小隊長
カテドールフェアリーの復興作業が順調に進み始めた頃——
帝国軍では、例年よりも大幅に遅れた“強化訓練”が実施されていた。
本来であれば、毎年秋を迎える前に各隊ごとで行われる恒例行事らしいのだが……
今年は、内戦後の混乱や立て続けの任務の影響で、ここまで引き延ばされてしまったのだという。
強化訓練は、その名の通り、軍に所属する隊員達の戦力底上げを目的とした制度だ。
英雄や、各隊の隊長格が直々に指導にあたる為、
実戦さながらの経験を積める貴重な機会として──
一部では、かなり好評らしい。
……そう、“一部では”。
帝国軍は、入隊試験があるにも関わらず……実技試験の代わりに、
”筆記試験のみでの受験”が認められている為、
何故か……
戦えずとも、入隊自体は簡単にできてしまうらしい…。
その仕組みのせいで、
戦闘能力がほぼ皆無な隊員も少なくない。
魔法や戦闘に秀でた特務部隊とは違い、
一般の……いわゆる“お飾り隊員”達にとって、
戦闘訓練など苦行でしかないらしい。
強化訓練の通達が出た日、廊下や休憩室のあちこちから、情けない泣き言が聞こえてきたほどだ。
……正直に言ってしまえば。
どうして、そんな人達が軍人になれているのか……不思議でならない。
戦うのが怖いなら。戦う覚悟が無いのなら。
遊び半分で、軽い気持ちで、
軍人にならないでほしい。
戦闘時に足手まといになるのはもちろんだが、
酷い時には上官命令にすら従わない者もいる。
命令と規律で成り立つ組織で、それがどれほど致命的な事か……想像すらしていないのだろう。
私は軍に所属してから、
一般隊員達と意識的に関わり、彼らの入隊理由や魔法適性、戦闘能力、さらには英雄や帝国軍──
"国を守る制度そのもの"に対する意識について、
独断で調査を進めていた。
……まぁ、
結果は想像以上に酷いものだったけれど。
まず、入隊理由。
『魔法が人より使えるから』
『隊長格に昇進して、権力を得たかったから』
『他の仕事より、なんかかっこいいから』
…ッいや、軍人は命懸けの仕事なんだよ!?
ふわっふわした気持ちで、安易に入隊すんな——!!
……次に、魔法適性と戦闘能力。
正直に言えば……
大半の一般隊員は、戦場に出れば“動く的”にしかならないレベルだと思った。
一般市民よりは質が良いと聞いていたが、
その差はあまりにも微々たるもので。
期待していた分、驚きと落胆を隠せなかった。
そして最後に、国を守る制度への関心度。
……言わずもがな、これも最ッ悪だった。
『英雄様がいれば、私達が戦わなくても安全な生活が保証されるんだから最高よ』
『実際戦ってるのは英雄とか隊長格、特務部隊の奴らだろ? “軍人”って肩書きだけで尊敬されるし、毎日最高だぜ』
『英雄って子供とは思えないくらい強いよな〜……まるで化け——ッと、いや何でもねぇ』
『英雄様の近くにいれば、一番に守ってもらえるでしょ?』
『英雄様と隊長格、特務部隊以外って何の為にいるんだろ。給料貰えるなら役目なんて無くてもいいけど!』
「……。」
……ッふざけんなあぁぁぁ——!!!!
ッどいつもこいつも、何なの!?
人をイラつかせる天才なの!?
