*豪雪に包まれし鳥獣町*
私達が向かっている町は“鳥獣町カッドレグルント”というらしい。
住人は"鳥族"という羽を持つ種族が多いらしく、
音楽の芸術が盛んな町なのだとか。
大きな気温の変化がなく、
昼はほどよく暖かく、夜は心地よい涼しさが残る――
そんな過ごしやすい土地なのだと、アルテが教えてくれた。
……ただし、
どうやら少々閉鎖的な場所でもあるらしい。
聞けば町に入るだけでも、
町長の許可と、厳しい手続きを経て発行される特別なパスポートが必要になるのだとか……。
穏やかな気候とは裏腹に、
どこか外の者を拒むような印象を受けた。
でも、気温が安定しているのは助かる。
瘴廃国で目覚めた時から私の服装は半袖だった。
体温調節ができない事に不安を感じていたけど、
その町なら、体を冷やす心配はしなくて済みそうだ――
と、そう思っていたのに……。
「……さっっっむ!!!」
辿り着いたのは、
目の前さえ霞むほどの猛吹雪に包まれた、極寒の地だった。
町だけでなく、周囲の大地までも見事に雪が積もり、
世界のすべてが寒色に染まっている。
さっきまで“暖かい町”を想像していた頭は、
現状のあまりの落差に追いつかず、私は思わずその場で体を丸めた。
……聞いてた話と違うよ!
寒さに耐えながら顔だけ動かして隣を見れば、
アルテも目を見開いたまま雪景色を見つめていた。
どうやら彼女にも、この豪雪の理由に心当たりはないらしい…。
酷く困惑した様子だ。
幸い、アルテが温風の魔法をかけてくれたおかげで、なんとか凍えずに済んでいた。
それでもなお、鋭い冷気が肌を刺し、
指先の感覚はすぐに奪われていく……。
「……今日は予期せぬトラブルが多いですね。
貴方をあのまま一人で向かわせていたらと思うと……」
アルテは額に手を当て、くたびれたように俯いた。
「やっと休めると思ってたのに……」
私も彼女の言葉に続いて、白い息を吐く。
けれど、町の外でいくら文句を言ったところで状況は変わらない。
何が起きているのか確かめるには、とにかく前へ進むしかなかった。
渋々ながらも足を動かし続け、
雪に足を取られながら進む事しばし――
ようやく、
白銀の世界の中にぽっかりと浮かぶ“町の大門”が見えてきた。
✿ ✿ ✿ ✿
門の前には二人の門番が待機していた。
私達に気づくと、そのうち一人は怪訝そうに眉をひそめ、もう一人は口の端を吊り上げて、からかうように言った。
「止まれ。そなたら、町の住民ではないな?
パスポートを所持していなければ、ここは通せん。……持っているのか?」
「よそのガキ共がホイホイ簡単に入れるほど、開放的な町じゃねーんだよ?ここは」
背の高い彼らは、雪の中でも威圧感たっぷりにこちらを見下ろしてくる。
その視線に気圧され、私は思わず目を逸らした。
そんなんあるか! こっちはこの国に来たばっかりだぞ!?
……と言いたいところだったが、あいにく声には出せない。
彼らがこちらの事情を知らないのは当然だし、怒鳴り返しても仕方がないから。
だが――。
アルテは違った。
「貴方達……お客人に向かってその態度。
どうやら町長から事情を伝えられていないようですね?」
静かに、けれど芯のある声。
アルテはわずかに顎を上げ、冷たい雪をものともせずに言葉を続けた。
「町に入る許可はすでに町長から頂いています。
それに……まさか、この私にも許可がいるとでも?」
さっきまでくたびれた様子だった彼女とは、まるで別人のようだった。
ジトッとした視線を門番に向けるアルテの瞳は、淡く妖光を帯び、凍える空気よりも冷ややかに感じる。
その迫力に、門番達も一瞬たじろいだ。
「な、なんだと……?
町長から直接?そなたは一体……」
「パスポートを持たずに通れるガキって……ま、まさか……!」
二人の声が震える。
アルテの瞳に宿る光は、雪明かりを受けて更に妖しく煌めいた。
それは魔法ではなく、もっと生まれながらの威圧のようなものだった。
私は、怖いというより――ただ見とれていた。
不思議で、綺麗で、どこか懐かしい光。
気づけば寒さも忘れ、息を呑んだまま動けなくなっていた。
「その紋は、まさか……?!し、失礼いたしました!
確かに...町長から報告は受けております。
すぐに門を開放させるので少々お待ちください!」
「うわ…マジすいませんした〜。……爆速で開けてきますね〜」
私がアルテの瞳に目を奪われていると、何故か門番達は慌てて頭を下げ、駆け足で門の方へ向かって行った。
不思議に思ってアルテを見ると、彼女はいつの間にか右手の手袋を外しており……その手の甲には、淡く光る紋章が浮かんでいた。
どうやら門番達はこれを見て慌てていたらしい……。
この紋…さっきも見たな…。
…気になるけど今は他にも知りたい事あるし……何より聞きづらい!
知りたい事は山ほどあるけれど、今はただ、黙って彼女の背を見つめるしかなかった。
私は息を白く吐きながら、アルテの横に立つ。
するとまもなく、鈍い音を立てて――巨大な門がゆっくりと開き始めた。
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しばらくして、大門がゆっくりと開いた。
冷たい金属音が雪の中に響くころには、アルテはすっかり元の穏やかな雰囲気に戻っていた。
先ほどまでの冷たい眼差しも、もうどこにもない。
彼女はいつもの優しい微笑みを浮かべると、門の方を指し示して言った。
「行きましょうか。寒さが続きますが、建物の中に入るまでの辛抱です」
そう言って、彼女は私の手をそっと握る。
その手は魔法で温められているのか、驚くほどあたたかかった。
「翠嵐様!!」
門の向こうへと歩き出そうとしたその時、先ほどの門番達が慌てたように駆け寄ってきた。
「先程はご挨拶もせず、とんだご無礼を…!
“神域の五英雄”翠嵐様に、ご挨拶申し上げます!
それから……その大切なお連れ様にも!」
「お嬢ちゃん!からかってゴメンね~歓迎するよ!」
さっきまでの高圧的な態度が嘘のように、彼らは恐縮しきって頭を下げている。
突然聞こえた“英雄”という単語に、私は一瞬きょとんとした。
英雄?……あだ名?それとも称号みたいなもの?
なんて余計な事を考えているうちに、アルテは軽く会釈して柔らかく答えた。
「構いません。
この吹雪では、貴方達の態度も無理はないでしょう。
私も、急かしてしまった事を詫びます。
……貴方達に"白翠の風の加護"があらん事を」
アルテの声が、雪の中に溶けていく。
門番達は、その言葉をまるで祝福のように受け止め、安堵したように微笑んで持ち場へ戻って行った。
その背を見送りながら、私は心の中で小さく息を吐く。
……なんだか、聞きたい事が増えてきたな。
“紋”の事、“英雄”の事、そしてこの吹雪の事――。
知らない事ばかりで、頭の中は疑問でいっぱいだった。
それでも今は、雪を踏みしめるアルテの背を追いかけるしかない。
私は冷たい風を受けながら、アルテのあとをついて町の中へと足を踏み入れた。
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町へ入ると直ぐに、アルテが誰かに向かって声をかけた。
「博士!遅くなってごめんなさい!」
彼女の視線を追うと、前方で軽く手を振る少年が見える。…あの子は誰だろう?と思って首を傾げると、彼は私達を見て穏やかに微笑んだ。
青毛のツーブロックヘアに、上下で色の異なる青と紅の不思議な瞳――そして耳の形は人間のそれではなく、鳥の羽のように尖っていた。
高価そうな民族衣装を身にまとったその少年は、柔らかな顔立ちをしている。
確かこの町は“鳥獣町”って呼ばれてたよね……という事は、彼は鳥族なのかな?
そう思って見つめていると、彼が口を開いた。
「アルテ、待ってたよ。隣の君が異国の客人だね?
ようこそ、カッドレグルントへ。翠羽から話は聞いたよ。道中いろいろ大変だったみたいだね。
でも、この町ではゆっくり休んでいってほしい」
その声には優しさがあって、さっきの門番達のような威圧感はまるで感じなかった。
「歓迎してくれてありがとう……えーと?」
「ああ、名乗ってなかったね。
僕は“コンド”。コンド・クトール。これでも一応、この町の町長なんだ。よろしく、お客人」
「えっ……町長!?」
驚きのあまり思わず声が裏返る。
まさか、アルテと同い年くらいに見えるこの少年が町長だなんて…。
「よろしく……あっ、ごめん……名前、わかんないんだった……」
コンドに名乗り返そうとして、私は自分が記憶喪失だった事を思い出す。
するとそんな私を見て…
「ですがこの先、呼び名がないのは不便ですね……渾名でも考えてみましょうか?」
と、アルテが提案してくれた。
「いいね、それ!」と即座に賛同したのはコンドだ。彼は楽しそうに言葉を続ける。
「実はアルテ、人に渾名をつける癖があるんだよ。
“人の名前をすぐに覚えられないから”らしいけど、僕の事も幼い頃からずっと“博士”って呼んでてね。
…君も付けてもらったら?」
「は、博士……! 私は簡素で、そのままの渾名しか付けられないんですよ……。
自分で言うのもなんですが、ネーミングセンスは皆無ですし……」
アルテは困ったように眉を下げてそう言うが、こんな話を聞いたら呼び名を考えてもらいたくなってしまう。
「博士って渾名だったんだ! アルテ、私にも付けて?」
勢いよくお願いすると、アルテは戸惑いながら頬を染めた。
「でも…気に入ってもらえるかどうか……」
「博士みたいにシンプルで覚えやすいやつがいいな〜!」
「僕も聞きたいな」
私とコンドに覗き込まれて、アルテは観念したように口を開く。
「探偵さん、は……変でしょうか…」
小さな声でそう言うと、アルテは不安そうにこちらを見た。
その呼び名を聞いて
「もしかして、さっきの“虫眼鏡”で思いついた?」
…と、私が聞けば、アルテはこくりと頷く。
そして不安そうに言葉を紡ごうとするが…
「気に入らなければ──」
「かっこいい!! 探偵! 私、今日から探偵だ!」
私はそれを遮った。
だって、すごく嬉しかったから。
歓声を上げる私に、アルテもコンドも目を見開いていた。
「アルテ―!!ありがとう!!」
でも、私はそんな事構いもせず勢いのままアルテに抱きついた。
「こ、こんな事で喜んで頂けたなら…
…嬉しい限りです」
すると彼女はバランスを崩しつつも笑って受け入れてくれる。
私はアルテに抱きつきながら考えた。
呼び名が無い……それはなんて寂しくて悲しい事なのだろうと。
記憶がなくなる前、私にはちゃんと名前があったのだろうか?そんな不安を抱えていたからこそ、渾名であろうと"名"を貰えた事が嬉しかった。私という存在を認めてもらえた気がして…すごく救われた。
だから感謝の気持ちをめいっぱい込めてアルテに抱きついていると……
その様子を見ていたコンドが、くすりと笑ってから咳払いをした。
「仲が良いのはいい事だ!
じゃあ改めて、よろしく探偵。
もう君の宿は手配してあるから、案内するね」
「うん! よろしく、コンド!」
軽やかな空気のまま、私達は町の奥へと歩き出した。
暫く白い景色が続いたが、やがて朱い屋根の宿が見えてくる。
雪の中でも、窓から漏れる明かりがあたたかく、まるでそこだけ春が残っているかのようだった。
「やっと休める……二人とも、本当にありがとう!」
深く頭を下げると、アルテとコンドは揃って微笑み、「然るべき事をしたまで(です)(だよ)」と口を揃えた。
その時コンドがアルテと同じように少し驚いていたのは気になるが……今はそれよりも、兎に角二人への感謝が心の中を占めていた。
なんて優しい人達なんだろう、と胸がじんわりと温かくなる。
「……では、探偵さん。今日はここで解散にしましょう。
宿でゆっくり体を休めてください」
「うん! あ、そういえばアルテは?
この町に家があるの?」
宿に私を送り届けてから直ぐにどこかへ向かおうとするアルテ。
私は彼女が今から何処へ向かうのか気になって尋ねた。
門番達の態度から察するに、アルテはこの町の住民では無さそうだし…私だけ宿で休むなんて気が引ける。
「この付近ではありませんが、家に帰ります。
……それに、この“素材”を渡しに、友人の家にも寄るつもりです」
そう言ってアルテが取り出した袋は、てる坊が落とした呪縛紐で…随分ずっしりと膨らんでいた。
今どこから出したの……? と聞きたくなったが……まあ、多分魔法だよね。と心の中で納得する。
アルテと共に行動する上で、私は様々な魔法を見せてもらった。
どれも便利な魔法ばっかりだったし、今のだって、荷物を別の空間に預けておける魔法なのかもしれない。
……というか巨大化てる坊の呪縛紐、ちゃっかり回収してたのか…。
「悪趣みぃ…じゃなくて! アルテの友達なら、私も会ってみたいな!」
呪縛紐を集めている友人だと聞いて、勝手に変人のイメージを持っていた為か余計な事を言いそうになってしまい慌てて言い直すと、アルテはくすっと笑って頷いた。
「ええ、もちろん。もともと貴方には友人達を紹介する予定でしたから。
では、この宿で部屋を確認したら向かいましょう」
そして彼女はコンドに向き直る。
「博士、"師匠"はもう家にいますか?」
「うん、この雪で外の仕事が全部止まってるみたいでね。
たぶん家にいると思う」
「この雪のせいでそんな事に……」
コンドの言葉に驚くアルテを見ながら、私は心の中で繰り返した。
師匠…?アルテがそう呼ぶのならこれも渾名なのかな?どんな人なんだろう……。
まだ見ぬアルテの友人がどんな人物なのか想像できなくて、私は首を捻る。
「さあ探偵!僕達の友人に会う前に、宿でチェックインを済ませよう」
するとそんな私にコンドが向き直り、優しく笑った。
「あ、うん!すぐにしてくる!」
…まぁアルテの友達ならいい人だよね、きっと!
私は頷き、二人のあとに続いて、あたたかい宿の扉をくぐった。




