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日本一のコンサルタントの異世界転生記  作者: Hiro
第2章~冒険者編~
22/22

国境河川の汚染源調査③

宿に戻り、シャワーで泥を落とした僕らは、狭い客室に車座になっていた。



「……っはぁ~~~! やっと臭いから解放された!」



シャワーから上がってきたレイジが、銭湯帰りのオッサンみたいな声を出す。


気持ちはわかる。わかるけど、もうちょっと他の言い方をしてほしいってもんだ。



「硫化水素の刺激は遅れてくるわ。油断しないで。」



ソフィアがレイジ注意しながら、扉に結界を重ねる。


セリーナは窓に目隠しの風をまとわせ、グラントは机を壁から少し離して置き、椅子を一つ、出入口が見える位置に回す。

手際が良くて助かる。


テーブルの上には、村でもらった安酒と干し肉、そして僕が書き殴ったメモの束が散乱している。

防音結界の微かなハム音が、ここが密室であることを保証していた。



「さて、それじゃあ改めて会議だ。ソフィア、議事録をお願い。」


「わかった。」



その瞬間、頭の中に現実とは違う景色が広がる。

どこまでも広がる大図書館のような景色だ。


もちろん、現実の景色が変わったわけではない。

目に映るのは、今も宿の部屋の中だ。


だが、頭の中にはそれとは別の景色──さっきの大図書館──が広がっているような感覚。


これは、ソフィアの【叡智の書庫(インデックス)】。

なんでも、ソフィアは許可した者を叡智の書庫(インデックス)に招待することができるらしい。


……「招待」ってなに。異能に対して使う動詞じゃねーだろ。

まあ、便利だから黙って乗るけど。初めて体験したときは、本当に「え?」って声が出た。

小鹿みたいにオドオドしてたソフィアが、よくこんな無法なスペック抱えて生きてたな。

ほんと仲間にして正解だ。



「よし。まずは今日の収穫について整理しよう。」



早速本題に入る。


今日の収穫というのは、言うまでもなく報酬のことを言っているのではない。

村人たちの言動についてわかったことだ。



「全体として、村人は川の汚染を深刻と認識していた。でも、怒ってない。村長は“名誉ある忍耐”と言ったよね。」



僕が言うと、グラントが干し肉を噛みちぎりながら続ける。



「鍛冶屋は折れた農具を“自分の未熟”のせいにしていた。職人としては立派な心構えだが、ありゃ、ちょっと極端が過ぎる。」


「子どもは咳をしながら“兵隊になる”と言っていたわね。」



ソフィアが視線を遠くに置いたまま言う。



「解析してみると、やはり身体機能が低下していたわ。ただ精神はやたら元気だった。本人は自覚していないようだったけど、あまり健全とは言えない。」



セリーナも頷き、付け足す。



「それに、あの子たちの目。助けを求める目じゃない。“誇らしい”って顔をしていたわ」



――そこだ。

苦しいはずなのに、誇らしい。怒っていいはずなのに、怒らない。


ほんと、何なんだろ。



それから、各々の調査結果を出し合った。


だいぶ出てきたところで、会議は次の段階へ。



「よし。とりあえず、調査結果はこんなもんかな。ここからが本番。みんななら村人像をどう見る?」



レイジが真っ先に手を挙げる。



「“帝国大好き集団”。以上!」



ドヤ顔。


なんだ、そのざっくりした意見。

こいつ、ブレストの初手だけは強いんだよな。初手だけは。



「“なぜ”そうなったかを示さないとダメでしょう。」



案の定、セリーナがやんわり釘を刺す。


「いやだって…」とか誰かさんが口を尖らせる横で、グラントが低く言った。



「さっきも言った通り、あいつら、“働くこと自体が誇り”って顔してた。水が毒でも、道具が折れても、『環境が悪い』より『俺が足りない』が先に来る。職人気質というか、労働倫理が極端だ。」


