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生彩放つ無神世界  作者: 美緑
〜第十章〜禁色彩禍の画罪
103/105

新たなる魔手と朱兎

✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿ ┈ ⋯ ┈ ✿

《探偵視点》



「はぁ……」


山域境界線の崖の上。

沈みゆく夕日をぼんやり眺めながら、私は大きく溜息を吐いた。


「アルテが闇の力を克服できたのは良かったけど……

プリスナさんは……もう……」


あの後。

私達は今回の事件を引き起こしたであろう魔族から情報を引き出す為、彼女を尋問した……のだが…。

わかったのは、プリスナさんの死が確実であるという事だけだった。

もちろん秘石の複製品は直ぐに回収したし、アルテだってその場にいた。

――それでも、得られた答えはひとつだけ。悲しい事実だけだった。


「……。」


私は哀惜の情にかられて、その場に座り込む。

放火魔は、嬉々としてプリスナさんをどう殺したのか語っていた。

内容は、勿論酷いもので……。

プリスナさんを痛めつけた後、

彼女が息絶えるまで、傷口に絵の具の毒を擦り込んだ事や、

彼女の好きな色を聞き出して、わざわざその色の有毒絵の具を“最期”に使った事……など……。

……聞いていられなかった。耳を、塞ぎたくなってしまった。

聞いてしまった事自体が、後悔になるほど凄惨な話だった。

胸の奥が、じわじわと冷えていく。


「事件は解決したのに……。全然、喜べないよ……」


犯人は捕まった。真相も暴いた。

もう、画材屋達が同じ被害に遭う事はない。

――なのに……後味が、悪い。

救えたかもしれない“もしも”を考えるのは無駄だと、頭では分かっている。

それでも、受け入れ難かった。心が、納得してくれなかった。



 

「あれ?アンタ、あの時のおチビ……じゃなくて!”お嬢ちゃん”じゃん!」


そうしてプリスナさんの事を悔やみ、沈んだ思考の底にいた私に、突然、背後から声が降ってきた。


「……え?」


思わず振り向くと、

そこに立っていたのは、小柄な少女が一人。

声だけでは相手が誰なのか判らなくて、顔を確認したかったけど……木々の影に隠れていて、よく見えない。


「だ、だれ!?」


急に声をかけられて、私は反射的に飛び退いた。

――が、その直後。

胸の奥が、微かにざわつき、思い出した。

この声……聞いた事が、ある。

 

「も、もしかして……芸術心祭の時の……?」


確かめるように問いかけると、

“少女”は楽しそうに笑った。


「そそ!!

声だけでも覚えててくれたんだ?」


そう言って、「うれし~」と呟きながら、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。

木々の影から出てきた彼女の顔は、仮面に覆われていた。

やっぱり表情は分からない。

 

「あの時、私達ちょっと急いでてさ~。

ちゃんと挨拶も出来なかったし、謝れなかったしで、

ずーっと残念だと思ってたんだよ」


なんだろう、気のせい……かな?

この子、距離感が異様に近い。

軽やかに、楽しそうに……。

まるで気心の知れた友人へ向けるかのように、話したてる少女。


「私、クイーン!よろしくね?

あと敬語とかいらないから、タメでいこ!」


その勢いに、完全に飲まれた。

 

「え、あ……う、うん?

よろしく、クイーン。

私は――」


でも一瞬、言葉が詰まる。


「……エタ……」


“エタンセル”。

そう名乗りかけて、私は咄嗟に口を閉じた。

 

「……いや。探偵だよ」


今の私は、それでいい。

今の私は、“探偵”だから。


「たん……?役職名が名前なわけ?

……ま、どーでもいいけど」


“探偵”と聞いたクイーンは、不思議そうに首を傾げた。

けれどそれも一瞬の事で、すぐに興味を失ったようだった。

彼女は私から視線を外すと、何かを探すように今度は周囲を見回し始める。

それから――

気のせいだろうか……。

彼女の纏う空気が、ほんの一瞬で変わった気がした。

さっきまでの軽さが、消えたような……。

 

「えぇと……そういえばクイーン。

芸術心祭の時は誰かと二人でいたよね?」


先程まで響いていたクイーンの声が無くなり、

必然的に会話も止まってしまったからか、沈黙が長引いて……


「今日は……一緒じゃないの?」


何も話さないのが妙に気まずくなってしまい、

私はつい声をかけた。


「あ~……その辺にいるんじゃない?

私達、同じ”捜しモノ”してるから」


あの日、私がぶつかってしまった“もう一人”。

どうやら、その人物も翠山に来ているらしい。

……とはいえ、「その辺」と言われても、ここから見える範囲に人影はない。

……同じ、捜し物?

