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生彩放つ無神世界  作者: 美緑
〜第三章〜聖水汚染事件
18/89

コピルムの神話

私たちは魔物の背に乗って、安全に砂嵐を越えた。

見渡す限りの荒野を抜けた先には、薄紫の葉が茂る神秘的な森が広がっていた。


森の中には私の興味を引く物ばかりで、嫌でも好奇心が擽られてしまう。


「おい、探偵、勝手に動くな!

単独行動すると森の魔物に襲われるぞ!」

「ちょっと探偵!

その植物、毒があるから触らないで!」


リハイトとレインに止められるが、こんな珍しい森を目の前にして、大人しくなんてしていられない。


「わ〜!何これ…!!」


『じっとしてろ!!!』


注意を聞かない私は、遂に二人によって腕をガッツリ捕まれてしまい……そのまま引きずられるように、里の中へ連れて行かれた…。


✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿


カテドールフェアリーは、白い建物が連なる大きなエルフの里で、住民は皆 耳が三角に尖っていた。

里の中心には、光を反射して輝くような大きな教会が建っていて、私は思わず目を輝かせる。


「いいか、探偵……手は離すが、

勝手に里の中を駆け回るんじゃないぞ」

「私、一旦家に戻って貴方に魔法の指導をする準備をしてくるわ。探偵、大人しく…ね?」


里に着くとリハイトとレインに釘を刺されてしまい、私は気まずくて笑った。


「ご、ごめんね。二人とも……楽しくて、つい……」

「はぁ……ほんと呑気なんだから」


レインは呆れたように溜息を吐くと、そのまま去っていった。




その後、私はリハイトのあとについて、教会の中へ足を踏み入れた。


「広い……」


外から見た通り、中もとても広くて、思わずキョロキョロと辺りを見回してしまう。

あれ?……これって神様…? 大きな像だ……。

私は中央にとても大きな女神像が佇んでいるのを見つけて、首を傾げた。

…この国の人は"神様"を信仰していないはず…なのに、どうして……。


そんな不気味な違和感と矛盾を感じながら女神像を眺めていると、不意に…背後から声をかけられた。


「こんにちは、リハイトさん。

それから、えぇと……探偵さん?」


「……え? あ、はい!探偵です!

…こ、こんにちは!!」

「あぁ、どうも。

……遅くなって悪かったな、ソフィア」


振り返ると、そこにいたのは藤色の髪と瞳をした少女だった。

教会の司教を思わせるような服を着ている彼女は"ソフィア"という名前らしい。


わぁ……この子もエルフなのかな。

レインと同じ、神秘的な雰囲気だ…。


私はそんな事を考えながら思わずジッと彼女を見つめてしまう。

すると、そのせいだろうか…ソフィアは少し慌てた様子で自己紹介を始めた。


「あ、そっか……いきなりごめんね?

私はソフィア・ロンサール。

神域の五英雄の一人で、このカテドールフェアリーの巫女です!

会いたかったよ、探偵さん!」


「よろしく、ソフィア!私も会いたかったよ!

……って、あれ?

ソフィアって巫女さんなんだ?

私、てっきり――」

「巫女っていうより、司教みたいだろ?」


私が彼女に続いて自己紹介しながら思った事を言いかけたところで、リハイトが口を挟んだ。


「前はここ、教会じゃなかったんだ。

ソフィアもその頃は、もっと巫女らしい服をしてたんだけどな」


「ふむ……そうなんだ?」

…前の建物を、わざわざ教会にしなきゃいけない理由でもあったのかな?

でも、そんなに簡単に建て替えられるものなの?


