心から護りたい者
転移の光に包まれた瞬間……胸の奥がかすかに震えた。
どこか懐かしい——そんな感覚が、白い輝きとともに押し寄せてきたのだ。
……もっとも、私がこの帝国に流れ着いた時も転移魔法の類だったのだから、似た感覚があって当然なのかもしれない。
だが、その時とは決定的に異なる点がひとつあった。
私は光の中で、ぼんやりとした不思議な光景を見たのだ。
暗い闇に、ひとり佇む女性。
その傍らには、星のように眩く輝く存在。
二つの影は静かに跪き、祈りを捧げていた。
『はは…どう………ど…か……この……に………
……しゅく……を───』
声は断片のように途切れ、祈りの言葉は掴めない。
それでも……不思議なことに…
私はその女性も、光る星も“知っていた”。
──────でも、誰?
そう問いかけようとしても、
名前も、面影さえも……霧の中に溶けていく。
あぁ……わからない。
ただ、どうしようもなく懐かしい……。
その感覚だけが胸に残り、私はそっと目を閉じた。
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「お……てい……」
「おい、たんてい……」
「おい、起きろ探偵!」
「っふが?!」
不意に名前を呼ばれ、
私は飛び上がるように目を覚ました。
……といっても、この場にいるのは一緒に転移してきたリハイトだけだ。
「転移の光が暖かいからって、
立ったまま寝るなよ、寝坊助」
「え、うっそ私寝てたの?
……ていうか、ここ、ヘブンキャスタなの?」
「ああ。どうやら転移は成功したらしい」
リハイトは周囲を鋭く見回しながら続けた。
「…コンドは仮拠点の見張り、ソフィアは戦闘不能。
だが、レインには事前に同じ転移装置を渡してある。手が空いてるアルテを連れて、すぐこっちへ来るはずだ。お前も戦闘の準備をしておけ」
眠気も完全に吹き飛び、私はこくりと頷いた。
レインとアルテが合流してくれるなら心強い。
そして───
今の状況で、一つだけはっきりしたことがある。
それは、内戦自体が大規模な囮だった……という事だ。
おそらく誰かが仕組んだ計画の“序章”にすぎず、
内戦の勝敗すら最初から目的ではなかったのだろう。
本当の狙いは───
ヘブンキャスタ襲撃…王都の破壊。
正直…内戦の場に英雄全員が呼び出された時点で、違和感はあった。
でもまさか……英雄が不在になる瞬間を狙って王都の奇襲を敢行するとは。
「やり方が……せこいぞ」
思わず漏れた呟きに、リハイトが淡々と答える。
「おそらくヘブンキャスタ内部に主犯が潜んでる。
気を付けろよ、探偵」
「……うん」
私は真剣に頷き、ホノを喚び出して周囲を警戒する。
その時、ようやく本部から現状報告が入った。
『総員、よく聞いてくれ。
英雄にはすでに伝えてあるが……現在、
王都ヘブンキャスタ内で“黒い化け物”が複数出現した。
本部にいる隊員は、速やかに配置へつけ。
……それからもう一つ。
内戦で多数の隊員が殺害されたという報告が入った。
犯人は依然として不明だ……。
ヘブンキャスタ担当の隊員だけでなく、仮拠点の諸君も───くれぐれも気を引き締めて行動せよ』
「ッ……やっぱり先輩達は……」
通信機から流れる声を聞きながら、
私はただ、胸の奥が冷たく沈んでいくのを感じていた。
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本部からの通信が途切れてから一分も経たないうちに、私達のすぐ傍で転移魔法の白光がぱっと咲いた。
光が薄れていくと、レインとアルテの姿が現れる。
「……二人共、お待たせ。
ソフィアと怪我人達は、ひとまず仮拠点に移したわ。
さっき通信があったし、本部の隊員達はもう動き始めているはず。王都内の化け物の総数は……まだ不明よ。
でも、特務隊だけじゃなく一般隊員まで駆り出される状況なら、私達は彼らの援護に向かわないとね。
とりあえず、二手に分かれましょう」
到着するや否や、レインは手早く状況をまとめて指示を出す。
私はすぐに彼女の手を掴んで返事をした。
「わかった。じゃあ、私レインに付いてく!
