とんでも異能力
「リハイトくん、翠嵐くん、探偵くん。
三人とも、よく来たね!宝珠集めは順調かな?」
神殿へ足を踏み入れた途端……
満面の笑みを浮かべたアロマルム様が、声をかけてきた。
「……皮肉か?」
「ほんと、いい性格してる」
リハイトと私はほぼ同時に、
目の前の神様へ冷ややかな視線を向ける。
私の後ろに立つアルテもまた、
何とも言えない微妙な表情でアロマルム様を見つめていた。
それでも――
「はははっ! 」
私達の反応を見たアロマルム様は、
以前と変わらない様子で笑っている。
……それはもう、本当に楽しそうに。
「冗談さ、ごめんよ」
そうして一通り笑った後、
アロマルム様はふっと表情を引き締め、
そのまま本題に入った。
「実はね……僕もリータクトくんと
協力して、宝珠を探してみたんだけど……」
どうやら、宝珠探しが難航しているアロマルム様は、神殿を解放したリータクト様と共に探索を続けていたらしい。
「レインくんの宝珠は、知っての通り……
君達や王都を襲った魔族が持っているみたいだ。
現状だと、取り返すのはかなり難しいだろうね」
そう言って、アロマルム様は少しだけ深刻そうな眼差しで私達を見渡した。
そして――
「まぁ……それも厄介ではあるんだけど。
問題はね、翠嵐くん……君の宝珠だ」
そう言って、
視線をアルテへ向ける。
「……。」
急に真剣な眼差しを受けたからか、
それとも既に心当たりがあったのか……。
アルテは目を伏せたまま、何も言わずに黙り込んだ。
少しの沈黙の後、アロマルム様は静かに告げる。
「……君の宝珠はね。
何度探知しても、見つけられなかった」
「……そうですか」
……今、なんて?
耳を疑う言葉に、私は思わず目を見開いた。
宝珠が、見つからない?
何で?どうして?
壊れないはずじゃなかったの?
私が動揺する一方で、アルテはただ冷静に頷いている。
「どういう事だ?!」
「そんなのおかしいよ!
宝珠は、何があっても壊れないんでしょ?
なら、見つからないなんてあり得ない!」
衝撃を受けていたのは、私だけじゃなかった。
リハイトが声を荒げるのに続いて、私も問いかける。
するとアロマルム様は、少し考えるように顎に手を当ててから、含みのある言葉を選んだ。
「うーん……そうだね。
見つけられない理由は、壊れたからではないと思う。
どうやら翠嵐くんの宝珠は……
“この時代”に存在していないみたいなんだ」
「は?」
「え……なにそれ」
理解できない言葉に、思わず声が漏れる。
……この時代に、存在していない?
それって一体どういう意味なの?
私とリハイトが首を傾げる中で――
「……。」
アルテだけが、
またしても動じずに黙り込んでいた。
「……心当たりがあるんだな?」
その様子を見逃さず、リハイトが問いかける。
「……あります。
ですが……私にも“今”、
宝珠がどこにあるのかは分からないんです……」
「それでもいい。
知っている事を教えてくれ」
促され、アルテは少し言いづらそうにしながらも、ゆっくりと口を開いた。
「……幼い頃。
翠雨様が、私の宝珠を"信頼できる方"に託したと……
それだけ聞かされています」
「!、……そうか。翠雨様が……」
その名を聞いた瞬間、
リハイトは気まずそうに視線を落とした。
……今のアルテにとって、翠雨様の話題はきっと重い。
思い出すだけでも、胸が痛むはずだ。
亡くなったばかりの家族の事を思い起こさせてしまったからか、リハイトの表情は曇っていく。
「……すまない。
辛い事を思い出させた」
「い、いえっ!
