名も無き影の囁き
里へ戻ると、レインちゃんとコンド君、探偵ちゃんはすでに帰ってきていた。
避難誘導をしていたリハイトさんとアルテちゃん、永護さん、破天さん、雅火さんも、皆そろって無事だ。
胸の奥に、じんわりと安堵が広がる。
民達も、デボティラが会場から離れた隙をついて、無事に里から離れる事ができたようだ。
私は深く息を吸い込み、デボティラへと向き直った。
「デボティラ、
貴方は大切な家族だけど……
私は、この里の巫女として、貴方を裁きます」
周囲には仲間達が輪を作るように立ち、厳しい沈黙で見守っていた。
その中心で、私は“巫女”としての責務を選んだ。
「どんな罰も……受け入れます。ソフィア様……」
先ほどまでの気迫は消え、デボティラはすっかり毒気を抜かれたように項垂れる。反抗の気配どころか、目にはただ疲れた諦めだけがあった。
「歩むべき道を……成すべき事を誤らなければ、
貴方はきっと、私達にとって素晴らしい理解者になってくれたかもしれないのに……残念だよ」
「ッ……ソフィア様……申し訳ございません……」
「貴方がしたのは、取り返しのつかない事。
守るべき民達を、貴方は傷つけた……。
これは立派な重罪……罰は重くなるよ」
「覚悟は、できております……どうぞ御裁きくださいませ」
デボティラは苦しげに顔を歪めながらも、
私の言葉を一つ一つ呑み込むように受け止めていく。
私は一度、胸の奥に溜まった重い塊を吐き出すように深呼吸した。
……この手で彼女の命を奪わずに済むのなら、それでよかった。
だが“裁き”だけは避けられない。
それが、胸の奥に痛みをつくる。
「……貴方への罰は、監獄塔に150年の幽閉。
そして魔法・異能力の永久封印を課します」
「……承知いたしました」
その宣告を受けても、デボティラは驚きすら見せなかった。
ただ、静かに受け入れた。
私は魔法封じの拘束器具を取り付けながら、ほんの少し声を落として語りかける。
「デボティラ……。
どんな罪も、やってしまったら無かった事にはできない。
後からどんな罰を受けても、償いきる事はできない。
けど……もし。
もしもいつか、貴方が監獄塔から出てこられたら……
今度は、私の声に耳を傾けてくれる?」
「?!……ソフィア様……
こんな私の事を……待っていて……くださるのですか……?」
デボティラは信じられないという顔で見つめてくる。
私は、少しだけ微笑んだ。
「貴方の暴走を止められなかった私にも責任はある。
……だから、私も罪を――」
「ソフィア様……!」
私の言葉を遮るように、デボティラは勢いよく私に抱きついた。
その腕は震え、頬にはぽろぽろと涙が溢れている。
「ッごめんなさい……ソフィア様……。
私は、貴方の事を……何一つ理解できていなかった……。
こんな事になるなら……もっと……
貴方の声に耳を傾けていれば……
奴等の手を……とらなければ……!」
「ッ?!」
その言葉に、私は椅子を蹴って立ち上がっていた。
周りの皆も息を呑む。
当然だ――
彼女を唆した破壊者が、まだ近くに潜んでいる可能性があるのだから。
「待って、デボティラ!それ……どういう事?!
今回の騒動、協力者がいるの?!」
問い詰めると、デボティラは怯えたように頷き、素直に答えた。
「……はい。私は、今回の騒動以外にも奴等と協力してきました。
“お前の野望を果たす為に手を貸すから、こちらにも協力しろ”……と」
「デボティラ……まさか、貴方……他にも罪を?!」
「い、いえ!違います!
私は聖水を汚染し、宝珠を使って祭りを破壊するよう言われただけで……!
……それに、もう此処に破壊者はいないはずです」
デボティラは顔を青ざめさせながらも、
これまでしてきた事を絞り出すように告白した。
「宝珠……?どうしてそんな事を……?」
レインちゃんが、息を呑んだまま問い返す。
「……そこまでは分かりません…。
奴等が何をしたいのかという明確な目的は、
一切聞かされていませんから。
まぁ……あんな奴等の目的なら、やましい事に違いありませんが……」
デボティラは悔しそうに唇を噛んだ。
私は少し間を置き、次の疑問を口にする。
「……聖水を汚染したのがデボティラなのはわかったけど、
もしかして……祭りの料理に毒を入れたのは、デボティラじゃないの?」
「料理に……毒?!
それは、どういう事ですか?!
