待合室の天使໒꒱·̩͙
会議室から離れるにつれ、
さっきまで胸の奥に渦巻いていた緊張が
ひゅう、と抜けていくのが分かった。
私の手の中には、レイン達から渡されたカード。
…落とさないようにしないと。
それを宝物のように両手で包み込みながら、廊下を進む。
足取りは軽いようで……でもまだ少し、
感動に震えていた。
アルテが最後に吹かせてくれた、
あの優しい風の余韻が、背中のあたりにまだ残っている。
へへっ……合格、したんだ。私…。
「……ふへへっ」
翠色の祝福に包まれたあの光景を思い出す度、
喜びが何度でも湧いてきて、胸が温かくなる。
…でもすぐに、緊張が別の形で押し寄せてきた。
ええっと……確か
“待合室”へ行けって言われたんだよね…。
誰が待ってるんだろう? “彼ら”って言ってたし……多分、男の人?
……はぁぁ。
自分でも分かるくらい、表情が固くなっていた。
こういう時、レインみたいに堂々とした態度をとれたらいいのに……。
廊下はやたらと長くて、静かだった。
私の足音だけがコツ、コツ…と響く。
途中に窓があって、そこから差し込む光が床に細長い影を落としている。
影の中を歩いていると、不思議と落ち着くような……逆に不安になるような……
そんな気持ちが混ざって、胸がざわついた。
えぇと…
この先で……あってたよね…?
軍区画の地図を確認して進んでいるとはいえ、
初めて歩く広い施設…。
一人で歩いていると、嫌でも不安になってしまう。
「……。」
でも立ち止まるわけにもいかなくて、
ひたすら進み続けると、
気づけば廊下の端に…小さな扉が見えていた。
上に掲げられた看板には、確かにこう書かれている。
――“待合室”
ふぅ…良かった……ここか。
深呼吸をひとつしてから、
私はそっと手を伸ばしてノックした。
──コン、コン。
軽い音が、静かな廊下に吸い込まれていく。
どんな人が待っててくれるんだろ……
英雄以外の知り合いなんて…小夜家の人達ぐらいだし、知らない人である可能性しかないけど。
ノックしながら、そんな事をぐるぐる考えていたら――
カチャリ、と。
扉が、内側からゆっくり開いた。
───その瞬間、
「……あれ?君は……?」
くりくりとした柑子色の瞳と、目が合う。
「え……」
扉の隙間から覗いたその瞳……いや、"彼"を見て、
私は思わず固まった。
扉を開いて生じた風によって、
彼のふわふわとした薄いクリーム色の髪が揺れ……光を受けて柔らかく輝く。
薄い橙色の“羽みたいな耳"がピコピコ動くのを見て……
「……天使?」
ぽろっと口から漏れてしまった言葉。
すると、男の子はぱちぱちと瞬きをして、
首をこてん、と傾けた。
「え?ちがうよ?」
待合室にいたのは天使……
…のように可愛らしい男の子だった。
✿ ✿ ✿ ✿
「あ……えと、私…コンドに、待合室へ向かうよう
指示されて来たんだけど……」
待合室で待っていた謎の…可愛過ぎる男の子を見て固まっていた私は、待合室へ来た目的を思い出し、慌てて彼に事情を説明した。
───すると…
「? ……ああ!君が探偵さんかぁ!」
彼は一瞬だけ目を瞬かせてから、
私に、とびッきりの笑顔を向けてくれた。
その笑顔は、まるで小さな光が弾けたみたいで……
「ッふぐぅゥッ!」
そのあまりの眩しさに、私は軽くダメージを受けた。
「えへへ…待ってたよ! さあ、どうぞ入って!」
無邪気に手を差し伸べられ、私は心の中で叫ぶ。
ッかわ……可愛いぃ……ッ!!
ぱぁっと花が開くような笑顔と、可愛さの追撃…
彼の無邪気さに押されながら、私は部屋の中へ足を踏み入れた。
───ん?
