クマモン
「こりゃ、参ったなぁ」
人間、本当にどうしようもない事態に遭遇したとき、こんなマヌケなことしか言えなくなるもんだ。
今の僕が、まさにそれ。
目の前に、クマ型のモンスター。
これまで、様々なモンスターと出会い、中には有難く食させてもらったものもいるが…
コイツはやばい。
クマの見た目だけど、身体はクマの倍くらいある。
それに、クマであれば簡単に追い払えるけど、コイツはなぜか超好戦的。
目に付く動くものは、すべて殺してるんじゃないかと勘ぐってしまうレベル。
そんで、コイツの現在のターゲットが僕。
勘弁してくれよ、まったく。
そんなことを思っているうちに、早速そのクマ型モンスター(面倒なので、以下クマモンとしよう。熊本県に怒られそうだけど、今だけはご容赦を。)が僕を襲ってくる。
一撃目をギリギリで避ける。
クマモンの右前足の攻撃が、僕を通り越して、僕の右手側の木に直撃する。
その瞬間、その木が根こそぎ吹っ飛んでった。
「うわ、えげつな。」
こんなん、一発でも食らえば即死やん。
ひとまず、逃げないと。
でも、背を向けて逃げるのは危険だ。
クマモンを正面に、少しずつ後ずさりをする。それと同時に、頭をフル回転させ、対処法を考える。
どうすればいい?
大抵の動物は火でどうにかなる。ただ、コイツに火が通用しないのは検証済みだ。
松明をまったく恐れなかったし、それをアイツに向かって投げても、地面に叩きつけ、踏みつけて火を消した。
まるで、タバコの火を消すかのように手際よく。
クソ、どうすりゃ、コイツに決定的なダメージを与えられる?
そんなことを考えているうちにも、クマモンの攻撃は止まない。
前足を振り回しくるだけだから、なんとか避けられているけどさ…。
と思っていたら、急に嚙みつき攻撃も組み込んできやがった。
おい、ちょっと待て。
そんなん聞いてないぞ。
完全に予想外だぞ。
ヤバい、この噛みつきは避けられん!
それでも、致命傷だけは避けるべく、無理やり身体を動かす。
その甲斐あって、なんとか急所は守れたが、右腕に噛みつかれ、持ち上げられた。
「この、離せ!!」
離してくれるわけないのは自明だが、もうこんな言葉しか出てこない。
コイツ、このまま僕を地面に叩きつけるつもりだ。
心なしか、目が笑っているようだった。
なんだよ、身体能力に加えて、煽りスキルもあるのかよ、コイツ。
「なに笑ってやがる!」
そう言いながら、僕は身体を動かした。
僕の本能的な反撃だった。
身体を捻り、ヤツの眼球に、思いっきり後ろ回し蹴りを入れた。
空手なんてやったことないけど、直撃だ。
クマモンは僕を離した。
さすがに効いたのか、痛そうに目をつぶっている。
へへ、案外強いじゃん、僕。
ただ、僕も無傷ではない。
嚙まれた状態で無理やり身体を動かした結果、右腕がお釈迦になった。
あのバカでかい顎で嚙まれたのに、もはや痛みも感じない。
力も入らない。
利き腕が使えなくなったのは、代償として大きすぎる。
失策だっただろうか。
しかし、あのままでは死は避けられなかった。
それに比べれば、右腕がお釈迦になるくらい安いものか。
これから、どう戦おうか。
そんなことを考えていると、急にクマモンが動きを止めた。
僕は距離をとり、クマモンを観察した。
攻撃が止まり、本来なら安心するところだが、嫌な予感がする。
コイツ、何をする気だ?
クマモンは、両目を見開いた。
僕が蹴りを入れた左目、元通りじゃん。
僕の渾身の一撃も、ヤツにとってはすぐに回復する程度のものだったらしい。
理不尽にも程があるぞ、まったく。
そして。
「グオォォォォォォォォォォ!」
クマモンは雄叫びをあげた。
地面を振るわせるほどの雄叫びであった。
一瞬だけ、森全体が静まり返った。
そして次の瞬間、僕を睨み、猛スピードで追いかけてきた。
「はぁ? 速すぎだろ! あの巨体でこのスピードかよ!!」
大型トラックに全速力で追いかけられている感覚だ。
マジでやばい。
コイツ、目が本気だ。
周りの木々をなぎ倒しながら、一直線に僕を襲う。
手負いの僕がスピードで敵うはずもないので、右に左に曲がりながら、なんとか逃げる。
後ろを振り返り、ヤツの様子を確認する余裕などない。
とにかく必死に逃げ回った。
(スタミナ勝負だと、確実に僕が負ける。なんとかしないと…。)
疲れ果てて止まりそうな足を、気力と勢いで前へ前へと運ぶ。
そして、考える。
なんとかクマモンを振り払う方法を。
何か、何か方法はないだろうか。
ふと、自分が見知った場所を走っていることに気が付いた。
この場所は以前、探索した場所だ。
この先にあるのはたしか……
崖だ。
一か八か、試してみるか。
しかし、リスクが高すぎる。
いや、今は賭けるしかない。
僕は最後の力を振り絞り、走りに走った。
もうすでにスタミナは底をついていた。
すぐ後ろには、なおもあり得ないスピードで追いかけてくるクマモン。
手を伸ばせば、届く距離にもう来ている。
それでも、そこに辿り着きさえすれば、生き残れる可能性がある。
それだけを心と身体の支えとして、必死に走った。
ついに辿り着いた。
そして、一瞬も迷うことなく、僕は崖から飛び降りた。
頼む。
これでもう、終わってくれ…。