私は調査結果をまとめた手帳を握り締め、
その内容の酷さに、怒りを抑えきれなかった。
感情のままに魔力を込めた拳を壁へ叩きつけると、
建物内に鈍い轟音が響く。
「ッ救えない……本当に、最低……
あ"ー……もう……どうしようも無さすぎる」
調べれば調べるほど、
一般隊員達のタチの悪さが浮き彫りになっていく。
先輩が言っていた──
「特務部隊はエリート部隊だ」
その意味が、ようやく分かってきた気がした。
特務部隊の隊員達は、
戦闘能力が高いだけじゃない。
訓練にも真面目で、
命令や規則違反なんて滅多に聞かない。
それに、入隊理由だって……
『英雄に憧れて』
『強くなりたいから』
そんな……誰にも迷惑をかけない、純粋な想いばかりだった。
「よう! 今日は随分荒れてんな?」
私が素手で壁を破壊しかけていると、
未だに名前を教えてくれない例の先輩が、
気の抜けた声で話しかけてきた。
「先輩ぃ……助けて。しんどい」
「はぁ? 何がだよ?」
山積みの問題に押し潰されそうになった私は、
思わず先輩にしがみついて嘆く。
すると先輩は、何かを察したように眉をひそめた。
「……先輩じゃ、解決できない事」
「??? ……喧嘩売ってんのか?」
頼りない(←失礼)先輩には、きっと何も変えられない。
そう決めつけた私は、
困惑する先輩から目を逸らして呟いた。
「違うけど……無理だもん」
先輩にも、私にも……。
この状況は、変えられない。
それが分かるから困る。
分かっているからこそ、苦しい。
頭を抱えて、悩んで、
嘆く事しか出来ない自分が……悔しかった。
「ったく……」
唸りながら先輩にしがみつき続けていると、
頭上から深い溜息が落ちてきた。
「ふざけてないで、とっとと行くぞ。
特務部隊は各棟に集合だとさ」
「……うん」
先輩は、私の情けない返事にも構わず、
手を取って歩き出す。
何も聞かず、ただ私の手を引いて……
目的地まで連れて行ってくれる。
……この人の、こういう所が……
当たり前にしてくれる気遣いが、暖かな人の心を感じられて、安心する。
先輩も、この国の民と同じで、
英雄達が感じている苦痛や背負う責任の重さを、きっと……理解してはいない。
それでも、心が冷たい訳じゃない。
誰だって、関われば、
他者を思いやる心を持っている……はず、なのに。
……なのに、どうして…?
なぜ、その想いを
英雄達には向けてくれないのだろう……。
英雄達の欲する“もの”に目を向ける事は、
そんなにも難しい事なのだろうか?
……ほんの少しでいい。
ほんの僅かでも、
その心を彼らに向けられたなら——。
きっと、
彼らを囲う世界は、
今より……ずっと、優しくなるのに…。
「……やっぱり、先輩には無理だよ」
それが分からないならね。
小さく呟くと、
先輩が「また何か言ったかー?」と、
間の抜けた声を発して、振り返る。
私は首を横に振り、何でもないと答えた。
……きっと私達では、英雄達を救えない。
その重たい現実が、
私の足取りを、さらに鈍くしていった。
✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿
ここは――「賢部隊の棟」。
特務部隊専用に設置された、帝国軍本部内の施設だ。
もちろん、この棟以外にも、
英雄達が率いるそれぞれの部隊には、専用の”棟”が存在する。
「封魔隊の棟」「治癒隊の棟」
「魔獣隊の棟」「堅守隊の棟」
……といった具合に、
隊名を冠した棟が本部内に並んでいる。
私達特務部隊員は、任務以外のほとんどの時間を、それぞれの部隊棟の中で過ごす。
各隊の特性に合わせた設備が整えられている為、
事務作業も、訓練も、演習も――すべてこの棟で行われるのが常だ。
「皆、並んでちょうだい」
先輩に連れられて賢部隊の棟へ到着した私は、
すでに集まり始めていた隊員達と共に、レインの指示に従って整列する。
棟内には、いつもより張り詰めた空気が漂っていた。
隊のトップであるレインと、大隊長のキーマは、私達の前に立つ。
全員の整列を確認すると、レインが静かに口を開いた。
「では、今年の昇格者を発表していくわ」
その一言で、隊員達の間にざわめきが走る。
昇格者――
それは、新たに隊長格へと昇る者達の事。
隊長格になる為には、魔力や魔法技術の高さだけでなく、
任務での貢献度、古代魔法や高難易度魔法の習得、
さらには既存の隊長格からの推薦など、
複数の厳しい条件を満たさなければならない。
実際、大隊長のキーマやアリアは、英雄ほどではなくとも圧倒的に強い。
中隊長や小隊長達も同様で、
少なくとも大型の魔物を複数同時に相手取れるほどの実力が求められる。
つまり――
隊長格とは、多くの者に“強者”として認められた存在でなければならない。
強さが正義とされるこの国において、その称号は名誉そのものだ。
新たな強者の誕生に、隊員達は胸を躍らせているようだった。
今年から訓練の指導役に回る者もいるのだから、なおさらだろう。
そんな様子を横目に、
私は一人、考え込んでいた。
……強くなれば、私でも発言力を持てるのかな。
周囲に、何かしら影響を与えられるようになるのかな。
もっと自由に動ける立場になれたら……
今より……英雄達の力に、なれるのかな……?
