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生彩放つ無神世界  作者: 美緑
〜第六章〜血潮化生の影渡り
49/89

血の海に潜む影

このお話には 〔残酷描写〕が含まれています。

苦手な方はご注意ください。

。◌〜 ᐩᕀ┈┈┈┈⋆⸜♱⸝⋆┈┈┈┈ᕀᐩ 〜◌。



血の匂いが……

鼻腔にまとわりついて離れない。


悲鳴や咆哮、呻き声が空気を震わせ……

途切れることなく耳に流れ込んでくる。


…視界に広がるのは、まさしく血の海。


赤黒い飛沫が地面を汚し、

倒れ伏した影が点々と連なっている。


此処は戦場――

故に、それ自体は決して珍しい光景ではない。


でも…何故?どうしてこんなことに?


今回の内戦は、規模こそ大きいものの、

比較的穏やかだと判断されていた。


実際、この瞬間まで――

怪我人すら、死人すら……ただの一人も出ていなかった。


当然だろう。

私達は歴戦の軍人で、内戦に参加していた者達は、その多くが戦い慣れていない……寄せ集めの戦士や魔法使いばかりだった。



そんな相手に、

帝国軍の特務隊員が遅れを取るはずがない。


…そう思っていたのに。



「あ……あぁ…そん、な……」



──────なのに、私の目の前には。


()()()()()()()の部下たちが、大勢、倒れ伏している。


「……ッあぁ…」


その姿が、胸の奥を冷たく締めつけた。




✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿




「ねぇねぇキーマ、なんかさ…人数少なくない?」


「あぁ…変だよな。

大体の戦士や魔法兵は捕らえたはずなんだが……

どうしてこんなに隊員がいないんだ?

まさか主導者の確保に向かったのか?

いや、だとしても…」


私たち魔源月の賢部隊第一小隊は、ヴァルタの伝言どおり主導者を確保するため指定された場所へ向かった。


けれど結局……主導者の姿は影も形もなく、

レイン達とは合流出来なかった。


だから仕方なく一度仮拠点に戻り、

次に備えて物資を受け取ることにしたのだ。


次の相手は内戦の主導者。

今までの素人寄せ集めとは訳が違う。

しっかり準備して挑まなければならない――

そう分かっているのに…

胸の奥に妙なざらつきが残った。


拠点にいる隊員が、明らかに少ない。

スッカスカ…とまではいかない……けど、

帝国軍が内戦を止めに動いてから、

もうかなりの時間が経っている。


殆どの小隊は帰還してきてもおかしくない頃合いだ。


キーマの言うとおり、

主導者のもとへ派遣されている隊員がいる可能性はある。

けれど現時点で出動命令が出ていたのは、第一・第二小隊だけだ。

第三小隊はここにいるのだから…ここまで人数が減る筈がない。



そういえば――

レインとアルテは大丈夫なのだろうか?


戦場へ向かう前、キーマから聞いた話では、

二人は隊員を一人も連れず、二人きりで主導者のもとへ向かったらしい。

ヴァルタの伝言どおりの場所にいなかったのも気がかりだし……ッんもう、レインも人のこと言えないよ! 

いくら英雄が強くても二人だけなんて無茶だってば!


そんなふうに思考が本題からずれつつあったところで、突然背後から声がかかった。


「なに百面相してんだ探偵。戦場でも愉快な奴だな」


……今、なんだかサラッと揶揄われた気がするのだが。気のせい?


「リハイト!……誰が愉快なカメレオンだ!」

「いや、そんなこと言ってない」


不貞腐れながら振り返ると、何やらファイルを手にしたリハイトと目が合った。


「お、リック!お疲れさん。

それは…隊員の名簿表か?」


私が騒いだせいか、キーマがリハイトに気づき、

ファイルを指差す。

へ〜…隊員の名簿表なんてあるんだ……。

私の名前は「探偵」って書かれてるのかな?


「…お前たちも気づいてるだろ。

戻ってきた隊員が“少なすぎる”んだ」


リハイトはキーマの問いに頷くと、名簿表のチェック欄を指差す。


数十人――

いや、半数が戻ってきていない。


異常なほど少ない人数を確認したキーマは、

眉間に皺を寄せた。


「う〜む…何かトラブルでもあったのかねぇ。

そういや、英雄も戦場に散らばってたよな?

