樒香る祭影
「えぇー?!?!
毒味役以外の人達が毒を食した?!」
「はい……実は、料理に混入されていた毒の発見が遅れた事により、毒味役以外の方にもあの料理を提供してしまったのです…」
私達は事件を早急に解決する為、料理を運んでいた人々や、倒れた毒味役の方々から必死に情報を集めていたのだが——
まさか、毒の被害がすでに祭りのお客さん達にまで及んでいたなんて。
「なんてこと…」
レインは頭を抱え、悔しそうに回収された料理へ視線を落とした。
陽光を受けて輝いていたはずの料理は、今はただ冷たく沈黙していた。
「こうなってしまっては……
今年のお祭りで、料理を提供することは難しそうね」
「ッ、そんな……」
仕方のないことだとしても、胸が締め付けられる思いだ。
犯人のせいで、和茶さんのような腕利きの料理人達が、この日のために魂を込めて創り上げた“すべての料理”が無駄になってしまう……。
それに……それを楽しみにしていた大勢のお客さん達から、その喜びの瞬間までも奪われてしまう。
想像するだけで、やるせない気持ちが波のように押し寄せた。
「ッこんのぉ…!!
一体どっこまで祭りを台無しにすれば気が済むんじゃー!!」
事件調査に同行してくれている和茶さんは、もちろん激怒していた。
次々と廃棄されていく料理を見て、怒りの声はますます大きくなる。
「酷い……」
…気の毒だけど、どうしようもできない。
少なくとも、この事件を解決できなければ。
「ッ…油断した。来年は、料理の毒を検知できる装置でも創らないといけないな…」
あれ……なんか今、
リハイトが凄い事をサラ〜ッと言ったような…。
被害状況を聞いて全員が沈み込む中、彼は倒れている毒味役達へ視線を向けながら、静かにそう呟いたのだ。
「毒の検知…って、そんな物創れちゃうの?!」
思わず声が裏返る。
通常の毒は魔力を含まないため、魔力感知では一切捉えられない厄介な代物だ。
それに……この世界には医学でも解明できないような特殊な毒が多い。
それ故……毒を確実に検知する方法を一から作るとなれば……この世に存在するあらゆる毒の成分を把握し、膨大な分析をしなければならないはず。
リハイトは大抵の事ならそつ無く熟してしまうので、毒検知装置の創出も、ありえない話では無いが……やっぱり凄すぎる。
「…もちろん簡単には創れないさ。
でも創るしかないだろ、人命がかかってるならな」
淡々と返す声に、迷いがひとつもない。
けれど……
「あ……」
そこには、
錬金術師としての好奇心や創作意欲もなかった。
ただ、“英雄”として背負わされた義務だけが重くのしかかっているのだと……嫌でもわかってしまう。
できるかできないかの問題じゃない。
どれだけ困難でも、人々を守るためなら創り上げるしかない。
そんな諦めにも似た覚悟が、彼の横顔から痛いほど伝わってくる。
「そう……だね…」
私はただ、それだけを絞り出すのが精一杯だった。
“英雄”は、どれほど難しい事でも、可能である限りは帝国と民のために力を尽くさなければならない。
血の滲むような努力を、一生、他者のためにし続けなければならない存在——。
何度目か分からない……でもやっぱり改めて思い知らされた。
この帝国に縛られた英雄たちが背負わされている、あまりにも不憫な立場と現実を。
✿ ✿ ✿ ✿
あれからも暫く情報収集を続けていた私達だったが、集まる情報はどれも似たり寄ったりで——
事件解決の糸口になりそうな“新しい情報”は、結局ひとつも得られなかった。
今は情報を少しでも早く集める為、私は皆とは別行動している。
「はぁ…」
……にしても、進展がなさすぎて、そろそろ心が折れそうだ。
それでも私は頭を抱えながら、必死に考えてみたのだが——
何一つ、決定的な手がかりは思いつかない。
むしろ、
……うーん……まいったなぁ。
こんなに人がいるのに証拠が何も出てこないなんて……犯人は一人じゃなくて、大勢で動いてる?
それとも、今日のためにずっと裏で準備していたのかも……?