 

「捜し物、か……」


私は改めて周囲を見回し、ここが山の中だという事を思い出す。

この広さで何かを探すなら、人手は多い方がいい。

 

「私で良ければ、手伝おうか?」


事件も解決したし、手は空いているので協力出来る。

彼女達にぶつかってしまったお詫びも兼ねて、捜し物の手伝いを提案してみると、クイーンは一瞬だけ黙り込み――次の瞬間、弾んだ声で言った。


「へぇ……。じゃ、手伝ってよ」


そして、こちらに手を差し出してくる。


……え?

握手、かな?

突然手を差し出されて困惑しながら、私もゆっくり自分の手を差し出した。


――次の瞬間。


「……え?」

「ぷッ……アッハ!チョー単純じゃん、ウケる!」

「なッ――!?何するの?!

──離して!!」


差し出した手首が、見た事のない魔道具で、一瞬にして拘束されてしまった。

……っ、これ……!

拘束具から流れる魔力で、即座に魔道具だと分かる。

それに――

「ま、魔法が……使えない?!」

魔力が、封じられている。


……魔道具の中には、魔力を吸収したり、魔法を封じる物があるって聞いた事がある。

……でも。

実際に使われるのは、初めてだ。

ッ対処法なんて、分からない!

 

「クイーン……!

なんで、こんな事するの!?」


混乱したまま問いかけると、

クイーンは心底不思議そうに首を傾げて、笑った。


「なんでって?

そりゃ、手伝ってもらう為だよ。”捜しモノ”」


まずい……。

よくわかんないけど、これだけは分かる。

この子は、最初から“協力”を求めていたわけじゃないんだ。

 

「んねぇ、おチビちゃん……。私の質問に答えて?」


いつ取りだしたのだろうか……。

彼女は魔法の杖を私に押し当てて、

脅迫めいた方法で情報を聞き出そうとしてきた。

距離が、近い。

声は軽いのに、逃げ場がない。

 

「闇の力に染った竜は……何処に行ったの?」

「……ッ!?」


――竜。

アルテの居場所を、聞き出すつもりなんだ!


「ッアルテを……一体どうするつもり?!」


私は警戒心を一気に高め、思いっ切りクイーンを睨みつけた。

魔族による事件が、つい先程まで起きていたばかりだし……

それに――

アルテを“竜”と呼んだという事は、この子もドミシオンの配下である可能性が高いから。

 

「ん?あー……私、

やっさしーから教えてあげる!」


しかし、そんな私の緊張など気にも留めず、クイーンは楽しそうに笑った。

 

「竜族はね、世界を征服する為に必要な存在らしいんだよね~」


また軽い口調。

まるで、噂話でもするみたいだ。

 

「でもさ、竜族ってだけじゃダメで、

“特別な竜”じゃないと意味ないらしくて?

だから私、仕方な……じゃなくて、一ッッッ生懸命!

お目当ての竜――

アンタが言ってた、アルテ?を探してるの!」

 

……耳を疑う。

 

「でも、安心して?

竜には、世界征服の為に、ちょこッと力を借りたいだけ……。

……だから、ね? ね?

竜が抵抗しなきゃ、私達も酷い事はしないから~!」

 

……滅茶苦茶だ。あまりにも。

 

「先王陛下……魔女様の為にさ。

大人しく、アンタの知ってる事、教えて?」

「世界って……。

コピルムには、もう二国しかないのに……」


私は、抑えきれずに言い返していた。

 

「魔界モルダーシアだけで、世界の半分だよ?

十分、征服してるじゃん!」

 

だって看過できない。

この傲慢な言い分は、度が過ぎている。

 

「ッはあぁ???」


しかし……

まるで「信じられない」とでもいいたげに、

クイーンが呆れ混りの声を跳ねさせた。

 

「それじゃ足りないから、こんな事してんでしょ?」


いや……そんな、心底理解できないという顔をされても……困る。

 

「わッかんないかなぁ……?

世界の半分征服してるような傲慢な奴がさ、

もう半分に手をつけない訳、ないじゃん?」

 

……そんな事ないと思う。

 

「それぐらい強欲じゃないと、

魔界の統治なんて、できないでしょ」


私は心の中で反論するが、

クイーンは、そもそも侵略を悪だとも思っていないのか……

その傲慢さこそが理由だと言い切って譲らない。

彼女の云う"魔女様"とは、おそらくドミシオンの事だろうし……

もはや、話し合いの余地は無いようだ。


「……なら、私は」

私は、静かに息を吸う。

 

「エデンカルの一国民として、貴方達に……全力で抗う!」

「え、私なんか変なスイッチ入れさせた感じ?」


魔法を封じられていても、ホノに伝言を頼む事くらいはできる。

だから諦めない。

今できる事、すべき事を考えて、改めてクイーンを睨むと、

彼女は目を丸くして、面倒くさそうに肩をすくめた。

 

「うっわーマジか。仕事、増やした~……。

……ま、その度胸は気に入ったけどね」


けれどクイーンは、愉快そうに笑う。

 