私はそんな計画……全く知らされていません!」
返ってきたのは、真っ青になった困惑だけだった。
――やはり。
毒の件は、別の事件だ。
そしてこの里には、まだ“黒幕”の影が潜んでいる。
「ねぇ、結局その人達は……一体、何者なの?」
私は続けざまに問いかけた。
場を包む緊張が、ほんの一瞬だけ静止する。
デボティラは唇を震わせ、答えようと息を吸った。
――しかし。
「…それは……かいッ……?!
……グッ……ひッ、ギ……ッあ”ぁ”ッ?!」
「え……デボティラ?!?」
声を発した途端、彼女の様子が激変した。
喉元を押さえ、体を折り曲げ、
まるで見えない手に締め上げられているかのように苦しみ始める。
「――ッ、まさか……?!
か、彼奴……口封じ……を……
ソ……ソフィア様!
……お逃げ、くだ……さい!あぶ、な……っ」
「きゃあッ?!」
言い切るより早く、
デボティラは私の肩を強く突き飛ばし、無理やり距離を取らせた。
そして次の瞬間――
彼女の喉が泡立つように爛れ、悲鳴も形にならないまま、
バァンッ――!
乾いた破裂音が里中に響いた。
「ッ……?!」
風が止まり、世界が一瞬だけ凍りつく。
そこに“デボティラ”という存在は、もういなかった。
残されていたのは、地面に散った毒液のような、正体不明のどす黒い液体だけ。
「そ…そんな……デボティラッ……!」
私は思わず駆け寄った。
「ソフィア、離れて!
その液体、触れたら危ないかもしれないわ!」
でもレインちゃんが鋭く制した。
分かっている。理屈では、分かっている。
だけど――
「でもッ……!」
私は足を止められなかった。
この目で彼女が“消えた瞬間”を見たとしても、
それでも受け入れられない。
「いやッ……嫌だッデボティラ……!
ようやく……ようやく貴方と向き合えたのに……
まだ伝えたい事が……沢山あるのに……!」
掴めるはずのない空間へ手を伸ばし続ける。
……しかしそこには、もう何もない。
ただ冷たい風だけが、無情に指の隙間をすり抜けていく。
――その時。
「ソフィ……ア…さま……」
どこからともなく、かすかな声がした。
『どうか……貴方は……平和な世界で……生き…て……』
それは耳ではなく、
胸の奥に直接届いたような……儚い声だった。
「あっ……あぁ……! 」
私は膝から崩れ落ち、地面に手をつく。
「デボティラ――ッ!!」
涙が止まらない。
彼女は“死体”すら残らなかった。
この世界に残されたのはただ、最後に私へ向けられた――
あの一言だけだった。
。◌〜 ᐩᕀ┈┈┈┈⋆⸜♱⸝⋆┈┈┈┈ᕀᐩ 〜◌。
「そ……んな……」
私が別れを告げなければならなかったのは、
デボティラだけではなかった。
「あぁッ、翠雨様!!」
里の奥、白藤色の光がまだ残る森の端で――
変身の解けた翠雨様が、人の姿のまま静かに横たわっていた。
その周囲には、怪物との激闘の余韻が、
荒れた地面と焦げた草に生々しく残っている。
「……私達を助けたから、こんな事に……!
私があの時、一人で怪物を倒せていたら……翠雨様は……!」
堪えていた涙が一気に溢れ、頬を伝う。
私は濡れた手でさらに翠雨様にしがみついた。
しかし――
翠雨様は、そんな私を見て、ゆっくりと首を横に振った。
「……いいえ。私はすでに長い時を生き、ほとんどの力を使い切っていました。
お前も知っている通り……
私達翠山の民は、魔王の呪いによって原動力を奪われている。
私の死因は……今まで積み重なった疲労。その果てだ。
言ってしまえば、寿命です。
生き物が避けられぬ終わりの時……それが少し早まっただけの事。
お前が気に病む必要など、どこにもない……」
言い終えた翠雨様は、わずかに咳き込んだ。
それでも苦しんでいる様子はない。
むしろ――
ずっと前から自分の死を受け入れていたかのような、穏やかな顔をしていた。
……その事が、私には何よりつらかった。
「本当は……永護の予知夢のおかげで……分かっていたのです。
……今日が、私の命日であると……」
翠雨様はふっと微笑む。
私はその笑みに胸が締め付けられ、咄嗟に手に魔力を込めて叫んだ。
「ッ……命日になんて、絶対させません!
