王族?不敬?ご愛嬌!
「そういえば……」
暫く部屋で寛がせてもらった私は、ふと思い浮かんだ問いをウォーカー君に投げ掛けた。
「ウォーカー君も、何か用事があってここに?」
紅茶のカップを置いて尋ねると、彼は「あっ」と気付いたように背筋を伸ばし、こくりと頷いた。
「そうそう!この後、違う部屋で皇帝候補者の定例会があるんだよ。
"僕とコンド兄は候補者"だから、参加しないといけないんだ」
「ッえぇ?!ウォーカー君も候補者なの?!
どんなに小さい子でも、関係ないのか……」
まだこんなに幼い子どもにまで“皇帝候補”の肩書を背負わせるなんて……。
英雄への扱いといい、なんといい……、はぁ…。
大人達や帝国へ、なんとも言えない気持ちが湧いてくる。
「うん…うう〜ん……どうだろうね」
でも、ウォーカー君自身はというと───
今ちょっと困ってます程度に、軽く眉尻を下げるだけだった。
「大人達は僕の事、あんまり期待してないんだって……」
「自分達がウォーカー君を組み込んだくせに……本当に勝手だなぁ…」
つい口から出た不満に、ウォーカー君は弱く笑う。
その笑顔が少し寂しげで、こちらまで胸が痛くなった。
「まぁ……前の皇帝様が優秀過ぎたのかも…」
……最後の一言は、私の耳に届かない程…
カップの中で紅茶の波紋が揺れるぐらい小さな声だった。
「ん?今なにか言った?」
「う、ううん!……なんでもないよ!」
ウォーカー君の声が聞き取れなかったので聞き返すと、彼は首を横に振り…そして、ぱっと話題を切り替える。
「あ!きっと、もうすぐ他の候補者のお兄さん達も来るよ!」
「お兄さん達…?
あぁ、そういえば“彼ら”って言ってたな…」
私がコンドの言葉を思い出すように目線を宙に向けると、ウォーカー君はシロップを混ぜながら「あっ、本題本題!」というように指を鳴らした。
「そうだ!その間に、帝国軍部隊の説明、聞かせてあげないとだったね!」
「そ、そうだった……!じゃあ、お願いしようかな」
私はウォーカー君の言葉を聞いてからようやく本題を忘れ欠けていた事に気が付き、少し焦った。
しかし、
会議が終わるまでに所属部隊を決めてしまおう…と、
背筋を伸ばして話を聞こうとした、その瞬間——
──キィッ。
部屋の扉がひとりでに音を立てて開いた。
「…ん?」
思わずそっちへ顔を向けると、
動物……ライオンの耳をぴん、と立てた青年が姿を見せた。
わ、立派なライオンの耳だ!……あれ?
でも…獣の耳が"二つ"だけだ。
小夜家の兄弟は"四つ"も耳がついてたのに……と、
私は彼と小夜家兄弟を脳内で並べて比べる。
目の前のライオン耳……青年は、
赤茶色の暖かい光を宿した目をしていて、
短い栗毛色の髪が歩くたびふわっと揺れた。
「お、今日も早いなウォーカー!」
「こんにちは“キーマ”くん! お茶飲む?」
「あぁ!今日も美味いのを頼むよ!」
ウォーカー君がぱっと笑顔を向けると、
“キーマ”と呼ばれた青年は気さくに片手を挙げ、私の正面のソファへ腰を落とした。
私はそれを見て、
…あ、斜めとかじゃなくて真正面座るんだぁ。
なんて考えながら、彼に小さく会釈……
「……ところでお嬢さん、はじめまして…だよな?
こんな何もない待合室に用があるなんて…
…一体、アンタは誰なんだい?」
「へ…?!」
…しようとしたが、それよりも先に話しかけられた。
「ぇえ、んえーと、私は探偵ッ!
……あ、貴方は?」
急に声を掛けられたから、ちょっと裏返った声になってしまった。…恥ずかしい。
すると、彼は目を丸くし……
「ははっ!あぁそうか!アンタが探偵か!」
ふはっ…と、吹き出すように笑った。
そして、「会えて嬉しい」と言わんばかりに、力強い握手をしてくれる。
「アンタの事はコンドから聞かされてたんだよ!