「味方だったら大歓迎だもん。

そういう暑苦しいの、見てて滑稽だから!」


魔道具のせいで思うように動けない私は、苦し紛れの抵抗としてホノに応援要請の伝言を頼んだ。

――すると、それとに同時に……

「……でも、残念」

低く、冷たい声を私に聞かせながら、クイーンが魔法の杖を高く振り上げる。

 

「オタワムレは、この辺で終わりね。

アンタの有り余ってる度胸……ここで燃え尽きさせてあげる!!」

「ッ……」


これは多分、冗談でも脅しでもない。

どうやらクイーンは本気で私を傷付けるつもりらしい……。

振り上げられた杖の先には、

今までとは比べ物にならないほどの魔力が渦巻いていた。

 

『私の異能力、受けてみなさい!』

「ッう………!」


何の攻撃が来るのか分からない以上、防御魔法を展開すべき――

けれど、生憎今の私は魔法を封じられている。

身を守る術は、無い。

……はず、だった。

けれど……


───ん? 

……あ、あれ?


「……何とも……ない?」

 

いくら待っても、

痛みも、衝撃も、灼熱も――何一つ来ない。

……もしかして、ただのはったりだったのか?


「は?……はぁ?!」


思わず首を傾げた、その瞬間。

 

「え、どういう事?!なんで効いてないわけ?!

“呪い無効”とか……そんなの、アリ?!」

 

……呪い、無効?

聞き慣れない単語に、私はまたも首を傾げそうになる。

けれど――

少なくとも、クイーンが今放ってきた攻撃が、魔法ではなく“呪い”の類だった、という事は理解できた。

 

「うわ、うッッッわ!最ッッ悪!!」


クイーンは頭を抱える。

 

「寄りにもよって、こ~んな

よッッッわそうなおチビちゃんが、チーターだったなんて!」

 

自分の攻撃が効かない事が、よほど気に入らないらしい……。

悔しそうに顔を歪め、私を睨みつけてくる。

……けど。

 

「む、ムッキィィィ!!

さっきから黙って聞いてれば!」


なんで被害を受けてる側の私が、

こんな理不尽な文句を言われなきゃいけないんだ!!


「弱そうとか、チビとか……失礼だぞ!」

「は? うっさ……騒がないでくれる?

なんで私の魔法効かない訳?キライなんだけど」 

「理不尽!!」


私は今の状況に思いっきり不満をぶつけたが、

当然、状況が好転するわけもなく――

 

「……呪いでダメなら、

もう大人しく燃えててよね!」

 

……その一言で、背筋が凍る。

呪いが効かなかった事により、逆に大ピンチに陥ってしまった。

クイーンは、今度こそ攻撃魔法を放ってきそうだ。


「どうかしてる……ッ、やめて!!」


肌を刺すような熱気で、嫌というほど分かる。

この子は――

すごく……桁外れに強い魔法使いだ。

 

「あつ……い……」


身を焼かれるような熱さに、思考が溶けていく。

意識が朦朧とする中……

無意識に魔力の流れを追って、私は視線を動かしていた。

そして、その先に見えたもの。

 

「……え……フェネック?」


赤い狐――いや、フェネック。

炎の魔力で形作られた、獣の影。

……何故だろう。

その魔力の“形”を見た瞬間、胸の奥がざわついた。

……炎。フェネック。

どこかで聞いた事のある単語なのに……

意識を奪うほどの熱気のせいで、肝心な“何か”が思い出せない。

 

「アンタの身を護る”竜の守護魔法”を攻撃すれば……。

きっと……来るよね……」

 

立っている事すら出来なくなり、膝をついた時。

クイーンが、ぼそりと何かを呟いた。

……けれど、その言葉を正確に聞き取れるほど、私の意識は残っていなかった。

 

『呪魔廓大……!』


あぁ……クイーンが今にも呪文を発動させようとしている。

それが分かるのに……分かって、いるのに――

魔法を封じられている私は、何も出来ない。

 

「アンタには悪いけど、

手加減とか器用な事できないから……!」

 

クイーンはそう言い放つと、言葉通り容赦なく巨大な火球を飛ばしてきた。

……あぁ。ただでさえ、死ぬほど暑いのに。

敵ながら、惨い事をする。

私は迫り来る火球を睨みつけて軌道を読むと、直撃だけは避ける為に、重い足を動かした。

……けれど。

それを避けたところで……

 

「ちょこまか避けないでよ!

魔力が勿体ないでしょ!私の!!」

 

文句と共に、次の火球が休む事なく放たれる。

――というか、避けるなって……。

 

「ッ、無茶……言うな!避けなきゃ死ぬわ!」

 

冗談じゃない!

こんな所で、丸焼きになってたまるか!