戻ってきてない奴はいるか?」

「英雄……ハッ!リ、リハイト!リハイトッ!

レインとアルテは?

コンドと…ソフィアもここにいるんでしょ?!」


英雄と聞いて思い出した。

まだ二人の無事を聞いていなかった!

私が焦って問い詰めると、

リハイトは興奮気味の私を宥めながら口を開いた。


「一旦落ち着け……レインとアルテは、人間側の主導者を捕らえて戻ってきたばかりなんだ。

今は精霊達と休んでる。怪我もない。

コンドは周辺の見回り。ただソフィアだけは……

帰ってこない部下を心配して北に向かった」


「えっ、レイン達もう戻って来てたの?!というか、ソフィアが帰ってこないってどういう事?!」


いや、落ち着いていられるわけがない。

情報量が多すぎる。


レイン達は流石としか言いようがないし、

ヴァルタの指定場所で落ち合えなかった理由もこれでわかった。


……だが、今拠点にいないのはソフィアだ。

部下が負傷していると思い、

治療しに向かったのかもしれない…。

でも、もう一人の主導者が“魔族”だとすれば……

嫌な予感しかしない。


「あぁ、だから慎重に様子を見ようと思ってな。

俺も魔物や魔獣を向かわせていたんだが……

一匹も帰ってこないんだ」


「?!それって……ッキーマ!早く行こう!

ソフィアを迎えに!」


リハイトの従える魔物や魔獣達は

戦闘向きじゃないが、決して弱くはない。

むしろ走るのが速かったり隠れるのが上手かったり、優秀な子ばかりだ。

その子たちが一匹も戻らないなんて……おかしい。


ソフィアが無事かどうか。そればかりが胸を占めた。


「あぁ、わかった。

今回は…他の隊員は置いて行こう。

これ以上拠点の警備を薄くできないからな。

だが、探偵……お前は来てほしい。

お前の力が必要になるかもしれん」


「わかった……任せて」


キーマは小隊の隊員たちをテントに誘導し、

待機命令を出して私の元へ戻ってきた。




「待て、俺も行く。流石に放ってはおけないからな」


拠点を出る直前、

リハイトも同行を申し出てくれた。


「おぉ!心強いぜ、リック!

……だが、お前さんも気を付けろよ?」


そんな彼に、キーマは少しだけ真剣な声音でそう告げると、歩を進めた。






───こうして仮拠点を出た私達は、

知りもしなかった。


ここからが……


本物の“戦”の始まりだという事を…。








✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿







「ゔッ……」


「……探偵、大丈夫か?