……そんな事を考えていた、その時。
「た……、んてい……、……探偵!」
「……へ?」
不意に、レインの澄んだ声が耳に届いた。
「貴方、体調でも悪いの?」
心配そうに顔を覗き込まれ、私は数秒ほど固まる。
……そしてようやく、
自分がまったく話を聞いていなかった事に気付いて、内心で大慌てした。
「う、ううん! そんな事ないよ!」
「そう。
なら訓練は今日からだから、後はよろしくね」
「……は?」
首を横に振る私に、レインはそう言って、何かを差し出してきた。
それは――隊長格の階級章。
理解が追いつかない私は、手に乗せられたそれと、レインの顔を交互に見つめて……再び固まる。
……ど、どういう事?
「……アンタ、まさか話聞いてなかったの?」
私の反応を見て、
レインは即座に眉をひそめた。
……最初から最後まで、聞いてませんでした。
なんて言えるはずもなく……
居た堪れない気持ちで小さく頷くと、彼女の口から溜息が一つ零れた。
……あーもう! 私のアホんだら!!
心の中で必死に謝罪を繰り返していると、
レインは一度手に取った階級章を、私の腕に取り付ける。
「……小隊長に昇格したのよ。
おめでとう、小隊長」
「しょ……う、隊長……え、私が!?」
あまりの衝撃に、私は目を真ん丸くして一歩飛び退いた。
思わず上げた大声のせいで、周囲の隊員達からは「何事?」とでも言いたげな、困惑混じりの視線が向けられる。
当然、レインからはしっかり叱られた。
「上に立つ者である自覚を持ちなさい。
そんな調子じゃ、これ以上強くなれないわよ?
せっかく私とキーマが推薦してあげたのに……」
……初っ端からこれで、
小隊長が務まるのか不安でしかない。
でも、
レインとキーマの信頼を裏切る事だけは、絶対に出来ない。
「よぉし……」
やるからには、とことんやるぞ!!
レインから教わった知識と技術を惜しみなく使って、
全力で隊員達を鍛えてみせる!
集会が終わった後、
私はそう心に誓い、拳を握った。
すると――
「お前も選ばれるとはな……驚いたぜ。
戦闘は見た事ないが、少しは戦えるんだな!」
背後から、
またしても、先輩が声を掛けてきた。
毎度毎度、遭遇率が高すぎるなぁ……と思いながら振り向くと、そこには小隊長の階級章を付けた先輩が立っていた。
「え、もしかして……先輩も?」
思わず目を皿にする私。
……この人、強かったんだ。
内戦の時、突き指で治療受けてたのに。
――なんて、失礼な事を考えてしまったのは秘密だ。
そもそも、私だって先輩の戦闘を見た事はないのだから、
実力を知らないのはお互い様だ。
「まさかお前……
レイン様の話、聞いてなかったのか?」
私の反応に、先輩は首を傾げる。
そう……
レインの話を聞いていれば、
隊員の前で発表された今年の昇格者は把握している筈なのだから、私の反応がおかしいのだ。
「……てへっ」
「そんなんで、お前の班は大丈夫なのか……?」
軽く誤魔化してみたものの、思いのほか真剣に心配されてしまった。
……おっしゃる通りです、すみませんでした。
返す言葉もなく、私は全力で反省した。
✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿
魔源月の賢部隊には、十の小隊が存在する。
元々第一小隊に配属されていた私は、
そのまま第一小隊の小隊長に任命された。
レインやキーマに、
また一歩近づけたような気がして……正直、嬉しい。
……の、だが。
一つ、問題があった。
「なぁ、聞いたか?
