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生彩放つ無神世界  作者: 美緑
〜第五章〜宝珠の行方
37/89

約束のブローチ

あの日の事は……あまり、よく覚えていない。


…けれど、忘れてはいけない。


私の……弱さ故の悲劇を。



︎✧︎✧✦┈┈┈┈.✦·········✦.┈┈┈┈✦✧✧︎


目を開けると……


黒い風が、砦の庭をねじ切るように吹き荒れていた。

風向きが反転し、竜脈の流れがたわみ、そこに裂け目のような影が立ちのぼる。

妖族でありながら魔界の瘴気をまとった――

ドミシオン様が、まるで舞うように山里を破壊していく。


その腕の中には、華暖が捕えられていた。


胸の奥で、風がざわつく。

祖竜の血……神獣の力が、

危機を告げるように鳴っていた。



傷塗れで縺れる足を引きずって近づけば、

ドミシオン様が私を見下ろし、唇を弧にする。


「あら、自分から来てくれるなんて嬉しいわ。

可愛い仔竜の白真珠ちゃん?」


その声が、耳の奥をざらりと撫でた。

私は震える足を前に出す。


「華暖を……妹を、離してください!」


「あら、それはできないわ……

貴女が来てくれるのなら考えるけれど」


彼女の髪先が、黒い風にひゅう、と揺れた。

その風は、この世界の風じゃなかった。

竜の翼で操る風と違う――腐った瘴気の風だ。


「貴女はこの国の英雄……

だから魔界には来てくれないし、

協力もしてくれないでしょ?

だから連れて行くの、この娘を」


私のせいで華暖が…怖い思いをしている。

私は必死に叫んだ。


「始祖の血を引くのは私だけ……

その子は関係ないんです!だからどうか…!」


「関係ない?でも使いようはあるわ。

だって貴女はこの子が大切なようだし…人質としてね」


「……ッ」


私が言葉を失っていると、

ドミシオン様の背後に立つ少年――

"シュウ"が、無感情に私を見た。


その瞳に光はなく、

まるで魂の抜けた抜け殻みたいだった。

……それが余計に、怖かった。


「さぁシュウ、私の優秀な黒真珠…。

この仔竜ちゃんにも、お前の呪いをかけてあげなさい?」


黒い霧が彼の手のひらから垂れ落ち、

空気を凍えさせる。

私は手を伸ばし、喉が裂けるほど叫んだ。


「お願いッ返して…!華暖!華暖ッ!」


風が泣き叫ぶ。

私の背にある、竜としての“翼になるはずだった力”は、幼さ故に震えているだけで……何も、守れなかった。



黒い呪いが、体に触れた瞬間、

竜の血が悲鳴をあげるように逆流したのを感じた。


私の髪色と同じ白翠の風が暴れ、地面の砂を巻き上げた。

竜の咆哮にも似たその風は、周囲の大人たちの姿を揺らし、ただ一つだけ鮮明に───華暖の姿を照らし出す。


あぁ…間に合わなかった。

私は誰も……妹一人すら、護れない。



シュウの呪いはすでに華暖にも降りかけていた。

瘴気が小さな体を覆い、“こちら側”の世界との縁を断とうとしていた。


「やめて……やめてぇッ」


ドミシオン様は、華暖を抱いたまま瘴気の裂け目へ消える。

風が悲痛に吹き荒れ、

呪いに侵食された山里は多くのものを失った。




……。

……あれ?

でも…おかしいな……。


私はあの時……どうして…攫われなかったんだっけ…


『必ず……迎えに…』


誰かと…大切な、約束をした……気がする。




「一人にしないって……言った、のに…」


……。

そんな自分自身の呟きで、私は目を覚ました。

「……。」

覚醒しつつある思考を巡らせながら手を動かすと、

何かが触れる。



「……?」


そのまま拾い上げると、視界に広がるのは

───"朱殷色のブローチ"。


あぁ…そうだった。

なぜ忘れていたんだろう……。

これは恩人から貰った大切な贈り物。

あの時、私を救ってくれた恩人からの……大切な…。


「……いつになったら、迎えに来るの…

───"兄さん"」

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