……確かに…こりゃ酷いな」



北方面に着いた瞬間、視界に飛び込んできたのは――

地面一面に広がる、見るも無惨な“死体の海”だった。


私は正直、戦争を舐めていたのだと思う。


今回の内戦では、命の危険を感じるほどの場面にほとんど遭遇しなかった。


…だからこそ、死の匂いや恐怖がこんなにも身近にあることを……忘れていた。


そうだ。

ここでは気を抜いたら死ぬ――

ずっとそう言われてきたじゃないか。

なのに、どうして私は忘れてしまっていたんだろう。


足元の血はまだ湿っていて、

空気は鉄のような匂いがまとわりつく。

胸の奥まで重く染み込んでくるようで、

吐き気がこみ上げた。


あぁ…頑張ったんだね……先輩達。

今は、吐き気を堪えるのに精一杯で、手を合わせることすらできない私を……どうか許してほしい。


「オイ、魔物の上で吐くなよ。可哀想だろ」


慣れない血の臭いと、この“毒みたいな空気”にやられている私へ、リハイトはいつもの調子で淡々と言う。


そう、ここに来るまで私たちはリハイトの魔物に乗ってきた。

だから確かに、ここで吐いたら……

魔物に色々かかってしまう。


「う"ぇ……」

その“リアルな想像”でまた吐き気が倍増した。


「ごめん……ちょっと背中さすってて…」


口を押さえながら言うと、リハイトは“魔物だけを心配してます”みたいな顔をしつつ……少し困ったように私の背中をさすってくれた。


キーマもリハイトも、

これに慣れているのだろう。


この地獄のような光景を前にしても、

動揺の色が殆どない。


……私は、決して…決して、慣れたいとは思わない。

死体を見慣れたくなんてないし、誰にも傷ついてほしくない。

でも――

ここではそんな考え、きっと甘すぎる。


強くなるというのは、死を恐れない……いや、恐れ“すぎない”ことが大事なのかもしれない。


誰かが消えるたびに絶望していたら、キリがない。

しっかりしろ、私。

こんなことで戦闘不能になっている暇はない。

英雄の力になるためだ。乗り越えろ。強くなれ。


「……ごめん、二人とも。もう大丈夫」


「本当かい?無理はするなよ?仲間達の亡骸なんて……見てていい気分じゃないってのは、わかるからさ…」

「……動けそうなら、付いて来い」


私は深呼吸を一つして、

リハイトの魔物からゆっくり降りた。


靴底が血の海を踏む感触が、ひどく冷たくて……

やけに、現実的だった。



✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿


「俺はあっちの様子を見てくる。

お前達は向こうを頼む」


「おう…ソフィアだけじゃなくて、

生存者や負傷者……もし捕獲対象がいたら捕まえとく。

それから、何かあればすぐ使い魔で知らせるぜ」


「……お互い、気を付けようね」


リハイトは単独で、キーマと私は二人で手分けして捜索することになった。


何が潜んでいるのかわからない以上、

対策も立てられない……。

慎重に、進むしかないだろう。


足を一歩踏み込むたび、

靴底に血が溜まっていく感触がした。

死体を踏まないよう気を付けても、血溜まりまでは避けられない。


「先輩達……ごめんなさい。ここ、通らせてもらうね」


私は小さく呟きながら、

倒れ伏す先輩たちへ手を合わせた。

その間、キーマは周囲を鋭く見回し、

敵の影がないか警戒してくれていた。


「……行こう、キーマ。

ここにも、ソフィアはいないみたいだし」


人気のないこの一帯をひと通り探し終え、

私は先へ進もうとした。




だが───

「……ぅわッ?!」

突然、キーマが私の腕を掴んで引き寄せ、そのまま自分の背に私を隠した。


「ど……どうしたの?」


そう問いかけた声は――

──────ガシャン!

耳をつんざく金属音にかき消される。


「な、なに……今の音……?」

「探偵、下がってろ。……何か来るぞ」


キーマは、金属音が鳴る“前”から気配を察していたらしい。

さすがはライオンの獣人。耳が良すぎる。

……て、こんなこと考えてる場合じゃなかった。


キーマが魔法で大剣を取り出して構えたので、

私も虫眼鏡を手に取り、魔法攻撃の準備をする。


来るなら……来い。

内戦の主導者だろうが何だろうが、

もし先輩達を殺した奴だったら――絶対に赦さない。


手に握るのが虫眼鏡でも、ぶん殴れば人の一人や二人瀕死にできるくらい……今の私は怒っている。



─── ガシャンッ……ガシャン!


金属音は止む気配がない。

むしろ、さっきより確実に近づいてきている。


緊張で武器を握る手に力が入り――

金属を引きずる耳障りな音とともに、“それ”は瓦礫の影から姿を現した。



『ア"……ガア"ァ……』


「……は?」


目の前に現れたソレは、

黒い影の人型……いや、人とも魔物とも言えない。

形だけ人間に似ている“化け物”だった。


金属音の正体は、

ソレが手のような部分で引きずる金属製の……槌矛だ。


「なに……あいつ……」

「すまん、俺にもわからん。……だから、一旦引くぞ!対策のない戦闘は不利すぎる。隠れてやり過ごす。

早いところリックにも連絡しておかねぇと、まずい」


キーマが手を引き、

私は急いでホノをリハイトへと向かわせた。

彼なら、この化け物の正体を知っているかもしれない。


私達は背を向けて全力で走った――


───ガシャンッ!

「……ッ」


だが、背後の金属音は全然遠のかない。

ずっと、追いかけてきてる……!


「なっ……行き止まりだ!」


キーマの声に顔を上げると、本当に道が終わっていた。


「キーマ……どうしよう……勝てるかどうか……」


「落ち着け、探偵。

まずは、お前の武器魔法が通用するか試してみよう。ここで諦めるわけにはいかない。

……それに、もしかしたら、あいつが仲間の仇かもしれないからな」


弱気な私を諭すように、キーマは言った。

……そうだ。勝てる勝てないじゃない。

“戦うしかない”んだ。仲間達のためにも。


『ッ勝算を立て、弱点を探れ!

