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生彩放つ無神世界  作者: 美緑
〜第一章〜瘴廃国の少女
5/89

襲撃からの底力

虫眼鏡を握りしめた私は、ゆっくり...そして慎重に、てる坊へと近づいて行く。

気づかれても、群れでなければ大丈夫だとアルテに言われたが……たった一匹でも、怖いものは怖い。

油断していたら、滅多打ち...なんてこともありそうで怖い。


私はノロノロと足を進め、やっとの事でてる坊から五メートル程の距離まで近づいた。

有るかどうか分かんない虫眼鏡の機能のせいでこんな事になるなんて...うぅ……。

泣き言を心の中で吐きながらも、さっきみたいな失敗できないので、私はしっかりアルテの指示通りに動いた。


しかし、流石にアルテでも虫眼鏡の武器としての扱い方を知らず…。

虫眼鏡をてる坊に向けて掲げてみたり、手で軽く叩いてみたり……あとは振ってみたり…。

色々な方法を言われた通り試したが、虫眼鏡がこれといった特別な効果を発揮することはなかった。


「なにか呪文が必要なのでしょうか...?」


「いやぁ…そもそも本当に、これで戦えるのかな……。

私には武器が創れないだけかもだし...」


二人でどうにか虫眼鏡を活かせないかと考えたが、どう頑張っても虫眼鏡は虫眼鏡だった。


「……今日は、別の魔法で討伐してみましょうか」


結局、虫眼鏡の件については保留となった。

なのでその後、私は魔法武器ではなく、初級魔法を習得する為、アルテから魔法属性について教わった。

魔力…精霊に使い魔……属性?魔法陣…詠唱?

基本知識だけでも、覚えることが多いな...。

と思いながらも、できるだけ頭に詰め込んだ。


「てる坊によく効く魔法攻撃は、水属性魔法と言われています。魔法属性は、火、水、葉、雷、氷、土、光、闇の八つが有り、一人に二つの得意属性が備わります」


「得意属性?二つしか使えないって事?」


「"使えない”とまではいきませんが、やはり得意な属性以外の魔法は使いこなすのが難しくなります。

得意属性ではない場合、威力が弱くなったり、暴走したりと...調節出来ない事が多いのです」


「なるほど…」


二つの属性は練習を重ねる事で必ず得意属性として備わるそうなのだが...。

私には得意属性、ちゃんと付くのかな....?

