名付け
『依代…』
「また、あんたか…!」
私はその日の夜も、あの夢を見ていた。
正体不明の" 誰か "に三日も連続で会うと、慣れるどころか、さすがに語気も少し荒くなってくる。
「今日は何? あ…まさか……また誰かが!?」
しかし、相手からの用件を聞く途中で昨日の出来事が頭をよぎり、思わず声が震えてしまった。
もしまた誰かが危ない…等と伝えに来たのだとしたら……。そう考えると恐ろしなり、身構えて相手の言葉を待つが、“彼女”は少し沈黙したあと、静かに溜息をついた。
『……昨夜は、すまなかった。
余がもう少し早く気づいていれば……』
「え?い、いや……別に、あんたのせいじゃないよ」
警戒したものの、思っていたよりも優しい声が返ってきて、胸の緊張が少しだけ緩む。
どうやら、今日は危険を知らせに来たわけじゃなさそうだ。
…あれ?…とゆうか……。
でも、ふと疑問が浮かぶ。
「……ねぇ、ユーゴさんの危険を察知できたなら、犯人も分かったんじゃないの?」
そんな淡い期待を込めて聞くと、彼女は残念そうに首を振った。
『ユーゴに危険が迫っているのはわかった。
…だが、犯人までは。……すまない。』
「そ、そっか…いいよ別に…」
事はそう、うまくは進まない…か。
期待通りの答えが返ってこなかったので反応に困ったが、こればっかりはしょうがない。
『依代…』
どこか申し訳なさそうな声色で私の問いに答えた彼女は、沈黙が流れたあと、ゆっくりと口を開いた。
……かと思うと、
『今日は、お前に授けるモノがある…。
受け取れ…』
「え、あっちょ!あんた…丁寧に渡せないの?」
それと同時に、こちらに何かを投げつけてきた。
な…なんて乱暴なんだ…!
突然放り投げられた何かを、私は慌ててキャッチした。そして地面に落ちる寸前で受け止めたものを見て、首を傾げる。
…?何、これ毛玉…?
手の中には、私の顔より少し小さな、ふわっふわの毛玉が乗っていたから。
『お前が魔法を使うには、使い魔がいるだろう…。
そのモノと共に励め…』
「え…?これ、使い魔なの…?」
改めて見てもただの毛玉だ……。
とても動物には見えないので、恐る恐る指先で突いてみる。
すると……
『モッフゥ…!』
「うっわ!な、鳴いた?!」
ただの毛玉だと思っていたソレは、丸っこい体からぴょこんと角や羽を出し、ふわふわの耳と長い尻尾を揺らして小さく跳ねた。
『フッファ…!モ、モッフゥ…!』
「つ、使い魔って……魔物でもいいの?」
私は手の上で跳ねる生き物を見て驚いてしまう。
だって、どう見ても魔物だ。
今まで見てきた精霊や使い魔が動物だけだったせいもあって、その衝撃は大きい。
『魔物が使い魔となるのは別段珍しく無い……さぁ、今日はこれだけだ。現世に戻るといい…』
「えっ、ちょっ、またいきなり――!」
私からの問に答えると、" 誰か "はすぐに夢から現実へ私を戻した。
呼び止める間もなく、夢の景色が崩れていく。
最後に見えたのは、あの毛玉――じゃなくて“使い魔”が、ふわっと私に尻尾を振る姿だった。
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「……うぐっ、い、息が……ん?
なんか、ふわふわ……?」
『モッフゥ!』
「……へ?」
ぼんやり目を開けると、白い光の粒がふわふわと宙に浮かんでいた。
まるで夢の名残が、まだ部屋の中に溶け残っているみたいだった。
光の中心には――私の鼻と口をふさいでいる、ふわふわの毛玉。
その毛並みは朝の光を反射して、やさしく輝いていた。
……やっぱり。夢の中の出来事が、現実に干渉してきてるんだ。
ここまでくると、さすがにもう驚かなくなってくる。
「…君、名前は?」
『モ?モッフゥ?』
「あ、そっか。使い魔って、契約主が名前をつけてあげるんだっけ」
私は魔物の名前を呼ぼうとして、自分がこの子の名前を考えなければならないのだと思い出した。
名前は一度決めたら変えられない…。
下手な名前はつけられないので、腕を組み、真剣に毛玉とにらめっこする。
「“モッフ”は鳴き声そのままだしなぁ……。
探偵に似てる名前は……タンタン?