などと、考えれば考えるほど、そこら中にいる人達全員が怪しく見えてくる始末だった。
「───あら?あらあら〜?」
そんな思考の迷路に迷い込んでいた時だった。
「あらぁ~♪もしかして、探偵さん? 」
突然、背後から声をかけられる。
ぱっと振り返ると、そこにいたのは——
「え?……ル、ルネッタさん?!」
元海中王国、現・海中都市“フォンリーマリー”の王様、ルネッタ様だった。
「うふふっ♪♪」
彼は相変わらず、王族ならではの煌めくオーラをまとっていて……思わず息を呑むほど、美しい…。
私は初対面の時同様……
その優雅な姿に見惚れてしまい、反応が遅れた。
「お久しぶりね〜♪ 会えて嬉しいわぁ♪」
「私もです! あ、コホン……
ご無沙汰しております、ルネッタ様」
お、おっといけない……。
嬉しさが先に出て、つい友達みたいな返事をしてしまった。
アリアからは「礼儀なんて気にしなくていいから、今まで通りで接してほしい」と散々言われているので、彼女にはいまだにフランクに接しているけど——
せっかくレインに作法を教わったのだから、あの努力は無駄にしたくない。
それに……何故か彼には、無礼な態度を取りたくないと……私の本能がそう告げるのだ。
「まぁ!うふふ…♪♪」
私が言い直したのがよほど可笑しかったのか、
ルネッタ様は口元を押さえて、くすくすと楽しそうに笑い続けていた。
……今も対して変わらないけれど、これまでこ私は礼儀の“れ”の字も知らない無作法者で、正直、思い出すだけでも恥ずかしい。
魔法や帝国のことを学ぶので精一杯で、周囲との身分差なんて気にしている余裕もなかったとはいえ……
できることなら、過去の自分を正座させて説教したい。
そんな私の胸の内など露知らず、ルネッタ様は相変わらず楽しげに笑っている。
……いや、楽しそうなのは何よりだけども。
「…あ、あの。ところで、
ルネッタ様は、何故こんな所に?」
私は暫く彼の美しい笑顔を眺めていたが、ふと疑問が浮かんだ。
ここは、毒の症状が重い人達が運ばれてくる医療スペースだ。
いるのは医療関係者と患者さんばかり……。
健康そのものなルネッタ様が、わざわざ来るような場所じゃない。
「ん〜…実はねぇ〜……」
問いかけると、ルネッタ様はぴくり、とほんのわずかに表情を引きつらせた後、
ゆっくりと、この場に来た理由を話し始めた——。
✿ ✿ ✿ ✿
「えぇーッッッ?!?!」
ルネッタ様から事情を聞かされた私は、あまりの衝撃に思わず叫び声を上げてしまった。
なんと——
ルネッタ様とアリアの弟である“リアム”までもが、毒入り料理を口にしてしまったらしい……。
しかも、毒の発見が遅れたため、彼の症状はすでに重症化しているという。
「そうなのよ〜……。
リアムったら〜香草入りのパンをた〜くさん、食べてしまったのよ〜……」
「え……パンにも毒が?!」
事件がなかなか解決できず落ち込んでいたところに、この知らせだ。
……なんてこと……。
ついに、王族にまで被害が出てしまった。
これでは、お祭りそのものが台無しになってしまうかもしれない。
被害をこれ以上広げないつもりだったのに、結果的には防ぎきれなかった。
いや——毒の発見が遅れてしまった以上、私達が奔走していた頃には、もう犯人は目的を終えていたのかもしれない。
このままでは、和茶さん達の無念を晴らせない……!
「毒味役さん達が自分達の体調の変化を伝えてくれた後、すぐに治療を受けさせてもらったのだけど〜……
大丈夫かしらぁ〜……」
医療スペースの奥——重症患者が運ばれていった部屋の扉を見つめ、ルネッタ様は眉を寄せた。
「……リアム」
アリアから、弟の話は何度も聞いている。
まだ一度も直接会ったことがないのに、胸の奥がぎゅっと締めつけられるように心配になって……
思わず名前が漏れた。
「……あら?」
するとルネッタ様が、ぱちりと目を見開き、驚いたように問いかけてくる。
「あらら?探偵さん、リアムとも面識があったの〜?
