知らない生き物
「このフォルム!この質感!この重量感……!
なんて計算された造形なんだ!完璧だな!」
「はい!特に色味が素敵ですね!
芽吹いたばかりの若葉のように青々しい薄萌葱。
朝日に照らされた朝露を思わせる仄かな輝き……。
とても……美しいです!」
朝日が順調に昇り始めた青空の下、
どこか楽しげな声が響いているのが聞こえ、
私はその方向へ足を向けた。
話の内容からすると、どうやら誰かが“何か”を
猛烈に褒めちぎっている最中らしい。
……何を褒めてるのかは分からないけど。
今日は芸術心祭だし、もしかしたらとんでもなく
すごい美術作品を見つけたのかもしれない!
そう思った瞬間、好奇心がふつふつと刺激され、
私は歩幅を自然と速めていた。
✿ ✿ ✿ ✿
「身体のどのパーツを見てもまったく無駄がない……。
これだけの機能性を持ちながら、ここまでシンプルな構造になるなんて……ありえない!どうなっているんだ!
アルテ!全部記録しておけ!」
「はい!今すぐ! ……わ! 師匠! 見てください!
この子のつぶらな瞳を……!愛い……愛いです!!」
……なんと声の主は、リハイトとアルテだった。
楽しそうなのは何よりだが、この二人は熱中すると
本当に周りが見えなくなるらしい。
「……。」
私がどれだけ近づいても、まったく気づく気配がない…。
これほど二人の目を引くものって……なんだろう?
私はそっと二人の視線の先へ目を向けた。
すると───
「……毛並みが整っているからか、触り心地も……なかなか」
「磨かれた宝石のように艶のある鱗と甲羅……
あぁ……なんて魅力的なの!!」
不意に、二人の腕に抱えられていた“何か”が、ふわりと持ち上げられた。
視界に飛び込んできたそれを見た瞬間、私は思わず固まる。
な、なにあれ……。
今まで一度たりとも目にしたことのない、
“新種”としか思えない謎の生き物がそこにいたのだ。
全体は黄緑色。
身体は硬そうな鱗に覆われ、背には艶めく甲羅。
腹と足だけふわふわの毛が生えていて、
頭には猫のような耳、
尻尾は狐のようにふくよか。
しかもその子だけでなく、周囲には同じような生き物が何匹も地面に寝そべっていた。
野生の獣や魔獣とは違い、
とても大人しく、敵意もないようだ。
な、何この生き物たち?!……すごい……不思議…。
初めて見る生き物を前に、私も二人と同様……
忽ち引き込まれてしまった。
なんて名前なんだろう?き、気になる……!
私はとうとう堪えきれず、
生き物を褒め続けている二人に声をかけた。
「…あのぉ……」
「ッ?!」「みぃッ?!」
すると二人は同時に肩を跳ねさせ、ようやく私に気づいた。
……「みぃ」ってなんだ?
「え…た、たたッ、探偵さん!?ぁお、おはようございます!!
えっ、と、本日はお日柄もよく…」
「うん、おはようアルテ。動揺し過ぎだよ……」
変な声を上げて驚いたアルテは、ものすごく気まずそうに私から視線を逸らし、林檎みたいに真っ赤になりながら挨拶してきた。
……そこまであからさまに恥ずかしがられると、なんだか私まで気まずいので、是非とも落ち着いてほしい……。
「えっと…リハイトも、おはよ」
「あぁ…おはよう」
一方リハイトは、私がいた事に驚いていたわりには、いつも通りの気怠そうな態度で挨拶を返してきた。
うーん、なんだろう……。相手がリハイトだからか、全然動じてないのが逆に気に食わない。
…と、リハイトに対しては失礼かつ理不尽極まりない感想を持ちながら、
私は二人の腕の中にいる謎の生き物へ目を向けた。
「えっと……ところで、二人とも、その子達は?」
そのまま問いかけると、リハイトは抱えている個体の頭に軽く手を置きながら短く答えた。
「新種の獣……キメラだよ」
「き、キメ…ラ?」
「様々なDNAや魔力を加え、混合し、
人の手で創られた創造生物……“合成獣”ですよ」
リハイトの返答に目を丸くして首を傾げた私へ、アルテが簡潔に説明を加える。
「…。」
となると、この耳や尻尾、鱗や甲羅も、
人の手によって付けられたものなのだろう…。
つまり、簡単に言えば“改造”……だよね?