そうして待合室に入った瞬間、私は驚く。
「わぁ…!なんだか、凄く良い香り…!」
室内には、"紅茶の香り"が満ちていた。
美味しそうな匂いに包まれて、
思わず喉がきゅっと鳴る。
「ここに座っててね!すぐ戻ってくるからね!」
男の子は、そう言うと、
私をふわふわのソファに座らせた。
そして、本当にすぐに……
小さなカートを押して戻って来たかと思うと、
「さぁどうぞ!」
私の為に、心を込めて紅茶を注いでくれた。
その動作には無駄が一つもなくて、まるで小さな給仕さんみたいだ。
「ありがとう!…それで、えぇと……君は?」
私はカップに注がれた紅茶を受け取ると、彼にお礼を伝えながら問う。
すると、男の子は丁寧にお辞儀をして、自分の名前を名乗ってくれた。
「僕の名前は、"ウォーカー"・シープ・クトール!
こんにちは、探偵さん!」
それは無邪気なのに、どこか“皇族らしい気品”が滲む仕草…。
「ク、クトール?!コンドの……弟?」
思わず身を乗り出した私に、男の子……ウォーカー君はぶんぶんと小さく首を横に振った。
「ううん、兄弟じゃなくて親戚なんだ!
僕の家門は“シープ”!」
そう言って自分の胸元をとん、と指で押さえる。
「“クトール”はね……皇族が名乗る、一種の称号みたいなものだよ!」
「称号……?」
気になる単語が耳に入り思わず聞き返すと、彼は目を輝かせて続きを語り始めた。
「うん!昔ね!ものすっごく大活躍した英雄様がいて……その人が“クトール”っていう称号…今で言う爵位を貰ったんだって!
…でね、今の皇族のご先祖様がその英雄だったらしくてね。それからず~っと、僕達皇族は“クトール”を名乗ってるんだ!」
ウォーカー君はそこまで言うと、
自分の羽耳を揺らしながら、誇らしげに笑う。
「ちなみにね──
これは、"他の英雄さん達も同じ"なんだよ!」
他の英雄?……って、つまり…
「五人とも、過去の英雄達の“称号”を名乗ってるってこと?……あれって領地名とかじゃないの?」
貴族の名前や家名…爵位の決まりはよく分からないけど……領地名や役職が爵位名に関わる事が多いという事は何となく知っていたので、不思議に思って首を傾げる。
すると、ウォーカー君は大きく頷いた。
「うん! だってさ、英雄さん達の家名と同じ名前の領地、聞いたことないでしょ?」
それを聞いて、私は指を折る。
「ええと……四大公爵家は、
“ロンサール”公爵家、
“スレッド”公爵家、
“ルクス”公爵家、
“小夜”公爵家だよね……」
言いながら、ふと気付く。
「───本当だ…帝国内にそんな地名、聞いたことないや」
思わずそう呟くと、
「そう!だから、その理屈でいくとね──」
ウォーカー君は両手を広げて、
おどけたように肩をすくめた。
「四大公爵家の領地が、
ぜーんぶ地図に載らない事になっちゃう!」
「ひぇ、それは大変だ……」
なんて恐ろしい!…と、思いながらも
思わず笑ってしまうと、ウォーカー君も小さく笑った。
───そして……
「"英雄"は、必ずこの五つの家系から生まれる……。
だから皆、英雄の称号を名乗るんだよ」
そう言ったときだけ、彼の声が 少し…落ち着いた。
幼く愛らしい…天使みたいな顔立ちなのに、
その瞳はどこか大人びて見える。
「……それって、なんだか…
“捨てられない宿命”…みたいだね」
私がこぼすと、
ウォーカー君は一瞬だけまばたきを止め──
小さく、けれど確かに頷いた。
「……そうだね。
“名前”は、簡単に捨てられるものじゃないから」
その横顔には、皇族らしい静かな覚悟があった。
✿ ✿ ✿ ✿
「……そういえば」
少し空気が落ち着いたところで、私は前から気になっていた疑問を口にした。
「私、皆がどこの領地の貴族なのか…
あまりよくわかってないんだよね……」
自分の無知を恥じて肩を落とすと、
ウォーカー君はパチンっと、手を叩いた。
「あぁ!それならね!」
彼の顔が、ぱっと明るくなる。
「英雄さん達って、普通の貴族と違うところ、すっごく多いんだぁ!
