宝珠盗難事件
コンドが言っていた“彼等”とは、ウォーカー君・キーマ・ルネッタさん……次期皇帝候補の三人のことだったらしい。
あの後は誰も訪ねてくることはなく、
私は彼らに挨拶を済ませると会議室方面へ戻ってきた。
「あれ、リハイトだ。お疲れ様!」
そうして会議室の前まで来ると、
何故かそこにいたのは彼だけで……
「ん?……あぁ、探偵か。お疲れ。
希望書の提出……できたみたいだな」
「う、うん。ねぇリハイト…?
なんか元気なさそうだけど、どうしたの?」
会議室前に佇むリハイトは、普段より少しだけ肩を落として見えた。
目の下にも…軽く疲労の影がある。
「……実は、お前がいない間に少し…
面倒なことが起きた」
「え!? な、何があったの!?」
ただならぬ雰囲気に胸がざわつく。
私が問うと、彼は深い溜息を吐き…頭をかきながら言った。
「探偵。“加護の宝珠”は覚えているか?」
「あ、うん。もちろん。
加護神に会うための…それに、
みんなの英雄の力の覚醒にも必要な……」
「あぁ。その通りだ。……実はな。その宝珠――コンドの加護の宝珠が、この帝国軍司令部に保管されていたらしい」
「えっ……ここにずっと保管されてたのに、コンドやリハイトは知らなかったの……!?
ってことは……帝国軍の誰かが隠してた……?」
「もちろん、それも問題だが、今一番の問題は…」
リハイトは、手にしていた資料をぱさりと軽く揺らしながら、いつも以上に声のトーンを落とした。
「会議が終わった後、その宝珠が盗まれた」
「え……ええええええーーっ!?!?」
サラッ…と、とんでもない事を報告されて、
私は反射的に飛び上がり、両手をばたばたさせてしまう。
「盗まれたって…ど、どど、どうするの?!
また悪用されるかもしれないじゃんッ?!
早く犯人見つけて、宝珠取り返して、
ボッコボコのコテンパンにして、それから…ッ」
「落ち着け、蛮族」
「蛮族ッ!?」
あまりの動揺に腕をぶん回す私を、
彼は片手でひょいと止めた。
……なんだろう、この相手にされてない感は。
でも動きを止められたって落ち着けない私は口を開く。
「あの宝珠は壊れたりしな…」
「どうしようッ?!壊れたら――」
すると、意図せずリハイトの言葉を遮ってしまった。
その瞬間、彼の眉が不満げに鋭く吊り上がる。
「……」
気まずい沈黙。
……からの眉間、ぎゅっ。
「だから、壊れねぇって言ってんだろ。
幸い……“加護神の力”で、宝珠自体は絶対に壊れないことが判明した。
だから最悪、もしまた悪用されたとしても…
宝珠さえ奪い返せれば、何とかなる」
「…でも……」
"宝珠が壊れない"……そうだとしても、不安は残る。
私はこれから起こりうる…かもしれない、新たな事件や騒動に震えて俯いた。
「……。」
しかしリハイトは、そんな私をちらと横目で見ただけで、いつもの無表情に戻った。
「……おそらく犯人は、カッドレグルントの祠で動いていたやつと同一だ」
「え……」
私はそれを聞いて固まる。
そして更に不安になった。
だって、あの事件からすでに数ヶ月が経つというのに、犯人を示す確かな証拠は、まだ一つも掴めていない。
だというのに、また宝珠が盗まれてしまった。
─────ここまでくると…
厄介、どころではない。確実に危険な相手だ。
「うわぁぁぁ…それ、だいぶ…まずいやつじゃない…?手がかりほぼゼロじゃん?むしろマイナスじゃん?」
カッドレグルントの聖獣事件やユーゴさんの事を思い返した途端、私は深く頭を抱えた。
「これからどうすんの…あぁぁぁ……」
「いいから落ち着け。
お前が騒ぐと、余計に状況が悪化した気がしてくる」
「ッはぁ?!私のせい!?なんで!?」
「なんとなく」
いや“なんとなく”ってなんだッコノヤロー!
