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また旅に出ようと思います




「困ったなぁ…」


ダンスホールのど真ん中で呑気な声を上げる私に、いざとなれば取り押さえよと命を受けた騎士が目を剥く。

そりゃそうだ、断罪の最中にこんな昼下がりの欠伸みたいな独り言を零す女が何処に居るか。


「この世の何処を探しても私くらいでしょうねぇ」

「おいイレニア、何をぶつぶつ呟いている!」

「いけませんわアレックス様、呪詛を唱えているかもしれません!」


皆様お離れになって!なんて慇懃で大袈裟な男爵令嬢は、もう国母にでもなったつもりなのだろうか。


「やはりお前は恥知らずだな。やはり今後の聖女の任はカトリーナに任せよう」


溜め息を乙女のような啜り泣きに変え、面子を重視する貴族として培った涙目を存分に活かして彼らに負けない役者になってみせる。


「そんな…聖女の任を剥奪だなんて、私が何をしたと言うのですか…!」

「白々しい、カトリーナに呪符を送りつけていたのはお前だろう?魔王討伐に余りある大失態だ!」


高々と掲げて貴族達の面前へ差し出す古びた紙は、確かに私の好んで用いる陣と似ている。

けれどある程度経験を積んだ魔導士や聖職者なら、魔力の残り香を辿って犯人は一目瞭然の筈。


「それは…」

「ほらな?言い逃れなんか出来ないだろう」


ふんと鼻を鳴らしてみせる王太子様に誰も反論しない。

司祭様も黙りを決め込んでいるのを見遣って、もうこの国は救いようが無い事を悟った。


…それでもここには父と母が居る。


「信じてくださいませ、私は本当に何もしていないのです!どうか再調査をお願い出来ませんでしょうか」

「そんな萎らしくしても無駄だぞ、俺達が結ばれた後に彼女を亡き者にする気なんだろう」

「怖い…やはりイレニア様が居る国では安心して暮らせませんわ」

「いえっ、そんな…」


…萎らしいんじゃない、疲れているんだ。

おぉ可哀想に、なんて波打つ黒髪から覗く白い肩が王太子様に抱き寄せられるけれど、その震える身体は笑っていませんか?


大騒ぎする次代の国の頂点達は、国王様が居ないがためにやりたい放題。


「ハートウッド公爵。娘の処分は貴君に任せよう」

「寛大なご判断ありがとうございます」


一歩群衆から出ただけで目立つ長身。

苦労人の相が見て取れる口元の皺が今日は一段と深くて、浅くなる息を正すために背筋を伸ばした。


…今日はすこぶる機嫌が悪いみたい。


「お父様…」

「なんて事をしてくれたんだ」

「…!」


お父様の声は低い。

お母様は顔をハンカチで覆っていて目すら合わない。

お兄様に至ってはそもそもこの場に居なかった。


「イレニアはもうハートウッド公爵家の人間ではありません。そもそも聖女の立場も本人が強請ったが故に与えられたものです。アレックス殿下のお気に召すままに」


…見捨てられた。


悟るまでもなく分かりきっていた事じゃないか。

お父様もお母様も、私を公爵家の面子を保つための道具としか考えていなかったのだから。


知っていたのに、何故か胸の内が苦しい。


「…ぁ、はは、」

「そうか、やはり公爵の判断は信用できる。さてどうしようか…」

「アレックス様、私が決めたいわ」


満足気に顎を撫で悩み始めた王太子様に縋り付く令嬢がこちらに目を眇めたのを捉え、咄嗟に先手を打った。


「なら出て行ってあげましょうか?この国から」


シンとホールが静まり返る。


「…は?イレニ「私が居ては次期王妃様が落ち着かれないのでしょう?それなら追放が一番手っ取り早いではありませんか」


今まで散々大人しく罵詈雑言を受け入れてきた女の豹変に唖然とするアレックスの声を、容赦なくぶった斬る。




…もう、ぶち撒けて良いよね?




そう想いを込めて、今まで旅路を共にしてきた力強い仲間達に視線を送った。

悪は裁けを地で行く彼らはしっかりと頷いてくれて、締め付けられるコルセットに抗って目一杯の息を吸う。


「さっきから聞いていれば…魔王討伐に行っていた聖女に呪いを掛ける余裕なんかあるわけないでしょう?そもそもこっちは凱旋で疲れてるってのに記念パーティーだとかでドレスに着替えさせられて、挙げ句の果てに濡れ衣で糾弾?余計に勇者一行を疲弊させてどうするんですか。それでも一国の王太子ですか?」