ふふっ……どの家紋から話そうかな……」
うずうず…と楽しそうに笑うウォーカー君。
彼はどうやら、英雄達の事を話したくてしょうがないみたいだ。
「じゃあ……まず、ソフィアとレインについて知りたいな」
私はこの数ヶ月、レインの屋敷に滞在していた時の事を思い返して尋ねた。
レインは、英雄の仕事と公爵としての仕事をどちらも熟している。
……でも領地関係の仕事は、"必ず"、同じ里に住むソフィアと一緒に取り組んでいたのだ。
レインもソフィアも、同じ立場を共有する英雄…。
故に、二人がただの友達でないこと…
それは、何となくわかる。
───けれど…
「どうして二人は、同じ里にそれぞれの屋敷があるの?」
家門の違う貴族が、同じ土地を治めるなんて聞いたことがなく、ずっと心のどこかで引っかかっていた。
「えぇと……
探偵さんは、“共守領”って言葉、知ってる?」
「共守領……?」
ウォーカー君の口から出た単語に、
私は首を傾げる。
……聞いたことないな。
「一緒に守る……領地?」
「そう!カテドールフェアリーは、ソフィアさんとレインさんが二人で治める“共守領”なんだ!」
単語の意味を考察して答えると、
ウォーカー君は私の回答を肯定するように、大きく頷いた。
「両家のご先祖様の時代から、あの里はずーっとロンサール家とスレッド家が守ってきたんだよ。
ものすっごく歴史が深いんだ!」
彼は無邪気に説明しながら、楽しそうに指を折る。
「英雄さん達、かっこいい二つ名もあるんだよ! えぇとね……
ソフィアさんはどんな怪我でも治癒できる巫女だから、“救命の巫導"。
レインさんは賢者をも凌ぐ魔法の智者で、“月輝の賢導”。
二人合わせて──
“双星の盟友”って呼ばれてるんだぁ!」
二人の二つ名……それを口にした途端、ウォーカー君の背の羽耳が、ふわっと震えた。
彼自身が、英雄達を誇っているのが伝わる。
「英雄に二つ名なんてあったんだ…」
私がつい呟くと、
ウォーカー君は嬉しそうに羽耳をぴくっと揺らし…
「あはは…英雄さん達は帝国で一番注目される存在だからね……。二つ名どころか、数え切れないくらい色々な呼び方されてるよ…」
そう言って、ちょっとだけ肩をすくめる。
そして、「だから今のは代表的な呼び名だよ!」と続けると、彼は苦笑交じりに頬をかいた。
「僕が知ってる限り、一番呼び名が多いのは…アルテさんかなぁ……。“守護竜”とか、“最後の風守”とか、シンプルな呼び名が多いかも」
アルテの名前が挙がると、彼の声はほんの少しだけ尊敬を含んで柔らかくなり……またまた誇らしげに教えてくれる。
「勿論アルテさんにも、ソフィアさんとレインさんみたいな代表的な二つ名があるよ!
えっとね、帝国全土を巡る風を操ってるから、"翠旋の竜導"!」
「巫導、賢導、竜導……か。
導き手…って事かな」
その統一感ある二つ名に、私は思わず納得した。
……帝国が、英雄に付けそうな名前だと。
「そういえば……小夜家って、他の英雄達の家名に比べると、結構雰囲気違うよね?」
暫く二つ名について考えた後…
ふと浮かんだ疑問。
私がそれを口にすると、ウォーカー君は「待ってました!」と言わんばかりに体を前に乗り出してきた。
「探偵さん、小夜家のお屋敷がある"翠山"に行ったことある?」
「翠山?…ううん。場所は知ってるけど……」
私は彼の問いかけに首を横に振り、
帝国内の地名や地形について思い返した。
"翠山"はカテドールフェアリーより東側…いや、帝国全体から見ても東の果て、極東に位置する山だ。
私が暮らしていた里の隣にある山里とは言え…
シンプルに遠いので、行った事はない。
「そっかそっか!」
私の反応を見ると、彼はぽんっ、と手を打ってから、真剣な表情で教えてくれた。
「あのお山はね──"魔界の隣"にあるんだ」
「魔界?!あ、それって"モルダーシア"?」
「うん……」
私が驚いて尋ねると、
ウォーカー君は、小さく眉を寄せて説明を続けた。
天使みたいな顔のままなのに、語る内容だけ急に重くなるギャップがすごい。
「魔界は瘴廃国ほどじゃないけど、瘴気が満ちてる場所でしょ?強い魔物が沢山いて……危険視されてる国だ」
その言葉に、彼の羽耳が少しだけ震えた。
怖いのか…将又、緊張しているのか……たぶん両方だ。
「だからね、少し前まで……魔界に近いあのお山は、帝国から"切り離されて"扱われてたんだ。
……それも、何百…何千……ううん、何万間年もね」
「ッ何万年?!」
信じられないほど果てしない数字に、
思わず声が裏返る。
ウォーカー君は、ゆっくり、確かに頷いた。
「切り離される前はね……翠山も、
元々は帝国の一部だったんだ。
……これは"神話時代"の話だけど」
そしてそう言うと、
彼は宙に向け、山の形を描くように指先をひらひらと動かした。
「あのお山が" また帝国の一部になった "のは本当に最近なんだ。 だから小夜家は──翠山は、帝国とは違う独自の文化が沢山発展してるの!」
彼の説明とともに、なんだか本当に翠山の空気が漂ってくる気がした。
「統治の仕方も特殊なんだよ!」
ウォーカー君は四本の指をぱっと開いて見せる。
「お山は大きく四つに分かれてるんだけどね、
そのひとつひとつに小夜家の中から領主が選ばれるんだ!」
「え?…って事は……領主が"四人"もいるの?!」
驚いた私に、ウォーカー君は嬉しそうに
コクコクと頷いた。
「うん!