私、知らなかったわぁ〜」
「あ……い、いえ…!
直接お会いしたことはないんですけど……
アリアから、リアム……さんのお話を、いつも聞いてて!」
慌てて弁解すると、ルネッタ様は一瞬だけ目を伏せ、小さく呟いた。
「そう……アリアが……ね」
「ルネッタさん……?」
かすかな声。
その表情は、どこか——何かを厭うような、影を落とすような……そんな気配を帯びていた。
え、これ……やっぱり私、なにか失礼なこと言っちゃった……?
不安になって様子を伺うと、ルネッタ様はすぐにいつもの柔和な笑顔を取り戻し、軽やかな声で言った。
「ん~?あらあら!私ったらごめんなさいね〜♪
リアムのことが気がかりで、ちょっと動揺してるみたいなの〜気にしなくていいのよ〜♪」
「?……わかりました」
とりあえず、怒らせたわけではなさそうだ。
ひとまず胸を撫で下ろす。
……でも、さっきの表情……。
気のせい……だよね?
そんな私が考え込んでいると、ルネッタ様がぱっと表情を明るくした。
「あ〜! そうそう!探偵さんに会えたら、これを渡そうと思っていたのよ〜♪」
そう言って差し出されたのは、
小さなリボン付きの可愛らしい箱だった。
……え? 私に?
ま、まさか——王族からプレゼントなんて……!
嬉しさと恐縮が入り混じって、私は慌てて両手で受け取った。
「あ、ありがとうございます!
ありがたく頂戴いたします!それで、えっと……これは?」
箱の中身を尋ねると、ルネッタ様はふわりと笑った。
「それはね、海中都市フォンリーマリーが誇る“純白真珠”を使ったアクセサリーよ〜♪
友好の証として受け取って欲しいの〜♪」
「え、えぇ?!
そんな高価なもの、いいんですか?!」
箱の中身が"真珠"……と聞いて、私は一度受け取ったにもかかわらず、反射的に箱を返却したくなった。
勿論贈り物自体は嬉しい……けど、余りにも高価な代物過ぎて、持っているのが怖くなった。
しかし——
「もちろんよ〜♪
でも、もし“いらない”のなら遠慮なく言ってね♪
処分しておくから♪
贈り物はね、喜んでもらえないなら意味がないの〜……押し付けるつもりはないのよ〜♪」
「ッとんでもない!!
ありがたく受け取らせていただきます!!」
…前言撤回、即答した。
とてもじゃないけど、こんなに素敵な贈り物を処分なんてさせられない!
慌てつつ……それでいて恐る恐る箱を開くと、中には可愛らしい真珠のブレスレットが収まっていた。
「わぁ……!」
「うふふ♪ 気に入ってくれると嬉しいわぁ〜♪」
ルネッタ様は、そのまま私の右腕にそっとブレスレットをつけてくれた。
───ぴたり…。
あれ、なにこれ……驚くほどサイズがぴったり。
まるで最初から“私のためだけ”に作られたみたいな……。
って、いやいや……そんな訳ないか。
でも嬉しい……!
「ルネッタさん!
本当にありがとうございます!
すごく……すっごく!気に入りました!!」
「うふふ♪ こちらこそ、受け取ってくれて嬉しいわぁ♪」
そして、ほんの少しだけ声を柔らかくして、私に言った。
「なんだか……あなたの可愛らしくて元気な顔を見ていたら、安心してきたわぁ〜♪
リアムのことは心配だけど……きっと大丈夫よね♪
探偵さん、お互い——お祭りを楽しみましょうね♪」
そう言って、軽やかに手を振りながら医療スペースを後にした彼の歩みは、音もなく……海の泡のように軽やかだった。
✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿
ルネッタ様が医療スペースから出ていったあと、
私は改めて情報収集の作業に戻っていた。
何の進展もないとはいえ……諦めるわけにはいかない。
それに今の私は、ルネッタ様から頂いたブレスレットのおかげで気分は上向き!
