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生彩放つ無神世界  作者: 美緑
〜第三章〜聖水汚染事件
22/89

内なる穢れ

教会に着くなり、私は大きな扉を押そうと手を伸ばした。

……が、その前に、ずずいっと影が割り込む。

厄介者(デボティラ)だ。

彼女は腕を広げ、まるで通行止め看板みたいに私達の行く手を塞いでくる。


「レイン様、申し訳ありませんが……現在ソフィア様は業務に励んでいらっしゃるので、御会いにはなれません」


デボティラの言葉を聞いて、レインが一歩前に出る。


「それは、里の者達……帝国民の命より大切な業務なのかしら?

聖水のことは、貴方も聞いているでしょう?」


彼女(レイン)は落ち着きつつも、鋭い声で問いただす。

すると困ったようにではなく、迷惑そうに眉を寄せるデボティラ。

レインの言葉なんて更更(さらさら)聞く気もないって態度だ。


「不治の病の恐ろしさは、貴方も十分知っているはずよね?それに、聖水を汚した犯人だって見つかっていないのよ。

早く対処しないと……そうでしょう?」


レインがさらに踏み込むと、デボティラは眉間に薄い皺を寄せて溜息を吐く。


「えぇ、知っています。ええ、もちろん!……ですが、それは私達にお任せくださいな。

レイン様は、聖水など気になさらなくても大丈夫ですわ。

──他にも、帝国には多くの問題がありますもの。

どうか、私達が介入できないほど“お〜きな任務”に励んでくださいませ」


あからさまに声を大きくして言うデボティラ。

絶対わざとだ。

「……!」

私はその場でぷくーっと頬を膨らませながら、じろっと睨みつけた。

もう、ほんと、なんだろう…態度も言い方もムカつく!

これにはレインも、流石に表情を曇らせている。


「まぁ……聖水の問題が大したことない、と。そう言いたいのかしら?」

「オホホ……まさか。そんなことはございませんわ」


レインがツンと顎を上げて言うと、デボティラはまた作り笑い。


「聖水については私達だけでも解決できる…と言いたいだけですの。私はただ……こんな悪戯紛いの些細な問題で、英雄様の手を煩わせたくないだけ。

ですので──ソフィア様にはお会いできません。では、ごきげんよう」


そう言い終えると、バタンッ!!……と、扉は容赦なく目の前で閉まり、私達の前髪が風でふわっと揺れた。


「ッんな〜?!何あの人?!皆の命に関わるって言ってんのに……んもーー!!」


ためていた怒りが一気に爆発して、私はその場で牛よりも立派な鳴き声を上げながら地団駄まで踏んでしまった。

レインも肩を落として深い溜息を吐く。


「本当に……あんなのと一緒に働いてるソフィアが気の毒だわ」

「うん、うん! 本当ひどい!」


彼女の言葉に私は全力で頷いた。

すると、そのとき……。

──どこからか、ひそひそ声が聞こえた。


「レインちゃん! 探偵さん……こっち!」

「え? その声……ソフィア?!」


慌てて周囲を見回すと、教会の壁の陰……その隙間からソフィアが顔を覗かせていた。

彼女はこそこそと、私達に手を振っている。

「しーっ!」

私の声が大きかったからか、ソフィアは口元に指を当てた。


「デボティラに見つからないよう、こっそり抜け出してきたの……。バレたら大変だから……早くこっちへ!」


…デ、デボティラに内緒で?!それは確かに大変だ。

私が慌てて自分の口を塞ぐと、彼女は更に奥へ下がりながら、手招きをしてくる。

付いて来て、ってことだよね?

私はレインと目を合わせ、小さく頷き返した。

そしてふたりで気配を殺しながら、そっとソフィアのあとを追った。

✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿


「……うん。もういいよ、二人とも。

ここには、誰も来ないから」


ソフィアがそう囁いたのは、森を抜けて少し開けた静かな場所に出た時だった。

私とレインはやっと足を止め、張りつめていた息をそっと吐く。

声を出してもいい――と許可が出たので、私はすぐにソフィアへ駆け寄った。


「ねぇ、ソフィア……さっきデボティラが言ってた“業務”ってなに?抜け出したの、バレない?」


するとソフィアは苦笑して、小さく首を振った。

「大丈夫。

……彼女、私の部屋には入ってこないから」


森の木漏れ日の揺れの中で、藤色の髪がはらりと肩に落ちる。


「“業務”っていうのは、ただ聖書を読むだけだよ。

昔から『神について学んでください』って、なぜかデボティラに押しつけられてて……」


「な、なにそれ?」


デボティラの考えが理解できなくて……私は思わず眉間に皺を寄せた。


「神様信仰してるわけでもないのに、聖書読ませるなんて……なんか、デボティラって……怪しいことしてるんだね」


胸の奥がざわざわする。

あの態度、あの一方的な物言い……どうにも引っかかる。ああいうタイプは、自分の信じてる事を譲らないから厄介なのだ。

私が頭を抱えて考え込んでいると、レインが一歩前に出た。


「それで、ソフィア。

私たちの要件……言わなくても分かるわよね?」

「うん。聖水のこと、だよね?」


ソフィアは静かに頷き、荷台の壺へ歩み寄った。


「大丈夫。綺麗な水さえあれば、いくらでも創れるよ。でも……一体、誰があんな酷いことを……」


細い指が壺の縁に触れる。

ソフィアは目を閉じ、息を整えてから、柔らかく詠い始めた。


『美しき水……麗しき水……。

淀み無き水は、悪しきものを浄化せん…。

聖なる水よ、今こそ力を芽生えさせよ……』


水面の揺らめきのように穏やかな声が響くと、

次の瞬間――


───ぱぁぁっ……!と、

水面が藤色の光を抱え、ゆっくりと揺れた。


「わぁ……っ!」

思わず声が漏れる。

さっきも綺麗だった水が、さらに透き通って……見ているだけで胸が熱くなるほど神聖だった。



しかし……


「レインちゃん!探偵さん!