不思議に思って、私はソフィアを見つめる。

どこか訳ありの雰囲気を感じたけれど、彼女は少しだけ複雑そうに笑って、

「その話は……また今度ね」

とだけ言ったので、それ以上は追及しないことにした。



「じゃあ、約束通り…探偵さんには、まずこの星の歴史を聞いてもらおうかな」

「あ、うん! お願いします!」


彼女の言葉に元気な返事を返すと、ソフィアはやわらかく微笑んでくれる。


その笑顔はどこか神秘的で、でも優しくて――。

次の瞬間、彼女は静かな声で語り始めた。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


かつて、果てなき宇宙(そら)には、

幾千もの星々――世界が瞬いていた。


その光は美しく、夜空を飾る宝石のようであったが、そこに息づく者たちの心には、創ることの歓びも、美を愛でる心もなかった。


やがて、宇宙に住まう数多の神々の中から、

ひと握りの者たちが嘆いた。


彼らは――芸術を愛する神々。


神々はその嘆きを力に変え、

ひとつの星を創り出す。


それこそが、後に「コピルム」と呼ばれる世界である。


神々はその大地に生命を撒き、

そこに生まれる者すべてに、

想像と創造の心を授けた。


芸術を通して、自由に生きるようにと――。


神々の願いは成り、

コピルムは瞬く間に花開いた。

大地は歌い、風は舞い、

生き物たちは色と形で世界を満たした。




───だが、繁栄の果てに影は落ちる。


神の贈りし力を極めた者たちの中に、

神に縛られることを拒む心が芽生えたのだ。


神々は、精霊と使い魔を創り、

彼らに芸術の究極――魔法を授けた。

しかし、その慈悲が裏切りの種となる。


人と精霊が契り、神すら凌ぐ力を得たとき、

天と地の均衡は崩れ……

悪意を纏いし者らは、

ついに神々の座をも打ち砕いた。



…こうして、創造の神々は滅び、

その名は時の流れに呑まれていった。


いまや、神々を祈る声もなく、

コピルムは――創られた者だけの世界(ほし)となった。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


ソフィアは神話を語ると、「ふぅ…」と息を吐いた。


「ありがとうソフィア…。

この国の人達が神様を信仰しないのは、神様がもういないから…。私達生き物が、消してしまったからなんだね…」

なんて悲しくて寂しい話なんだろう…。


そう思いながら私が女神像を見ると、リハイトが教えてくれる。


「信仰しない理由は、それだけじゃない…。その歴史や神話を、誰もが…信じたくなかったからだ。

自分達が、創造主である神を殺した…なんて、聞こえが悪すぎるだろ?」

「確かに…」

…でも神話を信じたくないなら、それこそ神様を信仰するべきなんじゃ…。


私は彼の言葉に納得しながらも、そんな疑問を抱かずにはいられなかった。


「実はね…この神話、まだ続きがあるの…」


私が心の中で首を傾げていると、ソフィアはそう言って、再び神話を語りだした。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


創り手を討ったその瞬間、

世界は取り返しのつかぬ業を背負った。


神々は、己を殺した生き物たちを見下ろし、

悲嘆に染まった眼で、怒りを燃やし…

やがてその怒りは、愛したはずの星までも呪う。


神々の心は、創造の光から破壊の闇へと変じていったのだ。


神々の憤怒は凄まじく、

その吐息ひとつで幾千の星が瘴気に沈んだ。


宇宙に広がる無数の世界は、

一つ、また一つと命を失い、

光は消え、闇だけが残った。



─── 果てしなく広がる宇宙には

ただ一つ、我らが星"コピルム"だけが生き延びた。



……それでも、神々の呪いは終わらない。


創り手たちはこの星を見捨てた。

その赦しは永遠に与えられぬ。


神々は、この星を

いつか壊しにやってくる…。


我らが息をし、歌い、笑うことさえも、

もはや神々の慈悲のうちにはないのだ。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「……ここまでが、この星に語り継がれる神話。

探偵さんも、瘴廃国から来たなら見たと思うけど……あの瘴気は、邪神に成り代わってしまった創造主の仕業だって言われているの」


「そうだったんだ……」


私はソフィアの言葉で瘴廃国を思い出してしまい、背筋がぞくりとした。

あの瘴気が、神様の怒り――。

じゃあ、この帝国も、いつか同じように……?

そんな恐ろしい考えが私の頭をよぎったその時、リハイトが静かに口を開いた。


「探偵。ここまで神話を聞いたなら、もうわかるはずだ。……予想してみろ。俺達、英雄の役割を」


「英雄の?役割……」

英雄…民の守護…魔物と戦う…邪神…瘴気……。

私は今までの情報を振り返り、少し考えてから答えた。


「……帝国を、瘴廃国にしないように邪神から守る……とか?」

「あぁ、ご明答だ」


リハイトは私の回答に頷くと、教えてくれた。

英雄の役目……その詳細を。


「俺達は英雄力を使って、瘴気をその身に宿す魔物と戦い、この帝国を守っている。俺達にとっても瘴気は猛毒……常に死と隣り合わせだ。……ただ、そこまで危険な役割を担っていても、絶対に“死んではいけない”んだ」

「……え?」


危険な役目を押し付けられてるのに……死んじゃいけないって、どういうこと?


