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生彩放つ無神世界  作者: 美緑
〜第四章〜帝国軍
25/99

再会

「それじゃ、会場の準備作業をするために私は先に行くから…。探偵は、屋敷まで迎えに来る子達に連れて行ってもらいなさい」


「え?あ……うん」


早朝、レインが薄光の中で軍服の襟を整えながらそう言った。

私はまだ支度途中で振り返る暇もなく、彼女の言葉に気の抜けた返事を返す事しかできなかった。




……というわけで、私は今、

スレッド邸の門の前に立っていた。

静かすぎて朝靄の音まで聞こえてきそうだ。


“迎えに来る子達”って、誰なんだろう…?レイン、こういう肝心なところ説明しないんだよなぁ…。

……なんて、

そわそわして足元の砂利を踏みつけていると、道の向こうに“二つの人影”が見えた。


あ……迎えが来た?……のかな…?


遠くて、顔まではまだわからないけれど、人影は確実にこちらへ向かって来ている。

きっとあの二人が、レインの言っていた"迎えに来る子達"だろう。


私は思わず背伸びして目を凝らした。

胸の奥が、緊張なのか期待なのか、じわじわと熱を持っていく。


やがて髪の色が判別できる程、二人が近づいてきたその時……朝日が差し、照らされた髪がふわっと光を弾いた。


「あ!ソフィア!」

柔らかく透けるような薄藤色が波のように揺れるのを見て、私は彼女の名前を呼ぶ。


───そして…



「え……」



ソフィアの後ろで、もう一人の髪が風に靡くのを見て、私は目を見開く。


光を吸い込んで、綺麗に透き通る色……白翠。

白翠色の髪が……見える。

───白翠…?


「ッあぁ…!」

まさか……まさか、あれは……!


こちらに向かってくる人物が誰か……

それが明確になった瞬間、胸がきゅうっと縮まって、熱が一気にせり上がった。


「……ッ!!」

距離が縮まるにつれて、その髪の動きも輪郭も、忘れようがない“あの日の後ろ姿”と重なっていく。

喉の奥がぎゅっと狭くなって、息が一瞬止まった。

白翠の髪の間から、控えめな視線がこちらへ向く。

──あぁ……あの目だ。

──アルテだ。


「アル……アルぅ…」

自分でも、よくわからない声が漏れた。

胸がつんと締め付けられる。

「ッ……」

次の瞬間── 二人が手を振るよりも先に、私はもう地面を蹴っていた。

スレッド邸の庭が一気に短くなる。



「おはよう探偵さん! 迎えに来たよ!」

「ソフィア! それに──」


「お久しぶり……ですね、探偵さん」

彼女の声を聞いた瞬間、胸がきゅっとひっくり返る。

抑えていた何かが一気に壊れたのを感じる。


「ッ……アルテぇ!!」

気付けば、彼女の名前を叫んでいた。

喉が震えて止まらない。

私は走り出した勢いそのまま、彼女に飛びつく。


「私、本当に……

ずっとずっと会いたかったんだよ!!」

抱きしめた瞬間、

腕の中のアルテがふるっと揺れる。

驚いたのか、緊張したのか、それとも──

私と同じ気持ちだったのかはわからない。


けれど、しばらくして……

そっと、背中に触れる優しい力が返ってきた。

朝の冷たい空気の中で、それだけがあたたかくて、

胸の奥がじん、と熱を帯びた。


「あぁ……やっと会えた」

カッドレグルントで彼女と別れてからずっと──ずっと胸の奥がぽっかり空いたみたいで寂しかったのを、

今ようやく思い知る。



「探偵さん…あの日は事情も説明せずに、突然置いていくような真似をして…すみませんでした…」


そう言ったアルテは、私から視線をそらし、胸の前でそっと両手を握りしめた。

謝るたびに肩が小さく上下して、彼女の中でまだ“あの日”が重く残っているのがわかる。


「ほら、すぐ謝る!」

思わず私は、彼女の手を軽くつついて止めた。


「…確かに寂しかったし、心配もしたけど…でも!」

言いながら、ぐっとアルテの顔を覗き込む。


「アルテが元気ならそれでいいの!気にしてないよ!