「労働倫理が強い、か。」



僕は頷いた。


だが、ソフィアがすぐに割り込む。



「ただ、“外に怒りを向けない”原因は倫理だけじゃない。怒りが表明できない構造でも起きるわ。」



そこにレイジも便乗する。



「そうそう。言ったら役人に殺されるとか。」


「殺される、は飛躍ね。でも“恐れている可能性”はあると思うわ。」



セリーナの否定は弱い。

つまり、捨てきれないと考えているのだろう。



「ということは、

 A:労働倫理・職業的誇りの内在化

 B:恐怖や抑圧による自己検閲

 の2つが考えられるってことだ。どっちもあり得る。何か補足はある?」



僕はとりあえず、ここまでを簡単にまとめて、さらなる意見を求める。


すると早速、ソフィアが鋭い指摘をする。



「Bに対して。恐怖が主因なら、村人はもっと萎縮するはず。ところが子供は妙に明るい。あの高揚は恐怖だけでは説明しづらいわ。」


「子どもだからじゃね? 怖さ分かってねぇだけ」



ソフィアの意見にレイジが即答する。


雑だが、反論としては筋がある。


たしかに子どもは、恐怖を”伝えられる”のではなく、実際に”体験”しないとわからないだろう。


ソフィアも小さく頷く。



「それもそうね。ということは、子供と大人の“帝国の話題”への反応差を見れば、Bがどの程度正しいのかが検証できそうね。」



Bについての次の方針が見えてきた。


……と思ったら、今度はセリーナがAに噛みついた。



「Aもまだ弱いわ。労働倫理が強いだけなら、子どもは“家族を守る”とか言いそうでしょう? それなのに“陛下を守る”と言っていた」


「…………言われてみれば、そうだな。」



グラントも頷く。


ソフィアが言葉を継ぐ。



「価値の中心が家族より皇帝の方が上位にある。これは教育か、信仰か、依存か…………」


「“信仰”という言い方が近いかも。宗教みたいに、帝国が“救い”になってる。」



セリーナがソフィアの考察に割って入る。



「救い? あれが?」


「そう。救いは“優しさ”とは限らない。『世界は意味がある』と感じさせるものなら、何でも救いになり得るわ。」


「……そういうものかもしれないわね。ただ、それが“帝国の教育”なのか“村の文化”なのかは分離しないと。村固有なら、帝国以外でも同じ形式があるはず。祖霊信仰とか、土地神とか…………」


「たしかにそうね。となると、村に祭りがあったら見てみたいかも。帝国と関係ない歌や踊りが残ってるかを調べれば、そのあたりを検証するヒントになるんじゃない?」


「いいわね! じゃあ…………」



うちの女性陣は、どんだけ天才なんだろうか。


いや、別にそこまで高度な議論しているわけではない。

僕だって問題なくついていける。


だけど、それは僕には前世の経験があるからそう思うだけだ。


冒険者活動していくうちにわかったことだけど、この世界の教育制度は、多くの面で前世のものより劣っている。

特に、抽象的な概念への理解が驚くほど低い。

師匠も問題視していた点だけど、実際にそれを肌で感じてみると、改めてびっくりする。


ソフィアもセリーナもそんな世界で生まれ育ったのに、なぜこのレベルの議論ができるのだろうか。


一周まわって、引くんですけど。


だってほら、見てよ。


セリーナとソフィアの議論を聞きながら、グラントは頭に”?”が浮かばせている。

レイジなんか、心ここにあらずの顔してるし。


しかたない。

助け船を出してやろう。



「つまりAはさらに分解できる。

 A1:教育

 A2:帝国への信仰

 A3:帝国への依存

 そしてA2が正しいなら、その信仰の源が“帝国の教育”か“村の文化”かでまた割れる。検証として祭りを見る――ここまで合ってる?」


「ええ、その通り。」



グラントとレイジの顔に、ようやく理解の色が浮かぶ。


無理もない。

この2人はちょっと別格の頭脳を持っているうえ、この世界には”仮説検証”の考え方がないのだから。


そうしていると、今度はレイジが何かあるみたいだ。



「じゃあ俺の仮説。あいつら、褒められたいだけ。陛下に認められるのが快感なんだろ。」


「快感、ね。」



ソフィアが視線を上げる。



「実際、快感で痛覚をマスクしていた可能性はたしかにある。」



しかし、セリーナは首を傾げる。



「でも褒められたい、だけだと“誰に褒められたいか”が説明できない。身近な親や村の大人でもいいはずなのに、遠い“皇帝”なのよ?」


「たしかに、セリーナの指摘はもっともなものだ。供給元が遠いほど効果は薄い。普通はね。」



僕はゆっくり言葉を選んだ。



「ただ、今回訪れた村は、過酷な環境に晒されていた。つまり…」


「あの村は毎日が苦痛だった。苦痛は、それ自体がフィードバックになる。『苦しい=価値がある』って錯覚に落ちるには十分だ、とカシウスは言いたいのね。実際、彼らが我慢しさえすれば、皇帝は利益を得るわけだし。」