生き物にそんなことをするなんて……少し残酷な気もする。
二人の説明を聞きながら複雑な気持ちになりつつ、私はアルテの腕の中で眠り始めたキメラを見つめた。
「……お前が何を考えているか大体分かるが」
するとリハイトが、地面に寝そべっているキメラ達の中へ、抱えていた個体をそっと下ろしながら口を開いた。
「別にコイツらは、痛い思いや辛い実験をされたわけでも、悪趣味でグロテスクな研究をされたわけでもないからな?」
「え、ほんとに?」
リハイトの言葉で余計な心配だったと分かって安堵したものの、しばらく唖然としてしまう。
……が、そうしているうちに、“キメラ”と聞いただけで身構えていた自分がだんだん馬鹿らしくなってきた。
なんか“キメラ”って聞いた瞬間、勝手に残酷で非道な実験の末に生まれた存在だと思い込んでたけど……案外、そんな酷いことしなくても作れるんだな、キメラって。
そんなことを考えているうちに、私はようやくキメラへの好奇心を抑えるのをやめ、ゆっくりとその子達へ近づいた。
「な、なーんだ!そうだよね!こんな可愛い子たちに酷い実験なんてできっこないよね!よかっ――」
「おっと、言い忘れてた。探偵、お前は相変わらず見た目に惑わされてるようだが、コイツらは元々、かなり凶暴な人喰い魔獣だったんだ。
人を襲わせないように大人しく改良された個体だから危険は少ないと思うが……
もし触るなら、あまり気を抜きすぎるなよ。喰われるぞ」
「ひッ……人喰い?!?」
キメラに手を伸ばしかけた瞬間、
リハイトがさらっと恐ろしい事実をぶっ込んできた。
人喰い――って、え?本当に人を“食べて”たの?!
美味しくバリバリボリボリと?!この子が?!?
こんなに可愛い生き物が?!
てる坊と言いなんと言い……私もう可愛い生き物全般が信じられなくなりそうなんですけど!!
リハイトの言葉が脳内で響いた瞬間、私はキメラから全力で距離を取り、さっきとは別方向の意味で警戒態勢に突入した。
「え、ちょっと師匠……。
……だ、大丈夫ですよ探偵さん!この子達は人体に害のある毒はちゃんと弱体化してますし!炎だって……火傷しない程度には調整してくれますし……それに、その……滅多に噛み付いたりしませんから!
とにかく!触っても害は無いので!大丈夫ですよ!絶対に!」
「アルテフォローへったくそだね?!それ安全性とか全然わかんないよ!というより、その子毒持ってんの?!火吹くの?!“滅多に”って何?!“たまに噛む”ってこと?!?」
「い、いえ! 決してそんな事は、しませ――」
「わーッ!ダメダメ!触れないよ!!」
キメラの危険性が一気に可視化されたせいで、私はじりじりと後ずさりを止められない。
それに対し、アルテはどこか焦った様子で“安全性っぽい何か”を必死に並べ立ててくるのだが……聞けば聞くほど恐怖が増えるという逆効果っぷり。
彼女はわざわざ私のために、群れの中から一番小さな個体を選んで差し出してくれたけれど、私は首を全力で横に振って、受け取り拒否を貫いた。
わ、私とした事が……!
確かに、このキメラの可愛い見た目と仕草にコロッと騙されて油断してた!!
でも、仕方なくない?!
リハイトとアルテのキメラの扱い方、完全に“可愛いペット”を愛でるテンションだったんだもん!!
「気を抜くな……とか、喰われる……って忠告してくるぐらいには、安全性の保証できないんでしょ!!
アルテには悪いけど、今回はパス!可愛いけど、触るのはやめとく!!」
勢いそのままに宣言した私は、最終的に “自分からは絶対にキメラに触れない” という固い決意に至っていた。
どれだけアルテが触れ合いを勧めてくれても、今回ばかりは首を縦には振れなかった。
すると――
「“キメラ”の研究は、基本的に元が凶暴な魔獣の改良だ。生物の仕組みは複雑な上、予想外の結果が出る事も少なくない。進化の可能性は無限大……一歩間違えれば、コイツらはどこまでも危険な存在になりうる。
……だからこそ、キメラの研究や製造は国が厳重に管理し、取り締まっているんだ。一種類の新種を生み出すだけでも、簡単には許可が下りない。
キメラの行動や悪戯が不安で、その対処に困るようなら……お前の選択は正しいだろうな」
リハイトが真剣な表情のまま、静かにそう言った。
ほへぇ……。
そういう研究が簡単にできない事は何となく知ってたけど……キメラって、この子達だけじゃなかったんだ……。触るのは怖いけど、こんな不思議な生き物が他にもいるなら、いつか見てみたい。
私はリハイトの話を聞きながら、そんな好奇心をくすぐられていた。
──しかし…
「そうなんだ、知らなかっ――」
「まぁ、思いっきりビビってるとこ悪いが、さっきも言った通り、コイツらは“人を襲わせない”ように改良されたキメラだからな。この種が俺達に対して危害を加えてくる……なんて事は、無いぞ。絶対」
私が返事をしようとした瞬間、
それを遮るようにリハイトが言い放つ。
それは先程の忠告が、何もかも冗談だったという遅めのカミングアウト……。
「え……?」
一瞬理解が追いつかず、顔を上げた私の目に映った
彼の表情は――
「ふっ……、まさか本気で喰われるとでも?」
どう見ても、
完全に私をおちょくってやろうという顔だった。
「……は?…ッな?!」ッ……してやられた。
「ッだ、騙したなーー?!