こっちから名乗らずに聞いちまって悪かったな。
俺は“キーマ・クラーク”! ……一応、皇帝候補者の一人さ」
「貴方も候補者……って“一応”……?」
彼の自己紹介の仕方が気になって首を傾げる私に、
ウォーカー君が笑って補足してくれた。
「キーマくんはね〜、
候補者に無理矢理入れられたから、やる気ないんだよ。
キーマくん、元々他国の王様だったから推薦されちゃったんだ。
今はその国、瘴廃国になっちゃったから王様じゃないんだけどね」
……え、ウォーカー君?
それ、笑い事じゃなくない??
国なくなってるよ?国家レベルの話だよ?
「ハハハッ!そうとも、皇帝なんてなる気は全く無い!
肩書だけの候補者さ!それに元々、王様なんて柄じゃなかったしな!」
……ああ、本人が笑い事にしてるのか。
いや、なんか悟り切ってる?
ちょっと吹っ切れすぎじゃない??
私は二人の反応に戸惑いながら、小声で呟く。
「…何でもありだね、皇帝候補って……」
人選どうなってんだ この国…。
でも、豪快に笑い飛ばすキーマは、王様というより普通の青年……いや、少年みたいで……。
多くの柵から解放されたような…晴れやかな顔をしていた。
……王様か。
この人も、まだ子どもなのに。
大変だったんだろうな。
…と、
私が真剣にそんなことを考えていると、ウォーカー君がぽん、と軽く手を叩いた。
──そして、
「キーマくんはね〜、リハイトさんの従兄さんなんだよ!」
……また爆弾を落としてきた。
「えぇ?!って事は……さ、さっき教えてくれた国って…
キーマが王様だった国…って事?!」
私がソファから転げそうになるほど驚くと、キーマは自分自身を親指で指し示して笑う。
「おうっ!何度だって言ってやるぜッ!
こんなんでも元王様さ!」
そして、胸を張って言った。
「リックは俺の自慢の従兄弟!
俺達、結構似てるだろ?」
「いや全然」
「即答だな?!」
いや、だって。
言われるまで一ミリも気づかなかった。
「……。」
私は目の前のキーマと、脳内のリハイトを並べて比較する。
でも……うん、改めて、
「似てない」
「二回言う必要ないよなッ?!」
あの気怠げで口が悪くて、常に眉間にシワ寄せてるリハイトが王子様……?
「……あのリハイトが王子様ねぇ〜」
「無視したぞ この嬢ちゃん?!」
「白馬じゃなくて、
魔物の上でならふんぞり返ってそうだなぁ」
「この帝国、確かに身分制度緩いが…
それにしても公爵相手に肝が座りすぎだろ……
ふっ……大したもんだぜ!」
キーマは途中まで律儀にツッコミを入れていたのに、
いつの間にか……受け流しモードに入っていた。
な…なんだこの人……心がすごく広いぞ…。
本当にリハイトの従兄弟なのか???
たぶん普通の王族貴族なら怒るところを、むしろ「面白いじゃねぇか!」とノる方向に振り切ってる。
しかも、従兄弟が不名誉に扱われても全く気にしないどころか、謎にちょっと、誇らしげだった。
……それでいいのか、従兄さん。
彼のサラッとした器の大きさは、
この私が戸惑うほどだった。
う〜ん…
それにしても……
キーマの耳、触り心地良さそうだなぁ。
ふわっとしてて、なんか高級絨毯みたいな……。
「ん? どうした? そんなに見つめて……俺の耳が気になるのかい?」
「へ……?」
気づけば私は、完全に
彼の獣耳を"ロックオン"していたらしい……。
「埃でもついてるか?」
キーマはそう言いながら、不思議そうに首を傾げて自分の耳を触っている。
「あ、いや、その……えーと、あ!前に!そう! 前にね!獣の耳がついてる人達に会ったんだけど……
その人達は耳が"四つ"だったから、キーマの耳が"二つ"だけなの気になって……」
「四つ? …そりゃ"妖族"じゃないか?」
「ヨウゾク…?」
聞き慣れない単語にポカンとしていると、キーマは「ああ」と笑って、自分の耳を指でくにっと押してみせた。
「そうさ。"獣の妖怪"なんかだと耳が四つもついてるんだ」
「へぇ〜!妖族かぁ……!」
私は彼の説明に納得しつつ、内心では
耳が四つってどういう構造なんだろ……?
