命芽吹く絵画
「…そうだ!良かったら、これから私と一緒にお祭り、見て回りませんか?」
「え、いいの?! 勿論一緒に行く! ヤッター!!」
虚しくも試食事件の調査がほとんど成果を得られないまま終わった直後、アルテがぱっと顔を明るくして、そんな提案をしてくれた。
リハイトは午後から見回りの任務があるらしく、さっき別れたばかりだ。
今この場にいるのは、私とアルテの二人きり。
私はアルテの素敵すぎるお誘いに即答すると、胸の奥に溜まっていた暗いものが少し溶けていくようで、思わず小さくガッツポーズ。
アルテとゆっくり一緒に居られるのなんて久しぶりだし……いい気分転換になるかもしれない。
✿ ✿ ✿ ✿
「ここが展示スペースです。
知っての通り、ここでは様々な芸術作品が鑑賞できますよ」
広いフロアに足を踏み入れた瞬間、空気の温度がひとつ上がったように感じた。
展示台と壁一面に並ぶ色とりどりの作品。
作品から滲み出る熱量が、空気そのものをじんわりと温めているのだろう。
芸術心祭では、一人ひとりに大きなスペースが与えられるらしく、帝国中の芸術家たちがこの日のために大型作品や新作を大量に制作してきたらしい。
――なるほど、通りでどのブースも気迫がすごい。
「ねぇねぇ! 私、アルテの作品見てみたいな!」
「わぁ! 私の作品、見てくれるんですか?
嬉しいです、探偵さん!」
嬉しさが抑えきれないのか、アルテはぱぁっと花が咲くような笑顔を見せた。
ふだんの、どこか儚げな雰囲気からは想像できないほど、生き生きとした表情だ。
その姿を見るだけで――
あぁ、この子には戦いや役目なんて似合わない。
本当はずっと、好きな事を……好きな絵を描いていてほしい――
そんな願いが自然と胸に浮かんだ。
……まぁ、今のへっぽこな私では、
まだどうにもできないんですけどね…悲しい現実。
「わぁ! コレ大きい絵だね! 時間かかりそう…
あ、小さいのもある! 細かい描写が好きなの?
こっちの絵は金魚! これは亀!この鳥は……翠羽かな?」
"絵を描く芸術"に力を注いでいる…と、言っていただけあって、アルテの展示スペースには、色彩豊かで生命感に満ちた動植物の絵がずらりと並んでいた。
どの絵にも、自然の息遣いが封じ込められていて、絵の中の世界が今も動いているように感じる。
流石は翠山の四山領主……。
自然界を人一倍知っているだけあってか、その自然物の描写力には、本当に驚かされた。
見れば見るほどに、仕事量の多さが伝わってくる。
制作過程を全く見ていない私にも、作品への熱量がひしひしと感じられた。
「───あれ?」
そんな作品群の中、一枚だけ異彩を放つ絵があった。
「これって……」
気づけば私は、その一枚の前で足を止めていた。
「狐……いや、フェネック狐…?」
燃え盛る炎を背に、ただ一匹、気高く佇むフェネック。
ふんだんに使われた上品な朱は――どこかで見たものに似ていた。
あ……、そうだ。
アルテが夢で見せてくれた、燃え落ちる翠山の色だ。
どうして、あんな辛い光景を絵にしたんだろう?
そんな疑問が胸に浮かんだ瞬間――
「その絵は、華暖……
私の妹をモデルにしているんです」
「え? このフェネックが?」
アルテの静かな声を聞いて、私はさらに首を傾げる。
夢で見た妹ちゃんは、桃色髪の小さな女の子だったはずだ。
どうして獣の……狐の姿で描かれているのだろう?
なんて、不思議に思っていると、私が問いかける前に、彼女は自分の絵へ視線を向けながら言葉を続けた。
「華暖は私と違って妖族の血が濃かったので……
もし破天兄さんや雅火のように化け術を身につけていたら、こんな姿になるんじゃないかと思って描いたんです。まぁ、結局は私の想像の産物でしかありませんけどね。
それと、あの子は……火の魔法使いだったんです」
「あ……だから背景が火で覆われてるんだ」
ようやく絵の意味が繋がって、胸の中でストンと理解が落ちた私は、改めて絵を見つめる。
早く……この子に、会ってみたいと思いながから。
「……ねぇ、アルテ!
