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生彩放つ無神世界  作者: 美緑
〜第七章〜破壊讃歌
62/93

白玉亭の店主

「ひ、酷い目にあった…」


「食い意地張るからだろ」


胃の奥がまだじんわり痛む。

色々と吐き出した後、私はレインに背中をさすられながら、魂が抜けかけたような顔でそれだけ絞り出した。


そんな私を見下ろすリハイトは、

心底呆れた目でため息をつき、

いつも通りのド正論を容赦なく投げつけてくる。

……今その正論は刺さる。精神に。かなり。



「にしても本当に危なかったわね…」


レインが、毒入りの煮込み串料理をちらりと横目で見ながら続けた。

皿の中にはまだ香りの余韻が漂っていて、

“美味しそう”という第一印象が余計に罪深く思える。


「こんなもの、もしコンドが口にしていたら……」


「よしレイン、毒を盛った犯人の処刑法は

これと同じ毒を大量摂取させる刑にしようか」


水の入ったグラスをそっと渡してくれたレインの言葉を聞くや、リハイトが急に満面の笑みになった。


切り替え早すぎない?

……いや、それより笑顔が怖い。


「アンタ…気持ちはわからなくも無いけど…

殺意しまいなさいよ。

それに、まだコンドを狙った犯行だとは限らないでしょ…」


「だとしても、だ。

この料理は王族や貴族達にも振る舞われる予定だった物…未遂だとしても重罪だろ」


「それはそうだけど…」


レインがなんとか宥めようとするも、

リハイトの正論に押されて言葉を失ってしまう。


……まぁ、確かに。

皇族・王族・貴族への毒混入なんて最悪すぎるし、

平民相手でも故意の危害は重罪なのがこの国の常識だ。


私はそんな現実をぼんやり噛みしめながら、

毒入りとなってしまった料理を恨めしそうに見つめた。


あんなに美味しかったのに、毒入りなんて……ひどい。

しかも私がせっせと調達した食材が、ぜんぶ無駄になったなんて……。


考えれば考えるほど悲しみが押し寄せてくる。

うわぁ…泣きそう。しくしく。

この後は鑑定に回されて、残らずそのまま廃棄だろう。

食べられないのは分かるけど……やっぱりやるせない。

私は“最後を待つ料理達”に、しょんぼりと同情の視線を送った。


──と、その時…

不意に、頭の奥で何かがひっかかった。


……ん?

そういえば――スターアニスに似てる植物で、毒性の高いやつがあったような……

なんだっけ……ええと……。


「ね、ねぇレイン…」


声を掛けると、私の背中をさすっていたレインがこちらを見る。


「毒味役の人達……何か症状、出てたの?」


「え?……ええ。

軽い痺れと、口の中の灼けるような痛み。

あと、胃がキリキリしたらしいわ。

でも量が少なかったから、重症には至らなかったみたい」


……痺れ、灼熱感、動悸……あと、独特の香りの混入…。


えっ、ちょっと待って。

それって……それってまさに――


胸の奥で点と点が一気につながった。


「はっ……!もしかして、”(シキミ)”?!」


その名前を口にした途端、背筋がぞわりとした。

──”樒の実”。それはスターアニスにそっくりな、危険物だ。


「…そうか、樒…」

「樒…って……そんなまさか?!」


リハイトもレインも驚愕したものの、すぐ真剣な表情に変わる。

二人とも串を凝視し、状況を急速に組み立てていく。


周囲の民達はぽかんと口を開け、何が起きているか理解できずに首を傾げた。


「その…シキミ?とは、一体何なのですか?」


「…八角に似ている植物の実だ。

確か…実に強い毒性を含んでいたはず…」


「な、何故そんなものが…?!」


リハイトが淡々と説明すると、

民達は一斉に目を見開き、ぞっとしたように身を縮めた。

……うん、その反応は分かる。私も怖い。


「あ……私じゃないよ?!」


毒に怯えざわつく空気の中、

“食材を調達した本人”として疑われる未来が一瞬よぎり、

思わず両手を上げて叫んだ。

するとレインが、即座に私を庇うように言った。


「それは承知しているわ。

そもそも貴方はコレを……というかスターアニス自体を調達していないのでしょう?

