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生彩放つ無神世界  作者: 美緑
〜第十章〜禁色彩禍の画罪
105/105

苦痛を奪う者

❅*┈✼••┈┈┈┈••⋆͛ ✼ ⋆͛••┈┈┈┈••✼┈*❅

《リハイト視点》




探偵が崖から落ちた、その瞬間――

アルテは、ほんの一瞬の躊躇すら見せずに、その後を追って、崖下へと身を投げた。

まるで、それが“当然の選択”であるかのように。


「──ッやめろ!アルテ!」


その無駄のない動きは、判断と行動が、完全に直結した跳躍。

俺達が止める隙すら無かった。

「ッ……」

……あぁ、最悪だ。


「ッ姉上?!

いけません!!危険です!」


永護が、表情に似合わないほど大きな声を張り上げる。

だが――

その叫びが、届くはずもなかった。

もうそこに、彼女の姿は無いのだから。


「――ッあんの、バカ……!」


奥歯を噛み締めても、溢れ出る感情は抑えきれない。

怒り。

焦り。

そして、どうしようもない無力感。

俺は、身を乗り出すようにして崖下を覗き込んだ。


「……ッ……!」

風が、強い。

嫌になるほど、強い。


「……ッ翠嵐!!」


視界の奥。

不規則に羽を打ちながらも……。

それでも一切進路を迷わず、探偵の元へと落ちていく、バカ弟子の姿が見えた。


「……ッ!!」


己の命を軽率に投げ出す彼女を見て、胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。


「――ッこの……!」


俺は崖に向かって、抑えきれない怒号を響かせた。


「本当に、どうしようもない……!!」


叱る言葉も、止める理屈も……

もう――

遅すぎる。

それでも目を離せない。

師として、仲間として。


……頼むから、無事でいろ。




❥•・*┈┈┈┈.♡·········♡.┈┈┈┈ ゜♚.゜ *・

《クイーン視点》




「ッなんで……なんで!なんで!

お姉ちゃんはおチビちゃんばっかり……!」


あぁ……イライラする。

頭が、割れそうに痛い。

痛い。

痛い痛い。

痛い痛い痛い痛い……ッ。

少しでも負の感情を抱くと、呪いが一気に噴き出して、抑えが利かなくなる。

喩え秘石が壊れても――身に染みついた呪いまで、消えてくれるわけがない。

ッ……ってか!

そんな簡単に解呪できたら自分でやってるし!


「クイーン……大丈夫?」


シャムの心配そうな声に振り向くと、彼も苦しそうに顔を歪めていた。

それはもう……私よりも、ずっと辛そうに。


「シャムこそ……顔色、悪すぎ」


シャムは魔界の子。

……それも、魔王の子だ。

私よりずっと幼い頃から呪いを受け、それを身体に取り込み続けてきたんだから……私より苦しいのは、当たり前だ。



「華暖様……」


その時……

自分の感情に振り回されて、ただでさえ痛くて苦しくて堪らないのに――

そんな私に、声を掛けるバカがいた。


「……なに。

アンタ、誰?」


シャムに向けていた視線を動かし、顔を上げると、

そこには、さっき――

おチビちゃんを守っていた、着物の男子が立っていた。


「……。」

……"華暖"、ねぇ…。

私の……“小夜家の子としての名前”。

それを呼ぶって事は、お姉ちゃんから事情を聞いた仲間なんだろう。

……だとしても、何?

なんで私に声掛けるわけ?


「俺は、“小夜”永護と申します。

姉上……翠嵐様に拾っていただいた、養子です」


訝しげに睨むと、

その男子は感情の読めない無表情のまま、そう言った。

あぁ……最悪。

気分、最悪。

よりにもよって、今。

そんな話する?


「は……ハハ……ッあぁそう?

お姉ちゃんって、可哀想なら誰でも助けちゃうんだ?

へぇ?それで?何?

私より大事にされてるって?

自慢でもしたいわけ?…すれば?」

「ッ自慢など、滅相も無い!」


……もう、話しかけないでほしい。

放っておいてよ。

呪いのせいもあるけど、お姉ちゃんの事になると、特に酷い。

口を開けば、誰かを傷つける言葉が出るし、感情を抑えられなくなって、ヒステリックに壊れていく。


今日だって本当は――

お姉ちゃんに、会いたかっただけ。

「大好きだよ」「大切だよ」って、言ってほしかっただけ。

傍に、いたかっただけ。

ただ…それだけ……。

それだけの願い、なのに……。

呪いに抗えなくて……。


「なら何?なんで今、自己紹介したの?