とか考えていた。
だって私は二つしか持ってないから。
「私、魔法の勉強しかしてないから……
この帝国に住んでる人たちの種族とか、
常識とか…まだまだ全然知らないんだよね」
そう言いながら、レインの“圧のある笑顔”と
リハイトの“煽り”が脳内再生される。
…ここにレインがいたら絶対言う。
「自分でお勉強できるわよね?ひよっ子」って…!
リハイトならもっとひどい…!
「ハッ…何ヶ月もいて、そんな事もしらねぇのか?」
って言う……!絶対煽ってくる!
……でもレインの家には魔導書や魔法に関する資料しかないし、種族図鑑みたいな本は一冊もなかった。
それに、カテドールフェアリーにはエルフばかりで他の種族はいないから……どこで学べばいいのかすら、ずっとわからずにいたのだ。
「そうか……確か、探偵は瘴廃国から来たんだったな。
何が此処の常識かすら分からないのは難儀だな…」
するとそんな私を見て、キーマが少し眉を下げた。
そしてそう言いながら、
彼は、ぽんっ、と拳を手の平に打ちつける。
「……あ! それならついでに、この帝国にいる色んな種族について教えてやるよ!」
「え! いいの?! すっごく助かる!!」
新しい知識を得られる喜び…!
私は嬉しすぎて、反射的に深く頭を下げた。
キーマは「おうおう!」と笑って、ちょっと胸を張る。
「遠慮すんな! 元々、探偵に聞かれたことは全部説明してやれって、コンドから頼まれてたしな! 任せときな!」
コンドも…ありがとう……!
「因みに、この王都には“帝国一の情報源”、大図書館がある。軍人なら誰でも入れるし、入隊してからなら使い放題だぜ」
「大図書館?!そんな宝の山が……!」
有力過ぎる情報に思わず手帳を取り出すと、
キーマは「お、いいもん持ってるじゃないか!」と身を乗り出してきた。
───そして、彼は指を折りながら説明してくれる。
「まず、一番多いのは“人間”。
探偵、お前さんも……見たところ人間だよな?
人間は、神が最初に生んだとされてて…どの種族よりも物作りが得意だ」
「ふむふむ……」
「次に“獣人・鳥族・人魚”。
陸・空・海……それぞれの環境に合わせて進化した種族だな」
キーマは自分の耳をひょいと動かしてみせる。
「俺は獣人だ。ライオンの。リックは獣人と人間のハーフ…だけど、あいつはほぼ人間だな。獣の耳もついてねぇし!」
「……リハイトに、獣の耳?」
自分でそう言いながら、私はつい想像してしまった。
冷たい目つきのまま耳だけがモフッとついてるリハイトを……。
「ッ……」
…ッうん、これも似合わない!却下!
私は心の中でまたまた不敬な事を考えた。
すると透かさず……
「お? なんだその“見なかったことにしよう”みたいな顔は」
そんな私の表情の変化を、キーマが拾う。
「リックに獣の耳つけるなよ? あいつ絶対嫌がるからな〜」
「つ、つけないよ!…勝手にイメージしただけで!」
「ならいいけどさ」
「いいんだ」
「それにあいつ戦場で一番暴れるから、
耳あったら、戦場で真っ先に踏まれそうだしな」
「え、耳を?頭の上にある耳を踏まれるの?