……でも、体力の消耗があまりにも激しい。

このままホノが戻って来るまで………あるいは、リハイトと永護が駆けつけてくれるまで――

私は、耐えられるのだろうか……。

 

「ッ───うぁ?!」

 

……そんな弱気な思考を振り払えず、ほんの一瞬、下を向いた。

たったそれだけの隙を――

クイーンは、見逃してくれなかった。

 

「初めから、こうするんだった。

この距離なら……確実」

 

気づいた時には、もう遅くて、彼女の杖が、私の喉元に突きつけられていた。

……ッこんなの、避けられない。

喉元に集中していく、焼け付くような熱を感じて……直感的に悟った。


……しかし――



『───竜流星閃光!!』

 

「……え?」


その瞬間……

突然響いた声と共に、私の喉を焼こうとしていた熱が、霧散した。

見れば、クイーンの杖には、光魔法によって生み出された“竜”が噛みついている。

 

この魔法――

 

「……アルテ……なんで……」


その竜が……魔法が、この光が、

アルテのものであると、すぐにわかった。

でも……

それと同時に、強烈な焦りが胸を締め付ける。


「来ちゃダメ……。

この子は、ドミシオンの……」

 

クイーンは、

アルテを狙う――魔界の使者だから。




✿ ✿ ✿ ✿




「貴方……。

随分と、派手に暴れてくださいましたね」


そう言ったアルテの声は静かだったが、

そこにははっきりとした怒りが滲んでいた。

 

「やっぱり来てくれた……!」

 

けれどクイーンは、そんな事など気にも留めない。

それどころか、むしろ――高揚している。

その声も、仕草も、私と話していた時とは比べ物にならないほど弾んでいて……まるで、心からアルテと出逢えた事を喜んでいるかのようだった。


……態度を偽っているようには見えないし、演技にも、思えない。

……本当に、嬉しそうだ。

その理由は分からないけれど――

少なくとも、ただ「目当ての竜を見つけたから」と言うだけでは、なさそうだ。

 

「その秘石……。

貴方も、魔界から……」

 

一方でアルテは、いつの間にか私を拘束していた魔道具を解除し終え、クイーンの首元へと視線を向けていた。

 

彼女の視線を追えば――

確かに、クイーンは“朱殷の秘石”を身につけている。

……つまり。

アルテの“眼”でも、この子の心を読む事は出来ない、という事だ。


 

「……ここからは、私がお相手いたします。

……これ以上、この方を傷つけさせません!」

 

しかしアルテは、相手が”魔界の使者”だと知っても、構う事なく私の前に立つ。

……喩え自分が狙われていようと、アルテの中には「逃げる」という選択肢が無いのだろう。

だからこそ……此処に来て欲しくなかった。

彼女は自分の事を犠牲にしてでも、私を助けてくれると……解っていたから。

 

「……やっぱり、ダメだよ」

 

民達の心の傷。

不平、不満、不安……。

それら全てを、肩代わりしたばかりのアルテに、これ以上の負担をかけたくなくて……私は、しがみつくように彼女を引き止めた。

そもそも、闇の力を取り込んだ後――まともな治療すら済んでいないのだから、本調子で戦える状態なわけが無い。

 

「お願いアルテ、逃げ――」

「アンタは、そのおチビちゃんが、よっぽど大事なんだね……」

 

アルテを逃がす為、私が彼女の身体を押すと……

不意に、クイーンが口を開いた。


「アンタの……は…ッ私なのに…」


先程の上機嫌は何処へやら……。

こちらには聞き取れないほど小さな声で何かを呟きながら、彼女は――忌々しそうに、"私"を見ている。


「……邪魔だなぁ」


その視線に宿っていたのは、はっきりとした妬みと嫉み。

今まで、誰からも向けられた事のない種類の激情に、背筋が、ぞっと冷えた。

……なんで、急に?

何に対して怒りを覚えているのか、どうして私を睨むのか――

全く分からなくて、ただ困惑するしかない。

 

『呪魔廓大……』

 

けれど、

私の戸惑いなどお構いなしに――

クイーンは、魔法の詠唱を始めてしまった。 

……やはり。

この子との戦闘は、もう――避けられそうにない。



『火と闇のファミリア……“キャロル”!

アンタのパルは私、クイーン!

……さぁ、悪戯の時間だよ!』

 

クイーンがそう叫ぶと、黒い兎が――虚空から跳ね出した。

怪しく光るショッキングピンクの瞳が、一直線に、私を捉える。

ブーブー……と、鼻を鳴らすその様子は、主と同じように――苛立っているようにも見えた。

……あるいは、

これから始まる“遊び”に、興奮しているのか。

 

『咲き誇る闇の華と、艶やかな炎の揺らめき……。

……第五詠唱、遊び狂う手札“シュプリームダンス・カード”!!』


「……ぅあ?!あっつ!!」

 

私が兎に気を取られた、その一瞬。

クイーンは、躊躇なく攻撃を開始した。

先程の巨大な火球とは違い、トランプカードのように舞う無数の小さな火球が――雨のように、降り注いでくる。

 

『──不惜身命……。

私は何も失わず、奪わせない。

始祖よ、偉大なる竜よ……。

今こそ、天恵を授け給え。

第十詠唱……守護竜の庇護“曙光護符”』

 

アルテの魔法が、全ての火球を確実に防いでくれている。

……それでも。

周囲を満たす熱気は消えず、肌を焼くような空気が、じわじわと体力を奪っていく。

それに――

まだ、ホノが戻って来ない。

魔法が封じられている今、私は反撃どころか、守護魔法の外に出る事すら出来ない。

「ッ……」

お願い、ホノ……!