“自分はお姉ちゃんの弟です、宜しく”って言ってるようなもんじゃん。

……ッふざけないで!」


あぁ嫌だ。

こんなの……酷い。最低だ。

こんな自分、嫌だ。

嫌なのに……身体も、心も、言う事をきかない。

泣きたいのに……表に出てくるのは、怒りばかり。

もう、疲れた。

抵抗できないなら――

この苦しみから解放されないなら――

いっそこのまま、何も考えずに……目の前の男子も、この山も……全部、焼き払ってしまおうか…?


「俺はただ……。

俺も、貴方の家族だと……知っていただきたかったのです」


魔力を溜め、火球を作り出そうとした瞬間、着物男子……永護は、そう言った。


「……は?

だから、なんで?」


お姉ちゃんの“弟である自慢”でもなく、“自分の立場”でもなく――

ただ、“私の家族だ”と告げる意味が、分からない。


「貴方の帰りを待つ者……。

貴方の家族である者が増えた事を……どうしても、伝えたかったのです」


「……。」


……なんだ、それ。

それが……なんだって言うの。


「……俺達は、ずっと。

貴方のお帰りを、お待ちしております」


それだけ言って、永護は私の返事も待たずに背を向けた。

……さっき、リハイトとかいう人が、崖下に落ちたおチビちゃんと、お姉ちゃんを追って行った。

だから――

永護も、その後を追ったんだろう。


「私に……そんな事言う為だけに、此処に残ってたわけ?」


……だとしたら、バカだ。

そんな事言われても、私は困るだけ。

意味なんて、無い。

……意味なんて……。


「クイーン……大丈夫?」


一人で困惑してたら、またシャムに心配された。

……いや、だから。

どう考えても、シャムの方が重症でしょ。


「ッだから、シャムの方が……!」

「クイーンが、泣いてたから」


「……え?」


――その瞬間、

自分の目から、涙が止まらなくなっている事に気付いた。

……はぁ、最悪。

ホントに、どうかしてる。

泣きたい時には泣けなかったくせに。

なんで……どうして、今になって泣けちゃうのかな……。

あぁもう忌々しいッ。

力ずくで涙を拭って、私はシャムの手を掴み、山の中を進む。


「クイーン……帰るの?」

「あったりまえでしょ?!

竜の誘拐、失敗したんだから!」


「……そう」


任務失敗を此処から立ち去る理由にしたけど、本当は違う。

今の私の顔は、きっと酷く涙に濡れている。

こんな情けない顔で、外になんて、いられるわけない。

拭っても拭っても、乾かない涙を流しながら歩くなんて……。

やっぱりダサくて、最悪だ。




「シャム、クイーン……」


歩いて、歩き続けて。

木々が視界を遮る山の中へ辿り着いた、その時だった。

私達の名を呼ぶ声が聞こえて、足が止まる。


「ンげぇ?!ムシキング……」

「シュウ?!なんでここに?」


声の主は――

我らが現魔王、シュウだった。


「……遅くなってごめん」


いつもなら、私が嫌そうな顔をすればするほど面白がる性悪のくせに。

今日は、やけに真剣……というか、神妙な面持ちだ。

……これは多分、ただ事じゃない。


「やられたよ……。

母さんが、君達に呪いをかけ直してたんだ」


身構えた私達に返ってきたのは、私達自身に掛けられた呪いの話だった。


「ごめん……気付けなかった」


シュウは顔色を悪くして、しきりに謝る。

……けど、どうしてそんなに焦っているのか、私には分からない。


「……なんでアンタが謝るの?」


疑問をそのまま口にすると、シュウは何も言わず、ただ俯いた。

気まずい沈黙。

お葬式並みに重い空気。

何このジメジメ……。

湿っぽすぎて、このままじゃキノコが生えそうだ。

それも、とびっきりのまずいやつ。


「ねぇ、なんなの?