"一つの山域"に"一人の領主"が就くから、
お山を治める四人の領主は──
“四山領主”って、呼ばれてるんだよ!」
彼は羽耳をぴんと立てて、少し誇らしそうに言う。
「アルテさんも、四山領主の一人だから……
本人から直接、お山のお話を聞いてみるとね──
ふふっ…きっと、すっごく面白いよ!」
ウォーカー君は、アルテの風魔法の音を真似するように「ひゅ〜」と口で音を立てた。
その仕草がやっぱり可愛くて、微笑ましい。
「勉強になるなぁ……。
あ、じゃあ最後はリハイトの……ルクス公爵家!
カッドレグルントの町長はコンドだから、あの町はリハイトの領地じゃないでしょ?
なのに、どうしてリハイトはあの町に家があるの?」
コンドは皇族だから、ソフィアとレインのような事情出ない事は明確だ。不思議に思って尋ねると、ウォーカー君はやっぱり嬉しそうに笑った。
「リハイトさんはねぇ…!
……ふふっ、驚かないでね?」
好きな話を振られた時の子どもみたいに、羽耳まで嬉しそうに震えている。
「驚く?……よくわかんないけど、
ふふんっ!ちょっとやそっとじゃ驚かないよ!」
自信満々に胸を張った私。
するとウォーカー君はニコーッと笑って、言い放った。
「じゃあ安心だね!
リハイトさんが"王族"だって言っても驚かないんだ!」
……とんでもなく、衝撃的な事実を。
「ンぎょえぇぇぇ─────ッ?!」
盛大に裏返った自分の声に、私自身びくっとした。
ウォーカー君は、ぽかんと目を丸くしながら小さく首を傾げる。
「あれ?……驚いてるや……」
素直に、心からショックを受けたみたいな表情が可愛くて……謝りたくなった。
「ルクス公爵家は、錬金術師のお仕事がメインでしょ?」
私が軽く反省していると、ウォーカー君も気を取り直すように、指先で机の上に何か描く仕草をした。
「だから他国に技術を広めたり、逆に学びに行ったり……とにかく探究心の塊みたいな家門だったんだ!」
語るほどにテンションが上がって、羽耳がぴょこぴょこ動いている。
「それでねぇ、長年いろんな国を旅して、いろんな人と関わって……遂には他国の王家に、ルクス家のとある人が気に入られてね…」
そこでウォーカー君は、
そっと手を重ねるようなジェスチャーをした。
「その王族と、ルクス家の人は──
結婚したんだよ」
「ンえぇぇ───ッ?!」
さっきほど崩れはしなかったものの、私はまた身を乗り出して奇声をあげる。
しかし、ウォーカー君は嬉しそうに頬を緩めた。
「あ、さっきより驚いてないね!」
「え、えへへ……ちょっと慣れたのかも…」
やっぱり素直な彼の反応に、
ちょっぴり恥ずかしくなってしまう。
「えぇと……それで、そのルクス家の人はリハイトさんの"お祖母さん"だったんだけどね」
ウォーカー君は両手をそっと胸元で組んで、
少しだけ声を落とした。
「王家の血を引くリハイトさんを含む一部のルクス一族は、その国にそのまま住むことになって……
領地も、その国に持ったんだ」
私はそれを聞いて……
「ッ……?!?!」
喉の奥がきゅっと固まるのを感じ…
それでも言葉を絞り出すみたいに、なんとか確認する。
「え、えっと……?
