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生彩放つ無神世界  作者: 美緑
〜第九章〜強化訓練
86/89

実力者

慈雨の治癒隊での訓練を終えた私は、

次にリハイト率いる冠雪の魔獣隊へと向かった。



「わ、わぁ……」


訓練場に足を踏み入れた瞬間、思わず目を見張る。

まだ朝日すら昇りきっていないというのに、

すでに大勢の隊員が訓練を始めていたのだ。


私もそれなりに早く来たつもりだったのに……

皆のやる気が、桁違いすぎる。


訓練場を見渡せば、火力の高い魔法を惜しげもなく使う隊員ばかりで、練習用の的はほとんどが原形を留めていなかった。


……というか、あれ? まだ正式な訓練、始まってないよね?

これ、もしかして全員朝練なの?すごいな、色々。


「もう訓練始まってます!」と言われても、すんなり納得してしまいそうなほどの熱量に、私は乾いた笑いをこぼした。



「この部隊って……実力者が多いなぁ」


「俺が育てたんだから当然だろ」


ぽつりと零した私の呟きに、すぐ返事が飛んでくる。

眠そうな表情のまま、さらりと言い切ったのは、

訓練場の入口付近の壁にもたれかかっていたリハイトだった。

どうやら彼も、

かなり早い時間から隊員達の様子を見守っていたらしい。

隠す気もないのか、大きな欠伸を何度もしている。


「うわぁ、すっごい自信……」


「だが……各々の我が強すぎてな。

部隊としては、まだまだ改善の余地がある」


隊員の実力を、こうもあっさり認めるなんて意外だな……と思っていると、リハイトは「実力があるだけじゃ駄目だ」と言わんばかりに壁から離れた。


「でも、いい人いっぱいいるじゃん」


私はそう言いながら、訓練に励む隊員達を指し示す。

英雄直下の特殊部隊は、基本的に気のいい人が多い。

でも、この部隊は少し違った。


英雄を崇拝するあまりの過剰な期待や、

盲目的な信仰心が見られないのだ。

正直、この帝国では珍しい集まりだと思う。


「人選も俺がしてるからな。

他国の奴が多いのも、この部隊最大の特徴だ」


またもや当たり前だと言わんばかりの口調に、

私は思わず頭を抱えた。


「出たよ……リハイトの帝国民嫌い」


「お前も、別に好きではないだろ」


ぽろっと零してしまった呟きに、

間髪入れず返ってくる。


「ゔッ……まぁ……癪に障る人は多いかも」


図星を突かれて小さく呻くと、

リハイトは「それ見た事か」と言いたげな顔でこちらを見ていた。


―――その時。


「お、リハイト様ぁ〜。

もしかして、そいつが賢部隊の新小隊長なンすか~?」


背後……訓練場の入口の方から、

やけに軽くて明るい声が響いてきた。

チャラそ……軽そ……いや、

とにかくノリが良さそうな声。


「チッ……煩いのが来た」


途端、露骨に顔を顰めるリハイト。

不思議に思って振り向いた私の視界に入ったのは――


「え? 煩いのって……あ!!」

「ん? ……って、あぁ!!」


「なんだよお前ら……

ただでさえ個々が煩いのに、揃ったらもっと煩いな」


「いや、それは申し訳ないンすけど、

俺、前にこの子と会った事あるンすよ!」


……見覚えのある人がいた。

しかも、かなり前に。



「へぇ……それは意外だな。

お前ら、知り合いだったのか?」


リハイトは、固まったままの私と、

明るくてノリの良さそうなその人を交互に見ながら尋ねる。

すると、明るくてノリが……いやもういいや。

チャラそうな人が先に説明(?)してくれた。

……かなり雑だったけど。


「知り合い、ツーかなんツーか……。

丁度俺が町の門番やってる時に

このコ、翠嵐様と一緒にいてぇ〜

あん時は確か、異国からの客人……だっけな?」


初対面の記憶を辿るように問いかけられ、

私は思いきり頷いた。


「そうそう! 覚えてる!