妹ちゃんに、早く再会できるといいね!」
「!……えぇ。待ち遠しいです」
私の言葉に、アルテは一瞬だけ驚いたように目を見開き……そして、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
妹との再会――
それはきっと、今のアルテにとって何よりの願いであり、希望そのもの。
だからこそ私も心の中で、そっと願う。
――その時が来たら、どうか。
今度こそ、私にも力にならせて。
……アルテの力になれますように!
絵の中のフェネックの瞳を見つめながら、
私は強くそう思った。
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「私…絵を見るのも好きですけど…
やっぱり、自分で描く方が好きです。
絵が描ければ、どんな記憶も残しておけるから…」
「ほへ〜…どんな記憶でも…かぁ」
時刻はちょうどおやつ時……。
色とりどりの絵の具や筆、キャンバスが所狭しと並んだ出店の前で、私はアルテとまた芸術の話をしていた。
…まあ、今日は芸術心祭。
自然と会話の“芸術成分”も濃くなるってもんだ。
アルテは店先の画材をそっと手に取りながら、続ける。
「えぇ。写真機が無くても……
この目に映り、記憶に…心に残った景色なら、
描き残せますから」
「わ〜!その考え方、すごく素敵!!」
なぜアルテは絵が好きなのか…という質問を彼女へ投げかけた張本人である私は、現在進行形で、アルテの話に食いついていた。しかも割と興奮気味に。
……うん、私も大概、芸術好きらしい。
まぁ、当たり前か…。
たとえ記憶を無くしていても、私とて、この星の生き物には変わりないからね。
その後も、そんな調子でお喋りを続けながら歩いていくと、広場のあたりで見覚えのある影……というか、さっきぶりの人物が目に映り、私は目を丸くした。
「あれ?リハイトだ…!
見回りって、この辺りを担当してたんだ!」
そこにいたのはリハイト。
うわぉ……でもよく見たら、めちゃくちゃ機嫌悪そうなんですけど……。どうしたのかな?
遠くからでも分かるぐらいの不幸&不満オーラ……。
歩くたびにその鬱憤を撒き散らし、近付くもの全てに呪詛を撒きそうな雰囲気を漂わせているリハイトを見て、私はそっと首を傾げた。
おっっっかない!
うん、多分アレは近寄っちゃダメなやつだ。
落ち着くまで近付かんとこ…。
「…折角のお祭りなのに、事件の調査と警備だけで一日が終わっちゃうなんて…なんか勿体ないね」
私が思ったことをそのまま口にすると、
アルテは静かに頷いて言った。
「そうですね……。でも、警備無しでの大規模な行事開催は難しいですから……。
実際今日も事件が起きてしまいましたし…。
いつトラブルが起きても迅速に対処できるよう、誰かが警備しないと…。
そういえば、先生もこの後“逆さクラゲの舞”の会場で警備を担当するそうですよ」
「そっかぁ……じゃあレインとも回れない…か」
他の皆と祭りを楽しめない事を残念に思いながら、私は引き続き、リハイトの様子を見ていた。
彼は、声をかけてくる民達に渋々…(本当にすっごく面倒くさそうに)対応している。
「……天青の…氷の加護があらんことを」
「あっ、今の英雄の挨拶だ……久々に聞いたな。
すっごいダルそぉ…」
声色まで見事に気怠げだ。
「あはは……。師匠は一番あの挨拶が嫌いですから。
それを全く隠す気が無いところには、感心します…」
アルテは苦笑しながらそう言った。
うん、アルテも目が若干死んでるよ。戻ってきて。
「ていうかさ、リハイトがあんなに不機嫌な理由……
あの挨拶しまくらなきゃいけない状況にイラついてるからだよね、絶対」
私が言うと、アルテは困ったように微笑んで頷いた。
……そこで、ふと。
「あ、そういえばさアルテ。
なんでリハイトの事、"師匠"って呼んでるの?」
「え?と、突然ですね?
どうして師匠の呼び方なんて……」
さっきから不機嫌なリハイトの観察で暇つぶしをするという失礼千万な事をしていた私は、話題転換ついでにずっと気になってたことを聞いた。
「ん〜……なんというか、今日は芸術心祭だしさ…?
芸術の話がもっと聞きたくて!
“師匠”って呼ぶのは、リハイトがアルテの"芸術の師"だからかな〜って」
私の言葉に、アルテは目を丸くした。
「た、確かに私は彼を“芸術の師”として尊敬していますけど……何故わかったのですか?」
「え?それは……正直言うと直感!なんとなくだよ!