さっきの虫眼鏡のせいで....ちょっと自身ないや。

と、心配になった。

まだ手でしっかりと握っている虫眼鏡を見て、私は何度も溜息を吐く。

先程の失態で気持ちは大きく沈むままだ。


……が、なんだかんだ言って数分後に私は、次に使う魔法への期待と興奮で一杯になっていた。切り替えの早さなら任せてほしい。


基本的な魔法属性について学んだ後、私達は再びてる坊の近くに寄って行った。

私は事前にアルテに教わった魔法の呪文を心の中で詠唱する。


『……"アクアテーション。

とても簡単な魔法なので、この短い詠唱だけでも充分威力が出ますよ』

アクアテーション...アクアテーション……。

アルテとの会話を思い出しながら、忘れないように何度も…何度も何度も唱える。


「よし……いける…!」

そして、手元に魔力を溜めるように意識しながら、てる坊に向けてまっすぐ手を翳す。


「今です!魔法を、思いっ切り放ってください」

私の手に溜まった魔力を見て、アルテが合図を出してくれたので、私は頷き、なるべく大きな声で詠唱した。


『水よ、私に力を..”アクアテーション!』

端的な詠唱が終わると同時に、透き通った水が丸々とした泡のように空中に浮かび上がった。

何もないところから綺麗な水が湧いたので、私は思わず目を瞬かせる。……これが魔法!すごい!っと。


まるで奇跡のような光景だ。

私は魔法に見蕩れ、その美しさに感動した……のだが、その美しい水魔法は無慈悲にも、容赦なくてる坊へ直撃した。


──────ザシュッ…ガガガッ、ブスリッ……。

小さな球が、弾丸の如く凄まじい威力でてる坊の体を蜂の巣状態へ変えていく……。



「で……でき、できた!」

至極単純な呪文のわりに予想を遥かに上回る威力の魔法に驚いたが、自分にも魔法が使えた…その事実が、飛び上がりたい程嬉しかった。


「素晴らしいです。完璧ですね」

アルテもそんな私を見て満足そうに微笑んでいる。


魔法の的となってしまったてる坊がいた場所を見ると、ボロボロの布と不気味なオーラを放つ黒い紐だけが残っていた。

「...うわお」


一方的な攻撃をして申し訳ない気もしたが、アルテ曰く

「この黒紐は"呪縛”といって、黒いオーラが濃いほど人を襲った回数が多い個体なのです」

……らしい。


目の前に落ちた紐は真っ黒いオーラを纏っているし……うん。これは、政党防衛…だよね……うん...。

人を襲ったことがあるなら、少なくとも無害生物では無いだろう。ひとまず討伐完了だ。


…それにしてもこの呪縛、どうしよう…。

このままここに放っておくには禍々し過ぎる気がして私が困っていると、不意にアルテが紐の方へと近づく。そして彼女はその場にしゃがみこむと、呪縛紐を回収して袋に入れた。


「それ、どうするの?」

何かに使うのかな?と思って聞くと、アルテは大切そうに袋を抱えながら

「この呪縛紐を集めている人に渡そうかと」

と答えてくれた。


「へ、へぇ……」

私は袋越しからでも伝わってくる呪縛紐の黒いオーラに身震いして、こんな不気味な紐欲しい人がいるなんて、悪趣味なへんじ....いや、変わってる人だな...。

と会った事もない人に対して、なんとも失礼な感想を持ったのだった。




魔法の練習が終わり、私は流石にヘトヘトになった。

あの変な場所からここまで、ずっと無駄に頭と体を使ったせいか……全身が凝っている気がする。

それでも私は、疲れでふらつく足を引きずり、町への道をアルテと並んで歩く。


幸い、道中恐ろしい魔物に出くわす事もなかったので町へは順調に向かえていた。

…のだが、やっと目的の町を示す看板が見えてきた時、不意に……隣にいたアルテが立ち止まった。


「... アルテ?どうしたの?」


急に立ち止まる彼女を見て、私は首を傾げる。

何かあったのかな?と思って尋ねると、アルテは周囲を警戒するように見回しながら……

「……絶対に、私から離れないでください」

と私に短い指示を出した。

……なにかいるのだろうか?

危険な魔物...?魔獣?それともお化け……?

そう考えると怖くなって、私も周りを見渡したが…そこら辺に漂っている"てる坊"以外、特に変なモノはいなかった...。


…姿が見えないものほど嫌なものはない。

なんだか余計怖くなってきて、私はアルテにもっと近づこうと足を踏み出した……その瞬間、彼女が私の背後を見て目を見開き、血相を変えた。


「?!...ッ失礼します!」

アルテは酷く焦ったようにそう言い放ち、私の体を思いっ切り引き寄せると、魔法で私を浮かせる。そしてそのまま私を腕に抱えながら、素速くその場を離れた。


───ゴオォォォンッ!

すると、私達が宙へ舞うのと同時に、地面が砕けるようなヒビ割れ音が聞こえてきた。

ええぇ?!何が起きてるの?!

私は兎に角状況を把握したくて、さっきまで自分達がいた場所を振り返る。

すると…私は、信じられないモノを目にした。


「…あ、あれって……白練てる坊?!」


目の前にいたのはてる坊だった。

しかし…それはただのてる坊ではなく、"巨大化"して、可愛らしさの欠片すら消えたてる坊…?だった。

化け物のような形相は恐ろしく、手のひらサイズだった身体は立派な一軒家に劣らない程大きい…。


まさか……さっき仲間が私に倒されたから、怒って出てきたボスとか……親とか?!