こんな状況で落ち着いていられる訳がない。
私はリハイトに抗議するため彼を睨んだ。
その瞬間───
──────ふわり…。
と、視界の端を“白翠の髪”が横切った。
「あれ……?、アルテだ…」
少し先を早足で進む彼女は、どこか急いでいるようで……ちらりと周囲を警戒するように見回すと、そのまま角の向こうへ消えた。
「アルテ、なんか急いでたけど、どこ行くんだろ…?
ね、リハイトわかる?」
「……さぁな」
リハイトなら当然知ってると思って聞いたのに、
彼は淡々と首を横に振った。
ただ――その横顔は、
ついさっきアルテが消えていった廊下へ、ほんの一瞬だけ視線が吸い寄せられていた。
これは……気になってる時の顔だ。多分。
リハイトは、意外と考えている事が分かりやすい。
「あいつには…あいつの役割がある。
俺たち英雄は単独行動も多いし、連絡取るにしても精霊や使い魔で済む。用がなければいちいち確認はしない」
そう言いながらも、さっきから資料を持つ手だけ、やけに強く握られている。
気にしてない風を装うクセに、"心配は人一倍"してるんだよね……。
「……あぁ、任務といえばな。今回の件は俺が任されてる。とりあえず俺は、この資料まとめて――」
「ねぇリハイト! アルテ追いかけよ!」
「は!? おいッ引っぱんな! 資料が落ちる!」
私は腕を引っ張っただけ……のつもりだった。
なのにリハイトの体がぐいっと大きく動く。
え?私、力加減ミスった?
……いやでも、流石に軽すぎじゃない?
「もし、アルテの手が空いてそうだったら、
三人で宝珠の窃盗犯とっちめに行こう!
一人でやるより、そっちの方が捗るよ!」
「さっきも言っただろ! あいつは、あいつでやる事がだな…って、お前力強いなッ?!」
そうツッコまれた瞬間、私はハッとする。
…もしかしてリハイト、最初から止める気なかった?
腕を引くたび、抵抗してるふりの動きがどこか優しい。資料が落ちないよう、逆の手でしっかり押さえてるのも抜かりない。
足取りは文句を言いながら、ちゃっかりついてきてるし。
うん、確信した。
リハイトは誰より仲間思い。ただ照れ屋なだけ。
「ほらほら、急いで〜! 置いてくよリハイト!」
「お前が勝手に走ってるだけだ!!」
「アッルテ〜!」
「聞けッ」
───結局……
彼は文句を言いながらも、その歩幅は私にちゃんと合わせてくれていた。
廊下の途中、書類の山を抱えたレインに会い、
「…うわっ…何してるの探偵…」
と心底呆れた目で見られたりしながらも、私はずんずん進む。
そして、長い廊下を渡りきった先で――
「リハイト! アルテいたよ!」
アルテの姿を見つけた私は、思わず指さした。
するとその後ろで、リハイトがぼそりと返事する。
「……そりゃ、良かったな…」
え、なんか疲れてない?
いや、そりゃあれだけ私を止めながらも結局ついて来てくれたんだから当たり前かもしれないけど……。
なんて考えながら…
「ふふっ…リハイト〜?」
私はにやりと笑みを浮かべて、リハイトの横顔を覗き込んだ。
「……チッ」
すると、彼は露骨に面倒くさそうな表情で一歩下がる。
でも無駄だ、逃がさない……!
「ねぇ〜?さっきは『それぞれの役割が〜』とか冷静ぶってたけど!本当はアルテがどこ行くのか、気になってたでしょ?」
「はぁ……誰だって、あんなコソコソしてたら気にするだろ。それに、俺は暇じゃないんだ。そろそろ戻って――」
「え? でもこんな長距離ついて来てくれたのに?」
「お前の、せいだろうが」
リハイトは不機嫌そうに眉をひそめる。
……けど、歩幅は私に合わせたままだし、言葉とは裏腹に、もう引き返すつもりが無いのが丸分かりだ。
うっぷぷ…リハイト、ほんとに素直じゃないなぁ。
私はそんな彼を見て思わず頬を緩める。
すると、その時…
アルテの前に、誰かがやって来た。
「あ、コンドだ!」
見るとアルテとコンドが、真剣な顔で何かを話している。
ここからだと距離があるから内容までは分からないけど、アルテの表情がいつもの柔らかさじゃない。
「あいつ、こんなところにいて定例会に間に合うのかよ……」
何だかんだ言ってガッツリ二人の様子を観察し始めたリハイトがそう呟く。
常時気怠そうに見えて、仲間の予定や時間、場所まで全部頭に入ってるあたり、本当にきっちりしてるんだよな、この人。
私はちょっと呆れつつ…リハイトを見てから、
視線を二人の方へ戻した。
すると――
「あ、ソフィアも来た!」
その一言と同時に、
ソフィアが周囲を警戒しながら走って来た。
三人は自然と輪になり、声を抑えて言葉を交わし始める。
……と、その瞬間。
「……ッ」
隣のリハイトが一瞬だけ息を呑んだ。
ほんの一拍だけ、目が鋭くなる。
え?…リハイト、何か知ってる……?
