表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生彩放つ無神世界  作者: 美緑
〜第五章〜宝珠の行方
36/89

風が囁く明晰夢


私はカッドレグルントの宿で、ずっと胸の奥にひっかかっていた“朝の続き”を、ついにアルテに切り出した。


「アルテ、アルテ!

あのさ…朝の話……覚えてる?」


そう声をかけると、

背中越しにいた彼女がゆっくり振り返った。

その顔には、覚悟と迷いを半分ずつ溶かしたような……柔らかい影が、落ちている。


「……えぇ、もちろん。

貴方にどう伝えるべきか……

一日中、ずっと迷っていました」


その声音は、ほわっと空気が温かくなるような穏やかさなのに……どこか張りつめていた。


宿の部屋の灯りが、アルテの白翠の髪を淡く照らす。

風に愛された民…竜族らしい揺らぎは、

室内でも不思議と感じられる。


朝の、あの言葉。


──「話すと長くなるので……」


私はベッドの縁に腰を下ろしながら、

思わず身を乗り出した。


「今なら沢山時間あるし…

聞かせてくれない?アルテの事、色々」


するとアルテは胸元をそっと押さえ、

小さく息を吸う。


「えぇ、喜んで。

ですが……やはり、一度に全ては語りきれないので、 少しづつ私の事を知ってもらいたくて…。

なのでブローチの事は、もっとお互いの事を知ってから、では……いけませんか?」


「もちろん、いいよ!

あ、でも…“お互いのこと”って言われても……

ほら、私、記憶ないからさ…。

私だけ一方的にアルテの事知るのは不公平な気が…」


苦笑しながら頬をかくと、

アルテはふるりと首を振った。


「……いいんです。これからも友達として、

貴方と一緒に過ごせたら…私は、それだけで充分」


その言い方が優しすぎて……嬉しくて、

逆に胸が詰まりそうになる。


彼女はそっと指先を重ねるような仕草をしながら、

ぽつり、ぽつりと続けた。


「あ……それから、口頭でどう語れば伝わるのか、

どうしてもわからなくて…。

“観てもらう”のが、一番だと思ったんです」


「……観る?」

…何を観るんだろう?


分からず首を傾げると、

アルテは慌てたように手を振った。


「そういえば、まだお伝えしていませんでしたね…。

私の異能力……その効果を」


そう言って、彼女は静かに語り出した。


「私は……他者に“夢や幻を観せる”ことができます。

私が力を注ぐ芸術は絵画――“描く”こと。

美しい幻も、望む夢も……描く事で自在に操ることができる異能力です」


「わぁ…!!すごい!素敵な力だね!」


それを聞いて私は思わず目を輝かせてしまった。


凄い…!力を注ぐ芸術の力…絵画の力は、

こうやって異能力に繋がるんだ!

リハイトの言ってた通りだ!


そしてそこで……

ある事にふと気づき、私は言った。


「あ……もしかして会議室で、私が変に注目されなかったのって……

アルテがその力で幻、観せてたの?」


「あら…よくお気づきで」


すると、アルテは少しだけ目を見開いてから頷く。


「……余計な真似をしてしまって、ごめんなさい」


彼女は申し訳なさそうに頭を下げるが…とんでもない!

今回の会議、アルテの異能力のおかげで胃に穴が開かなかったと言っても過言では無いだろう。

私は全力で首を横に振った。


「ううん!ううん!余計どころかすっごく助かったよ!

ずっと、ありがとうって言いたかったの!