……なんか言ってよ?」


どんよりした雰囲気に耐えきれず溜息を吐くと、そこでようやく、シャムが口を開いた。


「シュウは……今までずっと、僕達の呪いを“肩代わり”してくれてたんだよ」


……その言葉は、あまりにも衝撃的だった。


「……え……は?

……今、なん……て……?」


呪いを、肩代わり……?

じゃあ何?

今までずっと、シュウ一人で――

三人分の呪いを、抱えてたって事?

……それを私は。

あんなに振り回されて、感情も抑えられず、暴走して……。


「ッ僕のせいだ……!

もうずっと前から、君達の呪いを肩代わりしてきた……。

だから、君達の呪い耐性が弱くなってたんだ」


一人分の呪いにすら耐えきれなかった。

その事実を突きつけられて、自分の弱さを痛感した、その瞬間。

……だから、なんで。

なんでアンタが謝るの。


「シュウは、悪くない……」


むしろ、どうして無償で助けたの?

いつから?

ずっと一人で抱え込んでたわけ?

……謝るべきなのは、私達の方じゃ――

いや、そもそも全部、呪いを掛けた魔女……アンタの母親が悪いのに。


「……。」

言いたい事は、たくさんある。

掛けたい言葉も、山ほどある。

……なのに、頭が追いつかない。

あ、でもそうだ……。

これだけは――絶対に。


「シュウ」

「……?」


ごちゃごちゃの思考を、一度閉じて。

私は、目の前の“恩人”を見る。

そして――


「……ありがとう」

「え……」

「ッだから!!ありがとう!」


ちゃんと、言った。

感謝を。


「……。」


私達を蝕む呪いは、負の感情を増殖させ、思考を鈍らせ、魔女の命令に背けなくなるもの。

でも――

負の感情を抱いていなければ、正常でいられる。

だからこそ。

呪いが発動していない今、伝えなきゃいけないと思った。


「あ……うん……?」


なのにシュウは、完全に固まっている。

私が「ありがとう」とか言うの、そんなに意外だった?

失礼なやつ。


「俺も……ずっと感謝してるよ。

シュウが助けてくれなかったら……。

俺は、あの城で生きていられなかった」


固まったままのシュウに、シャムも感謝を伝える。

すると――


「……僕はただ、君達よりも呪いに耐性があるだけだよ。

……こんなの、助けたうちに入らない」


ようやく口を開いたと思ったら、それ。

感謝ぐらい素直に受け取ればいいのに。

……ほんと、失礼な上に可愛くないやつ。


「はぁ?!

耐性があろうとなかろうと、助けてくれたのは事実でしょ?!

感謝の言葉すら受け取らない気?!」

「…わかったよ……どういたしまして。

……でも、感謝される為にやった訳じゃ…」

「なに?」

「なんでも?」


私がああ言えば、シュウはこう言う……。

めんどくさいやつ、も追加ね。確定。


「てか、呪いを肩代わりって……。

どうやったの?」


一通り感謝は伝えられたので、次は素直な疑問を投げる。

すると、この質問にはあっさり答えてくれた。


「僕の異能力だよ」

「原動力を奪う呪い?」

「正しくは、“何でも一つ奪う呪い”さ」


なるほど。

翠山の民からは原動力を奪っていたけど、本当は――奪おうと思えば、何でも奪える呪いだったらしい。


「という訳で、君達の呪い……。

母さんの監視が無い今のうちに、奪っておきたいんだ」


確かに。

魔女にバレたら、また掛け直されるかもしれない。

……でも。


「アンタは……大丈夫なの?」

「おや、心配?大丈夫だよ。

僕が何年、肩代わりしてきたと思ってるのさ」


「……教えてくれないから、知らない」

「じゃあ、知らないままでいてね」


……シュウの心配した私がバカだった。

そういえばこの人、魔王だし。

闇も呪いも、瘴気耐性までも、桁違いだった。

むしろ――

私とシャムが呪われ続ける方が、よっぽど危険。


『────異能力行使……。

我が名は、シュウ・アバドン・アルコーン…。

“アドバン”の名の下に、完全なる駆除と、掠奪を約束しよう。

我が呪術は、汝等の力を欲する。

虫のように……這いずり回れ!