やる気だけなら山ほど残っている。
――みんなも頑張ってるんだから、私も頑張らないと!
そう意気込みを固めて、つい指先でブレスレットを撫でていたとき。
ふと、少し離れた机で、事件の情報を黙々と書類へまとめているアルテの姿が目に入った。
淡い光が差し込む医療スペースの片隅で、彼女の横顔はどこか影を帯びている。
半日以上も調査に費やしているのだから当然だけど…その疲労は隠せないほど濃い。
「……。」
周囲を見渡せば、治療を受ける人々の呻き声、薬草の匂い、魔法陣の淡い光──
とても祭り当日の空気とは思えなかった。
「……アルテ、大丈夫?」
私は書類とにらめっこしている彼女を見かねて、そっと声をかけた。
するとアルテはゆっくりとこちらを見て、
沈んだ瞳のまま口を開く。
「探偵さん……あら、それは?」
……しかし、彼女は私の問いかけに答える前に、
私の腕へ視線を向けた。
真珠のブレスレットに気づいたらしい。
「あぁ!綺麗だよね、コレ!!
ルネッタ様に貰ったの!」
「え……あ、そ、そうなんですね……海王様に……」
私が嬉しくなってブレスレットを掲げると、アルテは一瞬だけ目を見開いた。
そして……
「……。」
その後すぐ、複雑になにかを飲み込むような表情で視線を落とす。
ぼんやりブレスレットを見つめ続けるその仕草は、本調子とは程遠いものだった。
それにどこか……ブレスレットそのものではなく、“ルネッタ様”の名前を聞いた瞬間に表情が曇った気がした。
――アルテ、どうしたんだろう?
名前を聞いただけで、あんな顔をするなんて。
もしかして、ルネッタ様とあまり仲良くない……とか?
私は胸の中に不安を抱えたまま、そっと呼びかける。
「……アルテ?」
「「っ……あぁ! す、すみません!
長時間事件のことばかり考えていたからか、少し体調が優れなくて……。
そ、それより、そのブレスレット……とてもお似合いですよ! 綺麗です、探偵さん!」
彼女はハッとしたように我に返り、いつもの柔らかな微笑みを浮かべた。
さっきまでの影はすっかり引っ込んでいて、ルネッタ様への不仲らしい雰囲気も感じられない。
……なんだ、体調が悪かっただけか…。
良かった……いや、良くはないけど!
でも、少なくとも、
さっきの反応は私の気のせいだったらしい。
「ありがと!
……なんかその言い方だと、私が綺麗みたいで……照れるな」
安堵したせいか、アルテに褒められたことを急に意識してしまい、私は思わず冗談めかしてそう返してしまった。
───すると。
「ふふっ……探偵さんは、お綺麗ですよ?」
次は直球で褒められた。
「ッや、やだぁ!んもぉ〜〜!!」
こんなの、ずるいと思う!
こんなにまっすぐな賞賛を聞いて、誰が照れずにいられるだろうか?少なくとも私は無理だ!アルテは褒め上手過ぎるよ!
ま…まずい……このままでは、嬉しさとむず痒さで、余計ほっぺたに熱が籠ってしまう!
「……うわ。」
……ちょっと待て、
おいリハイト!何だその目は!
照れに悶えていた私がハッとなって周囲を見ると、
いつからそこにいたのだろうか……
リハイトが、何とも言えない表情でこちらを見ていた。
……って、ゲッ!!
よく見たら、レインや和茶さんまで集まって来ている。
――え、やだ…。
今のやり取り……どこから見られてたの?!
背中に変な汗が流れた。
けれど……、
「…この様子だと、どうやら全員、それらしい収穫は無かったみたいだな…」
私がまだリハイトへ不服そうな視線を投げつけていたそのとき、彼はまったく気に留める様子もなく、私達の顔を順番に見回して淡々と言った。
……相手にすらされてないっ!
