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生彩放つ無神世界  作者: 美緑
〜第八章〜必然の出会い
74/89

師弟の出会い

私が再び目を開けると、目の前にいたのは監視役ではなかった。

そこにいたのは、幼い頃の……翠嵐(アルテ)と、リハイト。

どうやら、本当に彼等の「過去」を見せられているらしい。


しかも前回と違って、

アルテの解説は……無い、みたいだ。


 

「その……あ、ありがとうございました!

私……見ての通り、弱くて……」


何故か初めから全身ボロボロの状態で地面に座り込んでいる翠嵐は、

そう言ってリハイトに頭を下げながら……痛むのか傷口を押さえていた。


一方で、礼を言われた当の本人――リハイトはというと、

目を丸くして彼女を見つめている。

 

「ッ ……お前、どうして俺に礼なんて……」


「え……? だって私……

貴方がいなければ、今頃……」


「いや、そうじゃない。

俺が聞いてるのは、どうして“英雄”に向かって、

礼なんてするんだ……って事だよ」

 

……なるほど。

どうやらこれは、翠嵐が“英雄”になる前の出来事らしい。

おそらくリハイトは、魔物か魔獣に襲われていた翠嵐を助けたのだろう。

だから感謝された。


けれど既に、この頃の彼にとって、

”人を救う事”は当たり前だったのかもしれない……。


感謝の言葉に驚くリハイトの姿は、

私が初めてアルテに出会った時、彼女が見せたあの反応と重なって見えた。

 

「英雄……?なにそれ……」


やっぱり、この頃の翠嵐は英雄の存在を知らないらしい。

不思議そうに小さく首を傾げるその様子は、

帝国に来たばかりの頃の私と……どこか似ていた。

 

「なッ……!

英雄を知らないって、お前……。

やれやれ……とんだ世間知らずの

お嬢様を助けちまったもんだ……」


驚き、そして呆れたように、リハイトは溜息を吐く。

すると翠嵐は、申し訳なさそうに肩をすくめ、ぺこりと頭を下げた。

 

「す、すみません……私、

翠山から出た事がなくて……」


「それは……かなりの箱入り娘だな……?

まさか本物のお嬢様なのか?」


――翠山。

山から出た事がないという事は、ここはその翠山なのだろう。

皮肉のつもりだったであろう言葉が図星だったのか、

リハイトは再び目を丸くしていた。



「はい、一応は……って、いけない!

私、早く帰らないと!」


「急ぎの用でも?」


「はい! 今日、午後から

とても大切な会議がありまして……」


翠嵐はそう言うなり、はっとしたように立ち上がる。

どうやら、かなり急ぎの用事らしい。

 

「おい、お前……

その格好で行くつもりか?」


「え……?」


しかし、傷だらけのまま立ち上がった翠嵐を見て、

リハイトは静かに彼女を引き止めた。

その痛々しい姿を、見過ごせなかったのだろう。

 

「仕方ないな……。

ほら、それくらいの怪我なら

治療してやれるから、じっとしてろ」


そう言うとリハイトは、いつの間にか取り出した救急セットを使い、手際よく翠嵐の怪我を処置し始めた。

 

「いッ……」


「……もういいぞ」


染みるのか、表情をこわばらせる翠嵐に、治療を終えたリハイトは静かに声をかける。

すると、自分の体を覆う包帯やガーゼを見て、

翠嵐はぱっと目を輝かせた。

 

「わぁッ! 凄い……!

傷口が塞がって……っ、イテテ」


けれど、少し動かしただけで、また痛みが走ったらしい……。

 

「あ、こら……。

治療とは言っても、ただの応急処置だ。

完治したわけじゃない。

しばらくは、おとなしくしてろよ」


そう言ってリハイトは、彼女を落ち着かせるようにしながら、小さなポーションを手に取って差し出した。

 

「それと、これ。

そういう傷にはよく効く。

痛くなったら、傷口にかけておけ」


どうやら痛み止めの類らしい。

ポーションを受け取った翠嵐は、またしても目を輝かせ、深く頭を下げた。

 

「わぁ……! 何から何まで……

本当に、ありがとうございます!

