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生彩放つ無神世界  作者: 美緑
〜第五章〜宝珠の行方
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同じ影背負う竜と魔王

アロマルム様の神殿を出ると、冷たい外気が肌を刺した。

けれど、胸の奥にはさっきまでの騒がしさがまだ残っていて、妙に身体が熱い。


博士(コンド君)に宝珠の情報を伝えるため、

探偵さんは師匠と共にカッドレグルントへ戻るらしい。

……ので、

私は一人、翠山にあるという祠の確認へ向かう事になった。


「…コンドには、しっかり伝えておく。

祠の確認は、お前に任せたぞ」


「アルテ…行ってくる! それじゃ、またね!」


二人が振り返る。

温かい眼差しと、ほんの少しの不安を帯びた風が

私の胸をくすぐった。


私は背筋を正し、しっかりと頷く。


「はい!こちらはお任せを」


そしてその後…

二人が町へ向かってゆく背を眺めながら、私は声をかけた。


「あ…お二人共〜! 」

───けれど、気がついたときには、

無意識に声が大きくなっていたようで…自分でも驚く。


「この辺りは凶暴化した魔物が沢山いるので、

怪我しないように、気を付けてくださいね〜!」


「お前がなッ!」

「アルテがねッ!」


ぴたりと息の合った怒鳴り返しに、

私は思わず肩をすくめてしまった。

それと同時に、込み上げてきた笑いがこぼれる。


「ふっ……あはは…」


本当に…。



「───毎回心配させて…申し訳ないな」



✧✧✦┈┈┈┈.✦·········✦.┈┈┈┈✦✧✧


二人の姿が木々の向こうへ完全に溶けると、

静寂が残った。

耳に届くのは、葉の揺れる音と、遠くで水が滴る気配だけ。


私は翠山へ向かうため、

密林を抜ける道に足を踏み入れた。

湿り気のある土の匂いが鼻をかすめ、

木々が道の上に影を落としている。


一人でいる時は…戦闘を避けること……。

魔物がいても、一人で倒そうとしないこと…。

未調査の変異種がいたら逃げること……。


仲間達から散々言われてきた言葉が、

頭の中で丁寧に並べ替えられていく…。


私は自然と歩幅を小さくし、

……大丈夫。気をつけてさえいれば…。

呪いになんて負けはしない…。

そう自分へ言い聞かせるように心の中で呟きながら、

密林の先へと歩みを進めた。



──────しかし…


その時だった。


前方から、ふいに足音がした。

ひどく静まり返った木々のあいだから、

わずかな葉擦れとともに、

冷たい風を切るような気配が……ゆっくりと近づいてくる。


「……。」


───空気が、変わった。


つい先ほどまで凪いでいた密林に、どこからともなく「……ブン、ブン」と重たく湿った羽音が満ちていく。

黒い霧のように蠢くそれらは、すべて──“虫”。


まるで誰かの降臨を告げるように、ひとつの中心へ吸い寄せられ、形を成していった。


「ッ……」


その光景に、私は息をのむ。


虫たちはみるみる渦を描き、

薄闇の中心から――人影が立ち上がる。


───シュッと音を立て、大きく切り裂かれた空間。


その狭間から長い黒髪がふわりと宙に広がり、

肌に触れる空気さえ冷たく変わっていく。




「君……なにか急ぎの用でもあるの?」


朱殷の光を宿した瞳だけが、静かに私を射抜いた。


「いえ…そこまで急ぎではありませんが。

……私に、なにか?」


「そっか。……どうやら僕に割く時間はあるみたいだね」


"彼"はやわらかく微笑む。その笑みは優しいのに、底の見えない闇をひそませていた。



「そうそう、ちゃんと“君”に用があったから来たんだよ。こんなにも害虫が蔓延っている場所までね?」


彼はそう言って(なに)かを摘み上げる。

見ると…それは確かに、人へ害を与える危険な虫だった。


「貴方は……」


まとわりつくような邪気を放っているのは、彼ではない。

胸元のブローチだ。

濁った光を放つそれは、

私が毎日身に着けているものと同じ──“朱殷のブローチ”。


私は無意識に自分のブローチを抑え、じっと彼を見つめる。

すると、黙り込んだ私を不思議に思ったのか、彼は首を傾げた。


「あれ、どうしたの?まさか僕の事忘れちゃったの?

