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日本一のコンサルタントの異世界転生記  作者: Hiro
序章~出会い、別れ、旅立ち~
7/10

シグムント・アイゼンハルト

僕は15歳となった。


過酷だった鍛錬も、今では軽くこなせる程度には成長した。

師匠の殺気にもまったく怯まなくなったどころか、より濃密な殺気を放てるようになった。

クマモンなんか、もう相手にならない。指先1つで倒せる。


それもこれも、師匠のおかげだ。

本当に偉大なお方だ、師匠は。


そして、その師匠はというと。


1年ほど前から頻繁に寝込むようになって、最近では起き上がることもできなくなっていた。


「具合はいかがですか、師匠。」


「…………今日は調子がいい。久しぶりに外に出てみたいのぅ。」


「分かりました。今準備いたします。」


僕は、家の外にくつろげる椅子を用意して、そこに師匠を誘導した。


師匠は椅子に座ると、目を瞑り、大きく息を吸って、吐いた。


「やはり、外の空気はうまいのぅ。」


それから師匠は、深呼吸を何度もしつつ、鳥の鳴き声や草の匂いを味わっていた。

ずっと寝たきりだったから、そうとう渇望していたのだろう。

僕もそばに座って、静かに本を読んでいた。


しばらくすると、盗賊たちが僕たちを訪れてきた。


ヴァルカン 「ジジイ、来てやったぞ」

リリス 「シグムント様、お邪魔してもよろしいかしら?」

グラント 「シグムントの旦那、無事か?」

カサンドラ 「シグムント、失礼する。」

レイジ 「ボス、生きてるか?」

セリーナ 「シグムント先生、調子はいかがでございますか」

リュウ 「シグムント殿、ご無沙汰しております。」


ここ最近は毎日のように盗賊たちが来る。

みんな、師匠のことを心配しているんだと思う。


「お前たちは、本当に暇人じゃな。よく飽きもせず、こんなジジイの家を毎日毎日訪ねられるのう。」


師匠はこんなことを言っているが、顔を見ると、本当に嬉しそうな表情をしている。


僕は師匠と盗賊たちが話している間、簡単なランチを作ることにした。


みんなでランチを食べた後、師匠がふと神妙な雰囲気で口を開いた。


「皆察してはおると思うが、儂はもうじき死ぬ。もう、いつそのときが来てもおかしくない。その前に、お前たちに話しておきたいことがある。いや、聞いてほしいことがある。聞いてくれるじゃろうか。」


急な話で、僕らは何を答えていいか分からなかった。

無言で続きを促した。


「儂は帝国の貴族の家に生まれ、そこで育った。若い頃から鍛錬に明け暮れ、戦では数多の戦果を挙げてきた。国に仕え、皇帝陛下の役に立つことが儂の生きがいじゃった。」


ふと顔を上げると、みんな真剣な顔つきで師匠の話を聞いていた。


師匠は自分のことを滅多に話さない。

もともと口数の少ない人ではあるのだが、自分自身の過去については、なおさら話すのを拒んできた。

その師匠が、自分の生い立ちについて、おもむろに話し始めたのだ。

その話に聞き入ってしまっても不思議ではない。


「あるとき、儂は魔法の詠唱を間違えてしもうた。それも戦の勝負所でじゃ。生まれて初めての大失態じゃった。皆の目が勝利の確信から敗北の危機へと、一気に移り変わっていった。こんな歳になっても、あのときの光景ははっきりと覚えておる。あれほど周囲から失望されたのは、これが最初で最後じゃった。」


師匠が見せる懐かしそうな表情は、すごく新鮮で、幸せそうで。

見ているこっちも、つられてノスタルジックな気持ちになる。


「しかしじゃ。魔法は問題なく発動した。儂が思い描いた通りにじゃ。敵軍は袋のネズミとなり、帝国史に残る圧勝劇となった。総大将が勝鬨を上げる声を聞きながら、儂は気づいたんじゃ。歴史の闇に葬り去られてきた、世界の真理とやらに。」


師匠の表情は、先ほどまでとは打って変わり、険しい顔になっていた。


「研究を始めた儂がたどり着いた結論は、”詠唱なんざ、何でもいい”というものじゃった。重要なのは、具体的かつ明確な魔法のイメージと、それを再現するに足るマナを保有していることじゃ。詠唱は、単にイメージがしやすくなるというだけで、必要不可欠なものではない。むしろ詠唱に頼りすぎるせいで、皆目の前の現象への理解を怠っているように思う。そんなもの理解しなくても魔法は使えるのだからと。帝国での儂の部下は、皆口をそろえて、そういったものじゃ。なるほど、それはその通り。しかし、本質を理解しなければ、前には進めんじゃろう。帝国の利益のために、新たな力を探求するのは儂ら公僕の責務じゃと思うておったし、部下にもそう説いていた。じゃが…………」