魔法使いさん!」


「また感謝を……。

……いや、もういいか」


二度目の感謝にリハイトは戸惑ってはいたが、

感謝されて悪い気はしなかったのだろう……それ以上気にする様子は見られなかった。

 

「……そうだな。

確かに俺は魔法を使えるが……

ただの魔法使いじゃない。

錬金術師だ」


気付けば、もう自然に会話を続けている。

…流石リハイト、器用だな。

 

「じゃあ、錬金術師さん!」


「はいはい……どういたしまして、

世間知らずさん」


……うーん、リハイト。

まさか幼少期から、すでに可愛くないとは……。

――なんて考えていると、遠くから子供の泣き声が聞こえてきた。

 


「うわあぁぁん! 翠嵐様〜!」

「ごめんなさいぃぃ!!」


……なんか泣いてる!?

翠嵐の名前を叫びながら全力で駆け寄ってくる二人の子供は、

顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら号泣していた。

 

「気にしなくていいよ。

貴方達が無事で良かった。

おチビちゃん達……怪我はない?」


飛びついてきた子供達の頭に、翠嵐は優しく手を置き、怪我がないか確かめている。

その様子を見て私は、

……翠嵐も、この頃は確実に五歳以下なのに、

この子達を“おチビちゃん”呼びするんだな……なんて、どうでもいい事を考えてしまった。

 

「わ"たじは、だいじょぶだよぉ"……

翠嵐様が守っでくれ"だから"ぁ〜!!」

「翠嵐様、生きてて……よがったぁ!!」


「あぁ……泣かないで。もう大丈夫だから」


…なるほど。

……どうやら翠嵐は、子供達を守るために魔物と戦っていたらしい。

泣きつかれながらも、彼女は必死に子供達を落ち着かせている。

 

「あの魔物はね、このお兄ちゃんが

倒してくれたの。……ね?

皆で『ありがとう』しよう?」


そしてナチュラルに子供達の意識をリハイトに逸らした。

巻き込まれた…と言うより、急に話題に出されたリハイトは子供達の純粋な瞳に見つめられて、なんだか落ち着かない様子だ。

 

「ホントに……?

す、すごいね! お兄ちゃん!

ありがと!!」

「ありがとー!

お兄ちゃん、強いんだね!」


「あ〜……どうも」


裏表のない賞賛に、リハイトは戸惑いながらも応じていた。

……あれ? 子供達も、リハイト…と言うより、英雄の事、知らなそう…。

単純に小さい子は、まだ彼等の存在を知らないだけなのかな……?


 

「ごめんね、二人とも……。

今日は私がいなくても、ちゃんとお家まで帰れる?

私ね、今日はとっても大切な用事があるの」


「うん! 帰れるよ!」

「もう魔物には会いたくないから、

寄り道しないよ!」


「偉い!」


「翠嵐様! お兄ちゃん!

バイバーイ!」


子供達が手を振りながら走り去っていく。

それを見送るように、翠嵐とリハイトも、静かに手を振り返していた。





「……なるほどな」


しばらくして……帰って行った子供達の姿が完全に見えなくなると、リハイトは静かにそう呟いた。

そして、ゆっくりと翠嵐の方へ向き直り、続けて言う。

 

「魔物から逃げないのを不思議に思ってはいたが……

お前、あのちびっ子達を守ってたのか。

……お嬢様にしては、勇敢だな?」


「あ……あはは……。

まぁ……力及ばず、

ほぼ一方的に襲われましたけどね……」


リハイトの言葉に、翠嵐は苦笑しながらそう返した。

するとリハイトは、珍しく冗談を交えない真剣な表情で、はっきりと彼女を評価する。

 

「いいや……

戦う意思があるだけで、立派だ」


……それは間違いない、と私も思った。


魔物との戦いや、国や民を守る事。そのすべてを英雄に押し付ける帝国と、帝国の民達を見てきたからこそ、戦おうとする意思があるだけでも、十分に称えられるべきだ。

けれど翠嵐は、その言葉を受けてもなお、肩を落とし、力なく口を開いた。

 

「そんな事……ありません。

私、落ちこぼれなんです。

民を守る事なんて……

本来なら、できて当然ですから……」


……え?