「えぇ、困ったわね…。
今日中に犯人を見つけておきたいのに…」
レインは胸の前で腕を組み、深い溜息を落とす。
長時間粘ったものの、個別に調査しても事件解決に繋がる決定的な情報は見つからなかった。
リハイトの言うとおりだ。
諦めたくないのに。悔しいのに……。
事件を解決できない事も腹立たしいが、何より――
犯人にこのまま逃げられている現状が悔しくてたまらない。
帝国に来てから起きた大きな事件は、どれも未解決のまま積み上がっている。
カッドレグルントの聖獣と宝珠の悪用事件。
カテドールフェアリーの聖水汚染。王都が襲撃された内戦。そして今回の毒料理……。
私が来る前だって、大小さまざまな事故や内戦、魔物の奇襲――どれだけの被害があったんだろう。
それでも。……それでも、何も解決できない自分が悔しい。
「一応、料理の検査は進んでいますが……
やはり毒物を混入されていたのは、亭主さんの料理だけのようです」
重たい沈黙の中、アルテは、お祭りで提供される予定だった料理すべての検査結果を私達へ差し出しながら、おそるおそる口を開いた。
「なんでウチがこんな目に…!」
結果を見た和茶さんは、またもや大激怒。
怒りで髪まで逆立ちそうな勢いだ。
…でも、本当に和茶さんの料理だけに毒が入っていたのかな?
これだけの被害者が出ているのに?
検査結果を追いながら私は考える。
雷華麻辣串、香料パン、焦がし蜜だれ団子、竜髯草の天ぷら……。
……あれ? 改めて見ると、香りの強い料理ばっかり。
「今回使われた毒って、結局、樒だけだったの?」
「はい。味も香りも独特なので、本来なら気付きやすい毒ではあるのですが……」
私が尋ねると、アルテは静かに頷いた。
……なるほど。
料理の香りが強くて、紛れ込みやすかったのか。
……いや、それだけじゃない。
もうひとつ、不自然に思える点がある。
「ねぇ、和茶さんの料理だけで、
ここまで被害が拡大するのおかしくない?」
気になってしまうと、もう黙っていられない。
私はその疑問を皆に投げかけた。
すると、アルテが少し考えてから答えた。
「亭主さんは翠山一の……いえ、帝国一の料理人です。
彼女の料理を好む方は、元々とても多いんです。
毒味役だけでなく、お客さんまでもが毒入りの料理を食べてしまったのは……純粋に、彼女のファンが大勢いたからかと」
「ってことは……犯人は、単純に和茶さんを妬んでる人か、和茶さんの人気を逆手に取って、より多くの人に毒を食べさせたかった……とか?」
「どちらも、ありえない話ではないですね…」
「どちらにせよ最低だけどね」
私の仮説に、アルテとレインが重く頷く。
嫉妬心で他人を陥れる犯人も許せないけれど、人気者を利用して大量被害を狙った犯人なら――
なおさら許せない。
「……とりあえず俺は、重症化した患者達の様子をもう一度見てくる。
今ここにソフィアが来られない以上、俺達で出来る限り治療しておかないといけないからな。
アルテは調査の続きだ。俺に付いて来い。
怪しいと思った奴の心は……容赦なく暴け」
リハイトは私達の推理を聞き終えると、踵を返して医療スペースの奥へ向かった。
休む暇もなく、治療を終えればすぐ調査に戻るつもりらしい。
「承知しました。……探偵さんも、来ていただけますか?」
アルテがすぐに私へ声をかける。
「もちろん! 和茶さんと約束したからね!
