王都にようこそ迷子たち!
王都ヘブンキャスタ──
それはエデンカルの中心都市だ。
帝国軍の本部は勿論の事、
皇室宮殿や、 栄える市場、広い住宅街があり……
人の声、魔導機の音、どこかで飛び立つ羽音まで混ざり合っていて、これまで訪れた町や集落とは、もう桁が違った。
「ひっろーーい!!」
そんな大都市に降り立った瞬間、私は思わず息を呑む。
光る線路を走る無人の台車、空に浮く案内板、羽根付き馬車、地面から噴き上がる蒸気……
視界に入るもの全部が新鮮で、私は好奇心を抑えられず、思いっきり駆け出した。
「わ──っ!! なにあれ!? 馬車に羽生えてる!!
あっちの丸いのも!動いてる!なんで!?
ねぇソフィア、あれ! アルテ!こっちは!?
ぅわぁーッ!たっのしーーぃ!!」
気づけば私は、腕を振り回して駆け回りながら、二人に視線を投げるどころか、周りの人を避けつつぴょんぴょん跳ねていた。
───しかし…
「お前、少しは落ち着け」
「うわぁッリハイト!いつの間に!?」
真後ろからぼそりと低い声が落ちてきた瞬間、背筋がビクッと跳ねて、私は勢いよく飛び退いた。
振り返ると、いつからそこにいたのか……リハイトは気怠そうな呆れ顔をして立っている。
「……ここに来た目的、忘れてないよな?」
「えぇっと……?」
私は口を開いたまま数秒固まる。
…目的?…あ……えーっと……なんだっけ?
……あ、そうだ!
「私、会場どこか知らない!」
「…はぁ。お前な……」
リハイトは天を仰いで長い溜息をついた。
その様子を見てか、アルテとソフィアが笑っている。
「ふふ…探偵さん、本当に楽しそうですね」
「うん、すごく楽しそう!」
二人の声は優しくて、くすぐったい。
でもリハイトは、半目で私たち三人を見回していた。
「……お気楽だな、お前ら。
コイツは好奇心が暴走しすぎて手がつけられない」
「え〜仕方ないじゃん!
だって、私、ヘブンキャスタ初めてだし!
ほら、あれとか絶対見ちゃうじゃん!?
あれ!ほら、あっちの…丸いやつ!」
指さした先には、魔力の風車で回る巨大な円盤みたいな乗り物がぐるぐる回っていた。
私は目をつけたそれに向かって半歩踏み出す。
「乗ってみたい……!」
「やめとけ」
しかし、“次の興味”へ加速しかけた瞬間──リハイトに服の襟を摘み上げられた。
「ッぐわぁー?!」
反射的に情けない声が漏れてしまい、私は彼を睨む。
これではまるで野良猫扱いだ。
「なんで!? 見てよあれ!
人がひゅーんって回ってるよ!?
ほらすっごい楽しそうなのにッ!」
彼からの共感を引き出そうとして、私が懸命に円盤を指さしても……リハイトは眉ひとつ動かさず言い放った。
「アレは酔うだけだ。
あと、二年に一回は転落して問題になる」
「え……そ、そんな危ない訳ないじゃ——」
───ガシャンッ!!
彼の言葉が信じられなくて言い返そうとした途端、
乗り物の端で派手な金属音が響き……
誰かの悲鳴が遠くから上がった。
「ひぃ…!」
…なんて恐ろしいッ!
心臓が跳ねて、思わず円盤から離れる。
するとリハイトは、ものすごく冷静な顔で──
いやむしろ、勝ち誇ったように顎をしゃくった。
「ほらな」
ぐぬぬぬ……。悔しい…!
でも実際事故ったとこ見ちゃったから
何も言い返せないッ……!!
「じゃ、じゃあ……
あの“羽根生えてる馬車”は!?」
「あれは“翔馬車”ね。
帝国軍の研究者が考えた乗り物よ。
馬じゃなくてペガサスが走ってくれるの」
懲りずに周囲の気になる物を指し示すと、ソフィアが解説してくれる。
「じゃあ安全!乗っていいやつ!」
「乗るな」
「ぐわッ」
しかしどうやら安全性の問題では無いらしく、
またリハイトに止められた。
……そろそろ喉が痛い。
「なんでぇ!」
思いっきり体を引き戻され、私はその場でぴょこんと跳ねる。
すると、リハイトは眉間に皺を寄せながら、
「お前みたいな好奇心の塊が、あれ一回乗った程度で満足するはずないからだ!」
と、確信したように言い切った。
「そんな事ないよ!
あれ乗ったら大人しくする!」
私は透かさず言い返すが……
「…この数分で既に五回以上どっか行きかけたぞ」
次に出た彼の言葉が事実だったので、
ぐうの音も出ず黙り込んだ。
…いやでも五回は言い過ぎだろ!