最終詠唱――ペストの殺戮・ペチュニア』


私達が了承すると、シュウは詠唱付きで異能力を発動した。

……あぁ…確かに、心が軽い。

今まで、呪いを肩代わりされていたなんて、全然気付かなかったけど――意識すると、信じられないほど

苦しさも、息苦しさも、無くなっていく。


「あ……」

……でも。


「あ……あぁ……ッうぁ……」

「ク、クイーン?!」

「大丈夫?!どうしたの?!」


呪いが消えた瞬間、別の痛みが、私の心を貫いた。

純粋な”悲しみの感情”が溢れ出て、耐えられない。


「ッどうしよう……どうしよう、私……」


……苦しい。ッ悔しい。

……ごめんなさい。

嫌だ、嫌だ……。

心配そうに私を呼ぶシュウ。

身体を支えてくれるシャム。

その二人を視界に入れた瞬間、私は、思いっきり泣いた。


「お姉ちゃんを……傷付けちゃった」


嫌いにならないで――。

その言葉を最後に、私の意識は、闇に落ちた。




✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿

《探偵視点》




今の季節は秋。

川の水に入るには、決して適切とは言えない。

……のだが。


「ッぶはぁ!!……ハッ!

ア、アルテ?!無事?!」


私とアルテは、あの後――

安全に地上へ降り立つため、川へと着水した。


「えぇ……勿論です」


そう答えたアルテは、私と同じくずぶ濡れで、放っておけば今にも風邪を引いてしまいそうなほど小刻みに身体を震わせている。

……でも。

見たところ、大きな怪我はない。

それが分かった瞬間、胸の奥に溜まっていた何かが、音を立てて崩れた。


「よか……よがっだぁ……!