聖水できたよ……あ…」


聖水ができたその瞬間……

ソフィアがふらり、と体を揺らす。


「ソフィア!?」

私は慌てて手を伸ばし、レインがすかさず彼女の肩を支えた。

ソフィアは力の抜けた笑みを浮かべながら、申し訳なさそうに目を細める。


「あぁ……探偵さん……驚かせちゃって、ごめんね。

私…英雄力を使うと、魔力が余ってても眠くなっちゃうの……。ただの聖水を創るだけなら問題ないんだけど……どうせなら皆を癒してあげたいと思って、ちょっとだけ力使っちゃったんだ…ふぁぁ……」

彼女はそう言うと片手で目頭をこすり、大きな欠伸をした。

どうやら眠気以外の問題は無さそうだ。


「あ、それ……初めて会ったとき、デボティラが言ってた……」

私は眠そうな彼女を見て、あの時のデボティラの不自然な説明を思い出す。

“ソフィア様の体質をご存じでしょう?”

…つまり、ソフィアは英雄力を使う度こうなっちゃうって事か……。

英雄である以上、力を使わなければならない機会は多いはず…。それなのに、力を使うとペナルティを課せられるなんて……なんて難儀な…。


ソフィアの事情を知り、私が眉を下げると、当の本人はやはり眠そうに……それでも荷台に手をかけ、小さく頷いた。


「…聖水は私が責任持って保管するよ。

もう絶対、汚させないから……」


するとその言葉に、レインがはっと顔を上げた。

「待ってソフィア。汚された聖水って……確か教会で管理していたわよね?」

「……!」


それを聞いて、ソフィアは一瞬目を見開き、唇に触れるように指を当てた。

そして、震える声で呟く。


「うん。今回汚染された聖水は私が保管してたわけじゃないけど、確かに教会で……。

ッま、まさか…教会内の誰かが……?」

「え……そ、そんな…。聖水を管理してる人の中に犯人がいるの…?!」


ぞくり…と、背筋が冷えた。

確信は持てないけど…もし、そうだとしたら……これはただの悪戯とは言えない。



頭の中でぐるぐる考えが回る。

犯人はどうしてこんな事を…?お祭りを壊したいとか?それとも、もっと別の目的があるの…?

……でも、どれだけ考えても証拠がない今は何も言えない。

私達が頭を抱えていると、レインは軽く息を吐き、静かに荷台を押さえた。


「そうかもね。

……これ以上あなたの負担を増やしたくないし、聖水は私が預かっておくわ。

幸いすぐに聖水を作れたから大事にはならなかったけど……儀式が中断されていたら大問題よ。

念のため、他の神具も管理を厳重にしましょう」


「うん……神具は私が全部チェックしておくよ。

……教会の人たち、信用してたんだけどな……」


ソフィアはそう言って肩を落としながら数歩進む。

……けれどふいに振り返り、ぱっと表情を優しく緩めた。


「あ、そうだ。

二人とも……里のためにありがとう!」


彼女は深々と頭を下げ、それから私の方を見て微笑む。


「探偵さんは、カッドレグルントだけじゃなくて……カテドールフェアリーでも大活躍だね。

英雄でも、帝国軍の隊員でもないのに……巻き込んじゃって、ごめんね」


ソフィアは申し訳なさそうに指先をもじもじさせながら、視線を足元へ落とした。

その仕草が小動物みたいで、胸がむずがゆくなる。

…謝ってほしい訳じゃないんだけどな。


「ううん!そんなの気にしないで!

英雄(みんな)の助けになれたなら良かったよ!

……まぁ今回は水汲んだだけだけど!」


気まずさをごまかそうと、私はわざと肩をすくめて笑ってみせる。

するとその瞬間、横から鋭い視線を感じた。

…お、お〜とぉ?

恐る恐る横に顔を向けると、レインがじと〜っとした目で私を見て、腕を組むのが見えた。

……うーん、まずい。


「それ言ったら、私も水汲んだだけなんだけどね。しかも魔法使って」

「ひ、ひぇ……」

…そういえばそうでしたね……!


思わず背筋が伸びてしまう。

けどそのレインの言い方が、どこかわざと軽くて、つい私も笑ってしまった。


「あはは…」

ソフィアはそんな私たちの様子を見て、ほっとしたように微笑む。

そしてふわりとスカートの裾を揺らしながら、一歩こちらへ近づいて、両手を前で揃えて深く頭を下げた。


「……それでも二人とも、ありがとうね」

その声は、さっきよりずっと柔らかかった。




その後……

彼女が教会へと歩き去る背中を見ながら、胸が重くなる。

もし犯人が……教会の人達だったら。

ソフィアは身内に裏切られることになる。

ソフィアは平気な顔してたけど…やっぱりそんなの……辛すぎる。

儚い藤色髪が見えなくなるまで、私は複雑な気持ちで立ち尽くしていた。

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