やる気なさそうで、すっごい失礼な人!!」


すると彼は、心底楽しそうに笑った。


「印象最悪じゃん、ウケる。

てか、さすがにもうパスポートの発行できた?」


今度はパスポートの事を問われて、

そういえばあの時はパスポートが無くて……それで引き止められたんだったと思い出す。


「そりゃまぁ……。

一応、今は私も帝国民だから。

あと、今カッドレグルント住んでるし」


パスポートを取り出しながら答えると、

チャラそうな人は目を丸くした。


「え? マジ? 全然知らなかったわ」


「あれから会う事、なかったもんね」




……と、こんな調子で、

お互い名前も知らないまま、グダグダ話し続けて……

私達はすっかり自己紹介を忘れていた。


「そういえば、お嬢ちゃん名前なんだっけ?」


そしてその後、

チャラそうな人がそう言い出すまで、

このよく分からない話題は続いたのだ。


ちなみにリハイトからは、「何なんだよ、こいつら……」という目で見られていた。

……まぁ、顔見知りなだけでここまで話が続く方がおかしいよね。


結局、

先に名乗ってくれたのはチャラそうな人だった。


「あ〜じゃあ今更だけど一応自己紹介スっかな。

俺は冠雪の魔獣隊所属、”グリフィス”・アヴィス。

……で、そっちは?」


「あ、えっと……私は“探偵”だよ!」


"グリフィス"さんに名前を聞かれ、私は慌てて名乗る。

……もちろん渾名だけど。



「探偵ねぇ……本名じゃねーの?」


不思議そうに首を傾げるグリフィスさんを見て、

私は苦笑いしてしまう。

渾名を使って生活していると、この手の質問をよくされるが……

半年も経つと、流石に慣れてきた。


「あ、うん……訳あって本名は名乗れないんだ」

……思い出せてないから。


「へぇ〜、訳ありちゃんか。

お嬢ちゃんも色々クローしてんだねぇ」


グリフィスさんは私の答えに納得したのか察してくれたのか……

それ以上、名前に対する質問はしてこなかった。



……なので、今度は私の方から、

ずっと気になっていた事を尋ねてみる。


「そういえば……グリフィスさん。

帝国軍に所属してるのに、

どうしてあの日、アルテに気付かなかったの?」


「え?!、いや……えっと……それは……」


すると途端に、グリフィスさんの動きが止まった。

視線が宙を彷徨い、言葉に詰まる様子を見るに……

どうやら、答えづらい理由がありそうだ。


「……こいつは、人との付き合い方が雑なんだよ。

基本的に、相手が誰だろうと気にしてない」


少しの沈黙のあと。

グリフィスさんより先に口を開いたのは、リハイトだった。


「それって……結構すごくない?」


相手が誰であろうと態度を変えない……。

もしそれが英雄相手でも、だとしたら――

この人、かなりの大物だ。


そう思いながらグリフィスさんを見ると、

なぜか……彼は目を忙しなく泳がせていた。


「あ、うンー…えっと…そ、そう!

なんツーか……

関わる上で相手が誰とか、いちいち気にしてネーの。

ま、まぁつまり!

あん時はたまたま英雄様に出会っちまったって訳。

……別に、翠嵐様が苦手であんまり関わりないからとか

そういう訳じゃネーから!」


後半は少し聞き取りづらかったけど、要するにそういう事らしい。

私は一周回って、なんだか感心してしまった。


「ふーん……ある意味、生きやすそうな性格だ」


「照れるね〜」


「褒めてないよ?」


でも、楽観的な人は嫌いじゃない。

この人とは、案外仲良くなれそうだ。



「あ、そういえば。あの時、もう一人門番の人がいたけど……

まさか、あの人も帝国軍人?」


私はグリフィスさんと話している内に、

あの日、彼の隣にいたもう一人の……

ちょっと怖そうなおじさん門番がいた事を思い出して、質問した。


「いや、あのオッサンは軍人じゃねーよ?」


しかし残念ながら、あのおじさんはただの門番だったらしい……。

グリフィスさんは思いのほか首を大きく横に振って、全力で否定してきた。

そしてこう続ける。


「だってほら、翠嵐様に向かって

英雄の挨拶……だっけ?

あのクダンネーやつ、やってたっしょ?

あんなダッセェのを鵜呑みにしてる奴は、

大体帝国民か、ザコの一般隊員だし」


ケッ!…と、

まるで門番のおじさんを嘲るように彼は顔を顰めた。

でも、言われてみれば……そうだった。


「確かにあの時、

グリフィスさんはアルテに英雄の挨拶、してなかったね?」


「ほらな、そーっしょ?」


私の言葉に、

グリフィスさんは鼻を高くして誇らしげな顔をする。


「……でも、アルテから加護の言葉もらって、

ちょっと喜んでなかった?」


「ゔッ……」


しかし次の瞬間、何かが潰れたような声が漏れた。

グリフィスさんは露骨に気まずそうな顔になり、

言い訳のような言葉を一気に並べ始める。


「そりゃ、英雄様から直々にあんな言葉かけられたら……

クダンネー事だって分かってても、少しは照れるっつーか……

普段言われる事ねーし、落ち着かなかったし……。

……ッあぁ、いや、でも!