まだ英雄でもないのに、どうして――。

私は思わず声を上げてしまった。

……まぁ、所詮は夢。二人に届くはずもないけれど。

 

「民を守るのが……当然……?

お前は……一体……」


当然、リハイトも同じように困惑している様子だった。

英雄でも、軍人でも、城の騎士でもない。

目の前にいるのは、まだ幼く、どこにでもいそうな少女だ。


それなのに、民を守る“責務”を背負っている――。

……この頃の翠嵐は、どうしてそんな立場にいるんだろう?

 

「あ……私ったら……すみません……。

命を助けて頂いたのに……

名乗りもせず、御無礼を……」


「いや、別に無礼では……」


私がリハイトと同じ疑問を抱いていると、

翠嵐は彼の反応を見て、はっとしたように姿勢を正し、

リハイトへ向き直って深く頭を下げた。


どうやら、命の恩人にまだ名を名乗っていない事に、今さら気付いたらしい。

リハイト自身は、まったく気にしていない様子だったが――

確かに、命を救ってくれた相手に名を明かすのは、大切な礼儀だ。

……アルテも貴族だし、

この頃から礼儀作法は厳しく叩き込まれていたんだろうな。

 

「お初にお目にかかります。

私は、翠山の守護者にして、

四山領主が一人……“小夜 翠嵐”と申します」


そう言って翠嵐は、私と初めて会った時と同じ、

洗練された美しい所作で、リハイトに丁寧な挨拶をした。

――その名を聞いた瞬間。

リハイトは、信じられないとでも言うように、目を剥いて驚いた。

 

「小夜……って、

四大公爵家の一つじゃないか!?」


「え、四大……? あぁ……!

そうですね……最近加入させて

いただいたばかりで、すっかり忘れていました……」


どうやらこの頃の小夜家は、四大公爵家に加わったばかりらしい。

翠嵐は、自分の立場の重さをあまり自覚していないのか、少し困ったようにそう答えた。

 

「はぁ〜……。

という事は、お前が言ってた

会議とやらも、四大公爵家の会議なのか……」


翠嵐が自分と同格の爵位を持つ貴族の令嬢だと知り、

リハイトは深く溜息を吐いた。

 

「ッえ?!なぜそれを?!」


この頃の翠嵐は、リハイト自身もまた四大公爵家の一人だとは、知らないので、飛び上がるほど動揺していた。

その反応を見て、リハイトは自分も名乗るべきだと判断したのだろう。


彼はしばらく翠嵐を見つめた後、

ゆっくりと背筋を伸ばし、精悍な表情で彼女に向き直った。

 

「……小夜家の御令嬢。

こちらこそ、名乗り遅れた無礼を

どうか許してほしい。

俺はリハイト・ルクス。

ルクス公爵家の跡継ぎだ」


……なんだろう、このリハイト。

普段の倍くらい、やたらと凛々しい。

そんな事を考えながら、幼い彼の自己紹介を眺めていると――

 

「ル、ルクス公爵家……って、

世界一の実力を誇る……錬金術家業の?!」


翠嵐は再び目を丸くし、数歩後ずさった。

……そりゃあ驚くよね。

まさか互いに、帝国内に四つしか存在しない高貴な家紋を持つ貴族同士だったなんて、夢にも思わないはずだ。

 

『……。』


案の定。

二人はしばらく、言葉も出ないまま互いを見つめ合っていた。

――けれど。


ようやく目の前の相手が、これから先も何度となく顔を合わせる存在だと理解したのだろう。

二人はそっと手を差し出し、握手を交わした。

 

「その……

これから、顔を合わせる機会も

多くなるだろうし……よろしくな」


「は、はい! こちらこそ!

えっと……ルクス君」


「……その呼び方なら、

名前の方にしてくれ」


「じゃあ……リハイト君?」


何はともあれ――

この時点で、もう十分に仲良くやっていけそうな雰囲気だ。


……二人は、こうして縁を結んだんだね。

私は、幼い二人の微笑ましいやり取りを見つめながら、静かにそう思った。





しかし……

しばらくそんな二人を眺めていると……翠嵐が、突然自分の右手を押さえた。

「ッ……?」

さっきまで穏やかだった表情が、一瞬だけ歪む。


……あれ?

