エルミュージア襲撃
シグムントが息を引き取ったのと同じ時期、アウレリア帝国ではとある事件があった。
エルミュージア。
帝国の外れにある大都市である。
国境付近ということもあり、他国の要人や商人、冒険者などが多く訪れ、たくさんの文化が入り混じっている。また、学問の中心地として栄えており、都市の中心にある”エルミュージア大図書館”と”エルミュージア大学”はこの都市の象徴で、世界の知識のすべてが詰まっていると言われている。
そのため、エルミュージアの名は大陸全土に知れ渡っており、大学の入試倍率はなんと100倍。
さらに入学者のうち卒業まで到達できる生徒は3割ほど。
信じがたい倍率だが、別に大学側も高倍率にしたいわけではなく、基準に達する人材を選定していくと勝手にこうなってしまうとのこと。
多くの学生に入学してもらいたいが、大学の質を担保するため基準を下げる気は一切無いらしい。
入学や卒業のハードルが以上に高いが、その分、卒業生の需要は計り知れない。
特に優秀な卒業生は、皇帝直々にスカウトされることも少なくない。
そんなエルミュージア大学首席の名は、ソフィア・ローレンス。
エルミュージア領主の一人娘で、エルミュージア大学初の女性首席である。
しかしコネで首席になった訳ではなく、2位以下をまるで寄せ付けない、本物の才能が彼女にはあった。
教授たちでさえ、彼女とまともに議論ができないのだ。
現在15歳だが、すでに魔法理論を中心に多くの分野で功績を残している。
そのためエルミュージアでは有名人で、あちこちからスカウトされる。
本人は大学に残って研究したいことがたくさんあるらしく、すべて断っているらしいが。
彼女の研究の中心テーマは、マナの正体を解明すること。
そのために今日も、先日のフィールドワークの観測データの分析を進める…………
としたいところだが、今日はそういう訳にはいかない。
なぜなら、今日はルクシス教の異端審問官が教会騎士団を引き連れてやって来る日だからだ。
いつもの研究を進めていると、異端審問に引っかかってしまう。
しかたなく、ソフィアは新しい魔法の開発を進めていた。
正午。
ソフィアはランチをとろうと食堂に向かっていた。
エルミュージア大学のランチは結構おいしい。ソフィアがいつも食べるのは、日替わりランチだ。
メニューは何かわくわくしながら食堂へ入った、まさにそのときだった。
(ドゴォォォォォォォォォォォォォォン!!!)
轟音が響いた。
方向的に音源はおそらくエントランスだろう。
ソフィアはそう考え、慌てて様子を見に行った。
ソフィアは驚愕した。
エントランスでは、激しい魔法戦が勃発していた。
敵は教会騎士団。
大学の警備員たちが魔法障壁で必死に抵抗していた。しかし、押され気味だ。
教会騎士団が使っている魔法は、単純な火魔法。
本来は魔法障壁で十分対応可能だが、敵の数が多すぎる。こちらの陣形が崩されるのは時間の問題だった。
ソフィアは、警備隊の指揮官らしき人物に声をかける。
「あとどれくらい持ちこたえそうですか。」
「正直、5分耐えられるかどうかかと。」
「…………人を集めてきます。それまで何とか耐えてください。」
そう言って、ソフィアはキャンパス内に戻る。
そして、目に付いた人全員に声をかけていった。
先生、学生を問わず。
しかし、次第にキャンパス内でも異変が起こっていることに気づいた。
キャンパスの至る所で火の手が上がっている。
ソフィアは瞬時に解析する。
(大学でも暴動が発生している…………学内のルクシス教徒が手引きしているのか!)
対応を模索しつつ、学長である母に連絡をする。
非常事態に備えて携帯していた通信指輪を使えば、ペアとなる指輪の持ち主と通信できるのだ。
だが、繋がらない。
では、領主である父に連絡(指輪と同じ機能を持つネックレスを使用)…………繋がらない。
なぜ?
またもソフィアは解析魔法を発動。
そして原因を解明した。
(マナがあまりにも希薄だ…………いつの間に…………?)
通信指輪やネックレスはマナを媒体とした通信手段。
マナが希薄だと連絡がつかない。
(とりあえず、2階と3階にいる人を全員エントランスに集結させよう。)
そう考えていると、目の前に学内暴動の元凶と思われる学生が。
他の学生たちがこちらに必死の形相で逃げてくる。
「皆さん、慌てず落ち着いて! ここは私が何とかします。皆さんは、階段で1階に降りてください。エレベーターは使わずに。非常階段やその他非常用の避難経路も開放されています。1階に警備隊が集結していますので、彼らの指示に従ってください。」
ソフィアは学生に指示を出しながら、目の前のルクシス教徒の放つ魔法を解析。
(火魔法であることは確定。しかし普通でない燃え広がり方、尋常でない延焼速度…………【拡散業火】か。)
そして対抗魔法【業火逆転】を構築し、発動。
その瞬間、建物全体の炎が消えた。
キャンパス全体に【拡散業火】と逆属性のマナを流し込み、消火したのだ。
逆属性のマナを流し込む、いわゆる”逆転系統の魔法”は、相手の魔法を完全に解析する必要があるため実践するのはほぼ不可能。
しかし、他を寄せ付けない解析能力を持つソフィアからすれば、大して難しいことではない。
ソフィアは消火を確認すると同時に相手を拘束しにかかる。
(【麻痺】!)
相手に戦闘行為を続行させず、かつ殺さず、後遺症も残さない。
難しい魔法操作を難なくこなす。
学内ではもともと人気の高いソフィア(ミスコンなどに出たことは無いが、裏投票では毎年1位)だが、それに拍車をかける戦いぶりであった。
ソフィアの活躍により、皆冷静さを取り戻した。
そして同時に安心感を覚えた。ソフィアという頼もしい存在に。
しかし、それは”束の間のひととき”というやつだった。
「大変です、ソフィア先輩!」
後輩の1人が、慌てて何やら報告に来た。
ソフィアが続きを促すと、
「大図書館が燃えています!!」
と。
(!!!)
大図書館には、貴重な研究資料や文献が詰まっている。
それらはソフィアにとって、命と同じくらい大切なものだ。
「すぐに向かいます!」
返事とともにソフィアが駆け出す。
だが、悪いことは続くものだ。
上から見覚えのある軍服を着た兵士たちが降りてきた。
(帝国空挺部隊!?)
帝国空挺部隊とは、ドラゴンを操り、空から襲撃する部隊のこと。
帝国軍の中でも精鋭部隊にあたる。
一瞬、援軍が来たのかと思ったが、どう見てもそんな空気ではない。
そして。
(皇帝陛下!!!???)
兵士たちの後ろから現れたのは、アウレリア帝国第28代皇帝、ユリアヌス・アウレリアン・レクスであった。
さらに。
皇帝の左手には、エルミュージア領主であるソフィアの父の首がぶら下がっていた…………。