レインを“先生”って呼ぶのは魔法を教わったからで、コンドは物知りだから“博士”、ソフィアは里の巫女だから“巫女ちゃん”。
じゃあリハイトは……ってなると、“芸術”かなって!」
「あらまぁ……ふふっ、直感でしたか」
彼女が皆につけた渾名の由来を思い返してみせると、アルテはぱちぱち瞬きをして、そして小さく笑った。
「う〜ん……そうですね…。
きっかけは単純に、彼の芸術活動に憧れたからです」
「憧れ?」
「はい」
私が彼女の言葉を復唱すると、アルテは頷きながら話を続けた。
「私、理想の光景を追い求め過ぎて、絵を描く上で一番大切にすべき事を忘れていた時期があったんです」
「大切にすべきこと…って?」
私はまたまた首を傾げてその先を待った。
するとアルテは指先を頬に添え、ふわりと微笑む。
「大切なのは一つだけ。“楽しむこと”です」
「…!」
目からウロコ、とはこのことだ。
確かに……楽しむのが一番大切だよね。
好きな事を続けるなら、楽しんだ方がやりやすいだろうし、何より…楽しめなかったら、嫌いになっちゃうかもしれない…。
そしたら、それはもう芸術じゃない。
芸術は、"自分が好きな表現"なんだもん。
「まぁ、これは絵に限らず…
多くの芸術にも言えることなのでしょうね」
私は深く頷いた。
でも“楽しむこと”とリハイトがどう繋がるんだろう?
そう考えて再び首を傾げていると、アルテは続けた。
「私が楽しむ気持ちを忘れ、ただがむしゃらに描き続けていた時……絵を描く楽しさを思い出させてくれたのが師匠でした。
『好きなことで苦しむな、楽しめ』…と、たった一言でしたが。
その言葉が、あの時の私には本当に効いて…。」
それは炎の渦に沈んでいた彼女の心を、
ひょいと拾い上げた言葉だったのだろう……。
「私は、彼の作品を初めて見た時に“師匠”と呼ぶようになりました。
絵を描く喜び、作品への愛…それがひしひしと伝わってきて。
……今でも鮮明に覚えています。
彼の作品は、それまで見てきたどんな作品よりも素敵だったんです」
そう話すアルテの眼には、いつもの影がなかった。
彼女が心の底から、リハイトの事を尊敬し、
彼の作品に惹かれ続けているのだと解る。
「何年経っても私は未熟者で……師匠から学ぶこと、まだまだ沢山あります。
毎日なにかを学べるって…とても楽しいですよ」
にこっと微笑んだアルテは、再び画材へ視線を向けた。
私は彼女がリハイトの事をどれだけ敬っているのか理解して、新たな質問を投げかけた。
「じゃあさ、アルテの絵って…
リハイトの絵柄に寄せたりしてるの?」
「いいえ、全然」
「あ、似てないんだ」
即答。
どうやら弟子入りしたからといって、技法を真似するわけじゃないらしい。
「絵には個性が出るものなのです。
各々の個性を消さず、自由に表現した方が断然"面白い"でしょう?
……それぞれの作品には、作家が人生で得た物語が詰まっているのですから」
「!…確かにそうだね!」
私は感動して目を輝かせた。
“個性”って言葉、芸術ポイント高すぎる!
真似しない…いや、真似出来ないからこそ、
それぞれの作品は輝くんだもんね!
そう考えてアルテを見ると、私の心が視えたのか、彼女はコクリと頷き、口を開いた。
「芸術世界において、亜流は一番避けるべき行為…。
もちろん練習や参考程度なら、自分の力になりますけどね。
他者の技を“ほど良く”取り入れるのも大切です」
「ほど良く、か……、うん!勉強になった!」
私は久々に筆を走らせ、今の会話をメモ帳に書き留める。
久しぶりにこのメモが埋まっていくのが嬉しい。
そして何より──
この星と、私達を創った神様が愛した“芸術”というものを、少しずつ理解できている気がして。
その瞬間が、私はたまらなく好きだ。
「……。」
……星だけじゃなくて、こんなに素晴らしい芸術を愛した神様も救えたらいいのに。
そんな考えが不意に胸の底から浮かび上がり、
私は慌てて首を振った。
まるで、余計な思考を頭から振り落とすみたいに。
……ダメダメ!今はそんなこと考えてる場合じゃない。
まずは邪神の件をどうにかしなきゃいけないし、
英雄の宝珠だってまだ揃ってない。
力の覚醒だってまだだし……それに……
私達が倒さないといけない邪神は“創造神”。
……だから、
もう……救うなんて───。
「──それはなんか……寂しい、な……」
ぽつりと漏れた自分の声にハッとして、
私は急いで気持ちを持ち直した。
寂しいって、なんだ。いやいや、ダメ!