ほら! こ〜見えて俺、結構強ぇの。

実際、この部隊の大隊長だし?」


あまりにも必死な彼の様子が可笑しくて、

途中からニヤニヤしながら聞いていた私だったけど――

最後の一言で、一気に肝を抜かれた。


「え!? だ、大隊長……だったんですか」


驚きのあまり咄嗟に出た言葉は、

取ってつけたような敬語になってしまう。


「そ〜。ってか、今さら敬語とか使わなくていいから」


しかしグリフィスさん本人から敬語を使わなくてもいいと言われ、私は少し落ち着いた。

……驚きは、まだ全然引いてないけど。


「じゃあ、敬語やめる」


「いいぞ探偵。こんな奴、敬う必要ねぇ」


「リハイト様、ひッでェ〜」


敬語をやめた途端、なぜか満足そうなリハイト。

軽く貶されているのに、どこか嬉しそうなグリフィスさん。

その様子を見ながら、私はぼそりと呟いた。


「今まで見てきた大隊長って、

大体英雄のお気に入り……というか、

仲良さそうなイメージあったから……意外。

……リハイト、この人と仲良いんだ」


「は? お前の目は節穴か?」


即座に険しい表情になるリハイト。

……どうやら、違ったらしい。


「そぉーだよぉ。

俺、リハイト様のオキニだから」


しかし、グリフィスさんはニヨニヨしながらそう言う。

……どっちの情報が正しいの、これ。



「お前みたいなチャラけたぬけさくサボり魔、

誰が気に入るんだよ。俺は軽蔑しかしてねーよ」


「口悪ぃ〜」


仲の良さを全否定するリハイトと、

何を言われても楽しそうなグリフィスさん……。


「……仲、悪いじゃん?」


明らかに噛み合っていない二人の様子に、

今度はそう言ってみる。



「いやいや、照れてるだけだって」


「黙れ、チャラの助」


「ひッでェ〜」



――その後。

結局、この二人が仲良しなのか、

そうでないのか……

よく分からないまま、訓練開始の時間になった。



「……ッたく、無駄話はこのくらいにして

訓練、さっさと始めるぞ」


「はーい」





✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿




この部隊の訓練内容は、

帝国内で大量繁殖している魔物を、ひたすら討伐する――

帝国軍の実任務と併合されたものだった。


危険度が高いもの、討伐要請の多いものを優先する。

それ以外に細かな指定はない。

非常にシンプル……

なれど、その分だけデンジャラスな訓練だ。



「今回は、効率良く広範囲を討伐するため、

部隊を二手に分けて訓練を行う。

各班のリーダーは俺とグリフィス。

……単独行動も許可する」


リハイトはそう告げると、

あらかじめ用意していたらしい名簿を掲げた。

そこには、どちらの班に誰が配属されるかが、すでに記されている。

そして、私には直接――


「探偵はグリフィスと行け。

こいつの動きから学べる事も……

まぁ、少しはあるだろ。

変則的な相手への対処とかな」


そう指示を出した。


「え〜、リハイト様は素直じゃないな〜」


それを聞いた瞬間、

ニヤリと笑って口を開いたのは、グリフィスさんだった。


「俺から学べる事が“沢山”あるから、

ついて行けって言えばい…ッい

いたたたたッ!?痛いッス!!」


しかし彼が言葉を言い終えるより前に、

リハイトの手が出た。


正確には足……

リハイトの足が、グリフィスさんを何度も攻撃している。

ドスッ、ドスッ……と鈍い音が響くあたり、

たぶん本気で痛いと思う。


「余計な事言ってる暇があるなら、

とっとと行け、チャラの助」


「ウィッス」


あ……呼ばれ方、それでいいんだ。


ヘンテコな呼び名をされても尚

ニコニコしているグリフィスさんに若干呆れつつ……

私は彼の班に加わった。




✿ ✿ ✿ ✿






リハイトの班と別れたあと。

グリフィスさんは手短に、訓練の注意事項を伝え始めた。



「んじゃ全員よーく聞け〜?