───ウィークネスライズ!!』


私は一か八かで弱点透視魔法を発動した。


「……、ッ!」

─────見えたッ…!


「弱点は……え、こ、氷ぃッ?!」


「氷か……俺は光と土。…探偵は水と土。

氷使いはリックしかいねぇな……。

だが、魔法が効くなら勝機はある。

……アイツが来るまで時間を稼ぐぞ!」


追いついた化け物を相手にしながら、キーマが叫ぶ。


彼の使い魔――宝石をまとった孔雀が、

何度も閃光を放って化け物の動きを鈍らせていた。


私は……どうすればいい?

ホノをリハイトへ送ったけど、すぐ来られるとは限らない。


「探偵、避けろ!!」

「ッうわっ!」

あぁもう…!考えている暇がない……!


「お前の相手は、俺だ!」


戦えない私を庇うようにしてキーマが大剣で化け物を弾き、詠唱を始めた。


『魔力覚醒、古代魔法行使……

光と大地の美しき使い魔、レクスよ!

我らに自然の恩恵を与え給え。

今ここに、王族たる威厳を!

大地の秩序を揺るがす者へ制裁を!

古代呪文、第二十五詠唱――テッラ・グラディウス!』


光を帯びた大剣は閃き、

化け物は真っ二つに裂け――


──────うごご……ガシャン!


「……ッ!?こいつ……!」


切り離された片方が、即座に再生した。


ッまずい……!

重い大剣を持ったキーマでは、避けきれない……!


「ッ……キーマッ!!」


ホノがいない今、私に使えるのは簡単な魔法だけ。

それでも、体は勝手に動いていた。

見殺しになんてできない。

だが――


「───そ・こ・の!」


私がキーマへ駆け寄った瞬間、

上から何かが…いや、誰かが影のように降ってきた。


そして――


「デカブツ!これでも食らいなぁ!!」


威勢のいい声と共に、

不気味な影の化け物は突然……


──────ザシュッ!


槍に貫かれて、動きを止めた。


…こ、氷の魔法使いだ!


化け物の体に深く突き刺さる槍を見た瞬間、

私はそう確信した。

それは鋭く透き通った氷の槍で、弱点である“氷”が見事に何本も化け物を貫きとめている。



「アンタ達、大丈夫かい?

変なのに絡まれて、災難だったねぇ…」


氷の槍を携えた人物は、淡々と、

けれど気遣うように私達へ声を掛けてくれた。


「人魚の……女の子?」

思わず呟いてしまう。


目の前には、私より少し年上くらいの少女が立っていた。

深海みたいに濃い青色の髪が、倒れた魔物の血の上でひんやり揺れ、澄んだ水を思わせる瞳がこちらを見つめている。

華奢な体つきなのに、その手には氷の槍――

さっきの化け物を仕留めた武器がしっかり握られている。

…こんな子が、あんな恐ろしい化け物を…。


「今のは…正直ヤバかった。

すまんな…助かったよ、"アリア"」


キーマが少し息を整えながら礼を言うと、

少女――アリアと呼ばれた彼女はニッと笑った。


「おや、誰かと思えばキーマさんだったのか!

いいよ、そんな事気にしないでおくれ。

人が襲われてたら助けるのが普通だろ?」


どうやら二人は知り合いらしい。

近くで見ると、アリアも帝国軍の軍服を着ている。


「あの、助けてくれてありがとう!

氷の魔法、すごかった!」


私がぱっと頭を下げると、アリアは嬉しそうに目を細め、


「本当かい?…へへ、そう言われると嬉しいね。

怪我は…うん、大丈夫そうだ。良かったよ」


と、私の頭を優しく撫でてくれた。

…やっぱりこの人、どこか姐御肌だ。


「あ!アンタ、見ない顔だし、新入りだろ?