暗くなるような方向に考えちゃだめだってば!
自分を叱るように気合を入れ直し、
視線をぐっと先へ向ける。
すると——
「あれ?……あの人って……」
少し先の人混みの向こうに、特徴的なしっぽが揺れた。
私はピンときて、目を細める。
「翠雨様ですね」
横でアルテがそっと頷く。
「アルテの……お祖母様」
「えぇ。私の大切な家族の一人ですよ」
彼女の声音が、いつもより少し柔らかかった。
せっかくお会いしたんだし、ちゃんと挨拶しなきゃ——
私はそう思い立って、アルテの手を取ると、翠雨様へ向かって歩き出した。
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「ごきげんよう!領主様!」
人混みを抜けて近くまで来た私は、迷わず翠雨様に声をかけた。
すると、彼女はゆるりと振り返り、薄く微笑む。
「おや……?御機嫌よう、探偵。
今日も活気があって結構ですね」
「はい!今日も元気です!」
どうやら翠雨様は、私の事をちゃんと覚えていてくれたようだ。
それがすごく嬉しくて、思わず胸が張る。
「あ、そういえば……
まだフェニシアに会えてなくて……すみません」
しかし、不意にフェニシアの件を思い出して、
まだ再会もできていない事を謝った。
すると、翠雨様は私を咎めることなく……
「そういえば、貴方はフェニシアに驚かせてしまった件を謝罪したいのだったか……。
だが、あの子は神出鬼没。簡単に会えないのも無理はないでしょう」
そう言って慰めてくれた。
「焦る必要などありません。
いつか必ず再び相見える時が訪れる。
その時は、あの子に誠意をもって接してあげなさい。
さすれば───
あの子も、貴方を受け入れてくれるでしょう」
彼女は慰めるように優しく、私の頭を撫でてくれる。
その手は……驚くほど、あたたかい。
「はい!領主様……!」
胸の奥に灯りが灯ったみたいに、心が軽くなる。
無責任に「頑張れ」とだけ伝えるのでは無く……
こんなふうに真正面から助言をくれる大人って、本当にかっこいい。
私もいつか、こんなふうになれたらいいな。
「次は絶対に、お行儀よく接します!」
「ふっ……そうしなさい。
貴方の心は清い……フェニシアも気に入るでしょう」
「そ、そんな…!私の心が、清らかだなんて…!」
直球すぎる褒め言葉に、私は一気に顔が熱くなる。
素敵な大人に褒められると、喩えお世辞だとしても嬉しくて……だめだ、照れる……!
……でも、うん。
翠雨様のおかげで不安がだいぶ薄れたのは事実だ。
謝罪の件は、焦らずゆっくり頑張ろう。
——でもやっぱり私だけじゃ、フェニシアに言葉が通じないだろうから、通訳係リハイトも連れて!
私はそう考えて、まだ広場にいる彼へ視線を向ける。
すると、そのタイミングで丁度リハイトと視線が合った……ので、「絶対一緒に行こうね☆」という念を込めて大袈裟にウィンクしてみた。
「……。」
……のだが、
アルテと違って、人の心が視れない彼に
心底呆れた表情を向けられたのは……言うまでも無いだろう。
なんなら、心無しか「何やってんだ、お前?」という副音声までもバッチリ聞こえてくる。
…よし、連行確定だリハイト。
「───そうだ……翠嵐」
そんな感じで…
私がリハイトと(一方的)ジェスチャーでやり取りしていると、翠雨様が静かに口を開いた。
「舞が始まる前に、
お前へ話しておきたい事がある」
呼ばれたアルテは、空気が変わったように背筋を伸ばす。
まるで風向きが一瞬で凛とするような気配だ。
「承知いたしました、翠雨様。
……すみません探偵さん、少し行ってきますね。
見たい場所があれば私に構わず向かっていてください」
「うん、わかった!ごゆっくり!」
彼女は一礼し、去り際に小さく私へ囁くように声をかけてから、翠雨様のあとを追った。
「───?」
……あれ?
今の、なんだろ……?