早く……リハイト達を、連れて来て……!

 

「探偵さん。

危ないですから、私から離れないで」

 

ホノを探して無意識に身を乗り出した瞬間、どうやら私は守護魔法の外へ出かけていたらしい……。

アルテが静かに制した。

 

「あ……ごめん……」


私を庇っているせいで、アルテは防御に専念せざるを得ない。

 

「本当に……ごめんね」


その事実が、悔しくて、申し訳なくて――

私は、謝る事しか出来なかった。

……けれど。

 

「……ねぇ、探偵さん」

 

アルテは、そんな私の気持ちなど気にも留めない様子で、呼びかけてくる。

 

「竜族の力を乱用しようとする無作法な方々には……

きちんと、報いを受けてもらいましょう?」

 

その表情は――まるで……

今から、とびきりの悪戯でも仕掛けるかのような、楽しげな笑みだ。


「……報い?」


……どうやって?

私が首を傾げると、彼女は、自身の肩に留まる“翠羽”と、亜空間から取り出した“魔力回復ポーション”を、さりげなく示す。

あぁ……。なるほど……。


「……いいね、それ」

 

その提案が、あまりにも魅力的で。

まだ、命の危機にあるはずなのに――

私は思わず、アルテと同じような……悪い笑みを浮かべてしまった。

 


「……さっきから何なの?

二人して楽しそうに……ッあぁ……ッほんとムカつく!」


私がアルテの提案に乗った瞬間、いつの間にかクイーンは火球の放射を止めていた。

いや、ただ攻撃を止めたというより――

自分の思い通りにいかなくなった事への苛立ちを、抑えきれなくなったように見える。

……でも、今はそんな事、気にしていられない!


「相手が敵なら、卑怯でもなんでも、勝てばいいもんね!

翠羽!!力を貸して!!」


私はそう叫び、ホノの代わりに翠羽を喚んだ。

火球が止んでいたおかげで、守護魔法を維持する必要が無くなった翠羽は、アルテの肩を離れ、迷いなく私の傍へと飛んで来てくれる。

……ホノがいなくても。

コネクト魔法なら……!


『古代魔法行使!

生きとし生けるもの全てを愛する母なる大地よ!

今こそ私を支え給え!

悠久なる大地は私の知己朋友!

古代呪文、第二十詠唱……グラディオルインテッラム!!』


私はアルテと手を繋ぎ、詠唱を重ねた。

翠羽は風と光の精霊だから、土の自然力には干渉しづらいかもしれないが……それでも。

私の魔法を発動させるために、全力で力を貸してくれた。


「え、ちょ……ッ何?!」


山の地形が、土魔法によって私の意思に応じて軋み、動き、崩れ――やがて、困惑するクイーンの足元へと、“悪戯の要”がやってきた。


「ッなんなのこれ?!最ッッッ悪なんだけど!!」

「訓練の時に使った“罠”……!

残しておいて正解だったね!」


それは、強化訓練で私達を散々苦しめた捕縛罠(鋼製)だ。

重たく頑丈な罠が、クイーンをしっかり捕らえている。

これでもう悪さはできないはずだ!

