初めまして先輩
ハ、ハハ…緊急任務…ね。
私は今、手のひらに乗せた"深い藍色の封筒"を見つめていた。
…そう、この色の手紙は帝国軍からの手紙。
見たくもないはずなのに、
何故またこの手紙を見る事になったのかと言うと───。
✿ ✿ ✿ ✿
──────遡ること数分前。
私とコンドは、帝国軍本部基地へ向かって
王都ヘブンキャスタの門をくぐったところだった。
昼下がりの光が石畳に反射してきらめく中、
街並みはどこかざわついていた。
『ねぇコンド、なんか王都の中、騒がしくない?
特に本部基地の方…』
『…本当だ。何かあったのかな?』
胸の奥がざわつく。
軍事区画の空気だけが妙に張りつめている気がして、
私達は小走りで建物の中へ駆け込んだ。
『ッ大変です! コンド様!!』
『なんだか騒々しいが……一体何があったんだ?』
入ってすぐ、帝国軍の隊員が
コンドへ飛びつくように走ってきた。
酷く慌てた様子で、髪がボサボサ……っていや、
そこはどうでもいい。
その隊員はコンドに手紙を差し出すと、
早口のまま説明を始めた。
『魔界との境界線付近で、昨日の昼過ぎ頃から大規模な種族間の対立——内戦が発生しているそうです。現場の報告では、かなり過激な戦闘になっておりまして…』
『なるほど、昨日から…。一日で収まらないとなると応援が必要か。現場には今、誰が?』
『はっ、昨日から翠嵐様が向かわれております!
その後レイン様とソフィア様も!』
『そうか…昨日アルテが言っていた緊急任務とはこの事か…。あの三人が行っていても収束していないとは…』
コンドはそう呟きつつ、差し出された封筒を開いた。
それは濃い藍色の……帝国軍の手紙。
察しのいい方ならお気づきになられただろう…。
それは、緊急任務についての内容だった。
英雄三人でも手こずるなんて……
どう考えても危険だ。
私はコンドの隣で、ひそかに肩を震わせていた。
戦場…怖い。
けど、私は英雄達と戦う為にここへ来たんだ。
だから───
『わ、私も…』
私も行く!と、言いかけた瞬間───。
『あぁ!貴方は確か、新入りの方ですよね?
特務部隊に配属された、最年少の!』
『え? あ……はい』
隊員は私の言葉を完全に遮り、コンドのものとは別の、大きさの違う封筒を私に差し出してきた。
こ、この手紙ってつまり…。
『貴方の隊も出動だそうです。どうかお気をつけて…』
……というわけで、
私も出動する事になったのだ。
……まぁ行く気はあったから!いいけども!でも軍の情報報告って、なんで毎回“手紙”なの?
それ以外伝達方法無いの??
もっとこう…魔法とか、魔法とか、まほ——っと、
まぁいいか。そこは置いとく。
……夢に出てきた“あの人”が言っていたのは、
これの事なのかもしれない。
内戦、戦……か…。
人がたくさん——いや、今は考えないでおこう。
私はコンドとは所属が違うので、
そのまま別れた。
そして今、一人でこの手紙を眺めていた私は、
背後に忍び寄る人影にまったく気付いていなかった。
手紙に集中しているところで肩をトンッ、と叩かれ…
「ッぬわあぁうあお!?」
思わず変な声を上げて跳ねた。
……我ながら、なんて声だ。
「よう! 探偵、一昨日ぶりだなぁ!」
「あれぇ!キーマ!!」
振り向くと、そこにいたのは異国の王族、
キーマ・クラーク。
なんでまた軍の基地に? と疑問が湧いて
「どうして、キーマがここに?」
そのまま尋ねると、
彼も帝国軍の手紙を手にしていた。
「そういや言ってなかったな。
俺、帝国軍にも所属してんだよ」
「え!そうなの?」
彼もこれから戦場へ向かうらしい…。
「じゃあな、探偵!