ここら辺地盤ユルッユルだから

足元、気を付ける事〜

あとこの地区の魔物はマジで強いから、油断すんなよ?

気ぃ抜いてっと死んじまうぞ〜」


軽い口調とは裏腹に、言葉の内容は物騒だ。


「特に、最近”変異種”増えてるらしいから、

異変感じたらソッコーで

俺かリハイト様に報告する事〜。

変異種はシャレにならんレベルでめんど〜だし、

独断で倒そうとか考えんなよ?

……わかったか??」


『はい!!』


グリフィスさんの問いかけに対し、

班員達はやる気に満ちた声で返事をする。


「おっけー。

じゃあ、訓練開始していいよ」


するとグリフィスさんはサラッとそう言って、

魔物討伐開始許可を出した。

……そして、そのまま一人でフラッとどこかへ行ってしまった。


……え。

リハイトにはついて行けって言われてたけど、

見失っちゃった……。



「……。」


というわけで、

私は仕方なく単独で魔物討伐をする事になった。




✿ ✿ ✿ ✿





「ふぅ……ホノ。

まだ魔法、使えそう?」


討伐開始から約一時間……。

私は一人でも対応できる魔物を選びつつ、訓練を続けていた。


魔物の死骸が小さな山になってきたので、

ホノの様子を伺えば……


『モキュ!!』


と、元気で可愛い声が返ってくる。

私はそれを聞いて小さく笑い、

自分の武器を握りなおしながらもう一度口を開いた。



「そっか……よかった。

でも、もう少し倒したら休憩しよっか」


ホノも疲れてるでしょ?と聞けば、

ホノはまた元気に『モキュ!』と鳴いた。





「小隊長、お疲れ様です」

「一人でこれだけ倒したんですか?

さすが隊長格ですね……」

「魔力回復ポーション、足りてます?

余ってるんで、よかったら」


しかし次の魔物を見つけるより前に、冠雪の魔獣隊――

おそらくグリフィスさんの班員達と合流した。


「あ、お疲れ様。ありがとう!

ポーション、ちょうど少なくなってたから助かる……。

皆は、魔物たくさん倒せた?」


受け取ったポーションに礼を言いながら尋ねると、

班員達は揃って頷いた。


「勿論です!」

「私、頑張りましたよ!」

「十匹以上は倒せたと思います……あ、勿論一人で!」

「一回魔力切れかけたくらいは倒しましたよ」


「そっか、それは安心だ。

お互いお疲れ様だね」


改めて労いの言葉を伝えると、

私は受け取ったばかりのポーションを一気に飲み干した。

体内に魔力が満ち、感覚が一気に冴える。

……これならもう一回、

小さな山になるくらいの魔物を倒せそうだ。




「あの……小隊長は討伐してる時、

ここの魔物、強いと感じました?」


そうして一人元気になっていると、

突然班員達が……

まるで秘密話でもするかのように、小声でそう聞いてきた。


「え……?

言われてみれば……割とサクサク倒せてた、かも?」


そう答えると、

班員達は顔を見合わせ……それぞれ考えを口にし始めた。


「グリフィス隊長は、この地区の魔物が

"強い"と言ってましたよね……。

けど、正直……そこまで苦戦してないっていうか…」


「想像してたより弱いよな……俺も思ってた。

あれってさ、変異種の事だったんじゃね?」


「あー!確かに!