それに、私になら迷惑いっぱいかけていいのに!

友達でしょ? ……忘れちゃった?」


一歩踏み込んで笑いかけると、アルテはハッと目を見開き、慌てて首を強く横に振った。

白翠の髪がその動きに合わせて揺れる。


「! …いえ、まさか…」


弱々しく否定しながら、アルテは目の前の私の袖をそっと指先でつまんだ。

それは ほんの一瞬だけだったけど、“まだそばにいていいですか”と縋るような仕草に見えて……胸が締めつけられた。

…いいに決まってるじゃん。

遠慮される方が寂しいよ。


私は彼女の手を包み込むようにそっと外し、半歩ほど下がってアルテの表情を確かめた。

じっと見つめていると、彼女は慌てて目を逸らしてしまう。その長い睫毛が朝日の光に震えていた。


……やっぱりアルテ、疲れてる…。

この数ヶ月、何があったんだろう…。


どこか顔色の優れないアルテが心配で、

そう思った瞬間──ふと、

私の目に違和感が飛び込んだ。


「ねぇアルテ…その左手、どうしたの?」


「へっ?!」


白い包帯がぐるぐる巻き……。

さっきアルテが両手を握っていた時は右手が前だったから気づかなかったけど……酷い怪我だ。

彼女の左手を掴んで巻かれた包帯に手を伸ばすと、アルテはビクッと肩を揺らした。

──それはまるで、私に怪我を見られたくないような……そんな反応だった。


「怪しい……」

これは何か隠しているな?と思って、訝しげに包帯を見つめていると、アルテ本人ではなく、ソフィアが悲しげに眉を下げて説明してくれた。


「実はね、アルテちゃん…怪我したのに、小さい怪我だから〜…って、治療せず放置してたみたの。

最近はお互い忙しくて、なかなか会えてなかったから、 私もすぐには気付いてあげられなくて…」


あぁ……なるほど、何でだろう、先の展開が容易に想像できる。

ソフィアの説明を聞きながら、私は遠い目をした。


「その時点で結構重症ではあるんだけどね、傷口に毒…瘴気が入り込んで更に悪化してたから、私が慌てて治療したんだけど……」


うん……だと思った。

瘴気は人にとって猛毒だ。

それが傷口に入り込んでいたという事はつまり……数ヶ月治療し続けないといけない重症につながる。

よりにも寄って瘴気の怪我を放置するなんて……いくらなんでも自分に無頓着すぎるよアルテ!


私が呆れと心配の混ざった複雑な感情でアルテを見ると、ソフィアは事の結末を教えてくれた。


「治療の途中でリハイトさんに見つかっちゃって…。その……すごく染みる薬を塗られちゃったの…。

……包帯はその痛みで外せないみたい」


「アルテ……何してんのほんと」

思わず心の声が出てしまった。

アルテはビクリと身を縮めて、視線を泳がせる。


「…ご、ごめんなさい…。

まさか瘴気が入り込んでいたとは思わなくて……」


しょんぼり落ち込んだ表情を見るに、少なくとも反省はしているようだ。

責めきれないけど、心配の方が大きい。


「もー!アルテ!自分大事に!これ大事!

英雄って、ただでさえ危険な仕事なんだからさ…。

あぁ……可哀想…どうしてこんなひどい怪我を…」


「それは……」


怪我した理由を知りたくて包帯を摩ると、アルテは言い淀む。すると、やはり彼女の代わりに、ソフィアが答えてくれた。


「…この傷、魔物の爪で裂かれた跡だったの。

ここまで悪化した一番の原因は、"瘴廃国並みに毒濃度の高い瘴気"だったせいかな」


「え……」


その瞬間、私はアルテの包帯をほどいて、左手の傷跡を見た。


「ッあ……」

…この位置…まさか……?!