師匠が気に病む事は何もありません。
それに……これは、
私だけの問題ではありませんから」
彼に謝られると、アルテは慌てて首を振り、
俯いたリハイトの顔を上げさせた。
……でも、気にしちゃうよね。
リハイトは、ああ見えて凄く優しいから。
「ふむ……なるほど。
あの翠雨くん自らが信頼した者に託したのなら……
ひとまずは、安心……かな」
アロマルム様もまた、
どこか寂しげに翠雨様の名を口にする。
「とはいえ、簡単に見つけられそうもないし……
残念だけど、宝珠探しはしばらく中断だね。
再開できるまでの間は……
試練を突破するための鍛錬に励もう」
「「はい」」
宝珠探索の一時中断。
その判断に、私達は頷くしかなかった。
……さっき、アロマルム様は言っていた。
アルテの宝珠は“この時代”に存在しない、と。
詳しい事は分からない。
でも確かなのは、少なくとも“今”は探せないという事。
そして、レインの宝珠を奪還するには、私達の力がまだ足りないという事。
神様達ですら分からないのなら、私達にできる事は限られている。
それが分かっているからこそ、今は受け入れるしかなかった。
――でも、
やるべき事の優先順位が変わっただけだ。
邪神討伐のために、
できる事が無くなったわけじゃない。
……そうやって私が気を引き締めていると、
「そうだな〜……じゃあ今日は、
僕の異能力を使った
特別な鍛錬をしてもらおうか」
そう言ってアロマルム様は、にこやかに続ける。
「勿論、二人一緒にね!」
そしてそのままリハイトとアルテの肩に、
ぽん、と軽く手を置いた。
「獣神様の……異能力、ですか?」
「神の扱う異能か……。それは興味深いな」
どうやら二人とも、
アロマルム様の異能力そのものに関心を持ったらしい。
アルテは少し戸惑った様子で首を傾げ、
リハイトは珍しく目を輝かせている。
「そう。僕の異能力はね、
対象となる二人の能力を取り替える力なんだ」
「の、能力を取り替える能力ぅーッ?!」
アロマルム様の異能力を明かされた途端、
私は思わず、誰よりも大きな声で驚いてしまった。
……それってつまり、リハイトとアルテの異能力が入れ替わるって事?
それとも、もっと根本的な――
魔法や魔力そのものが総入れ替え……?!
「なんなんだ……
その、とんでもない能力は……」
私が頭の中で混乱を巡らせている間に、リハイトも理解が追いつかない様子で、じっとアロマルム様を見つめていた。
「探偵くん!
勿論、入れ替えるのは異能力だけじゃないよ!
僕が取り替えられるのは、
二人の中に眠る力……その全部さ」
……ぜ、全部?!
「お互いの力を正確に把握できれば、
戦闘時の立ち回りもぐっと楽になるだろう?
成長のための、貴重な体験だよ。
これも試練の一つだと思ってくれればいい。
さぁさぁ、早速やってみようじゃないか〜!」
……なんだか、ナチュラルに思考を読まれた気がするのは気のせいだろうか。
アロマルム様は、驚き固まる私達を見て、いつものように楽しげに笑っている。
……まったく。
油断も隙もあったものじゃない。
この世界には、些か心の中を読める人が多すぎる。
「英雄力だけでなく、異能力……それから私達個人の“力”そのものを取り替えるとなると、身体に何らかの影響が出るのではありませんか?
……魔力は血液同様、身体に不可欠なものですし」
私が呆然としている間に、アルテが不安げに問いかける。
その声に、アロマルム様は変わらぬ笑顔で答えた。
「安心しておくれ。
魂の結びつきが強い者同士なら、
身体を巡る魔力が“どれだけ変質しようと”、
悪影響が出る事はない」
彼はそう言ってから、二人を見比べる。
「君達は英雄として、長い時を共に過ごした仲間だ。
魂の結びつきは十分!