だとしたら、どうしよう...と私が震えていると、アルテが困惑した様子で言った。


「こんなてる坊初めて見ました...。何匹かが勢いよく集まって、あっという間にあんな姿に...。まさか...」

「まさか何?!もしかして私が小さいてる坊倒しちゃったから?」


もし自分のせいだったら...と不安になり、涙目でアルテにしがみつくと、彼女は私の背中を擦り落ち着かせながら答えた。


「…いいえ、最近魔物の凶暴化や巨大化などの異変が増えていると報告を受けています。自分の目で見たのは初めてですが...」

そう言うと、アルテは巨大化てる坊の方を向き、弓を手に取った。


「かなり不利ですが.....致し方ないですね」

そして彼女は、何故か臆することなく、ただ静かに歩みだす。


「え……」

まさか倒すの?!

あんな...ザ・ボスみたいな魔物の討伐とかも、アルテの仕事なのかな?

でも……だとしても、一人で大丈夫なわけないよね?

一人で戦おうとするアルテが心配になった私は、彼女の服の裾を引っ張って、引き止めた。


「あぁ…そうでした」

……しかし、アルテは自分が引き止められた理由を"自分が心配されているから"とは考えもしなかったようで...

「貴方が無事に町へ辿り着けるよう、念の為、守護魔法をかけておきますね。この道を真っ直ぐ進めば町があるので、そこへ向かってください。ご安心を、既に翠羽から町長へ、貴方の事情は話してありますので」


…と言い、彼女は私にだけ身を守る魔法をかけると、

「.....最後まで案内できず、申し訳ありません」

…そう言って踵を返し、今度こそ行ってしまった。


アルテを引き止められなかった手はやり場をなくし、私の声も彼女に届かなくなっていく……。


「違う!待ってアルテ!私じゃなくて...!」

アルテをこのまま一人にはさせたくなかった。けど、私には戦う為の武器も魔法もないから...アルテに加勢できない...。私が行っても足手まといになる...。

そう考えると、直ぐにアルテを追う事ができなかった。


手の中にある虫眼鏡は、どれだけ強く握っても光ることも、熱くなることもない。

でも……私一人だけ逃げるなんて…そんな事したくない。……私にできる事はないの?


「本当に見ている事しか...逃げる事しかできないのかな....?コレは...どうやったら私の力になってくれるの?」


分からない……でも、こんな所で立ち尽くしていたらアルテに追いつけなくなる…。

立ち止まるわけにはいかない...と、私は今取るべき自分の行動を考えだした。



✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿


結局……私はこっそり、隠れてアルテについて来ていた。戦えない私が戦闘の邪魔になるのは分かりきっているので、少し離れた場所ではあるが……てる坊とアルテの様子を見れる程度には近づいている。



───ギイギャアァァァッ!!!


てる坊の咆哮と共に弓を構えたアルテは、私が使った魔法よりも長く煩瑣な詠唱を唱えだした。

その間も巨大化てる坊は大地を荒らしまくっている。


『妖魔開放……高貴なる光と風の精霊"翠羽"よ。

貴方と共に羽ばたき、この力吹かせるは"翠嵐"...。

恵みの力を創造せよ…流転せよ…。

第一詠唱..始まりの風”疾風千矢"』


精霊に語りかけるような礼儀正しい詠唱が完了すると、彼女の前方に魔法陣が現れた。

時計から出てきたものと違う...見たことない魔法陣だ...。

人によって紋が違うのかな?

アルテの魔法陣の紋には竜のような生物が描かれている。


『────ぴぁッ!』

魔法陣についての考察をしていると、空から急降下してきた翠羽が、大きな竜巻を起こした。

それと同時に、アルテは竜巻に向けて大量の光の矢を打ち込む。


「わぁ…!」

すると矢は竜巻であちこちに散らばり、まるで花火のように華やかな光が空に広がった。

「……綺麗」

アルテの魔法に、私は思わず見惚れてしまった。やっぱり魔法は凄い。



疾風のような素速さで降る千の矢に、巨大化てる坊の周りにいた小さなてる坊たちは次々と射抜かれ、あっという間に一掃された。


「凄い...!でも……

大っきいヤツには全然効いてないみたいだ…」

巨大化てる坊の体には、あれだけ降っていた大量の矢が全く刺さっていない。

表面の布が硬いのかな…?