私達の魔法で、一掃してやろうじゃん?」
「ふーん? ずいぶん自信満々じゃない?
なら……頼りにしてるわよ」
「ふふんッ!まっかせてよ、レイン先生!」
胸を張る私に、レインはふっと笑い、ヴァルタを呼び出しながら軽く私の頭を撫でてくれた。
でも本当は───自信なんてそんなに無い。
ただ、なんとしてでも主犯をぶっ飛ばしたいという
個人的な怒りが、妙な前向きさを生んでいるだけだ。
……まぁ、結果的にやることは変わらないからいっか。
私は悪い笑みを浮かべて、犯人をボッコボコにする……シュミュレーションをしていた。
そのまま虫眼鏡を取り出してホノを喚び出すと、隣ではアルテが転移装置を見て、感嘆の声を上げていた。
「それにしても、流石師匠……。
転移先にまったくブレがありませんでした。
このカラクリ、錬金術でしか作れない特別製なのですか?転移術は魔族でも王族しか扱えないのに……。
…運斤成風ですね!本当に凄いです!!」
「まぁ、何回も似たようなの作ったしな。
その応用だよ。錬金術で作ったのは確かだが……
今はそれより化け物退治に集中しろ、アルテ」
「承知しました師匠!」
会話が一区切りするとリハイトはアルケミを肩に乗せ、アルテも翠羽を傍らに呼ぶ。
二人ともすっかり戦闘モードに切り替わっていた。
───よし、これで全員揃った。
ここには英雄が三人。
どんな化け物が来ようと、負ける気はしない。
ヘブンキャスタは、きっと守りきれる……!
私はそう強く思い、深く息を吸った。
しかし、世の中何事もそう上手くはいかないもので……
早速二手に別れようとした瞬間───
───ぽつ……ぽつ…。
ぽつぽつ、ぽつぽつぽつぽつッ!
と、黒い“雨”のような何かが、
私達めがけて一斉に降り注いできた。
『───ッ?!』
思わず空を仰ぐと、四方の建物の屋根に、
いくつもの黒い影が立ち並んでいるのが見えた。
……囲まれた?!
「っ影の化け物?!」
「?!……やだ、これ全部呪術じゃない!
三人とも避けなさい!あの建物の下に隠れるわよ!」
突然の襲撃に動揺する私をよそに、レインは素早く建物の影を指差した。
リハイトとアルテは即座に反応し、呪術の雨を軽々と避けて走る。
「ッい!!いたッ……!」
一方の私は、その場で固まってしまい、
細かな黒い雨粒を避けきれず……いくつものかすり傷を負ってしまった。
「ッ探偵さん!」
すると私の悲鳴を聞いたアルテがすぐに振り向き、
状況を瞬時に判断して守護魔法をかけてくれたうえ、
私の手を引っ張った。
「探偵さん、今はとにかく走ってッ!」
……そうだ、まず逃げなきゃ!
アルテの声に意識を引き戻され、
私は慌てて駆け出す。怯んでる場合じゃない!
呪術の雨を掠りながら、三人の後を必死に追い、
なんとか建物の影に飛び込んだ。
途端に、雨はぴたりと収まる。
「はっ、はぁ……びっくりした……なに、今の……」
私は激しく脈打つ心臓を押さえながら呟く。
アルテの守護魔法は建物に辿り着くまでに何度も雨に触れ、結局消えてしまった。
「おそらくだけど、化け物の仕業じゃないかしら。
にしても……呪術とは厄介ね」
「ええ。あの量を浴びれば、
間違いなく致命傷です……私達でも」
レインとアルテは困ったように眉を寄せる。
……やっぱり、完全に私達を狙った攻撃だったよね。
「……あれだけの呪術をばら撒く化け物だとしたら、相当知能が高いはずだ。ここで仕留めておかないと、最悪王都が崩壊する」
リハイトは呪術が降ってきた屋根の上を鋭く見上げながら言った。
「一般人にあんな攻撃を受けさせるわけにはいかないし、急がなきゃ!よし、追おう!ここは住宅街から外れてるし、化け物がこの区域から出る前に!」
「そうね、急ぎましょう。
ただ、次は雨に降られないように、私達も屋根に移動するわよ。まだ上に残っている可能性は高いわ」
レインの言葉に私はすぐ頷き、三人より先に屋根へとよじ登る。
戦力を落とすわけにはいかない。ここは私が囮に出るべきだ。
そうして屋根の上に立った瞬間、
複数の視線と目が合った。
「あーッ!