…自己紹介は、いらないよね?」


そう言って姿を現したその人影は――

”現魔王、シュウ”。


声色は軽やかなのに、その奥底で闇がゆらめいている。

それでも、どこか本気で心配している気配すら混じっていて、私は視線を逸らしながら言う。


「……えぇ。お久しぶりですね。

破壊者が一人、現魔王陛下…シュウ」


それはもう…敬意と皮肉をたっぷり込めて。

すると、彼は見る間に笑顔になる。


「あぁ覚えていてくれて光栄だよ!

…君の記憶力が正常で安心した!」


……私達は従兄妹(家族)なのだ。

忘れるもなにもない。



───それに。



「……妹を、返してください」


妹を攫われた痛みを、忘れられるわけがない。


「君は会うたび、そればっかりだなぁ……」


彼は呆れたように吐き、

けれど一瞬だけ、視線が揺れる。

その“揺れ”の意味まで読み取れないのが、妙に胸をざわつかせた。


……いつもそう。

彼──シュウだけは、心が視えない……。

眼を凝らしても弾かれるようなこの感覚…。

まるで竜眼の力そのものを阻害されているかのよう…。


彼の胸元の……"朱殷のブローチ"が、光をわずかに弾いた。

そのせいか、触れようとした彼の内側は、まるで霧の向こうのように掴めない。


「……あの子は関係ないでしょう」


「そりゃ関係ないさ。だって、ただの人質だからね。

忘れちゃった?」


「……なら、魔王城の結界を解いてください」


「アハハッ、僕がいないうちに城へ乗り込む気?

嫌だね。あれ、結構時間かかるんだよ」


そう言いながら、

彼は私の足元の落ち葉を、そっと払った。

触れはしない。けれど、その気遣いだけで――

あぁ、この人はやはり、“変わりきれてはいない”。

と……解ってしまう。


「それに君、毎回自分で術を解いてるじゃないか。

……でも何度来たって同じだよ。追い返す」


声は冷たい。

なのに、その冷たさが“演技”に思えてしまうほど、

今の仕草は優しかった。



「……ご用件は?」


「君を攫いに」


「あら?まぁ……ふふっ」


彼の言葉に、私は思わず…

心から笑ってしまいそうになる。


「あははっ…!」


いや、堪えきれず笑ってしまった。

だってそうではないか…。

今まで散々追い払ってきたくせに、私を攫う?

冗談にしか聞こえない。

これが笑わずにいられるだろうか…。


「…ご冗談を。貴方が私を城へ招いたことなど、

一度もありませんでしょう?」


「そうだっけ? なら、今回は特別だ」


しかしその瞬間、彼の気配が鋭く反転する。


“攫う”という言葉に、どうやら嘘はなかったらしい。

視界が弾け、風が裂ける。

あぁ……本当に、貴方の考えは読めない。



✧✧✦┈┈┈┈.✦·········✦.┈┈┈┈✦✧✧



「……『妖魔解放・風足迅速』!」


短縮詠唱を翠羽に届けると、風が全身を駆け抜ける。

私は一気に背後へ回り込んだ。

だがシュウは肩をすくめ、


「へぇ? やるね……翠嵐。

僕の背後にまわるなんてさ」


楽しげに笑う。

その声は優しいままだった。


「まるでオオスカシバみたいに一直線で正確…

君にしては、なかなかいい動きだ!」



けれど――


「でもね……」


彼の指先が、わずかに動く。


「───っな?!」


次の瞬間、私の防御結界が音もなく砕け散った。


「半端者の()が、完全体の(魔王)に…

力で勝てるはずないだろう?」


そこに立つのは、

柔らかな気配を一掃した“魔王”の本性そのもの…。

その冷酷さが攻撃となり、

一気に押し寄せ降りかかってくる。


「ッ───かはっ……!」


胸の奥で呪詛が爆ぜ、喉が焼けた。

あぁなんて容赦のない……。

これではまともな詠唱を翠羽に届けられないではないか…。


「ねぇ、素手でどう対抗するつもりだったの?

魔法だけで勝てると思った?」


わざとらしい冷笑。

……けれど、息を整える時間だけは与えてくれている。


「君は弱いんだからさ、武器を使うべきだったのに……あ、もしかして手加減してくれてたのかなぁ?

