英雄
帝国軍の大広間には、身なりのいい貴族や有権者、そして各部隊を代表する隊員達がずらりと並んでいた。
ざわざわとした空気が胸を押しつぶしそうになる中…視線が自然と、最奥に座る五人へ吸い寄せられる。
─────"神域の五英雄"。
…どうしてだろう。
この場にいる誰よりも若いはずなのに、背負っているものの重さが、周囲を歪ませているように見えた。
聞いた話では、彼らは帝国軍で最高位とされる――元帥、でもあるらしい…。
そもそも"帝国軍"という巨大な仕組みそのものを創り上げたのも、彼らだという。
それを知った途端…
胸の奥に、ざらりとした疑問が生まれた。
あんなに位が高いのに……なんで、帝国やこの国の民に振り回されてるの?どうして従うの?どうして傷つけられてまで戦い続けるの?
どうして…?
皆が苦しまないといけない理由が……
この帝国にあるの?
気になってしまったら、もう、止まらなかった。
だから会議が始まる直前――
私は勇気を振り絞って、英雄たちへ声を掛けた。
✿ ✿ ✿
「どうしてって……
普通に、皇族どもから下命されてるからだよ」
私の感じた疑問を全て投げかけると、誰よりも早くリハイトが肩をすくめながら答えた。
「俺達は、ただ生きるために戦い、帝国を守る。
……それだけだ」
ぶっきらぼうなのに、その声には…どこか諦めの色が滲んでいる。
「まぁ、そもそも力のある私達が戦わなければ、
帝国は一瞬で瘴廃国になってしまうし…
民がいなければ、国が回らない…」
するとその横でレインが静かに続ける。
彼女は凛とした表情をしてるのに、心の奥底にある疲れをごまかせていなかった。
「英雄であるが故に…強さを示さないと立場も居場所も失うからね。帝国全土を守らないといけないのは確かに大変だけど……この星を投げ出してまで英雄の役目を放棄したいとも思えないし」
二人の言葉が、思っていたよりずっと重くて……
胸がきゅっと縮む。
「じゃあ英雄が帝国のために戦ってる理由って……やっぱり“自分達がやるしかないから”…それで、仕方なく……ってこと?」
私の問いに、アルテがそっと右手を持ち上げる。
そこには、あの鮮やかな紋章――
"英雄の証"が刻まれていた。
「この星で生きるには、戦い続けるしかない。
それが、私達に課された運命なんです」
彼女の長い睫毛が震え、俯いた横顔がほんの一瞬だけ弱々しく見えた。
戦っても傷付く…けど、戦わないと帝国が…ヘタしたら星が潰れてしまう……。
だから生きる為には戦うしかない……。
そんなの……そんなのって…!
「ッでも……おかしいよ!」
気づけば、私の声は震えていた。
「だって…皆、まだ子どもなのに……!
子どもが働くのが当たり前の世界なのは知ってる、でも……だからって! 英雄が都合のいい道具みたいに扱われるのは絶対おかしい!
どうして…なんで大人たちは助けてくれないの…?」
するとその言葉に、
英雄たちの表情が一斉に陰る。
───それはまるで、
触れてはいけない部分に触れたみたいに…。
「強い者が弱い者の上に立つ……それが帝国」
……長い沈黙の後、
ソフィアが静かに前へ出た。
彼女は両手を握りしめて、苦しそうに言葉を紡ぐ。
「そんな国で最も強い存在とされる英雄が“弱者”だと思われたら……人権すら危うい。
たとえどれだけ身分が高くても、"英雄"という勲章を持つ限り、私達は帝国の兵器。
力を奮わず、民に…大人に頼ったら……結界維持の魔力資源にされる。それこそ人柱として扱われるだけなの……」
そう言いきった彼女の声音は、震えていた。
「……それに、
そもそも大人より僕達の方が強いからね…」
続いて、コンドが控えめに口を開く。
「でも…英雄以外に、帝国を守る戦力…
僕等が頼れる人達が全くいないわけじゃないんだ。
嘗て帝国の友好国だった国民や、周辺の国で運良く生き残った“頼れる人達”もいるし、"英雄に理解ある人"も……少しだけどね」
“頼れる人達”、"英雄に理解ある人"……。
そんな存在がいる事を聞いて、私は少しだけ希望を見出す。……が、
「けど残念ながら、僕等がいないと成り立たない」
続くその言葉に、肩を落とした。
彼の笑顔は優しいのに……どこか寂しげだ。
「僕達にしかできないから、
仕方無く…って探偵の言葉は適切かもね」
「身分がどうとか関係なく、
英雄は英雄っていう扱いなんだね……。
それに、帝国軍って…大人も子どもも、
英雄じゃない人もごちゃ混ぜで……
そんな状態で邪神に挑むなんて……」
皆の話を聞いて、私は言葉を失った。
すると私の心を視たのだろうか……
「邪神に挑む事……」
アルテは静かに…そして、淡々と言う。
「それがどんなに無謀でも、やるしかないんです」
その表情は、無色透明みたいに感情が見えなかった。
「この星で生きるために…私達は戦い続けるのです。
逃げ場も、代わりも……何処にもないから」
その顔は――
初めて会ったあの日と同じ。
壊れた感情を隠して、ただ立つためだけに感情を捨てたような……全てを諦めてしまった痛々しい顔。
あぁ…この子達は、
今までどれだけ傷ついてきたんだろう…。
胸が……ぎゅっと痛む。
「私達が帝国の為に戦う事…。
それが当たり前だからこそ…皆、貴方の言葉に救われたんですよ」
俯いた私に、アルテはそっと…微笑んだ。
「民から感謝の言葉すらもらえず、命をかけて戦い抜いても、活躍を認められないのは……
案外…苦しいものなので」
「ッ……」
無理して笑顔を作る彼女を見て、
私は小さく息を呑んだ。
そうだ…そうだった……あぁ…嫌になる。
英雄って……なんて残酷な立場なんだろう。
私は嘗て、アルテが幼い頃"視てしまった"という民達の心の声を思い出した。
『力のある英雄が困っている民を助けるのは、やって当然、できて当然…。
英雄が使命を果たす事に対して、感謝する必要はない……それは当たり前の事だから。
どんなに危険な仕事も、英雄ならば片付けられる。
どれだけ幼い子供でも……”英雄"であれば…』
……この帝国は腐っている。
逃げ道のない場所で戦い続けるなんて、苦行という言葉じゃ足りない。
痛みや辛さに慣れてしまった彼等の心と身体は、どれだけの傷が残り続けているのか……私には想像もできなかった。
帝国を……変えなきゃ。民の考えを改めたい…。
でも……どうしたら…?
この帝国の手遅れな現状に向き合うと、
私は強く打ちのめされた。
このままじゃ、だめなのに……何ができるの…?
私なんかに……彼らを救えるだけの“力”なんて…。
考えれば考えるほど、
改めて自分の無力さを痛感させられ…
……そして、思い知らされた。
計画もないまま飛び込んだ己の愚かさを。