俺達の隊の新しい小隊長、最年少らしいぜ?」
「あぁ! 今年入ったばっかりの!」
「え、聖獣の消滅を防いだって噂の?」
「そうそう!
あと、初見の敵でも弱点が分かるとか何とか……」
「何それ?! 強ぇ!!」
……ッやめてくれ照れるッ!!
さっきから第一小隊の隊員達が、
私に関する賞賛や好意的な噂話を、途切れる事なく続けて終わってくれない。
別に褒められるのが嫌いなわけじゃない。
でも、過剰な期待や、憧れを含んだ視線を向けられるのは……正直、プレッシャーでしかなかった。
これから責任を持って、彼等を指導しなきゃいけないのに。
こんな状態じゃ、全然落ち着かない。
「落ち着け。お前は小隊長なんだぞ。
うじうじしてないで指示出せよ」
慣れない状況に固まっている私に、
まだ傍にいてくれた先輩が、耳打ちで助言してくれる。
……そうか。
今の私なら、ある程度の指示は出せるんだから、
お口チャックしてもらえばいいんだ!
先輩のおかげでそれに気付いた私は、
深呼吸を一つして、隊員達の方へ向き直った。
「コホンッ……あー、皆。
一旦、静かにしてください」
ざわついていた声が、少しずつ収まっていく。
「前からこの小隊にいたので、
私の事を知ってる人もいると思いますが……
改めて自己紹介します。
今日から第一小隊の小隊長を拝命しました、“探偵”です」
自分に威厳が無いのはよくわかっているので、
なるべく落ち着いた声色で、
敬語も使って、少しでも大人びて見えるように――必死に装う。
「訓練では、第一小隊の指導を任されています。
これから、よろしくお願いします」
すると――
『よろしくお願いします!! 新・小隊長!!』
元気な返事が、一斉に返ってきた。
……とりあえず、
小隊長としては認めてもらえたらしい。
相変わらず向けられるキラキラした視線には慣れないけど、
年下だからと侮られたり、蔑まれたりするよりは、ずっといい。
そう思ってホッ…と息を吐くと、
次は、隣にいた先輩が隊員達の前に立つ。
「第二小隊の小隊長には、俺が任命された。
よろしくな、お前ら!」
……いや、名前は!?
自己紹介、そこ省く!?
レインの発表を聞いてなかった私が悪いのは百も承知だけど……それでも気になる!!先輩の名前!!
不思議な事に、私は未だに彼の名前を一度も聞けていない。
というか、異様なまでに“名前を知るチャンス”を逃し続けている。
……もはや呪いでは?
「わー!!」
「流石だな!」
「いつかなると思ってたぜー!」
隊員達の歓声を聞いても、やっぱり名前は出てこない。
……くぅぅ、先輩の名前が気になって夜しか寝れないよ!!
そんな阿呆な事を考えていると、
先輩は第一小隊と向かい合う形で整列した第二小隊を見渡し、声を張り上げた。
「お前ら、気合い入れろー!!