君はいつも私を護ってくれる……。

嬉しいけど…同時にちょっと、不甲斐なくもなるよ」


「探偵さん……私がしたくて勝手にしているだけですから、どうか負担に思わないでくださいね。

友達を護りたいと思うのは当然…ですから」


優しい声音に胸が少し熱くなる。

私もアルテを護りたい。…だからもっと強くならないと。



って……あ、そうだ。

聞いておきたい事があったのを思い出し、

私はそこで質問する。


「アルテの守護魔法ってさ……

物理攻撃とか魔法攻撃以外にも効いたりするの?」


「え? えぇ……そうですね」


すると彼女は指先で髪を払いつつ、答えてくれた。


「瘴気など身体に害のある毒素は、

完全ではありませんが…ある程度防げます。

妖術や呪術も防げますし、

あとは……精神干渉系の術にも有効かと」


「つまり…ほぼ何でも防げるのか……」


私が感激混じりに呟くと、アルテは苦笑する。


「ふふっ……まぁ、それが

私の英雄たる"神獣の力(ちから)"ですからね…」


そして……

一瞬だけ視線を伏せると、続けて呟いた。


「でも……本当に、護りたいものは

何一つ護り抜けない」


その静かな呟きに、

押し殺した痛みが混じっているのが分かった。

影が差す瞳の奥には……

果てしなく深い、深すぎる闇が戦いでる。


「……?」

そんな彼女の…どこか危うい雰囲気に、私は焦った。


「アルテ…?」


「…あ、すみません。私ったら…お恥ずかしい」


思わず名前を呼ぶと、アルテはハッとこちらに意識を戻したが、その瞳の奥にはまだ微かに陰が残っていた。



――けれど、彼女はすぐに表情を整え、

自らその闇を押し込めるように……いつもの、落ち着いた声で口を開く。


「…では、探偵さん。

貴方が望む事を……夢で語りましょう。

準備ができたら、横になってください」


「う…うん、わかった。いつでもいいよ」



私は促されるままベッドへ向かい、

クッションに頭を預ける。

……その瞬間だった。



──────ふわり、ふわ…ふ…わ……。



まるで天井から柔らかい羽毛が降りてくるような……

深い眠気がふいに落ちてきた。


…えっ、な、なにこれ……っ…。


温かくて……柔らかくて……

視界が柔らかく揺れる。


おわ……ぁ……起き…て……ら、れ……な…

「……。」


目蓋が重くて、持ち上がらない。

思考ごと、静かに……沈んでいく。

あぁ……誰かがそばで、

ずっと見守ってくれている気がする。


「……ご安心を。

夢の世界で迷う事はありませんから」


…今のは?……アルテ、の…声だ。


彼女の気配だけが、遠くで優しく寄り添って。

私は、風の抱擁に包まれたまま───


──────すぅ…。


と、深い夢へ……沈んでいった。



✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿



胸のあたりで、透明な風が旋回する気配がした。

どこか生き物の息吹のような……鼓動にも似たリズムが伝わってくる。


風は、まるで私を導くように背を押した。

それは柔らかいのに力強い、

温かいのに凛とした風だ。



そうして――

完全に意識が風に溶けた瞬間、


目を開けると…


───わ…?!山、だ……。


そこに広がっていたのは、巨大な山…。


山肌を撫でる風がサァ……と吹き抜ける。

清らかで、どこか懐かしい気配…。

風が運ぶ草木の香りが妙に鮮明で、

皮膚まで優しく撫でられる。


ここは“夢”というより、

“アルテの記憶そのものの空気に触れている”

……そんな実感があった。


私は辺りを見渡す…けれど、どこを観ても緑がいっぱい…山景色だ。

何処へ向かい、何を観るべきか……

私が途方に暮れかけていると、不意に…

風が私の足元を渦を巻いて立ち昇り、

"声"となって耳に届いた。


『探偵さん……夢の中に入れたようですね』


「わっ?! アルテ……?!」


風がくすぐったく揺れ、

それがそのままアルテの微笑に感じられた。


『えぇ。これが……私の創った“記憶の夢”です。

貴方には、今から私の過去を“風景”として、

そのまま観ていただきます』


風――いや、アルテの声がそう告げると、

山がゆっくりと近づき、景色の密度が増し…

記憶の世界へと入り込んでいく。


私が息を呑むと、

再び風がそっと背中を押して、囁いた。


『さぁ……始めましょう。

 どうか風の流れのままに――』



「……はっ!」

瞬きした途端、切り替わった景色。


目の前に広がった山岳地帯は、どの山よりも高く、

頂から吹き下ろす風は、まるで巨竜の背中を滑り降りてくるようだった。

空気が澄み切っていて、少しだけ甘い。


『翠山───エデンカル最大の山。

 ここには私を含む妖族が多く暮らしています』


彼女の語りと同時に、

風が山の輪郭をなぞるように走る。

すると山肌が淡く光った。

まるで風が山に宿る霊脈を示しているかのように。


次の瞬間、視界が揺れ――

幼い三人の子どもが現れた。


白翠色の髪の少女、狸耳の少年、狐耳の少年。

そして……その周囲には、

三人の動きに合わせるように風が舞っている。


風と遊んでる…?