戦場は危険だから、無茶するんじゃあないぞ?」
「はーい! キーマもね!」
軽く挨拶を交わすと、キーマはすぐに走り去っていった。
次に会うのは戦場……だろうか。
魔物相手ならまだ気楽だけど、今回は“人”。
魔法も簡単には使えない。
……だって、倒しちゃいけないんだもの。
「おい、お前! そこの……新入り!」
「んぇ? 私のこと?」
考え事をしている時に限って声をかけられるのは、
もはや私の才能かもしれない…。
声のした方へ振り向くと、私より……ほんの少しだけ背の高い少年が、不機嫌そうな目つきでこっちを睨んでいた。
彼はオレンジの髪に黄色やら赤やらが混じってて
ちょっと変わった髪色をしている。見てて飽きない。
「そうだよ、新入り!
お前、キーマ様に対して馴れ馴れしくしすぎだぞ!」
「そうかな?」
「そ・う・だ・よ!お前…知らないのか?
あの方は元王様で、魔源月の賢部隊の大隊長様だ!お前みたいな一般人が、気安く話しかけていい方じゃないんだぞ!」
ほへ〜…。元王様なのは知ってたけど……キーマって、同じ部隊の“大隊長”だったのかぁ。
それは知らなかった。
じゃあここにレインがいない今、
魔源月のリーダーは彼ってことだ。
「えっと…実はキーマ…様だけでなく、英雄…様達にも同じ感じで話しかけてるんだけど……まずい?」
「ど、ど阿呆っ!!
お前…よく今まで不敬罪で捕まらなかったな!」
「えっへへ…
指摘されたことなかったから……つい…」
不敬罪。確かにそうだ。
そう言われたら返す言葉もない。
英雄や皇帝候補、神様、仙人さん達の心が広すぎるだけで、周りはそうもいかない。
敬語……使った方がいいのかな?
…でも、今ッ更だしなぁ……。
うーん、と唸って頭を抱えている私に呆れたのか、少年は盛大なため息をついた。
「はぁ〜…もういいや、新入り。お前の仕事、雑用な」
「へ…?! 私、戦場行けないの?」
「当ッたり前だろ?
軍に入ってすぐ戦場行けると思うなよ?
まずは雑用、雑用しながら訓練と勉強。
それでやっと戦場だ。それにな!
これは元帥であるレイン様からの
上官命令だ! 破るなよ?」
なんてこったい…。
じゃあこの手紙は何なんだよ。
行かせない奴に手紙を届けるんじゃあないッ!
「で、でも…私、レインに魔法の修行とか…」
「おまッ…!不敬だって言ってんだろ!
レイン"様"だ!」
「おい、そこ。何揉めてるんだ?」
「コイツまた不敬を!」と声を荒げていた少年を止めたのは───リハイトだった。
「冥導……リハイト様…!
騒がしくしてしまい申し訳ありません!
こちらの新入りがあまりにも不敬で…!」
「あぁ〜…それは気にしなくていい」
「え……し、しかし…!」
リハイトが私を庇うなんて思ってなかったのだろう。少年は困惑していた。
そりゃそうだ。
普通なら怒られるべきは私なのだから。
「彼女は……そうだな。俺達英雄の“恩人”なんだ。
だから大目に見てくれ」
「え?……そう、なのですか…?
は、はい! 承知いたしました!リハイト様!」
“恩人”という言葉に、少年は一発で納得したようだ。なんて素直なんだろう。
リハイトは静かになった少年を確認すると、
さっさと踵を返して去っていった。
「お前もしかして……いや、もしかしなくても、
今話題になってる他国から来たヤツだったのか…」
「話題…? 私が?」
「話題にもなるだろ……って、
そんなことはどうでもいい!ほら仕事!
ハキハキ働けよ、新入り!
