌を直したように胸を張った。
「ッ……それは当たり前です!
アルテ様の隣に並ぶ為には、
このくらい出来て当然です!!」
……完全にドヤ顔だ。
「ふふっ……ね?
でしたら、問題ないでしょう?」
アルテは得意気な少女を見て微笑み、
小首を傾げて問いかける。
「んもぉ! 問題大アリですよぉ!!
私ではなく、他の隊員がですね!!」
どうやら本来の抗議内容を思い出したらしい。
少女は再び頬を膨らませると――
……あろう事か、なんと。
上官であるアルテの体を、軽く……とはいえ、
確実にポカポカと叩き始めたのだ。
「え、あ、ちょっ……アルテ!?
その子……その人は?!」
あまりに大胆な行動に、私は思わず声を上げた。
私も大概イレギュラーな存在だから置いておくとしても……
貴族であり、英雄でもあるアルテに、
こんな事が出来るなんて――
一体、この子は何者なの……?
「あ……そういえば、まだ探偵さんに
彼女の事を紹介していませんでしたね。
大変失礼いたしました」
私の視線に気づいたのか、
アルテは一度こちらへ向き直り、丁寧に一礼する。
「こちらは隣国の姫君、
アリステア・アウローラ様です。
軍の階級では私が彼女の上官ですが……
身分上では、彼女の方が
遥かに高貴なお立場なんですよ」
「ほへ~……そういう事か……」
なるほど納得。
だからこの距離感なのか。
私はアルテの紹介を聞いてから、
改めてアリステア姫を見つめた。
山藍摺色の髪と瞳は、自然界の緑をぎゅっと
閉じ込めたと言われても疑わないほど穏やかで、
見ているだけで心が和らぐ。
姫君と呼ばれて大いに納得できる可愛らしい容姿に、
思わず庇護欲を刺激されてしまう。
「“元”姫ですよ! アルテ様!
私、今はただの軍人ですから!」
アルテの紹介を聞いたアリステア姫は、
ぴしっと訂正してから私の方へ向き直り、
優雅にカーテシーをしてみせた。
「貴女が探偵さんですね?
アルテ様から、よくお話は伺っていましたよ~!
改めまして……私の名は、
アリステア・アンピプテラ・アウローラと申します!」
そして、そこまで言うと、彼女は勢いよく顔を上げ――
ズイッ! と私に近づき、こんな事を教えてくれた。
「……ちなみにッ!!
“アンピプテラ”は、私のアニマなんです!
アルテ様と同じで、ドラゴンの名前なんですよ~!
お揃いなんです~!!きゃー!
このアニマを生まれ持って本当に良かった!!」
わ、初めてアニマを自慢された……。
いいなぁ、アニマ……。
私も、いつか思い出したいなぁ。
パワフル過ぎる自己紹介に若干たじろぎつつ、
私は名乗り返すために一礼する。
「ご認識の通り、私は探偵と申します。
よろしくお願いします!
お姫様はアニマも素敵ですね!」
相手が姫君という事もあり少し緊張したけれど、
レインから教わった礼儀作法通りの動きをしてみたので、
多分、問題無いと思う。……無いよね?
「……ところで、さっきから
ちょっとだけ気になってたんですけど、
アルテの事、渾名に敬称付けて呼んでるんですか?」
内心の不安を抱えつつ、
私は以前から引っ掛かっていた疑問を口にした。
アルテを“アルテ様”と呼ぶ人は、
正直あまり――いや、ほとんど見た事がない。
英雄の仲間や家族以外は、
たいてい“翠嵐様”や“英雄様”と呼んでいるからだ。
「渾名……あぁ!そうなんですよ!
確かに本名で呼ぶ方の方が
多いかもしれませんが、
これは単なる愛称ではなく、
この方の“芸術作家としての名前”……
いわゆる、ペンネームなのです!」
「ペンネーム……?」
私が首を傾げると、
アリステア姫は待ってましたとばかりに説明を続ける。
「そうです!
彼女のように作家活動を
積極的にされている方は、
ペンネームを持つ事が多いのですよ!
アルテ様のペンネーム、
響きもとても美しいでしょう?