だとしたらごめんね?……僕が強くて!」


「ッ……」


シュウが指先を軽く弾くと、禍々しい黒炎が床一面に広がり、私を取り囲んだ。

熱は……ない。

なのに「ボウッ」という音だけが耳を焼き、背筋を凍らせる。


「……相変わらず、

炎の気配だけで震えるんだね、翠嵐」


あの夜の記憶が蘇り、息が浅くなる。

――妹が炎に包まれて、泣き叫んでいた夜。

何もかも焼き尽くされた地獄のような眺め。

……あぁ、今でも…恐ろしい。


私が本能的に後ずさって怯むと、

彼はその変化を見逃さなかった。


「あらら…驚くほど成長してないね?

この程度の力で魔王城に乗り込んで来てたんだ?」


声は静か。

なのに、周囲の虫たちが一斉に羽を鳴らし、

魔王の威圧感を際立たせる。


「ッ……」

私は即座に胸の前で守護魔法を展開するも……


「───ほら、揺らいだ」


細められた彼の瞳に映るのは、

亀裂が生じる私の魔法……。


「……君は昔から詰めが甘い」


その言葉と同時に、黒炎が牙をむいて迫り、

あらゆる術を防げるはずの守護魔法は粉々に砕け散った。



「ッ……かはッ…!」


重い呪いが心臓へ叩き込まれ、全身が脈打つように痛む。

あぁ…痛い、苦しい……全身が刺されたみたいだ。


でも…

そこでようやく黒炎がすっと消え――代わりに、身体がふわりと浮いた。



「……ヘタに暴れると、落ちるよ」


倒れ落ちる前に、シュウの浮遊魔法が私を支えていたのだ。

攻撃の容赦はなくとも

地面へ叩きつけるつもりはないらしい。

優しさと残酷さが…同時に刺してくる。


「君の負けだ、翠嵐。

さぁ行こうか……魔界へ。

共に世界のすべてを、虫ケラのように潰そう」


「ッ…い、ぇ……丁重に、お断り……します……」


「へぇ……まだ抵抗できたんだ?」


ほんの一瞬、彼の表情がかすかにゆるんだ気がした。

…いや、気のせいかもしれない。

心が読めない今の私では確かめようがない。



「まぁ構わないよ。最初から、君がすんなり来るなんて期待してなかったし」


あぁ……嘘だ。それははっきりわかった。

今の声音は、私が拒んだことで安心している声だった。



「今日は、ほんのご挨拶。

あぁ……それとコレ、()()()から」


シュウはそう言って手紙を取り出す。


「まだ動けない? 仕方ないな……ここに置くからね?」


差し出された手紙は、

指先が触れるか触れないかの絶妙な距離に置かれた。


これだけ容赦なく負傷させておいて、

こういうところだけ妙に丁寧なのが腹立たしい。

けれどその“丁寧さ”には、私に触れまいとする奇妙な遠慮――いや、情けとすら呼べる何かが混ざっていて…余計に戸惑う。


「……ご丁寧に、どうも」


「じゃあね、翠嵐。

次に君が来る時は、結界を張らず、城門も開けてあげる。

……感謝してほしいな?」


「……それはそれは……幸甚に、存じます……」


私はゆっくりと息を吸い、喉の奥の血の味を誤魔化しながら言った。

声は震えていない。むしろ落ち着いていた。

その落ち着きが、皮肉にさらに鋭さを加える。


そんな私の様子を面白がるように――


「あ、そういえばさ」

去り際、彼はふと振り返る。


「……まだ、なにか?」


「虫籠……“神”だっけ?

暇だからちょっかい出してみたんだけど……

さすがカミサマ、なかなか強いね。油断したよ〜?」


「っ?! シュウ……獣神様(あのお方)に何をしたんです!」


「ふっ……あはッ……

アッハハハハハ!」


残酷に響く笑い声。

──でも私には、

その横顔がどうしても、泣き出す寸前の子どものように見えてしまった。


強がりの仮面が、ひび割れて光を漏らしているような……そんな顔。



「……シュウ…」


思わず呼びかけた声は、情けないほど震えていた。


私の眼でも視えない、閉ざされた心。

その奥でどれほどの矛盾が渦巻いているのか、

今は、何一つ分からなかった。


けど……ただ、苦しかった。

私達は、家族なのに…。

なんで…どうして、共にいることすら許されないのだろう。


「ッ……」

私は彼と同じ"朱殷のブローチ"を握りしめ、

アロマルム様のもとへと駆け出した。


「ッ獣神様……どうかご無事で…!」


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