うーん、なんか違うなぁ……」
『モッフゥ〜?』
「あ、そういえば君、使い魔にしては毛の色がずいぶん明るい色だね。
淡く光ってて……仄かに明るい……“仄”、ホノってどう?」
『モッフゥ!!』
悩んだ末に毛色を見てそう名付けると、その瞬間、毛玉――いや、“ホノ”の体から、ぱぁっと柔らかな光が弾けた。
まるで“名”を与えられたことで、命が完全に目覚めたかのように…。
「良かった!気に入ったみたいだね!」
ホノは私の腕の中でぴょんぴょん跳ねて、嬉しそうに鳴いた。
あったかくて、少し くすぐったい。
ふわふわすぎて、撫でてると眠くなりそうだ。
「よし……じゃあ今日からよろしくね、ホノ!」
『モッフキュ〜!!』
なんとか名付けが終わり、はしゃぎ荒振るホノを撫でていると、その時――コンコン…と、扉を叩く音がした。
「探偵?朝から、何騒いでるの?」
扉の先にいたのはレインだった。
私は彼女に魔法を教わるため、彼女の教え子として、暫くスレッド邸に滞在させてもらっているのだ。
「あ、レイン!実はね、今!
使い魔と契約した…!」
「へぇ、使い魔と……って、え?」
……まぁ、そうなるよね。
扉の向こうで固まるレインの気配を感じながら、私は慌てて服を着替え、扉を開けた。
「着替えは使用人に頼めばいいのに……。
ていうか、その丸っこいの、何?
さっき言ってた使い魔? はぁ…一晩で何があったのよ……」
「えっとね、この子、夢の中で貰ったんだ!」
私がレインの質問に答えてそう言うと、ホノは私の頭の上で小さく丸まり、得意げに鳴く。
「あー……寝ぼけてるなら顔洗ってきたら?」
「ちがうって! 本当に夢の中で――!」
しかし断片的にホノの事だけ話したせいか、レインが半分あきれ顔になってきたので、私は観念してこれまでの“夢”の出来事を全部話した。
「……ね?ここまでくると、ただの夢じゃないでしょ?」
「ふーん…。確かに、ただの夢では…なさそうね。
…その夢が、探偵の記憶回復に良い方向で影響するならいいけど…」
レインはそう言うと少し黙り込んで、やがて小さく息をついた。
「まぁ、この世界には説明できない現象なんて山ほどあるし、現実に干渉してくる夢も珍しくない。
……今は考えるだけ無駄よ」
レインは小さく肩をすくめ、呆れとも諦めともつかない笑みを浮かべた。そしてそこで一旦夢の話を区切ると、私の興味を引く話題を提供してくれる。
「――探偵、今日は授業を午後からにするわ。
使い魔探しの手間も省けたし、“芸術心祭”の準備を手伝いに行きましょう。」
「芸術しんさい……?」
その聞きなれない単語に、私は首を傾げながら聞き返した。すると彼女は透かさず"芸術心祭"について教えてくれる。
「神を祀らず芸術を祀る……芸術を極め、楽しむためのお祭りよ。開催は数ヶ月先だけど、帝国一の大行事だから、準備も長丁場なの。
芸術家たちの作品展示や体験会なんかもあって……変わってるけど、面白そうでしょう?」
「うん! お祭りなのに神様祀らないのはちょっと不思議だけど……なんか楽しそう!」
説明を聞いて私がすぐに乗り気になると、レインはパン!と手を叩いた。
「そう言うと思ったわ」
そして彼女はダイニングの方を指さして言う。
「じゃあ朝食、パパッと済ませてきなさい」
「はーい!」
その言葉に返事をした途端――ぐぅ〜っと、私のお腹が元気よく鳴った。
すると、まるで合図みたいに腕の中のホノも「モッフゥ〜!」と鳴く。
「えっ、君も? ……ふはっ!気が合うね!」
窓の外からは、柔らかな朝の光が差し込んでいた。
夢の余韻も少しずつ薄れていく。
私は笑いながらホノを抱き上げて言った。
「よし、まずは朝ごはんを食べよう!」
ホノが嬉しそうに鳴くのを聞きながら、私は香ばしいパンの匂いのするダイニングへ向かった。
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