身をもってあの罠の性能を知っている私は、彼女の動きが完全に封じられている事を確認してから、翠羽をアルテの元へ戻し、魔力回復ポーションを一気に飲み干した。


「この山は魔物が多いので、民達の安全を考えて罠をそのままにしていたのですが……。

まさか、こんな形で役に立つとは……」


そう言いながら、アルテは戻ってきた翠羽を撫でる。

困ったように眉を下げてはいるけれど――その口元は、ほんの少し緩んでいて……悪戯が成功した子供みたいな表情だった。


「……にしても流石だね、アルテ。

私、ホノがいないから魔法使うの完全に諦めてたけど……

コネクト魔法なら、自分の精霊がいなくても使えるもんね……。

すっかり忘れてたよ」


初心に返る大切さを噛みしめながらそう言うと、

アルテは、静かに首を横に振った。


「探偵さんこそ……。

よく私の考えている事が解りましたね?」


いつもの謙遜節が来ると思っていたから、その言葉に、少しだけ面食らう。

…そう言われてみれば、確かに……。

彼女からは、罠の"わ"の字も言われていなかった。

でも――


「強化訓練では悔しい思いしたからね。

二度と引っかからないように、魔力探知の練習したんだ!」


あの時の屈辱のおかげで、罠の位置や数は、前もって正確に把握できていた。

だから――

魔法さえ使えれば、動かせるのに!……と、考えてはいたのだ。


「……まぁ、罠の場所が分かっても、

コネクト魔法までは自力で気付けなかったけどね……」


最後の一押し……閃が足りなかった事を悔やんで呟くと、アルテは、また首を横に振る。


「私はヒントを出しただけ。

答えに辿り着いたのは……紛れもなく、貴方の実力です」

「そうかなぁ?」

「そうですとも!」


……うーん。

こうもハッキリ、迷いなく言われると、なんだかむず痒い。

アルテは人を褒める時、いつも全力だし過褒気味だ。

自分の事に対しては、驚くほど謙虚なのに……。


「……そっかぁ」


でも……。

彼女の賞賛には、その言葉一つ一つに、心が籠もっているのを感じるから、どれも嘘に思えない。

まぁ……。だからこそ、余計に照れちゃうんだけど。


「ありがとね、アルテ」


ここまで言われて否定するのは、彼女の言葉を踏みにじるみたいで、流石に気が引ける。

だから私は、素直にその賞賛を受け取った。




「ッあぁ~もう!!イライラする!!」


……その時だった。

罠に捕らえられていたはずのクイーンが、空気を震わせるような怒号を放つ。


「キャロル……力貸して!」


そして、彼女が自身の使い魔へと、そう命じた次の瞬間――

ありえない事が起きた。


「ッはあ!!!」


鈍く軋む音と共に、鋼製の捕縛罠が――

内側から、粉砕された。

そう、クイーンは、自力で罠をぶっ壊したのだ。鋼製の。


「……え……うそ」


あまりの出来事にショックを受けて思考を停止させていると、そんな私の耳に、クイーンの使い魔である黒兎の、けたたましい鳴き声が突き刺さる。


『ぷうぅ───ッ!!!!』


な、なんなんだ……。

……理解が、まるで追いつかない。

ただ――

なんだか、とんでもなくまずい事だけは、分かる、


「魔力封じすら施されてない、ただ動き封じるだけの弱ッい罠で……私を捕まえておけると思った?」


クイーンは吐き捨てるように言うと、さっきまで罠だった“それ”の破片を、こちらへと投げつけてきた。


「バッッッカじゃないの?

マジで平和ボケしすぎ……あんま舐めないでくんない?」


鋼の破片は、魔法的な軌道を描く事もなく、重力に従って――ゴンッ、と鈍い音を立てて地面に落ちる。

……いや何言ってんだこの子。


「弱いって……それ鋼製だよ?!

すっごく固いのに、筋力で……」

「んなわけないでしょ?」


思わずそう口にすると、クイーンは心底呆れたような顔で、私の言葉を遮った。


「もう忘れたの?

私、火の魔法使いなんだけど?」


そう言って、彼女は自分の手のひらに火を灯す。

――その瞬間。


「探偵さん、下がって!」


鋭く叫んだのは、アルテだった。

でも……

「え……?」

クイーンは今、ただ火を出しただけだ。

火球を飛ばしてきたわけでも、詠唱を始めたわけでもない。

なのに――


「え、なに……どうして?!」


アルテが何に対して驚いているのか……私が理由を理解するよりも早く、彼女は再び私の前に立ち、庇うように守護魔法を展開する。


「鋼を溶かす為に必要な温度は1000度から1500度……ですが」


困惑する私を背に隠したまま、アルテは続けた。


「火の魔法使い達の操る火は、500度前後が平均値なのです」


……なるほど。

その説明を聞いて、私はようやく状況を飲み込む。

クイーンの火は、平均の二倍以上――鋼を破壊できるほどの高温。

あの子は、かなり……いや、相当強い火の魔法使いなんだ。

……あれ?

ならやっぱり、アルテを逃がさないとダメじゃないか?


今、護られるべきなのは私じゃない。

この場で一番危険なのは――間違いなくアルテだ。

でも……まぁ、それを思い出したところで、アルテが素直に逃げてくれるわけないんだけど。

「……。」

……ホノ、お願い早く戻って来て。



「1000度?それが何?

てか私、まだ本気で魔法使ってないんだけど?

……魔力、勿体無いし」


私が相棒の帰還を祈るように空を見上げていると、どうやら先程の説明はしっかり耳に入っていたらしい。

クイーンは仏頂面のままそう言い放ち――次の瞬間、周囲の温度をさらに押し上げた。


「じゃあ本気出したら、1000度越え……?!」


思わず漏れた私の呟きに、アルテが淡々と答える。


「……人を”完全に燃やす事も可能”、という事ですね」


……あんまりふざけないでほしい。殺す気か?

……いや、殺す気だよね。

クイーンの言葉に、私は言いようのない当惑を覚えた。

一般的な火の魔法使いを優に超えるの火力――

アルテがここまで警戒するのも、納得だ。


「おチビちゃんさぁ……いつまで庇われてるつもり?」

「え……うわぁ?!」


改めて警戒しなきゃ、そう思った瞬間だった。

クイーンの放った火球が、真っ直ぐ私を狙って飛んでくる。

……が。


「ッ――貴方達の狙いは、私でしょう?!