アルテ……生きてて……よ“か”った“ぁ”……」

「もう大丈夫ですよ。

……怖かったですね、探偵さん」


――うん。すごく、怖かった。

気が抜けた途端、涙腺が一気に決壊する。

今、私の頬を濡らしているのが冷たい川の水なのか、それとも自分の涙なのか……もう、分からない。


「ヒック……ねぇ、アルテ。

私の事……いつも助けてくれて、ありがとう」


ひとしきり泣いた後で、横隔膜が痙攣して、声が上手く出ない。

それでも――

崖から落ちそうになった、あの瞬間。

あの時に決めた事だけは、どうしても伝えておきたかった。


「こちらこそ……。

私の大切な人を、護らせてくれてありがとうございます」


あぁもう……違うよ。

お礼を言うのは、私の方なのに。

相変わらず、アルテは腰が低い。


「ヒック……。

私ね、これからは……もっと、英雄のみんなに頼るから……。

ちゃんと“助けて”って言うからさ……」


残念ながら直ぐには吃逆(しゃっくり)が止まらない。

泣き腫らした顔で、格好悪い。

それでも――

ちゃんと、伝えたかった。


「だから……ヒック……。

私にも、みんなの事……助けさせてほしい」


「探偵さん……」


アルテは一瞬、目を見開いたまま固まっていた。

……が、やがて、ゆっくりと――

私の言葉を受け止めるように、頷いてくれた。


『──助けて』

たった一言。そう言えばよかった。

……でも、この言葉を口にするのが、どれほど難しいのか。

私は今日、身をもって思い知った。

そして――

いざという時や緊急時に、仲間に頼れない事……。

それが、どれほど危険なのかも。


私は……ある意味、ちゃんと英雄達の事を、信用しきれていなかったんだ。

「助けて」って言ったら、

――"『あぁ、結局探偵も帝国民と同じなんだな』"。

……そう思われるんじゃないかって。

皆が、そんな事思うはずないのに。

私が勝手に気を使って、勝手に怖がっていただけなのに。

……今更だけど、

それって、とてつもなく失礼だったんじゃないだろうか。

まぁ、どれだけ後悔しても、過去は変えられない。

だから――

これからの行動を、変えるしかないんだけど。




……その後。

私達は二人で深い川を泳ぎ、川岸を目指した。

そして、あと少しで辿り着く……というところで。

不意に――


「翠嵐」


……アルテの"名"を呼ぶ声がして、私達は同時に身体を強張らせた。


『ッ?!』


それは、ただ驚いたからじゃない。

声の主が――

あまりにも、強烈な冷気を放っていたからだ。


「リ、リハイト……」


恐る恐る顔を上げると……鬼のような形相をしたリハイトが、濡れる事など一切気にする様子もなく、川の中へと、ずかずか入って来ていた。




︎✧︎✧✦┈┈┈┈.✦·········✦.┈┈┈┈✦✧︎✧

《アルテ視点》




「探偵は本邸に戻ってろ。

……俺は、コイツに話がある」

「ぅわ……わかった……」


師匠の低い声に従い、探偵さんは振り返る事もなく屋敷の方へと駆けていった。

……その背が見えなくなった瞬間、空気が更に一段、重くなる。

私と師匠だけが残されたこの場所は、まるで世界から切り離されたかのように、張り詰めていた。

師匠の身体から溢れ出す冷気と、翠山に荒れ吹く風が重なり合い――比喩ではなく、本気で凍えてしまいそうだ。


「ッ……」


濡れた身体に吹きつける風は容赦がなく、時間が経つほど、体温を奪っていく。

耐えきれなくなった私は、せめてこれ以上冷えないようにと、自分の腕を摩った。

……その時だった。

師匠が、こちらへ歩み寄ってくる。

反射的に顔を上げてしまい、

――視線が、ぶつかった。


「あ……」

……怖い。

案の定、師匠は物凄い形相で、私を睨みつけていた。

どうしよう。

……何を、言えばいい?

怯え、震えながら、ただ師匠の言葉を待つ私に、彼は静かに口を開いた。


「……もう使えるだろ。魔法」

「え、あ…本当だ……。

えっと……『温風魔法』」


指摘されるまま、慌てて簡易魔法を発動する。

温かな風が、私と師匠を包み込み、濡れていた服と身体を乾かしていく。

……これで、体は乾いたはずなのに。

相変わらず寒さだけが、消えない。

それはきっと、空気の冷たさではなく――

師匠との沈黙のせいだ。


『……。』


師匠との沈黙が、こんなにも苦しいなんて、初めてだった。

例えるなら……心ごと、氷漬けにされたような感覚。

……とにかく、謝らなければ。

そう思い、私は覚悟を決めて頭を下げ、声を上げた。


「ッ師匠、すみませ――」

「お前は……」


……不覚。

謝るより先に、言葉を遮られてしまった。

ふざけている場合ではないのに、正直……もう、ここから逃げ出したくて堪らない。


大切な人達に怒られるのは、昔から苦手だ。

だってそれは――

自分の大切な人の心を、傷付けてしまった証だから。


「私……」

「何故……そんなにも死に急ぐ?」


重ねた声は、またしても被った。


「お前の身を蝕む呪いは、そんなにも強力なものなのか?!

自分の命が、どれだけ重いものか……。

それを何故……ッなんで、わからない?!」


張り上げられた師匠の声は、怒りだけではなく――

痛みを孕んでいた。

「ッ……」

その表情を、私は直視できなかった。

視線を落とし、ただ、立ち尽くす。


……師匠が、私の為に怒ってくれている事は、分かっている。

それなのに。

呪いのせいなのか、それとも……私自身の問題なのか。

不思議なほど、心には何も響いてこなかった。



あぁ――そういえば。


『自分の為に怒ってくれる友がいるのは、とても幸せな事です』


昔、翠雨様がそう仰っていたのを思い出す。

でも……。

どれだけ想ってもらえても、どれだけ怒ってもらえても。

私が、それを受け取れなければ。

反省も、理解もできなければ。

その想いは――全部、無意味になってしまうのだと。

……今になって、ようやく私は、それに気付いてしまった。



「ご、ごめんなさ……」

「お前は、まだアイツに……"本当の事"を隠してるんだな」

「……っ?!」


次こそ謝罪を伝えようと口を開いた私は、師匠の言葉に動揺し、思わず一歩後退った。

――その瞬間。


「ッ……!」


背後に、冷たい感触。

……川だ。

このまま下がれば、また、落ちてしまう。

咄嗟に足を踏み替え、安定した足場へ移る。

その結果――

私と師匠の距離は、先程よりも、ずっと近くなってしまった。

逃げ場が、ない。


「お前が呪いで奪われたのは……“死を恐れる心”なんかじゃないだろ」


低く、確信を帯びた声。


「……“生きようと思う心”だ」

「ッ……」


……否定、できない。

私は無言のまま、師匠から視線を逸らした。


「……でも、嘘では……」

「確かに、嘘じゃない。

だがな……かなり、捉え方が変わるだろ」


師匠は、言葉を探すように間を置く。


「……本当に、

“死を恐れる心”だけだったら……どれほど……」


そこで、言葉が途切れた。

師匠は俯き、それ以上、何も言わなかった。

……私も、言葉を失う。

どうするべきなんだろう。

こういう時……何を、言えばいい?