やっぱり待ち伏せしてたな、この化け物達!」
さっきよりは数が減っているが、
やはりまだ屋根に残っていた。
けど、予想通り——なら、怖くもない!
私は不敵に笑い、魔力を解き放つ。
『魔力覚醒!
水と土の使い魔ホノよ——
私と力を合わせて敵を打倒しよう!
ハードな冷たさに震えちゃえ!!
第四詠唱!』
ホノが刺々しい氷に近い水を生み出し、
それを私が化け物へ次々と放つ。
冷たさを帯びた水は、確かに化け物の身体を貫いた。
「ンフッフッフ……氷が弱点なら、
冷っったい水でも効くっしょ?
オッラァァ!!」
自分でもわかるほどガラの悪い声が出てしまっているが……そんなの構うものか。仲間の仇を取るんだ。絶対に逃がすものか。
先輩達を弔うことすらできなかった怒りが、
胸の奥から湧き上がる。
「オラオラッオラアァッ!!!」
「うわ……やっぱお前、蛮族だろ」
背後から聞こえたリハイトの呆れ声。
……なんだと? と反論したいが、
この状況では否定ができないのが悔しい。
私は不満そうな顔だけ彼に向けた。
だがリハイトは完全にそれスルーして、化け物に指を鳴らす。
するとそれだけで───
ここにいる影の化け物、全部を凍らせた。
……ずるいな、無詠唱。
「ひー、ふー、みー……六匹ですか。
先程の半数ですね」
アルテが凍りついた化け物を数える。
黒い雨を撒いた化け物が全体とは限らないが、
少なくとも半分…六匹は逃げている計算だ。
それを見たレインが頭を抱える。
「はぁ……あんな黒い影をあと六匹も探すなんて……
せめて昼間ならよかったのに……」
……いや、本当にその通りだ。
真っ暗闇で真っ黒なバケモンを探すとか、普通に無理ゲーである。
私も深く溜息を吐いた。
「とにかく、被害が少ないうちに
全部探し出して片付けるぞ」
リハイトは短く言い放つと、そのまま住宅街へ駆け出した。
……相変わらず速すぎる。
「あっ、師匠!待ってください!」
置いて行かれたアルテが慌てて走り出す。
っていけない、私もレインに付いて行かなきゃ。
『私は私のやるべき事をやるぞ!』
心の中でぐっと拳を握りしめ、私はレインの後ろへと続いた。
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《リハイト視点》
「前方──約四百メートル先に敵対反応を確認した」
「了解。速やかに狙撃します」
かれこれ数十分……
俺達はずっと戦い続けていた。
それでも倒せた化け物は六匹に満たない。
つまり……まだ取り逃した分を討伐しきれていないわけだ。
レインが嫌がっていた通り、暗闇での捜索は本当に面倒で……月明かりも薄く、街灯もまばらな夜道では、影と化け物の区別すら付きづらい。
そのせいで俺達は、常に目と神経を張り詰めて戦わされていた。
……それでも正直、
探偵がレインについて行ったのは好都合だった。
相棒のアルテは、竜のくせに鳥目という面白──
いや、深刻で厄介な体質に加え、方向音痴まで併発している。
暗闇の探索なんて……言うまでもなく全く役に立たない。
俺の異能力でサポートするしかないのだ。
つまり、アルテの弱点をカバーしきれないレインか探偵のどちらかと組んでいたら、片方のペアのパトロールは完全に“無意味”になっていたところだった。
……まぁ、それはさておき。
真夜中に内戦が始まってから、もうかなり時間が経っている。
そろそろ東の空が白み始める頃だろう。
夜明けまでに全討伐したい気持ちは山々だが……
この調子だと、まず無理だ。
「敵対反応……よし、消えたな」
「私の目では確認できませんが……倒せているなら良かったです。これでようやく四匹目ですか……果てしないですね」
化け物の生体反応が消えたのを確認して俺が呟くと、
弓を握るアルテは、疲労のにじむ声で溜息を吐いた。
……そりゃそうだ。
こんな長期戦を強いられているのに、
討伐できたのはたった四匹。