どうして探偵さんを傷付けようとするのですか……!」


火球は私に届く事なく、アルテの守護魔法に触れ、霧散した。

……殺意、高すぎない?勘弁してほしい本当に。

……というか、確かに……。

冷静に考えてみるとおかしい。

私、さっきからなんで、あの子に怒られてるんだ?

振り返ってみても、特別ヘイトを買うような行動をした覚えは無いし、煽ったつもりも、怒らせようとしたつもりも無い。


「あ……」


……でも、一つだけ。

思い当たる節が、あった。


「だって……おチビちゃんが……」


クイーンの機嫌が、決定的に悪くなったのは――


「……アンタに庇護されてるの、気に食わないんだもん……!」


アルテが……

”私を護ろうとした”、その瞬間からだ。


「え……それは、どういう……」


クイーンの言葉に、アルテは言葉を失ったように固まる。

……無理もない。

だってあまりにも突然、敵対する相手から、好意をぶつけられたのだから。

……というか、あれ?

ちょっと待って……私――

勝手に嫉妬されて、殺されかけてたって事?

……は、迷惑すぎる……!


「クイーンが、アルテを大好きな理由は……正直よくわかんないけど!

まぁ別にいいよ!それは!」


クイーンからの一方的な殺意にムカついて、溜まりに溜まった感情が、思わず口を突いて出た。


「でも、だからって私を殺そうとしてこないでよ?!

あとさ!私とアルテは友達なんだから、仲良くて当然でしょ!

いくらクイーンが嫌でも――アルテは渡さないからね!!」


……完全に子供じみた物言いだ。

中身は大人なのに……。


「ッ……友達じゃなくて、私は……!」


一方で、私の言葉を聞いたクイーンは――

反論する勢いで口を開きかけた。

……が、言葉がうまく形にならないのか、結局、何も言えずに口を噤む。

……これじゃあ、彼女が何を伝えたいのかも、何を思っているのかも、さっぱり分からない。

そう思って、私は小さく溜息を吐きかけた――

その時だった。

クイーンの懐から、”一枚の紙”が、ひらりと舞い落ちたのは。


「「ッ……?!」」


その紙には、見覚えのある絵が描かれていた。

絵というより――

紋章のように単純化された、”朱い兎”。


「この絵……まさか……?!」


火災事件の現場に落ちていたという兎の絵を思い出して、私は思わず後ずさる。

……そうだ。そういえば、クイーンの使い魔は兎だったな。

もしこれを描いたのが彼女だとしたら――

事件との関係を疑わないわけにはいかない。

捕まえた犯人……火災放火魔も魔界の使者だったし、クイーンは火の魔法使い。

条件は、揃いすぎている。

やっぱり……。

この子が事件に関係している可能性は、高いかもしれない……。


「あ~……それ?

なんか、いらない絵の具が沢山あるから使えって……

“シデロ”が押し付けてきてさ~」


私が疑念を深めるのと同時に、クイーンは気の抜けた声で続けた。


「暇つぶしに、いっぱい描いたんだよね~。

最近この山の中、散策してたから……色んなとこに落としたのかも」


……シデロ。

それは、プリスナさんを惨殺したあの放火魔の名前……なのかな?


「貴方は……火災事件に、加担していないのですか?」

「え?火災?事件……?私が……?」


アルテが、慎重に問いかけると、

クイーンは、きょとんと首を傾げた。

その反応は、まるで疑われる事自体を想定していなかった――そんな顔だ。


「……してないよ。

する訳ないじゃん、めんどくさいし」


少しの間、呆けたように黙っていた彼女は、やがて肩をすくめ、気怠げにそう言った。


「てか正直、絵の具の種類とかよく分かんないし?

そもそも、あんまキョーミ無いし?」


……もしこの言葉が本当なら。

絵の具を毒として悪用した今回の事件に、クイーンが加担していない、直接関わっていないと判断してもいいのだろうか?