薄く残った爪痕。

私が瘴廃国で負った怪我と、まったく同じ傷痕。


「魔物の爪で裂かれた傷に濃い瘴気って……

それ、私の……私が負った傷じゃん?!」


なんでなんで?!どういう事?!

衝撃で言葉が震えた。

すると、ソフィアは静かに頷く。


「アルテちゃんはね、治療はできないけど、“他者の傷を自分に移す”ことができるの。

探偵さんにかけたのは、傷を移す"おまじない"で…」


「ッもーーー!! アルテぇぇ!?

隠し事しないって言ってたよね?!」


「き……聞かれなかったので……つい……」


「ちょっと…!その返しは無いだろー!

私、まだ知らないことばっかりなんだよ!?

アルテと違って心が読めるわけでもないの!

教えてくれなきゃ分かんないってば!」


アルテの"お(まじ)い"の正体をようやく知った私は、怒り半分、心配半分でアルテの肩をポカポカ叩いた。

私のこと助けてくれたのは嬉しいけど、それで彼女が傷つくなら喜べない。

…よし、決めた。アルテには遠慮しない。こっちからグイグイ踏み込まないとすぐ隠し事するんだからッもー!


「他に隠してること、あるでしょ!

はい吐けー! 吐きなさい!」


「ええぇ……特に、ないですよ……」


この際色々聞き出してやろうと思って私はアルテにしがみつく。

すると、ソフィアが私の耳元にそっと顔を寄せてきて、小声で囁いた。


「……探偵さん。アルテちゃんはね、聞かれなければ黙ってるけど、聞けばちゃんと教えてくれる子だから。気になったら、どんどん質問してね」


「え…ちょっ……巫女ちゃん…!」


巫女ちゃん……とは、またアルテが付けた渾名だろうか?ソフィアの事を呼ぶ声は小さいのに、やけに必死だ。

アルテはソフィアの袖を掴もうとして、途中で引っ込め、焦ったように彼女の横顔を見上げている。

白翠の髪がぴくりと揺れて、耳まで薄く赤くなっていた。

止めたいのに止めきれていない、“もっと言われたら困る”みたいな挙動不審さが丸見えだ。

そんな二人を見て、私は思わず身を乗り出した。


「なるほど……!」

いい事を聞いた。よし、質問攻めだ。


私は大きく頷き、アルテの手をそっと握った。

包帯越しでも、ひどく温度が低い。

彼女が背負ってきたものの大きさが、ようやく伝わってきた。


「ねぇ、アルテ」

「はい……なんでしょう」


彼女は相変わらず、聞かれなければ何も言わない──そんな静けさがある。

だから私は、言われた通り口を開いた。


「質問!ずっと気になってた、その耳飾り!

お揃いの着けてる人に会ったんだけど、どんな関係なの? 特に永護と!」


私が勢いよく問いかけると、アルテの肩がピクリと跳ねた。


「え……彼らに、会ったんですか…?!」

驚いたように目を見開くアルテ。


実は二人と再開した瞬間――私はアルテの片耳に、あの耳飾りが着いている事を確認していたのだ。


「うん。芸術心祭の準備で何回か」

驚くアルテの言葉に頷くと、彼女は視線を少し伏せ、言いづらそうに口を開いた。


「私は、小夜家の……小夜公爵家の娘なんです。

彼等──破天兄さんと雅火は、私の従兄弟で…。

この耳飾りは、家族…小夜家の一員である証なんです」

「やっぱり家族だったんだ…!」


思わず声がひっくり返った私に、ソフィアが首を傾げて近づいてくる。


「英雄はコンド君以外、四大公爵家の子なの。

探偵さん、もしかして……まだ四大公爵家の名前、覚えきれてない?」

「ぇうっ……ま、魔法しか勉強してなかったから…!」


自分でも分かるほど情けない声が出た。

リハイトから話を聞いていた癖に、すぐに調べなかった自分が恥ずかしい。頬がカッと熱くなるのを感じて、私は顔を押さえてしまう。


「ふふっ、教えてあげるね」

するとそんな私を見て、ソフィアはくすっと笑い、指を折りながら言った。


「四大公爵家の名前はね……

第一、“ロンサール公爵家”。

第二、"スレッド公爵家”。

第三、“ルクス公爵家”。

第四、“小夜公爵家”。

この四つが、帝国と皇室を支えてる名家なの」


「あーメモ!

