師匠との日々
クマモンたちと戦った崖から3日ほど歩いた。
すると突然、木造の簡易的な家が現れた。
どうやら、あれが師匠の家みたいだ。
師匠との生活かぁ。
どんな感じなのかな。
僕、ずっと一人暮らしだったからな~。誰かと暮らすなんて、久しぶりすぎて、なんか楽しみだ。
ん?
誰か家の前にいるぞ。
「どうしたんじゃ。」
突然師匠が口を開いたかと思えば、そのまま家の前の人物に、普通に話しかける。
なんだ、知り合いなのか。
「帝国のネズミが森に来たから、ジジイに知らせておこうと思ってな。」
師匠と話している人は、ぱっと見20代半ばくらいの男だ。
赤を基調とした軽装で、鋭い目つきをしている。
帝国?
ここら辺にある国なんだろうか。
口調から察するに、その帝国と師匠は敵対しているのかな。
そんなことを考えていると、その男が師匠と話しながら僕に目を向けてきた。
「そいつは新入りか?」
男が師匠に尋ねた。
「お前たちの仲間ではない。コヤツは儂の弟子じゃ。」
「ジジイの弟子?諦めたんじゃねーのかよ、弟子探しは。」
「そうだったんじゃがのう。偶然、面白いヤツを見つけたんじゃ。」
「へぇ。俺より面白いってのか?」
「そうじゃ。お前なんかよりもよほど物が見えておる。」
「…………んなわけねーだろ。いくら俺でも、こんなガキに負けるほど馬鹿じゃねぇっての。」
「そんなんじゃから、お前はダメなんじゃ。 まあ良い。とりあえず、帝国の密偵については分かった。もう行け。」
男は、もう一度僕を見て去っていった。
「どなたなんですか?あの方は。」
「アイツは、ここら辺に住んでいる盗賊じゃ。少し縁があってな。儂がヤツらの面倒を見ているんじゃ。」
盗賊の面倒を見ているって…………この人、なかなかヤバいことしてるんじゃね?
要は、犯罪の片棒担いでるってことじゃ…………。
「安心せぇ。盗賊まがいの行為はとっくに辞めさせて、自給自足させておる。森を訪れる人々とは、略奪ではなく取引しろと言うておるのじゃ。それでも略奪したいヤツらは、他所へ行ってもらった。今残っておるのは、性格に難がある者もおるが、略奪などという下らん真似はしないヤツらじゃ。」
ん~。
それなら別にいいのかな。
「他所へ行ってもらった」って、なんとなく、無責任な気もするんだけどな。
「ところで、おぬし、名は何という。」
「!!!」
いきなり何かと思えば、名前か。
そういえば、自分の名前分からんな。
一郎を名乗るのも、なんだか変な気がするし…………。
「自分の名前も知らんのか…………。仕方がない。儂が名付けるわい。」
そういって、師匠はしばらく考えたあと、こう言った。
「おぬしの名は、カシウスじゃ。カシウス・アイゼンハルトを名乗るがよい。」
サクッと名付けられてしまった。
あっさりしすぎじゃない?名前って、一生名乗るんだよ?画数とか、そういうのは別に気にしないけど、さすがにもう少し考えてもらいたいような…………。
そんな感じで、師匠との日々が始まった。
師匠の修業はかなりハードなものだった。
いや、ハードなんてもんじゃない。
マジで地獄。一日に何度も死にかける。一歩ミスれば確実に死ぬ。
荒れ狂う川を泳がせたり、命綱なしで断崖絶壁を登らせたり。
しまいには、夜の樹海に突然置いてけぼりにされ、「朝までに帰ってこい」とか言ってくるし。
マジ、何考えてんだ、この爺さん。
もちろん、体術や剣術や魔法なんかも教わるけど、ほとんどは実戦訓練だ。
中でも一番ヤバいのは、師匠との手合わせだ。
初めて出会ったときも師匠の強さを目の当たりにしたけど、日々鍛錬を積む中で、改めて実感させられる。師匠はとんでもない人であるということを。
この爺さん、およそ人とは思えないほど濃密な殺気を自然に放ちやがる。
本気で僕を殺しに来るような、何が何でも必ず僕を抹殺するっていうような、そんな気迫。
最初のうちは、この緊張感に負けてばかりだった。体術どころの話ではない。一ミリも身体を動かすことができず、ただ自分が師匠にコテンパンにされるのを傍観することしかできなかった。
さすがに度が過ぎていると思った僕は、一度だけ、師匠に抗議したことがある。
そのとき師匠は、「もし何かあっても魔法でどうにかしてやる」とか言ってたな。
今まで傷だらけの瀕死になっても魔法なんか使わなかったくせに、よく言うわ。
ほんと、勘弁してほしい。
そうそう、この世界では「魔法」が使えるらしい。
なんでも、「マナ」とやらを操作する技術を「魔法」というのだと。
まったく、どこまでもファンタジーみたいな世界だな。
そういう訳で、僕は師匠とともに、鍛錬の日々を重ねていくのだった。
毎日毎日、本当にしんどいけど、自分が成長していくのを感じられるのはとても面白い。
それに、前世での仕事はほとんど頭脳労働だったから、こうして「戦闘」しながら生活するのは、新鮮で楽しかった。
盗賊との交流も、僕にとっては良いスパイスだった。
盗賊は全員で7人いる。
「赤い処刑人」ヴァルカン
「心操の魔女」リリス
「不死の巨人」グラント
「死神の舞」カサンドラ
「炎獄の狂犬」レイジ
「天災の支配者」セリーナ
「幻影の方士」リュウ
の7人だ。
前はもっといたらしいんだけど、略奪行為を止めないから、師匠に追い出されたんだと。
残ったのがこの7人ってことだ。
ちなみに、この二つ名は盗賊として活動しているうちに、自然に人々から付けられたものらしい。
厨二感漂うものばかりだけど、本人たちは結構気に入っているっぽい。
この7人は、普段は僕と師匠とは別のところで暮らしているんだけど、たまに僕らに会いに来る。
7人とも性格や得意魔法が違うけど、みんな面白くて良い人たちだ。「盗賊」なのに良い人っていうのも変な話だけどね。
師匠も、なんやかんやで盗賊たちを可愛がっていた。
師匠と過ごして10年が経った頃、転機が訪れた。
師匠の死である。