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生彩放つ無神世界  作者: 美緑
〜第七章〜破壊讃歌
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英雄として生きる道

『どうして……どうしてまだ分からないのですか?!

何故、私の邪魔をなさるのですか?!

どれほど貴女方がこの帝国の為に戦い続けようとも、この世に"力"というおぞましいものが存在する限り、この先に良い未来などありません!』


白藤色の森を駆けながら、私は再びデボティラに追いつき、言葉をぶつけていた。

淡い光を宿した木々が揺れ、枝葉がざわめく音さえ、私達の口論を遠くから見守っているようだった。


…瘴気を払うには、詠唱の時間が必要になる。

ならば彼女の隙を作らなければならない。


そのために選んだ方法が――口論だった。


今この瞬間、私達に必要なのはきっと戦いではなく、「向き合う事」だと感じたから。



「いい事がなくたって構わない。

未来がどんなに残酷でも……私は、私のすべき事から逃げたりなんてしたくない。

それに……希望を捨てなければ、未来を変える方法はきっとあるよ」


『ですが……現実を見てください!

毎日……毎日、毎日!毎日ッ!

英雄方や特務軍人が戦い続けて守っているこの星を!

貴方達をいいように利用する醜く欲望まみれの貴族達……くだらない争いに周囲を巻き込む愚か者達……

自堕落で、自分の弱さすら自覚しない、守られるだけの民達……!どれだけ時が流れようとも何も改善しない……変わろうとしない世界……ッ!あぁ、なんてどうしようもないのでしょう!

貴方達のような優しい方達では――

変えられないでしょう?見捨てられないのでしょう?

なんて、お可哀そう……お労しい……!!』


悪魔へと変貌したデボティラの表情は読み取れない。

それでも、その声音だけは嘘偽りのない同情で満ちていて……私は一瞬、彼女の悪意がどこかへ消えたような錯覚すら覚えた。


――そもそも彼女が今回の騒動を起こした理由は、誰よりも強く、この星の平和を望んだからだ。


ただその願いが、正義が、過剰に膨れ上がり、道を外れただけ。

もし、もしも……こうなる前に、

どこかで踏みとどまれていたのなら……

同じ平和を願う者同士として、和解できる未来だってあったのかもしれない。


「うん……そうだね。その通りだよ。

平和とは程遠いし、私だって帝国の現状を簡単に変えられるなんて思ってないよ」


白藤色の花弁がふわりと落ちる中、私は俯いて呟いた。

彼女に届いているのかも分からない声で、

それでも続けた。


「でも……私達を――五英雄を見くびらないで!

邪神から星を救うと決めたのは私の意思…!

私達が選択した道がこれ!

いつか絶対、この星を変えてみせる!

だから、貴方は余計な事、しないで!」


その瞬間、デボティラは激昂し、紫がかった瘴気を迸らせた。

風が荒れ、花々が萎び、白藤の香りが苦い空気に飲まれていく。

茨が私の腕を掠め、細い裂傷から血が滲む。

けれど、こんな痛みを気にしている場合じゃなかった。


『それでは貴方が……貴方達が救われないでしょう!

私が、世界を…!運命をも変えて差し上げます!』


「違う……違うよ……!

自分の運命は、自分にしか変えられない。

生きる道は、自己責任……!

だから……だから、貴方が私達の未来を決めつけるなんて……間違ってる!」

 

『ですからッ……私は、ソフィア様のために――!』

「──違うッ!だって……」

 

私の声に、デボティラの動きが止まった。


「だって、それは全部……貴方の為、でしょ?」


『な"ッ?!』


その隙を逃さず、私は静かに、しかし確信を持って続けた。


「その言葉を言った時、

貴方がただ純粋に“私の為”を思ってくれていた事が……今まで一度でもあった?