それに、レシピを考えたのが貴方でも、調理するのは料理人なんだから。

貴方が小細工をする余地はないでしょう?」


…え、確かにそうだけど……それだけで私のこと信じてくれるの?

嬉しいけど…判定が甘いような気もする。

あ、でも犯人が嘘ついてもアルテにバレるし…

うん……まぁ、大丈夫か…。


「えーと、なら……料理人が樒を?」


レインの言葉を咀嚼しつつ私が尋ねると、

リハイトが難しい顔で腕を組んだ。


「そうとは限らないが……八角にそっくりだからな。

もしコレが厨房で他の食材と並べられていたら、

誤って――意図せず毒物を混入してしまう可能性はある。

まぁ、とりあえず…先ずは料理人に確認しておくか。

アルテ、料理人を此処に――」

「連れてきました!」


リハイトの言葉が終わる前に、

場に響いたのはアルテの元気いっぱいの声。

いつの間に戻ってきてたの?!

振り返ると、そこには料理人を連れて立つアルテの姿が。


「えぇー?!アルテ?!いつの間に?!」


「いや、早いな…」


アルテがどこかに消えていたことすら気づいていなかったリハイトは、私とは違う意味で驚愕している。


にしても……

展開を先回りして料理人を確保してくるなんて。

ついに未来予知でも習得したのかと疑いたくなるレベルだ。


私達が驚きで固まっている中、

アルテはまるで散歩の帰りにでも話しかけるかのような、いつもの調子で口を開いた。


「雷香辛料は香りだけでなく、味も刺激も強い香辛料です。

そこに後から別の……しかも予定にない香辛料を入れたとなれば……

味付け以外の目的がある可能性が高いです」


そう言いながら、彼女は静かに料理を指し示す。


「それに、この異様な“妖力”の気配……。

試食していない以上、断言はできませんが、

そもそも料理そのものの味を歪めているかもしれません」


"妖力"――妖族が扱う、魔力とは別系統の力だ。

なるほど魔力の流れが感知できなかったのは、力の種類そのものが違ったからか……。


アルテは淡々と続ける。


「とまぁ、色々な理由から“嫌な予感”がしたんです。

なので勝手ながら……料理人の方と、医者の方を呼びに行ってきました。

あ、それからこれも確認してきました」


そう言って、彼女は懐から“問題の実”を取り出して見せた。

なんでも……厨房に置かれていたと云う。


手のひらに転がされたそれは、よく見れば先端の棘が不自然なほど鋭く、八角より一回り小さい。


……うん、どう見てもスターアニスじゃない。

これ、間違いなく樒だ。


────って、いや、いやいや!

こんなの初見で気付けるわけないよ!!

ていうかアルテ!食べてもいないのに、何でそこまで分かったの?!


「でも、なるほど……。だから、あの時――」


樒をしつこいくらい眺めながら、私は呟く。

彼女が突然走り出した理由がようやく繋がった気がして、ひとまず納得した。


……確かに、あの時点でこの料理を警戒すべきだったんだ。

毒じゃなかったとしても“完全に怪しかった”のに。

ンもうッ! 私のど阿呆!!


なんて……

ほどほどに凹んでいると、

アルテが謎の薬瓶を手に取って近づいてきた。


「それと、これは嘔吐剤です。

胃への負担が小さい薬なので、探偵さんでも安心して服用できるかと……。

さぁ探偵さん!頑張って毒を吐き出しましょう!残らずです!」


……うぅ。元気いっぱいに言われても、全然嬉しくないんだけど……。

まぁ、私のために薬を持ってきてくれたこと自体は本当に嬉しい。


でも、でもね……アルテ……、私もう――。

「ア、アルテェ……!!

ありがとう!!