“アルテ”という言葉には
“美術”という意味がありまして……
正に、彼女に相応しい名前だと
思いませんか?!」
「アルテって……
そんな意味があったんだ……」
初めて知る名前の由来に、私は素直に感心する。
本名の“翠嵐”だけでなく、
渾名にもこんな意味が込められていたなんて……。
「フッフッフッ……
素敵でしょう? そうでしょう?」
私の反応を見て誇らしげに笑ったのは――
なぜかアルテ本人ではなく、
アリステア姫だった。
苦笑するアルテと、
満足そうに胸を張るアリステア姫……。
そんな二人を交互に見比べながら、
私は困惑混じりに口を開く。
「……どうして、
アリステア姫が得意気なんですか?」
するとその言葉を待っていたかのように、
アリステア姫はもう一度大きく笑い――
「フッ……それはですね。
何を隠そう――
アルテ様のそのお名前、
私が!!付けさせていただいたのです!」
……と、衝撃の事実を教えてくれた。
「え、えぇーっ?!?!」
思わず声が裏返る。
目を丸くする私を見て、
彼女はますます楽しそうに声を弾ませた。
「驚きましたか?」
「そりゃもう……
おったまげです」
正直な感想を返すと、
アリステア姫は可愛らしく、しかし大胆に笑い、
熱で赤くなった頬に手を添えながら、
やや早口で語り始めた。
「フッフッフッ……実はですねぇ……
私自身も驚いているんですよ。
こんな素晴らしい名前を彼女にプレゼントできた事!
そして何より、
彼女が積極的にこの名前を使ってくれている事に!!」
確かに、アルテの渾名は
親しい人達の多くに浸透している……。
どう広まったのかは分からないけれど、
本人が気に入っているのは間違いない。
アルテは私達の会話に割り込む事なく、
ただ穏やかに微笑んでいた。
「この名前のポイントはですね?
私の名前と同じイニシャルから始まるところと、
芸術作家に相応しい意味を
しっかり込めているところなのです!!」
「ほ、ほへぇ……」
熱量の高い語りに押され気味になりながら、
私は相槌を打つ。
「私、アルテ様の創られる作品が
本当に大好きなんです!
色彩が豊かで……暖かくて……」
押しの強い人ではあるけれど、
このお姫様がアルテの絵と、
™アルテ本人™を心から愛しているのは疑いようがなかった。
向けられる眼差しも、言葉も、感情も――
どれもが熱烈で……
まるで冷める事を知らない太陽のようだ。
「私が軍人になったのも、
アルテ様に憧れて、彼女の隣に相応しい
“自分の身は自分で守れる系レディ”に
なりたいと思ったからなのです!!」
「じ、自分の身は自分で守れる系レディ……」
どうやらアリステア姫が帝国軍に入ったきっかけと、その動機にも、深くアルテが関わっているらしい……。
初めて聞く強烈な単語に私が固まっている間にも、
彼女の少々過剰な敬愛と切望の眼差しは、
今にも突き刺さりそうなほど真っ直ぐにアルテへ向けられていた。
「あ、えっと……すごく!
とっても立派な動機だと思いますよ!」
私は、視線の圧に耐えかねたアルテを庇うように
一歩前へ出て、アリステア姫の手を取ってそう告げた。
感心したのは本心だし、嘘は一切言っていない。
「探偵さん……!そうですよね!
私もそう信じてました!
よーし!これからも頑張りますよー!」
アリステア姫は私の手をぎゅっと握り返すと、
嬉しそうにその場でぴょん、と跳ねた。
その真っ直ぐで意欲的な彼女の態度には
好感しか持てなくて……
私は、自然と温かい気持ちになった。
「……にしてもアルテ、
本当に自分の渾名、気に入ってるんだね。
私と初めて会った時も、すぐにこの渾名を教えてくれたし」
アリステア姫が一人で意気込み始めた隙を見て、
私はアルテに声をかける。
初めて彼女と出会った日の記憶を辿りながらそう言うと、
なぜかアルテは少し気まずそうに視線を逸らした。
「あぁ……それは……」
「……?
何か、別の理由があったの?」
曖昧な反応に首を傾げると、
アルテはしばし迷った末、
思案するような表情のまま口を開いた。
「勿論、姫様から頂いたこの名前を
気に入っているのは本当です。
ですが……今だから言える事なのですが、
正直に言えば……あの時、私は
貴方を“試す”為に渾名を名乗ったのです。
私の事を本当に知らない人でなければ、
きっと……いきなり渾名で呼んだりはしないでしょう?