それに、僕も失敗しないよう慎重に力を使うからね!」
アロマルム様はそう約束すると、アルテの頭にポンポンッと、子供をあやすように優しく手を置いた。
「それなら……まぁ。
でも、コイツの能力を使えるようになるなんて、
正直、想像できないな……」
「はい……。
師匠の力を私が扱えるのか……少し、不安です……」
安全だとは分かっていても、二人とも落ち着かない様子だ。
……私だって、二人の能力が入れ替わる光景なんて、想像もできない。
けれど――
「それじゃ、いくよ!」
アロマルム様は、
そんな些細な戸惑いなどお構いなしだった。
彼は二人が心の準備をする暇すら与えず、
唐突に異能力を発動させる。
「はいドーン!」
『?!……うッ……』
妙に軽い掛け声と同時に、再び二人の肩に手が置かれる。
次の瞬間、どこからともなく煙が噴き出し、
二人の身体を包み込んだ。
……アロマルム様には是非ッとも一度、「慎重」という言葉の意味を調べてきてほしい。
これでは慎重の“し”の字もあったもんじゃない。
今日も今日とて、アロマルム様のペースに振り回される私達……。
はぁ……と、思わず大きな溜め息が漏れた。
異能力というのは、その力を最大限に引き出す時以外なら、こうも簡単に――
詠唱すらなく、ポンポン使えてしまう。
改めて考えると、恐ろしい。
異能力発動直後、
私の耳に届いたのは、二人の小さな呻き声だけだった。
……本当に、大丈夫なのかな。
「……? 特に……
異常や違和感は感じませんが……」
「あぁ……俺もだ……」
しかしどうやら、私の心配は杞憂だったらしい。
すぐに、煙の中から二人の声が聞こえてきた。
やがて煙は風に流され、薄れていく。
その中から二人が姿を現し――たのだが……
「え……?
アルテ……リハイト……
なに? その髪と目の色……」
……なんだか、おかしい。
明らかに、何かが違う。……というより。
「は?……って、うわッ!
なんだこれ?! 髪が……」
まるで――
本当に、入れ替わったみたいだ。
「師匠の髪が翠色に?!じゃあ、私は……ッ!」
「俺の……髪と同じ色だな。
目の色まで、変わってる……」
そう……。
二人の髪の色、目の色、そして英雄の紋章までもが、完全に逆転していたのだ。
二人は互いの瞳を鏡代わりにしながら、自分達の変化に言葉を失っている。
……うわぁ。違和感、すっごい。
そして勿論、それは私も同じだ。
慣れない二人の姿に、私は何度も瞬きを繰り返してしまう。
そんな中、異能力が大成功した事に満足そうなアロマルム様が、この現象の理由を教えてくれた。
「髪や目にはね、
術者の力の源である“魔力”が特に多く宿るんだ。
これこそ、二人の能力が
きちんと入れ替わった証拠さ」
「能力の入れ替わりって……
見た目でも、こんなに分かりやすいんだね……」
「これはこれで、面白……
……じゃなくて!いい経験になるだろう?」
…絶対ちょっと面白がってると思ってたけど、
今ハッキリ「面白い」って言いかけたよね?
まぁ……一先ず説明のおかげで理屈は理解したけれど、
それでも――
この配色変更には、なかなか慣れそうにない。
「お、おい……嘘だろ……。
こんな事って……」
「どうかしましたか?
師匠……って、あれ?
心が……視えない……?!」
私がアロマルム様の説明に聞き入っている間に、背後ではまたリハイトとアルテが、互いを見つめ合って騒ぎ始めていた。
「まさか……本当に能力が反転してるのか……?
他人の心が視えるって、こんな感覚なんだな……」
どうやらリハイトは、アルテの竜眼の力を問題なく発動できているらしい。
その一方でアルテは、竜眼が使えなくなった事に気付いたのか……見るからに焦っている。
「し、師匠に心を視られる日が来るなんて……
余計な事、考えないようにしないと……」
「……確かに、これなら
お前の隠し事も筒抜けだな」
「わーッ!!