どうしよう…

やっぱりこのままだとアルテが危ないかも……。


巨大化したてる坊に何か弱点はないものか……と、私は必死に考える。

すると、その時…ずっと手に持っていた虫眼鏡が、微かに光だした。

急に反応した虫眼鏡を見て、私は考えた。

……もしかしたらコレ、使えるかも…と。



︎✧︎✧✦┈┈┈┈.✦·········✦.┈┈┈┈✦✧✧︎


《アルテ視点》


私が今日この場所にいたのには、理由があった。

それは突然変異した魔物を調査する為…。



近頃エデンカル帝国では、凶暴化や巨大化した魔物の目撃情報が増えていた。

魔物達の原動力は瘴気であり、取り込んだ瘴気が多い程魔物は強くなる。そしてその瘴気は、人にとっての猛毒…故に大変危険な物なのだ。


魔物達の脅威が増した原因は、間違いなく瘴気濃度の上昇だろう…。このままではこの帝国が瘴廃国になるのも時間の問題なのかもしれない。

……そんな不安が蔓延る中、私はこの辺りに変異種が出現したという報告を受けた為、単独で調査をしていたのだが……その最中、突然空に、大きな魔法陣が現れた。


初めて見る魔法陣に、私は驚き、警戒した。

魔物の調査をしていた事もあって、突然変異と関係しているのではないかと思わず身構えてしまった。

……しか、そのまま用心深く観察していると、その可能性が低い事に気が付いた。


空に浮かぶ魔法陣には、魔物に関する術式が組み込まれていなかった。…でもだからこそ、私は余計その魔法陣に意識を向けた。

ここ最近の異変と関係ないのなら、アレは一体……?

不思議に思って空を見上げ続けていると、次はもっと驚く事が起こった。


なんと……魔法陣から、"人間の少女"が出てきたのだ。


なんの抵抗もなく地上へ真っ逆さまに落下する意識の無い少女を見て…私は驚きと同時に、呆れてしまった。

特殊な転移魔法か、飛行術か……それとも新しい空中散歩法の失敗でもしたのかしら...?