なんだか翠嵐の様子がおかしい……どうしたんだろう?


胸の奥がざわつき、私は思わず彼女の手元へ視線を凝らす。

けれど……この頃の翠嵐も、今と変わらず両手に手袋をしている。

その下で何が起きているのか、私には確かめようがなかった。

 

「……どうした?

手にも傷があったのか?」


私が何もできずにいる間に、

リハイトも異変に気付いたのか、翠嵐の手へと視線を落とす。

 

「あ、いえ……

そういう訳では無いのですが……

なんだか、さっきから

右手に……違和感?があって……」


心配そうに問われ、翠嵐は慌てて首を横に振る。

だが、それでも……彼女の右手に“何か”が起きているのは明らかだった。

翠嵐は、右手を押さえたまま動かない。


 

「右手……?」


リハイトは不思議そうに首を傾げると、状態を確かめようとしたのか、翠嵐の右手に嵌められた手袋へと、そっと手を伸ばした。

――その瞬間。

 

「ッ……あぁ!!

うッ……あ、熱い……」


翠嵐が、息を詰めたような小さな呻き声を上げ、苦しそうに顔を歪めた。

それは今にも消えてしまいそうな、か細い声だった。

 

「ッ……!?

なんなんだ……この熱は……!」


それとほぼ同時に、リハイトもまた、同じように苦悶の表情を浮かべる。

 

……え、なに……?

どういう事……?!

何が起きているのか理解できず、

私はただその場で凍り付いたように二人を見つめるしかなかった。

 

……いや、ダメだ。

考えるのをやめちゃいけない。

私は、この時代の二人に干渉する事はできない。

それでも……

彼らの過去に起きた出来事と、真正面から向き合う為に、ここにいる。

だから、思考だけは止めない。

 

……そうだ。

よく考えてみれば、二人の手が触れ合うまでは、

翠嵐もリハイトも苦しんでいなかった。

つまり――原因は“手”。

私は慌てて二人の手へ視線を移す。

 

……やっぱり。

翠嵐の手は手袋に隠れていて断言はできない。

だが、リハイトの左手には――先ほどまで無かったはずの“英雄の紋章”が、はっきりと浮かび上がっていた。

空色の光が、彼の紋章から溢れ出し、脈打つように輝きを増していく。

それに呼応するように、リハイトもまた、手を押さえて呻き始めた。




「……!」


…え……嘘……。

まさか……これって……。


その光景を見て、私はようやく理解した。

今、目の前で何が起きているのかを。


そして同時に――

監視役が、私にこの光景を見せた“意図”も。



「……。」

必要な事だとは分かっている。

……それでも。

私は今、この頃の二人にとって、あまりにも残酷な瞬間を見せられているのだ。




 

その後、どれほどの時間が経ったのかは分からない。


何分か、あるいは何十分か――。

長い苦しみの末……二人は時間の経過とともに、自然とその謎の苦痛から解放された。

だが、翠嵐もリハイトも、自分達の身に何が起きていたのか理解できていない様子で、困惑したまま互いの手を見つめ合っている。


 

「……お前、その手袋。

取ってみろ」

 

「え? あ、はい……!

すぐに……!」


先に口を開いたのはリハイトだった。

次は、互いの手が触れないように配慮したのだろう……。

翠嵐はその意図を察し、素直に右手の手袋を外した。

 

「ッ……これは……」


「え……何これ?!

光ってる……?!」


現れたのは――

間違いなく、“英雄の紋章”だった。

リハイトのものほど強くはないが、翠嵐の右手に刻まれた紋章も、翠色の神聖な光を帯び、鮮やかに輝いている。


 

「ッ……まさか……お前……」


紋章を見たリハイトは、血の気が引いたように顔を青ざめさせ、言葉を失う。

……あぁ、やっぱり。

今にも膝から崩れ落ちそうな、幼いリハイトの姿を見て、私の胸は締め付けられた。



「……冗談……だろ」


傍観者である私が、何もできずに見守る中――

リハイトは、翠嵐の手から、その瞳へと視線を移し、力なく呟く。

 