なら、自己紹介しておかないとね。

私はアリア・ルイターナーだよ。

よろしく、お嬢ちゃん」


「うん、よろしく!私は探偵だよ――

って、あれ?ルイターナー…?」


聞き覚えのある苗字に、思わず顔を上げた。

ルイターナーって…まさか。


「もしかして…ルネッタさんの妹さん?」


「へー……兄貴にもう会った事あるのか。

でも、弟のリアムにはまだ会ってないだろ?」


「リアム?…ううん、会ってない。

アリア達、三人兄弟なの?」


「あぁそうだよ。

帝国軍に入ってるのはアタシだけだけどね」


アリアは武器をしまい、肩を竦めながら笑った。

…そっか、弟もいるんだ。

ルネッタさんやアリアが美形だから、

弟くんもきっと――いや、考えるのは今じゃない。


「そういやアリア、お前さん…

どうしてこんな所にいたんだ?」


「どうしてって…あ、しまった!」


キーマが尋ねると、アリアの表情が一変した。

あっ、と声を漏らし、額に手を当てて慌て始める。


「本来の目的すっかり忘れてたよ!

早くソフィアんとこ戻らないと…!」


「ソ、ソフィアッ?!どこに?この近く?

ねぇ、無事?怪我してない?」


彼女の名前を聞いて、私は思わず早口で畳み掛けてしまった。

…はっ、いけない。焦りすぎだ。

でも仲間の亡骸に囲まれた今、

どうしても不安が強くなる。


「ソフィアはまだ助かりそうな怪我人の治療をしてんだ。

でも、あの子の体力もそろそろ限界でね…。

戦場のど真ん中で眠りかける前に、怪我人もろとも本部に送らないといけない。

それでアタシはソフィアの代わりに、まだ息がありそうな奴を探して回ってたのさ。

…そしたら、あのデカブツに襲われてるアンタ達に会った、って訳」


「そう……だったんだ…。

よかった…ソフィアが無事で…」


胸の奥の重しが少しだけ軽くなる。

アリアはすぐさまキーマへ視線を向けた。


「それでさ、キーマさん。

アタシとソフィアだけじゃ怪我人全員は見きれない。

本部に連れ帰るには軍の乗り物が必要なんだけど、

ウチの隊の乗り物は仮拠点に置いて来ちまっててね…。

アタシがここを離れる訳にもいかない。

だから――手を貸してくれないかい?」


「あぁ、勿論だ。

すぐに乗り物を持って来る。任せな」


キーマは力強く頷き、続けて私に言う。


「探偵、お前さんはソフィアの所に行ってやりな」


「うん!こっちは任せて!

次は化け物が来ても…負けないから!」


強く返事をすると、キーマは仮拠点へ走り去っていった。


怖さはもちろん残る。でも――

氷魔法のアリアがいるおかげで、さっきほどの絶望感はない。


「それじゃ、アンタはアタシに付いておいで。

大丈夫、ソフィアは怪我ひとつしてないよ」


アリアは私の頭をもう一度撫で、

優しい声で不安をそっと撫で落としてくれた。


あぁ……!

ッよかった…ソフィア、本当に無事なんだ。


アリアのおかげで、

胸のざわつきが少しずつ静まっていく。

…本当はもう少し、この手の温もりに甘えていたかったけれど、立ち止まっている時間はない。


私は息を整え、アリアの背中を追って歩き出した。



ソフィアのもとへ――。




✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿



「遅くなっちまって悪いね……ソフィア」


アリアに連れられて辿り着いた先は、

折れて倒れた巨木の根元だった。


焼け焦げた木はまだ燻っていて、

切り口から細い煙が立ちのぼっている……。

鼻に刺さるような煙たい匂いが漂った。


アリアが声を向けた方を見ると、そこに───

青白い顔で座り込むソフィアの姿があった。

ど、どうしよう……ソフィア、すごく体調悪そう……!


「ッソフィア!」


思わず声が裏返るほど強く名前を呼び、私は駆け寄った。

しかし、ソフィアは全く反応を示さない。


「ソ……ソフィア?ねぇソフィア?!」


不安になって肩を軽く叩くと、ようやくソフィアが

ゆっくりと顔を上げ……私達に気づいた。


「アリア……と……

ッ……! 来ちゃったんだね、探偵さん……。

…貴方は……怪我してない?」


か細い声。息は浅く、目の焦点も定まっていない。

あぁ…魔力が……ほとんど残ってない。

ソフィア、相当無理したんだ……。


私は巨木に身体を預け、ぐったりと座り込むソフィアを見て、胸が締め付けられた。


「してないよ。……ソフィアこそ、大丈夫?」


「うん、私は怪我してないから……」

「ッそうじゃなくて!