待っていてください翠雨様! 今すぐ治療を――!」
「必要ありません」
「ッでも……!」
手を伸ばした瞬間、翠雨様は驚くほどの速さで私の手を掴み止めた。
それでも私は諦めきれず、治癒の魔力を練り上げようとした。
すると翠雨様は、消え入りそうなほど小さな声で、それでも確かな強さをもって告げた。
「……ここでお前が余計な力を使えば……
その強力な力の反動で、お前は長い眠りについてしまう。
そうなれば――その間、誰が怪我を負った民達を癒すのですか……」
「ッそれは……!」
「助けるべき対象の優先度を見誤るな……。なすべき事を、なさい……」
二度目の叱責。
私は言い返す言葉を完全に失った。
デボティラは……もう、いない。
この里を導くのは――これからは私だ。
責任の重さが改めて胸に落ち、私は俯いた。
しばらくそうしていると、
翠雨様がそっと私の手を包むように握った。
「翠雨様……?」
理由が分からず顔を上げると、翠雨様は何も言わない。
ただ、穏やかな表情で手を握り続けていた。
そして――
彼女がゆっくりと手を放した、その瞬間。
「え……」
あたたかい力が、翠雨様の手から私へ流れ込んでくるのを感じた。
思わず自分の手元を見ると……
「これは……?!」
そこには、翠雨様の妖力を象徴する刻印が淡く浮かび上がっていた。
「どうして……翠雨様の力が……?」
驚きに固まる私に、翠雨様は静かに微笑んだ。
「人々を癒す力を持つお前ならば……私の力も、うまく扱えるはず。
ソフィア……お前に、私の“翠雨の力”を授けます。
この先は……自分の信じる道を歩みなさい」
それだけ言うと、翠雨様は震える指で里の方角を指し示した。
――もう、私に伝えるべき事はそれで全てだ、というように。
「……ッ」
私は手の中で光り続ける刻印を見つめ、そして立ち上がった。
「翠雨様……今まで、本当に……ありがとうございました。
ッ……行ってきます」
最期の挨拶を告げ、私は踵を返す。
振り返れば、離れられなくなる気がした。
家族を失っても、仲間を失っても、
敬愛する存在が消えてしまっても――
英雄は立ち止まれない。
巫女としての責務も、世界を守る役目も、この先も私が背負っていく。
それでも、私はこの道を選んだ。
自分のやり方で世界を変えると、デボティラに誓ったのだから。
進んだ先にある、この星の希望を信じて――
私は、足を踏み出した。
︎✧︎✧✦┈┈┈┈.✦·········✦.┈┈┈┈✦✧✧︎
〈アルテ視点〉
『翠雨様…!!!』
巫女ちゃんが里へ駆け戻って行った後…
離れた場所から二人の会話を見守っていた私達は、翠雨様の傍へと一斉に駆け寄った。
「破天、雅火、翠嵐……そして、永護」
翠雨様は、私達一人一人を見てからゆっくりと口を開く。
「お前達に、翠山を任せる。
決して……悪しき者達に負けては…なりません」
『…承知致しました』
翠雨様は最低限の指示を出すだけで、私達に向けて他には何も言おうとしない。
全ての力を巫女ちゃんに受け渡した今…翠雨様に残された時間は、ほんの僅かしかない。
そう思うと、私はどうしても涙を堪える事が出来なかった。
…翠雨様がこの祭りのどこかで、天に召されてしまう事は、
永護の予知夢を通して、ずっと前から知っていた。
だから、私達は何度も…この運命を変えようとして来た。
それがどんなに不可能に等しい事か…分かっていながら。
…私達が初めてこの事を知ったのは、探偵さんがこの帝国へと舞い降りて来たあの日……。
兄さん達は、屋敷で永護から予知夢の内容を聞き…
私は師匠の邸宅で、同じく永護から知らされた。
『──今年の芸術心祭で、翠雨様が死んでしまう』…。
それを知った時…
私の目の前は、真っ暗に染まった。
私はあと何度、家族を失わなければならないのか…と、
自分の運命を恨みそうになりながら、屋敷へ駆け戻った。
しかし、私がそこで見たのは、自分の命日を知ったにも関わらず、
普段通りの様子で執務にあたる翠雨様の姿だった。
「……。」
私達は、あの日から何度……翠雨様の運命を変えようとしてきただろうか。
結局…彼女は最期まで、自身の死から逃げようとはしなかった。
私達の説得は、何の意味も無かったのだ。
喩え未来を変える術があったとして…
本人が自らの運命を変えようとしない限り、未来は絶対に揺らいではくれない。
翠雨様は誰よりも聡明で優しくて、偉大なお方だから…
里の為に命を捧げる事に躊躇いがなかった。