不慣れかつ不安定な魔法を使うのは危険だ。

それはきっと、魔法学を習っていない幼子でもわかる事。


ここまで盛大な失敗を目にしたのは初めてだったが……特に怪しい様子もないので、一先ずその少女を助ける事にした。

翠羽と共に、風魔法で小さな身体を受け止めると、自分のいる場所から少し離れた木の下に移動させた。


あの辺なら魔物も少ないし、暫くは大丈夫…だけど、変異種の目撃情報がある以上安全とは言いきれない。……急ごう。

そう考えながら、私は少女を保護する為、生い茂る草木の中を移動した。


もし...少女が魔法を使う事が得意でないのなら、ここは危険だ。それに、先程の魔法陣をあの少女が一人で作ったのなら……魔力も殆ど残っていないかもしれない。

私の役目は、この帝国の民を護ること...。

もし少女が帝国の民ならば、怪我も完璧に処置しなければならない。

早く彼女の治療をして、安全に家へ返さなければ……。

そう考え、私は急ぎ足で少女の元へ向かう。


そして、ようやく彼女のいる場所まで辿り着いた時、既に彼女は目を覚ましていて、その場から一人で立ち去ろうとしていた。

落下死は免れたものの、あれだけ危険な事をしていたのだ……。きっと怪我をしている。

放っておくわけにもいかず、気付くと私は少女に声をかけていた。

「...大丈夫ですか?」

すると、何故か少女はその場でひっくり返ってしまう。……本当に大丈夫かな…。


私は少女が起き上がるのを待ちながら反省する。

背後から近付いたせいで驚かせてしまったのかも…怪我が増えたら大変……警戒されても面倒だし...。

…なんて、そんな事を考えていたのだが、幸い心配していた程、少女には警戒心を抱かれなかった。

……というか、寧ろ出会ったばかりだというのに、少女はかなり好意的に接してくれた。

これなら治療も潔く受けてもらえるだろう。

私はその事に安心して彼女へ近づき、怪我がないか確認した。

落下による怪我は無いみたい……だけど…。

私は彼女の左手に傷を見つけて、思わず眉を下げてしまう。

この傷は、おそらく魔物の爪で裂かれたのだろう……出血自体は少ないが傷が深くて痛そうだ...。

……それに、濃度の濃い瘴気が傷口に入り込んでしまっている。このままでは危ない。

私は瘴気による猛毒が彼女の身体を巡る前に、治療を施した。

治療…といっても、包帯を少女の手に巻き、怪我がなくなる"お呪い"をかけただけなのだが……。

どうやら少女は、それを治癒魔法だと思ったようで……治療中、終始キラキラと目を輝かせていた。


私は……治癒の魔法が扱えない。

しかし命に関わるこの状況で、何もしない訳にはいかなかった。


だから少女には、お呪いによる応急処置を施したのだ。

私のお呪いは、怪我した者の傷を治療する術ではある。……だが、治癒魔法と違い、傷を治すのではなく、術者に相手の痛みや怪我を移す事しかできない非効率な術なのだ。


それでも治癒魔法が使えない私には、なんの凄みもないこのお呪いが必須だった。

……帝国民の傷を無くす為に。



これは私にとって、劣等感のカタマリでしかない術だから...

「ただのお呪いです」

と、自分を卑下してそう言った。


それなのに……少女は予想外の返答をしてきた。

「見知らぬ私のこと、助けてくれるなんて……君は優しい人なんだね…」

など...


「君は命の恩人だよ」

などと...。



私にとって、誰かを魔物から護ったり、危機的状況で手を差し伸べたりするのは、当たり前の事だった。

それなのに……ただのお呪いで、命の恩人だと感謝されてしまった。


私は少女の澄んだ瞳を見て、狼狽える。

こんなにも素直に、帝国の民から感謝を伝えられる事がなかったから…。

こういう時どうすればいいのか分からなくて、だいぶ反応に困ったが……私はそこで、ふと思いついた。

きっと彼女は帝国の民じゃないんだ...他国のお客人なのかもしれない……と。


……案の定、少女は帝国の民ではなかった。

聞くとモルダーシアでもなく、瘴廃国からこの帝国まで来たと言う。そして更に最難な事に、記憶喪失になっているらしい...。

…何もわからず廃国に取り残されていたなんて……きっと凄く不安だっただろう…。転移できる装置が彼女の手元にあったのは、不幸中の幸いとしか言いようがない。

私は少女の話を聞き、惻隠の情を催した。


とは言えど、私からしてあげられる事は限られている。……それでも、せめてこの子がこの先一人でも生活して行けるように、最低限の知識を教えておこうと、私は色々な話をした。