よく分からない矛盾に、私は思わず首を傾げる。

そしてそのまま混乱していると、彼は少し間を置いてから説明を続けた。


「そこで……大戦争の話が出てくる。

昔、コピルムにはエデンカルとモルダーシア以外にも、たくさんの大陸や国があった。

でも十年前――コピルムを侵食していた瘴気が活性化して、周辺の大陸やエデンカルまでも覆い始めたんだ。魔物や魔獣は瘴気を取り込み、凶暴化や巨大化が進んだ。

あれは変異種…探偵が以前出会った魔物よりも凶悪だったよ」


「えっ……そんなの、誰が倒して……」


「もちろん俺達だ」

「それ……何歳なの?!」

驚いて声を上げると、隣のソフィアが小声で耳打ちしてきた。


「五歳だよ」

「ひ、ひぇぇ……」


ってことは、今でも十五歳……!?

やっぱり皆、まだ子どもじゃん!


私が目を丸くしていると、リハイトは淡々と続けた。


「瘴気を完全に消す方法はない……。だから、帝国を守るために俺達は結界を張った。 瘴気をはね除け、帝国全体を包み込むほどの巨大な結界をな。

……だが、それを維持するには膨大な魔力が必要だ。

結界を創り出した術者である俺達は、常に自分達の魔力を注ぎ、術を展開し続けなければならない」


彼は一旦そこで言葉を区切ると、手の上に小さなドーム型の硝子…のような物を創った。

見ると、どうやらそれは結界の縮小模型らしい…。


「コンドは封魔の術で変異種や凶悪な魔物の侵入を妨げ、ソフィアは破瘴の術で瘴気の侵食を抑え、アルテは守護の術で外部からの攻撃を防ぐ。

そして俺が結界の形成を、レインは結界に広がる魔力の偏りを調整している。

破瘴の結界は五人それぞれの術が揃っていないと維持できない。

……だからもし、五人の英雄のうちたった一人でも命を落とせば――この帝国ごと瘴気に呑まれる」


「そんな……。

だから、“死んじゃいけない”のか……」

「まぁそうじゃなくとも、俺たち英雄以外の者は邪神に対抗する術がないからな」


その言葉を聞いた瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。

…それでも……五人に世界(ほし)の命運全部押し付けて背負わせるなんて……あんまりだよ。

何も言えなくなって、私はただ立ち尽くす。



しかし、ここまで話を聞いた私は、そういえばと聞きたい事を思い出して首を傾げた。


「そういえば…"加護神"っていう存在と、英雄達の関係が、まだよくわかってないんだけど…」

……それは加護の神について。


「加護神様……か。

私達も実際に会ったことがないから…ここからは、ただの憶測なんだけどね…」


私の問いにソフィアは少しだけ困ったように笑うが、それでも真剣に答えようとしてくれる。



「探偵さん、これが何かはもう知ってるよね?」

ソフィアはそう言うと、自分の前髪をそっと上げた。

見ると彼女の額には、雫のような形が連なった綺麗な紋章が刻まれている。


「あ…紋章…」


「そう、英雄の紋章。私のは"治癒の力"なんだ。

…この印が現れると、始祖の生まれ変わりとして英雄に選ばれる……って話はアルテちゃんから聞いたんだよね?」

「うん、ちょっとだけ!」


私が頷くと、ソフィアは自身の紋章を指さして話を続けた。


「これはね、始祖の魂を表すだけでなく、私達と加護神様の繋がりを示す証でもあると思うの」


「繋がり?」


「うん。 加護“神”……なんて言うけど、たぶん加護神様って、もともとは" 神様じゃなかった "んだと思う。

昔…私達が生まれるずっと前にも、この紋章に似た印を持つ人がいたみたいでね。

だから、私は思うんだ。加護神様って、昔この星を守ってくれた……"英雄”の魂なんじゃないかって」


その言葉に私は「なるほど…」と小さく呟いた。

…皆と"同じ使命を抱えて、それを(まっと)うした英雄"の魂が加護神だとしたら……皆を支えてくれる存在として自然だ。