……でも、もう色々……吐き出せたから大丈夫……」


せっかくアルテが薬を用意してくれたのに、もはや嘔吐剤を飲む意味は消え去っていた。

なんとも言えない罪悪感と、人前でダイナミックに嘔吐しまくった羞恥心と、全身にまとわりつく疲労感が、私を包む。

……う“っ。思い出しただけで目眩が……。


「あ〜……その、探偵……。

……ごめんなさいね。さっきのは流石に荒治療が過ぎたわ。

私、だいぶ慌ててたみたい……。

もしやるにしても、せめて人気の少ない場所でやるべきだったわ……」


レインは、アルテの手に乗る薬をちらりと見て、私と同じように罪悪感と疲労をにじませた表情で、しょんぼりと謝ってくれた。


……でも、


「いやいや、とんでもない!

命に関わることだもん!寧ろありがとう!!

レインは悪くないよ!

悪いのは……毒を仕込んだ犯人だから!」


私は勢い任せに全力で首を横に振った。


そう……悪いのはレインじゃない。

今回の事件に関わること、そのすべての責任は――

犯人に向けられるべきなのだ。

絶対に。ぜぇったいに!!


「へぇ……嘔吐剤まで用意して来たのか。

たまには、お前のその単独的な判断も役に立つんだな?」


気づけば、リハイトがいつの間にかそばに来ており、アルテが持ってきた嘔吐剤を興味深そうに観察しながら、褒めているんだか微妙にディスっているんだかわからない口調で言葉を投げかけていた。


……まあ、少なくとも感心はしているらしい。



「えへへ……私は毒物に弱いので、こういう時のために嘔吐剤だけはたくさん用意してあるんです。

自分の身は、自分で守らないといけませんからね!」


どうやらアルテは、リハイトの発言を完全に“賞賛”として受け取ったらしい。

嬉しそうに微笑むその姿は、いつも通りで――でも。


……『自分の身を守る、ねぇ……?』


アルテのその何気ない一言に、リハイトとレインの表情が突然、すっと陰りを帯びた。

おぉっと……。


場の空気がひやりと沈む。

アルテも二人の変化を察したのか、小さく肩を震わせる。


だが二人は怯える彼女をよそに、ゆっくりと、じり……と距離を詰め、妙に楽しげな笑みまで浮かべながら語りかけ始めた。


「戦闘時にも、その“自己防衛”が働いてくれると助かるんだがな?」


「ほんとほんと。毎回毎回危なっかしくて見てらんないわよ。

それから軍の規則も守ってほしいわよね〜?」


「あぁ、こいつは守らなかった規則のほうが、圧倒的に多いからな……。

流石、“問題児”ってやつだよな〜」


内容だけ見ればいつものお説教なのに、なんだろう……。

二人とも、妙に楽しそうに見えるのは気のせいだろうか?


「あ〜そういえば……今月の報告書、まだ見てない気がするんだけど〜?

まさかアンタ、また一人で魔物を――」

「わ、わあぁー!!

なんだか話が逸れましたね!?

早く毒の混入事件を解決しましょう!!」


続々と新しいお説教項目が追加されていき、ついにアルテが強引に話を打ち切った。


あ……そういえば事件の事を考えないといけなかったんだ。

私も二人の勢いに呑まれて、すっかり本題を忘れていた。


リハイトとレイン(保護者ではない。決してではない……多分)は、まだまだ言いたいことが山ほどありそうだったが、やれやれと肩を落としつつ、ようやく事件へと意識を戻した。


「……誤魔化すの下手だな。まぁ、こいつへの罰は後に回すとして……」


「え、ちょ……」


「まずは料理人に話を聞かないとな」

「そうね」


……なんだか、今、流れるようにアルテのお仕置きが確定した気がするのは……気のせいだろうか。

いや、気のせいであってほしい。


「……。」

とはいえ、どれだけ説教されてもアルテの危なっかしい行動が変わらないのは、私も理解している。

仕方ない。フォローは……正直、限界がある。


私は気持ちを切り替え、アルテが連れて来た二人――

医者と料理人へと視線を向けた。



一人は、とても穏やかそうな雰囲気のお婆さんで、周囲の人達に声をかけながら体調を確認していた。白髪をきれいにまとめ、動きには落ち着きがあり、場を包む空気まで柔らかくしてしまうような人だ。


……ふむ、この人が医者なのだろう。

となると、もう一人――

アルテの後ろに控えている若い女の子が“料理人”なのだと思う。


ただ、この子が本当に私の選んだ料理を作った本人である確証はない。

……ので、一応アルテに確認してみることにした。


「えーと、それで……この人が、私の選んだ料理を作ってくれた料理人さん?」


女の子を視線で示しながらそう尋ねると、アルテはコクリと真面目に頷き、意気揚々と私達に紹介しようとしてくれた。……のだが。


「あ……はい、そうです!