弱音のひとつも漏らしたくなるだろう。
俺だって正直、今の状況は
──もう、とてつもなく面倒だ。
「……とりあえず周辺の民家や施設の様子を見るか。住民の安否確認もするぞ」
「はーい」
気の抜けた返事を返すアルテを連れて、
夜道を歩き始める。
案の定、化け物の影はなく、
夜更けゆえに住民も出歩いていない。
つまり──特に何も起きていない。
俺は周囲を見回しながら、溜息をひとつ吐いた。
「……参ったな。
化け物どころか、帝国軍の隊員さえ見当たらないぞ」
「情報共有できないのは痛いですね……
本当、参っちゃいます。
うーん……だめ、繋がらない……」
アルテは眉を下げながら通信機を振る。
実は、俺達の通信機は影の化け物の呪術雨に当たったせいで故障していた。
気づいたのはつい先ほどだが、本部や仮拠点にも、ヘブンキャスタの隊員達にも連絡が取れず困っている。
しかも、俺でも修理できないほど面倒な術がかかっているらしく、胸の奥がじわじわ苛立ってくる。
「マジで……勘弁してくれ。面倒くせぇ」
「いっそのこと、空から探しますか?」
俺が通信機を睨んでいると、アルテが紋章の浮かぶ右手を示しながら言ってきた。
……ここで竜になる気か。
「馬鹿言え。こんな所でリミット解いたら、
絶対お前、身動き取りづらいだろ。
それに竜化しても──
鳥目で何も見えねぇのがオチだ。やめとけ」
「確かに…」
指摘すると、アルテはすんなり諦めた。
「…でも、どうします?
このままだと埒が明きませんよ」
「そうだな。
なんとか効率良く化け物を討伐する方法を──」
「ッ師匠! あれを……!」
考えを巡らせていると、
アルテが勢いよく俺の言葉を遮った。
ただならぬ声色に、俺も即座に視線を向ける。
すると、そこには───
「───な、何だあれッ?!」
さっきまで討伐していた影の化け物の二倍……いや、
三倍はあるであろう巨大な化け物が、建物の影からゆっくりと蠢いていた。
足元には、ヘブンキャスタに配属されていた一般隊員達がまとめて倒れ込んでいて……全員が呪術のような力に絡め取られ、身動きすらできないまま襲われている。
「まさか……あの化け物、
てる坊と同じで“融合”したのか……?」
「ッ、師匠!」
「……チッ、わかってる。行くぞ」
考えるのは後だ。
今は、一人でも多くの隊員を助けるのが先。
俺は“巨大化の理由”という思考を一旦切り捨て、
風をまとったアルテと共に地面を蹴った。
「やばい……こいつ強すぎる……!」
「うわぁ! 助けて! 私無理!」
「痛い痛い痛い、何コイツ?!
でかすぎだろ! た、た、食べられる!」
「うわーん、だれかー!!」
「くそ……全く歯が立たない……!」
化け物の近くまで駆け寄ると、
一般隊員達の情けない声が耳を刺してきた。
……帝国軍隊員ともあろう者達が、
全員まとめて捕まるとは、なんという失態だ。
揃いも揃って情けない。
まぁ、端から期待なんてしていないが。
俺が呆れを通り越して無心になりながら呪術を解いてやると、ようやく隊員達は俺とアルテの存在に気付いた。
……ふむ。どうやら観察力も乏しいらしい。
「?!リハイト様!翠嵐様!」
「良かった!英雄様よ!これなら化け物に勝てるわ!!」
「ハッ……あの化け物も終わったな。英雄に勝てる訳がない!」
「元帥……た、助かった……!」
「英雄殿! やっちゃってください!!」
「冥導者様と竜導者様が揃ったら負けるはずないもんね〜」
あちこちから歓喜と期待の声が上がり、
俺は深い溜息を吐いた。
本当に……こういう“英雄任せ”の態度は、一般隊員も帝国民も大差がない。鬱陶しいったらない。
でも、まぁ……仕方ないのかもしれない。
一般隊員なんて、ただの志願者や徴兵の寄せ集め。
特務隊員とは違って、戦闘能力も経験も乏しい。
はっきり言えば──戦力外だ。
まぁ……一応、戦う意思があるだけマシ、なのか?