しかし…

帝国の歴史や文化などの情報は置いておくとしても、この世界の常識や魔法の知識……少女はそのどれも覚えておらず、精霊どころか使い魔すら連れていなかった。


これではこの帝国で生き抜く事は難しい。

変異種以前に魔物は何処にでもいる脅威だ。

どれだけ簡単であっても、戦う術は身につけておくべきだろう。……いや、喩え戦える程の技術が見に付かずとも、一般的な魔法ぐらいは教えておいた方がいい。

私はそう考えると、半ば無理やり少女に魔法を教えた。




先ず彼女に挑戦してもらったのは魔法武器の生成だ。

しかし彼女はかなり特殊な感性...?を持っているようで……何故か虫眼鏡を創り出した。

創り出した本人も困惑していたので、恐らく意図的では無いとしても……なんだろう...これ…。と、私も心の中で大混乱。

結局使い方もよくわからず、虫眼鏡を使うのは諦める事になった。


残念ながら魔法武器は失敗だったかもしれないが、その次に教えた攻撃魔法は、手順通り順調に発動された。

これなら、使い魔を見つければ直ぐに魔法を扱えるようになるだろう。

私は少女の魔法を見て安心すると、ようやく町への案内を再開した。



…しかしその後、運悪く、報告を受けていた変異種の魔物……巨大化したてる坊と遭遇してしまった。

本来ならば、魔物の調査だけ完了させて撤退する事もできた……が、今は私一人ではなく少女がいる。

彼女を連れて町まで逃げ切るのは難しい…。

なら、此処で倒すしかない。

私は心の中で魔物へ文句を言いながら魔法武器を手に取る。

せめて私一人の時なら無視しておけたというのに...。


一人で相手をするには苦戦しそうだが、倒せない事は無いはず。

巨大化てる坊を倒す為、私が少女に踵を向けると彼女に服の裾を摘まれ、引き止められた。

振り返ると、少女は心配そうな表情を私に向けていた。…私は彼女の表情を見て、それが少女自身への心配ではなく、私へ向けたものだと理解する。



あぁ…仲間や家族ではない誰かに心配してもらえるのは……ただ純粋な気持ちで引き止めてもらえるのは…こんなに嬉しいんだ。

私は、少し心が苦しくなる感覚を覚えた。

……少女の優しさには応えられないからだ。


"力のある者は、常に強くなければ認められない"この世界の残酷さ...。

それをまだ知らないからこそ、この少女は私を素直に心配できるのだろう。

だいぶ変わった出会いはではあったけど……素直でいい子に出会えたな...。

町に行けばまた会える……けど暫くは別行動になるはず。

だからそれまで、どうか……彼女がこの過酷な世界で生きていけますように...。

私は心の中でそう願い、静かにその場から身を翻した。



















そう.....確かに私ー人で巨大化したてる坊の対処に向かっていたはず……だったのに...。


「私も一緒に戦うよ!アルテ!」


…今、何故か私の隣には、逃がした筈の少女が、満面の笑みを浮かべて並んでいた。……なぜ?


✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿

《少女視点》


「あの…何故まだここに貴方がいるのですか...?」

「もしかしたら力になれるかと思って!」


アルテは凄く困惑した様子で私を見ているが、私はそんな事より、今すぐ彼女に見せたい物があった。

それは、私の魔法武器……虫眼鏡だ。


虫眼鏡は先程までの様子とは違い、力強く輝きを放っている。


武器(虫眼鏡)の力が発現したのですか?!」

アルテはその輝きを見て驚いたのか、大きく目を見張った。


「でも...どうして今?

さっきは何も反応しなかったのに...」

虫眼鏡を見て再び困惑するアルテに、

私は胸を張って答える。


「いきなり光った理由はわかんない…けど、

もしかしたら私、これちゃんと使えるかも!」

そう言うや否や私はアルテの手を取り、虫眼鏡を高く翳した。勿論、巨大化てる坊に向けて。


私はコネクト魔法によってアルテの魔力を借りると、大きく息を吸う。

そして……自分の脳内に自然と流れてくる呪文を詠唱した。


『私の武器はコレだ!

勝算を立て、弱点を探れ!

"ウィークネスライズ"!』


喉が痛くなりそうな程大きな声で詠唱に力を入れると、私は虫眼鏡を覗き込んだ。

そう……ごく普通の虫眼鏡を扱うように..。


︎✧︎✧✦┈┈┈┈.✦·········✦.┈┈┈┈✦✧✧︎

《アルテ視点》



少女が武器を翳した後……特にこれと言った変化は起きなかった。

一体…彼女の魔法武器はどんな事ができるんだろう?


私は虫眼鏡を覗き込んでから動かなくなってしまった少女を見て考える。

変わった型が無いとは言わないが……魔法武器の殆どは、剣や杖など使い方のわかりやすい型だ。

私の魔法武器も、"弓"なので直ぐに使い方を理解出来た。

でも、流石に虫眼鏡は初めて見たので、武器としての使い方が想像できない。


「アルテ!」

その時だった、少女の元気な声が響き、私は視線を彼女へと向ける。

すると……


「…見えたよ"弱点"!」

少女は嬉しそうにそう言うと、虫眼鏡を得意げに掲げた。


なるほど…。


少女のその言葉を聞いてから僅かな間をおいて、

私はようやく少女の魔法武器の力を理解した。

恐らく彼女の魔法武器の力は、対象の弱点を探る事が出来る物なのだろう。

……敵の弱点がわかれば、討伐しやすくなる。

守護対象である少女に頼るのは躊躇われたが、今はそんな事を気にしている場合ではない。


早くてる坊を倒さなければ、少女を危険な目に合わせてしまう。私はそう考えると、少女に報告を続けるよう促した。


「あのてる坊は、瘴気を沢山体内に取り入れて凶暴化してるみたい。それに、周りのてる坊を取り込んだから余計に……。あ、...アルテ、光魔法使える?弱点は光属性みたいなんだけど...」


少女は変異種の弱点を話しながら不安そうな表情を浮かべる。

二属性の魔法しか扱えない魔法の決まりを思い出したのだろう。…賢い子だ。

私は少女の頭にそっと手を乗せると、その頭を撫でながら答えた。


「はい。光属性であれば問題なく扱えます。

私の得意属性は"風と光"ですので」



──ウギャッギィィィィッ!!