それに、竜眼は……
なるべく使いたくありませんでしたから」
「失礼な事をしました。申し訳ありません……」そう続けて、
今にも頭を下げそうになるアルテを、私は慌てて止める。
確かに理由を聞いて驚きはしたけれど、
不快な気持ちは微塵もなかった。
むしろ、納得しかない。
――あの時の私は、
どう見ても怪しくて、得体の知れない存在だったのだから。
その気持ちを必死に言葉にして伝えると、
彼女はようやく下げかけていた頭を上げてくれた。
「……でもさ」
アルテが落ち着いたのを確認してから、
私は彼女にそう問いかける。
「それを今、教えてくれるって事は……
もう、だいぶ心を許してくれたって
思ってもいいんだよね?」
すると、その問いかけに、
アルテは一瞬だけ目を見開き――
すぐに、いつもの穏やかな微笑みを向けてくれた。
「あの日から、既に貴方には
心を開きっぱなしですよ、私。
……でも、そうですね。
あの時より、きっと今の方が
ずっと絆を深められていると思います」
その言葉が、素直に嬉しかった。
私は彼女のように心の中を覗けるわけではない。
それでも――
これは嘘ではないと分かる。
だって私達は、あの日からずっと、
心を通わせてきた“両想いの友達”なのだから。
「じゃあ……さ」
私は、ほんの少し勇気を出して、
自分より少し背の高いアルテを見上げる。
「もう少しアルテの懐に踏み込ませてほしいから…
そろそろ、あの話の続き……聞かせてほしいな?」
あの話……と言うのは、
アルテの恩人やブローチの事。
「えぇ。
私も、丁度今日お話ししようと
思っていたところです。
今夜は是非、小夜家にいらして下さい。
師匠にも、声を掛けておきますから」
「うん。わかった」
アルテは、私のお願いをあっさりと受け入れてくれた。
今日はリハイトも交えて
本格的に作戦会議をしなければならない。
――彼女の妹、華暖ちゃんを救い出す
“奪還戦”に向けて。
「え?あれ?あ、あの話って何なんですか?!
アルテ様?ねぇ!?
教えてくださいよー!私にも!!」
――よし、これからだ。
ようやくアルテに恩返しできる機会が来た……!
と、私が内心で拳を握った、その瞬間だった。
いつの間にか私達の会話を聞いていたらしいアリステア姫が、
勢いよくアルテに詰め寄る。
突然の接近に、アルテは一瞬だけ言葉を失い――
しかし、すぐに小さく首を横に振った。
「……姫様は危ない事に
首突っ込んじゃダメです」
「危ない事の話だったんですか?!
やっぱり教えてください!」
しかし、このお姫様は
諦めがいい訳では無いようだ……。
「いけません、なりません」
「ッでも! アルテ様!!」
「姫様、ダメ」
「ッむうぅ……」
……可愛いなあのお姫様。
何度断られても、頬をぷくりと膨らませて
不満を露わにするアリステア姫。
……しかし、その可愛らしさに反して、
彼女はまだ諦めていなかった。
「私は、危険な事に首を突っ込んだとしても
自分の身を守れます!!
私が弱くないのは、貴女が一番ご存知でしょう?
貴女の隣にいたいのです!!
その為に、ここにいるのです!!」
「ひ、姫様……」
おおっと……?
真剣な表情で一歩、また一歩と迫るアリステア姫……。
なんだか甘い空気を感じ取り、
私はそっと距離を取って見守る事にした。
「自分の身だけではなく……
私は、貴女をお護りしたいのです。
もちろん、貴女が私より
お強い事は分かっています!
……ッそれでも!!」
熱のこもった想いを真正面からぶつけられ、
アルテは押し返す事ができず、後ずさる。
そして――
「え、あ……ちょッ……?!」
背後にあった木に行く手を阻まれ、
その場に立ち尽くすアルテを、アリステア姫は逃さない。
「アルテ様……」
「あ……」
彼女はすかさずアルテの横に両手をつき、
完全に囲い込む。
その距離は、息がかかるほど近い。
まるで――
今にもキスでもするかのように……。
「ひ、姫様……!