戦場こわぁ……」
…と、そんな軽口を叩きながらも、キーマは優雅に紅茶を一口すすり、カップをソーサーに軽くコトン…と戻す。
するとその仕草に合わせるように、ふと思い出したような口調で興味深い種族の名を教えてくれた。
「そういや、過去には“幻獣族”なんて大層な種族もいた……らしい。これはあくまで噂だけどな」
「幻獣……あ、ペガサスとか?」
思わず身を乗り出した私に、キーマが片眉を上げた。
「お、さては翔馬車を見たな?」
「うん、すっごく感動した……! だって羽生えてる馬だよ?! 馬なのに空飛ぶんだよ?! 魔法みたいだった!」
両手を胸の前でぎゅっと握りしめて、興奮気味にまくし立てると、キーマは肩をすくめて笑う。
「いや実際あれ魔法生物だからな? …でも、そうそう、ペガサスは幻獣だ。んで、ペガサスが獣人みたいに人型になったら“幻獣族”になる……はずさ!」
「へえぇ~! じゃあ、角のあるやつは……?」
私がペンを構え、期待をこめて尋ねると、彼は自分のカップを指先でくるりと回しながら、続きを教えてくれる。
「あ〜そりゃ、ユニコーンだな。噂じゃ、めちゃくちゃ気難しい性格らしいぜ。気に入らない相手は蹴り飛ばすとかなんとか…」
そしてそこまで言うと、にやりと唇をつり上げた。
まるで…怖いだろ?とでも言いたげに。
「……ごめん、ちょっと見てみたい」
でも、つい本音が漏れた。
するとキーマがぴたりと動きを止め、私をじーっと見つめてくる。
「…お前、蹴られたい願望でもあんのか?」
「ッち、違うよ?! 学術的興味だよ?!」
思わず真剣に否定すると、キーマはケラケラ笑った。
「ははっ、探偵って意外と物好きだな〜。まぁ、幻獣族は文献にも滅多に出てこないから、見られたら超ラッキーってとこだ」
「なるほど……うん、夢は大きく持っておく!」
「お、そういうの嫌いじゃねぇぞ」
そう言ってひとしきり笑うと、彼はコホンとわざとらしく咳払いをした。
「さて……幻獣についてはこんなところだな」
そして再び話題を切り替えるように、すっと背筋を伸ばし…どこか説明モードに入る。
「次は“エルフ族”だ」
それはさっきまでの冗談混じりの口調とは違い、ほんの少しだけ敬意を含ませた声音だった。
「エルフ族はな、麗しき“妖精族”の末裔ってだけあって……とにかく神秘的だ。生まれつき綺麗な羽を持ってて、精霊に好かれやすく、魔力も高い」
キーマは自分の耳をかきながら続ける。
「レインがエルフだな。
あと、ソフィアは人魚とエルフのハーフだ」
「…あの綺麗さ……納得だ…」
思わず息が漏れた。
レインの凛とした雰囲気も、ソフィアの柔らかく光る気配も、全部“エルフ”の血の賜物だったんだ。
私がメモを取りながら感心していると、キーマはニヤリと笑い、軽く肩をすくめる。
「だろ? エルフは歩くだけで絵になるからな。
……まぁ、レイの性格は絵とは一致してねぇけど」
「それはわかる」
二人で小さく笑いあったところで、キーマは次の種族へ話を進めるため、指先で机をトントンと叩いた。
「んで、さっきの“四つ耳”の“妖族”な」
彼は指を二本立て、自身の耳に触れながら言った。
四つ耳…その言い方に、私は思わずキーマの耳を再確認する。
……うん、キーマは獣人だから獣の耳二つだ。覚えたぞ。
「妖族は“翠山”に住んでて、魔力じゃなく“妖力”って力を使う。
戦い方も独特でな、“妖術”が得意だ」
私が彼の耳を真剣に観察していると、その間もキーマは説明を続けてくれる。
「妖族は仲間意識がすげぇ強い。
数の少ない種族を守るのが当たり前みたいな文化で、“鬼族”なんて絶滅寸前だった種族も……妖族と共存して、だいぶ持ち直したらしい」
それは喜ばしい…!