私達の両親に代わって、私達をここまで育ててくれた大切な家族…。
諦めたくない…生きていてほしい……。
そんな我儘ばかりが、いつまでも心の中を埋め尽くす。
私達が立ち尽くしていると、弱りゆく翠雨様が、静かに告げる。
「……お前達……何を……しているのです。
翠山を背負う者には……この程度の事で……泣いている暇など……あってはならない。
さあ、全員……翠山へ向かいなさい……疾く!」
その言葉を受けても、誰一人として動こうとしなかった。
そして──
「……それには従えません」
一番に声を上げたのは雅火だった。すぐに破天兄さんが続く。
「せや……これが本当の別れなら、きっちり挨拶せぇへんと……
ワイらとて、貴方との別れ……平気やあれへんので」
「お前達……」
二人の言葉を聞いた翠雨様は、目を見開いて固まってしまった。
きっと私達が、これまで一度も逆らった事がなかったからだろう…。
——けれど。
今日だけは、どうしても従えなかった。
この人は私達の誇りで、支えで…
……家族、だったのだから。
「悠長にしている場合ではないのは、もちろん……承知しています。
でも……私達は、貴方との別れを……受け入れるのが……本当に苦しくて……。
お願いします、翠雨様……!せめて、最期まで……貴方の傍にいさせてください」
私も二人に続いて、震える声を上げると、そっと翠雨様の手を握りしめた。
「翠雨様……申し訳ありません……。
未来……運命を変えられなかった事が……悔しいのです……とても」
最後に声をかけたのは永護だった。
彼は誰よりも早く、この未来を目にしてしまった。
予知夢という残酷な“未来の傷”を背負ってきた永護は……
きっと私達の誰より深く心を刻まれたはずだ。
“見えているのに、変えられない未来”——
その苦しみは、心を見透かしてしまう私の力に、どこか似ている。
永護が予知夢を見るたび、私は胸が締めつけられ、どうしても彼に同情してしまうのだ。
「……お前達は、本当に……仕方のない子らだ」
翠雨様は、頑なに傍を離れようとしない私達を見て、
大きな溜息をつきながら、呆れたように……それでも優しく笑った。
「……この先、私はもう……お前達の力になってやれません。
私の責務を……押し付けるだけ……。
お前達が、大人にならざるを得ない道以外を……
祖母として示してやれない事……申し訳なく思う……。
恐らく……私が消える事で、
お前達に課せられる役目は……より重いものとなるだろう……。
だが……お前達なら、大丈夫だと……私は、信じています」
そう言って、翠雨様は手招きをした。
本当なら近づく必要などないほど、私達はずっと傍にいたのに……
その仕草があまりにも優しくて、四人は吸い寄せられるように身を寄せた。
隙間もないほどに、ぎゅっと。
そして——
「あの子と……華暖を……
連れ戻してやれなかった事は……今でも……大きな心残り……。
だが……それでも。
私の愛しい子ら……破天、雅火、翠嵐、永護……。
……翠山の子ども達と触れ合ったこの生涯は……
本当に……幸せだった……。
ありがとう……。
お前達の未来に……行く末に……幸多からん事を……願う」
その言葉を終えると、翠雨様は……衰弱しきった身体を、最期の力でぐっと起こした。
そして四人を、強く——
ほんの一瞬、でも、一生忘れられないほど強く抱きしめた。
「あ……」「……!」「ッ……」「翠雨……様……?」
予想もできなかった抱擁に、誰も抱き返す事ができなかった。
疾うに限界を超えていた翠雨様の身体は、
力が抜けるとそのまま地に崩れ落ちた。
最後の力を、私達を“未来へ送り出すためだけに”使ってしまったのだ。
地に横たわる翠雨様は、もう私達を見ていなかった。
ただ虚空に向かって、小さく、小さく、呟くように——
「嗚呼……菩提は望まない……が……
せめて……“あの子の心”を……救えたら……どんなに……」
しかし、声は途切れた。もう、それ以上は、何も。
瞼はそっと閉じられ、細かった呼吸は、すぐに静寂へと変わった。
「……ッ翠雨様!」
雅火が叫ぶ。
……返事は、もうない。
「翠雨様……。
無事に、旅立たれたのですね……」
私は、穏やかな表情で眠るように横たわる翠雨様を見て、そう呟いた。
……そう思わなければ、膝が崩れ、立ち上がれなくなりそうだった。
心残りがあると言っていたが、翠雨様は幸せだったのだろうか。
私達を気遣って、無理に笑っていたのではないか。
本当に……これで良かったの……?
