隠し事
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《コンド視点》
〜帝国軍本部・英雄室〜
レインと僕は、カテドールフェアリーで起きてしまった一連の事件――
デボティラによる宝珠悪用事件、
芸術心祭での料理への毒混入……そして、
それを、フォンリーマリーの第一王子であるリアムが口にしてしまい、中毒症状に陥った件――
それらの後始末に、ひたすら追われていた。
ソフィアの宝珠はすでに回収し、保管済み。
デボティラの葬儀も……無事、終わったと聞く。
残るは復興作業だけか……。
カテドールフェアリーの方は、ひとまず大きな問題はなさそうだ。
毒入り料理の件は、未だ犯人が特定できていないが……それでも、リアムが無事に回復してくれたのは、何よりだった。
……とはいえ、
デボティラがこの件に関わっていないとなると、
犯人は一体、誰だったのか――。
「……。」
そんな憶測混じりの思考を巡らせながら、ようやく膨大な書類を片付け終えた頃には、窓の外から差し込んでいた夕陽もすっかり姿を消していた。
結局、
僕達はこの数日間を、後始末だけで潰してしまったのだ。
思わず、深い溜息が漏れる。
「ようやく落ち着いたわね……。
これで明日からは、強化訓練に力を入れられそう」
レインは書類の束を整えながらそう言うと、
僕以上に大きく息を吐いた。
「……レイン、
その事で相談があるんだ」
そのまま席を立とうとした彼女を、僕は呼び止める。
「相談……?何かしら?」
不思議そうに首を傾げながらも、きちんとこちらに向き直り、話を聞く姿勢を取ってくれるレイン。
それを確認してから、僕は話を続けた。
「僕はこれから、長期に渡って
皇帝業務の勉強に専念したいと思ってる。
……本格的に、次期皇帝の選定が始まるからね」
視線を逸らさず、はっきりと伝えると、
レインは迷いなく頷いてくれる。
「わかったわ。
特別演習以外にはなってしまうけど、
その期間は、貴方の隊を私達四人で分担して預かる。
後の事は任せて、貴方はやりたい事に集中してちょうだい」
あぁ、なんて頼もしいんだろう……。
優しく微笑む彼女を見て、
僕は頭が上がらない思いで一杯になった。
「ありがとう、レイン……。
君達はカテドールフェアリーの復興もあるのに……
負担を増やしてしまって、ごめん」
色々と、せっかく一区切りついたところなのに……申し訳ない。
そう思いながら言葉を続けると、レインは静かに首を横に振った。
「気にしないで。
それに最近は、頼れる部下も増えたから……問題ないわ。
…まぁ正直、今は強化訓練さえ……時間の無駄に思えてしまうけれど」
「……そうだね」
"強化訓練が時間の無駄になる"――
その言葉に、胸の奥がきしむような感覚を覚えながら、僕は否定せずに頷いた。
本来、強化訓練は軍全体の戦力を底上げする為の、極めて重要な行事だ。
それでも、僕達がこんな考えに至ってしまう理由は――はっきりしている。
……つい先日の事。
英雄力早期覚醒の為、アロマルム様の神殿を訪れたリハイトとアルテ、そして探偵が、
そこで"邪神復活の兆し"を告げられたと聞いた。
――"三年後、邪神の封印が解けるだろう"……。
……と、明確に、
そう告げられたという。
邪神との決戦───。
それは、英雄としての最大にして、最後の役割だ。
勝てば、僕らはこの立場から解放され、
帝国だけでなく、瘴廃国も――
この星、すべてを取り戻せる。
「……。」
だが、負ければ……
すべてが壊され、星ごと消されてしまうだろう。
命を賭した、絶対に負けられない戦い……。
それが、刻一刻と近づいている。
だからこそ……