「絶滅の危機を救うなんて…すごいね!」
流石帝国から長年切り離されてた翠山、いい文化だ。
私は妖族達の情報を聞いて、感心する。
「だよな。すげぇと思う。
……十年前までは、“風に愛された民”──“竜族”とも共存してたんだがな」
しかしそこまで言うと、キーマの表情に少し陰りが差した。
「───大戦争で、多くが…亡くなっちまった」
そして……そう言った瞬間、キーマは一度視線を落とし、紅茶を揺らした。
「竜族……」
その言葉を聞いた瞬間、脳裏にふわりとアルテの姿が浮かぶ。
風を操る才、竜眼、あの独特の雰囲気……どこか、竜の気配に似ている。
私が彼女の事を思い返していると、キーマは続ける。
「由緒正しい小夜家は、翠山を統べる妖族の名門だ。
ほとんどが妖族か鬼族の正統な血統だが……
アルテは、特別…でな。
妖族でありながら……竜族の血も引いてる」
キーマは、どこか誇らしげに目を細めた。
「だからあれだけ風魔法を自在に扱えるんだろうよ」
あぁ……やっぱり、そうなのか…。
私の胸の中で、アルテへの尊敬と、ほんの少しの切なさが入り混じる。
私は情報を書き込みながら、
脳内で点と点がつながっていくのを感じていた。
キーマは多くの竜族と言ったけど……
きっとそれは…
「そっ…か……」
彼女が"最後の風守"なんて、そう呼ばれる時点で
薄々…気づいてはいた、けど…そっか……
──アルテの同胞たちは、もう……。
「……ま、妖族の話はこんなもんだな。
あいつらは高尚な種族だよ。
翠山ごと、帝国を守る“砦”みたいな役目まで背負ってるくらいだからな」
話題がひと段落したところで、彼は遠くを見るように視線を上げた。
「砦……?」
聞き返すと、キーマは指でテーブルを軽く叩きながら説明を続けた。
「翠山の場所は知ってるだろ?
あの山は“魔界”と隣り合ってる。
だから妖族は、"帝国に仇なす魔族”の侵入を防ぐ最前線でもあるんだ。昔からずっと、妖族と魔族は水と油みたいに相性が悪くてな……」
彼は肩をすくめ、息を吐く。
「魔族が動けば妖族が押し返し、妖族が揺らげば魔族が入り込む。……そういう、長い因縁がある」
なるほど……
「確か翠山は魔界に近い場所だから、最近まで切り離されてたんだよね…?
魔界がそこまで脅威として見られてるなら納得だ」
私がウォーカー君から聞いた情報を思い返して呟くと、キーマは小さく頷いてから、話題を締めくくるように言った。
「で、最後に“魔族”だ」
その言葉を口にした瞬間、
声のトーンが少しだけ低くなる。
「魔族は"魔術"や"呪術"が得意で、身体がとんでもなく丈夫だ。あと…少し魔物寄りの性質を持っててな。瘴気を浴びても平気なんだ」
「え、あの瘴気を……?」
魔族の体質に驚いて目を見開くと、彼は頷いた。
「“モルダーシア”は国中が瘴気だらけで……
魔族以外はまず暮らせねぇ」
キーマは苦い表情を浮かべ、腕を組む。
「魔界は帝国に属さない。
権力や純粋な力の論理で動く奴らが"殆ど"だからな……いつ暴れ出すか分からねぇから厄介だよ」
説明が一段落したと思ったら、彼は「ああ、そうだ」と思い出したように指を立てた。
「……とはいえ、
魔族が全員ヤバいわけじゃねぇからな?」
「え、そうなの?」
「ああ。帝国内に住んでる魔族もいるんだ。
商人や職人やってたり、治癒術の腕が良くて病院に勤めてるやつもいるしな。
あいつら、魔物っぽい性質があるだけで、
全員が“悪”とは限らねぇんだよ」
意外すぎる情報に、私は思わず瞬きを繰り返す。
「妖族との対立も、種族全体の話であってさ。
個人同士なら普通に仲良くやってる奴らもいる。
要は、魔族にも“良い奴”はいるってことだ。
ほら、魔族以外でも悪いやつはいるしさ?