「なんで……

どうして、寄りにもよって……

お前が……

“五番目の英雄”なんだ……」


まるで、自身の運命そのものを呪うような――

あまりにも苦しげな表情で。


……これは、ただ二人が出会った穏やかな思い出なんかじゃない。

翠嵐が、“最後の英雄”に選ばれた瞬間だ。


私は、これから二人が――

いや、英雄全員が背負う事になる、星の命運と責務を思い、ただ涙を流す事しかできなかった。


 

「私が……英雄……?」


一方、まだ何も知らない翠嵐は、不思議そうに首を傾げていた。

それでも、リハイトの暗く沈んだ表情と、竜眼の他心力の影響か……

今起きた事が、ただ事ではないと、彼女なりに感じ取っているようだった。

 

……この時、リハイトは何を思っていたのだろう?

今日ここで、彼女に出会わなければ良かった…彼女が自分と関わらなければ良かったのに……と、思っているのかもしれない。

けれど、それはきっと、意味の無い仮定だ。

遅かれ早かれ、翠嵐は選ばれていた。

神に選ばれるほど崇高な魂を持つ彼等は、

邪神と対立する命運から、どうやっても…逃れられないのだ。



 

「リ、リハイト君……大丈夫?

ごめんなさい……私、

英雄が何なのか、よく分からなくて……。

貴方の力に、なれないかもしれない……。

……でも、きっと

私に関係する事なんだよね?

なら……出来る限り、頑張るから……

だから……泣かないで……」


塞ぎ込んだままのリハイトを見て、翠嵐は必死にそう語りかけていた。

リハイトは何も言わず首を横に振り、目を閉じる。

そして、大きく息を吐いてから、ようやく小さな声で応えた。

 

「……別に、泣いてない。

……翠嵐、屋敷まで案内してくれるか?」

 

「え? も、勿論です!」


答えにはなっていないが、彼の表情は少しだけ前を向いていた。

 

「……今日、此処で出会わなければ……

なんて考えても無駄だ。

最悪の予言通り……

どうせ、いつかは五人揃う運命だった」


そしてリハイトは、誰に向かってでもなく…ただ諦めたような表情をしてそう呟く。そして……翠嵐の手を取ってから、こう宣言した。

 

「英雄の事も、戦う術も……

俺が責任を持って教えてやる。

これからはお前も、

帝国や英雄の責務と向き合っていく事になるからな」

 

「えっと……

ありがとうございます……?」


突然リハイトにそう告げられた翠嵐は、

何をどこまで理解しているのか分からないが、彼に返事を返す。


「礼なんていらない。

これからは仲間だ。

対等な立場で接してくれ」


きょとん…とした彼女の様子を見るに、やはり翠嵐はまだ自分の置かれている状況をうまく理解できていないようだった。

彼女に幾ら優れた竜眼があっても、英雄に関する知識が無ければ、視えている情報の殆どが無意味になってしまうのだろうか?


 

「小夜 翠嵐……

お前は、神域の五英雄。

“五番目の英雄”として神に選ばれた存在なんだ」

 

「神域?神に選ばれ……?

それは、私が……同じような存在、という事…?」

 

「…あぁ、その認識でなんら問題はない…が、

お前はそもそも"英雄"を知らないんだったな。

…だが、神話の話はまた次の機会だ。

とにかく、改めて…

これから宜しくな、翠嵐」

 

「は、はい!