だってほら、ええっと……たしか…光る線路の台車に走って…浮いてる案内板に触ろうとして…円盤に飛びつこうとして…翔馬車を見て……あれ、まだあったかも……。
「師匠。探偵さん、今日もお元気ですね……」
どうにかリハイトから自由を勝ち取ろうと私がじたばた暴れていると、アルテが少し眉を下げて、袖口で口元を隠しながらくすっと笑った。
その仕草が妙に落ち着いていて、なんだかちょっぴり恥ずかしくなる。
「いや元気すぎんだよ。……おい探偵」
「なに!」
アルテの言葉に軽くツッコミを入れたリハイトが、続けて私を呼んだ瞬間、私は襟を掴まれている不満そのままに、勢いよく振り向いた。
するとその一瞬で、彼の目がきゅっ…と細くなる。
……あ、この顔は絶対ロクなこと言わない顔だ。
「お前は自由行動禁止だ、迷子になる」
「そんなぁ?!」
嫌な予感ほど的中するのは何故なんだろうか……。
私は思わずその場にしゃがみこみ、地面をぺしぺし叩いて抗議する。
ソフィアが「あぁ……」と苦笑しながら私の背中をポンポンしてくれるけど、それでも立ち直れない。
さようなら自由……。
さようなら悠々散策……。
「ッこんなにも楽しそうなものに溢れてるのに!!
自由行動させてよおぉッ!」
落ち込みつつも諦めきれなくて叫ぶと、リハイトはこめかみを押さえたまま天を見た。
「騒ぐ元気があるなら大丈夫だな、立て」
「違うもん!これは心の叫びなの!」
私は駄々を捏ねてリハイトに反抗し続けたが、そんな抗議もむなしく、自由行動はあっさり剥奪された。
───はずなのに……。
リハイトによって無理やり立たされたその瞬間、私の視界に“光る棒を回す大道芸人”が映って……
「うわっ、すご──」
気が付いたら半歩前に出ていた。
「ッたく、このバカは言ったそばから…」
「あぁー!いいじゃんちょっとぐらいッ!」
まぁ勿論それも阻止される。
リハイトは小さく肩をすくめ、そのまま私の襟を掴んで歩き出した。
「あら?どこに行くんですか、師匠?」
まるで大きな荷物でも運ぶみたいに私を引きずり歩くリハイトに、ソフィアと一緒に小走りで追いついてきたアルテが問いかける。
すると彼は振り返りもせず答えた。
「会場。こいつ、このまま放っといたら会議に間に合わないだろ」
「は、離せぇーッ!!掴むにしても襟じゃなくて腕とかにしてよ!人間の扱いじゃないよこれ!!」
私は地面をバタバタ蹴りながら必死に抵抗するが、リハイトの腕はびくともしない。
……くそぅ馬鹿力めッ!
「あらまぁ……」
真っ赤な顔で頬を膨らませていると、そんな私のあがきを見てか、アルテは小さく笑う……けれど、どこか他人事めいたその笑みに、リハイトがピシャリと言い放った。
「アルテ。
お前も方向音痴なんだから俺から離れるなよ」
え、方向音痴?
私はそれを聞いて目を丸くする。
……へぇ、アルテって方向音痴だったんだぁ…。
「えっ……わ、私ですか?
いえ…流石に知ってる場所なら迷いませんよ!」
彼女の意外な弱点に、私が驚きを隠せないでいると、アルテは瞬きを繰り返しながらそう言った。
その声はさっきよりちょっと高くなっていて、慌て具合が丸わかりだ。
「この前、皇宮の内装が"少し"変わっただけで迷ったのは誰だ?」
「……っ」
"知っている場所なら迷わない!"と、彼女は主張するが、リハイトは歩みを止めず、淡々と追撃する。
「帝国軍の軍区画……
施設の位置、全部は正確に把握できてないよな?」
「ッそれは…」
「自分の屋敷でも
把握してない部屋があるとか言ってたよな?」
「ううぅ……」
彼の口から次々と出てくる話は事実なのだろう…。
彼女は遂に固まってしまった。
「お前が迷うかもしれないと心配するのは
妥当だよな?ん?」
「…はい、師匠……」
そして、アルテはちょっとだけ情けない声でリハイトに返事を返すと、大人しくこっちに来た。
「というわけでソフィア。この二人、見張っとけ」
「えぇーっ!?ソフィアにまで監視されるの!?」
抗議する私とは対照的に、ソフィアは困ったように笑いながら頷いた。
「あはは……うん。
探偵さんもアルテちゃんも、手を繋いでおかないと絶対どっか行きそうだから」
「そんなことないよ!! ……たぶん!」
同意を求めて横を見ると、アルテも小声で応戦してくれる……が、
「え……あー…わ、私も…
……迷い、ませ……ん…。はい…」
最後の方は完全に自信を失っていた。
私はそれを見て思わず吹き出す。
……ていうかソフィア、私達に信用ないな?!
そっちの方が悲しいッ!
「ほら歩け〜さっさと歩け〜」
「歩かせたいなら襟離せッ」
こうして、情けない事に……
私は襟を掴まれたまま、アルテは袖を握られたまま、二人まとめてソフィアに見守られるように、王都の大通りを歩いていくことになった。
…く、屈辱ッ!
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