つまり、リハイトは…他国の……“王子様”って事?」
「うん!」
ウォーカー君は胸を張るようにパッと笑う。
「リハイトさん、王位継承権は捨ててたけど……
立派な王族だよ! 他国の!」
「……。」
…………うっそだろ。
脳内では、常に気怠そうなリハイトと、
口が悪いリハイトと、私にやたら厳しいリハイトが、順番にスライドショーみたいに浮かんでくる。
その全部に“王子様”の冠を乗せてみたら——
「……っ…ッ」
耐えきれなくて、口から勝手にこぼれた。
「……っ……似合わない…!」
……"感想"。
思ったより大きな声が出てしまった事に慌てて口を塞ぐと、
「……んえ?」
ウォーカー君が、ぽかんと目を丸くしていた。
彼はまるで「どこが?」と言いたげに、
本気で困惑している…。
……え、なに…もしかして、本気で似合うと思ってるの……?そ、そこまで尊敬してるの……?
私はじわじわ込み上げる敗北感に肩を落としながら、
しみじみと呟いた。
「……ウォーカー君、本当にいい子だね」
「え?なんで?」
首をかしげる彼の目はきらきらしていて、
その純粋さが逆に胸に刺さる。
……いや、ほんと、彼の前ではリハイトの悪態を思い出すの、なんか申し訳なくなる……。
「あ…でもね、大戦争が起こる前……」
変な罪悪感を感じて頭を押さえると、ウォーカー君は続きを話してくれた。
「リハイトさんが"当世の英雄"だって判明して…
彼だけ、帝国に呼び戻されたんだ」
ウォーカー君の声が、すっと静かになる。
心做しか羽耳も…しゅんと下を向いた。
「…結論から言うと、大戦争でその王家は…
……ううん、国ごと瘴廃国になった」
彼は、小さな手をぎゅっと握った。
「だから…ね、リハイトさんは……」
「治めるべき領地が……もう、ない…」
…自分で言って、胸が…ひどく痛んだ。
「うん……」
言い淀むウォーカーの声を補うようにして私が言った言葉を、彼は静かに肯定する。
「帝国側からは“四大貴族として土地を持ちなさい”って言われてるけど……
彼にとっての“領地”は、きっと…その国だったから」
「そっか……」
気づけば私も、同じように手を握っていた。
ウォーカー君の瞳に宿る静かな哀しみが、胸に染みていく。
……。
やがて沈んだ空気が胸に溜まりきった頃、…ぱん!、と手を打つようにウォーカー君が声を弾ませた。
「そういえばリハイトさんとコンド兄の二つ名、まだ言ってなかったね!」
空気を明るくしようと、わざとトーンを上げてくれているのが分かる。
その気遣いに…ちょっと肩の力が抜けた。
「リハイトさんは…とにかく、すっっっごく、強い!」
ウォーカー君は両手を広げて、“とんでもなく”というジェスチャーをつける。
「それに魔物とか魔獣を扱うでしょ?
だから獣っぽさのある“氷牙の冥導”って呼ばれてるよ!
……あ、この前どこかの貴族の人が、リハイトさんと敵対したら冥府送りにされるから…とも言ってたかな」
「え、こわ……」
でも、脳裏に浮かぶのは会議中のリハイトのあの顔。
冷たい目で淡々と相手を黙らせてた姿が、ぬるっと思い出される。
「でもまぁ……うん、リハイトっぽいわ」
私がそう漏らすと、ウォーカー君は「だよね!」と嬉しそうに頷いた。
そして、次は───
「でね、コンド兄は“蒼紅の封導”!」
胸の前で両手を交差させ、ぱっと広げて色を示すみたいに動かす。
「由来はシンプルだけど、邪神を封印する力を持ってて、水と火の魔法使いだからだよ!」
「へぇ、なるほど……水と炎を色で表してるのか」
思わず感心して言うと、ウォーカー君は誇らしげに胸を張る。
その横顔がなんだか眩しくて、少し笑ってしまった。