「そういうこと。彼らは皇帝の役に立ちたいのではなく、役に立っている気分に浸りたいだけなんだよ。」



セリーナの目が細くなる。



「カシウス。あなた、その考え方……性格悪いわよ。あんなに親しく村人と接していたのに、その裏ではそんなこと考えていたのね。」


「今さら気づいたの? セリーナもまだまだだね。」



あれ。

セリーナの疑問に答えたつもりが、なぜか話が変な方向に進んでいるような…………。

おかしいな。


ソフィアが、ほんの少しだけ僕を見る。

評価なのか、警戒なのか分からない目で。

おい、なんだその目は。


まあいい。

ほかに意見を募ると、ソフィアが別方向の可能性を差し出した。



「村人が帝国を語るのは外部者に対する定型句、という見方もできるわ。冒険者や役人が来たときは、無難な答えとして帝国賛美を言うけど、内心は別にあるかもしれない。」


「演技ってことか?」



レイジが目を見開く。



「あり得るわ。人は立場で話す。村長は村の代表。危険な話は避けるのが普通でしょう。」



それには、セリーナも頷く。



「そうね。しかも“怒りがない”のは、怒りがないんじゃなく、怒りを見せる相手じゃないからかもしれない。」


「C:対外的なロールプレイ、だね。」



僕が仮説をつけ足すと、グラントが眉を寄せた。



「だが、あの鍛冶屋の泣き方は演技に見えなかったぞ。」


「そうだね。それは重要な制約条件だ。鍛冶屋の自責は本物の可能性が高いだろう。でも“帝国賛美の部分”に限定して考えると、演技をしていても不思議ではない。」


「……確かに。」



議論が噛み合ってきた。


そこに、レイジがふと呟いた。



「じゃあ逆に、あの自責が本物ならさ……あいつら、努力が報われるって信じすぎなんじゃね?」


「努力信仰、か。」



僕が言葉を拾う。



「そう。だって、環境がクソなのに“俺が悪い”だぞ? 普通キレるだろ。」


「“怒り”が出ない代わりに、“自己改善”に全部向かうタイプね。」



レイジの言葉に、セリーナが小さく頷く。


しかしソフィアが冷静に補足する。



「その場合、間違っている可能性もある。“自己改善が美徳”ではなく、単に原因を特定する知識がないだけかもしれない。水質や金属の化学なんて知らなければ、自分を責めるしかない。」



ソフィアの考えにグラントも同意する。



「ああ……確かに。知識がないと、自分しか原因が思い当たらないもんなぁ。」



僕は頷いた。



「じゃあ分岐だ。

 D1:努力信仰という価値観

 D2:知識不足による誤帰属

 どっちもあり得る。検証案がある人はいる?」



ソフィアが即答する。



「村に識字層がどれくらいいるかを調査するのは? もしくは、帝国の学校があるか見てみるとか。鍛冶屋が“帝都ならできるはず”と言ったのは、知識への憧れとも取れる。もし知識が手に入れば態度が変わるかも。」



この提案に、セリーナが続ける。



「いいんじゃないかしら。でも、知識があっても自責する人はいる。そこは切り分けが必要ね。例えば同じ村の中でも、役職者と一般で語りが違うかを見るとか。」



僕もソフィアとセリーナに賛成する。


いい感じにアイデアが溜まってきたな。


そこにレイジが、名案を思いついたかのように指を鳴らす。



「おい、さっきソフィアが言ってた“身体はボロボロなのに精神が元気”ってやつ。あれさ、もしかして……薬じゃね?」



一瞬、部屋の空気が止まる。



「薬?」



僕が聞き返す。



「ほら、軍とかが配る栄養剤とか。気合いが出るやつ。俺、前に傭兵団で似たの見たことある。」



うーん。

そのあたりのことは、僕はよくわからないかな…………。


なんとなくソフィアの方を見ると、察したソフィアは説明してくれた。



「可能性はなくはないわ。覚醒剤的なもの、あるいは魔術的な士気ブースト効果が付与されれたものは割と流通しているっぽいから。もちろん正規ルートでは取引されてないけど。」



グラントが低く息を吐く。



「だが村長は役人を嫌ってる様子はなかった。薬を押し付けられてるなら、もう少し恨みが出そうだぞ。」



グラントの疑問に答えたのは、セリーナだ。



「恨みが出ないように“名誉”で包むことも一応できなくはないわね。『これを飲めば陛下の役に立てる』って。」



まあ言われてみれば、たしかにあり得そうではある。


だが、ソフィアは少し首を振る。



「でも、その可能性は低いと思うわ。」


「理由は?」


「まず、あんな辺境に薬物の供給線が引かれているとは思えない。それに、副作用もでるはず。歯、皮膚、睡眠、幻覚とか。村人の生活を詳しく観察したわけではないから、まだ断言はできないけど、ぱっと見ではその兆候はなさそうね。加えて、そういう薬物は個体差が出るもの。士気が落ちている人間が一人もいないなら不自然ね。」