お、怒られるの嫌だから見ないでください!!」
「ッ怒られるって分かってるなら、
最初からうしろめたい事を隠すな!」
どうやらアルテは、単純に“心を見透かされる”という状況そのものが嫌で、慌てているだけのようだ。
確かに、リハイトが竜眼を使えるようになれば、アルテは今まで以上に隠し事がしづらくなる。
本当に何かを隠しているのか。
それとも、ただ恥ずかしいだけなのか……。
それは分からないけれど――
アルテは必死にリハイトの視線から逃げ回っている。
元は自分の力だからか、視界に入らないように動くその身のこなしは、驚くほど俊敏で迷いがない。
……まぁ、物理的に俊敏なのはリハイトの神速がアルテに移った影響なんだろうけど。
「……リハイトずるい!
私も心の中、視たい!」
「別に遊んでる訳じゃねぇんだよ!
アロマルム様も言ってただろ……。
これはお互いの能力を把握するための訓練だ」
私は私で、前から気になっていたアルテの眼の力を、リハイトだけが扱えている――この状況がどうにも面白くなくて。
リハイトにしがみつき、子供みたいに駄々をこねてみたけれど、いつものようにあっさり引き剥がされてしまった。
「それは分かってるけどさぁ……。
私もアロマルム様にお願いしてみようかな……」
「それはやめておけ。
……流石に、不敬だ」
ふてくされた私が軽い気持ちで呟いたその一言に、
リハイトは珍しく真顔で釘を刺す。
……そ、そうだった。
普段あまりにも気さくに接してもらっているから忘れかけていたけれど、アロマルム様は“神様”なのだ。
私の好奇心のためだけに力を使ってもらうなんて、冷静に考えれば失礼極まりない。
「うぅ……すみません。
調子に乗りました……」
そう気付いた私は、慌ててアロマルム様に頭を下げた。
すると、
「はははっ!
なぁに、気にする事はないよ。
僕の能力は、勿体ぶるような力じゃないからね」
――なんて、いつも通りの柔らかな言葉が返ってくる。
その優しさに、
どうしても安心してしまう自分がいた。
そんなふうに、
改めてアロマルム様の心の広さに感心していると――
「わぁ!す、すごい!
魔法で雪が……!
雪だるま、作れちゃいました!!」
今度はアルテが、リハイトの力を使って遊び……いや、魔法の訓練(?)を始めていた。
「おい……アルテ」
「あ……え〜っと…」
そして、
案外真面目なリハイトは、彼女のその行動を見て……
「なんッつーしょーもない事してんだ!
雪だるまなんて、得意魔法属性が雪なら誰でも作れるだろ!
もっと戦闘に役立つ力を使え!
真面目に、俺の力を勉強しろ!」
「ご、ごめんなさい!」
当然、怒った。
でも私は――
楽しそうに、年相応にはしゃぐアルテの穏やかな表情を見た瞬間、なんだか胸の奥が温かくなってしまった。
……分かるよ、アルテ。楽しくなっちゃうよね。
いつもなら出来ない事が、出来るんだもん。
うんうん、仕方ない仕方ない。
そして不思議な事に、その瞬間だけは――
自分の方が、彼女より年上になったような感覚に包まれた。
……あれ?
でも、どうしてだろう。
私、こんな感情を抱くの……初めてじゃない。
むしろ、とても懐かしい……?
これも……記憶の断片、なのかな。
親が子供を愛でるような――そんな感情。
それが、過去の……いつかの自分の中で、
当たり前のように芽生えていた気がする…。
そんな、不思議な感覚だった。
もし本当に……これが記憶を失う前の私の感情だとしたら。
私は、ただの子供じゃなかったのかもしれない。
むしろ……大人、だった?
だとしたら、この身体は……どうして、こんなにも幼いのだろう。
私は新たな疑問を胸に抱えながら、能力も見た目もあべこべになったリハイトとアルテを、静かに見つめていた。
"タルタニュクス様"の件といい……
こんなふうに、突然記憶の手がかりが浮かんでくるなんて。
不安なのに――
それでも、どこかで期待している自分がいる。
私が、過去の記憶を……
“自分自身”を取り戻す日は、
もしかすると、
そう遠い未来ではないのかもしれない――。