この子が、アルテ……小夜"翠嵐"。

妖族であり、竜族の血を継ぐ子。


幼いアルテ達の楽しそうな光景を眺めていると、

声が続く。


『私は小夜家の長女として生まれました。

幼少期は従兄弟の破天兄さん、雅火と共に……

四山領主の位を継ぐための修行ばかりしていて……』


彼女の言葉に合わせて映像の風が強くなる。

幼いアルテが手をかざすと、風がぱっと応える。

それはもう本当に……

風が彼女を好いているみたいだ。


あ……“風に愛された民”って、こういう事なんだ。


彼女が動くたびに風が笑う。

風が触れるたびに、

幼いアルテは少し嬉しそうにしていた。


よく見ると、その傍でヒナの翠羽が飛んでいる。

精霊は主が生まれた時から添い遂げ続けてくれる存在……翠羽は、誰よりも彼女を見守り続けてきたのだ。


『四山領主…については知っていますよね?』


「うん!実は今日教えてもらったんだ!」


彼女から問われ、そう答えた瞬間…ふわりと私の頬を風がくすぐった。

聞こえる声は落ち着いているのに…何故か風だけが

小さく笑っているみたいだ。


――まるで“アルテの感情”が、風にそのまま伝わっているような…。


『ふふっ…では、少し説明を省きましょう』

あぁやっぱり。


アルテが微笑むたび、空気が優しく揺れる。



『四山の中でも、一番大きな山領を治められているのは"翠雨様"…という方です。

彼女は私達のお祖母様であり、小夜家の家長、

そして翠山全ての母…』

「つまり……翠山のトップ!ボスなんだね!」


『ふふっ…その通り。

翠山の中で"一番"偉い方ですよ』


柔らかく髪を揺らす風……。

なんとなく、アルテがどこか誇らしげに微笑んでいるのが分かった。


すると、同時に視界が揺らぎ……

そこに現れた人物を目にした瞬間、私は息を飲んだ。


「っ……わぁ…」

大きな九つの尾が、まるで宝石のように煌めき、

揺れている。揺らめいている……と言っても、

それは今までのように風ではなく、空気そのものが彼女を中心に整っていく感じだ。

引き寄せられる…畏れにも近い、吸引力。

妖族の頂点というその存在感だけで、

場の支配率が桁違いだ。


この人が…アルテのお祖母さん……

たしかに、目元とか、アルテに似てる…かも?


彼女は若々しいというより、

“老いるという概念が存在しない”ような気品がある。

竜族のような風の付き従いはないのに、

圧倒的なオーラは風をも押し留めるほどで…

……気の所為かな?

さっきまで頬を擽ってた風が止まったような…。


……なんて、考えている内に…

翠雨様の姿が、風にかき消されるみたいに淡く揺れた。



「あれ……?」


また世界の色が変わった。

風の流れが一瞬止まって…

次の瞬間には柔らかな光が私を撫でる。


目を凝らすと……

その光の中心に、桃色髪の女の子が立っていた。

その子は、風そのものに抱きしめられているみたいで……何より、アルテのときと同じ“竜の気配”がかすかに漂っていた。


『私には、妹がいました。

彼女の名は───"華暖(かぐら)"…』


───妹…

その単語が聞こえた瞬間、華暖ちゃんの背後の空気がかすかに震えた気がした。

風というより“気流”。

それが一瞬、彼女の肩のあたりで螺旋を描いて消える。


『物心付いたときから、両親と顔さえ

合わせたことのない私にとって――

華暖は、血のつながりが一番近い、

何よりも……大切な存在でした』


アルテの声は淡々としているはずなのに、

胸の奥にひっかかるような、切ない揺れがあった。


華暖ちゃんは、アルテよりもずっと小さくて、

抱きしめたら壊れてしまいそうなくらい儚い。

でもその瞳だけは、

竜の子に特有の“光”が、ちらりと揺れている。


『華暖は、生まれつき妖術や魔術に秀でていましたが……病弱な子で、周りからは、四山領主は継げないだろうと言われていました』


風が……小さく震えた。

華暖ちゃんの髪が、少し寂しそうに揺れる。

その揺れに、胸がきゅっとなる。


『……その為、私達が彼女と修行することは

一度もありませんでした』

 

アルテの声は静かだった。

でも、静かすぎて――逆に胸を締め付ける。

……あれ?

アルテ、さっきから“全部過去形”で話してる……

華暖ちゃんは、今……?


ぞわっと嫌な予感が背筋を走った、その瞬間――

風の流れが急激に変わった。


温かな風が一気に冷え込み、

それと同時に、目の前の翠山が赤く…燃え上がった。


ひっ……!


