秘宝の石版
「さぁアンタ達!
今日も張り切って訓練するよ!」
「魔力切れを起こさないように、
注意しながら頑張ってね」
『はい!』
アリアとソフィアの声に、
隊員たちが一斉に声を揃える。
治癒隊の訓練内容は、ひたすら患者を治療し続ける事。
言葉だけ聞けば簡単そうだが、
実際に求められているのは高度な治癒魔法で、
それを連続して使い続けるとなると、かなり過酷だ。
ちなみに、
ここにいる患者たちは帝国の病院から運ばれてきた重症者ばかりで——
「病院より治りが早いから」という理由から、
自ら“被検者”として訓練への協力を申し出てくれた人たちだった。
魔法は奇跡の力だ。
確かに傷はあっという間に塞がる。
けれど病院と違って、自然治癒の過程を挟まない分、患者自身の回復力が一時的に落ちてしまう。
それが、この訓練における数少ないデメリットだった。
「おや?探偵、アンタ元気がないね。
どうしたんだい?」
私が黙々と患者に治癒魔法をかけていると、
アリアが顔を覗き込みながら声をかけてきた。
……わかってるはずなのに。
私の元気がない理由が、さっきの——ソフィアとの会話の影響だって。
そう思いつつも、私は首を横に振る。
「……え? あ、いや、えっと……ううん!
なんでもない! 私も頑張る!」
「そうかい? ならいいけど……」
けれど、アリアの様子を見る限り——
もしかしたら……
ソフィアが最後に話した、あの秘密。
そして私に託された“約束”の事を、アリアはまだ知らないのかもしれない……。
「……体調が悪いんなら、
無理するんじゃないよ?」
「うん!」
……どうやら本気で心配させてしまったようだ。
体調が悪いわけじゃない。それは本当。
ただ——
心が、妙にざわついているだけで。
家族であるアリアにも打ち明けていない“あの秘密”を、
どうしてソフィアは私に話したのか……。
その理由が、
どうしても気になっていた。
✿ ✿ ✿ ✿
「た、大変です!!」
訓練場に響いた切羽詰まった声に、
隊員たちは一斉に手を止めた。
駆け込んできたのは、どう見ても軍人ではない人物……。
私も思わずそちらに目を向ける。
「どうしたの?! 一体何が?!」
真っ先に駆け寄ったのはソフィアだった。
彼女の問いに、息を切らしたその人は言う。
「それが……ソフィア様のご指示通り、
教会の地下を調査していたのですが……
そこで、怪しげな“石版”が見つかりました」
「……ッ?!
わかった。今からすぐに向かう」
それだけ言うと、ソフィアは即座に決断した。
状況を掴めず戸惑っているのは、私だけじゃない。
周囲の隊員たちもざわつき始める。
「え? なに?
ソフィア……どういう事?」
先の疑問も残る中、これ以上の疑問を抱えたくなくて……
私は、ソフィアの服の端を引いて問いかける。
「……探偵ちゃんも来てくれる?
教会で説明したいから」
すると、そう言って、
ソフィアはまっすぐ私の目を見た。
——隠しはしない。
——何もかも話す。
……その瞳が、
そう語っている気がした。
「……わ、わかった」
「アリアは訓練を続けていてくれる?」
ソフィアの、いつもより迷いのない判断に押されるように頷くと、
彼女はアリアにそう言い、私の手をぎゅっと握った。
「うん、任せな!
隊員全員、きっちり鍛えといてやるよ!」
「ありがとう……行ってくる」
何の説明もないまま、
それでも笑顔で送り出すアリアは本当に凄いと思う。
こういう時、
彼女達が心から信頼し合った“家族”なのだと、改めて感じるのだ。
✿ ✿ ✿ ✿
「そういえばソフィア、
今からカテドールフェアリーに行くんだよね?
遠いし……いつもみたいに飛行魔法使うの?」
飛行魔法を使っても、到着は早くて夕方……。
遅ければ夜になる距離だ。
「ううん。実はついこの間、
リハイトさんが開発してた
移動装置が完成したらしくて……」
ソフィアは首を横に振り、続ける。
「その完成品が、
うちの部隊にも届いたんだ」
……なぜか、
目をきらきら輝かせながら。
「え、これって……あの時の……」
私はそれを見て、
思わず表情を引きつらせた。
「一瞬で移動できるから、
魔法移動装置とか魔法転移装置って
呼ばれてるみたい。凄いよね!!