なんでそんなしょーもない嘘を!」
「さーな?」
しれっと、薄笑いすら浮かべるリハイト。
こ、この男……よくも平然とそんな嘘を……!
私が不満を顔いっぱいに貼り付けて睨むと、
今度は逆に、やや呆れたような表情が返ってきた。
「まぁ、知識もないくせに、無闇矢鱈に未知の生物へ触れない方がいいってのは本当だぞ。
お前は些か好奇心旺盛すぎるから、注意するに越したことはないだろ?」
「グッ……それは!そう、なんだろうけど……!」
悪びれる様子もなく、堂々と嘘を吹っかけてきたくせに、言っている事は正論なので反論ができない。
く、悔しい…!めちゃくちゃ悔しい……!
私は唇を噛みしめながらリハイトを見上げた。
「師匠の考えは、とても素晴らしいと思います……。
ですが……可哀想なので、あまり探偵さんをいじめないでくださいね」
私がぷくっと頬をふくらませて不貞腐れていると、
アルテはそう言いながら、ぽんぽんと私の頭を優しく撫でてくれた。
「……それに、“教授”の研究成果に悪評がつく事態は、師匠も避けたいでしょう?」
彼女はそのままリハイトへ、
たしなめるような視線を向ける。
「……あぁ、確かにそうだな。
今のは大人げなかった。悪かったよ」
するとリハイトはまるで“やれやれ”と言うかのように、謝っている風の謝罪(笑)を向けてくる。
……おい、絶対謝る気ないだろ。
というかお前も充分子供だろうがッ!
…と言いたい気持ちを胸に押し込みつつ、
二人の会話の中に気になる単語が出てきたので、
不満はひとまず置いておいた。
「ねぇ、教授って……?」
私が首をかしげると、
リハイトもアルテも、同時にハッとした顔をした。
「はぁ……そうか忘れてた……。
こいつ、レインから魔法以外教わってない間抜け――……ゔゔん、世間知らずだった」
「おい今なんつった」
リハイトは咳払いして言い直したつもりらしいが、
直すどころか悪口はそのまま…。
そして溜息までセットでついてくる。
「もう……また」
……あれ?
なんか今……心做しかアルテがリハイトの事、
ジト目で見てたような……?
「……師匠?」
あ、気のせいじゃなかった。
アルテはふくらませた頬のまま、
ほんのり圧をかけるようにリハイトの名を呼んだ。
「意地悪しないでくださいねって、
言ったばかりですよね?」
───そんな心の声が、なぜかはっきり聞こえてくる。
彼女が彼にこんな態度をとるなんて珍しい……。
いや、単に私がまだ二人の関係や性格を全部知らないだけかもしれないけど。
「はいはい、もうしないさ今日は」
現にリハイトは、慣れた様子でアルテの膨れっ面を軽くいなしつつ、私の方へ向き直って説明を始めた。
「探偵、俺達が教授って呼んでるのは…」
「やぁやぁッ!待たせたね、二人共!
こっちは準備が整ったよ」
しかし彼の説明が始まった丁度そのタイミングで、
誰かの朗らかな声が響いた。
──すると、
「…あ、噂をすれば……教授」
リハイトはそちらに目を向け、短くそう言う。
……え、教授って、まさかご本人登場ってこと!?
驚いて私も声のする方を見ると――
そこには見慣れない男性が立っていた。
背は高く、年齢は英雄達より上…。
柔らかいクリーム色の髪に、白橡色の丸い目。
一目見ただけで“優しい”がにじみ出てくるような印象の人だった。
……なんとなくウォーカー君に似てる気がするけど……気のせい、かな?
なんて、ぼんやり観察していると――
「おや?君は見ない顔だね?