光属性が弱点ならば、やる事は一つ。強力な光魔法を放てばいいだけだ。

私は迫り来るてる坊を見て、再び武器を握る。


少女に怪我を負わせない為にも、素速く...一撃で仕留めなくては。

私は手袋を外したままの右手を、空高く翳す。

「必ず……この一撃で決めます」


その言葉と同時に、私の右手には力を強化する紋章が浮かび上がる。魔法の威力を上げれば、確実にてる坊を倒せるだろう。


「アルテ、その竜の紋...さっきも…」

その時、少女がなにか言いかけた気もするが……

それを遮るように、巨大化てる坊が大きく叫喚する。

「ッ……」

鼓膜が破れる…とまではいかないが、かなり五月蝿い…。

私は少女の身を護りながら、急いで詠唱を唱える。


『光妖魔の術は、闇を祓い貫き通す。

霊光が照らすは、悪しきものの心。

英雄の光矢よ煌き、栄光をもたらせ。

第五詠唱...蛮勇の光彩"竜流星閃光"』


詠唱と共に視線を送ると、翠羽は私に合わせて風を吹かせてくれる。

『ピィァ!』

私はそれを見て、一筋の光矢を放った。

矢は風を帯びて大きく膨らみ、竜のような形に変形する。そして空中を光の速さで駆け抜けた竜は、巨大化てる坊の巨体を貫いた。

その瞬間……


───ギアアアアアアッ!!!


てる坊の絶叫が響き渡り、野原を荒らしていた巨体は反撃する間もなく消え去った。

……呪縛紐だけを残して。


私がてる坊を抹殺すると、少女は目をぱちくりさせていた。

「本当に一撃で...…凄いよアルテ!」


全力を出し過ぎて怖がらせてしまっただろうかと心配していたが、どうやらそれは杞憂だったようだ。

彼女は変わらずキラキラした目を私に向けてくれる。


でも……

「大変、申し訳ございません」

私はそんな少女に、深く頭を下げた。


「え……?」

何故謝られているのかと困惑している少女に、私は言葉を続ける。


「凶暴な魔物との戦闘に貴方を巻き込んだ事、私の知識不足で対処が遅くなり、貴方の手を煩わせてしまった事……。多大なご迷惑をおかけして申し訳ございません。

それから…助力して頂き、ありがとうございました。弱点が掴めないままの状況が続けば、この辺りの被害はもっと大きくなっていた筈です...」

「え、あのアルテ……」

改まって謝罪と謝礼の言葉を伝えると、少女は困ったように眉を下げていた。


「大丈夫だから謝らないで…というか……

私があの魔法使わなくても、あれだけ強いなら問題なかった気もするし……私も、アルテの言いつけ守らず勝手について来たし…

......うーん...じゃあお互い様ってことじゃ駄目かな?君から謝罪とか感謝してもらう為に来たんじゃないからさ」


そう言うと、少女は私に頭を上げるよう促した。

そして…

「ただ心配だっただけだよ」

…と、それだけ言うと、彼女は私に笑顔を向けてくれる。


不甲斐ないな...私。

心の中で自分を卑下しながら私は少女に言葉を返す。


「.....貴方がそれで良いなら、わかりました」

そして私は、控えめに少女へ自分の手を差し出した。

「町へ向かいましょうか……二人で」

今度は少女を一人にさせないと証明する為に。


すると、少女は私の手を嬉しそうに握ってくれた。

日が暮れる前に町へ着くのは難しいかもしれないが、必ず今日中に少女を町まで送り届けよう。

私は心の中でそんな決意を固め、歩を進めた。

"風"が八属性に含まれていないのはわざとです。

記入忘れではないのでご安心ください´`*

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