隊員達に割く時間すら、惜しく感じてしまうのだ。
……僕らには、時間が無い。
英雄力の完全覚醒以前に、五つの宝珠を揃える事すら、まだ果たせていないのだ。
……焦らずにいられるはずがなかった。
「……たった三年。
あと三年しかないのね……」
ふと、レインの小さな呟きが耳に届く。
視線を向けると、
彼女は自分の手をぎゅっと握りしめていた。
その表情は、あまりにも辛そうで――まるで、
今は亡き"神"に何かを祈るかのような……
強い哀訴の念すら感じさせる。
……そういえば。
リハイトやレイン、ソフィアは、
あの日を境に、目に見えて元気が無くなった。
邪神との戦いが、敗北の許されない大戦である以上、
恐怖や不安を抱くのは当然だ。
……だから最初は、
単に負けた時の事を不安がって怯えているのかと……
ただ、それだけの理由だと思っていた。
「……。」
けれど……正直、
三人が"それだけ"で、ここまで悲観的になるとは考えにくい。
……ならば、英雄の中で、
僕だけが知らない"何か"があるのだろうか。
……と、そうも考えたが――
様子がおかしいのは、その三人だけで、
アルテは特に変わった様子を見せていない。
…だから、それも違うのかもしれない……。
「……レイン、大丈夫?」
本当は聞きたかった。
仲間達が抱えている事情も、
知っている事も、考えている事も。
……何も教えてくれない事が、
どうしようもなく、もどかしくて……。
……それでも、
「……。」
それ以上踏み込めず、
僕はその一言だけを投げかけた。
「あ……ええ、ごめんなさい。」
レインははっとしたように顔を上げ、すぐに落ち着きを取り戻すと、いつもの調子で口を開く。
「邪神の事を考えていたら、
少し、不安になってしまってね」
「……。」
――嘘だ。
きっと、それだけじゃない。
……そんな単純な理由なわけが無い。
「……そっか」
それが分かっているのに……
僕は、それ以上、
彼女に何も尋ねる事ができなかった。
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「そういえば、今日の会議で
ついに皇帝の選出方法が決まったよ」
英雄室を出て、それぞれの部隊別棟へ戻る途中。
並んで歩きながら、
僕はレインに重要な報告を伝えた。
皇帝の選出――
突然そんな話を振られたレインは、
一瞬だけ目を見開き……すぐに真剣な表情へと切り替わる。
「……聞かせてちょうだい」
彼女に促され、僕は一度頷いてから、会議で決まった内容を説明し始めた。
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「そう……国民からの投票、なのね」
選出方法の全容を聞き終えたレインは、指を組み、考え込むようにそう呟いた。
今回決まった制度は、かなり厳格なものだ。
・皇帝の選出は、国民投票によって行われる
・投票は三回に分けて実施される
・第一回では、有効投票のうち四割以上の支持を得た候補者のみが通過
・この段階では、国民は二人まで候補者を選べる
・第二回でも同様に四割以上の支持が必要となり、ここからは一人にのみ投票
・最終となる第三回では、国民の八割以上の支持に加え、皇族および貴族など帝国上層部の過半数の賛成を得なければならない
「……この三段階の選挙をすべて突破して、
初めて新たな皇帝が誕生する」
説明を終えながら、僕は次期皇帝候補者のリストに視線を落とした。
そこに並ぶのは、会議で顔を見た事のある権力者や、ほとんど関わりのない遠縁の親族の名前ばかりだ。
「三回目が、特に難所ね……
コンド、自信はある?」
心配そうに問いかけてくるレインに、