こちらは白玉亭の……えっと……あれ?

す、すみません……もう一度、お名前を教えていただけますか?」


「ズコーッッッ!!」

……ッッまさかの聞き直しッ!


私は思わず、その場で盛大に口頭でズッコケた。



あぁそうだった……。この子は人の名前を覚えるのが壊滅的に苦手だった……。

普段から人のこと渾名で呼びまくっているのは知っていたけれど、まさか紹介の瞬間に名前を忘れるとは……!


いやいや…でも流石に、仲間の本名ぐらいは覚えてるよね?

「……。」……あれ?

どうしよう、なんか急に不安になってきた。



…とまぁ、私が勝手に要らぬ心配を膨らませていると、料理人の女の子は目をぱちくりさせ、ほんの少し呆れたような息を漏らしながら、こちらに向き直ってくれた。


「えぇ? んもう、翠嵐様ったら!

本当に人の名前を覚えてくださらないんだから!

しょんない……」


そして、自ら名乗ってくれた。


「ウチは白玉亭の店主、“芳醇和茶”だに!

皆さん、新しい料理の注文ずら?」


……かなり……訛った口調で。


その独特のイントネーションは、

あたりの空気を一瞬ふわっと和ませたほどだ。

ただ、今回ばかりはのんびり料理の注文……

という雰囲気ではない。


「あ、いや。悪いが今回は料理の注文ではないんだ。

実はお前に確認したい事があってな……」


料理人……和茶さんの問いに答えたのはリハイトだった。

彼の声色は、さっきまでの軽口とは違い、

事件の核心に触れる時のものだ。


「ふにゃ?確認……?なんずら?」


和茶さんは、ぽてんと首を傾げる。

大きな瞳が不思議そうに揺れ、エプロンの端を指でつまみながら待っている姿は、なんとも人懐っこい。

その反応に、私達はお互いに軽く頷き合いながら、なるべく簡潔に……そして落ち着いて――

今回の毒混入事件の経緯を説明し始めた。




……~そして、数分後~


「ッえぇーっ?!

ウチの作った料理に毒ぅ?!」


和茶さんの叫び声は、祭りの喧騒を突き抜ける勢いだった。

目をまん丸にして、エプロンの裾をぎゅっと握りしめている。


「あぁ、八角と間違えて樒を入れたりしたか?」


リハイトが落ち着いた声で問いかけると、

和茶さんはさらに髪の毛が逆立ちそうな勢いで怒鳴った。


「はぁ?! 樒?!

そんな恐っろしい物、入れてにゃーよ!

そもそも今回の料理には、八角自体使ってにゃーし……それに!!

ウチが味見した時には毒なんて入ってにゃーっけよ!」


……ものすごい剣幕だった。


周りの空気が一瞬ひゅっと冷えるほどで、

彼女の料理人としての誇りの強さがありありと伝わってくる。


「食の美を追求しているウチが!

毒物を間違えて料理に入れるなんて!

そんな事ありえんし!!」


和茶さんは、ほとんど地団駄を踏みそうな勢いで強調していた。



「ふむ……」


一方、リハイトはというと――

彼女の反応をしっかり観察した上で、眉間に皺を寄せていた。

その表情は、明らかに事件の本質へと集中している時のものだ。


「……となると、やはり誰かが故意的に混入させたのか……」


「うんうん。だって、この料理はお祭りでみーんなに出す料理だでね……。

辛すぎたら子供が食べれにゃーし、香辛料は最低限!