もしかして、この二人の……お友達かい?」
気づけばその男性は、いつの間にか私のすぐ目の前にいた。
うわぁ?!ちょ、ちょっと近い!!
心臓が跳ねた私は慌てて姿勢を正し……
「え?あ!は、はい! お友達です!!」
深く考える余裕もなく、反射的に答えてしまう。
するとアルテはニコリと頷き、リハイトは……
なんと!心底不思議そうな表情でこう呟きやがりました。
「いつ友達に……?」
ッン――ッこ、コイツぅ!!
"探偵を友達だなんて 一ミリも考えた事無かった"という態度が、ど〜にもあからさま過ぎて……
なんかムカつくので、私は無言で彼をどついた。
「いッ…!……探偵…。あとで覚えてろよ……?」
「え、いやだ……」
すると予想以上にちゃんと怒ったリハイトから力強く睨まれる。
普段より低い彼の声は、 体の奥底まで響いてきて…私は思わず身震いした。
…いや、ごめんて。
「探偵さん、この御方が教授……ガリア様です」
そうやって、リハイトと小競り合いをしていると、
アルテは特に私達のやり取りには反応せず、教授…もとい、
ガリアという男性を紹介してくれた。
ガリア様は私に向き直り、
ふわりと微笑むと、軽く頭を下げた。
「うんうん。改めて……私は、ガリア・シープ・クトール・エデンカルだよ。
よろしくね。お若い軍人さん」
ニコッ!という効果音が本当に聞こえた気がするほど完璧な笑顔につられて、私も思わず微笑み返してしまう。
「……あれ?」
しかし彼に挨拶を返そうとした私は、そこでふと気づいた。
「シープ…?クトール・エデンカル……?
って、え? まさか皇族?!」
そうか——ようやく腑に落ちた。
彼が皇族なら、コンドやウォーカー君と血縁関係があるはずだ。それにシープ家……道理でウォーカー君にどこか似ているわけだ。
そんなふうに驚いたり納得したりしながら、一人で頷いていると、ガリア様はその様子を見て、くすっと笑って口を開いた。
「ははは!皇族と言ってもね、お恥ずかしながら私は政治にまるで興味がなくてね。
権利を振りかざすのも性に合わないんだ。
だから君も是非、この子達のように、気軽に“教授”とでも呼んでおくれ」
「えぇ?!そんな、恐れ多い……!」
あまりにも気さくな物言いに、
私はさらに驚いて反射的に首を横に振った。
皇族様をそんな呼び方なんて——…と思ったのも束の間、私の脳裏をコンドとウォーカー君の顔がよぎる。
……いや、今更よく「皇族相手に不敬!」なんて思えたな、私……。
皇族どころか、王族貴族に対しても、礼儀なんて気にせず普通に話してたくせに!
なんて事に気付いて自分へツッコミを入れつつ、
私は気持ちを切り替えた。
「えっと……やっぱりなんでもないです!
わかりました、教授!」
せっかくのご厚意だし、ここは素直に受け取ることにした。
私が元気よく返事をすると、ガリア様はまた楽しそうに笑った。
「ははは!元気な生徒が増えて嬉しいよ。
……私は子どもに学問を教えるのが好きでね、基本的な学問なら一通り教えられる。
特に生物が大好きで、普段から研究を続けているんだ。
この帝国で暮らす子どもなら、君も私の生徒同然さ。学問や生物に興味があるなら、気軽に訪ねておいで」
「え、いいんですか?!生物学……興味あります!!」
“生物”と聞いた瞬間、私は勢いよく食いついた。
もしかするとキメラのことも聞けるかもしれない——そんな期待が胸を弾ませる。
「その……
この子達、キメラに興味があって…」
私は早速、傍にいるキメラを指さして尋ねた。
「どんな生体なのか知りたいです!」
するとガリア様は嬉々として応えてくれる。
「お、このキメラに興味を持ってくれたのかい?嬉しいよ。なんといってもこのキメラは、私の研究で最も優れた個体なんだ。なかなか可愛いだろう?」
「はい!でも噛み付くとか毒があるとか聞いたので、ちょっと近づきづらくて……」
私はそう言って、まだキメラとの距離を保っていた。
するとそれを見たガリア様は、安心させるように穏やかに告げる。
「なるほどね……でも大丈夫。
人間に害のある毒は、研究の過程で抜いているし、噛み付くといっても、この子達はすでに躾を終えた個体だ。安心して触ってごらん?」
促されて、私は恐る恐るキメラに近づいていった。
そしてついに、先ほどアルテが差し出してくれた、いちばん小さな個体に手を伸ばす。
「じゃあ……失礼して……。わっ!も、モフモフだ… …!」
毛並みは見た目どおりふわふわで、
触れた瞬間、思わず目を見開いてしまう。
『うにぃ…』そんな小さな鳴き声が聞こえたかと思うと、私の手を感じ取ったキメラは——
まるで“もっと撫でて”と言わんばかりに、そっと身体を押しつけてきた。
……うっ……か、可愛すぎる……。
「ははは!毎年私はね、芸術心祭で、その年に創った新しい個体を展示させてもらっているんだよ。
うん……どうやら今年は大成功みたいだね。
気に入ってもらえたようで、何よりだよ」
キメラの可愛さにすっかり心を奪われている私を見て、ガリア様は愉快そうに笑った。
そして、その視線をリハイト達へと向けて言葉を続ける。
「そうそう……英雄達は、私の優秀な生徒であると同時に自慢の助手でね。
今日はリハイトとアルテに、私の作品——
キメラ達の搬入を手伝ってもらっていたんだよ」
なるほど、だからさっき二人はキメラと戯れていたのか。
私は納得して頷いた。
「そのついでに、キメラの観察……生物観察の課題を出していたところでね。……どうだい二人とも?