いや、マシか……?
「借花献仏……いえ、この場合は他力本願か……?」
俺が隊員達の態度に呆れていると、
隣でアルテがぽつりと呟いた。
全くもってその通りだな、と全面肯定すると、
アルテは慌てて自分の口を押さえた。
どうやら完全に無意識の発言だったらしい。
この場に適した言葉を必死に探し始めるアルテの表情があまりにも真剣で……
「ふはっ……お前そういうとこあるよな」
俺は、隊員達への苛立ちなど
心底どうでもよくなってしまった。
彼女の真剣さが妙にツボに入り、笑いがこみ上げて……慌てて口を押さえる。
「コホン……さて、それはそうと、だ。
かなり厄介な相手だが、どうする?」
気を取り直して問いかけると、アルテはおずおずと口を開いた。
「わ、私が攻撃するのは……」
「……。」
「ッだめですよね!分かってますよ、もちろん!
私は隊員達の守護に回ります!…ので!
攻撃は師匠にお任せします!」
「よろしい」
アルテは巨大な敵や凶暴な敵──
とにかく討伐危険度が高い相手にも迷いなく突っ込む癖がある。
いつも通り突撃するのが見え見えだったので、俺が無言で圧をかけると、あっさり諦めてくれたらしい。
分かってるなら最初から言わなければいいものを……。
彼女には是非、無謀・蛮勇・無鉄砲──
この辺りを辞書で調べてほしい。
ゾッとするほどピッタリだ。
「そうと決まれば、とっとと終わらせるぞ」
「はい、師匠!」
巨大化は厄介だが、こいつを倒せば面倒な捜索も終わる。
そう思うと少しだけやる気も湧いてきた。
この化け物の弱点は氷魔法だと、探偵から聞いている。
だから俺はアルケミと連携し、氷魔法で頭部を重点的に叩き続けた。
大抵の生き物──
魔物でも魔獣でも、弱点は頭にある。
この化け物もそうだと踏んでいるが……どうだろう。
確証はないが、氷魔法が効いているのは確かだ。
そうして何度も、何度も氷魔法を叩き込む。
「……ッ」
……だが、それでも倒れない。
っ……思ったより硬いな、この化け物……。
大物の討伐に時間をかけるのは碌なことがない。
焦りが胸をざわつかせる。
どれだけ攻撃しても化け物は衰えず、氷魔法で形の歪んだ頭部を押さえ込みながら暴れはじめた。
チッ……やっぱり弱点が別か?
そんな懸念がさらに焦りを呼び、
ほんの一瞬……俺の攻撃が緩んでしまった。
その隙を突くように、
化け物が歪な腕を振り上げ──反撃してきた。
「ッ?! あっぶな!」
俺は土壇場で攻撃を避けたが、
空ぶった腕はそのまま勢いを落とさず地面へ向かう。
そして──
その軌道の先には、負傷して立ち尽くしている隊員がいた。
……ッしまった?!
すぐに凍らせ──いや、間に合わない!
腕の動きを鈍らせようと魔法を発動したが、
俺の氷よりも振り下ろされる巨腕の方が早かった。
──────ズドンッ!!
「クソッ……止められなかった……」
視界を走査しても隊員の姿は見えない。
地震直後のようにひび割れた地面を見下ろし……
諦め混じりの声が漏れた、
その瞬間──
──────ビュウゥッ……!