そ、その……仲間…たちの、こと……」


無理に笑おうとした彼女の頬が引きつり、

見ていられなくて……私は言葉を遮った。

するとソフィアはしばし黙り、

やがて小さく息を吐いて言った。


「大丈夫……なんて、本当は言いたくないけど……

嫌になるくらい、もう見慣れてるから……

うん、大丈夫だよ。大丈夫なの、私はね。

……ただ、探偵さんには……

まだ……見てほしくなかった……かも」


「ッソフィア……でも……!」


大丈夫なら……そんな顔しないでしょ…。

私がそう言う前に、

ソフィアはアリアの方へ視線を向けた。


「ねぇアリア……生きてる子、見つかった?」


「ッ……隈なく、探したけど…。

一人も見つからなかったよ……。

残念だけど、やっぱり……

ここにいるのは……化けもんばっかだよ」


「……そう。そっか」


他にはもう生きてる人がいない……

それを聞いたソフィアの顔はさらに暗く沈んだ。


……当然だ。

仲間がこんなに…一瞬でいなくなったら……。

辛くて、悔しくて、息をしているだけで痛い。


───それに“化けもん”って、

あの人型の……"影"みたいなやつのことだよね?

あんなのが他にもいるなんて……ほんと無理。


私はキーマが襲われかけた先程の瞬間を思い出してしまい……背筋が震えた。

軽く……いや、普通にトラウマになったかもしれない。


「……治療はもう終わってるみたいだし……ほら。

アンタは休みな。限界、近いだろ?」


「…うん、ごめんね……アリア……みん……な……」


アリアがそっと肩を支えると、

ソフィアはそのまま静かに意識を手放した。


……本当に、限界だったのだ。

アリアは眠った彼女を抱え、深く溜息を吐く。


「仲間の治療で魔力ほとんど使い切っちまったみたいだよ……。ッあぁもう、本当に……!

仲間たちを甚振り、苦しめた“アイツ”は許せないね。絶対に…海の藻屑にしてやらないと……!」


「そうだね…………って、えっ?!

ア、アリア…もしかして……

みんなを殺した犯人、見たの?!」


私は彼女の言葉に思わず目を見開いた。

まさかこんなに早く犯人の目撃情報が手に入るなんて思ってなかった。


「……あぁ、見たよ」


私達が食い気味に聞くと、

アリアは真剣な顔で頷いた。


「アイツは、そこら辺の影の化けもんなんかより……

はるかに悍ましい存在だった。

姿形だけ見れば、どこにでもいそうな"一般市民"みたいだったけど……あの邪悪なオーラは、尋常じゃなかった。

……アイツが、化けもんたちの親玉なのかもしれない。

それに間違いなく……今回の内戦で魔族たちが少人数でも人間と戦えていたのは……影の化けもんがいたからだよ」


「つまり……

魔族と手を組んでた“誰か”が化け物を操ってて……

その化け物に、みんな……」


そこまで言って、私は言葉を失った。

アリアが静かに頷く。


魔族たちが関わっているのなら、捕らえた戦士たちに“影の化け物”と“大虐殺の親玉”について聞き出すしかない。


口を割ってくれるかは……わからないけど。

でも、やるしかない。


そんなふうに……

暫く私達が虐殺の犯人について情報をまとめていると───


『モ…モモ!ンモモモモーフッッッ!!』


リハイトを呼びに行っていたホノが、

土煙を上げながら猛スピードで戻ってきた。


『モ、モキューーウゥ!!』

「うわっ! ホノ……え?! ヘブンキャスタが?!」


ホノは息を切らせる間も惜しいと言わんばかりに、

私の目の前でまくし立てた。


───ヘブンキャスタに、私達を襲ったのと同じ……“影の化け物”が出没した、と。


それを聞いた私とアリアは同時に、目を剥いた。


「なっ?! ど、どうしよう……!

ヘブンキャスタなんて……遠すぎるよ……!」


「まいったね……

化けもんが一般市民を襲い出したら……。

ッ仕方ない、帝国軍本部に残ってる部隊を動かすしかないか……」


アリアはそう言って、横で眠っているソフィアを起こそうと肩へ手を伸ばした───

……その瞬間。



───ドンッ!!