犯人をぶっ飛ば……じゃなくて、捕まえないと!」
勢いあまって拳を握れば、
和茶さんが涙目でこちらを見つめた。
「探偵……!ありがとうね」
その声は震えていて、
素直に喜びと安堵が混じっていた。
でも――
「……。」
まだ何も解決できてないのに、
感謝なんて受け取れない。
そう伝えようとして、私は口を開きかけたのだが――
「うおぉぉぉ!!このッまま、いけ好かん性格ひん曲がったぶしょったい犯人に好き勝手やられたままでいられるかぁーーッ!!」
……和茶さんが先に叫んだ。
彼女は今にも殴り込みに行きそうな勢いで、医療スペースの外へ駆け出していく。
……和茶さん……や、やる気が戻って何よりです。
圧倒的な迫力を背中に置きながら、
私はただ呆然とその後ろ姿を見送るしかなかった。
「私は他にもまだ準備しないといけない事があるから、この件は貴方達に任せるわね。
でも、今更お祭りを中止にはできないし…午後までに収穫がなければ、和茶や他の料理人達には悪いけど、今日中の解決は諦めるしかないわ」
和茶さんが勢いよく出ていってしまった後、
レインが少し肩を落としながら、けれど毅然とした口調で私達にそう告げた。
私達は、言い返すこともできず、ただ静かに頷くしかない。
…そりゃそうだよね。
芸術心祭は年に一度、帝国全土から人が集まる大きなお祭り。
料理の提供が止まるだけで、当日に突然「延期」や「中止」なんて出来るはずがない。
頭では理解できても、胸の奥ではどうしても割り切れなかった。
彼女達が今日のために何日も準備した料理が、誰の口にも入らないまま――
そのまま祭りが続いていくのが、悔しくてたまらない。
絶対犯人を見つけたい。早く事件を終わらせたい。
でも、このまま何も掴めなければ、レインの言う通りになってしまう…。
「…警備を強化するなりして、出来る限りの対策はしよう。
もし何かあったら報告してくれ」
「えぇ。でも、もうこれ以上
何事もないことを祈っていてちょうだい」
リハイトが短く告げると、レインもそれに応じ、軽く手を振って廊下の奥へと去っていった。
白いローブの裾が角を曲がって見えなくなると、急に部屋の空気が静まり返った気がした。
そういえばレイン、調査は「午後まで」って言ってたけど……今、何時だっけ?
彼女の言葉を思い返した瞬間、
残された時間が急に気になり始めた。
私は周囲を見回したが、
診療スペースに時計らしいものは見当たらない…。
……ので、仕方なく…渋々――本当に渋々、
服のポケットから例の“アレ”を取り出した。
……あんまり不用意に触りたくないんだけどなぁ。
手のひらに乗せたのは、帝国に来た日に拾って以来、何となく捨てられずにいる“あの腕時計”。
内部で淡く光を放つ、不思議な力を感じるそれは、
未だに…触るたびにビクッとしてしまう。
──けれど、時間だけは驚くほど正確だった。
私は小さな文字盤を覗き込む。
「……午後まで、あと数十分…」
どう考えてもギリギリどころじゃない。
決定的な情報が一つでもあれば違ったかもしれないけれど――
現実は、今日中の解決を諦めるラインに片足を突っ込んでいる。
「……行こっか、二人とも」
それでも。
少しでも時間が残されている以上、やれることは全部やりたい。
私は時計をしまい、気持ちを切り替えて二人に声をかけた。
「あぁ」「はい」
すでに重症患者の部屋へ向かいかけていた二人は、
余計な言葉を挟まず返事だけを返してくれた。
その短い言葉に、二人も同じ焦りを抱えていることが伝わってくる。
…時間が許す限り、私にできることを全部やろう。
強い意志を胸に、私は二人と共に歩き出した。
✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿
「悪いが、殿下に“誰も通すな”と命じられていてな……。
この先へ貴台たちをお通しすることは出来ぬのだ」
重症患者たちの治療スペースまで来た私達は、リアムが寝かされている部屋の前に辿り着いていた。
ルネッタ様から“リアムが倒れた”と聞いた私は、慌てて二人に事情を話し、ここまで急いで来たのだ。
けれど――
扉の前に立つ一人の騎士に、私達はあっけなく足止めされてしまった。
「そんな……リア、殿下の容態は大丈夫なんですか?」
まさか“誰にも会えないほど”体調が悪いのかと思って、
私は不安を押し隠せず問いかける。
しかし騎士は、意外にも柔らかい声で答えてくれた。
「あぁ、心配するな。今は大分回復なさっている」
「そ、それなら良かった……」
胸をぎゅっと掴まれていたような不安が、ようやく少しだけ緩んだ。
リアムが無事ならそれでいい。
私が胸を撫で下ろしていると、リハイトが騎士に今回の事件について説明し始めた。
確かに、私達は何も言わず突然押しかけてしまった形だけれど……
それでも騎士さんは私達の話を遮らず、丁寧に耳を傾けてくれている。
……優しい人だ。
「……という訳でな。リアム王子に話を聞きたかったんだ」
「そうでしたか。事件の調査を……。
英雄様方は相変わらず激務を担われているのだな。
リアム様に毒を盛った犯人を罰するためなら、私も出来ることは協力したい。
だが……私の主は殿下ただ一人故、ご承知おき願う」
彼は事情を理解しつつも、主への忠誠を理由に首を振った。
けれどその声音には迷いの影すらなく、リアムへの深い敬意が滲んでいた。
「いや、いい。気にするな。こちらこそ急に押しかけて悪かった」
「リハイト殿! ご理解いただき感謝する!