……ううん。結局、全部“貴方自身の為”だった。

貴方は私の事を……“私自身”として見た事なんて、一度もなかったよね。

……それでも私は、今日まで貴方の事、ちゃんと家族だと思ってたよ」


『そ、そんな……私は……』


揺らいだ瞳が、かすかに人としての光を取り戻した気がした。

けれど、それでもまだ彼女は折れてくれない。


「貴方の言う通り……この先どれだけ戦っても、意味なんて無いのかもしれない。

邪神なんて相手にしたら、勝てない可能性の方がずっと高い。勿論怖いよ。すごく苦しいよ。

英雄なんて、本当はずっとやめたかった。

でも――それでも続けてこられたのは、この星がどこまでも美しくて、大切で、大好きだから。

ただ壊れてほしくなかったから……」


白藤色がはらはらと散り、光の粒が森の奥へ流れていく。


「理由がどれだけ単純でも……

譲れない気持ちが一つでもあれば、戦い続けられる。

私達“英雄”は――芸術の創造神様が創り上げた“この星”を護り続ける!

誰になんと言われようとも、この命をかけて……!」


デボティラは、息を失ったように黙った。

静かだった。

風が止まり、森が見守るように息を潜める。


「貴方の掲げた正義……全部が悪だとは思わないよ。

貴方の言い分にも、確かに正しい部分はあった。

平和は大切だよ。貴方の中に眠る慈悲や、同情もね。

でも――やっぱり、貴方のやり方は間違ってる」


私は静かに武器を掲げた。

きっと今なら……今の彼女になら、届く。

“瘴気だけ”を祓える。救える。


「私の生き方は私が決める。皆と同じように……。

私もこれからは、自分の人生を自分で背負っていくよ」



目を閉じて、霖と共に詠唱を紡ぐ。

――古代呪文、第十詠唱コレクト・アルボス。

光が迸り、白藤色の森の中央に巨大な大樹が出現した。

その枝葉は優しく……しかし確かに、デボティラを包み込み込んだ。


……さぁ、瘴気は残らず取り除こう。

貴方にソレは不要だから。


『異能力行使…

我が名はソフィア・ラファエル・ロンサール…。

"ラファエル"の名の下に

汝の過去の傷を洗い流し、新たなる始まりを導くと約束しよう。

水鏡よ、闇をひらき、傷と悲しみを穢れごと清めよ――そして真実の光を映せ。

最終詠唱…神変祈願アルストロメリア』


異能力は詠唱を使うと大幅に効力が増す。

私の異能力は瘴気を祓って浄化する力……。

それを増幅させれば、この里全体の瘴気は祓いきれるはず。


「お願い……戻ってきて、デボティラッ!」


『───あ"あぁ…ッあ"あ"ア゛ア゛ア゛ァッ!!!』


私の叫びと共に、彼女の中から邪悪な気配が抜け出してきた。


瘴気を飲み込むたび、魔法の幹は輝きを増し、

そして──霧雨のようにふっと消えていく。


『あぁ……わ、私は……』


瘴気を失ったデボティラは、細い身体を震わせながら……


「ッ……デボティラ!」


元の、エルフの姿に戻っていた。


白藤の光の宝珠も、私の手元へ帰ってくる。

私はそっと歩み寄り、彼女を抱きしめた。



「ごめんなさい……デボティラ。

私が……貴方と向き合う事から逃げなければ、

もっと違う未来だってあったよね……」


長い年月を生きてきた彼女の身体は、小さくて、驚くほど頼りなかった。


『う……あ、ああぁぁぁぁ……!』


肩を震わせ、彼女はしばらく泣き続けた。


あぁ……終わったのだ。

ようやく、私達の長いすれ違いは――終わった。




これからは、この関係を一から修復していかなければならないけれど、きっと、まだ間に合う。

どれだけ歪でも、壊れかけていても、確かに私達は家族なのだから。


私は抱きしめる腕に力をこめた。

もう二度と、すれ違わない為に。

間違った道を進まないように。


離さないでいよう。




┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈





私がソフィア様と出会ったのは、彼女が生まれたその日だった。



私はとある神社の管理者として、