「な…っ!」


堰を切ったように滔々と語り出す私に、お父様のお顔がみるみるうちに青褪めていく。

一方アレックスの頬は真っ赤でまるで薔薇のよう。


「何を驚いていらっしゃるんです?ちゃんと"本物の聖女様"を見初める目を持たれていたのですから、それで良いではありませんか。これ以上私を巻き込まないでください」

「ブッ」


何処かから吹き出す声が聴こえた。

恐らく太刀使いのグレアムだろう。

こんなブラックジョーク、私の味方しか笑ってくれないから。


「な、に…?本物の聖女って、」

「あら知らないの?この国の聖女が代々公爵家から生まれている理由」


にまりと笑えば、カトリーナ嬢が訝し気に眉を顰める。

その表情は旅路の最中で竜に獲物認定された私達を思い起こして、彼女にとっても同じくらいの脅威になれていたら良いと願った。


「魔法の素養を持つ子供は、15歳の冬に教会の大水晶に手を翳して自らの属性を測るでしょう?聖女はその中で最も光属性の高い存在…本気でそう思っていたの?」

「っおいやめろ!」

「残念ながら、神から特別に加護の与えられる光属性の強い人間は浮世離れしていて、夢見がちで、王族として迎えるには手に負えない事が分かったの。他国への体裁を考えたこの国は、複数ある公爵家のどれかに生まれた女児を代々聖女として王妃に据え、本物の聖女には事情を知らせず側室にして恩恵を授かっていたのよ」


アレックスの制止を無視して語ったのは、嫌という程聞かされたこの国の裏の歴史。


だから王太子には楯突くな。

貴族の面子を守れ。

王妃の椅子に座れるだけで感謝しろ。




_________そんな陰口に晒される生活に戻るなんて、もううんざりなのよ




「公爵令嬢の属性の儀が公衆の面前で行われないのはね、水晶から放たれる眩い光で目が潰れる事件があったからじゃないのよ。そんな物はなから存在しない。…令嬢の属性が何であろうと、無理やり聖女に仕立てあげる為のものなの。そして本物の聖女は、公爵令嬢にのみ伝えられる…」


…おめでとう、貴女がその"聖女"よ。


白々しく、貴族令嬢らしく、嫋やかに拍手してみせる。

朗報の割にカトリーナ嬢の顔色は悪く、さっきまで囀っていた甲高い声も上げられない。

アレックスも明らかに面食らった顔をしていて。


「イ レ ニ ア゛…ッ!」


幼い頃以来聴いた覚えの無い怒号がホールへ響いた。

私が討伐パーティーとして旅に出る時さえ「己の価値を証明してこい」とだけ冷たく言い放ったお父様が、澄ました顔を酷く歪めて私を見つめている。


「…あははっ!何を怒っていらっしゃるのです?私はもう公爵令嬢でも聖女でもない!ただの平民の戯言ではありませんか」

「〜ッ!捕えろ!その女を逃すなぁっ!」


初めて私の前で喚いたお父様を笑い飛ばしながら、足首に纏わりつく分厚いパニエを脱ぎ捨てた。腰元を引っ張りながら降ろしたそれはビリリと軽快な音を立てる。


「皆様さようなら!どうかお幸せに!」


ヒールにストラップが付いているのを良いことにすぐさま踵を返し、ダンスホールから飛び出してベルベットの絨毯が敷き詰められた階段を駆け降りた。


どれだけ魔物から逃げ切ってきたと思っているんだ、あんな兵隊なんて簡単に…。


「ニア!派手に啖呵切ったもんだね!」


追手は簡単に撒けている筈なのに一向に止まない足音に振り返ると、満面の笑みの見慣れた顔が迫ってくる。


「ぇ、セドナ!?勇者は大人しくしてて!このままじゃ貴方達も同罪になるから!」

「ホールで暴れなかっただけ感謝してくれよ」


焦る私とは対照的に中性的な真顔をこちらに向けたセドナに面食らうと、更に後ろから嫋やかな声が弾んだ。


「あはは、セドにそんな事言うのはお姉様だけよ!私達を止めるのは無理だから諦めて」

「クリスまで…!」


小さな体躯に見合わない速さでセドナを追い越すクリスティーヌに頭を抱えそうになる。

あっという間に落ちた速度に背後から追い立てる甲冑の気配を感じ取ったけれど、すぐに山のような巨壁に隠された。


「良いじゃねぇか!前からあの王太子はいけすかなかったんだ」

「グレアム、笑ってくれてたでしょ?」

「イレニアの切れ味は最高だからな」

「またお姉様をナイフみたいに…」


燕尾服なんか好かんと言って大太刀を担いだまま王宮へ乗り込んだ猛者は、私の大立ち回りも豪快に笑い飛ばしてくれる。

苦笑いを浮かべたクリスも、目まぐるしく背景の変わる状況下でも温かな眼差しのセドナも普段通りで。




「あーっ!やっぱり私、令嬢も聖女も似合わないわ!」




ローズの口紅で飾り立てた艶やかな唇を大きく開けて笑う。

旅に出たら何の職に就こう。

いっそ商人として大陸を渡り歩くのも良いな。


少なくとも、こんな狭苦しい王宮にもう用はない。

残りの階段を二段飛ばしで駆け抜けた。





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