俺、変異した魔物についての資料で見たけど、

本当にヤバいらしいぞ」


どうやら皆、グリフィスさんの忠告は“変異種”を指していたのではないか、という結論に至ったようだ。


……まぁ私も、今のところ

怪我するほど危険度の高い魔物には遭遇していないので、

その可能性は高いと思う。


「……。」


……でも、変異種か。

できれば、会いたくないな。


私は、初めてこの国に来たあの日――

アルテと共に戦った“巨大化てる坊”を思い出し、

無意識に身震いした。


ゔぅ……思い出すだけで嫌になる。

変異種の魔物は、通常の個体と比べて凶暴性が高いし、強いし……

弱点が変わったり、身体が巨大化したり、

瘴気濃度が高くなるんだったよね……恐ろし。



「……私は、前に一回遭遇した事あるけど。

あれ、恐ろしく強かったよ」

……アルテでも、苦戦してたし。


当時の事を振り返りながらそう呟けば、

班員達も少し震え上がった。


「え……それって、

私達でも倒せないレベルなんですか……?」


班員の一人が不安そうな声を上げる。

すると、それに応えるように別の班員が口を開き…


「……でもさ、俺達。

この地区の魔物、余裕で倒せたし……

ぶっちゃけ、いけるんじゃ――

……って、なんだアレ?」


その言葉を、途中で止めた。


「……?」


その班員は、不審な物でも見るかのように

遠くを睨めつけている……。

不思議に思い、

私達もその班員の視線を追って、つられるように視線を向けた。




――そして、見た。



そこにいたのは、魔物。

朱華色の……魔物。



「朱華の……”朱華隻眼坊”」


私がその名を口にすると、

班員の一人が首を傾げる。


「朱華隻眼坊って……

やっぱこの地区、弱い魔物しかいないんですかね?」


「いや……」


”朱華隻眼坊”は、白練てる坊よりも凶暴で厄介な魔物だ。

とはいえ、

てる坊同様……数匹程度なら、脅威にはなりにくい。



……だが。

今、私の目に映るその個体は

明らかに、おかしかった。


纏っている瘴気濃度が、異常に高いのだ。

あれはまるで、デボティラの時と同じ……。

攻撃魔法を無効化しかねないほどの、濃く、重い瘴気。


「ッ……!」


――間違いなく、変異している……!


「ッ、あの魔物……変異種だよ!

すぐグリフィスに報告しないと!」


自分達が遭遇した魔物が変異種だと気づいた瞬間、

私は思わず声を張り上げた。


弱点が見えるこの力があっても、

そもそも魔法が無効化される相手だとしたら——

私達だけでは、どう考えても倒せない。



しかし……


「大丈夫ですよ、小隊長さん!

だってアイツ、白練てる坊の上位種ってだけで、

そこまで強い魔物じゃないですし!

俺達だけでも倒せますよ!」


「そうそう。

とっとと倒しちゃいましょ」


班員達は、アレが完全に“通常の”隻眼坊だと、信じ切っているようだった。

逃げる様子も、警戒する素振りもない。

それどころか——

自分達だけで討伐しようとしている。


どうやら全員、

リハイトやグリフィスに報告する気など、ないらしい。


「ッで、でも……!

多分、魔法……効かな……」

「少し身体が大きい個体なだけですよ、きっと!」


止めようと声を上げても、

私の小さな体では彼らを制する事などできるはずもなく——


「見ててください、小隊長!

俺ら魔獣隊は全員、強いんです!」


やる気満々のまま、

班員達は、隻眼坊の方へと向かっていってしまう……。


「ッ、いやいやいや!

よく見て!冷静になって、みんな!

瘴気の量とか、見た目とか……

どう見ても、おかしいって!!」


「気のせいですよ」


次々と魔物へ向かっていく背中を前に、

私は必死に叫び続けた。



「確か隻眼坊の弱点って、

てる坊と同じで水だったよな?」


「あぁ!

こんなやつ、水の基礎攻撃魔法で一撃だ!」


——そして、最悪の一手が放たれる。


『精霊よ、我らに力を!

アクアテーション!』


……それも、

よりによって基礎攻撃魔法。



「ほら! 見ましたか小隊長!

俺の攻撃、効い——」


魔法が当たった事に安心したのか、

班員の一人が嬉しそうに振り返った。

……その瞬間。


「?!うしろッ!!後ろ見て!!」


「……え」


——恐れていた事が、現実になった。



案の定……

隻眼坊は、身体に纏った高濃度の瘴気のバリアで、

魔法を完全に無効化していたのだ。


「あ……あぁ……そん、な……」


……そして、

変異しているのは瘴気濃度だけではなかった。

隻眼坊は——凶暴化していたのだ。


「う"……ぐッ……なん、で……」


班員の一人が、隻眼坊に噛み殺された。

本来はただの布の魔物であるはずの口元には、

夥しい数の牙が生えている……。

——やっぱり……こんなの、異常だ。


「え、おい……お前しっかりしろよッ!

なんで、こんな雑魚相手に……あ……」


血塗れの班員に駆け寄った別の班員も、

次の瞬間には隻眼坊に——


「ッ、い……いや……

いやあぁぁぁぁ?!」


近くにいた他の班員達も、逃げる間もなく襲われていく。



「ッ、だめ!!みんな逃げて!!

誰かッ! 誰でもいい!

グリフィスさんに報告してきて!!