この部屋への立ち入り以外であれば、是非とも力にならせてほしい」
リハイトが丁寧に頭を下げると、騎士さんは胸を張って答えた。
そのやり取りのあと、アルテがそっと口を開く。
「騎士様……どうか殿下に、“お体をお労りください”と、お伝え願えますか?」
「翠嵐様……!勿論だ」
その優しいやりとりを見ていた私は、ふと気付く。
……なんか三人、妙に和気あいあいとしてない?
「二人は、騎士さんと知り合いなの?」
首を傾げる私に、騎士さんがすぐに頷いた。
「あぁ。昔から、英雄様方には殿下が世話になっているからな」
それに続いて、リハイトとアルテが補足してくれる。
「まぁな。アレン……こいつと知り合いというより、リアムがソフィアの従兄弟で、俺達とも面識があってな。騎士達とは顔を合わせる機会が何度かあったんだよ」
「騎士様は幼い頃から、ずっと殿下の近衛騎士を務めておられますから」
「そうなんだ……! 騎士さん、ずっと王子様の護衛を……!」
近衛騎士――そんな重要な役職、並の覚悟で務まるはずがない。
胸が熱くなりながら見上げると、彼は照れくさそうに苦笑していた。
「そうだ、貴台とはまだ面識がなかったな。
挨拶が遅れてしまい申し訳ない。
私の名はアレンという。よろしく頼む、帝国の勇士よ」
丁寧に頭を下げられ、私は慌ててそれに倣った。
「こちらこそ、挨拶もせず突然押しかけてごめんなさい!
よろしくお願いします、アレンさん! 私、探偵です!」
アレンさんは杜若色の髪と瞳が美しい人魚で、年齢も英雄達とそう変わらないようだ。
帝国軍所属ではないらしいが――
この帝国では珍しいくらい、まともで優しい人。
絶対に名前を覚えておこうと思った。
✿ ✿ ✿ ✿
──その後、
アレンさんと別れた私達は廊下を歩きながら話を続けていた。
「……でも、やっぱり妙ですね」
「そうだな……」
「え? 何が?」
急に二人が難しい顔をし始めたので、私は慌てて問い返した。
アルテが静かに答える。
「リアム殿下は……辛い料理がお好きではないので」
「え……」
「あぁ。俺の記憶が正しければ……王子は、かなりの甘党だったはずだ」
思いもよらない事実に、私は思わず耳を疑った。
「で、でも……ルネッタ様は“リアムが香草パンを食べた”って……」
あれは確かに、実の兄であるルネッタ様が言ったことだ。
間違うはずがない、と信じていたのに――
「なっ?! 香草パンを?!」
「し、信じられません……。
あのパンにも少量とはいえ香辛料が入っていましたし……。
少殿下自ら、辛いものを口に含むはずありませんもの」
二人が同時に声を上げ、信じられないというように首を振る。
兄であるルネッタ様が、弟の好みを知らないなんて……そんなこと、ある?
いやでも、好みが変わった……?
でも、甘党の人が“苦手だった辛い物”を急に好きになるなんて……。
頭の中で情報がぐるぐる渦巻く。
「……リアムの件は、今回の事件と関係しているかもしれない。
今日は無理だが……日を改めて、リアムに直接話を聞くしかないな」
「そうですね……」
二人はそう結論づけ、今日の調査はひとまず中断することになった。
……私は、一体“何を”信じればいいのだろう。
胸の奥で、何かがひっそりとざわついた。