そこにセリーナがつけたす。



「魔術なら、結界の痕跡や術式の残滓が水脈や神殿に残る。匂い、霊脈の流れ、土地の“ざらつき”で分かることもあるわ。」



セリーナの意見にグラントも頷く。



「検証は、村の周囲の霊脈を一周してみるのが早そうだな。」


「…………うーん。一応調べる必要がありそうだね。

 E:外部要因(薬・魔術・制度)で士気が維持されている。

 としておこう。」



レイジの渾身のアイデアが、容赦ない反論にあう。

ちょっと同情するよ。


レイジは案の定、むすっとしている。



「俺の仮説、当たってそうだろ。」


「当たってても、まだ仮説だ。検証しなければ信じるに値しない。」



そんなレイジに、僕は笑わずに釘を刺す。



「当たってると思うほど慎重になるべきなんだよ。」



空気が少し引き締まる。

防音結界の唸りが、ほんの少しだけ大きく聞こえた。


レイジは納得したようで、それ以上は何も言ってこない。


すると、セリーナが話を戻すように言った。



「私が気になったのは、“不満がない”ことそのもの。普通は必ず誰か愚痴る。なのに見えなかった。見えなかっただけ?」


「見えなかっただけ、は十分あり得る。」



僕は即答した。



「今回は村の“表”しか見てない。弱い人、反抗的な人、病人、怠け者は“見えない場所”にいるかもしれない。」



グラントが低く唸る。



「家の奥か……」


「つまり、

F:同調圧力が強い。逸脱者は表に出ない

ということね。」



ソフィアがまとめる。



「もし同調圧力が強いなら、村の中で“怠け者”の噂話が多いはず。逸脱を叩く語りが出ると思う。」


「たしかに。」


「だから、世間話の中で“困った人”の話題がどう扱われるかを聞き出すのが、いいと思うのだけど。」



そこに立ち直ったレイジが口を尖らせる。



「でもさ、同調圧力って言っても、あいつら仲悪そうには見えなかったぞ。」


「仲が良いことと圧力がないことは別よ。」



セリーナがやんわり言う。



「仲の良さが“排除の裏返し”なこともある。」



僕は頷く。



「Fは“村の内部構造”仮説だ。これはエルミュージアへの訴求にも関わるから、この検証は必ず後で効いてくると思うよ。」



するとソフィアが、ふと視線を上げた。



「カシウス。あなたが村長に言った言葉――『立派な心がけですね』。あれに村長が救われた顔をした。つまり、彼らは“我慢を評価される”ことに強く反応する。」


「評価への反応性、か。」



僕が繰り返す。



「ええ。

 G:村人は“努力を見てくれる観客”を必要としている。帝国がその観客役をしている。」


「だから帝国を賛美するってわけだな?」


「そう。」



ソフィアの意見にグラントも頷く。



「観客……なるほど。鍛冶屋も“帝都の職人なら”って、想像上の観客に向けて自分を叱ってた。」



レイジが首を傾げる。



「観客が欲しいなら、俺が褒めてやれば良かったのか?」



セリーナが苦笑する。



「あなたが褒めると、なぜか殴られる未来が見えるわ。」


「なんでだよ。」


「だって──」



言いかけたセリーナの言葉は、そこで途切れた。

扉の向こうで、床板が――ごく小さく、鳴った気がしたからだ。


全員の視線が、一瞬で出入口に吸い寄せられる。

グラントの拳が固く握られ、ソフィアの指が結界に触れる。レイジだけが、やけに目を輝かせている。

……ほんとこいつ。


数秒。何も起きない。

外の気配も消える。


僕は机を軽く叩き、意図的に空気を戻した。



「いい感じだ。今出た仮説群を整理しよう。」



僕は紙に線を引いて四つに分けた。



1. 心理・価値観レイヤー:労働倫理、努力信仰、承認欲求、救済の定義

2. 社会構造レイヤー:恐怖支配、自己検閲、同調圧力、対外ロール

3. 知識・情報レイヤー:識字、科学理解、原因帰属の誤り

4. 外部介入レイヤー:薬、魔術、制度的ブース



「大事なのは、こういうのは“単独”じゃなく“組み合わせ”で現象が起きるってことだ。それを前提にして、1つずつ検証していこう。」


「「「了解。」」」


「それじゃあ、今日はここまでにしよう。」



セリーナが静かに頷き、ソフィアは【叡智の書庫(インデックス)】を閉じる。グラントは拳を握り、レイジはやけに真面目な声で言った。



「……よし。次は俺もちゃんと依頼達成するぜ!」


「期待してるよ。」



僕は短く笑った。



「ただし“殴る”以外でな。」



レイジが口を尖らせた、その瞬間。

防音結界の唸りが、ほんの一拍だけ乱れた。――誰も口にしない。だが全員が気づいていた。


密室は、密室であるほど危険だ。

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