今日の訓練は、第一小隊と
第二小隊の合同訓練だ!」
『うおおぉぉぉぉぉッ!!!』
再び上がる、大きな歓声。
……そんなに嬉しいのか。
一方の私はというと、
先輩の名前が気になりすぎて……
結局、訓練開始まで周囲のテンションに追いつけなかった。
「それではまず、皆には
自分の魔力量と限界を知ってもらう為に、
この訓練をやってもらいます!」
訓練場へ移動し、
私と先輩は合同訓練を開始する。
内容は至ってシンプルだ。
魔力測定機に、自身の魔法をひたすら注ぎ込み、
限界まで使い切る。だけ。
自分の魔力の底を知っていれば、戦闘中に回復のタイミングを誤らずに済むし、
倒せる相手のラインも見えてくる。
基礎中の基礎。
だけど、生き残る為には欠かせない訓練だ。
さらに――
「この中で、魔力量・魔法技術・戦闘訓練の成績が
最も優秀だった隊員には、キーマやレインによる……
より高度な訓練への参加を許可します!」
そう伝えた瞬間、
隊員達の目が一斉に輝いた。
……が。
「も……むり……魔法、打てない……」
「そんな……俺、こんなに魔力少なかったの……?」
「息……できない……ま、力……足りない……」
なんと半数以上の隊員が、測定機の訓練でダウンしてしまった。
これには、先輩も思わず頭を抱えている。
……どうしよう。
これ、基礎にも満たない訓練なんだけどな……。
私は、次に予定していた訓練内容が書かれたスケジュール表を見下ろし、悩んだ。
まさか、最初の一歩でここまで躓くとは思っていなかった。
このままじゃ、強化訓練がただの基礎訓練で終わってしまう。
「この後は魔法技術向上訓練の予定だったけど……
魔力量向上に切り替えた方がいいかな……
でも、それじゃ基礎と変わらないし……」
「ちょっと、その表見せてみな」
悩む私の横から、
先輩がスケジュール表を覗き込んできて……
「うわ……予想以上に詰め込んでる……。
かなりハードな訓練にするつもりだったんだな……」
と、言ってきた。
「……これがハード?」
その言葉に、私は驚く。
「基礎に、ちょっとだけ応用を混ぜた
単純な内容だと思うけど……」
首を傾げて言うと、今度は先輩が目を見開いた。
「これが単純だと!?
お前、今まで誰から
どんな訓練受けてきたんだよ!」
「え、レインからだけど……」
先輩からの問いに答えれば、その瞬間、
彼は更に目を丸くして……顔色が少し悪くなる。
「……まさかお前、
強化訓練じゃなくて、
個人的に……レイン様から直接、指導を受けてたのか?」
その問いにも、私は頷く。
「うん!!
レインの訓練に比べたら、こんなの基礎訓練だよ!」
有難い事に、
私は今でもレインから魔法の授業を受けさせてもらっている。
私の為に時間を割いてくれる彼女には、本当に頭が上がらない。
大感謝の気持ちしかない。
「レインの訓練は結構キツイけど、最近は慣れてきて、
訓練中に血反吐吐く事も無くなったんだ!」
「……お前の基準、とち狂ってんな」
元気よく答える私を、先輩はなんとも言えない表情で見てくる。
そして、教えてくれた…
"レインに指導してもらえる事"がどれほど凄いのかを。
英雄であるレインは常に多忙で、
直接指導を受けられるのは、キーマぐらいレベルがある魔法使い達だけだという事を。
……そう聞くと。
長い間、彼女に面倒を見てもらえている私にも、
ちゃんと才能があるんだと実感できた。
勿論、友達だから優遇してくれてるのも大きいだろうけど……それでも、嬉しい。
「お前って……
本当に凄い奴だったんだな。
レイン様がお前を気に入ってる理由、
ようやくわかったぜ……」
先輩はそう言うと私の手からスケジュール表をぶんどって、
ガシガシと、すごいスピードで書き換えてしまった。
隊員達のレベルを理解している先輩の方が、
私よりも遥かに訓練の指導役に向いているのを痛感して複雑な気持ちになりながらも、彼に質問してみる。
「先輩はどうなの?