師匠は1度大きく息を吸い、そして吐いた。

悲しそうな目をして、続きを話し始めた。


「儂は間違った知識を広めていると裁判にかけられ、職を失った。結局のところ、新たな力を求めておったのは儂だけじゃった、という話じゃ。もともと帝国は世界最大勢力を誇る国じゃ。儂が仕えた先代皇帝は100年に1人の名君じゃったし、現皇帝はそれ以上と聞く。新たな力なんぞ不要なんじゃ。それよりも、儂のような異端者を擁護するリスクを危惧したわけじゃな。宗教絡みの問題は扱いが難しいからのぅ。今やルクシス教は、帝国皇帝といえども無視できない勢力になっている。儂がルクシス教の異端審問に引っ掛かるのは時間の問題じゃった。そんな儂を擁護するのは、統治者として大悪手じゃ。それで国外追放となり、まあ、なんやかんやでお前たちと出会ったわけじゃ。」


自分自身の過去をざっくりと話し終えた師匠は、しばらく黙り込んでいた。

僕たちも、何を口にすればいいか分からず、同じように沈黙していた。


すると、師匠がまた唐突に口を開いた。


「死ぬ前に、お前たちに頼みたいことがある。」


師匠が、僕たちの顔をゆっくりと見回して、続きを話した。


「帝国の外れに、エルミュージアという都市がある。その都市の領主には一人娘がおってな、名をソフィアという。カシウスとちょうど同じくらいの年の少女じゃ。エルミュージアの領主には昔世話になってな、それ以来連絡を取り合っては、たまに会っているんじゃ。森でカシウスと出会う少し前にも会ったんじゃがのう、そのとき、ソフィアを連れてきていた。ソフィアに魔法を教えてやってくれと頼まれたから、少し教えてやったんじゃ。帝国時代の部下と同じような反応をされると思うておったんじゃが、予想に反してガッツリ食いついてきおった。ああしたらどうなるのか、こうしたらどうなるのかと質問攻めにされてな。それまで物静かにしておったのに、急に口数が増えたかと思えば、鋭い質問ばかりしてくるもんじゃから、甚だ驚いたわい。」


師匠は穏やかな笑顔を浮かべていた。


「しかし、エルミュージアが最近、帝国に滅ぼされたと聞いた。自国の都市をなぜ滅ぼしたのか分からんが、とにかく滅ぼされたのじゃ。そして、領主から一言、”ソフィアを頼む”と連絡がきた。じゃが、儂もこの身体では、どうすることもできん。そこで、お前たちにソフィアを託したい。」


実を言うと、僕はすでに師匠からこのことは聞いている。

ソフィアがどんな人物かによるけど、一応、了承している。

これまで散々、師匠のお世話になったんだ。せめてこれくらいの恩は返しておくべきだろう。


「そしてもう1つ。お前たち、そしてソフィアも、これからはカシウスの傘下に加わり、ともに助け合って生きていってほしい。別にカシウスが頭領でなくとも良いんじゃが、とにかく助け合い、そして願わくば、この世界を変えてほしい。儂の経験なぞ、世界の闇のほんの表面に過ぎん。いや、もはや大半の人にとっては当たり前のこと過ぎて、それを闇と認識されてすらないじゃろう。何が正しくて何が間違いなのかを判断するのは簡単ではないが、知識を独占し、間違った理論を広めることは間違いじゃと思う。教育をプロパガンダに利用するなんてことは人類社会の発展を阻害する要因に他ならない。じゃから、変えてほしい。儂には出来んかった。しかしお前たちが力を合わせれば必ず出来ると、儂は確信しておる。お前たちはそれぞれ、かなりクセのある力を持っておるが、カシウスならばうまく束ねられるじゃろう。その力をこんなところで潰してはならん。どうか、世のために使ってくれ。それが儂の願いじゃ。」


そういって師匠は、頭を下げた。


しばらく沈黙が続いたが、ついにヴァルカンが口を開いた。


「いいぜ、ジジイ。あんたにゃ、世話になったんだ。それくらいのこと、俺たちが叶えてやる。あんたに頭下げられるのも気持ち悪いしな。」


ヴァルカンはそう言いながら、仲間たちを見た。

アイコンタクトで6人は了承の旨を伝えた。

どうやら、皆同じ意見らしい。


「カシウスがボスってのも問題ない。この間、俺たち7人とカシウス1人で戦って、コテンパンにされたばっかだしな。こいつには、何回やっても勝てる気がしねぇぜ。」


今度は、7人ともうんうんと頷いて肯定の意を示した。


なんか、ちょっと恥ずかしい。

だけどそれ以上に有難くて、嬉しい話だ。


「そうか。良かったわい。ありがとう…………」


師匠は、安心したように眠った。








翌日、師匠は息を引き取った。


8人で師匠を火葬しながら、決意を固めた。

師匠の意思を受け継ぎ、その願いを必ず叶えようと。








僕たちがソフィアと出会うのは、それから2年が経った頃だった。



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