これから、宜しくお願いします」


私が色々考えている内に、

リハイトと翠嵐はそんな会話をして……目の前から消えてしまった。


きっと、ここまでが……

監視役が私に見せたかった過去の出来事、という事なのだろう。





『依代……彼等の過去を、観たのだな』


二人が消え去った後も、私はしばらく虚空を見つめたまま動けずにいた。

すると、少しの間をおいてから――空気が歪むようにして、監視役が私の前に姿を現し、静かにそう告げた。


「うん……観たよ。

英雄の皆が五歳の頃……

邪神による大戦争が起きたって、聞いてはいたけど……

それ以前から……あんなに幼い頃から、

もう皆は英雄として、この星を守っていたんだね」


私の言葉に、監視役はゆっくりと頷く。


『そうだな……。

彼等は、あらゆる生き物達の中で、

最も多くの試練と苦悩に晒され、

過酷で残酷な悪意に打ちのめされてきた。

だが……それでも彼等は

諦めず、邁進し、戦い続けた。

……本当に、強くて優しい子等だ』


その言葉を聞いた瞬間、私は確信してしまった。

――ここまで鮮明に彼等の過去を見せられた時点で、薄々気づいてはいたけれど……やはり、この人はずっと英雄達を見守ってきた存在なのだと。

彼等の苦しみも、理不尽も、孤独も……すべて知った上で。


「……それを知っているなら、どうして……!」


胸の奥に溜まっていた感情が、堰を切ったように溢れ出す。


「なんで……皆を助けてくれなかったの?

貴方は私と違って、ずっと昔から

皆の事を知っていたんでしょ?

貴方ほどの力があるなら、

ただ見ているだけじゃなくて

救えた筈……なのに、どうして!!」


監視役の力を知っているからこそ、

私は冷静さを失い、理由も聞かぬまま責め立ててしまった。

けれど――感情を剥き出しにして叫ぶ私を前にしても、監視役は一切動揺する事なく、静かに答えた。


『……あの子らは余にとって、とても大切な存在だ。

余とて、あの子等が苦しむ姿など見たくはない。

救えるものなら、救いたい……

だが、余では……

あの子等を、救ってやれぬのだ』


その表情は、相変わらず靄がかかったようで判然としない。

けれど……英雄達を救えない事を、心から悔やんでいるのは本当だと、なぜか分かった。

理由は分からない。ただ、監視役の痛みが、私の胸にまで伝わってきたのだ。


「……どうして?」


私は知りたかった。

人智を超える力を持ちながら、なぜ英雄達を救えないのか。

そして――監視役の、本当の正体を。


『余は……邪神……封じ……

おの…力……言…呪い……』


「あぁ……そんな……!」


しかし無情にも、彼女が重要な事を語り終える前に――またしても、夢は崩れ始めてしまった。


「待って……お願い!

最後まで聞かせて……!」


……あと少しで、監視役の――彼女の正体に辿り着けたのに。

抗う私の意識を嘲笑うかのように、彼女の声は次第に遠ざかっていく。

それでも私は必死に、消えゆく彼女へと手を伸ばした。


「お願い……私、思い出したいの……!

きっと貴方の事を、私は知っているから……!

だめ……行かないで……!

私を、置いていかないで……!!

タ……タ……タルタニュクス様ぁ……!!」



喉が痛くなるほど叫び、その名を呼んで――

私は……


「今日も……途中で、夢から覚めちゃった……」


気がつけば、現実世界に戻ってきていた。


窓の外はまだ暗く、夜明け前の静寂が部屋を包んでいる。

私の傍には、異能を使い果たして眠り込んだアルテがいるだけで、当然のように監視役の姿は無かった。


……それにしても。

私……今、なんて名前を呼んだ……?


──"タルタニュクス"。


そんな名前、知っているはずがないのに……

胸の奥に、言いようのない懐かしさが残っている。


どうしてだろう。

この名前だけは――絶対に、二度と忘れてはいけない気がしてならなかった。


もしかすると、"タルタニュクス"とは……監視役、夢の中に現れる彼女の、本当の名前なのかもしれない。

なぜ急に思い出せたのかは分からない。

あまりにも唐突で、それが名前一つだけでは、何の役にも立たない。


けれど……。


「それでも……こんなにも、

この名前を忘れてはいけないって思うのは……

どうしてなんだろう……」


私は絡まり合ったまま解けない自分の記憶に、

重たい息を吐きながらも、メモ帳を開き、その名を書き留めた。

これが記憶の破片なら、残しておいて損はない。

今は意味がなくても……

いつか、必要になる時が来るかもしれない。


何一つ思い出せなかった今までを思えば、これは確かに大きな一歩だ。

私はやはり、失った記憶を持っている。


一体……貴方と私は、何者なの?

……教えてよ、タルタニュクス様。


私は心の中で、思い出したばかりのその名を呼び、

静かな夜明け前の空を、ただ見つめ続けていた。

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