私が引き付けるから!!」


三人目が襲われて、ようやく。

震える身体を無理やり動かして、私は隻眼坊の前へと出た。


「しょ、小隊長……」

「早くッ!!

リハイトでもいいから!!」


「は、はいッ……!」


——なんとか、

怪我をしていない班員数名だけは、逃がす事ができた。

けれど……本当に怖いのは、ここからだ。


『勝算を立て、弱点を探れ……

ウィークネスライズ!』


今から一人で、

リハイトかグリフィスさんが来るまで——

この隻眼坊を、どうにか対処しなければならない。


「ッ、弱点は……火と、土!!」


弱点は見えた。

けれど、やはり魔法は効かない。

威力を上げたところで、

無効化されるなら意味がない……。



「一丁前に引き付けるなんて言っちゃったけど……

ど、どど、どどどうしよぉぉ?!」


とりあえず遠くにいる二人に聞こえるよう、

場所を伝えるしか思いつかなかった私は、

恥も外聞もかなぐり捨てて、奇声を上げ続けた。


……だが隻眼坊は速く、容赦がない。


攻撃は当たらず、逃げ続ければ体力が削られていく。

走る速度は落ち、何度も食べられそうになった。

「ッ……ゔ……」

奇声のせいで喉は焼けるように痛み、

隻眼坊以外の魔物を倒しながら無理に進んだせいで、

回復したばかりの魔力も底を尽きかけていた。


……くるし……い。

早く……リハイト……グリフィスさん……。

私、もう……すぐ、限界……。


何匹目かも分からない魔物を倒した瞬間、

視界がぐらりと揺れた。


……あ。

——魔力が……切れた。


そう理解した途端、

身体が前のめりに倒れ、地面に伏す。

体力も尽きた。起き上がる力すら残っていない。

ホノの姿も見えなかった。




「……え……私、死……ぬ?」


朦朧とする意識の中、

口から零れたのはそんな言葉だった。



……いや、これはどう考えても死ぬでしょ。


状況があまりにも絶望的すぎて、

脳だけが妙に冷静になっていく。

目を開けているのも辛くなり、私は瞼を閉じた。





「……。」


——それでも、意識だけは手放せなかった。


それは……


『依代……いや、エタン!!まだ諦めるな!

ヤツは今、お前を見失っている!

身を隠せ!無理やりでも……苦しくても、動くのだ!!』


……タルタニュクス様の声が、

頭の奥に響き続けていたから。



「……は、はは……

相変わらず、無茶……言うなぁ」


珍しく切迫した声に、思わず笑ってしまう。


でも、でもさ……

諦めるなって言われても……もう、無理だと思う。

身を隠せる場所なんて、ここには無い。

最後に倒した魔物だって、

小さ過ぎて影に隠れる事も叶わないだろう……。


「ごめんなさい……タルタニュクス様……。

私、英雄の皆を……

もっと……ちゃんと、支えたかった」


『?!何を言って……

ッエタン……エタ……エタンーー!!』



「はは……。呆気ないなぁ……。

やっぱりこの世界で、命って……

軽いものなんだね……」


何度も身体を動かそうとして、

そのたびに失敗した。


『──。』


そうしているうちに、

意識を繋いでくれていた声は、遠のいていく。



……私、何もできなかったな。

英雄達に、何ができただろう。

せいぜい、ちょっと心を癒したくらい……?

——いや、全然足りないよね。


そうやって走馬灯のように過去を辿っていると、

タルタニュクス様の声は、完全に聞こえなくなった。


「……あ」


代わりに、

視界に映るのは──朱華色の魔物。

……あぁ。

間に合わなかった。




「みんな……ごめんなさい」


そう呟いて——

私は、これから降り注ぐであろう痛みと衝撃を覚悟し、静かに瞳を閉じた。


















──ぎゅ、ぎゅあ"ア"アァァァ?!


……けれど。




いつまで待っても、

想像していた攻撃は降ってこなかった。


「……?」


それどころか、耳に届いたのは——

隻眼坊の、苦しげな叫び声だった。



……どういう、事?