突然突風が吹き荒れ…化け物の腕が、あり得ない角度へ“弾き飛ばされた”。
「なッ、今のは?!?」
自分の腕が跳ね返された化け物は、体勢を崩し、地響きを立てて倒れ込む。
──倒すなら今だ。
絶好の好機を逃す訳にはいかない。
俺は魔力を大量に注ぎ、一気に放出すると、
化け物を丸ごと氷の奔流で包み込んだ。
「ッ……手こずらせやがって」
動きが鈍っていたこともあり、
ようやく化け物は完全に氷づけとなった。
……その後、俺は化け物の生態反応が完全に消えたことを確認し、さっき腕が落ちた場所へと視線を戻した。
すると案の定、
そこに立っていたのはアルテだった。
───まぁ、風を操ってあんな真似ができるのはアイツしかいない。
「形振り構わず人を傷つける兇漢め……疾く去ね」
強度の風結界と守護魔法で隊員ひとりを庇う彼女は、不機嫌そうにそう吐き捨て、動けなくなった化け物を竜化した瞳で鋭く睨み据えている。
……俺からすれば竜化の瞳程度で怯む理由なんてないが、周囲の隊員達は、先ほどまでとは別人のように冷たい彼女の態度に震え上がっていた。
はぁ…全く……コイツらは軟弱すぎる。
いずれ鍛え直す必要があるだろう。
念のため――化け物の氷は、アルテの見ていないうちに砕いておこう。ついでに素材採取も……。
ともかく、これで化け物退治は終わった…はずだ。
やっと一息つける。
浮かれ始めた隊員達には一切目を向けず、
肩の力を抜いて地面に降り立つと、
俺はアルテへと声をかけた。
「隊員の守護と俺の援護、ご苦労だったな。
正直助かったよ、アルテ」
「し、師匠に褒められた……!
わぁーい!ありがとうございます!」
「お前は子どもか……」
感謝を伝えただけで、アルテはその場で幼子のようにはしゃぎだした。
……さっきまでの激昂はどこへやら。
ほんと、コイツは単純で助かる。
まあ、英雄という立場上……褒められる機会なんて滅多にないからこその反応かもしれんが。
「でもあんなの、とても援護とは言えませんよ……。師匠こそ、あれだけ魔力を使ったのに、まだそんなに動けるなんて……はぁ…ほんと、すごいです…」
はしゃぎ疲れたのか、
息を荒げながらそう呟くアルテ。
確かに俺のほうがまだ動けるが、こっちだって息ぐらいは上がってる。
まあ……ポーション飲めばすぐ戻るし、わざわざ弱ってるなんて自分から言う気はないが。
……片腕だったとはいえ、あの巨大な化け物の攻撃を跳ね返す大技を使ったのだ。
魔力を消費しすぎたのだろうか……彼女の足は産まれたての小鹿みたいにふらついている。
「……にしても、ふらついてるな、お前の足」
「ギクッ……」
「……。」
自力で歩くのもやっと、という感じだ。
心配になって足に軽く触れた瞬間、あからさまにビクついた。
「症状」
「うっ……だ、大丈夫です。ただの魔力切れです!
ほら、私まだ……動けます!」
「い・ま・す・ぐ・症状を言え。
言わないと特別“滲みる”ポーション、
頭からぶっかけるぞ」
怪我の状態を言うだけだろうが……
なぜこんなに隠したがるのか。
毒々しい色のポーションを取り出して脅すと、
アルテは猫に追われた鼠みたいに怯え……
必死に目を逸らしていた。
しかし、今の足で逃げられないと悟ったのか、
観念したように白状した。
「……ただの……骨折ですから……。
滲みるような怪我はしてな……」
「足の骨折か。……うん、重症だな。絶対動くな」
頑なに隠そうとするアルテを無視し、
俺は救急セットを取り出して押さえつける。
ズボンの下を確認すると、足は見事に腫れ上がっていた。
うわ派手にやったな……
歩くだけでも精一杯だったろうに。
「足がこの様子じゃ、今日はもう戦えないな。
しかも両足……よく立ってたな。
応急処置してやるから、その後は本部に戻れ」
「ッで、でも師匠――!」
「そぉらッ!」
「かはッ!? コポポッ?!?」
諦めの悪いアルテに、
俺は容赦なくポーションをぶっかけた。
ずぶ濡れになった彼女は目を丸くして「約束が違う!」と弱々しく抗議してくる。
「ごほっ……言った、のに……なんで……」
「“言ったら掛けない”なんて一言も言ってないぞ」
「え…あ、そ、それは……確かに…そうですけど……」
不満げではあるが、
抵抗する気力は完全になくなったらしい。
座らせて手早く処置を施した後、
俺は念を押すように言った。
「負傷者は戦闘の場に置いて…?」
「…足手纏い……ですよね。わかりました。
諦めます。確かに今の私は、戦闘の邪魔にしかなれません……軽率でした。すみません」
「……わかってくれたなら――」
「では私は此処で大人しく他の隊員達と民家の防衛をしています! 任せてください! 防衛なら戦闘より得意ですから!」
……あぁ、説得すれば素直に聞く点はいい。
だが毎度のことながら、彼女からは俺が期待する“模範解答”とは微妙にズレる返答が返ってくる。
それはもう……流れ星のように、斜め下へ一直線だ。
……お前、俺の本心を読んだ上でそれ言ってるなら張り倒すぞ?
