師匠
「おぬし、無事か。」
クマモンたちを瞬殺した爺さんが、そのままこちらを振り返って、そう尋ねてきた。
ぱっと見、50歳前後。
しかし、その鋭い眼光と纏うオーラは、生前出会ったどんな人よりも圧倒的なものであった。
クマモンたちなど霞むほどに。
さっきまでの恐怖と怒りなんてあっという間に消えていき、僕はただ目の前の得体の知れない爺さんに目を奪われていた。
「はい…おかげさまで……」
僕は爺さんの並々ならぬ雰囲気に萎縮しつつ、お礼を言った。
「そうか。それは良かった。」
そう言って、爺さんは立ち去る…………かと思いきや。
「おぬし、ここで何をしていた? ここは、おぬしのような小童が来て良い場所ではないはずじゃが。」
なんか問い詰めきた。
「えっと、いきなりクマm、じゃなくて、なんかデカいのに襲われて…………」
「儂が聞いておるのは、なぜこの森に1人でおるのかということじゃ。」
めちゃくちゃ怖いんすけど、この人。
なんでこんな所にいるのかなんて、僕が知りたいくらいなのに。
というか、なんでそんなの知りたいんだろう。それを知ってどうするんだ?
とりあえず、テキトーに誤魔化しておこう。
「今、ちょっと記憶が曖昧で…。僕も自分がなぜここにいるのか分からないのです。」
「ほぉう、記憶喪失か…………。」
よし。
僕はこの世界について、何も知らないからな。
記憶喪失の設定にしとけば、僕が変なこと言っても疑われることはないだろう。
そう思っていたら、次の瞬間、とんでもないことを言われた。
「おぬし、見た目通りの小童ではないな。子どもの皮を被って、一体何を企んでおる。」
「!!!」
驚きを隠せなかった。
なんで分かったんだろう。
「なぜ分かったのかと言いたげな顔じゃな。そんなもん、見りゃ分かる。」
をい。
エスパーか何かか、こいつ。
あの強さに加えて心理戦も強いとか、化け物かよ、この爺さん。
半端ねーな。
それはさておき。
どうやら、この爺さんの質問には、誠実に答えないといけないらしい。
次テキトーに返したら、マジで何されるか分からない。
そんなヤバい空気を、この爺さんは醸し出している。
だけど、「死んで目を覚ましたら、ここにいました」って本当のことを言って、信じてくれるのだろうか。
真実を言った結果、「そんな訳ないだろ」って、あの手この手でありもしない情報を引き出されそうになったら、どうしよう。
そんな不安を抱えつつも、僕は自分のことを話し始めたのだった。
「なるほどのぅ。」
僕の話を黙って聞いていた爺さんが発した第一声がこれだった。
まさか納得されるとは。
もう、何が疑われて何が納得されるのか、よく分からん。
「確かに、おぬしの言うように信じがたいことじゃがのう。否定する材料がないからな。それに、似たような現象は古い文献で読んだことがある。儂には理解できんことじゃが、転移あるいは転生と呼ばれる現象は起こり得ると考えるのが妥当じゃ。」
だから、それ止めてってば。勝手に図星ついてくるの。
僕はまだ「信じがたい」なんて言ってねーぞ。
でも、案外馬が合うかも、この人とは。
考え方が僕と似ているのだ。
「否定する根拠がないときは、どんなに信じられなくても、とりあえず仮説として認める」という考え方は、科学的な思考の基本だ。
転生(?)について、この人と研究を進めれば、僕の身に何が起こったのか、解明できるかもしれない。
ただし。
この人、何者なんだろう。
付いて行っていい人なんだろうか。危険人物ではないだろうか。
僕を助けてくれたんだから、良い人なんだろうけど、なんか怖いんだよな。
「怖がらんでいい。儂の名は、シグムント・アイゼンハルト。ここから少し離れた場所に住んでる、ただの研究好きなジジイじゃ。」
…………もういいや。
「おぬし、儂の弟子になる気はあるか。」
「!!!」
何て?
弟子?
なんで急にそんな話になるんだ?
「おぬしはこの世界で生きていく力が無いように見える。戦闘能力が皆無じゃ。あんなクマごときに負けるようでは生きてはゆけぬ。じゃから、儂が鍛えてやる。その代わり、儂の研究を手伝ってほしい。おぬしの知識には興味がある。どうじゃ。」
お互いに益がある、というわけか。
いいかもしれない。
爺さんの言うことは間違っていない。
まずは爺さん(以下、師匠)のもとで、この世界で生きる術を学ぼう。
今後の方針は、その後で決めよう。
「分かりました。あなたの門下に加わらせていただきます。」
「儂の弟子はおぬし1人じゃから、門下とは言い難いのじゃがな。まあ良い。取引成立じゃ。」
師匠の研究に僕の知識が役に立つかどうかは分からないけど、興味があるというのなら、それに応えるだけだ。
それに、僕も師匠の知識に興味がある。
なんだか、師匠との研究が楽しみに思えてきた。
互いの知識と知恵を総動員させて、この世の摂理を解明する。そしてそれを活用して人類社会の発展を目指す。
それは自然科学だけでなく、僕の専門だった戦略論でも、どんな学問でも同じこと。
そしてその喜びは、生前の僕の、一番の原動力だった。
「では、付いてまいれ。」
「はい。」
そんな感じで、僕は師匠のもとで修業することになったのだった。
それにしても僕、修業なんてしたことないけど、うまく上達するかしら。
ま、何とかなるか。
今まで、習得しようと思って習得できなかったことって無いし。
あ、そうだ、気になっていたことがあるんだった。
「あの、1つ聞いてもいいでしょうか。」
「何じゃ。」
「…………師匠は、なぜ僕の考えていることが分かるのですか。」
「なんじゃ、そんなことか。それはじゃな…………」