そう考えて納得していると、リハイトは腕を組みながら補足してくれる。


「加護神は俺達英雄の力を覚醒させる存在だ。

加護神の"加護"を受けないと、俺達は“完全な英雄の力”を使えない」


「今のままでも皆は強い……けど、邪神に対抗するには"完全な力"が必要…。だから皆は加護神に会いに行かないといけないんだね」


「そうだ」


二人の話を纏めて、私が確かめるように言うと、リハイトはそれを肯定するように頷いた。



「俺達は邪神を封印しなければならない。

その鍵を握ってるのが、“封印の力”を持つコンドだ。あいつがいなきゃ、どう頑張っても勝てない。

……コンドは、俺たち英雄の要なんだ。」


リハイトが柱に寄りかかりながらそう言うと、ソフィアが少し声を落として続けた。


「探偵さんとアルテちゃんが遭遇した魔物は、十年前よりも弱化していたとはいえ、間違いなく瘴気を異常に取り込んだ危険種だよ。最近、ああいう魔物が帝国内で少しずつ増えてるの。瘴気が濃すぎると、どんな属性の魔法もほとんど効かないから……本当に危険なんだ。

……もしかしたら、邪神の復活が近いのかもしれない」


「ッ!?それって、大戦争がまた始まるってこと?!」


私が目を見開くと、ソフィアは静かに頷いた。



邪神との大戦争……また、人が…たくさん死んじゃうかもしれない。英雄(みんな)だって…。

再び大きな戦いがあるかもしれないと聞いて、嫌でも悲惨な光景を想像してしまい…私は思わず呟いた。


「みんなが…傷つくとこ、見たくないよ…」


すると、何故か……

ソフィアが目を丸くした。


「そんなこと……初めて言われた…」

「え?」

「あ…なんでもないの!気にしないで…!」


ソフィアは慌てて笑ったけど、その笑顔の奥で何かを隠しているように見えた。

なんだろ…少し、寂しそうだった気がする…。

私はコテンと首を傾げながらも、ソフィアの笑顔をじっと見つめ続けた。



✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿


その後も、私達はいろんな話をしていた。

英雄の力のこと、この星の昔話、英雄の皆の個人的な話まで…。

時間を忘れるくらい、楽しかった。



───ゴーン…カーン……


突然、教会の大きな鐘が鳴り響いた。

低くて重たい音が、空気を震わせる。


「おっと…もう夕方か」

「ほんとだ…」


リハイトと一緒に窓の外を見ると、空が茜色に染まっているのが見えて、私はようやく今が夕方である事を認識した。


「夕方…あっ、ごめんね二人とも、そろそろ――」


三人で窓の外を眺めていると、不意にソフィアが口を開き…そして彼女が何か言いかけたその瞬間…


――ダァン!


…と、すごい音を立てて、教会の扉が勢いよく開いた。


「ソフィア様…! 何故ここに?!夕方までは、しっかり睡眠を取っていただかないと…!」

「あ、デ、デボティラ…!」


乱暴に扉を開けたその(デボティラというらしい)は、ズカズカとこちらに近づいてきて……その姿を見た瞬間、私は思った。

うわぁ…リハイトより怖そうな人だ…。…と。


しかし、そんな(リハイトに対して)失礼千万なことを考える私など見向きもせず、デボティラはソフィアの腕を掴む。


「ソフィア様、晩鐘が鳴りました」

彼女の灰色髪は艶がなく 、目の下のクマもすごい。

ローズグレイの瞳がギラッと光るたび、背筋がゾワッとした。


「祈りを捧げに里の者がやって参ります。

さぁ、御支度を」

「う、うん…わかった」


腕を掴まれたソフィアの顔が、少しだけ困って見えた。

しかし、デボティラはそんな事気に止めず、ソフィアの言葉を聞くと、今度は私達の方をキッと睨む。


「リハイトさん、ソフィア様の体質はご存知でしょう?確かに…教会に来てくださるのは、誰しも大切なお客様……ですが、長話など言語道断です!