何か面白い発見はできたかな?」
ガリア様は私から視線を外し、二人に問いかける。
呼ばれた二人は大きく頷き、口を開いた。
「はい。教授の創り出す生き物は、興味深い個体ばかりで……本当に尊敬します」
「ええ! 今回も大変勉強になりました!
教授の崇高な技術が広がれば、人と魔獣が当たり前に共存できる世界も、きっと……遠くありませんね!」
リハイトもアルテも、満足そうに声を弾ませる。
それを聞いたガリア様は、嬉しそうに目を細めた。
「ははは!そうかい、そうかい……それは良かった! うん……やはり、自分の極めた学問によって生徒が成長する姿を見られるこの瞬間は、何年経っても嬉しいものだね……。よし、それでは私はこれで失礼するよ。君達も、祭りを楽しみなさい」
そう言ってしばらく二人の頭を優しく撫でると、ガリア様はキメラ達を連れ、展示スペースへと歩いていった。
皇族らしい気品をまといながらキメラ達を伴って歩く姿は、どこか華やかで、自然と目を奪われてしまう。
英雄を生徒に持っているなんて……
彼はきっと、本当にすごい教授なのだろう。
そんなことを思いながら、私はキメラとガリア様の背中を見送った。
あ、そうそう——頭を撫でられた二人はというと……
揃って頭を押さえ、気恥ずかしそうにしていた。
その様子が微笑ましい反面、大人に子ども扱いされる事に慣れていない彼らの不憫さも垣間見えて……
少し複雑な気持ちになる。
「教授は……すごい人だね」
私は気まずい空気を振り払うように、
まだ照れている二人へ笑顔で声をかけた。
すると二人は同時にハッと表情を引き締め、
頭に置いていた手を慌てて下ろしてから頷いた。
「そうだな…」「そうですね」
穏やかな表情で返してくる二人を見て、
私は思わず苦笑する。
願わくば、皆がもっと年相応に……平穏に、健やかにただ生きていける世界が訪れてほしい。
できれば……彼らが大人になる前に。
「……。」
それがどれだけ望み薄だと知りながらも、
私はそっと手を合わせ祈った。
……ねぇ、監視役。
貴方の力で、皆を救う事はできないの?
私はどうすればいい?何ができる?
貴方は何か知っているんでしょう?
なんの役目もないなら、私はどうして帝国に来たの?
分かるなら、知っているなら教えてよ……。
異物みたいな脅威を追い払えるほどの力があるなら、手を……貸してよ…!
私は、聞こえているのかどうかさえ分からない問いを、夢の中の監視役へと投げかけ続けていた。
今の私が縋れる相手は、
監視役しかいなかったからだ。
「……。」
けれど当然ながら、返事はない。
夢で会えたところで、どうせいつもと同じように
肝心な情報ははぐらかされるに決まっている。
……分かってはいるけど、きっついなぁ。
何の反応も起こらないことに肩を落としつつも、
私は気持ちを切り替えるように表情を整え、
二人のもとへ歩み寄った。
✿ ✿ ✿ ✿
──私はこの時気づかなかった。
帝国へ来る前に拾った、あの古い時計……。
それがポケットの中で、
淡いピンク色の光を静かに放っていたのだ。
その光が、これから私達の運命を大きく変える“鍵”になる事を───
そして、この時計が、記憶を失った私という存在と深く結びついている事を───
私は、まだ何ひとつ知らなかった。




