試験の結果
「はぁ……はぁ…え、えっと、これでいいかな?」
数十分後……。
私は扉の前で深呼吸してから、恐る恐る試験部屋の扉を開けた。
ギィ……と重たい音がして、待機していた皆の視線が一斉に集まる。
そして、視線が部屋の中に向いた瞬間――
「うわッ何だこれ…どうなってるんだキモ…」
「ッえぇ?!これ…全部…泥?!」
リハイトとコンドが同時に素っ頓狂な声を上げた。
…そりゃそうだ。
だって、あれだけ凶暴で殺る気満点だった試験用の魔物たちが……
"全部まとめて"、泥の塊にギッチギチに固められているのだ。
頭だけひょこっと飛び出してるやつ、
足だけ変な方向に突き刺さってるやつ、
魔物のくせに泣きそうになってるやつ…。
自分でやっておいてアレだけど、
うん……なかなかひどい光景だ。
「た、倒してないけど…これは、凄い…よね!」
ソフィアが呟くと、
アルテも固まった顔でこくりと頷く。
「はい…全ての魔物が戦闘不能状態なので、試験は問題無く合格ですが…複数の魔物を泥の中にまとめてしまうなんて……器用な戦闘法ですね…」
「ご、合格!良かったぁ!」
私は試験の結果を聞いてホッとした。
レインと特訓した“泥固め戦術”、こんなところで役立つなんて…。
……泥んこも、本気出すと強いな…。侮れない!
しみじみと自分の得意属性の可能性を感じていると、コンドがスッと手を差し出してきた。
「うん…何はともあれ、探偵は試験に合格したし…
今日から君は、"僕らの仲間"だ。
…これからは、仲間として頼ってくれ!」
「コンド…!ありがとう!
……いつか、皆も私に頼ってね!」
皆の仲間として正式に認められた事……
それがとてつもなく嬉しくて、私はコンドと力強く握手を交わす。
「気が早いぞ半人前」
するとすぐ、背後から冷水……いや、氷みたいに鋭い声が飛んできた。
振り返ると、リハイトが腕を組んだまま、どこか呆れたように片眉を上げている。
「こんな簡単な試験一つに時間がかかり過ぎだし、入隊する事自体は誰でも簡単にできるんだからな」
……はい、リハイト節いただきました〜。
私は両手で鍵を握りしめて、
リハイトに向かってぐっと胸を張った。
「合格は合格だからねッ!絶対取り消させないぞ!」
「ンな事しねぇよ めんどくせぇ」
すると彼は大きくため息をつき、
前髪を乱暴にかき上げる。
ふぅ…良かった。どうやら合格取り消しの心配は無さそうだ。
「……こんなにも優しくて強い子……私…
やっぱり戦場に出したくない……」
一先ず安心していると、次はソフィアが口を開く。
彼女は眉を下げながら、心底心配そうに私を見ていた。
……でも、
「ふふん!大丈夫!私、レインのおかげで少しは強くなったもん!そこら辺の魔物には負けないよ!」
私は自信満々に、もう一度大きく胸を張って言う。
数ヶ月とは言えど、彼女の魔法授業を耐え抜いた根性と実力はある……つもりだからだ!
そうして、もう張れない!というところまで自信満々に胸を張っていると…
「あら皆、揃ってたのね。会場の準備、整ったわよ」
いつの間にか扉の脇に立っていたレインが、私達に声を掛けた。
「さぁ、ついてきてちょうだい」
「あ、待ってよレイン!
聞いて!聞いて!今ね──!」
私はレインの姿を確認すると、そのまま彼女の横まで駆け寄った。試験の結果を伝えると、レインは控えめに褒めてくれる。
「ふーん?もう試験に合格してたのね。
やるじゃない?特訓の成果が出たわね」
「うんッ!レインのおかげだよ!ありがとう!」
「……えぇ、どういたしまして」
レインは私の最っ高な先生だ。
感謝の気持ちを伝えると、彼女はそっぽを向きながらも、口元を緩ませていた。
彼女もだんだん…
私から感謝を伝えられる事に慣れてきている。
それが嬉しくて……私は勢いのまま、帝国軍に入る意気込みや、さっき皆に誓った言葉を一気に話す。
「あぁそう……。
帝国軍への志望理由も根拠も、とてつもなく単ッ純だけど……熱意は悪くないんじゃない?」
「たん…ッ?!」
しかし、かなり真剣に話していたのに笑われた。
「た、確かに単純かもだけどさぁ!
これでも命かけてるんだぞー!」
「……ふふっ。貴方が本気なのは分かってるのよ?
この数カ月間ずっと努力したものね。
まだまだ修行の足りないひよっ子ちゃんで、助けられる側に変わりはないけれど…。
……まぁ、貴方の好きなようにすればいいし、英雄の助けになれるもんなら、なってみなさい?」
こっちは必死に気持ちを伝えてるのにッ!
いつまでも私を"ひよっ子"扱いして揶揄ってくるレインに、カーッと顔が熱くなる。
「なれるもん!絶対なってやるー!!」
「はいはい。さぁ行くわよ、ひよっ子」
「もーッ!レーイーンーッッッ!!」
ムキになって追いかける私を、
後ろで見ていた皆は顔を見合わせ、笑っていた。
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探偵達は、会場へ向かって歩き出す。
……しかし、列の最後尾を歩いていたリハイトだけは、他の英雄達が探偵の後を追って進んで行くのを見届けると、そっと歩みを止めた。
先ほどまで浮かべていたわずかな笑みは、
ぬるい風にさらわれるように、すっと消え失せる。
代わりに残ったのは、
感情の色を一切読み取れない無表情……。
彼は静かに視線を上げ、遠く前方――
無邪気に他の英雄達と駆けていく探偵の背中を見つめた。
その瞳には、ほんの一瞬だけ……
渦の底に沈んだような影が宿る。
「死なない…とか、
何処までも追いかける…とか。
言葉でなら……どうとでも言えるよな」
それは誰にも聞かせるつもりのない、
小さな溜息のような呟きだった。
その声音の奥に潜む痛みと諦念に、
気づいた者はほとんどいない。
───ただ一人…。
列の少し後ろから彼を横目に“視ていた”アルテだけが、リハイトの胸の奥に沈む気配を正確に捉えていた。
けれど……
「……。」
彼女は振り返らず、歩幅も変えないまま、
唇だけをそっと引き結ぶ。
リハイトの抱える影が、
これからどんな未来をもたらすのか――
その答えはまだ、誰にも分からない。