正直、そのボロボロの体で何もしてほしくない。切実に。
「大人しく防衛します!」じゃねぇよ……なんだよ大人しく防衛って、大人しく寝とけよ。
怪我が増える未来しか見えない……。不安だ。
「はぁ……治療用ベッドに縛り付け――
いや、とにかく今すぐ治療受けてほしいが……」
「し、師匠? 今ちょっと妙な単語が――」
アルテの疑問はガン無視だ。
「……残念ながら今はソフィアも治療隊もいないしな。わかった。でも絶対、今みたいな無理はするな。ろくな結果にならない」
「……はい」
折れた足を指差して念押しすると、
アルテはようやく素直に頷いた。
……一隊員のために、仲間が傷つくような事態など、俺には到底許せない。
表情には出さないが、正直……この足の怪我だけでも腸が煮えくり返っている。
アルテには悪いが、もしあの時――
化け物の攻撃から一般隊員を守りきれなかった彼女が、巻き添えで死んでいたとしたら……。
俺は、その一般隊員を絶対に赦せなかっただろう。
下手をすれば、周囲の一般隊員ごと巻き込んで、
王都中で暴れ回っていたかもしれない。
……まあ、英雄がひとりでも死ねば破瘴の結界は崩壊するから、どのみち全部滅ぶのだが。
――それでも、だ。
仕方ないだろ。
もう俺には……心を許せる存在なんて、お前らぐらいしか残っていない。
護りたいものだって、本当はもう……
お前らぐらいしかいないんだ。
声には出さずに、ただ胸の奥でそう叫ぶ。
すると、目の前に座り込んでいるアルテが、静かに俺を見上げた。
「………。」
……長い沈黙が続く。
重い空気の中、俺の心を覗いたアルテは、
息を呑むように目を見開いた。
「……ッ」
そして……彼女はひどく痛ましげな、
申し訳なさそうな表情を浮かべた。
他者の心が“視える”アルテは、
常に誰かの本心と、誰かの傷を背負っている。
自分自身の問題だけでも重すぎるはずの“心”を、
他人の分まで抱えて支えることが――
どれほど辛いのか。
……他人の心など欠片も視えない俺には、
想像すらできない。…理解してやることもできない。
それを視ることが許されているのは、アルテだけだ。
他者の本心を理解し、共感し、寄り添えるのは……
彼女だけなのだ。
だからこそ、“強く切実な想い”ほど、
彼女には真っ直ぐ……届いてしまう。
だからこそ、俺は何度も心の奥底から願った。
何もかもを包み隠さず、ただ必死に願い続けた。
───もう二度と、仲間を失いたくない。
卑怯なのは自分でもよくわかっている。
だが、こうでもしなければ……いや、こうしなければ、この頑なで不器用な少女は、自分自身を大切にしてくれない。
「お前達だけは、いなくなってくれるなよ……。頼むから」
気付けば、その願いは声になって零れていた。
たった一言。それでも、俺の中ではあまりにも大きな願いだった。
言い終えると、座ったまま固まっているアルテをその場に残し、俺はまだ戦い続けているかもしれないレインと探偵のもとへ向かうことにした。