問いかけても、もう返ってはこない。
そんな沈黙を破ったのは破天兄さんだった。
「さぁ……!託された仕事は、山ほどある……。
ワイらは、四山領主……翠雨様の分まで……山を護らんと……な!」
明るく振る舞う兄さんの瞳にも、
大粒の涙が滲んでいた。
「ッ……兄さん!」
私も、雅火も、永護も……兄さんの声に限界が崩れ、涙が溢れた。
「な、なんや……もう、泣きなや……
そない泣かれたら……ッワイまで……泣いてまうやろ……!」
兄さんもまた、私達と同じように声を上げて泣いた。
四人で泣き崩れたその場所で、翠雨様の不在という現実が、胸に鋭く突き刺さる。
翠雨様は、私達の保護者であり、翠山の象徴であり、希望だった。
すぐに立ち直れるはずがない。
私達も、山の民達も。
……それでも。
それでも、翠雨様は、山の未来を私達に託してくださった。
翠雨様……この悲しみも、苦しみも、
必ず乗り越えると誓います。
だから今だけは……どうか、
少しだけ……泣かせてください。
私は天に向かって小さく祈りを捧げ、
兄弟達と共に……流れるまま涙をこぼし続けた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
脅威の去った森の奥――
薄闇の中に、ひとつの影が佇んでいた。
影は、子供のように幼い姿。
その目に映っていたのは、デボティラと翠雨の、あまりにも静かな結末だった。
「……。」
子供は何も言わない。
ただ、淡々と一部始終を見届けると、
踵を返し、森を去ろうとした――その時。
――ばしゃり。
森には場違いなほど派手な色合いのシャコの使い魔が姿を現し、子供の行く手を塞いだ。
シャコはつぶらな瞳で子供を見据えると、主の声を伝えるため、口を開く。
『未熟な使者よ……お使いはできたか?』
低い声が、森の空気を震わせた。
子供はうんざりした顔で手を差し出し、ぶらりと何かを持ち上げて見せる。
…それは、息絶えたばかりのエルフの亡骸。……デボティラの死体だった。
「私、使者なんかじゃないしー。
こんな面倒ごと押し付けないでよー」
ぽとり、と。子供は死体を投げ捨てる。
死体は毒に侵され、黒に染まっていた。
シャコが死体に近付くと、主の満足げな声が響く。
『ふッ……よくやった。
コレはまだ利用価値がある。有効活用させてもらおうか』
「うげ~……
死体なんか回収して、何する気か知らないけどさー。
てかー宝珠は、いいのー?」
問いかける子供に、主は即答した。
『アレは便利だが……無くても困らん。
本命は……いや、それより今すぐ帰還しろ。
万が一見つかったら、お前は処分する』
声の主は、周囲に満ち始めた英雄達の強い魔力を敏感に察したらしい。
「処分したければすればー?どうぞご勝手にー」
しかし子供は、まったく動じない。
そのあまりの無関心ぶりに、主は深いため息を洩らした。
『本当に……“あっち”と違ってお前は捻くれている』
「性悪なのはそっちでしょー?
第一印象が最悪すぎてさー、好感度なんて最初からゼロだしー?
あっちだって、そのうち気づくんじゃないのー?」
『ハッ。気づいたところで、アレに何ができる』
「はいはーい、
突然創られてー、こき使われてー、行き着く先はたぶん過労死~♪」
子供が棒読みで歌い出すと、主は心底うんざりした声を発した。
『耳障りだ。黙って帰還しろ』
使い魔はその言葉を最後に、すっと姿を消す。
森には再び静けさが戻った。
「……帰ろうとしてたの、止めたのそっちだろーがよー」
ぶつぶつ文句を言いながら、
子供はデボティラの死体をひょいと掴み上げる。
その時、ふと――
里の方向へと目を向けた。
そこには、修復に励む人々と、一人の少女の姿。
子供はじっとその少女を見つめる。
そして、聞こえるはずもない言葉をそっと空気に落とした。
「……好奇心も大概にしなよー。じゃないと――」
それだけ言い残し、子供は影となって森から消えた。
沈む夕日が森を染め、影は光に溶けていく。
怪しげな気配も魔力の痕跡も、何ひとつ残さないまま……。




