000_天使喰いのバアル・ゼブブ。
われ正路を失ひ、人生の覊旅半にあたりてとある暗き林のなかにありき
あゝ荒れあらびわけ入りがたきこの林のさま語ることいかに難いかな、恐れを追思にあらたにし
いたみをあたふること死に劣らじ、されどわがかしこにけし幸をあげつらはんため、わがかしこにみし凡ての事を語らん
われ何によりてかしこに入りしや、善く説きがたし、眞の路を棄てし時、睡りはわが身にみちく(みち)たりき
─── ダンテ『神曲』 ───
── 第一曲・神曲總序 ──
─ 禍ひの森、幸ひの山、導者 ─
私はいつもの様に、木陰に腰を寄せて、仲良くはなれない天使園の同級生達を見た。
此処は天界、その中の第一区に属する。
天界は、地獄の様に区域ごとに分けられている。区域は全部で十二区存在しており、上空から眺めれば、それは時計の形になっている。
そしてその中央に、神すら崇め奉る、我らが『預言者』が眠られているとされているのだ。
そしてその区域ごとに、我らが崇める神々の種類や宗派が違うのも特徴。理由は、違う宗教同士の対立を避ける為に存在しているのだろう。
──まあ、そんな事よりもだ。
第一区、キリスト教を祀る天界区域にて。
彼等見習い天使が住まう、天使園の神殿の外。大きく、開けた芝生が茂った平野。
膝を曲げ、その膝を机に頬杖を着く私を背に、同級生の天使が笑っていた。……私は、彼等の仲間にはなれない。嫌われ物だから。
昨日、またもや喧嘩をした。頬の傷と、殴られた鼻の痛みが、まだツンツンと痛むのだ。そして皆は、そんな私を除け者にする。
………………唯、一人を除いて。
「ねえ、アイン。君さ、ま〜た喧嘩したの?」
そう、煽る様に笑みを見せる天使が、一人で木陰に座る私の隣に座ってくれた。彼女の名前は……もう、覚えていないけれども。あの時の私にとっては、正に救世主の様な天使であった。向日葵の様に明るい、彼女の瞳と目が合ったら、私は毎回ドキッとしてしまう。
「……別に、俺は悪くない。全部、彼奴らが悪いんだっ。俺が、お前と仲良くしてるからって、彼奴らが僕を神殿の裏に呼び寄せたんだ」
「んもぉ、これじゃあ、神殿の包帯が無くなっちゃうよ。けど、いつも通りの君で安心したよ。私は、今のアインが好き」
その時、生暖かい微風が靡いたのを、私は今でも覚えている。その言葉に、私は返答を返せなかったから。
──返事をする様に、私は天使園の郊外。向こうの花畑を指差して。
「あ、あのさ。……今日、誕生日なんだろ。その、プレゼントとか……無いし。彼処まで、一緒に花でも摘みに行こう」
その花畑は、天使園の郊外にあった。
天使園の外に出来る事は禁止だったけれど。けれども、私達には、どれ程あの花畑が魅力的に写ったか、知る由もない。
そして、彼女も彼女で、良い子のフリをした悪だった。
「うん、良いよっ。なら、今日の夜。皆が寝静まった時に、一緒に花を摘みに行こうね!」
私は、彼女と一緒に指を切った。彼女の小指は、私とは違って直ぐに折れそうな程か弱く、聖母マリアの様な母性に恵まれていた。
……その時に結んだ約束を、私はまだ忘れられない。あの出来事から、私の後悔は始まったのだから。
あの日に戻れるならば、私は何だってしよう。……だから、私は──。