そう思った時には、
彼はもういつもの無表情に戻っていたけれど…。
「…あの三人……」
ぽつりと落ちた声が、さっきより低い。
でも、その先を言いかけて――
「いや…」
と、リハイトは首を横に振った。
「緊急任務の相談か、報告か……
とにかく 、暇ではなさそうだな。探偵、戻るぞ」
「ッえぇ〜!?まだ声かけてないのにぃ!」
「俺だって忙しいんだ。
…お前のストーカーごっこにここまで付き合ってやったんだから、今度は手伝え」
そう言うなり、次は私がぐいっと腕を引っ張られた。
「ンぎぃぃぃッ!」
バランスを崩しても、リハイトは容赦なし。
むしろ、私が変な悲鳴を上げても眉ひとつ動かさない。
……でも、さっきの一瞬。
アルテと…コンドと、ソフィアが揃った時の、
あの短い“息を呑んだ音”。
あれだけは確かに――
冷静な彼が、誰よりも仲間を見ている証拠だった。
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いつの間にか外は暗くなり、星々が窓を揺らしている。
「ふ〜……疲れたぁ…」
あの後、私とリハイトは
宝珠窃盗の資料をまとめていたのだが――
確かな証拠品、ほとんどなし……
残ってた魔力反応は“ごく薄い人魚の魔力”だけ……。
リハイトは渋い顔で指令書を書き上げる。
「……やはり人魚か。カッドレグルントの祠に残っていたものと一致してるな。
犯人は帝国の上層部か、軍内部に潜んでいる可能性が高い。 ……人魚の隊員達には悪いが、暫く監視を強化するか」
書類を片付けながら、彼はやっと私の方を向いた。
「……探偵、助かった。後は俺がやる。
今日はもう切り上げていいぞ。
あぁ、それと明日“加護神の神殿”に行くんだが……お前も来るか?」
「え?明日?神殿?」
"神殿"……聞き慣れない単語と
その誘いを聞いて、私は首を傾げる。
するとリハイトは"神殿"について教えてくれた。
「神殿は"加護神がいる試練の場"だ。
宝珠はその鍵……
そして、これは俺の宝珠だと判明した。
これでようやく加護神に会える」
そう言って彼が取り出した宝珠は、カッドレグルントで見た"空色の宝珠"だった。
空色…聖獣の身体に埋め込まれてたやつだ。
……リハイトの宝珠は軍で管理されてなかったのかな?というか、他の皆の宝珠はどうなってるんだ?
分からないことだらけで、私がまた首を傾げていると、彼は話を続ける。
「どうせ黙っていても、お前は勘付いて勝手に付いてきそうだし…一応誘ったんだよ。
それに…明日は、アルテも連れて行くから…」
「絶対行くッ!!」
アルテの名前が出てから勢いよく返すと、
リハイトは深い溜息を吐いた。
「…じゃあ、幾ら明日が……いや、アルテと過ごせるのが楽しみでも、早めに寝ろよ?
今日は、あいつと同じ宿に泊まってもらうからな。
会話が弾んでも、夜更しするな」
「え?!ホント?!アルテも宿に?!」
「遊びじゃないんだぞ……
頼むから今回こそ大人しく寝てくれ……」
リハイトは額を押さえていたが――
私はすでに“お泊まり”のことで胸がいっぱいだった。
というか会話自体を止めないあたり、やっぱり彼は優しいと思う。……ありがとね、リハイト!