ッとにかくダメ!ですッ!!」
しかし、寸前のところでアルテは身を捻り、
アリステア姫の唇をかわして脱出した。
「逃げないでアルテ様!!
どうか私の気持ちを受け取ってぇ~ッ!!」
「か、勘弁してください……」
「……なにこれ……」
その後も熱烈な口説きは続き……
ようやく解放されたアルテの顔は、真っ赤。
「また……負けました……」と呟きながら、
彼女は両手で顔を覆ってしまった。
聞けば、どうやら
アリステア姫のアルテ口説きは今に始まった事ではなく、
毎回あの調子で延々と続くらしい。
……そして、好意の押しにと事ん弱いアルテが、
茹でダコ状態になるまで求縁求望されるのも、
もはや恒例行事なのだとか……。
……ってあれ?
この話、どこかで聞いた事があるような……?
「そういえば、聞き忘れていました!
探偵さん!」
私がその既視感に首を傾げていると、
不意にアリステア姫から声を掛けられ、
思わず一歩後ずさった。
「は、はい?! なんでしょう!」
アルテは既に他の隊員を帰す為、
転移装置を起動しており、今はこの場にいない。
いきなり声をかけられた事には勿論だが、
アリステア姫がアルテでは無く
”私”に用があるとは思っていなかったので、驚いた。
先程の二人のやり取りを見ていたせいか、
返事をした声は上擦ってしまう。
「……貴女は、アルテ様の御友人というだけで、
私の恋敵にはなりませんよね?!」
しかし、姫からの……あまりにも予想外すぎる質問に、
私は逆に冷静になった。
「それはもちろん!
アルテは、私の大切なお友達だよ!」
不安そうな瞳を向けてくる姫に、
私は胸を張って答えてみせる。
……というか、
あれだけアルテにアピールしてるアリステア姫がいるんだから、
てっきり皆、二人の恋路を応援してるものかと思っていた。
「良かった〜!!やっぱり探偵さんとは
仲良くなれそうです!!」
アリステア姫は私の嘘偽り無い返答を信じてくれたのか、
安心した様子で可愛らしく笑う。
「では、私と話す時は是非今のように
楽に接してくださいね!」
そして姫はそう言うと、
片手を私に差し出してくれた。
「あ……今、完全に敬語忘れてた……」
指摘されて少し反省しつつも、
私はその手を取る。
アルテとの関係について聞かれたからか
ついうっかり、いつもの調子で話してしまっていた……。
……まぁでも、
取り繕う必要がないのは、正直ありがたい。
「ていうか、こんな事聞くって事は……
もしかして、アリステア。
恋敵、いるの?」
口調を崩した途端、
さっきから引っかかっていた疑問を投げる。
すると彼女は眉を下げ、困ったように答えた。
「困った事に……沢山いるのです。
英雄様達は、どうしても目立つので……」
「あれま……」
"英雄"という存在は、確かに……
良くも悪くも特別視されていて目を引く。
でも、それが恋愛沙汰にまで関わってくるなんて……本当に大変だ。
私が反応に迷っていると、アリステア姫は少し考え込み――
やがて、はっきりと言った。
「ですが……中でも、
私が一番警戒しているのは……」
「……してるのは?」
私はその言葉の続きを促すように首を傾げる。
しかし次に彼女の出した名前は、
予想外……というか、
見当違いな人物のものだった。
「グリフィスさんですね!」
「え……あ、あ~……なるほど……」
私は彼の名前が上がってから思い出した。
そういえばこの部隊に来る前、
グリフィスさんから”姫”の事について聞いていたな……と。
アリステア姫の”アプローチ事情”に
聞き覚えがあった理由が分かって、私は同時に確信した。
彼がアルテと関わる事を避ける理由……
それは――
「……多分グリフィスさん、
恋愛どうこうの感情、
アルテに向けてないと思うよ?」
「いいえッ!彼は油断なりません!
いつもいつも私の目を盗んで
アルテ様と二人っきりで談笑して……!
それに!この間なんて!
アルテ様の手作り料理をッ……!
ッキィ!!私も食べた事無いのに!
羨ま妬ましいです!!」
「……どんまい、グリフィスさん」
私は乾いた笑いをこぼしながら、
この場にいない彼に、心の中でそっと同情した。