思わず目をそらす。

……熱は感じない。夢だから。

でも、風の震え方だけは本物だった。


華暖ちゃんの小さな影が、

炎の色に……飲み込まれていく。


風が――まるで、彼女を必死に包み込もうとしているかのように渦を巻いて揺れた。


『……さて。

私の家族の紹介はこのくらいで

大方把握していただけたと思います』


アルテの声が、重く落ちてくる。

風はすっと静かになり、炎の景色が溶けはじめた。


『……では、ここからは少し――

私自身の過去を、お話しましょう』


淡々と響く彼女の言葉の向こうには───

熱と、痛みと……喪失の風が吹いている気がした。




世界が、再び切り替わる。


次に現れたのは……

───"幼い英雄達"の姿だった。


風に髪を揺らす幼いアルテ。

その隣に、あどけない顔の幼い英雄たち。

みんな笑っていて……

さっき一瞬映った炎の地獄とは全く違い、温かい景色だ。


小さな彼らは、今よりもっと無邪気で、

でも根っこの優しさは今とまったく同じで……

お互いを背中で支え合うみたいに、自然と寄り添っていた。


あぁ…よかった……この頃のアルテ、ちゃんと笑ってる。


その優しい景色に私がほっと息を吐くと、


『………私は、十年前の大戦争が起こる直前…

 帝国の"五英雄"に選ばれました』

 

彼女は淡く…そして少し懐かしそうに語り出した。



『探偵さんも知っての通り、私は五人目の英雄…。

もともと戦闘が不得手だった私は、正直――

英雄の中で最弱でした』


その声が少しだけ震えて聞こえた瞬間、

周りの空気が、バチッと弾けるように重くなる。



英雄達の笑顔は淡い光に溶け───

…景色も――瘴気に飲まれる寸前の帝国へ変わった。


空の色は灰……。

風は止まり、空気は腐ったように淀んでいる。

さっきまでの空気が嘘みたいだ。

見渡すと、帝国中に凶悪な魔物が溢れ返っていた。


『あの日……大戦争が起きた時も、

私は英雄の一員として戦っていました。

大戦の後、私達は帝国に迫る瘴気を跳ね返す為に、

帝国全土を覆う大きな結界を張りました。

五人の力を合わせて張った"破瘴の結界"の効果は素晴らしく……瘴気の侵入を完全に防ぐ事ができたのです』


結界が張られた瞬間だけ、風が吹いて私の髪を揺らす。

これはきっと――あの場にいたアルテの記憶の風だ。



『帝国内の魔物を一通り処理し終えた頃…。

翠雨様と共に翠山を守っていた破天兄さんと雅火から、使いの者を伝って"伝言"が送られて来たました。──“翠山が襲われている。狙いは華暖”…と』


次の瞬間、目の前の帝国が霧散するように崩れ――

景色は再び翠山へと戻った。


気付けば山の急斜面を、幼いアルテが全力で駆けていた。

周囲の風が彼女に寄り添い、背中を押すように吹いている。

でも――

風の優しさとは裏腹に…山には大量の魔物が蠢いていた。魔物の影が跳ね、牙が閃く。


?! 一人でこんな所走ったら危ないって!

思わず私は手を伸ばしたけれど、

当然…幻には触れられない。

「ッ……」

これは過去であり、私はただの観客…。

展開は決まっていて、修正も救済もできないのだ。


……それでも、手を伸ばさずにはいられない。



『幼く弱かった私は……

山を襲う魔物達を倒すだけで手一杯でした』


次の瞬間、

足元がぐらりと揺れる。


気付けば周囲には、

傷付き横たわった妖族や鬼族が倒れ込んでいた。


「ッ!……。」

死んでは……ない。

生きてはいる――けれど、誰もが虫の息だ。


景色の色も、音も、空気までも……。

さっきまで見ていた

幼い英雄たちの穏やかな時間が、

信じられないほど遠くなっていく。


アルテの記憶が、

人の手ではどうにもできない場所へと

まっ逆さまに落ちているのがわかった。


『妹のもとに辿り着いたとき…

私は、地獄のような光景を目にしました』


アルテの声が、静かに…ただ静かに私の耳へ落ちる。

その静けさが逆に恐ろしく、心臓が痛んだ。





彼女の云う地獄のような光景…


その中心に──

 そいつらはいた。


黒髪の女性妖族と、まだ幼い魔族の男の子…。


その女性は美しいのに、笑っている顔だけが「破滅そのもの」みたいに歪んでいる。

男の子は無表情で、手から黒い球体をぽとり、ぽとりと地に落としている。

そして、その度に…妖族達の身体から光が抜ける。

な…にこれ……。

空気が、ひどく冷たい。


『彼女は──モルダーシアを統べる魔王の一人、“ドミシオン”。

翠雨様の娘…。つまり、私の叔母にあたる人です』


え……翠雨様の“娘”!?