ソフィア様にご迷惑をかけるのは、おやめください!」


「ま、まってデボティラ…!私が長引かせたの…!」


ソフィアが慌てて弁解してくれるけれど、デボティラの目は全く緩まない。

しかし、文句を言われた本人…リハイトはというと…


「あぁ、はいはい…悪かったよ。

次は腕時計でもつけてくる」


――全然、動じていなかった。


「是非そうしてくださいな。

さ、お見送りいたします。こちらへ」


私達はグイグイと背中を押され、半ば強制的に外へと促される。

そしてあっという間に閉め出されてしまい……教会の扉が閉まる音だけが、カタン…と冷たく響いた。


「な、なにあの人…強引…!」

私は思わず口を尖らせた。


でもやっぱりリハイトはデボティラからの態度を全く気にしていなくて……そのまま教会から離れるように歩き出す。


「そんなこと、いちいち気にするな。…ハゲるぞ」

「なんで?!禿げないよ?!」


リハイトの冗談に本気で驚いて思わず頭を押さえて叫ぶと、彼はククッと笑った。


からかわれた事は納得しかねる…けど、リハイトがあまりにも可笑しそうに笑うので、なんだか少し安心してしまう。

重い話のあとだったけど、ほんの少しだけ、空気がやわらいだ気がした。


✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿


「…で? 結局ソフィアの話を聞いても、貴方の記憶、戻らなかったわけ?」

「うん…それが、全く…」


デボティラに追い出されたあと、私はリハイトに連れられて、レインの家――スレッド邸にやって来ていた。


リハイトは、私をレインに引き渡すと同時に…

『探偵の子守はここまでだ。後は任せるぞ、レイン。じゃあな!』

と言い終えるや否や、颯爽とカッドレグルントへ帰って行ってしまった。


「それにしてもリハイト…探偵を押し付けるように帰って行ったわね」

「ほんと、ほんと!あんな言い方ないよね?」


私がむくれて言うと、レインは私の愚痴など聞かず、机の上から一冊の分厚い魔導書を取り出した。


「さーて、探偵。さっさと魔導書を開きなさい?」

「ちょっ…レインっ!」


慌てて抗議する私を完全にスルーして、レインが涼しい顔でページを捲るので、思わず頬を膨らませてしまう。

しかし、彼女はそんな私を見て呆れ気味に言った。


「私はスレッド家の女公爵である上に、一応“英雄”なの。暇じゃないのよ? 時間は無駄にできないわ。

そもそも私が誰かに魔法を教えること自体、滅多にないのだから。

……有り難く思いなさい?」


「ぐっ…“無駄”って……

まぁ、実際すごくありがたいけど…。

あ、そうだ……ありがとう!レイン!」


魔導書を受け取りながら、私は思い出したようにお礼を言った。

そういえば…レインにちゃんとお礼言えてなかったな。今さら過ぎて、なんか恥ずかしいや…。

お礼が遅すぎた事に気づいた途端、顔が熱くなってしまい視線を落とす。


「?! あ……わ、私…どうして……」


……すると、そんな私を見たレインが、なぜか動揺したように目を見開いた。


「…ん? レイン?」

「……あ、なんでもないの。大丈夫…」


その様子を不思議に思って呼びかけると、レインは小さく咳払いして、背筋をピンと伸ばす。


「その感謝…しっかり受け取るわ。

――さぁ、授業を始めましょう」

「! はいっ! お願いします!」


私はレインに元気な返事を返すと、 魔導書のページを捲った。



✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿



「その魔導書の前半ページには、基本的な知識が載っているわ。探偵が知ってることも書かれているかしら?」

「うん!“得意魔法属性”とか、魔法が使える人と手を繋いで使う"コネクト魔法”とか……知ってる単語、見つけたよ!あ、でも“精霊や使い魔との契約”ってところは、あんまり知らないな…」

 

数分後、気付けば私はレインの魔法授業に夢中になっていた。


「精霊と使い魔ね……その違いは知ってる?」

「う〜ん……ピカピカ光るか、影みたいにモヤモヤしてるか…?」


自信なく答えると、レインは少し笑って、丁寧に教えてくれた。


「それもあるけど、契約の手順が違うの。

精霊は契約主を“選ぶ”のよ。契約主がこの世に生まれた瞬間、その子に一生ついていくと誓うの。名前を与えられることで、彼らは正式なパートナーになれる。

逆に使い魔は、契約主に“選んでもらう”の。自分から契約を持ちかけることはできないからね」


「へぇ〜!じゃあ、リハイトの使い魔(アルケミ)は、リハイトが選んだんだ!」

 

私が言うと、レインは頷いてページをめくった。

「では次。そもそも“魔法”とは何か、説明してみて」


「えっと……“芸術の最高域の力”……だっけ?」

 

ソフィアが話してくれた神話を思い出しながら答えると、レインは軽く頷いた。

「そうね。芸術を極めることで魔法の技術は上がるし、魔力量も多くなる。けど……魔力があるだけでは魔法は使えない。精霊や使い魔と契約することで、彼らの“自然の力”に、私たちの“魔力”が繋がれる。その二つが揃って、初めて魔法の型が創られるの。