僕は小さく苦笑する。
「正直……まだ自信は持てていない。
……でも、勝ち抜いてみせるよ。
僕はこの帝国の民に認めさせる。
僕こそが、リータクト様の意思を引き継ぐ存在だって」
今だって……
心から国民を愛せているわけでも、
叔父さんの件を完全に忘れられたわけでもない。
それでも――
探偵と出会い、大叔父さんにあの宣言をした瞬間から、僕の中にははっきりとした意思が生まれていた。
──皇帝になりたい。
この帝国を、守りたい……。
たとえ叔父さんのように完璧ではなくても、
叔父さんのような立派な皇帝にはなれる――
そう気づけたから。
「……それだけ強い意志があるなら、十分ね」
レインは安堵したようにそう言い、
僕に穏やかな微笑みを向ける。
「?……どうかした?」
その視線の意味が分からず、僕が首を傾げると、
レインはふっと視線を外し、窓の向こう――
カッドレグルントの方角を見つめながら言った。
「……いいえ。
ただ……変わったな、と思って」
「……僕が?」
問い返すと、
レインは懐かしむように言葉を続ける。
「ええ。前よりずっと頼もしくなったわ。
自分の意志で行動するようになったし……
本気で皇帝になろうとしている。
そこまで貴方を変えた探偵は、本当に……凄いわね」
僕はその言葉に、静かに頷いた。
探偵――
出会った頃は、ただの「アルテのお気に入り」か、
「異国から来た不思議な客人」程度の認識だった。
……それが今では、
僕ら英雄の心を支えてくれる、かけがえのない友達で、仲間だ。
立場や年齢の差を気にせず、誰に対しても臆せず、対等な目線で意見を伝える彼女は、皇族である僕にとってあまりにも新鮮で、眩しかった。
そして、彼女が異能力をずっと僕らの為に使い続けていたと知った時――
感謝と申し訳なさが入り混じった……
言葉にできない想いで、胸がいっぱいになった。
「……実を言うとさ」
気づけば、
僕はレインにこんな事を打ち明けていた。
「英雄として選ばれた君達と関わり始めた頃から、
ずっと感じてたんだ。
僕だけ……どこか一線を引かれてるって」
言葉は、止まらなかった。
「僕は貴族じゃなくて皇族だから……
当然、だよね。
地位の差は、どうしても消せない。
仕方ないって、分かってはいたんだ。
でも……皆が、僕に気を遣っている気がして……」
情けない。
こんな事で悩むなんて。
そう思いながらも、
胸の奥に溜め込んでいた感情は、次々と零れ落ちていく。
「……寂しかったんだ。今まで」
その本音を口に出した瞬間、
あまりにも幼稚な言葉に、自分自身が一番動揺して、
僕は咄嗟に口を手で覆った。
十五歳にもなって、寂しいだなんて……。
一体何を言ってるんだ僕は……。
これじゃ、ただレインを困らせるだけだ。
恥ずかしい……。
「……なら、探偵には感謝しなくちゃね」
しかし……
予想していた反応は、返ってこなかった。
レインは静かに微笑みながら、続ける。
「確かに……思い返せば、
貴方に軽口を叩いた事、ほとんど無かったわね。
……友達なのに、遠慮してた」
そう言って、少し切なそうに俯いた彼女は、
そのまま僕に頭を下げた。
「ごめんなさい。
貴方の気持ちに、気づいてあげられなくて」
「う、ううん!気にしないで!」
慌てて彼女に顔を上げさせながら、僕は首を振る。
「この気持ちは……
きっと、僕自身が隠してたんだ。
心が読めるアルテにさえ気づかれなかったんだから」
するとレインは、困ったように微笑んで、こう言った。
「……なら、これからは
思った事はもっと声に出して。
聞きたい事は、全部聞いてちょうだい。
私達も、貴方の友達として……
もう、遠慮はやめるから」
「……! わかった!
