帝国軍からの手紙
あれから数ヶ月。
私はレインの“正式な生徒”として、魔法漬けの日々を送っていた。
それは、まるで地獄のような……でも確かに“生きている”と感じられる環境…。
朝から晩まで座学と実技を詰め込み…魔力の流れ、術式、自然力の扱い、詠唱の意義、使い魔との連携、古代魔法に戦闘補助魔術……あらゆる魔法の知識を、骨の髄まで叩き込まれた。
レインは、優雅な見た目とは裏腹に、鬼より鬼だった。
「探偵、違うわ。
魔力の流し方が甘い。最初からやり直し」
「魔力使いすぎ、これじゃ十分も持たないわよ」
「はい次、詠唱二十回。噛んだら倍よ」
「気を抜いたわね?ホノごと吹き飛ぶわよ!
集中しなさい!」
「さぁ立って。倒れてる暇なんてないわよ」
…一日中これである。
どの授業も休みなし、容赦なし、甘えなし。
私は何度も魔力切れで倒れたし、魔力過負荷で鼻血どころか口から血を吐いた日もある。
てる坊よりもドロドロな酷い顔になって、立ち上がれず床に沈んでいたら、レインは溜息を吐きながら髪をかき上げて言った。
「……まだいけるわ。立てるでしょう?」
その声だけで、なぜか本当に立ててしまうんだから不思議だ。
もちろん、レインが無理を強いているわけじゃない。
彼女は私が本当に限界を超えると、真顔で淡々と治癒魔術を施してくれた。
「はい、治った。再開よ」
「え、えぇ!?い、今治ったばかりなんだけど……」
「治ったなら問題ないでしょう?」
……休む暇は与えてくれないけど。
でも、どれだけ厳しくされても不思議と嫌じゃなかった。
なぜなら――レインはいつも、私の努力に本気で向き合ってくれていたから。
詰め寄るような視線も、鋭い注意も、全部“ちゃんと見てくれている”証拠だった。
私は“彼女の二番目の生徒”を目指している。
なら……挫けてなんかいられない。
毎日ふらふらになっても、時々意識が遠のいても…
『モキュキューッ』
「嫌だぁ!まだ休む、もうちょっと!」
『モッモッモッ!』
「ホノオォォォッ」
ホノに引きずられてレインの授業に運ばれる日があっても……。
それでも、心のどこかはずっと熱かった。
だって、帝国戦力の頂点に立つ英雄のひとり、
"レイン・スレッド"から魔法を叩き込んでもらえるなんて、普通はまずあり得ない。
…贅沢なんて言葉では足りない。
こんな環境で文句なんて、あるわけがない。
私は、この日々を誇りに思っていた。
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その日も、いつも通り。
私はレインと一緒に、屋敷の練習場で初級魔法の反復練習をしていた。
すると――。
「レイン様、お届け物です」
スレッド邸の使用人さんが、深い藍色の封筒を両手で抱えて現れた。
「探偵、受け取ってきて」
「はーい!」
レインに言われるまま、私は手紙を受け取る。
「わぁ……!高級そう……」
手に取って眺めると、封筒は夜空のように美しく、細い銀の装飾がきらりと光っていた。
紙の知識はあんまりないけど、素人でも触るだけでわかる。これはいい紙だ。
「……探偵、開ける気あるの?」
私があまりに見惚れているものだから、レインが呆れた声で言った。
「えー…だって綺麗だから……つい…」
なんて言い訳も虚しく、彼女は無言でレターナイフを抜くと、容赦なくスパッと封を切った。
───ザシュッ。
「イヤァッ!ちょ、いまの音ッ?!
レイン、そんな雑に……!
かわいそうでしょこの封筒が!」
「見た目は綺麗でも内容は綺麗じゃないもの」
まだ読んでもないのに内容の事を断言されたので、私は思わず頬を膨らませた。
「なんでわかるのさ!」
するとレインはすぐ答えた。
「だってそれ、帝国軍からの手紙だもの」
「――て、ていこくぐん?!」
嘘でしょ…。
私はその言葉を聞いて、固まった。
レインは英雄だから、帝国や軍から手紙が届くのは不自然じゃない……。なのに、なんでこんなに不安になるんだろう。なんだか嫌な予感がする。
「内容、読み上げましょうか?」
冷や汗をかく私とは対照的に、レインは落ち着いたまま、すらすらと内容を読み上げる。
すると…その中に、
“瘴廃国から来た客人”という項目が
ばっちりあった。
はい、嫌な予感的中〜!やったね☆
「……ッじゃなくて!
なんで軍が私のこと知ってるの……?!」
「私達は貴方の事、一切報告してないけど…
英雄は常に何処からでも見張られているようなものだからね…。完璧に隠す方が難しいのよ」
レインは嫌そうに眉を顰めて溜息を吐く。
「ど、どうしよう……!私が瘴廃国から来てるのもバレてるし、誰かに監視されてる?!あぁどうしよう…私どうなっちゃうのぉ…?!」
私は怖くなって震えながらレインの袖にすがりついた。
「心配いらない。ほら、落ち着きなさい」
「助けてよぉレイン…へぶッ」
すると彼女は私をひょいっとひっ剥がして、腰に手を当てた。
「貴方は何も気にする必要はないわ。
それに――」
そして…その先を言いかけて、レインは少し表情を曇らせた。
「それに……?」
私が覗き込むと、レインはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「帝国軍に目をつけられているなら……逆に、それを利用しなさい。帝国軍に“入隊”するのよ。
貴方は、英雄達の力になりたいんでしょう?」
「私が軍に……入隊…?」
その思いもよらない提案に首を傾げると、
レインは続ける。
「帝国軍の隊員は、英雄の任務を支える重要な役割を担っているの。隊員になれば、堂々と、そして近くで英雄達を助けられるわ。
貴方はそのために、魔法を学んできた……そうでしょう?」
……命懸け。
でも、皆の力になれるかもしれない近道。
私は目を閉じて、この国に来てからの事を思い返した。
どれだけ皆に助けられたか。
どれだけ皆に救われたか。
――あぁ……私、守られてばかりだ。
英雄の…友達の力になりたい。
その気持ちは、ずっと胸にあった。
だから気持ちをしっかり整理して、私はレインの目をまっすぐ見た。
「……私が命を懸けたからって、皆の力になれるとは…まだ全然思えない。
でも……一人でできる事を増やしたいんだ。私…いつまでも、皆に頼るだけじゃいられないから!」
「……そう」
するとレインは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかく笑った。
「……じゃあ、明日の会議、貴方も同行しなさい。
他の英雄達にも、貴方の入隊について伝えておくわ。
入隊…できるといいわね」
そう言いながらも、レインの表情は沈んでいた。
それは私の決意を喜ぶというより――
どこか、心配で仕方がないような顔で……
胸の奥がザワついた。