高難易度魔法とか使えるんでしょ?」
「使えるに決まってるだろ!
……それでも、
英雄様から直接指導を受けられるレベルではないんだよ」
そう答える先輩は、
溜息を吐きながらスケジュール表を返してくれた。
……完璧だ。
戻ってきた表には、
”隊員達のレベルに合わせた基礎訓練と休憩”が、
無理のないバランスで組み込まれていた。
コレ見た後だと、さっきのスケジュールは、
確かに、自分の感覚だけで組んだ……”スパルタ”と言われても仕方ないくらい
隊員達への思いやりが欠けてた産物だったのだと……
嫌というほど、思い知らされる。
先輩は凄い……。
本当に、皆をよく見ている。
私は彼の”上に立つ者としての力量”に感動し、
「私ももっと、隊員達を理解しよう」と、新たな決意を抱いた。
「でもさ、先輩もいつか
きっとレインに指導してもらえるよ!
小隊長に選ばれるくらいの実力者なんだから!」
私より知識もあって、周りへの配慮も気配りもできちゃうんだもん!
…と続けて笑いかければ、苦笑いを返される。
「最年少最速昇格者に言われると、
なんだかなぁ……」
これでも励ましているつもりだったんだけど、
先輩にはイマイチ響かない……というか、皮肉に思えたらしい。
そんなつもり微塵もなかった私は、
先輩からの返答に心外だと頬を膨らませて……
「……まぁ少なくとも、
突き指程度じゃ倒れないかな」
私が知る中でも、
過去一情けない先輩の話を掘り返した。
「やっぱりお前、俺の事バカにしてるだろ」
膨らませた頬を思いっきり指でつつかれ、
口から空気を一気に吐き出した私は、
先輩から遠ざかるように、倒れている隊員達の方へ走る。
振り返りざまに――
「会った時から、ちゃんと尊敬してますよ!!」
そう叫びながら。
✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿
「あ、レイン! お願いがあるんだけど!」
その日の訓練がすべて終わったあと――
書類を抱えて廊下を歩くレインの背中を見つけ、
私は思わず声を張り上げた。
「あら、何かしら?」
足を止めて振り返ったレインは、少し首を傾げて私を見る。
「次の魔法の授業……なんだけどさ。
そろそろ、”アニマ”……使ってみたい!」
勢いに任せて、私はそう頼み込んだ。
リータクト様の神殿を訪れた時、
初めて知った”アニマ”という存在。
あの日から私は、レインに何度も問いかけた――
アニマとは何のためにあるのか、どう使うものなのかを。
レインの話では、アニマとは”私達一人一人が生まれ持つ魂の名前”。
そして、
異能力の力を最大限に引き出す為の
”特別な詠唱”に使われる……極めて重要な”詞”なのだという。
不思議な事に、
アニマは誰しも生まれた瞬間から心の奥に存在していて、
自我が芽生える頃には、自然と……
”自分のアニマ”を認識できるようになるらしい。
魔力や芸術を愛する心と同じく、
アニマもまた、
創造主がすべての命に等しく与えた”唯一無二の贈り物”。
だからこそ、私達にとって大きな力の源になるのだと――
そう、レインは教えてくれた。
私の異能力が、もっと引き出せたなら。
きっと、英雄達の心の支えにも、もっとなれる。
そう思って、
アニマの詠唱を習得したいと願ったのだけれど――
「貴方……自分の名前、思い出せたの?」
私の願いを聞いたレインは、
少し言いづらそうにそう問いかけてきた。
「あ……えっと……」
その言葉に、今度は私が口ごもる。
そうだ。私は、アニマ以前に――
”自分の名前”すら、思い出せていないのだ。
強くなりたい……。
ただその一心で頼み込んでしまった自分に気づき、
私は、情けないほど間抜けな反応しかできなかった。