訝しんで……

私は、恐る恐る閉じていた目を開く。


「……!」


すると視界いっぱいに広がっていたのは、見覚えのある……

いや……見慣れすぎた光景だった。


宙に浮かび上がる守護の魔法陣。

そこに刻まれているのは——“竜の紋章”。


「……は?」


状況が飲み込めず、間の抜けた声が漏れる。



だって、これは……この守護魔法は……

ここにいるはずのない存在の力だ。


「う……うっそでしょ……

そんなの、あり……?」


いつ魔法かけたの?とか、どれだけ過保護なの?とか……

言いたい事は山ほどあるはずなのに——

もう一周回って、

笑いしか込み上げてこなかった。



……私、何回アルテに助けられてるんだろ。



「……やっぱり、

まだ足りないよね。恩返し」


アルテの魔法に包まれて、

私はほんの少し体力を取り戻した。


回復したのは主に気力だったけれど——

それで十分だった。

だって、まだ、動ける。



「ッ死んでる場合じゃないから……

やっぱり逃げさせてもらうよ、隻眼坊!!」


そう言って、

私は気合いで立ち上がる。


身体はボロボロだったけれど、

足はちゃんと動いた。



アルテの魔法が消える前に。

タルタニュクス様の言葉通り、隠れなきゃ。

——今は、生き抜ければいい。

……それで、また英雄達に会うんだ。


私は必死に、ただ足を動かした。

背後で、守護魔法が消える音がする。


「ッ……!」


急げ……急げ、急げ急げ急げッ!!

全力で走って、ようやく大きな木を見つけ——

そこに身を隠そうとした、その瞬間…


「あ〜ぁ〜……苦戦しちゃって〜……。

てかコイツ、変異種じゃん。

コイツの場合はさぁ、こーやって……

まず目玉を抉り出さネーとッ!」


……隠れる、前に。

ずっと待ち望んでいた救世人が現れ、

私が死に物狂いで逃げていた変異隻眼坊を——

いとも簡単に討伐してみせた。



──ぐちゃり、と。


朱華色の隻眼坊が、

湿った不快な音を立てて地面に転がる。



「うえぇ……

血塗れベトベト、気持ちわりぃ……」


「……グリ……フィスさん……」


体液で汚れた服や髪に顔を顰めながら、

グリフィスさんは隻眼坊の死骸を解体し始めた。

恐らく変異種調査用のサンプル採取だろう。


……これで、少しでも対処法が増えればいいんだけど。



「すげ〜ね、探偵ちゃんは。

変異種相手に、怪我だけで済んだんだ?

……ボロッボロだけど」


グリフィスさんは、サンプルを採取しながら私に話しかける。

……器用な人だな。


「ッ、す……済んでなかったら……

……ヤバいでしょ……」


本当はさっきまで死にそうになっていたなんて、

とても言い出せなくて……私は目を伏せる。


「そりゃそーだけどさ。

この星じゃ、人の命なんて

バンバン散ってくもんじゃん?」


凶暴化してたし、隊員何人か殺られてるかもな〜。

彼がそう続けた言葉に、

犠牲になった班員三人の姿を思い出す。


「……そう……だね」


言葉が出てこなくて、

私はさらに視線を落とした。



自分が身をもって体験した命の軽さ。

唐突さ、呆気なさ……。

それら全てが記憶に新しく、容易に……蘇ってくる。



「まぁ……とにかく。

嬢ちゃんは偉い偉い。

一人で、よく頑張ったね〜」


隻眼坊の体液を拭き取った手で、

グリフィスさんは私の頭を撫でた。


「……偉くないよ。

だって私、皆を守れなかった。

逃げただけだよ。倒せなかった」


首を横に振ってそう言っても、

それでも……彼は撫でるのをやめなかった。


「そりゃ、倒すための知識が

足りてなかっただけッしょ。

変異種に限らず、魔物の中には

倒し方がメンドーで複雑なヤツもいンの。

俺はそのへんベンキョーしてたから倒せたけどさ。

初見だったら、フツーに勝てネーし?」


「……でも私、ちゃんと弱点

見えてたのに……」


「それは経験で

カバーしてくしかないっショ。

生きてるなら何とかなるし、

今からもっとドリョク、

していけばいーんじゃネーの?」


「……そう、する」


会話しているうちに、自分が限界寸前だった事を思い出す。

犠牲になった班員達の事を考えると、胸が重くなり、

また倒れそうになった。



「あーぁー……マ〜ジで弱ってんね……。

魔力回復ポーションしかないけど

マシになると思うし、飲んどきな」


差し出されたポーションを飲むと、

一気に身体が軽くなる。


「……そんなに自分を責めないでほしいんだけど…。

てか、俺がもっと変異種倒してれば

犠牲者出さなくて済んだかもだし……。

責任は、班のリーダー任されてる俺にあるんだからさ」


ため息混じりにそう言ったグリフィスさんの言葉に、

私は目を丸くする。


「え……

グリフィスさん、今日ずっと

変異種と戦ってたの?」


あんな魔物を……何匹も……一人で?