ちょっと待って、メモ帳に書くから!」


私は慌てて手帳を取り出し、ソフィアの言葉を急いで書き込んだ。

しかしその途中で、ふと疑問が浮かぶ。


「あれ……そうだ、永護は?

たしか、山守って名乗ってたけど…」


彼が何故違う苗字を名乗ったのか……不思議に思って尋ねると、アルテは一拍置いて、少しだけ微笑んだ。


「あぁ……永護は、私達が初めて拾った孤児なんです」

「そっか……って、初めて?」


思いがけない言い方に、私は思わず顔を上げる。

まるで“二人目以降もいる”みたいな言い方だ。


「……でも、そっか。四大公爵家の苗字だったら…名乗りづらいよね。永護の気持ち、なんかわかるなぁ…」


永護の事を思いだしながら、私はうんうんと頷いた。




小夜家の耳飾りや、アルテと永護達の関係性の謎が一区切りつくと、私は次の疑問へと意識が向いた。

視線の先には──アルテの胸元で揺れる、毒々しいほど深い朱殷色のブローチ。


…これ、前に会ったときも着けてた。


今日は帝国軍会議のため、アルテの衣装は軍服だ。

濃い藍色とは対照色相のアクセサリーをわざわざ身に着けるのには、何か意味があるのかもしれない。

そう考えた瞬間、アルテの表情がピタッと固まる。


「……これ、似合ってないですか…?」


「え!? ううん! そんなことないよ!

ただ、その……前から気になってて。

耳飾りみたいに、何か意味があるのかなって」


私が慌てて否定すると、アルテはほんの少し息を吸い込んで──静かに答えた。


「……えぇ。

これは、私の“恩人”に頂いた物なんです。

隠す事ではありませんし……貴方が知りたいと言うなら、お話ししたいところですが……。

少し、長くなるので……今は……」


そこでアルテは言葉を切り、そっとソフィアへ視線を送った。


「ん?」

私もつられてソフィアを見ると、彼女は里の大きな時計を指差していた。


「ごめんね、話の途中で。

でも──そろそろ行かないと遅れちゃうかも」


「あっ……ほんとだ。話し込んじゃったんだ」


時計を見て納得した私は、アルテへ向き直る。


「アルテ、その話……いつでもいいよ!

教えてくれるだけで嬉しいから!」


「…すみま……いえ、ありがとうございます」


申し訳なさそうに、でもどこか安心したように頭を下げるアルテ。

その姿を見て、私は胸の奥が少しだけ熱くなった。

…まだまだ隠してることがたくさんありそうだけど……私に、ちゃんと話そうとしてくれてるんだな。



「……じゃあ、探偵さん。私達の手、握っててね」

「え?手を?」


私がアルテの努力に軽く感動していると、ソフィアはそう言って手を差し伸べてきた。

「わ、わかった」

唐突な彼女の言葉に首を傾げつつ、私も両手を差し出す。

すると、左手をソフィア、

右手をアルテがそれぞれ握る。


その瞬間──

ソフィアの背に、淡く光る美しい羽根が広がった。

それに合わせるようにアルテは翠羽を喚び出し、風が彼女の足元をそっと持ち上げる。


「わ、わぁ……!」


浮遊する二人に引っぱられ、私はふわりと地面を離れた。

風が頬を滑り、屋敷があっという間に小さくなる。


───こうして……私たちは、空を駆けるようにして森を抜けていった。

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