これで帝国中の移動が楽になるよ!
遠い所にも気軽に行けるし——
あ、大丈夫だよ!
ちゃんと動くって言ってたから!」
楽しそうに語りながら、
ソフィアは魔法転移装置のスイッチを入れる。
——その瞬間、
私は試作品を使ったあの夜を思い出し、全身を強ばらせた。
「……ソフィア。
これ、届いてから使った事あるの?」
「ないよ!」
「勘弁して……」
そういえば、ソフィアはあの夜、王都ヘブンキャスタには行っていなかった。
知らなくて当然か……と、今さら気づく。
便利なのは確かだけど、どうにも落ち着かない。
転移って、
物理法則を無理やりねじ曲げてる感じがして……
身体が“あるはずのない動き”をしている、あの感覚がどうしても苦手だ。
「……。」
——でも、そんな私の小さな都合なんて、関係ない。
今は、行くしかない。
私は覚悟を決め、
魔法転移装置に身を委ねて、
ソフィアと共にカテドールフェアリーへ向かった。
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「デボティラは、いつもここには絶対に入らせてくれなかった。
だから怪しいとは思ってたんだけど……
まさか“石版”が見つかるなんて……」
転移後。
ソフィアに連れられて、
私はカテドールフェアリーの元教会——
その地下へと足を踏み入れた。
地下は薄暗く、空気がひんやりとしている。
静かすぎて、逆に不気味だった。
そんな中で、
ひときわ目を引くものが視界に入る。
——不思議な石版。
「……あれ、なに?」
思わず呟きながら近づくと、
ソフィアがそれに手を触れた。
「これは“秘宝の石版”だよ」
「秘宝の……石版?」
聞き慣れない名前に、私は首を傾げる。
ソフィアは静かに頷き、石版を軽く叩いた。
「そう。この世界に、もう数枚しか残っていない
特別で、とても希少なものなの」
「ッ……?!」
——その瞬間。
石版に触れた指先から、淡い光が波紋のように広がり、
中心部から、ゆっくりと文字が浮かび上がった。
「……っ」
私は目を見開く。
これ……内容が……!!
「うん。つまりね、あの像は——」
「ッ読めない!!!」
「…………え?」
浮かび上がった文字は、すべて古代語。
一文字たりとも理解できなかった。
隣でソフィアが、
丸く目を見開いてこちらを見ているのが分かる。
「……。」
気まずい沈黙。
私は自分の知識不足を、
心の底から呪った。
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『我々生き物は、
とても軟弱で自分勝手な存在であり、
神が存在しない世界では生きられない。
しかし創造神亡き今、
この世界にいるのは、
邪神という名の破壊を司る神のみ……。
……この星に、
新たな神を招く事も出来ぬ無力な我々は、
星と共に消滅していく運命にある。
私の同胞は皆その事実に発狂し、狂い……
破壊の神を信仰し始めた。
そして遂には、我らが偉大なる創造主達の象徴……
"創造神の像"を破壊し、"邪神の彫像"と"虚無の彫像"を創った。
邪神の像には、強力な呪いの力が込められており、
創造神の加護を弱める邪悪で恐ろしい術がかけられていた。
虚無の彫像にも同じように
恐ろしい呪いが込められていたようだが……
私の同胞……破壊者達が持ち出してしまい、在処は分からない。
片方だけでも呪いを解くために
私は何度も邪神の彫像を壊そうとしたが、
その彫像はとても頑丈で……
私のようなただの人間には、壊せなかった。
だがせめて、
姿形だけでも創造神を忘れぬように、
我ら生き物の創造主………
"生き物の神"を模した像へと、作り変えた。
見た目は創造神の像だが、
この彫像は紛れもなく呪われた彫像であるという事を、
決して……忘れてはならない。
邪神の彫像は、
神の加護が最も残る神聖なエルフの里に託そうと思う。
いつか……
この石版を見つけた者が、
創造神の力を阻害するこの像を、壊してくれると、
信じて……ここに記す』
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ソフィアが古代語を解読してくれたおかげで、
私はようやく、石版に記された“真実”を理解する事ができた。
「……ここに刻まれている内容はね、
全部、本当にあった出来事と真実だけなの」
ソフィアはそう言いながら、石版を見つめる。
「秘宝の石版は、
普通の石版と違って“偽り”を記録できない。
だからこそ、特別なの」
そう言って、
彼女は再び石版を軽く叩き、文字を消した。
「つまり……この内容って……」
私はそこまで言いかけて、言葉を飲み込んだ。
ソフィアは、そんな私の反応を見て静かに頷く。
「多分、デボティラは知ってたんだと思う。
あの像が、創造神の加護や力を
抑えてしまう存在だって事」
「……。」
私は思わず頭を抱える。
教会の中央に置かれていた、あの像。
まさか、邪神の呪いを宿したものだったなんて——
まったく気づかなかった。
でも、それなら……。
あの時、
ソフィアが“神様の声”を聞けるようになったのは……
彫像が壊れて、呪いが解けたから?