信じられない情報に、私は目を剥くけれど、

アルテはそれでも映像を止めない。


『…隣にいる小さな男の子は“シュウ”。

彼はドミシオン様のご子息ですが……

彼もまた…ドミシオンに操られ、

本人の意思を持っていませんでした』


シュウがまた黒い球体を落とす。

その球体が地に触れるたび、周囲の妖族の瞳の光が消えていく。

視界の端で、風が小さく悲鳴を上げた。

風そのものがアルテを守ろうとしているのに──

全く追いつかない。


『シュウの呪いは、人々の“原動力”を一つ奪う呪い。

私は…“死を恐れる心”を奪われました。

破天兄さんも…雅火も…翠雨様さえも…』


死を…恐れない……?

じゃあ今のアルテが無茶しちゃうのって……


『そして──』


景色がゆっくりと、ある一点へ吸い寄せられる。

そこに、小さな桃色の髪があった。

!、華暖ちゃん…!


アルテの妹は、幼い身体で必死に

結界を張ろうとしていた。

彼女の周りだけ、不自然なほど優しい風が渦巻いている。


竜の血が反応していた。

守ろうとしていた。

まだ幼くても、彼女も“風に愛された竜族”だった。

 

『彼らが狙っていたのは妹そのものではありません。

狙いは──“神獣の力”』


アルテの声が苦しげに揺れる。


『神話時代に活躍したとされる英雄の中に、

竜族の始祖とも呼ばれる二人の…"双竜"がいました。

そして、竜族の中でも…特に“祖竜の血”が濃く流れる者は、その力を生まれ持つそうです。

それが私でした。私……だったのに…』


嘆くような声と共に風がざわつき、

辺りの景色は更に惨憺なものへと変わった。


『神獣の力は、光に照らされれば護りの力に。

闇に染まれば…世界を壊す破壊の力となります』


あの魔王が欲したのは“破壊の力”。

帝国がアルテを英雄に選んだのは“護りの力”。

……あぁ、なんて残酷なんだ。


──どちらも祖竜の血…“神獣の力”を求めたのだ。



『そんな力を持っていたのに私は

…妹を、護れなかった』


その瞬間、景色が悲鳴を上げたように弾けた。

どこを見ても、

赤、朱、あかい……炎。

全てが…記憶が、燃えている。


華暖の小さな身体が、闇に……飲まれていく。

……っ!!

声が出ない。胸が押し潰される。


「お願いッ……やだ返して…!華暖!華暖ッ!」


幼いアルテの……

翠嵐の声だけが、耳に響いた。



「アル…テ……」


どんなに手を伸ばしても、魔法を使おうとしたって……これはどうしようもなく、現実世界で過ぎ去ってしまった過去で…私は、何もできない。

いや……誰であろうと、救えない。


過去に行けたらどれだけ…どれだけいいだろうと、

そう思い知らされるほど、悔しくて、視界が滲んだ。

それでも私は、ドミシオンへの怒りを抱えたまま唇を噛みしめる。

…きっと酷い顔をしていたのだろう。


『…そんな顔しないで。

大丈夫ですよ、探偵さん』


落ち着いた、あたたかな音色。

耳に届くだけなのに、胸の奥まで染みこんでくる。


『私は妹のことを、まったく諦めていませんから。

絶対に家に連れて帰ります。……だから、ね?』


優しく宥めるような声。

見えているのは暗闇だけなのに、なぜだろう。

困ったように微笑んでいるアルテの顔が、はっきり浮かんだ。

私は何も言えず、ただ俯く。

「……ッあぅ…」

でも喉に何かが詰まったみたいで、言葉が出なかった。




暫く静かな時間が流れ――

その沈黙をそっと破るように、アルテが口を開く。


『……今日はここまでにしましょうか。

明日のためにも、“夢を見ないほどの良質な睡眠”を貴方に――』


その短い言葉が落ちた瞬間、再び意識がふっと遠ざかった。


私は抗う間もなく、

アルテの声に導かれるように、

さらに深い眠りへ沈んでいった――。



✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