特務部隊の隊員としての自覚持て!」
リハイトが去るなり、少年はすぐ収納魔法の亜空間から、雑巾やらモップやらを取り出し、そのまま手渡してきた。
便利魔法ってほんと便利だな…。
私の収納魔法は容量が少ないから、見習いたい。
「あ、そういえば特務部隊って具体的に何するの?」
「はぁ? お前、役割も知らずに入隊したのかよ?」
はい……。
英雄と一緒に戦えるって情報しか知りません。
私が無知をさらけ出して問うと、彼は溜息を吐きながらも答えてくれた。
……それも長々と、一息に。
「特務隊員の役目は、英雄様が任務を遂行しやすいように、邪魔な魔物を魔法で追い払ったり倒したりする事!とにかく英雄様の補佐役だ!オマケみたいなもんだな!
でもやっぱり一番大事なのは、足を引っ張らない事!
民とは違って、俺達は強い魔法を持ってる!
英雄様の負担になるだけの弱っちい普通部隊とも違う。
つまり……特務部隊は、エリート部隊なんだ!」
彼はふふん! と胸を張ってドヤ顔をしている。
……ちょっとかわいい。
素直で可愛いなんていい人に違いない!と信じ、私は思わず続けて尋ねた。
「ねぇ、貴方はどうして……
特務部隊に入ろうと思ったの?」
もしかしたら私と同じで、英雄を守りたくて……
「はぁ? 強くなりたいからに決まってんだろ。
この国じゃ強さこそ正義。英雄様方は最強、
その背中を追いかけたい奴ばっかだぞ?」
……なんてことはなかった。はい!無情!
民が英雄を盲信する“厄介信者”なら、帝国軍の隊員たちはスターに憧れる"ファン"って感じだろうか。
まぁ、英雄の支援に前向きなところは好感持てるけど。
やっぱり、“英雄達の助けになりたい”なんて思ってる人は少ないのかな……。
この帝国では、強さばかりが重視されている。
「ほら、質問には答えた。俺はもう行くからな」
「あ、待って! 貴方の名前は?」
どう考えても同じ部隊の隊員だし、
これから色々助けてもらう……予定、なのだ。
名前ぐらいは聞いておかないと!
「は? 名前?
なんでお前に教えなきゃなんねぇんだよ!」
「え〜だって、同じ部隊のエリート同士?
仲良くしたいじゃん!」
「な、なら…とりあえず……あ!
“先輩”って呼べよな!新入り!」
……あ、はぐらかされた。
“困ったら彼の名前を出してやろう"という邪な作戦を読まれたのだろうか?
「わかった、頑張ってね〜先輩!」
まぁいっか。
初めてできた先輩……名前は不明。
私はそんな彼の背中に手を振って見送った。
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戦場へ向かう隊員達の背中をぼんやり眺めながら考え事をしていると、また突然名前を呼ばれた。
「おい…探偵」
「あれ、リハイト」
顔を上げると、
いつの間にかすぐ横にリハイトが立っていた。
ついさっき別れたばかりなのにまた来たという事は…
何か用があるのだろう。
「お前も……戦場に来るか?」
隊員達の足音が遠ざかっていく中、
彼の低い声だけがやけにくっきりと耳に残った。
「え…でも、私、雑用だってさっきの――」
「さっきのヤツ……いや、
隊員達に深く関わるのはやめておけ」
先輩に雑用を命じられたのに行っていいのか、と疑問を投げようとした瞬間……私の言葉を遮るようにリハイトが続けた。
「……。」
その横顔は、いつも以上に険しい。
まるで……日陰に落ちた刃みたいに、冷たく固い表情をしていた。
ん〜?……隊員と仲が悪いのかな?
なんて、のんきな憶測を挟む隙さえ与えず、
彼は視線を前に向けたまま言う。
「…そのうち、嫌でもわかるさ。それより───
お前は戦場に行きたいのか、行きたくないのか。はっきりしろ」
「はい行きたいですとても!」
即答だった。
というわけで……
私はレインの上官命令を見事に破り、
戦場へ向かうことになった。
……ハハッ…怒られる予感しかしないや…。