カテドールフェアリーに暮らしていた。


その神社の名は天泣神社——別名“レモラリクマ”。


神話時代からひっそりと残り続け、あらゆる神が疲れた心を休める場所とも言われる神社。

そして同時に、創造主が封じられたとされる場所でもあった。


だからこそ、人々はこの神社を恐れ、滅多に近づかない。

参拝客もほとんどおらず、風だけが抜けていく。

苔むした石段、雨に洗われた木扉、静まり返った境内……。

通う者がいなければ維持する意味もない。


私にとってレモラリクマは、祖先が代々管理してきたから仕方なく引き継いだだけの、

価値など見いだせない、ただの古びた建物だった。



そんなある日——。


私はソフィア様のご両親と出会った。


海中王国フォンリーマリーの王族と血を分ける名門、

そして英雄を輩出するとされる家門。

スレッド家と共にカテドールフェアリーの共守領主を務める、ロンサール夫妻。


彼らは変わり者だった。

廃れゆくレモラリクマを目にして、本気で涙ぐむほど悲しみ、

それどころか「維持費はすべて出すから、この神社を守ってほしい」と頭を下げてきたのだ。


断る理由もない私は管理を続けることにしたが、

結局やることなど、毎日境内を掃くくらいしかない。

雨の日も晴れの日も、私はただ黙々と神社を磨き続けていた。



そうして月日は流れ……

やがて、ロンサール夫妻の間にソフィア様が誕生した。


彼女が生まれたその日から、夫妻は頻繁にレモラリクマを訪れ、

泣いたり笑ったりする小さなソフィア様を、時に私に預けていった。


貴族として多忙な彼らに代わり、私は彼女と過ごす時間が自然と増えていった。


境内を駆け回り、花を摘み、鈴を鳴らし、拝殿で小さな声で真似事の祈りを捧げる——

いつしか里の者達は、彼女を“巫女”と呼ぶようになった。

治癒魔法に長け、瘴気を祓う異能力まで持ち合わせた才女。

そのうえ穏やかで、優しくて……誰もが愛さずにはいられない少女。


私も、確かに彼女を愛していた。


だからこそ——


彼女が“英雄”であると知った時、胸が裂かれるほど絶望した。


こんなにも尊いこの子が、

帝国のために命を懸けて戦い続けねばならない存在だなんて……。

どうして受け入れられるだろう。



それだけでも十分苦しいのに、

追い討ちをかけるように、ロンサール夫妻は十年前の大戦争で亡くなった。


彼らはその日、帝国の外へと赴いていた。

破瘴の結界は帝国外には届かず、多くの他国がその日に滅んだ。

……それ自体は、まだ理解できた。

ただ彼らの死を悼むだけで済むはずだった。


だが私は“恐ろしい事実”を知ってしまった。


ロンサール夫妻だけではない。

皇族であるコンド様以外の英雄様方……。

彼らの両親も、同じ日に、揃って国外へ向かわされていたのだ。


四大貴族が足並みを揃えて帝国を離れるなど、前例がない。

催しや外交行事を調べても、影も形もない。


——これは偶然ではない。

意図的に、英雄達が手の届かない遠方へ送られたのだ。


帝国が求めるのは、英雄の犠牲……。

英雄によって保たれる“偽りの平和”。

邪神に抗える彼らの力だけが欲しい。


そのために、彼らの意思も、支えとなる保護者も邪魔なのだ。

気づいた瞬間、全身が震えた。

あぁ……なんておぞましい。

なんて醜く、なんて恐ろしい。


気づいてしまった私は、その場で帝国を焼き払ってしまいたいほどの憎悪に飲まれた。


……だが、相手は帝国。

私一人で潰せる規模ではない。


そう考えた時……ふと脳裏に浮かんだのが“破壊者”の存在だった。


彼らの、粗野で凶暴で、品の欠片もない力。

借りるだけでも反吐が出る。

けれどもう、手段を選んでいる場合ではなかった。


すべては——

この帝国に“真の平和”をもたらすため。

英雄のような、哀れで惨めな存在を二度と生み出さないため。


そんな重く濁った憎悪を抱えたまま、私は破壊者となったのだ。

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