そう思いながら、私は眉間に皺を寄せる。

すると、アルテもまた、難しい表情でクイーンを見つめていた。

竜眼でも”朱殷の秘石”のせいで心が視えないから、直ぐには彼女の言葉を信じられないのだろう。


「でもこれ、チョーシ乗って描きすぎてさ〜……」


しかしクイーンは、そんな私達の葛藤などお構いなしに続ける。


「何枚もあって邪魔だから……貰ってくんない?」


そして、懐から同じ絵を取り出した。

……一枚、二枚、ではない。想像以上の量だ。

彼女の腕に抱えられているのは、まるで――

辞書一冊分程の厚み。

……その枚数を見れば、「描きすぎた」というのは本当なのだろう。


「……魔界へ、

大人しく帰っていただけるのであれば」


地面に落ちていた兎の絵を一枚拾い上げてから、アルテは静かに言った。


「何枚でも、引き取りましょう」


……一瞬、空気が止まる。

だが。

魔女の手下であるクイーンが、平和的な提案に応じるはずもなく――


「え?それは嫌。てかムリ」


即答だった。


「あらまあ……。交渉決裂、ですね」


淡々と、そう返すアルテ。



──こうして、

話し合いの余地は完全に潰えたのだった。





❅*┈✼••┈┈┈┈••⋆͛ ✼ ⋆͛••┈┈┈┈••✼┈*❅

《リハイト視点》




「……お前は、何者だ?」


放火魔の尋問を終え、小夜家本邸を後にした俺と永護は、探偵から託されたホノの伝言――

『放火魔とは別の魔界の使者が、アルテを見つけちゃった!助けに来て!!』

という報せを受け、急ぎ探偵の元へ向かっていた。

のだが……。

その途中、人気の無い山の中で、俺達は一人の少年に行く手を阻まれていた。


「ん~……。

俺は、名乗る程の者じゃないかなぁ」


魔族であろうその少年は、開けているのか閉じているのか分からない糸目のせいで妙に締まりのない顔をしているが――

その佇まいから滲み出る”魔族特有のオーラ”は隠しきれておらず、俺達の警戒心は募る。


「でも強いて言うなら……君達の敵、だよ」

「?!……ッ、

その石を持つからには、貴様も魔女の一味か……!」


永護が一歩前に出る。

今にも斬りかかりそうなその視線を追うと――

確かに、少年の胸元には”朱殷の秘石”……の、複製品が下げられていた。

……なるほど。

アルテに接触している者も、俺達を足止めするこいつも、魔女の手先というわけか。

……気分が悪い。

多くの民を焼いた、あの”放火魔族”と同類だと言うなら――

ここで討っておくべき存在だろう。

そう考え、俺が魔法を構えた瞬間……


「酷い事はしないよ?……いや。

彼女がこの星を大切に思ってるなら、酷い事、なのかな……」


少年は俯いたまま、永護の問いに答えた。


「……魔女は、この星を征服する為に、竜族の”破壊の力”を欲してる。

きっと……彼女の力を利用して、気に食わないモノ全部を壊すつもりなんだ」


その様子があまりにも弱々しく見えたからだろうか……。

俺達は、いつの間にか臨戦態勢を解いてしまっていた。


「……何度聞いても愚かな野望だな。

まだ諦めていなかったのか」

「俺も、まさかシデロまで送り込むとは思わなかったんだけどねぇ……。

彼女は魔界の中でも、かなり残虐な魔族だからさ……。

まぁ……つまり、魔女はそれだけ本気、って事だよ」


少年は眉を下げ、困ったように笑う。

そして……


「……困ったねぇ」


まるで他人事のように呟き、俺達を見た。

……なるほどな。

会話を重ねて、確信する。

こいつは、少なくとも放火魔とは違う。

良心を持つ魔族だ。

だが――


「……お前は、魔女に心服しているようには見えない。

それでも……俺達の邪魔をするんだな?」

「うん。ごめんねぇ……」


少年は、あっさり頷いた。


「これでも俺、残念ながら魔女の手先なんだ。

君達の事、邪魔しないといけなくてさぁ……」


おそらく……何かしらの事情があるのだろう。

仕方なく従っているのかもしれない。

だとすれば、哀れだとは思う。

……が。

敵対すべき立場なのもまた事実。

邪魔をするのなら、やはり此処で倒しておくべきだ。

俺は余計な感情を切り捨て、再び魔力を練り上げる。


「邪魔立てするなら、容赦は――」

『ぷうぅ───ッ!!!!』


その時だった……。

山中に、けたたましい鳴き声が響いた。


「ッ……今の声は……!」


すると、少年は目を見開き、はっとしたように踵を返す。


「君達には悪いけど……足止め、させてもらうよ」


先程までの緩い空気は消え失せ、少年は背を向けたまま、即座に術を展開した。

呼び出されたのは、強くはないが――数だけは揃った魔物の群れ。

……言葉通り、足止めに適した魔物ばかりだ。


「ッ……?!」


しかし、俺はその召喚術を見て、思わず固まってしまう。

召喚された魔物に驚いたのではない。

"術"に……驚いたのだ。


「……有り得ない……」


魔物召喚する術。

否――正確には、”転移の術”。

それは、魔族の中でも、”王族のみが扱える術”だ。

それを、この少年は――

いとも容易く使ってみせた。


「魔界の魔物は、ちょっと強いけど……」


理解が追いつかず困惑する俺と永護をき去りにして、少年は山奥へと消えていく。


「英雄君がいるなら、大丈夫だよね?」

「ッ待て!お前は……まさか――!」

「それじゃ、バイバイ!」


呼び止める声も虚しく、その背中は瞬く間に見えなくなった。


「……現魔王以外の、魔界の王族……か」


襲い来る魔物を永護と共に迎え撃ちながら、俺は大きく息を吐いた。


「はぁ……勘弁してくれ……」


これは、想像以上に、厄介な事態になるかもしれないぞ。……探偵。

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