あんまし使ってにゃーよ」


和茶さんはそう言って、

人で賑わう祭り会場をきょろきょろ見回した。


“誰にでもおいしく食べてもらいたい”

その想いが声にも瞳にもにじんでいる。

……その言葉を聞いた瞬間、私は背筋がぞくりとした。


「そんな……八角を使ってないだけじゃなくて……

元は辛くない料理だったなんて……

なら、こんなに辛いのは……」


私は思わず、食べかけの皿へ目を落とす。

口の中にまだ残る、異常なまでの辛味――

あれが“意図した味”ではなかったとしたら……。


「妖術による影響ならまだいいが……

そうでなければ毒を混入させた奴が、

相当な量の毒を入れたってことかもな……」


リハイトの低い声。

胸の奥がぞわりと震える。


「ヒェッ……」


深く考えるまでもない。

これはもう、“殺す気マンマン”の犯行だ。

すごいや……殺意しか感じない!



……と、間抜けにも大量に毒入り料理を食べてしまった私は、震えながら樒を見つめていた。

舌の奥にまだ変な苦味が残り、胃のあたりがざわついている。


そんな私の横で、間を置かず奇声が響く。


「に"ゃー?! に"ゃんちゅうくさみだあ?!

ウチのけっこい料理が、こんなにおぞい料理に?!

誰だぁ"…こんな酷い事したのはーッ!!

出て来いぶっさらってやる!!」


…勿論、和茶さんだ。


「早めに毒に気付けたのは、不幸中の幸いね…。

まぁ、もう食べちゃってるけど」


叫びながら拳を振り回す和茶さんに同情の視線を送ったレインは、今度は困ったように私を見て、肩をすくめた。

その表情を見た瞬間、私の不安は一気に跳ね上がる。

医学や毒の知識なんて、私にはほとんどないのだ。


「ど、どど……どうしよう……、私死ぬの?!」


「吐き出したから問題ないと思いたいがな…。

まぁでも、今から毒をなんとかすれば間に合うだろ。

ほら、症状が出る前に治療するぞ」


助けを求めてレインに縋りついた瞬間、

リハイトが容赦なく私を引き剥がし、無表情で言う。


「うおぉん…死にたくない…」


「大丈夫大丈夫、死なん死なん」


くそぅ…自分のことじゃないからって適当言って!

絶対リハイト、樒なんて食べたことないよね?!

弱音を吐く私をあっさりいなして、

彼はぐいぐいと私を引きずり、さっきのお医者さんのもとへ連行した。




✿ ✿ ✿ ✿




「キイィィィッ!!

ウチの料理に毒入れるなんて……許せに"ゃー…

ッ最低な奴め!に"ゃあぁーーッ! やっきりする!!」


私が治療を受けている間も……

和茶さんの怒りはまったく冷める気配がなかった。

いや、むしろ火に油を注いだようにヒートアップしている。


「芳さん! お気持ちは分かりますが、

ご自分の体を引っ掻き回さないでください!」


「芳さんじゃなーい! 芳醇和茶だに!!」


「す、すみません! 亭主さん!」


「ンもー!!翠嵐様ったらッ!

貴方は私より遥かに身分がお高い方なのに、

そんな畏まった呼び方やめてください!!

ウチは芳醇和茶ーー!!」


…止めに入ったアルテのおかげ(?)で、

怒りの矛先が変な方向へ飛んでいく時もあるけど。




しかし、しばらく経つと、

さすがに怒鳴り疲れたのか……

彼女はその場にぺたんと座り込んでしまった。

湯気のように熱が抜けていき、ぽつりと、萎れた声が漏れる。


「…ウチの料理を食べた人達が『うみゃ〜な』って言ってくれるのが嬉しくて、それで料理人になったのに……。これじゃまるで…ウチが毒入りのゲテモノ作った悪役みたいじゃん……」


「和茶さん…」


悲しげに落ちた彼女の横顔を見た瞬間、

胸の奥がきゅっと痛んだ。


だから、そんな彼女に

なんとかフォローを入れようとしたのだが――


「大丈夫! すっごい美味しかったよ! あの料理!」


「ンッッがぁー!!! 黙れえぇーッ!!

犯人の味付けした料理がいッッッくらうみゃくても、

嬉しくなんてね"ぇー!!

あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ー! ごーがわいてしょんね"ー!!」


……怒られた。


「そりゃそうだろうな…」

「探偵、アンタそれ、なんのフォローにもなってないからね?」


リハイトとレインにも呆れられるし、

もう散々である。


……まぁ、確かに。

咄嗟のフォローとはいえ、今のは我ながらどうかと思う。

うん、こういうの向いてないんだな…私。

なんて反省していると――


「料理を楽しみにしている方々へ向けた亭主さんの想いに、偽りはありません。

犯人は…亭主さんを犯人に仕立て上げるつもりだったのでしょうか…」


この場で私の失態を唯一気に留めていなかったアルテが、眉を下げながら静かに言った。

その言葉をきっかけに、

リハイトとレインも再び“熟考モード”へ戻る。


「そうだろうな。犯行があまりにも雑すぎる」

「ええ。厨房に樒を置いたまま放置しているのも不自然だし……かなり手を抜いた犯行よね…」


「やっぱりぶっさらう」


そして和茶さんは、またも憤怒モードに逆戻りである。


…にしても、犯人は本当にどうして料理に毒なんて……。

そんなことを考えながら

みんなの考察をぼんやり眺めていた時――

ふと、和茶さんのそばに置かれたワゴンの上、

ひっそりと輝く銀の“クローシュ”が目に入った。


「…て、あれ? 和茶さん、これは?」


私が問いかけると、

クローシュを見た和茶さんの目が、忽ちぱぁっと輝き出す。


「え? それはウチが作った……あ! それなら!!

まだ樒が入れられてない、正真正銘!

和茶のけっこい完璧料理だにッ!!」


なんと!

そのクローシュの中には、

まだ誰の手も触れていない“本物の和茶料理”があると言うのだ。


「えぇー?!食べたい!!」


和茶さんの言葉を聞いた瞬間、

私は思わず叫んでいた。

当然、リハイトとレインは呆れ顔だ。


「探偵アンタ……」

「図太いな……」


だがそんなの関係ない!

私という人間に、食欲に勝る欲などないのだ!!

…少なくとも腹ぺこの時は!!



「そうら! たんと食え!!」


「いっただきます!!

んー!! おいっしーッ!!

あ、確かにちょっと甘口で辛味が少ないかも?」


「だら? お口に合って良かった良かった!」


気付けば私は、和茶さんがお皿によそってくれた“完璧料理”を、

ペロリ! と、きれいに平らげていた。

……でも勘違いしないでほしい。

私だって、ただお腹が空いていたから食べたわけじゃない!

決して!

これは“毒が混入する前の本来の味”を確かめるためであって――

……うん、そういうことにしておいてほしい。


ともあれ。

毒が料理の味にガッツリ影響していたことは、これで確定だ。

問題は――ここから。

犯人は今回の犯行で魔法を使っていないから、

魔力跡のような分かりやすい証拠は一切ない。

妖術の痕跡探しは妖族に任せるとしても……

料理に使った皿は銀でもなければ、指紋が残る素材でもない。

どうしたものか……。



それにしても、和茶さんの料理は

とても優しい味で……本当に美味しかった。

こんな料理を毒なんかで台無しにするなんて――

許せるわけがない!


私の中で犯人への怒りは、

ふつふつと鍋の底から煮え立つみたいに膨れ上がっていく。



「探偵さん……毒物を食したばかりだというのに……す、凄い……」


「おいアルテ、感心するとこじゃないからな? 絶対真似するなよ??」


空になった皿をワゴンに戻していると、

アルテとリハイトのそんな会話が耳に入ってきた。

……うん。私も、私の真似はしない方がいいと思う。


「真似は流石に……でも、いつか私も……

 トリカブトに勝てるくらい強くなりたいです」


「それはもう化け物よ……」

「一体どこ目指してるんだよ……」


アルテのとんでも宣言に、

レインとリハイトは安定の呆れ顔。

うーん……私も相当だと思うけど、

アルテはアルテで、強さへの執着が異常じゃないだろうか……。



「にしても探偵?……だっけ?