「……。」


正直に言えば――

私は、竜眼で師匠の心が視えている。

今、彼が欲している言葉も、求めている答えも……分かっている。

……でも。

そんな、心にも思っていない“正解らしい言葉”は、言いたくなかった。

だって、それはきっと、ただの――中身の無い模範解答になってしまう。


……自己満足のエゴでしかないけれど、仲間に対して、そんな“酷い嘘”は吐きたくない。

理想を演じるのは、民の前だけで充分だ。

だから私は……どうやっても、師匠の欲しがる言葉を返せない。


「師匠、落ち着い――」

「落ち着いていられる訳が無いだろ!!」


師匠の声が、鋭く空気を裂いた。


「俺がどんな想いで、お前らと向き合っているかなんて……ッ知りもしないくせに!!」

「ッ――!」


正当すぎる言葉が、胸に突き刺さる。

あぁやっぱり……反論できない。

私はいつだって、自分の行動を“呪いのせい”にしてきた。

向き合うべき現実から、目を逸らして……。

皆の想いにも、何度も背いてきた。


……本当に。

自分の不誠実さに、吐き気がする。

挙句の果てに――

師匠を、ここまで苦しめて。

彼の過去も、彼の想いも……全部、知っているくせに。

皆と違って、“人の心が視える”くせに。

……あぁ。

私は結局、誰かを護るよりも――傷付ける方が、得意なんだ。


そう、思った瞬間。

心の奥で、何かが――


──カチリ


と音を立てて、外れた。



「……」


……“コレ”だって、いつもやってきた事。

もう、慣れた。

もう、怖くない。

もう、辛くない。

もう……大丈夫。

何度も、何度も。

そうやって、自分に言い聞かせてきた。

それに――

どうせ、もうバレているなら。

今更、隠す必要なんて……ないでしょう?

私は感情を切り離すように、心を無にして、自分に命じた。

……傷付くのは、自分だけでいい。


「俺はもう……誰も……失いたくない!」


師匠の声が、喉を裂くように響く。


「もう、お前達しかいないと……何度言えば……!」


――その瞬間。

私は、覚悟を決めた。


「……師匠」

「ッ?!」


師匠の手を強く取ると、彼の思考を逃がさないように視線を合わせる。

……赦さなくていいよ。ごめんね。

心の中で、そう謝ってから。

私は師匠を、翠山の風で一気に拘束し――

同時に、抑え込んでいた妖魔力を解き放った。


『──妖魔解放』

「おい、なんのつもり……」


突然の拘束に、師匠の声が揺れていた。

……当然か。

身動きの取れない状態にも関わらず、今にも魔法を発動されそうになっているのだから。

驚かない方が、おかしい。


『……貴方が悲しむ必要も』

「なんで詠唱を……ッおい、やめ……!」


私は、その声に耳を傾けなかった。

今この瞬間だけは――彼の声を“聞かない”と、決めていた。


『痛みに耐える必要も、無いのです』

「ッ!!お前……!