――それが、奇跡なのよ」

「自然の力……?」


知らない言葉に首を傾げると、レインはまた丁寧に続けた。

「“自然の力”は、魔法属性の型を生み出す源のこと。火、水、氷、葉、雷、土、光、闇――これらが“自然の八属性”。全部、自然に由来するでしょ?覚えておきなさい」

「へ〜、自然の八属性……。あれ?風が、ない?」


レインからの説明を聞いて、私は"ある事"に気が付き、さらに首を傾げる。

…おかしいな……アルテは得意魔法属性が"風"と光って言ってたのに…。

それはアルテの魔法属性だった。


開かれたページの単語を何度読み返しても… "風"の一文字は見当たらない。

私は確認するようにポケットから手帳を取り出して、自分のメモを確認する。


『アルテ…風、光・神獣(?)の力…帝国を守護する

リハイト…氷、雷・共鳴の力…魔物とか魔獣操る

コンド…火、水・封印の力…邪神を封じる

レイン…?、?・奇跡の力…魔力回復

ソフィア…?、?・治癒の力…怪我と病気の治療』


…やっぱり、アルテの得意魔法属性は"風"…。

だけど風属性を持ってるのはアルテだけだ…。

そんな事を考えて手帳を確認していると、レインは風の魔法についても語ってくれる。


「風……ね。いいところに気づいたわね、探偵。

確かに昔は風も自然属性のひとつだった。でも、風の型に合う魔力を持つ者はもともと少なかったの。とても扱いづらい属性でもあったしね。

それに――十年前の大戦争で……」


レインはそこで、少しだけ言葉を止めた。

まさか、風の使い手が戦争で……?

私は言葉の先を想像してしまい、思わず息を呑む。

すると静かな沈黙のあと、彼女は淡々と告げた。


「……風魔法の使い手は、アルテが最後なの。

彼女以外に使い手がいない“風”は、すぐに自然属性から外されてしまったわ。

……ねぇ、探偵。“翠嵐”って言葉、知ってる?」


「え?翠嵐って、アルテの名前だよね?」


レインの問いかけに私がそう答えると、 彼女は"翠嵐"の意味を教えてくれた。


「そう。彼女の本名でもあるけど、“翠嵐”はね……“山に吹く恵みの風”のことよ。

彼女は生まれた時から風の精霊と契約を交わして、今も帝国に風を吹かせている。

――“最後の風守”として」

「風守……?」


「自然魔法の使い手は多ければ多いほど、"自然界が豊かになる"の。水属性が多ければ、川が潤い、雨が恵みをもたらす。土属性が多ければ、大地が肥えて土地が広がる。……魔法は芸術の最高域であり、自然力は自然界にも干渉できるの。

だからね…風守っていうのは…」


私はここまでの説明を聞いて、レインの言葉に続くように答えを導き出す。


「――自然界の風を司って、この国に“恵みの風”を吹かせるのが、アルテの……"風守"の役目…?」


するとレインは私の考えを肯定するように微笑んだ。


「簡単に言えば、そうね。彼女が日々、風の魔法を使い続けているからこそ、この帝国は今も穏やかな風に包まれているの。もしその力が途切れたら……この国には、どんな風が吹くかわからないわ」

「そうなんだ……」


英雄として戦うだけでも大変なのに、国の風まで支えてるなんて……。

アルテの新たな役割を知って、 私は複雑な気持ちになった。


コンドも、リハイトも、ソフィアも、レインも――皆、それぞれ違う“責任”と"立場"を背負ってるんだ…。

私では想像もできないような苦労を重ねて抱え続けてる皆に、私は…(なに)をしてあげられるんだろう……。


私がそんな暗い思考に呑まれていると、その沈みかけた思考を断ち切るように、レインが魔導書をぱたんと閉じた。


「……探偵!いい? 私たちに同情するなら――本気で“支え”になりたいと思うなら、まず“魔法(げいじゅつ)”を学びなさい!努力なさい!私が、あなたの本気を見極めてあげるわ!」


「ッ……! うん!お願い!」


レインのまっすぐな言葉に、胸の奥から熱が湧き上がり、私は強い意思を持って返事を返した。

気づけば自然と、不安はなくなっていて……その声は弾んでいた。



そのあと――レインが、手帳の中身を読んでたことを知って、私は顔が真っ赤になった。

うう…魔法も一人で使えないのに"英雄の支えになる!”なんて書いてたの、見られた……!ごめんなさいレイン!

英雄達を支えたい気持ちは本気だったけど、英雄に対しておこがましい事を書きすぎたと、私は少し反省した。

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