……なら、一つ聞いてもいいかな?」
“聞きたい事は全部聞いていい”
その言葉を聞いた瞬間、僕の脳裏には――
ずっと胸の奥に引っかかっていた、あの疑問が真っ先に浮かんだ。
「どうぞ」
食い気味に口を開いた僕に、
レインは少し驚いた様子を見せながらも、質問を促してくれる。
だから僕は、恐る恐る……それでも逃げずに、はっきりと尋ねた。
「レインとソフィア、リハイト……
君達、僕に隠し事してたりしない?」
「……してるわ」
彼女の返答は、あまりにもあっさりとしていた。
誤魔化しも、言い逃れもなく――
レインは至極真剣な表情で、そう答えた。
「……それって、僕には
言えないような事だったの?」
「……言おうとは思っていたわ。
思っては、いたけど……どうしても……
言えなかったのよ」
悲痛な声色。
苦しそうに歪むレインの表情を見た瞬間、
三人が抱えている事情の深刻さと、
それに抗えない無力さが、言葉以上に伝わってきた。
何も知らないはずの僕の胸まで……締めつけられる。
「……言いたくないなら、いいんだ。
友達でも、秘密の一つや二つ……」
もしかしたら、口にする事自体が苦しい内容なのかもしれない。
そう思った僕は、
この話をここで終わらせようとした。
――けれど。
「……いいえ!」
レインは、はっきりと首を振った。
「いつかは……貴方にも
伝えなければならない事だから」
そして――
「だから、今……伝えるわ」と。
彼女は、僕に。
とてつもなく暗く、苦しくて……
あまりにも残酷な秘密を、打ち明けてくれた。
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「……そんな……そんな事って……ッ」
あまりの救いのなさに、僕は言葉を失った。
レインから聞かされた話を、
何度も……何度も頭の中で整理しようとする。
「……ッ」
……けれど、どうしても受け入れられなかった。
――だって、そんなの……
あまりにも、理不尽すぎるじゃないか……。
「……ッ、どうして!」
現実から目を逸らすように、
両手で顔を覆って叫ぶと、レインの不安げな声が耳に届く。
「ごめんなさい、コンド……私……」
それは……
長年この事実を隠してきた事への謝罪なのか。
それとも、
何も相談しなかった事への後悔なのか……。
……何に対する謝罪なのかは、分からない。
けれど――
一つだけ、確かな事があった。
レインも、皆も……
誰も、決して悪くない。
「……いや、いいんだ」
だから僕は、
また頭を下げようとする彼女を制し、静かに口を開いた。
「君達は……悪くない。
僕だって、同じ立場だったら……
きっと、そうしたと思う。
だから……気持ちは、わかる。
わかる……けど……ッ、でも……」
……言葉が、詰まる。
「……ごめん。
少し……頭を冷やさせてほしい……」
「コンド……」
――そうだ。
悪いのは、誰でもない。
本当に……
どうしようもない事なんだ。
分かっている。
……分かっているからこそ、苦しい。
僕達は、抗えない。
僕では……救えない。
何も……できない。
変えられない。
逃げられない。
……でも、
目を逸らす事など、赦されない。
「ちゃんと……受け入れるから。
だから……今は……一人にさせて」
冷静に考えられる気が、どうしてもしなかった。
そう言って、僕は踵を返す。
「……わかったわ」
去り際に聞こえたレインの声は、
泣いているかのように震えていた。
「……。」
それでも今の僕には、
彼女を気遣ってあげる余裕すらなかった。
それほどまでに、心が――
ズタズタに引き裂かれていたから。
……でも。
本当に辛いのは、きっと僕じゃない。
長年、こんな想いを抱えたまま……
レインも、ソフィアも、リハイトも……アルテも。
"戦い続けてくれていた"。
英雄の中で、この秘密を知らなかったのは……
やっぱり、僕だけだった。
「……ッ」
──そうだ。
僕は何も知らずに……皆に守られて、
平和な未来を疑いもしなかった。
いつか邪神を倒したら、
今よりも平和になったこの国で、
五人揃って笑い合えると……信じていたのに……!
優しい仲間が、自分を守る為に、
“この事”を秘密にし続けてくれていた――
その真実を知った僕は、
自分の不甲斐なさに打ちのめされ、胸が張り裂けそうになった。
「……ッ、ごめん……ごめん、皆……!
僕は……必ず皇帝になってみせる!
皆の想いを……無駄になんて、しないから……!」
帝国軍本部――
自分専用に用意された部屋で、
一人、声を上げて泣きながら、そう誓った。
僕は今日……改めて思い知った。
自分達に絡みつく、あまりにも残酷な運命を。
神域の五英雄――
僕ら五人には、幸せな結末なんてものは……
最初から、用意されていなかったのかもしれない。