今すぐやめろ、アルテ!ッそれ以上は……!」


……流石、師匠。

詠唱の一部を聞いただけで、私が“何をするつもりか”もう、分かってしまったみたいだ。


『どうか全ての傷を、痛みを…私に……』

「お前は、またそうやって……!」


師匠は必死に、風の拘束に抗っている。

……でも。

ここでやめたら、きっと。

師匠の心に刻まれた傷は――もっと、深くなる。

だから、止めない。


「……ッ『全ての苦痛を忘れなさい。

第十六詠唱――“呻吟忘却”』」

「あ……」


詠唱が終わった、その瞬間。

師匠の身体から、力が抜け落ちた。

負の感情を全て奪われた事により、意識を手放したのだ。

緩んだ風の拘束から抜けると、師匠はそのまま――

ゆっくりと、地面に横たわる。

そして。

その瞬間――


────ズキリッ……


師匠が抱えていた心の傷も、痛みも……一気に、私へとのしかかってきた。


「ッゔぁ……グッ……」


あまりにも、大きすぎる心の傷。

私はその重みに耐えきれず、膝から地面へ崩れ落ちた。

……あぁ。

師匠が、こんなにも傷付いていたのに。

私は――

こんな……こんな方法でしか……。


「ごめ……ッごめ…なさ」


獣神様……ごめんなさい。

私……やっぱり、上手く出来ませんでした。

獣神様がかけて下さった言葉を思い返しながら、私は唇を噛みしめる。

……逃げて、ごめんなさい。

探偵さんの決意を、ついさっき聞いたばかりなのに。

……それでも。

師匠に、頼れなかった。

向き合う事が怖くなってしまった。

ッ……悔しい。

変わるのが……こんなにも難しいなんて。

私……。

どうすればよかったの……?


「ッぁ……ごめんなさい……。

ごめんね、師匠……」


意識の無い彼に向かって、私はようやく言葉を吐き出した。


「貴方の気持ちは……知ってるの。

私も……皆を失いたくないよ……」


声が、震える。


「……大切で……大好きだもん。

奪われる辛さも…失う悲しみも……ちゃんと、知ってる……」


だからこそ。


「……でも…やっぱり……だからこそ……。

貴方達が苦しむ姿は……ッ耐えられない……」


喉が詰まり、息が浅くなる。


「……私は……どこまでも、弱いから……」


師匠の耳に、この声は届かない。

……それでも。

言わずには、いられなかった。


「……ごめんなさい……ごめんね……」


そうして、謝り続けているうちに――

いつの間にか、永護が私達の前に立っていた。


「永護……」


「……リハイトさんを、お運びします」


状況を一目見ただけで、永護は何も聞かず、そう言った。

そして私の傍に、静かにしゃがみ込む。


「私……もう……何も、わからない……」

「姉上……」


私は永護に向けてではなく、ただ――

自分の胸の奥に溜まっていたものを吐き出すように、言葉を零した。


「自分の命の重さなんて……今更、わからない……」


声が掠れる。


「……だって、今までずっと……何もかも、この呪いのせいにして……目を背けて……逃げて……。

解決しようと、してこなかった……」


本当は。


「……初めから……諦めてたから……」


それでも。


「ッ…でも……本当は……私だって……このままは……嫌なの……」


感情が、一気に溢れ出す。


「私が苦しむ理由を、彼の……ッシュウのせいに…したくない!」


最後は、叫ぶようになっていた。

……やっぱり。

私は、自分の本音が苦手だ。

一度、口にしてしまうと、もう、止まらない。

気持ちは“声”という形を得て、どんどん外へ――

逃げて行ってしまう。


「ッ…わかんないよ……今更……。

私……どうすれば、いいの……」


泣き崩れた私の隣で、永護は――

ただ、黙って寄り添ってくれた。

永護だって、私と同じように"呪い"で苦しんでいるはずなのに。

それでも、私に合わせてくれている。

……それに比べて、私は。

どうして、他人を思いやる事が出来ないんだろう。


「……ごめんね、永護……。

子供みたいに、騒いで……」


そう言うと、永護は静かに首を横に振った。


「……気にしていません」


その仕草に、私は自分の不甲斐なさを思い知り、小さく苦笑する。

……本当に。

永護は、優しい。

私の弟なのが、勿体ないくらい。


私は再び、師匠へと視線を戻し、自分の大切な人達の顔を思い浮かべて――

ぽつり、ぽつりと。

大粒の雫を、地面に落とした。

……今、泣きたいのは。

きっと――

師匠の方なのに。


「……ごめんね……弱くて……」


私はもう一度、深く頭を下げる。

そして。

師匠を背負った永護と共に、静かに――

自分達の屋敷へと、戻った。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

100話を超える長編となりましたが、皆様のお目が疲れていないか少し心配です。ᯅ̈՞ ՞


さて、今回でようやくpixivに投稿していた分に追いついてしまいました……!

この先のお話は現在絶賛修正中のため、しばらくの間、投稿をお休みさせていただきます。(:o」∠)

次の更新まで、少しだけお待ちいただけますと幸いです。


ではでは〜!おやすみなさい⋆☽☁︎︎*°

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