と近くで大きな物音が響きわたった。


「こんな時に何?! ……まさか、また化け物?!」


私は虫眼鏡を握りしめ、すぐにホノを呼び寄せた。

ホノがいれば魔法で少しは戦える。

アリアも槍を構え、臨戦態勢に入った。


そうして震える声を無理やり張り上げ叫ぶと───


「来るなら来い! 影の化け物めッ!」


「誰が化け物だ。へっぽこ半人前」


返ってきたのは、聞き慣れた声だった…。


「おや……リハイトじゃないか。

驚かせないでおくれよ」


アリアが彼に話しかけるのを聞いて肩の力が一気に抜ける。

現れたのは化け物ではなく、リハイトだったのだ。


「も、もうっ! 来るのが遅いよ!

私達、本当に大変だったんだからね!

変な化け物に襲われたんだよ!!」


「それはホノから聞いてる。

遅くなったのは悪いと思ってるが……

俺も“あの変なの”に囲まれてたんだよ」


泣き付く私を、リハイトは軽々と引き剥がし、

呆れたように溜息を吐いた。


……でも、そうか。ホノが戻ってきた時点で、この子がリハイトに合流できたって気付くべきだったんだ。


「ありがとッ、ホノ!」


そう伝えると、ホノは『どういたしまして!』と言って、高く跳ねた。


これは後から聞いたのだが、

ホノの話では、リハイトはさっきまでここから数キロ離れた場所にいたらしい……。

その距離をこの短時間で走ってきたとしたら……

それはやっぱり神足の力を使ったのだろうか?



「……探偵、ヘブンキャスタに行くぞ。今すぐだ」


私が一人で妙に感心していると、彼がこちらを振り返った。


「王都の事、ホノから聞いただろ?」


「う、うん……だけど……」


ここからヘブンキャスタまでは移動で半日くらいかかる。

リハイト一人なら神足で行けるかもしれないけど、

私を連れてじゃ無理だ。

私が困っていると、その疑問を、アリアも口にした。


「リハイト……ヘブンキャスタは随分遠いけど、

この子を連れてすぐに行けるのかい?」


すると、彼は少しだけ自信なさそうに答える。


「……行ける、はずだ」


「え、でも……まだ帰ってない魔物が何匹かいるんでしょ?移動用の魔物、残ってるの?」


「いない」

いや、いないんかい。


リハイトの言葉に私は思わず盛大にツッコむ。

……心の中で。


でも移動手段が無いなら、どうやって——?

私とアリアが揃って首を傾げると、

リハイトは収納魔法から何かを取り出した。


「まだ試作品なんだが……

“簡易ワープ機能付き魔法転移装置”を持ってる。

さっき急いで仕上げたばかりで、実際に使ったことはない……が、テストしてる暇はないだろ。ほら、行くぞ」


「すごっ……! って、あ、うん! 行こう……!」


地面に置かれたのは、

複雑な紋様が刻まれた金属装置。


戦場でこんなものを仕上げるとか……

やっぱリハイト、天才だ。


私が装置に乗ったのを確認すると、

リハイトは転移する前に一匹の魔物を召喚した。


体の表面に薄い氷が張った細長い尾のトカゲ……のような魔物が、アリアの足元へ駆け寄る。


「アリア。こいつ、例の化け物に強いらしい。

そいつは置いていくから、お前は怪我人とソフィアを守っていてくれ」


「へぇ?こんな可愛い子が、あの化けもんの弱点?

頼もしいねぇ! ありがとね、こっちは任せな!」


アリアが撫でると、

魔物は冷気を揺らめかせながら鳴いた。

……わぁ!なるほど!

影の化け物が氷に弱いのは確かだし、これは頼れる子だ。


なんて、私がトカゲを観察していると——


──────ブゥンッ……


何の前触れもなく、リハイトが装置を起動した。

その途端白い光が一気に視界を覆う。


「あ、ちょっ、いきなり起動しないでよ!!

まだ心の準備が───!」


「んなもん、知らん」

勘弁してくれ。


……私、今、未使用・試作品の“被検体”じゃん?!

せめて心づもりくらい——!

そんな私の訴えなど、当然のように届かない。


「なんてこったい……」

嘆く私を包み込みながら、光は一層強く輝き…

私とリハイトは、転移の光に飲み込まれた。



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