アルテが私に声をかけた時、ほんの一瞬、
自分とは違う“魔力の流れ”が頬をかすめた気がした。
でも…魔力跡が視えないし……
…気のせい……だよね?
……たぶん。
私は自分のものでは無い魔力の流れを感じながら、
再び、作品展示エリアへ足を向けた。
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私が展示エリアに戻って来た理由は、
一人で改めてアルテの作品を見返すためだ。
……さっきは思ったより会話が弾んじゃって、
観賞よりもアルテの話に夢中になっちゃったからね。
「確か……この辺りに……あった! アルテの作品!」
彼女の展示スペースに着くと、私は思わず早足になり、絵の並ぶ空間をすり抜けてアルテの作品達へ駆け寄った。
白い壁に整然と並ぶ額装の中、
彼女の絵はひときわ温かな気配を放っている。
「わぁ……やっぱりこの子達、みんな生きてるみたいだ!
アルテが絵を描く芸術をさらに極めたら……
この子達に、本物の命を吹き込めたりするのかな……」
絵の中の動物達は柔らかな光を浴びて、
今にも瞬きしそうに見える。
……あれ? でも、芸術を極めてそんな事が本当に出来ちゃったら、みんな創造神になれちゃうのでは?
「ッ?!」
……って、いや、ダメダメ!
そういう考えがあったせいで、神様はこの星から消されちゃったんだから。
力があり過ぎると、待っているのは破滅だけ……
なんだろうな。
「ねぇねぇシャム〜!見てこの絵!めっちゃ赤い!
私、チョー好きなんだよね〜赤色!」
「わぁ〜ホントだ。
この絵はクイーンにピッタリだねぇ。
でもこれは……ただの赤じゃなくて、朱色かなぁ」
私がおかしな空想に沈んでいると、不意に
後ろから聞き慣れない声がした。
……き、気付かなかった!
他のお客さん、近くにいたの?!
広い展示スペースとはいえ、完全に油断してた……。さっきの呟き、聞こえてない……よね?
なんて、焦って振り向こうと私が体を動かした瞬間、
「?!ぁわッ?!」
運悪く、真後ろにいたお客さん達に
軽くぶつかってしまった。
……くそう。なんでこうもトラブル体質なんだよ私!
衝撃は大したことなかったとはいえ、
ぶつかったのは事実。とにかく謝らないと……!
「あ、マジでゴメンね?痛くなかった?」
「ぶつかっちゃって、ごめんねぇ」
「え? あ、だ、大丈夫……です!
こちらこそ、ごめんなさいッ!!」
私が頭を下げかけたところで、
お客さん達の方が先に声をかけてくれた。
……な、なんていい人……。怖い人じゃなくて良かった……。って、いや、申し訳ない……。
「私の不注意でぶつかってしまい、
本当にすみませ……って、あれ?」
しかし……そうして一人心の中で騒ぎ、謝罪しながら顔を上げた瞬間、目の前からお客さん達の気配がふっと消えた。
慌てて周囲を見渡す――
が、いない。どこにもいない。
確かに、ついさっきまで"二人のお客さん"は私の真後ろに立っていたのに……。
一瞬他のお客さんの中に紛れてしまった可能性も考えたが……いや、それは無い。
逆さクラゲの舞が始まる時間が近いせいで、お客さんの数はめっきり少ない。
そもそもこの広い展示エリアの中、私の視界の外まで一瞬で移動なんて……ありえる?
……それは、無いでしょ。
あれ?そもそも……本当に、あれって“人”だった……?
……うん。
色々考えたけど、どれも説明できない。
「…………お、お、お化け――ッ?!?!」
忽然と消えてしまった二人に対してパニックになった私は、叫びながら展示エリアを突っ切り、外へ飛び出すと、迷わずアルテの元へ全力疾走した。
魔物は平気になっても、お化けは別だ。
……だって魔法でも倒せそうにないんだもの。
まぁ、試したことはないけども。
震える肩を押さえながら、私はただひたすら走った……。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
……叫ぶ探偵が展示エリアから飛び出したあと、
二つの人影が、影のように揺れながら姿を現す。
「…ねぇ? "シャム"……さっきのってさ……」
「……うん、そうだねぇ……"クイーン"」
その二つの影は、
探偵が駆けていった方角をじっと見つめ……
その瞳に、じわりと邪悪な光を宿した。
「"魔女様"に、報告しなきゃね?」
……不吉な空気が、展示エリアの奥で静かに蠢き始めた。