「……。」
——そう考えると、辻褄は合う。
そんな思考を巡らせていると、
ソフィアは天井を見上げながら、ぽつりと語り始めた。
「ここね、元々は教会じゃなかったの。
あらゆる神様のための休息の場……
“天泣神社”だったんだよ」
「……神社?」
「うん。
デボティラがここを教会に変えたのは、
十年前の大戦争で、私の両親がいなくなってから」
ソフィアは、記憶を辿るように言葉を続ける。
「……きっとその頃から、
彼女は“破壊者”と関わり始めたんだと思う。
あの時、神社は……不自然なくらい突然、崩壊したから」
そして、静かに結論づける。
「神社を教会にしたのは、
景観にそぐわない像を置くため。
それと……私に聖書を読ませて、
彼女の思い描く“理想の神”を
この世界に創るためだったんだと思う」
「……」
私は頷いた。
デボティラの言動を思い返せば、
すべてが一本の線で繋がる。
「……でもさ」
そこでふと、疑問が浮かぶ。
「どうして邪神の彫像は壊れたんだろう?
この人……石版の人は、壊せなかったみたいなのに」
「……確かに」
私の疑問に、ソフィアも腕を組んで考え込む。
「……分からない。
悪魔化したデボティラの力が強かったのか、
破壊者が創ったものは、
破壊者にしか壊せないのか……
可能性が多すぎる」
「……だよね。全部ありえる」
並べられた仮説に、私はそう言って頷く。
——でも。
少なくとも、今回の騒動で
邪神の彫像の呪いは解けたと考えてよさそうだ。
最近、ソフィアが“声”を聞ける頻度は確実に増えている。
少なくとも、呪いが強まったりはしていないだろう。
……まあ、何かあったらまたぶっ壊せばいいしね!
最終的に、
私はいつも通りの脳筋な結論に辿り着いた。
……為せば成る。たぶん。
「……あのね、探偵ちゃん」
一人で頷いたり、軽くガッツポーズをしていたところで、
不意にソフィアが声をかけてきた。
……また変なところを見られてしまった。
「え、あ、うん。どうしたの?」
はたから見たら愉快過ぎるであろう自分の行動を反省しながら、
私はソフィアに向き合う。
「私ね……あの日から、ずっと考えてたの」
ソフィアは静かに、けれど確かな声で続ける。
「デボティラのした事は、間違ってた。
……それでも、彼女が望んだ“理想の世界”は……
私も、見てみたいと思った」
そして、決意に満ちた瞳で私を見る。
「だからやっぱり私は、
デボティラとは違うやり方で、この世界を変えるよ。
もちろん……良い方向に」
最後は少しだけ恥ずかしそうに、
それでも真剣に問いかけてきた。
「……だから、探偵ちゃん。
応援……してくれる?」
「——当然!!」
私は即答した。
これ以上ないほどの、満面の笑みで。
……そして、この時ようやく理解した。
ソフィアが、家族であるアリアに
“あの約束”を頼めなかった理由を。
「……こんな事、相談できるのは
英雄のみんなか、探偵ちゃんしかいないんだ。
アリアもね……ああ見えて、苦労してるみたいで……
家庭の事情で、あまり余裕がないから……」
そう呟く彼女の声は、
とても小さい。
「これ以上、彼女の負担は増やせない。
……増やしたくないんだ」
困ったように笑うソフィアを見て、
私は胸の奥が、きゅっと締めつけられた。