「名前が分からないんじゃ、
アニマだって思い出せないでしょう…」
そんな私を見て、レインは小さく溜息をつく。
「……使えるものも、使えないわ」
「ごめん……でも、
もっと強くなりたくて……」
ここに来てから、もう半年。
それなのに、私はまだ自分の記憶を取り戻せていない。
最近……ほんのわずかな記憶の断片に触れられそうな気がしていたから……
その期待が、
こんな無茶なお願いに繋がってしまったのだ。
――どうして、忘れてしまったんだろう。
――過去の私は、どうして何も残してくれなかったんだろう。
私は反省しながらもアニマ習得を諦めきれず、悔しくて顔を顰める。
何もかも忘れてしまった自分を超えて、
記憶があった頃の自分に怒りさえ湧いてくる。
せめてアニマだけでも……
私に残してくれていたら、もっと皆の力になれたのに――。
「……探偵」
思考に沈み込んでいた私に、レインがそっと声をかけた。
顔を上げた瞬間、
彼女の手が、優しく私の頭に置かれる。
目を向けると、レインもまた……
どこか、もどかしそうな表情をしていた。
「私は、貴方の努力も才能も認めている。
私達の為に、ここに在り続けてくれる
貴方の力になりたいと……心から思っているわ。
……でもね、私では、
貴方の記憶を取り戻してあげられない。
英雄でも、できない事はできないのよ」
申し訳なさそうに眉を下げながら、そう言うレイン。
私は、その言葉に首を横に振った。
「気にかけてくれるだけで嬉しい。
……それだけで、充分だよ。ありがとう、レイン。
……私もわかってる。
記憶を取り戻す方法が、
どれだけ不確かで、曖昧なものか……。
……でも、それでも、どうしても焦っちゃうんだ」
そう言って俯くと、
レインは私の頭から手を離し、肩へと置き直す。
「探偵……。
貴方は、私達の為に異能力を強化したいと
思ってくれているのかもしれないけれど……
どうか、あまり気負いすぎないで」
その言葉を聞いて、私は改めて思った。
――英雄達は、皆、私の異能力の事を知っている。
あの人から、聞いているのだ。
それを咎める事もなく、
アルテと同じように、受け入れてくれたことは嬉しかった。
……けれど今度は、私のアニマのせいで
レインを悩ませてしまっている気がして、胸が痛む。
「私達にとっても、貴方は
とても大切な存在なの。
……私達のせいで、貴方を苦しめたくはない」
そう言って、レインは私をそっと抱き寄せる。
まるで壊れ物を扱うかのように、丁寧に――
その腕の中へ包み込んでくれた。
私も、その温もりに応えようと腕を回した、その時。
レインは、少しだけ声色を変えて、静かに告げた。
「だから……約束するわ。
もし、アニマを思い出せたら。
貴方が”貴方”を取り戻せたのなら――
その時は、私が貴方をもっと強くしてあげる。
……必ずよ。
協力は惜しまない。
だから、もう一人で抱え込む必要はないわ」
その言葉は、まるで魔法のようだった。
胸の奥に渦巻いていた不安も、焦りも、
すべてが静かにほどけていく。
レインの言葉は、確かな魔力と勇気を私に与えてくれた。
「レイン……私、これからは
記憶を取り戻す事に、
もっと専念してみようと思う」
必ず、アニマも。
記憶も――全部。
そう続けると、
レインはようやく、柔らかな笑みを浮かべてくれた。
「ええ、わかったわ。
何かあったら、いつでも言って。
……きっと貴方なら、
どんな過去とも向き合えるわ」
そう言って励ましてくれる彼女に、
私は思いきり感謝を込めて抱きつく。
「ありがとう……レインッ!」
「……それは、こっちのセリフよ」
今度こそ、しっかりと抱き返した私の頭は、
穏やかに微笑むレインの手によって、
また優しく撫でられていた。