「そーだよ。

最近マジで数増えてて厄介、骨折れるわ〜……。

まぁ……まだ討伐しそびれたヤツいるみたいだし。

もうちょい働くとしますか」


彼は自分の汚れた隊服を軽く叩きながら立ち上がると、

そう言って立ち上がった。




「……私も、行く」


そんなグリフィスさんの服の裾を、

私は掴んだ。


「……は?」


途端振り返ってきた彼の表情は、

さっきの私と同じくらい驚いていた。



「い、いやいや、休んでなって!

俺、治癒魔法得意じゃねーし?!

治してやれねーからね?!」


案の定思いっきり止められたが構うものか。

ここで引く訳にはいかない。

私は戦い方を学ばなければ……強くならなければならないんだ。

じゃないと、英雄の皆を支えられない。

簡単に死んでなるものか。


……そんな強い想いが、私の心や身体に力を与える。



「だって今思い出したけど、私

リハイトから“グリフィスさんについて行け”

って言われてたもん。

学べる事、“沢山”あるんでしょ?」


わざと意地悪な表情を作って

グリフィスさん本人の発言を取り上げれば、

彼の顔が引き攣る。

自分で言ってしまった手前、撤回するのも難しいのだろう。



「……ッあーもー!

怪我悪化しても知らねーからね?!」


結局、根負けしたのはグリフィスさんだった。


少々荒々しい口調でそう言った彼は、

亜空間から包帯やら薬やらの医療品を取り出すと、

応急処置を施してくれる。



「……治癒魔法も、教えて」


「え、もしかして耳機能してない?

俺治癒魔法は苦手だって、さっき言ったよね?!

てか、治癒隊の訓練で教わったっしょ?!」


——何だかんだ言って面倒見のいいグリフィスさんに

我儘を言えるくらいには、私の体力や気力は回復していた。




リハイトの言う通り。

この人から学べる事は、きっと多い。


私はそう期待して——

ほんの少し、笑った。





✿ ✿ ✿ ✿






「てかさ、嬢ちゃん……

ずっと気になってたんだけどさ。

翠嵐様……ここに来てた?」



応急処置が終わり、私も問題なく立ち上がれるようになった頃。

不意に、グリフィスさんがそんな事を聞いてきた。


「え……なんで?」


「いや、気のせいかもしんねーけど。

この辺の魔力が、なんか……」


言葉を濁しながら、周囲に視線を巡らせる。

その様子を見て、私は一瞬不思議に思ったけれど——

すぐに、腑に落ちた。

あれだけ高度な守護魔法を展開した直後だ。

魔力の痕跡が残っていても、何らおかしくない。


試しに、回復したばかりの魔力を少し使って探知してみると——

視界に映ったのは、想像以上に濃密なアルテの(まりょく)だった。


「うーん……まぁ、本人は来てないけど。

確かに、さっきここで

守護魔法は発動したよ……アルテの」


「え?

なんで、ここにいねーのに

翠嵐様の守護魔法が発動すんの?」


私の発言に、グリフィスさんは首を傾げる。

それはもう……本当に不思議そうに。


「……私に、守護魔法

かけてくれてたみたいで……」


そう答えると——

今度は、信じられないものを見るような目で見られた。


「え、なに……

嬢ちゃん、もしかして翠嵐様のオキニ?」


「オキニっていうか……

その……友達、だよ」


「英雄と友達ってマジか……。

すげーな……俺でも恐れ多いっつーか、

考えらンねーわ」


アルテとの関係を話した途端、

グリフィスさんはさらに目を丸くして、

本気で驚いている様子だった。


「ま、嬢ちゃんくらいの図々しさなら

有り得なくもないけどね」


「失礼な……」


しかしその直後、

面白いものを見るような目でそう言われる。

……なんなんだ、この人。



「褒めてるんだよ」


「絶対、貶してる」


「やだなぁ〜、ホントに尊敬してるって」


「嘘付け」

「信じてよ」


そんな言い合いをしながら、

私たちは次の変異種を探して歩き出した。


……少し前まで死を覚悟していたとは思えないほど、

不思議と足取りは軽かった。



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