どの種族にも言える事だろ?」
「そいつ本人を見て判断しなきゃな」…と、そう言い切るキーマの口調は柔らかかった。
彼自身が、いろんな種族を見てきたからこその重みがある。
でも同時に、キーマは少しだけ声を潜めた。
「……ただし、魔族の王族…"魔王族"は別格だ」
「魔王族……?」
「あいつらだけは、生まれつき“空間を裂く”秘術を持ってる。瞬間移動──“転移”の力だ」
空間を裂く……
それを聞いて、全身がぞわっとした。
そんなの、戦場で使われたらどれだけ危険になるか想像もつかない。
私が震えると、キーマは眉を寄せながら続けた。
「普通の魔族は絶対使えねぇ技だ。
王族の血にだけ刻まれた、とんでもない固有術式ってやつだな」
キーマは腕を組み、声を落として続けた。
「“転移術”には、ほとんど制限がねぇ。
……だからこそ、帝国は警戒してる」
「制限…ないの?」
「ああ。距離も方向も、本人の魔力量さえ持てばどうにでもなる。それに加え、術者本人だけじゃなく──“他者を巻き込んで移動させる”事もできる。
これが一番厄介なんだよ」
ごくり、と喉が鳴った。
「え、つまり、それって……
人が攫われ放題ってこと……?」
「極端に言やぁ、そうだな。
だから魔王族は、喩えどんなに友好的でも“要注意人物”扱いなんだ」
キーマは溜息を吐きながら、肩を竦めた。
「唯一の救いは……“使えるやつが少なすぎる”ってことくらいだな。魔王族っても、今じゃ何人残ってるか分からねぇし。そもそもあの国はこっちと違って絶対王政で身分制度も激しい。
魔族同士だって、魔王族を怖がってるくらいだ」
その言葉に、私はようやく息を吐いた。
「……妖族が魔族を警戒してる理由がよく分かったよ。隣同士で暮らしてるなら、余計に」
「だろ? 翠山が“砦”って呼ばれるのは、そういう事情もあるんだよ」
キーマの横顔は冗談を言うときとは違って、どこか現実味を帯びていた。
この世界には、笑って流せない“危険”が本当に存在していて、彼はそれを当たり前のように知っている。
そんなキーマの真剣な横顔を見ていたら、
つい、ぽろりと本音が漏れた。
「……キーマって、本当に元王様なんだね」
「そうだが?」
「いや……その、ちょっと信じてなかったよ」
思っていた事を包み隠さず伝えると、
彼は目を丸くし──すぐ、ぷっと吹き出した。
「ははっ、やっぱりか! 王様っぽくねぇよな、俺!」
「うん!!」
「素直だな!? そこはちょっと濁せよ!」
ツッコミながら抗議してくるキーマに、
私は慌てて手を振った。
「えぇ?!だってキーマ、王様っていうより…そもそも王族らしさ欠片もないし!あぁほら!
全体的に近所の面倒見良い兄ちゃん感が……!」
「褒めてんのか貶してんのか分かんねぇな?!」
するとすぐにツッコミが飛んできて、さっきまで重かった空気が一気に軽くなる。
……やっぱり、キーマのこういうとこ好きだな。
「よし、そんじゃ種族講座はここまで!
とりあえず お前さんが入隊したら、
大図書館、連れてってやるよ!」
「えっ、ほんと!? 行きたい!」
雰囲気が明るくリセットされたところで、
彼は素敵な約束をしてくれた。
喜んではしゃぐと、キーマはキメ顔をする。
「おう。俺が案内してやるよ、“元王様”の特権でな!」
「え?軍人なら誰でも入れるって言ってたよね?」
まるで王族じゃないと大図書館には入れないみたいな言い方をする彼の言葉に私が問い返すと、後ろから
ぴょこっ!とウォーカー君が手を上げて、
「入れるよ〜」と、教えてくれた。
「なら案内人キーマじゃなくてもいいかな」
「ひっでぇな?!」
「うそうそ、お願いしますよ王様!」
「ったく、嬢ちゃんは本当に大物だな…。
ん、まっかせな!」
気を取り直したキーマが、ぐっと親指を立てる。
するとウォーカー君も楽しそうにその横に並んだ。
✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿




