異物
リハイトとアルテが住宅街の方へ向かった後…
私とレインは、住宅街から少し離れた静かな区域をそのまま見回っていた。
「…にしても、ぜんっぜんいないわね、化け物」
「もしかしたらだけど…残ってたヤツ、
全部あっち行っちゃってる?」
「うわぁ…だとしたら最悪ね…」
レインは額に手を当て、大きな溜息を吐く。
あれから私達が討伐できた化け物は、たった一匹。
リハイトから通信機を貰っていたのだが、それもいつの間にか沈黙していて……別行動の二人とは連絡がとれないままだ。
ホノを飛ばせば連絡は取れるけど……
そうしたらまた魔法が使えなくなっちゃうし。
……あーもう!もどかしいー!
見つからない化け物に苛立った私は、思わず大声を上げそうになる。
…と、危ない危ない。住宅街からは距離があるとはいえ、朝日も昇ってない時間に声を張り上げたら完全に近所迷惑だ。
「あーでもホント、もどかしいよ…!
来るなら来いだ、化け物めー!(小声)」
「アンタ器用ね…」
小声で叫ぶという、自分でも意味不明な行動をしていると、レインからツッコミが入った。
でも、本当にふざけている場合じゃない。
化け物は一秒でも早く、一匹残らず討伐しないと。
……下手したら怪我人…いや、また死人が出る。
私は今日何度目か分からないが、
またも先輩達の悲惨な姿を思い返した。
「先輩達……。
主犯は絶対に、ここで仕留めるから…」
『ネエ、主犯ッテなぁニ?』
「……は?」
独り言のように呟いたその瞬間、突然、“誰か”が私に問いかけてきた。
そのあまりの唐突さに、
私は思わず間抜けな声を漏らしてしまう。
ッ今…どこから!?
声の主を探して周囲を見回していると、
隣のレインが私の肩を軽く叩いた。
「?……、?!」
叩かれたほうを見ると、彼女は、これまで見た事がないほど剥き出しの敵意を宿していた。
レインが本気で怒ってる?!
普段冷静な彼女の激情を目の当たりにして、私は狼狽しながらも、レインが睨みつける方向へ視線を移す。
すると、そこにいたのは───
人のような、いや、化け物のような…
何とも判別のつかない……“イキモノ”だった。
髪も目も肌の色も、人間のそれに近い。
けれど長く見続けていると、どうしても胸の奥にざわつく不快感が湧き上がる。
まるで……この世に存在しちゃいけない“異物”を見ているようで、私は背筋を冷たいものが伝うのを感じた。
「…あなた、何者なの?」
『えへッ、ボクはー…わかんナイ!
タブンおそらク、何者デモないヨ!
でもネ、何者ニモなれるンダ!』
「な、何それ、訳わかんない…」
異物は楽しそうに笑いながら、ハチャメチャでとんでもないことを言ってのけた。
意味不明すぎて、私の頭は余計に混乱する。
……なんなのコイツ…う"ッ、結構距離離れてるのに、やっぱり気持ち悪い……。
異物への嫌悪感と混乱で、思わず頭を押さえたその瞬間——ふと、アリアの言葉が脳内を過った。
『アイツは、そこら辺の影の化けもんなんかより……
はるかに悍ましい存在だった。
姿形だけ見れば、どこにでもいそうな"一般市民"みたいだったけど……あの邪悪なオーラは、尋常じゃなかった』
「……ッ!」
……まって。アリアが言ってた“皆を殺した主犯”って……まさか?!
「ッ塵すら残さず、今すぐこの世から消えなさい!」
「…ッは!…って、レイン?!」
目の前に現れた異物が先輩達の仇だと気づいた時には、レインの怒号が響いていた。
彼女はどうやら私が混乱している間に詠唱を終えていたらしい……。
空気が一瞬で震え、雷の光が天から降り注いだ。
『───雷魔法、第十詠唱。
トニトゥルス・アドウェルサ』
えぇ?!い、いきなり高難易度の古代呪文!?
しかも英雄紋まで全開放してる…?!
彼女の殺意マシマシのとんでも魔法で地面はびりびりと震え、雷の糸が複雑に絡みついて踊る。
レインの精霊・ヴァルタは全身に電撃を纏い、触れるどころか近付くのさえ危険そうなほど神々しい光を放っていた。
まるで彼女を守るかのようにして動くヴァルタだが、当のレインは尚も無茶な連続詠唱を続けていた。
彼女の魔法は何度も見てきたが… ここまで無茶な発動方法は見た事がない…。
高難易度や古代呪文とは、神話時代……つまり、まだ神様がいた大昔に創られたすっごく、めっちゃくちゃ強い魔法の事だ。
しかし当たり前だが魔力の消費が激しい為、長時間使えないし、"普通だったら"何度も同じ火力での発動はできない。
そもそも習得条件自体が厳しくて……
膨大な魔力、古代呪文の知識、そして、それを操る技術力を兼ね備えた人物でなければ使用する事さえ出来ない。
ちょ~ベリベリグレイトな術なのだ!
かくいう私も、レインの修行を受けているので
実は古代呪文が使えちゃったりする。
ちなみに…一度は影の化け物を真っ二つにしたキーマの魔法も、古代呪文だった。
少々話が脱線しかけたが、まぁ…つまり、何が言いたいかと言うと……そんな高度な魔法を簡易魔法並みにバンバン発動している彼女が心配って事だ。色々と。
「ッ消えろ!消えろ消えろ!きえろきえろきえろ…ッ
二度と口聞けぬよう消えてしまえッ」
「え、え?……え?」
……だ、だだ、大丈夫なのかな……?
レインは完全に理性を捨ててしまっている…。
これ、止められるのだろうか……。
『アハッ、危ナイ、イタそうだった今ノ!
キレイ、綺麗、とてモ、スゴく!
ほしいナ、ほしいナ!ネェ、頂戴ヨ!!』
「ッ黙りなさい!この夾雑物め!!」
古代呪文を無限撃ちしているレインも大概だが、
それを容易く避けたり……なんなら自分から触りに行ったりしているあの変たi((…異物もかなり強い。
うぅ何アイツ…いくらなんでもタフ過ぎるでしょ!?
「……。」
……とはいえ、
先輩達の仇が自ら現れてくれたのだ。
私だって、ここで魔力の出し惜しみはしない。
よーし、待ってろよ!この人でなし異物め!
とびっきり痛いの、たっぷりお見舞いしてやるからね!!
『魔力覚醒!古代魔法…行使!
水と土の使い魔ホノよ!私と一緒に、
アイツを打ちのめ……いや、ぶちのめそう!』
さぁ……後悔しろ異物めッ!
『水に逆巻く悪い奴は、
底無しのカルマン渦に落としてしまえ!
一度入れば抜け出せない深い深〜い渦に…!
古代呪文、第十詠唱…
アビソス・ウェルテス!』
『モキュ―ッ!!!』
私の詠唱と共に渦は地面ごとえぐり、周囲の空気が重く歪むほどの勢いで異物を飲み込んでいった。
ホノも全力で渦の維持に加勢してくれているのがわかる。
───れど。
『アハッ、すごいネ、オモしろイね!』
まるで遊園地のアトラクションにでも乗っているかのような、底抜けた声を出して楽しむ異物……。
「え……ッちょ、はぁ???」
ムッッッカアァ…!なんッッッで、効かないの?!
お前がさっきから撃ち込まれてるの、古代魔法だよ?
高難易度の!すッごい痛いやつ!
……と、危ない…。
異物のあまりのタフさに、
思わず私まで冷静さを失いかけてしまった……。
…まったく、なんて恐ろしいヤツなんだ。
でもなんとか…かろうじて…一旦冷静になった私は、
とりあえず魔力を回復しようと、キーマから貰った魔力回復ポーションを取り出す。
火力の強い魔法を真正面から撃ち込んでも、傷一つつかないとなると……やはり、何か別の策を練る必要がありそうだ。
でもぉ…弱点、見たんだけどなぁ。
ウィークネスライズ、全部文字化けしてて読めなかったんだよね…ありえない。絶対にありえない。
“弱点”が判別できないなんて……初めてだ。
あぁ…どうしよう……今の私、役立たずだ。
レインの魔力もそろそろ危ない。
彼女の体力が尽きる前に、
どうにかしないといけないのに――
『アぁー楽しイナ!綺麗だネ!
ちゃんト、ボクも、あげルネェ!!』
必死に私が思考を巡らせていると、
突然……異物が私達を見た。
「は? な、なにを…」
その視線を浴びていると、なんだか途轍もなく嫌な予感がして……私は咄嗟に身構える。
…何かくる…とんでもなくヤバそうな何かが…。
直感だけど、そう感じた。
しかし……レインは相変わらず殺気を放出したまま次の詠唱を始めていた。
……ねぇこれ、流石に止めないとまずいよね?
「レインッ!一旦落ち着い…」
「ッ黙って!アイツは私が、この手で!」
「は?どういう事!?いや、本当に危ないってば!
アイツの動き、ちゃんと見なよ!!」
「離して!邪魔しないで…!
この為だけに私は――!」
必死になって止めに入ったものの……
彼女は私の言葉に全く耳を傾けてくれなかった。
それでも体を掴んで動きを止めたり、これ以上詠唱できないように彼女の口元を塞ごうとしたが……
「離してッ!」
「あぶッ?!」
何度もあっさり引っぺがされてしまう…。
『アハッ大きィ!トッテも!すごクゥ!!クロ黒ィ!』
そうこうしているうちに…
異物は不気味な技を発動させた。
ソレはブラックホールのようなドス黒い渦で……
私の魔法よりも遥かに禍々しい渦だった。
「……ッ!」
?!…最悪だ。
このままだと二人まとめて飲み込まれる…!
それでもなんとか……
悪足掻きでも抵抗する為に、私が詠唱の短い魔法を発動しようと口を開きかけたその時……。
「…………。」
レインが躊躇なく自分の腕を伸ばして……
「ッ…がッッ!」
あろう事かその腕をブラックホールに突っ込んだ。
「は……はぁ?!ッな、何してんの!レインッ?!」
理解が追いつかない……。
私はただただ見ている事しかできず、目を剥いた。
レインは辛そうな顔をしながらも、腕を下ろさない。
……一体、何するつもりなんだろう。
『…古代魔法行使』
って、また詠唱――!?
いや無理だって!やめて!
『天に仇なす姦物に…命奪いし咎人に…今こそ…!
天罰を与える時…!さぁ…!落雷に打たれて、塵となれ。
古代呪文、第二十詠唱…
フルメン・アォトディストラクト!』
「じばっ!?!?!?」
うそでしょ、レイン!?
自爆という物騒なスペルが聞こえて、私の顔は完全に引き攣った…。
そのまま本気で死を覚悟した……が、
───ッッッバコオォォンッ!!
私の心配を他所に…
破裂したのは、ブラックホールだけだった。
「なんだ…死ぬかと……ッレイン?!」
……訂正しよう。
レインの左腕も吹き飛んでいた。
片腕が、肩からごっそり消えている。
私はもう驚きやら絶望やらで感情の収集が出来なくなり目を回した。
「レイン!!引こう!今すぐ!!無理だよッ!そんな怪我じゃ!」
「こんなの…ッかすり傷よ!!」
かすり傷なわけあるか!!!
心の中で総ツッコミしつつ、
私は全力で彼女を止めにかかった。
「ッ……あ!!待って!!」
……でもやっぱりダメだった。
私は、これでも力のある方だとは思うのだが…こういった場面でさえ、役に立てない事を思い知らされた。
己の不甲斐なさに泣きそうになっている私を置いて、彼女は異物に魔法を撃ち込み続けるだけだ。
「あぁ……」
やっぱり、全然効いてないじゃん…魔法。
「もうやめてレイン! 本当に死んじゃうよ!
やめてッ……お願い、もう、これ以上は……!」
声が裏返る。喉が切れたみたいに痛い。
それでも叫ばずにはいられなかった。
レインは、片腕を失った身体でなお、前へ。
止まりも、揺らぎもしない。
「やめてってば……ッ!
あぁ……そんな身体で……どうして……!」
胸が苦しい。
息を吸うたび、肺の奥が焼けるみたいだ。
「こんなの……ッうぅ……私じゃ……
今の私じゃ、止められないよ……レイン…!」
私は涙が視界を滲ませる。が、それでも彼女の後ろ姿は、まるで“燃え尽きる寸前の灯”のように揺れて見えた。
「敵も……強すぎて……倒せないし……
なんで……私、なんでいつも……こんなに……ッ!」
言葉の端が震えて、勝手に崩れていく。
弱音なんて吐きたくないのに、
喉の奥から溢れて止まらなかった。
「レイン……もう、やだよ……
そんなふうに……壊れていくの、見てられない……ッ」
魔力を削り続けるレインの背中は、
どこか遠くの世界に行ってしまいそうで。
「お願いだから……戻ってきてよ……ッ」
心の中で叫んでも、届かない。
だからもう、声に出すしかなかった。
胸の奥の何かが、ぐしゃりと潰れた。
「あぁ……ッお願い……
誰か……誰でもいい……ッ!」
顔を上げて、喉が裂けるほどに叫ぶ。
「誰か……レインを……
レインを助けてよ!!!!」
最後にそう叫んだ瞬間……
自分の声よりも大きな“絶望”が胸の中で爆ぜた。
息が止まる。
頭が真っ白になって――
「───あ……」
温かい光が視界を包み込んだ。
その心地よさに抗えず、
私の意識は、糸が切れたように落ちていった。