実物も見ずに樒見抜けるなんて……アンタばか賢い子だね」


「え、なんて?」


三人の会話を聞きつつ、

樒と八角をもう一度じっくり眺めていた時だった。


突然和茶さんからそんな言葉を投げかけられ、

私は意味が掴めずぽかんと首を傾げた。


すると――

気付けばすぐ隣に来ていたアルテがそっと耳元で囁く。


「“とっても賢い子”……称賛の言葉ですね」


「私が、か、賢い子……

照れる……ありがとう、和茶さん!」

……褒められてたんだ!


まさか和茶さんに褒められているとは思っていなかったので、胸の奥がふわっと熱くなる。

嬉しい……。


「でも確かに意外……

探偵、毒物の見分けができたのね」


私がテレテレしていたら、

レインが感心したように、そんな言葉をくれた。


「え?意外かなぁ?

……あ、でも私、植物とか生き物に興味があってさ。

よく大図書室で図鑑見てるんだよね〜」


実は最近、暇さえあれば大図書館に行っている。

初めの頃は付き添い兼案内人のキーマを連れ回していたけど……さすがに多忙な彼を毎回つき合わせるのは気が引いて、今は一人で通うようになった。



「気付いたのは、既に“食べてから”だったけどな」


くッ……リハイト!

その余計なツッコミ誰も求めてないから!!


「仕方ないじゃん!実物は食べた事なかったし……!しかも今回は、粉末にされてた!」


確かに……口に含んでから気付くんじゃ遅いけどさ。

でも匂いも知らなかったんだもん。

いや、妖力で味歪められてたなら誰だってわかんないよ!


なんて言い訳をつらつら並べていると、

今度はアルテが口を開いた。


「……探偵さんの得意な芸術は、

生物学なのでしょうか?」


「?!、私の得意な芸術……!」


そして私は、彼女のその言葉に、思わず食い付いた。


今まで色んな芸術活動を見て体験してきたけれど、未だに“これだ”というものをまだ見つけられずにいたからだ。


芸術を極めれば、魔法も技も広がる。

それはずっと欲しかった“自分の軸”だ。

その可能性を示された瞬間……胸が高鳴った。


「あぁ、そういえば……。

お前はまだ力を注ぐ芸術を決めてないんだったな。

教授の生物学にも興味があったようだし……今日は年に一度の芸術心祭だ。

この機会に、自分の極める芸術を決めておけばいいんじゃないか?」


リハイトの言葉に、ワクワクが一気に現実味を帯びる。

……そんなの、答えはもう決まってる!


「うん! 私、生物学に力注ぐ!!」


胸の底から湧き上がる熱に任せて、

思わず声が大きくなる。


思いがけない形で――

でもようやく見つけた“力を注ぐべき芸術”。


その瞬間、

自分がようやくこの星の一員になれたような、

そんな不思議な温かさが胸の奥に広がっていった。


「ふへへ……」


自然と笑みが溢れてしまう。

なんだか芸術心祭も、より楽しめそうな予感がする!



「うぉーいコラッ!」


しかし、そう思って私がその場でピョンピョンと跳ね回っていると、

突然——


「喜んでる場合じゃなーいッ!

毒のことを忘れるにゃーあッ!!!」


和茶さんの鋭い声が響きわたった。


はっ。そうだった…。

また話が脱線してしまっていた。

今は、この事件をどうにかしないと。


「ごめんなさい和茶さん!

和茶さんの美味しいお料理を台無しにした犯人、

絶対見つけて…一緒に懲らしめよう!!」


自分の芸術が形になったせいだろうか……。

胸の奥がじんわり熱くなる。

湧き上がる力が、背中をぐっと押した。


──“和茶さんのために、この事件を解決する”…そんな思いが自然と強くなる。



「お?いい心意気じゃん!

ずくんねえ不届き者をギッタギタにぶっさらえたら、ごせっぽいね!」

 

「うん!後半よくわかんなかったけど、

とりあえず犯人覚悟しろー!」


勢いは十分だ。

……ただ、やっぱり和茶さんの訛りは相変わらず難易度が高い。

まぁ、なんとかなるでしょ!!


「不安だ」


「まあ奇遇ね、私もそう思ってたわ…」


私と和茶さんがやる気満々で声を上げている一方、

リハイトとレインは、現実から目をそらすかのように……青く澄んだエデンカルの空を、ただ静かに見上げていた。


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